アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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4.Be the light

 

 

 

 ──その日、王国、帝国、法国の三国は夜明けと共に評議国領へと進軍を開始した。

 

 軍靴を鳴らす彼らは人類の未来……種の生存を懸けた決戦へと望むべく、足並みを揃えて邁進していく。たとえ腹に一物抱えていてもそこに国家間の対立や蟠りなどはない。皆が皆、緊張や恐怖を抱えながらも勇者の顔つきをしていた。

 

 しかし三国構成の進軍……とは言っても規模の大きさ自体はそれほどではない。

 

 というのも、それぞれの国が戦地へ投じる駒は上澄みの精鋭で厳選されているからだ。徴兵された兵士達は皆、勲を持つ者やその側近ばかりであり、招集された冒険者チームも金級(ゴールド)以上の実力者でしか構成されていなかった。これは『カゲ』の(しもべ)たるデスナイトによるゾンビ増殖を嫌った為である。半端な雑兵を前線に出してデスナイトに狩られた結果、兵力が逆転してしまうことなどあってはならない。

 

 故に、少数精鋭。

 各国が抱える一騎当千の兵力やアダマンタイト級冒険者チームで構成された人類国家最強の布陣。それに追従する中堅兵力とサポートの衛生兵達。人類史を見ても、これほどの戦力が一挙に足並みを揃えることはまずなかった。

 

 ……そしてそのトップを往くのが、『漆黒の美姫』と『絶死絶命』だ。

 

 

「ぐぬぬ……なんであいつがモモン様と相乗りなんだ……!」

 

「仕方ないじゃない。あの子がモモンさんと『カゲ』を討ちにいく法国の虎の子なんでしょう? 連携を取る為には互いのことを知ることは重要。ああいう時間も必要だわ」

 

「ぽっと出の癖にあんな馴れ馴れしく……ぎににに……! というか、何が虎の子だ! 私だってモモン様の次くらいには強いんだぞ! アダマンタイト級だぞ!」

 

「はいはい」

 

 

 馬に揺られながら、イビルアイは仮面の下で歯ぎしりしていた。呪詛を紡ぐ彼女を今日何度目だというくらいに窘めるラキュースの心労たるや。

 

 イビルアイの視線の先にはモモンガと『絶死絶命』が仲睦まじくゴーレムの馬に相乗りしている。手綱を握るモモンガの腰に『絶死絶命』が手を回しているような形だ。新しいものや飲食が好きな彼らの波長は意外に合うらしく、どこか会話も弾んでいる様だった。

 

『漆黒聖典』の隊長をして「あの方が懐くとは……」と少しびっくりしているくらいで、それがまたイビルアイの神経を逆撫でる。

 

 

「ぐにに……あっ! おい、今あいつモモン様の胸を触らなかったか!?」

 

「触ってないわよ……それに女性同士でしょう何を心配してるのあなたは」

 

 

 ……しかし実際にモモンガと『絶死絶命』が心を開いているかというのはまた別の話だ。

 

 モモンガは元プレイヤーが遺した子孫というものに対しての興味、『絶死絶命』は自分にとって完全上位の存在が物珍しいという気持ちが先行している。会話が弾んでいる様に見えるのも、彼らが一定のコミュニケーション能力を有した常識人同士たればこそだ。

 

 しかし興味や関心というのは、互いが歩み寄るにあたって最も大切な要素だと言ってよい。彼らは互いのことを『アンティリーネさん』『モモンさん』と呼ぶ程度の距離感にはなっていた。

 

 モモンガは曇天を眺めながら、『絶死絶命』の故郷たる法国の話題を振った。

 

 

「『スレイン法国』は私と同じプレイヤーが創った国なんでしょう? ちょっと興味はありますね」

 

 

『絶死絶命』が僅かに笑んで、それに返す。

 

 

「興味があるなら法国はいつでも貴女を歓迎するわ。実は私のこの大鎌……『カロンの導き』も、死の神であるスルシャーナ様が使っていた鎌なのよ」

 

