第88話


「というわけで、収録お疲れ様!!!」


「「「「お疲れ様ーーーー!!!」」」」


『浜本と松田によるダンジョン配信者および探索者特集』の撮影収録の後、スタジオからそう遠くない居酒屋で貸切の打ち上げ会が開かれていた。


音頭を取るのは浜本さん。


お疲れ様の声と共に、今日の番組の出演者たちが、お酒の入ったグラスを当てあっている。


ちなみに俺と桐谷はまだ未成年なのでジュースだ。


「いやああああ、皆さん今日は本当にお疲れ様でした…!!!お題は全て会社が経費で落とすので、今日は好き放題飲み食いしちゃってください!!!」


「「「いええええええええい」」」


すでにビールのグラスを半分ほどからにして、口の周りに泡をつけた浜本がそんなことを言った。


番組の出演者たちは、経費で落ちるというのを聞いて、早速好き放題に食べ物を注文し始める。


「はぁ…なんとかなったね、神木くん」


俺がいつも家族で入るような店とは、並んでいる品の値段が2倍ぐらい差があるメニュー表を眺めていると、隣に座る桐谷がほっとしたようにそんなことを言ってきた。


撮影収録が、特に大きなやらかしもなく終わってほっとしているのだろう。


「ああ、そうだな……最初の時は緊張してどうなることかと思ったが……案外なんとかなったな」


「そうだねー…これでお互いにネットの方の視聴者数伸びたりするかな?」


「どうだろうな?いい影響が出てくれるといいが」


今日の番組の出演にあたって、俺はとにかく炎上しないように気を遣った。


やらせを疑われた時も、二人に噛み付いたりせずに成り行きを見守った。


結果として二度目の挑戦であれがやらせではないことが証明出来たはずだし、炎上要素はなかったはずだ。


もしあれがやらせということになってしまっていたら、俺はわざとテレビスタッフがすごいと見せかけてゴリ押ししようとしているインチキダンジョン配信者、というレッテルを貼られてしまったかもしれない。


そうならなくて心底良かったとホッとしている。


「それにしても……相変わらずすごかったね、神木くん」


「ん?何がだ…?」


「10秒チャレンジのやつだよ…私は20回しかきれなかったのに……ま、まさか粉にしちゃうなんて」


「あぁ…あれか。あれは確かにちょっと張り切りすぎたな」


100回ぐらいに留めておけば、初めからやらせを疑われることもなかったのだろうか。


「びっくりしただろうね。神木くんを初めて見る視聴者さんたちは」


「そうか?探索者はあれぐらいやるものだと思ったんじゃないか?」


「そんなことないよぉ。誰がどうみても神木くんの実力は吐出してたよ?きっと放送されたらまた神木くんのフォロワー、増えると思う」


「そうだと嬉しいんだけどな」


美味しい料理を食べながら、俺と桐谷は互いを労った。


会話の途切れ目に他の出演者たちをチラリと確認してみると、皆すっかり酒が入ったのか、顔を赤らめて、楽しそうに話していた。


「ねぇ、とんいち〜。なんでパコーラに内緒で結婚しちゃったの〜?パコーラ、とんいちの結婚知った時、超ショックだったぁ〜」


「意味わかんねーよ。俺とお前、そもそも会ったことないだろうが」


「会ったことあるよぉ!とんいちは覚えてないかもしれないパコだけど……一回ニッコニコ動画でfpsのバトロワ企画でパコーラのチームが一位になって、その時の司会がとんいちだったパコなの!」


