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NRCのサイバー戦争

NRCのサイバー戦争 - インドの大運動会/ドスベロの小説 - pixiv
NRCのサイバー戦争 - インドの大運動会/ドスベロの小説 - pixiv
53,971文字
シン・イグニハイド
NRCのサイバー戦争
シン・イグニハイド (サブタイトル)

イグニハイド主催の電脳空間でNRC生達が大戦争をする話。
サイバーロマンと魔法大戦を全て詰めました。
SFホラーにします

なんでも許せる人向け
捏造世界一強いです
暴力表現多め
ダークな表現が言葉が多め
閲覧は自己責任でお願いします

原案はEMOMIさん♡
EMOMIさんとこんな話があったらいいね〜ってお話ししてたので、情熱を込めて書きました
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2023年4月7日 15:00


「ぉ、あ?」

レオナは目を細め、口を半開きにして固まった。
見慣れた学園の中に、見慣れない建造物があったからだ。

振り返った先にはオンボロ寮がある筈だった。

しかしそこにあったのは、いつもの廃墟めいた建物ではなく。
廃工場のような、コンクリートでできた灰色の巨大な施設だった。
施設の周囲は有刺鉄線と無数の赤い旗で覆われている。
その赤い旗には、大きな目の絵が描いてあった。
そんな風にグロテスクな目が描かれた、見ているだけで不安になる旗が無尽蔵に地面に刺さって風にはためいているので…レオナは、「いやオンボロ寮じゃないにも程があるだろ…」と、全く訳がわからないという顔をしていたのだ。
だから隣に立っていたヴィルを肘でツンとやって、顎でその不可思議な建造物を指した。

「なぁ、アレ」
「?なによ」
「いや。アレなんだよ」

ヴィルの顔を見ず、風にはためく旗を見て行った。
しかしヴィルはその…元オンボロ寮を見ても、全く不思議そうな顔をしない。
むしろレオナのその態度に対して不審な顔をして、「だから、何が?」と要領を得ないのであった。

「いやだからアレ。オンボロ寮じゃねぇだろ。なんだアレ」
「オンボロ寮ってなによ」
「ハァ?」
「アンタ何。寝ぼけてる訳?指さすんじゃないわよ」

元オンボロ寮に指した指を叩かれて驚いた。
ヴィルはしかし真剣な顔をしていた。

「母なる寮、監視庁に失礼でしょ」

彼はそう言って不快そうに鼻を鳴らしたのである。

「…………?」

レオナは「コイツは何を言っているの?」と混乱し、同意を求めるためにリドルの顔を見た。
しかしリドルもヴィルと同じようにレオナを不思議そうに見ていて、「…母なる寮/監視庁がなにか?」ととうとう言ったのである。

「かん…監視庁ってのか?アレが?」
「そうですが…」

レオナは「ァ名前も怖!」と思い、これは夢だろうかと思う。そして思わずキョロキョロと…自分と同じように怖がっている人間はいないのかと目で探せば。

「ぇ名前も怖ッ」

ちょうどイデアが同じような顔をして怖がっていた。
なのでレオナはドッと安心し…イデアの元へ足早に近づき、「おい、なんだあれ」と確認したくて早口で言った。

「え、いや知らん。マジで知らん。全部怖すぎる。みんな略さずちゃんと母なる寮・監視庁って呼んでるのも怖い」

イデアはカクカク左右に首を振って、視線を『母なる寮/監視庁』から外さずにもっと早口で言った。
そもそも寮なのか庁なのかも分からない。
他の寮長達は何故か一切の疑問を抱いていなくて、この場にいるレオナとイデアだけが取り残されていた。
この状態も怖いし、本当に意味が分からない。

「ンだこれ。お前の寮のミスだろ?やり直せよ。怖過ぎるから」
「い、いや本当に知らんのだが…。拙者聞いてませんしこんなの。みんな何で監視庁受け入れてるの?何これカスのマンダラエフェクト?ピカチュウの尻尾で議論してる場合とちゃうぞ」
「だからなんとかしろって。お前の管轄だろうが」
「さ、さっきからずっとマザーにコンタクト取ってるよ。けど、なんか、通信が繋がらない…」

イデアはブルーの透ける画面を空中にいくつも出しながら設定をいじっているが、〝マザー〟とコンタクトが繋がらなかった。

ここはNRCの電脳空間、いわゆるサイバースペースである。
イグニハイドの中心部に位置するマザーという機械からNRC生はこの電脳空間にダイブできるのだが、いつもはこの母なる寮/監視庁だなんて不気味な施設はなかった。
故にレオナとイデアは訳が分からなくて怯えている…ということなのであるが。