「へえ……アンデッドの『魔法詠唱者』だったっていうあの……。良ければ見てみてもいいですか? 実は結構気になっていたんですよ」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

 ゴーレム馬に括られた大鎌を手に取ると、モモンガは『道具上位鑑定(オール・アプレイザム・マジックアイテム)』でしげしげとそれを眺めた。魔力を通じて道具の製作者や効果情報が頭の中へするすると入り込んでくると、モモンガは次第に口角を上げてしまっていた。

 

 

「これは、中々のロマン武器だな……」

 

「へ?」

 

「あ、いや。これを創った人間……スルシャーナの趣向がとても面白いな、と思いまして」

 

「……というと?」

 

「はっきり言いますと、この『カロンの導き』はユグドラシルでは強い武器とは言えませんね。遠慮なしに言うなら、微妙です」

 

「えぇ、嘘……」

 

 

 法国の秘宝を微妙扱いされた『絶死絶命』は分かりやすく目を丸くして、少しだけ気を落とした。信仰している神が扱っていた武器が微妙と言われればそうもなる。モモンガは慌てて言葉の意味を補足した。

 

 

「あっ、別に貴女達の神を嘲りたいわけではないんですよ。ですがこの『カロンの導き』はちょっと有用性に欠ける武器というか……ちょっとピーキーなんですよね」

 

「そうなんだ……。じゃあ、なんでスルシャーナ様はもっと強い武器を使わなかったの?」

 

「え? うーん……」

 

 

 モモンガはその問いに、唸った。

 

 そもそも『魔法詠唱者(マジックキャスター)』に武器は必要ない。自らの魔法で戦うのが主だし、装備するのであればやはり杖のほうが断然実戦向きだろう。近接戦闘用の鎌など使い道がない。考えうるに、理由は一つしか浮かばなかった。

 

 

「……この武器がかっこいいから、じゃないでしょうか」

 

「ええ……」

 

 

 モモンガは言いながら、心の中でスルシャーナに対してシンパシーと尊敬の念を抱いていた。モモンガの推察だと恐らく『カロンの導き』は、勝利や効率の為に創られた武器ではない。

 

 ききおよんでいるスルシャーナと性質が似通っている『死の支配者(オーバーロード)』の自分がこれを装備するとしたら、かっこいいから、死神(アンデッド)に大鎌が似合うから……といった非生産的な理由しか浮かばないのだ。

 

 故にモモンガはスルシャーナに対して親近感を抱く。

 

 ガチビルドとは縁遠い、ロールプレイに突き抜けたビルド構成の自分と同志だと思ったからだ。実際その推察は当たっており、モモンガとスルシャーナはユグドラシルでも数えるほどしかいない死霊系ロマンビルド特化でなければ修められない『エクリプス』の習得者でもある。

 

 

「モモンさんの話はとても面白いわね」

 

「……そ、そうですか?」

 

「何ていうか、久々の感覚。法国にいるとみんな私に一目置いてしまうから距離感がさびしいもの。驚きや発見の多いモモンさんとの会話はとても新鮮だわ」

 

「なるほど」

 

「ねぇ、もっとお話きかせてよ。私、神殿の奥に押し込まれてたからあまり世間を知らないの。六大神がいた世界ってどんな感じだったの?」

 

「うーん……聞いてもあんまり面白くはないと思いますよ」

 

「ううん。私は楽しい」

 

 

 こつん、と額を背中に押しつけてくる『絶死絶命』が、何となく愛らしいとモモンガは感じた。感情の起伏は少ないし、見た目は奇抜だが、思っていたよりも少女らしい一面の方が多いのが好印象だった。

 

 

(これがギャップ萌えってやつですか、タブラさん)

 

 

 アルベドの設定の末尾に『ちなみにビッチである』と一言添えていた設定魔を思い出し、モモンガは微笑を浮かべた。

 

 野を越え山を越えながら、モモンガと『絶死絶命』は親交を深めていく。プレイヤーを神格化している法国の人間が幻滅しないように、モモンガはリアルのことは触れずにユグドラシルでの環境や出来事をチョイスして『絶死絶命』と語らった。