「そうだっけ?俺、コスプレ探索者と仕事したことなんか今までにあったかな?」


「その時はまだコスプレ探索者に転生してなかったパコなの。その時は210って名前で活動してたパコ」


「覚えてねーよ」


「ひどいパコ!!」


「ねぇ、とんいち〜。そんな匂わせ女放っておいて私に構ってよ〜」


「おぉ、みっかりん。久しぶりだなー。お前のことはよく覚えてるぜ〜」


「えへへー、ありがとうとんいちっ。でも今はみっかりんじゃなくてマリン組長ね、覚えておいて?」


「知るかよ。お前ら組長だの団長だの色々多くて覚えらんねーんだよ。俺にとってお前はみっかりんだし、猫神ころねは宮の助なんだよ!!」


「ちょっとー、あんまり前世の名前出さないで〜」


両手に花の状態で顔を赤らめているのはカロ藤さんだ。


両脇には、大人気コスプレ探索者事務所所属の、宇佐美パコーラさんとマリン組長さんが陣取って、カロ藤さんに熱っぽい視線を送っている。


カロ藤さんは、もとニッコニコ動画というサイトで人気だった配信者だ。


そして今大人気のコスプレ探索者事務所、ハロライブとさんじよじ所属のライバーたちの中には、ニッコニコ動画で以前に活動していた女活動者が多いと聞く。


ニッコニコ動画で人気だったカロ藤さんは、同じく以前はニッコニコ動画で活動していたコスプレ探索者事務所所属の女ライバーたちにとって憧れの存在なのだろう。


宇佐美パコーラさんとマリン組長さんは、ほとんど心酔するような表情をカロ藤さんに向けていた。


「ねぇ、とんいち〜。本当になんで結婚しちゃったの〜?パコーラ、とんいちと結婚したくて必死に匂わせてたのに…」


「知らねーよ。俺だってもう37歳だ。結婚だってするだろ」


「うぅ…もうとんいちとの結婚生活まで想像してたのに…台無しだよ…」


「つかお前、一時期まじで俺に配信するゲームとか動画内容被せてただろ?そのせいでお前の信者が俺んとこの配信にきて荒らしたりとかしてきて普通に迷惑だったからな?」


「えへへー、それはごめんパコ。匂わせたら、周りが勝手に盛り上げてくれて、既成事実作れるかなって…パコいちてぇてぇみたいな感じで……外堀から埋めていく作戦だったパコ」


「なにがパコいちてぇてぇだ。こっちはいい迷惑だ。ったく…」


「ごめんパコ。嫌いにならないでほしいパコ。なんでもいいからとんいちに構ってほしいなんて考えていたパコーラが間違っていたパコ」


「まぁ昔のよしみで許してやるよ」


「ありがとうパコ〜^^」


以前に何か二人の間に起こったいざこざのことを話しているのだろうか。


カロ藤さんが疲れたようにため息を吐き、パコーラさんはとにかくどんなことであれカロ藤さんに構ってもらえるのが嬉しいのか、笑顔になってさらにその腕に抱きついている。


「ちょっと、とんいち〜。パコーラばっかりに構ってないで、私とも話そうよ〜」


「みっかりんのことは覚えてるぞ〜。俺、普通にお前のこと応援してたからな。こうして会うのはマジで久しぶりだな。元気にしてたか?」


「してたよ〜。一回活動やめて正社員やってたんだけど……でもとんいちの放送見てたらみっかりん好きだったって言ってて嬉しくなっちゃってまたネットの世界に戻ってきちゃった」