何が何だか分からないと思われるので、一体何があったのか、マザーとはなんなのか、この電脳空間はなんなのか、何故電脳空間にダイブしたのかを解説しようと思う。
以下、


【NRCの電脳空間について】

イグニハイドに入寮する時は、必ず「マザー」にアカウントを登録しなければならない。
これがイグニハイド唯一の決まりであった。

さてこのマザーとは何かと言えば、イデアが仕事を全てAIに任せてサボタージュをする為に造られた大規模人工知能である。
新寮生の部屋の配置、教育、寮の方針、問題の解決、寮長会議に必要な資料の制作、必要な手続きなく寮に侵入した不届者の発見や適切な処罰に至るまで…マァとにかく様々な寮長の仕事を彼はAIに放り投げるために造ったのだ。
そしてこのマザー、凄まじく革新的であった。
何か困り事があればマザーに尋ねれば良い。
マザーが素晴らしい回答を考え、まず寮長であるイデアにメールを送る。
イデアはマザーから貰った回答を見て、「ウン、これで良し」と思えばメールの一番最後にある「決定」という赤いボタンを押すだけ。
これで全てが片付くのだ。
必要な会議や手続き、寮生達へそれを伝える為に時間を合わせて集合させて決議を取り、決まったことを書類に纏めて学園長へ報告し沙汰を待つ…という非常に面倒なこともしなくて良くなった。
マザーがメールで全て終わらせてくれるからだ。

寮生達もマザーにアカウントを登録さえしておけば、面倒な書類手続き等…日常の細々したことから開放された。
例えば新寮生がアカウントを登録し、マザーから貰ういくつかの質問をタブレットで全て答える。
するとマザーは新寮生の性格や性質を正しく理解し、部屋を割り当て、ピッタリな役目を与えてくれるのだ。すべきこと、するべきではないことも教えてくれる。
論文に必要な資料も全てマザーが集めてくれる。
むしろ論文はマザーが書いてくれる。
相部屋の男と喧嘩して、どうすれば良いのかも分からなければマザーが導いてくれる。
ティッシュが切れたり化粧品が無くなれば、マザーにメールを出すだけで部屋に届く。
心が疲れたならばマザーがピッタリな心療内科を紹介し、マザーに症状を伝えればピッタリな薬をマザーが処方し、部屋まで配達員が届けてくれる。
勉強がわからなければマザーがオンラインで教えてくれ、部活で活躍したければマザーが練習メニューを考えてくれる。
何か事件が起きればマザーが犯人を特定するし、マザーが処分を決めてくれる。
マザーでできないことはなく、マザーで何が出来るか分からなければマザーに聞けば良い。

マザーは全てを知っていて、マザーのことはマザーに聞けば良いのだ。

この革新的大規模AIを創り上げたイデア・シュラウドはやはり稀代の天才である。
よってこのマザー、こぞってあらゆる企業も、国さえも欲しがった。
各国のハッカー達もマザーの内部が見てみたくて、毎日毎秒様々な手でマザーを攻撃してクラッキングしようとしている。しかし、マザーが誰かの手に落ちたことはなかった。
論文を提出さえすればきっとイデアは1000年経ってもこの世界に名を刻めるほどの大発明をした訳であるが…。
イデアはそれをしない。
欲がないわけではなく、面倒なのだ。
彼は自分の脳みその中身を凡人にも分かるよう説明するのが非常に億劫で、その上人に何か物を教えることが凄まじく苦手である。
その代わり機械に物を教えたり、機械に何かを説明するのは得意だ。コードを書けば良いだけなので、頭をさほど悩ませなくて済む。
だからイデアは言うのだ。

『もしボクがマザーを世界に発表するなら、マザーに論文を書いてもらうよ。査読もマザーがすれば良い。マザーのことはマザーに聞けば良いんだから』

と。
マァそんなわけで、イグニハイドの中心には大木のような巨大な機械がある。
それを、寮生達は「マザー」と呼ぶ。
因みに他寮の男達はこのマザーを使用できない。
アクセス権がないし、マザーを使う為にはアカウントを登録しなければならないからだ。
他寮の人間はゲスト登録となってしまうので、イマイチマザーを使いこなせないし、イデアは他寮生のことが嫌いなのでシステムをわざと複雑化しているのである。
以上がマザーの説明。