 

 モモンガにとっては取り留めのない話ばかりではあったが、それが『絶死絶命』にとってはとても輝いて見えるようだ。彼女は目を輝かせながらモモンガの話に聞き入り、童女の様にあれやこれやを訪ねてくる。

 

 時計の短針がひとつふたつと刻むごとに、『絶死絶命』はモモンガに対して憧れや融和的な感情がいつの間にか芽生えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──やがて日が落ち始める頃。

 

 一行は進軍を中断し、野営の準備を始めていた。

 とは言ってもモモンガや『絶死絶命』の様な特級戦力が天幕の設営をすることはない。体力の温存を優先してくれている為、身の回りの世話は全て法国の兵士達が賄ってくれている。モモンガがぷれいやーであると周知されているのか彼らがモモンガに送る眼差しや対応には熱が籠っており、その手厚さにモモンガはちょっとだけ引き気味ではあった。

 

 

「ありがとう」

 

「恐れ入ります……!」

 

 

 夕餉が載せられたトレーを受け取り、モモンガがデフォルトの微笑を浮かべると、法国兵は飛び上がらんばかりの喜びの感情を胸の内で炸裂させていた。兜を脱いで素顔を晒したあたりから、受ける眼差しの熱量が二倍にも三倍にもなったような気がするのは気のせいではないだろう。

 

 アルベドの美貌は、万国共通ということだ。

 

 人の容姿に余り興味がなさそうだった『絶死絶命』も、モモンガの素顔を見たときは流石に心が動いていたようだ。夕餉を受け取った後の彼女はモモンガに隣り合う様に側に腰掛け、先程からじーっとモモンガの顔を見続けている。

 

 

「……何か?」

 

「神様達って、みんなモモンさんみたいに美しかったのかしら」

 

「……どうでしょう。アンティリーネさんも可愛らしいと思います」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるのね」

 

 

 タブラさんが手塩に掛けて創ったアルベドアバターなんだからとびきり美しいに決まってる、とはモモンガは言えなかった。今はアルベドの体が自分の体だから自信過剰で嫌味に聞こえそうだし、彼なりに当たり障りのない返しをしたつもりだ。

 

 容姿を褒められた『絶死絶命』は悪い気はしていない様だ。周りから畏怖の感情ばかり向けられていた彼女は、『可愛らしい』なんて言われた記憶はきっとなかったのだろう。

 

 

 

「……アンティリーネさんは、怖くないんですか?」

 

 

 兵士が焚べた火をぼんやりと眺めながら、モモンガは隣り合う『絶死絶命』に小さく呟いた。彼女は無機質な瞳をきょとりと動かして、小首を傾げる。

 

 

「……何が?」

 

「戦うことがですよ。もしかしたら命を落とすかもしれないでしょう。『カゲ』は私とリクに任せておけばいい。そうすれば死のリスクは回避できるはずです」

 

「……そもそも私って怖いっていう感情が薄いのかしら。長い間自分よりも強い生物に出会ったことがなかったから、どっちかというと『カゲ』に対しては興味のほうが大きいわ」

 

「……私は貴女のことを気に入り始めている。だからこそ包み隠さず言いますがあの墳墓に近づけば死にますよ、多分」

 

「そう……」

 

 

 釘を刺された『絶死絶命』の表情は揺るがない。

 彼女は無機質な表情を保ったまま、匙でスープをぐるりとかき回した。

 

 

「戦場に行く兵士達は皆、死ぬ覚悟はできているわ。戦争ってそういうものよ。年間、たくさんの法国の兵士が国や家族の為に戦死してる。私は死ぬつもりなんてサラサラないけど、それでも私だけが尻尾を巻いて逃げるなんておかしいと思わない?」

 

 

 見た目は少女であるのに、その口振りはまさしく国を背負う者のそれだった。モモンガはそんな彼女の態度に瞠目してしまう。

 

『絶死絶命』は自嘲気味に微笑を浮かべて、スープの中の肉を掬い上げる。

 

