マスクも原則不要となり、“日常”が戻ってくる――日本中でそんな晴れやかな空気感も漂う2023年春。WHO(世界保健機関)が、新型コロナウイルスのワクチン接種の新たな指針を公表しました。この指針は、オミクロン株流行後に全世界で新型コロナウイルスに対する免疫を持つ人が90%となったと判断した状況で、今後の各国政府の予防接種政策の参考になるよう発表されました。
それによると、基礎疾患のない健康な子どもや若者へのワクチン接種は「安全で効果はある」が、新型コロナウイルス感染症による死亡をワクチン接種で減らすためには、妊婦、高齢者など重症化リスクの高い人より多く接種する必要があることから「接種による公衆衛生上の効果は、従来の子ども向けワクチンと比べ、はるかに低い」として、接種は各国の判断に委ねるとしています。
このニュースを聞いた方で「子どもにワクチンを接種しなくていい」と思った方も多いのではないでしょうか? しかしながらNPO法人「VPDを知って、子どもを守ろうの会」理事長の菅谷明則先生は「子どももコロナワクチンは接種すべき」と断言します。なおVPDとはワクチンで防げる病気、Vaccine Preventable Diseasesの頭文字です。
昨夏以降、子どもへのコロナ感染が拡大。その頃に比べると(2023年4月の)感染状況は随分落ち着いていると言えます。それでも菅谷先生が子どものワクチン接種を勧める理由とは? 2人の子どもを持つマガジン編集部のIがお話を伺いました。
それでも子どもにコロナワクチンは接種した方がいい その理由とは?
―― 先日、WHOが公表した新型コロナウイルスワクチン接種の新たな指針についてお聞きしたいと思います。それによると、妊婦、高齢者、基礎疾患のある人、医療従事者は初回接種2回と追加接種1回後にさらにもう1回の追加接種(計4回)を推奨していますが、60歳未満の健康な成人や、基礎疾患のある子どもや若者については、2回目の追加接種は通常推奨していません(計3回)。また、健康な子どもについては、ワクチンは「安全で効果がある」としながらも、接種については「各国の判断に委ねる」としています。関連する報道を受けて、「やっぱりコロナワクチンは子どもにしなくてもいいんだ」と感じた人もいるのではないかと思われます。
菅谷先生(以下、菅谷):WHOの指針を見て、個人個人が「子どもにコロナワクチンを接種する必要はないんだ」という理解をされているのであれば、誤った情報を基に判断されたことになります。
今回の指針は、WHOが各国政府に示した“よりリスクの高い人の死亡を減らすため”のワクチン接種の考え方です。新型コロナウイルスによる死亡を減らすためには、健康な子どもたちよりも優先してワクチン接種を行う対象が選ばれています。
その上で、各国が「小児、青年期の疾病負担、ワクチンの費用対効果、その他の健康プログラムの優先事項、機会費用」などを考慮し、判断するように述べられています。
もう少し言い方を変えると、〈健康的な子どもや若者でも接種するに越したことはないけど、国ごとに医療にかけられる費用、医療資源にも限界があり、各国事情で接種対象を決めましょう〉と言ったところでしょうか。
――そういうニュアンスが込められているのですね。それを「子どもにコロナワクチンを打つ必要はないんだ」とするのは、かなり間違った捉え方であるということですか?
菅谷:そう思いますね。安全で効果もあるから、子どもも打った方がいいという方針は変わっていませんから。ここで日本の一部のメディアの報道姿勢を指摘しても仕方ないのですが、医療関連、特にワクチン関連の報道のレベルは残念なものが多いとの印象があります。
すべての事実を客観的に報じるより、記者自身の思い込みを補強するような情報を寄せ集めて報じているメディアがあるように感じています。これは新型コロナワクチンに限ったことではありませんが。
――肝に銘じます。とはいえです。現状の日本は、小児のコロナワクチン接種が進んでいません。2023年3月末の首相官邸が公表しているデータを見たところ、5歳〜11歳の1回目の接種率は19.4%。3回目接種完了者は8.5%にとどまっています。
菅谷:生後6か月〜4歳に関しては1回目の接種率が5%に満たない。なぜここまで接種が進まないのか。いくつか理由は考えられますが、流行初期には、子どもにほとんど感染しない、感染しても軽症である、さらに基礎疾患がない小児にはワクチン接種の必要は低いと繰り返し報道されたことが大きく影響していると思われます。
――子どもに感染するようになっても、未だに子どもはほとんど重症化することはない、という意識はありますね。感染してもちょっと熱が出るくらいならワクチンしなくてもいいだろう、という風に考えている方も多いのではないでしょうか。
菅谷:「子どもは重症化しない」は事実ではありません。ご存知のように日本では2022年はじめから、オミクロン株の流行で子どもへの感染が急激に増加し、重症化したり、死に至るケースも報告されるようになりました。10歳未満の死亡はオミクロン株流行前には1例もありませんでしたが、オミクロン株流行後に増加しています。
昨年末に国立感染症研究所が公表した調査報告書は、20歳未満の死亡例が詳細に調査されています。この調査は昨年9月30日までの死亡例の調査です。新型コロナ罹患(りかん)後に死亡した子どもは62人で、このうち外傷などによる死亡を除いた症例は50例でした。この死亡数は、2009年に流行した新型インフルエンザによる20歳未満の死亡数より多くなっています。今回のWHOの指針の根拠となってデータでは、オミクロン株流行後に世界の小児の死亡が減少しているとなっていますが、日本では逆に増加している点は非常に注目すべき点です。
もしワクチン接種が小児に対しても広く行われていたら…。みんな救えた、とはもちろん言いませんが、その数は確実に減らせたのではないかと思います。
――コロナワクチンの効果は、小児に対してもそれだけ高いものであるということですね。
菅谷:はい。生後6か月以上5歳未満の小さな子ども、さらに5歳以上11歳未満の子どもにも、ワクチンは高い有効性が認められています。なおワクチンに関する不安や疑問は、厚生労働省のHPで(しっかり読めば)ほとんどのことは解消できると思います。専門的知識がない人が書いているSNSや週刊誌などの情報を参考にするより、こうした有用な情報を参考にされるのがいいと思います。