「懐かしいなぁ…俺が放送見てたの10年以上前で、あの時お前高校生だったよなぁ……ん?てことは今何歳?」


「ちょっと!!年齢の話はNG!!」


「その女、そろそろ30超えそうな三十路女パコよ」


「えっ!?そうなの!?」


「ちょっとパコーラ!?」


「うわぁ、まじかー。みっかりんがもう30歳かー」


「しょ、しょうがないじゃん!誰しもが歳は取るものだよ!!み、見た目はそんなに変わってないでしょ…?声とかも…あんまり変わってないと思うんだけど…」


「わっかんねぇ。覚えてねーや」


「とんいち!はっきりいうパコ。お前ババアになったなって…その夢みがちな三十路に現実を教えてやるパコ」


「ば、ババァって…ひどいパコーラ……あんただって歳そんなにかわんないでしょうが…」


「ふん…パコーラはマリン組長みたいに痛々しい若作りしないパコだからいいの」


「なぁ、みっかりん。そんなことより久しぶりにあれやってくれよあれ…ミサトさんのモノマネ…」


「あっ、いいよ。とんいちのためだったら…」


「俺さぁ…昔お前の放送によくいって、ミサトさんのモノマネやってくれよってリクエストしまくってたんだよ…その度にお前やってくれてさ…しかもめっちゃ似てて…」


「あはは。あれとんいちだったんだぁ…いいよ、またやったげる。衰えてるかもしれないけど……えー、いきます!!ごほんごほん……しんじくーん!!!……どう?」


「クカカカカカカカ!!!それそれそれ!!!死ぬほど似てるわ!!!クカカカカカカカ」


「喜んでもらえて良かった」


「ぐぬぬ……パコーラもモノマネが得意だったら……」


「クカカカカカカ」


愉快そうに笑うカロ藤さん。


何やら嬉しいことがあったようだ。


俺は他の出演者たちにも目を向ける。


「なぁ、K5Sen。お前俺で伸びたくせに、なんで俺と絡んでくれなくなったんだよー。ひどいぜー」


「マジですみませんこたつちゃん!俺だってこたつちゃんに絡みたいんですよ……でも、配信に行くたびに俺の悪口が書いてあるから……」


「俺の視聴者はそういう奴らなんだよー……元々とんいちのアンチの溜まり場が俺の配信だったからよー……元からおかしな奴らなんだよ気にすんなよー」


「気になりますって!!普通の配信者はカロ藤さんやこたつちゃんみたいに神経ずぶとくないんすよ…」


何やら二人で盛り上がっているのが、こたつちゃんさんとK5Senさんだ。


こたつちゃんが、たくさんのグラスを空にして赤ら顔でK5Senさんに絡んでおりK5Senは困ったような表情を浮かべている。


どうやらこたつちゃんさんは、今日の番組集力で目立って売名して、自分のネット活動をさらに盛り上げたかったが、特に見せ場もなく終わったことが残念だったようだ。


悔しい思いをK5Senさんに吐露していた。


「くっそぉ…今日の番組でヒーローになっ

て、一気にとんいちに追いつく算段が……」


「ははは…こたつちゃん、今日の番組にそん

なにかけてたんだ…」


「これじゃあいつまで経っても俺は二番手じゃないかー……結局いつも主人公はとんいち。俺は二番手で、とんいちのおこぼれをもらうことしかできない存在なのか…」


「いやいや、こたつちゃんだって同接一万人超えるじゃないですか…世間的に見たら十分大物ですよ」


だる絡みするこたつちゃんを慰めるK5Senさん。


なんだかよくわからないが、俺はふとこのこたつちゃんさんがもし会社の上司だったら、それはいい上司なのだろうとそんなことを思った。


「おい神木拓也」


「…?」


出演者たちが何を話しているのか、観察したりしていると、向かいの席から声がかかった。


少し頬を赤くしながら俺を睨んでいるのは、元探索者の鬼頭玄武さんだ。


その隣には日下部雅之さんの姿もある。


「今日お前と会えて良かったぞ。それだけでこの番組に来た甲斐があった」


「えっと…鬼頭玄武さん、ですよね……この間俺の配信に来てくれた…」


「ああ、そうだ。お前が深層でソロを攻略する配信……しかと見させてもらった。俺もお前の伝説の生き証人になったわけだな?」


「…っ…揶揄わないでください」


「くくく」


玄武さんがそんなふうに揶揄ってきて、俺はちょっと恥ずかしくなってしまう。


「まさか日本からお前のような逸材が出てくるとはな……深層でソロを攻略する高校生など、世界広しといえど片手で数えられるぐらいしか存在しないだろうな……その一人がお前というわけだ」


「あ、ありがとうございます」


探索者の大先輩から褒められ、俺はちょっと照れ臭かった。


「この間の配信でも、ボスモンスターのメデューサの能力をわざわざスパチャで教えてくれましたよね?助かりました。ありがとうございます」


「ふん…別にいいのだあれぐらい。そもそもお前は、俺が情報を教えようが教えまいが…自力でメデューサを倒せていただろうがな」


「…」


「くくく…否定はしないのだな」


「ま、まぁ…そうですね、はい」


「くくく…それでいいぞ。自信家なのはいいことだ。お前の場合虚勢でもない……本当はメデューサの能力だけじゃなくて、ボス部屋の扉のパズルの解き方まで教えてやろうとしたのだがな……まさかあのような方法でボス部屋に入るとは…」