 

「それに、こう見えて私だって法国に……この世界に生きる一人の戦士よ。少しくらい、法国の戦士らしい振る舞いだってしたいと思ってるわ」

 

「……偉いですね」

 

「何が?」

 

「私は、そこまで自分の命を張れるほど立派にできていない」

 

「あら、近隣諸国を騒がせている救国の英雄が面白いことを言うのね」

 

「ああいう振る舞いができるのはたまたま私に力があったからです」

 

 

 モモンガはそう言って、焚火の中に小さな枝を放り込んだ。そんな彼の美しい横顔を、『絶死絶命』はぼんやりと眺めている。

 

 

「なら、逃げればいいじゃない」

 

「え?」

 

「別に『カゲ』を貴女が討つ必要なんてないわ。神官長が言っていたと思うけど、本来あれは私達が片づける手筈だったから」

 

「……」

 

 

 モモンガは閉口した。

 彼は何も人類の守護者として墳墓へ赴いているわけではない。

 

 件の墳墓がもしもナザリックだったら……という『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長としての責務感に駆られているだけだ。それに、はっきり言って仮にあれがナザリック地下大墳墓だった場合のことはまだ何も考えていなかった。

 

 ……滅ぼすのか、保護するのか。

 そもそもあれのどこまでが稼働していて、どれほどの存在があそこにいるというのか。そして何を以て評議国を滅ぼしたのかも分からない。

 

 果たしてモモンガは墳墓の前に降り立って何を為すのか、何を言うのか、何を感じるのか。

 

 モモンガは何も分からない。

 自分の心の在り様さえ。

 

 しかし、自分があの場へ行かなければならないという気持ちだけは、確かだった。

 

 閉口して唇を噛み締めるモモンガの横顔を眺めながら、『絶死絶命』は柔らかく笑んだ。

 

 

「……ふふ、貴女はやっぱり立派よ。行かなければならないと追い詰められているのね。モモンさんのこと、何となくわかってきたわ」

 

「え?」

 

「臆病で、お人よし。自分のことを褒めてあげられないちょっと可哀想な人」

 

「……私は、褒められるような人間じゃありませんから」

 

「褒められるのは苦手?」

 

「苦手、というかなんというか……私は、そんな大した人間では──」

 

「……撫でてあげましょうか」

 

「えっ? ──ちょっ」

 

「よしよーし」

 

 

 伸びた手が、柔らかくモモンガの頭に伸びてくる。

 幻術で隠しているだけの角に触れられたら色々とマズイ──と、モモンガの心臓がきゅっと小さくなったそのときだった。

 

 

「失礼する!」

 

 

 イビルアイが、両者の間に割り込むように腰を落とした。

 ぐいと強引に──モモンガと『絶死絶命』の距離を引き裂くように──そこに居座ったイビルアイに、『絶死絶命』の目が丸みを帯びた。

 

 誰? と、『絶死絶命』が呟く。

 その言葉に怪訝な顔をしたイビルアイは、彼女に詰め寄った。

 

 

「誰、とはご挨拶だな? 私はイビルアイ。モモン様と同じ王国のアダマンタイト級冒険者だ。同業者ということもあってモモン様とは非──ッ常に親交深い間柄でな。そんなモモン様の頭に易々触れようとしたお前に『誰だお前?』と言いたのはむしろ私の台詞なんだが?」

 

 

 今にも噛みつかんばかりだ。

『絶死絶命』から「非常に親交深い間柄なの?」という視線が送られてくるが、モモンガは「そこまで親しい間柄だったっけ……」といった感じなので曖昧な笑みで茶を濁すほかない。

 

 

「よく分からないけれど、気分を害したのならごめんなさい。貴女が『蒼の薔薇』のイビルアイだったのね」

 

「む……」

 

「たまに貴女のことは聞いていたわ。王国に“そこそこ”やれる『魔法詠唱者』がいるって」

 

「ほぉ……“そこそこ”ね……」

 

 

 めら、とイビルアイに火が灯ったのをモモンガは幻視した。

 

 

(あれ? なんか不穏な空気……?)

