小泉 悠 × 東野篤子 スペシャリスト2人が大議論「プーチン大統領が″チェゲト″を開くとき」
ロシアのウクライナ侵攻から1年超、先はまったく見えてこないまま
欧米は主力兵器の供給を始め、ロシアはベラルーシに核を配備した
ロシアによる侵攻から約1年1ヵ月、終結どころか戦火は広がり、米欧各国は主力戦車や戦闘機の供与を決めた。
一方、ロシアはベラルーシに戦術核(通常武器の延長線上で使われる短距離の核戦力)を配備することで合意した。この戦争に終わりはあるのか? プーチン大統領(70)が核のスイッチを押すシチュエーションは? 両国の情勢に今もっとも詳しい二人が語り尽くした。

小泉悠「東野先生とは、’13年にジョージアで数日ご一緒して、いろいろ話しましたね。東野先生は海外の方に対して臆さず、ガンガン行くので強いなと思った記憶があります。ネットで絡まれても、全部真正面から戦う。ロシア的ですよね」
東野篤子「逆ですよ、逆。そのジョージア旅行に親ロシア派の方がいらっしゃって、小泉先生がその方をさんざん論破した挙げ句、その方からなぜか500ユーロ借りていったのを覚えています」
小泉「まだ、返してない……(苦笑)」
東野「さて、本題のロシアの侵攻ですが、そもそも、この戦争を事前に防ぐことは不可能だったと思います。核大国が圧倒的軍事力をもって侵略を決めてしまった以上、ウクライナの外交努力ではどうにもなりません。ただし、予測が出来なかったわけではなかった。チェチェンやクリミアでもプーチンのやり方は一緒でしたから。EUがもっと厳しい処置を取っていたら、こんなフルスケールの戦争にはならなかったかもしれないですね」
小泉「確かに、この戦争は’14年のクリミア併合から始まっていると言えます。ウクライナと言っても広く、いろいろな出自の人がいるので、必ずしも一枚岩ではなかった。西部の人は東部の住民をあからさまに見下していましたね。しかし、ロシアが東部に侵攻したことで、ウクライナは総動員でクリミアを守るために戦うことになった。これをきっかけに、『ウクライナ人』という新しいアイデンティティが芽生えたんです」
東野「クリミア併合以降、ウクライナの人たちは戦争を覚悟していたと思います。だからNATO(北大西洋条約機構)から軍事支援を受けてきた。ロシアは8日間ぐらいで主要都市を抑え、夏までに全土制圧できると楽観的だったわけですが、それがうまくいかず、落としどころがわからなくなったというのが現状です」
小泉「プーチンにとってゼレンスキー大統領(45)は、最初から歯牙にもかけない若者だった。ロシア語圏で放送している『紅白歌合戦』のような年越し番組で歌って踊っている、元お笑い芸人だったわけです。彼は、『クバルタル95』という芸能事務所の社長でもあり、政権を獲ってからは、事務所の人間を中枢に入れるようになった。吉本興業の社長が首相になり、所属芸人を官僚にするようなものです。もっと言えば、ゼレンスキーは大統領になるまでウクライナ語が苦手だった。ウクライナ人はロシア人と同じスラブ民族で、ウクライナ語話者は国民の7割程度。そのほぼすべての人がロシア語を使えます。こうした事情を踏まえ、プーチンは、『ウクライナはロシアに還るのが自然』だと考えたのかもしれません」
東野「ウクライナ侵攻開始から1年以上が経ち、長期化するにつれて世界の関心が薄れていく。これが何よりも恐れるべき事態です。この戦争はロシアが攻めてきたことが発端で、〝落としどころ〟という言葉はウクライナにとってはあまりに酷です。ロシアが撤退するしかないわけですから。それが見込めない以上、私は終結を悲観的に見ています」