「なんでそこまでしてくれるんですか?ダンジョン深層に関する情報って高いんですよね…?そんなお金を払ってまで俺に提供していい情報じゃないんじゃ?」


「まぁ確かにそうだな……白銀の騎士団にも迷惑がかかる。そのことは今の運営に後日謝っておいた。あの時の私はとにかく、将来日本の探索者界隈を率いていくお前を死なせたくなかったのだ……結局私の失敗は全部杞憂だったわけだがな」


「そんなことを……ありがとうございます」

どうやら全ては俺のことを考えてやってくれたことらしい。


善意には感謝を。


俺は頭を下げて鬼頭玄武さんにお礼を言った。


玄武さんは機嫌良さそうに「ははは」と笑う。


「どうだ、神木拓也。卒業したら、白銀の騎士団へ来ないか?俺の口添えがあれば、入団試験は全てパスだぞ?」


「白銀の騎士団…?」


「俺がかつて立ち上げた深層クランだ。現在も第一線で活躍している。どうだ?お前の実力なら即戦力だ。いい条件で入団できるように俺が取り計らってやる。装備も一級品を揃えてやるぞ?」


「すみません……まだ卒業後の進路は決めてません」


「そうか…」


玄武さんが残念そうな顔になる。


「やはりソロで活動するつもりか、卒業後も」


「まぁ、そうですね。あくまで自分は配信者ですので…」


「ん?卒業後も配信をやるつもりか?」


「ええ、そうですけど」


「なぜだ?お前ほどの実力なら配信にこだわる必要などないだろう?探索者のみで十分食っていけるはずだ。今はダンジョンからの成果物を換金できない年齢だから、配信をやるのは理にかなっているが…」


「別に探索者がやりたいわけでもお金が稼ぎたいわけでもなくて、俺の目的は自分の配信をより多くの人に見てもらうことなので。そのためにだったらなんだってやるつもりです」


「ふむ、そうなのか……変わったやつだな」


玄武さんが珍獣でも見るかのようにしげしげと俺を眺めてくる。


「最近の若者の考えることはわからん。インターネットでの人気がそんなに大事なのか…金や名声よりも?」


「俺にとっては……そうですね」


「…ふむ。まぁ私の価値観が古いのかもしれん」


そう言った玄武さんは、隣で料理を口に運んでいる日下部雅之さんに水を向けた。


「おい、日下部。お前も今のうちに勧誘しておかなくてもいいのか?神木拓也を」


「勧誘?」


「惚けるな。お前のクラン…黒の鉤爪に神木拓也を誘わなくていいのか、ということだ」


「ああ、そういうことですか」


日下部雅之さんが箸をおいて、玄武さんに行った。


「あり得ないですよ。ふさわしくないです」


「む?ふさわしくない?」


「ええ」


「どういうことだ?神木拓也の実力はお前も知っているだろう?」


「違います。勘違いしないでください。逆です」


「逆?」


「俺たちの方が神木拓也にふさわしくないんですよ。神木拓也は黒の鉤爪如きに収まるような器じゃない。俺の手には負えませんよこの男は」


「む…?」


玄武さんは一瞬日下部さんの言葉の意味を考えた後、豪快に笑い声を上げた。


「はっはっはっ。そうかそうか。そういう意味か………確かにそうだな。白銀の騎士団や、黒の鉤爪では、神木拓也には釣り合わないかもしれないな。全く同感だ」


「も、持ち上げすぎですって…」


「いーや、そんなことないぞ。ははは」


何がおかしいのかその後しばらくにわたって、玄武さんは豪快に笑い続け、俺を担いだ日下部さんは当然だと言わんばかりの表情を浮かべていたのだった。



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【悲報】売れないダンジョン配信者さん、うっかり超人気美少女インフルエンサーをモンスターから救い、バズってしまう  taki @taki210

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