 

 

 氷の温度の『絶死絶命』と、今にも噴火しそうなイビルアイ。

 両者に温度差はあれど、イビルアイが次の瞬間には噛みついてしまいそうな空気をモモンガは悟った。何故彼女がこれほど『絶死絶命』に敵意を露わにしているかは、モモンガには恐らく一生分からないのだが。

 

 

「イビルアイさん、落ち着いてください。私は彼女に何も変なことはされてませんから……」

 

「いいえモモン様、この女狐に騙されてはいけません。この泥棒猫は職権乱用してまでモモン様との相乗り権を勝ち取ったばかりか、モモン様の尻や胸をこっそり触ったり匂いを嗅ぐなど──」

 

「ほんと何言ってんのこの子」

 

 

 イビルアイの被害妄想と暴走が止まらない。

 言いながら苛々しているのか、怒りの焔が猛りはじめた彼女は徐々にヒートアップを始めていた。

 

 逆に『絶死絶命』はいつもの冷ややかな態度だ。

 しかし呆気に取られていた彼女の表情にやがて色がつき始める。何か悪戯を思いついた童女の様な、あの顔だ。

 

 

「……」

 

 

『絶死絶命』は静かに息を吐くと、立ち上がり、未だに捲し立てているイビルアイの横を抜けてモモンガの隣に腰を下ろした。そして彼女はモモンガの腕を取り、ぴったりと寄り添ってこう言うのだ。

 

 

「ごめんね。私達、もうそういう間柄だから」

 

「え──はぁ!?」

 

 

 控え目に出したブイサイン。

 呆気に取られるモモンガと、仮面の下で顎が外れそうなイビルアイ。

 

 

「くぁwせdrftgyふじこlp──!!!!」

 

 

 もはやそれは言語ではない。

 イビルアイは涙と鼻水の詰まった声で喚き散らした。

 

 流石にそれほどの声量となると大事だ。

 なんだなんだと、喧嘩かと、衆目が否が応でも集まる。

 

 その異変に気付いたラキュースとガガーランが光の速さで飛び出してくると、イビルアイの首根っこを掴んで強制退場させた。イビルアイは今も何か喚いているが、ゴリラ──ガガーラン──に捕らえられてはどうしようもない。その姿は、さながらおもちゃ売り場で何も買ってもらえなかった子供が親に引き取られていくあの光景だ。

 

 そんなイビルアイを見ながら、『絶死絶命』はくすくすと口内で笑みを転がしていた。

 

 

「ああ、面白い。あの子、とても愉快ね」

 

「……後でちゃんと説明と謝罪をしてあげてくださいよ」

 

「そうね。ちょっとだけ気の毒だもの」

 

 

 その顔は気の毒と思ってる顔じゃねえだろ、とはモモンガは言わなかった。ちなみに今も腕は取られたままだ。その距離感に若干ドギマギしながら、モモンガは彼女のほっぺたをつねって腕から引き剥がした。

 

 

「いふぁいわ」

 

 

 ……引き剝がれなかった。

 彼女は強引にモモンガの腕にしがみついている。

 

 

「何やってるんですか。このままだとほっぺ千切りますよ」

 

「あゃ、こあい。ををんはんひおいこおいうおえ」

 

 

 頬をつねられている『絶死絶命』は、意外と楽しそうな顔をしている。

 今までこういったじゃれあいをしたことがなかった彼女は、こういう取り留めのないやりとりを楽しんでいる節があった。

 

 もっと力いれてこの餅ほっぺをつまんでやろうかとモモンガが力を入れようとしたところで──

 

 

 

「──モモン殿。今、少しだけ時間よろしいか」

 

 

 

 背後から、野太い声。

 

 振り返ると、ガゼフ・ストロノーフがそこに立っていた。

 

 横で「……ををんはん、もへもへね」と呟いた『絶死絶命』の言葉が、薪が爆ぜる音と一緒に夜闇へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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