まず初めに、お亡くなりになられた方、そしてご遺族の皆様方に深甚なる哀悼の意を捧げます。
常位胎盤早期剥離の場合、手術後出血が止まらなくなることはよく知られています。術中から出血が止まらなく事もあります。これは血液を固める凝固因子・血小板が、胎盤が剥離することによりそこで大量に消費されるために出血傾向が出るためです。播種性血管内凝固症候群(DIC)という病態です。針穴から出血し、どうしようもない状況になることもあります。治療は原因の除去(帝王切開或いは急速遂娩)で、後はDIC対策となります。DICとなった場合は、輸血(濃厚赤血球・新鮮凍結血漿・血小板濃厚液)、AT III製剤、ウリナスタチン、メシル酸ガベキサート(FOY)、ナフモスタット(FUTHAN)などを投与し、凝固系、線溶系の正常化をはかります。DICを起こした場合は、その対処は個人病院では無理で、集中治療室を完備した母体胎児集中治療室(MFICU)での管理が必要となります。北九州市であれば北九州市立医療センターがその施設に当たります。
なぜ、渡辺産婦人科で妊娠中毒症・常位胎盤早期剥離の患者さんの手術を行ったかは詳細が判りません。この多量出血が、弛緩出血によるものか、DICによって起ったものかもよく分かりません。通常、常位胎盤早期剥離の場合高次施設に搬送すべきと考えられていますが、胎児の命を救うためには、即座に胎児の娩出をする必要があります。高次施設に搬送している間に、胎児死亡になったり、DICになったりしますので、搬送まで時間がかかる場合は、自院で帝王切開する必要性に駆られることもあります。その判断が、とても難しい疾患でもあります。
当院の場合、北九州市立医療センターが比較的近い距離にあること、スタッフが鍛えられていてもの凄く早い時間で帝王切開を開始し、児を娩出してくれますので安心して搬送できます。ここ1-2年でも、2例の母児の命を助けて貰いました。以前は、当院で帝王切開術を行うこともありましたが、最近はもっぱら北九州市立医療センターに搬送しています。とてもありがたく、助かっています。
この悲しい事故は、搬送が遅れたためかもしれません。しかし、裁判官の「保存血を備えていなかった」は、あまりにも医療現場を知らない判決だと思います。常位胎盤早期剥離は0.5-1.3%くらいといわれていま。また、お産に関しては羊水塞栓、肺梗塞、弛緩出血など他にも輸血を必要とする疾患があるとはいえ、このために保存血を常時産婦人科が常備する事になると、検血というボランティアによって成り立っている貴重な血液が無駄に廃棄される可能性さえあります。きっと、血液不足に陥ります。できれば、判決文のこの部分は削除して貰わないといけないと思います。
帝王切開後に女性死亡、病院側に3360万円賠償命令
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/ne_07122208.htm 帝王切開手術を受けた後に出血性ショックに陥り死亡した女性の遺族(福岡県前原市)が、医師らが適切な処置を怠ったとして医療法人愛育会渡辺産婦人科クリニック(福岡市東区)に約5000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が21日、福岡地裁で言い渡された。永松健幹裁判長は病院側の過失を認め、約3360万円の支払いを命じた。
判決によると、女性は2003年1月22日、同クリニックが開設している福岡市西区の病院で、妊娠中毒症と診断された。同29日に多量に出血し、同病院で常位胎盤早期剥離の疑いがあるとして緊急帝王切開手術を受けた。長男は無事生まれたが、女性は出血性ショックに陥った。同日、近くの大学病院に搬送されたが、3月に多臓器不全で死亡した。
判決で永松裁判長は「出血性ショックには輸血などの治療をすべきだが、保存血を備えていなかった」と指摘したうえで、治療可能な医療機関に早期に転送する義務を怠ったとした。