キーマンに聞く コロナショック“戦後最大の暮らしの危機”
クローズアップ現代+のアナウンサーの栗原望です。
新型コロナウイルスの影響を取材していると、今回、数か月に及んだ自粛や休業で仕事や住まいをなくした人が多くいることがわかりました。
しかも、そうした人たちは突然、住まいや仕事を失ってしまったというのです。
今、“コロナショック”で何が起きているのか、どうしたらそういう人たちを救うことができるのか、長年、生活困窮者の相談支援を行う専門家に話を聞きました。
弁護士・猪股正さん
消費者問題や貧困問題を中心に長年取り組み、リーマンショック後の「年越し派遣村」や震災・原発事故後は、福島の避難者の支援などに携わる。
現在は、日本弁護士連合会の貧困問題対策本部で副本部長を務める。
迫る戦後最大の暮らしの危機
Q. 今、生活が立ち行かないとことで非常につらい状況で過ごす人たちが多くいると思うんですが、実際、どれほどの危機感を抱いていらっしゃるんでしょうか。
「先日も厚生労働省の集計で、解雇・雇い止めが1万人を超えたというようなデータも出てますけれども、本当に収入が途絶えて、危機に追い込まれていくという、困窮する人が日に日に増えているという状況で、決して楽観視することはできないというふうに思っています。」
「(相談の中でも)夫婦お二人で生活されていて、イベントの会社を経営されていた70代の方は、このコロナの危機で仕事が減って、借金もたくさんあるという方です。
よく聞いていくと、実はもう所持金がゼロで、食料もあと数日しか持たないという状況です。
ですが、自分からはもう生きていけませんというふうには言うことができなくて、借金の相談とか、生活保護の制度について聞くというところまでで止まってしまったりするんですね。本当はぎりぎりまで、もう崖っぷちまで追い込まれているという方が、相当たくさんいらっしゃいます。
だからこそ、本当に危ないな、というふうに思っています。」
猪股さんたちは、新型コロナで生活が苦しくなった人たちを対象にした「電話相談会」を開いていますが、困窮の度合いが増しているといいます。
相談会で「所持金がない」と相談した99人のうち21人、つまり5人に1人は所持金が1000円以下だったという結果に私は衝撃を受けました。
「リーマン・ショックのときは、派遣で働いている方とか、非正規労働者の方が、収入や住居を同時に失うということが多かったんですけれども、今回は非正規に限らず、正社員の方も、事業者の方もたくさん困って、相談を寄せられているという、そういう状況で、世代も幅広いですし、あらゆる職種に渡っているということで、本当に規模、幅の広さがかなり違うと思います。一部の働き方の人だけではなくて、低所得の人だけではなくて、もう『中間層』にまで危機が広がっているということで、本当に戦後最悪の暮らしの危機が、今、現実に広がっているという状況だと思いますね。」
なぜ支援が届かない? 背景にある“自己責任”
話を聞いていて、猪股さんが気付いたのは苦しい状況に置かれていても、そうした人たちがなかなか助けを求められずにいるという現実です。
相談の中では、猪股さんたちが掘り下げて聞いていかないと「食べ物がない」「お金がない」という本音を言い出すことができない人が多くいるのだそうです。
なぜ、助けを求めることができないのかー。
これには、日本社会に蔓延するある考え方があると言います。
Q. 国の支援が必要なところに届かないことについて、どこに課題がありますか?
「日本って、自己責任が強調されてきた社会なんですね。
高度経済成長時代、働けばたくさん収入を得られて、貯金もできると、そういう時代ではそれで何とかなったわけですけれども、高度成長が終わって、低成長時代で、世帯の収入もどんどん減少していて、貯蓄なし世帯も、もう3割に増えているような状況の中では、そもそもその自己責任ではやっていけないのに、ずっとその自己責任が引きずられて、中間層を支える制度が貧弱で、人間が普通に生きていくための支えが貧弱だと。そこにこのコロナの危機が襲ったという状況です。」
Q. 自己責任の考えが広まった中で、今回のような危機が起こることは、どれほどのリスクになってしまうのでしょうか。
「(コロナの影響で)自己責任でやろうとしても、頑張っても、生きていけない状況が生まれてますから自己責任を強調することは、人の命を危機に追い込むことになると思うんです。
自己責任って、内面にも向かうわけですよね。今、生活が苦しい。それは自分の頑張りが足りなかったからじゃないか。自分の努力が足りなかったからじゃないか。あのときもう少し頑張っていれば、この状況に立ち至らなかったはずなのに、どんどん自分の内面に向かって自分を追い込んで、苦しい状況に立ち至らせていく。自己責任にはそういう危険があると思います。
なので、今、自己責任を強調するということは、社会を破綻に近づけていくということになるんじゃないかなと思います。」
こぼれ落ちる前に「救う」社会の実現を
「今、一番伝えたいと思いますのは、こぼれ落ちる前に救う、支えるということです。国や自治体に求めらているのは、あらゆる層にもう包括的に支援を、こぼれ落ちる前に、今、届ける。で、かつ、それをスピーディーに、一度だけではなくて継続的に届けるということが、今、まさに、今、求められてるというふうに思います。今回のコロナの危機でも、最も弱い人、例えば、DVの被害者の人、外国人、住居を喪失した人、そういう方々に最も大きな困難がかぶさっていくということになるので、もっとも弱い人を支えようと思えば、ほかの人も支えられるわけです。現に、そういう人がいるっていうことは、私たちも知っていますし、政府も知ってるわけですね。現実にそういう危機にある方、たくさんいらっしゃるので、その声を吸い上げる、あるいは見えないですけれども、きちんとそれは想像して、必要な支援を届けていくということが、本当に大事だなと思います。」
最後に、きょうをどう過ごすか、あしたどう生きるか、厳しい局面の中で過ごしている“あなた”へ猪股弁護士からメッセージをもらいました。
猪股さんが携わる生活困窮者支援の窓口です
★生活保護申請に関する相談
首都圏生活保護支援法律家ネットワーク
048-866-5040(平日10~17時)
※相談料無料 全国の相談先も紹介しています
※生活保護や困窮者支援関連の相談を受けています。
★コロナウイルスに関する労働・生活相談について
0120-333-774
※相談無料 平日17~21時 休日13~21時 水曜(休み)
取材を終えてー
猪股弁護士へのインタビューで感じたのは、新型コロナウイルスによって、平時の社会にあった『宿題』が露わになったと言うことです。
私がハッとしたのは、「自己責任」という言葉でした。
これまで取材した“ひきこもり”の当事者や政治不信を抱く若者、災害時の避難所でも同じ言葉を聞いたからです。
今、声を上げにくい社会だとすれば、どれほど苦しい状況なのかと考えました。
緊急事態宣言は解除され、Withコロナの今、様々な局面で「新しい日常」を模索する動きがありますが、暮らしの危機が今後深刻化しないためには自己責任や分断ではなく、今、「みんなで支える社会」に変わっていく必要があると感じました。
(クローズアップ現代+ アナウンサー 栗原望)