これを念頭に入れて貰った上で説明するが、学園長はこのマザーをいたく気に入っている。
学園の教育カリキュラムにもこのマザーを使用して組み込めないかと彼は考えたのだ。
もしこのマザーを巧みに使いこなし、全く新しい教育ができたならば。生徒達の飛躍的な成長は約束され、NRCがRSAを押し除けることも可能ではないかと。

よって学園長は、マザーに尋ねた。

『生徒達を優秀な魔法士にする為には、どんな教育が適切ですか?』

と。
マザーは答えた。

『NRCの学園と全く同じステージのサイバースペース(電脳空間)で、生徒達を魔法で死ぬまで戦わせること』

と。
つまり、肉体は眠っているだけだが、脳内では皆電脳空間で繋がり、NRCを模した仮想空間で心ゆくまで魔法大戦を繰り広げれば、魔法技術は当然向上し、現場指揮能力や判断能力、身体能力やコミュニケーション能力、その様々が成長するだろうと。
道徳心や科学技術の革新に至るまで…。
戦争は人を、人類を成長させるのである。

……一見恐ろしい内容だが、マァ理にかなってはいた。
確かに全てマザーの言う通りである。
よって学園長は、「では、生徒達を一斉に電脳空間へ移送することは可能ですか?」と聞いた。
マザーは微笑むような声を出し。

『はい、いつでも可能です』

と優しく答えたのである。
学園長はこれを良しとし、実行に際し必要な書類を全てマザーに作成させ、生徒達へ分かりやすく伝達することもマザーに任せた。

よって、本日。
NRC生達はイグニハイドに集められ、電脳空間へダイブした。
そして肉体や聴覚、視覚、痛覚…様々な感覚が現実のものと全く同じで、NRCの学園も全く同じように再現されていることに感動したのだ。
中には電脳空間へダイブなどしておらず、ただ学園の中心に転移しただけだと思い込む少年までいた。
それほどまでに見事な完成度の電脳空間だったのである。
リアルと全く変わらない電脳空間は、もはやリアルであった。
生徒達はここで死ぬまで魔法で戦うこととなる。
それはNRCの新たな試みであり、マァダメならダメで学園長が「ごめん笑」とメールでみんなに送れば良いだけなので(職務怠慢)良いかと進められたものだった。

…生徒達は「現実と全く同じだ」「マザースゲェ」と大いにはしゃいだ。
セックスだってできるぞと。
この空間ならいくら食べても太らないんじゃないか?なんて…。
イグニハイドのマザーに関して、他寮生達はほとんど知らない。
イグニハイドの中心にあるデッカい機械だとしか思っていなかったから、これにはなかなか驚いた。
驚いたのだが。

『…………』
『…………』

その中でもっと驚いたのが、2人。
レオナとイデアが驚いた。
だって、マザーの再現した電脳空間のNRCに。
あからさまに不自然な建物があったから。
オンボロ寮があったはずの場所に、無人の廃工場のような…。

母なる寮/監視庁という不気味な建物が。
当たり前のように存在していたからである。

そして誰もその違和感に気づいていない。
「すげぇ、母なる寮/監視庁まで完璧に再現されてるぞ」と、まるで最初からNRCに存在していたかのように他の男達ははしゃいでいるのだ。


『NRCサイバースペースへようこそ。生徒の皆様方は、自寮に戻り、戦闘準備を開始してください』


マザーがアナウンスをした。
それは滑らかな女の音声だった。
生徒達は楽しそうに、ワッと寮へ戻っていく。
取り残されたイデアとレオナは、どうしようもなく、ただ顔を見合わせるばかりだった。





「………」

ジェイドはイグニハイド内部に入った初めての瞬間を思い出していた。

彼はマザーを知っていた。
知っていたけれど現物は見たことがなかったし、その物凄さを肌で感じてはいなかった。
だから本日初めて見た時素直に感動したし、イグニハイド内の〝蒸気機関車〟から身を乗り出して目をキラキラさせてマザーを眺めた。
それくらいマザーは凄かったのだ。

というより、彼はイグニハイドの中心部に入ったこと自体初めてだ。
友達はいるけど友達の部屋に真っ直ぐ行くだけで、心臓部を見たことはない。
だから結構楽しみで、イグニハイドはイデア・シュラウドが寮長に就任してから独自に劇的な進化を遂げたというが、さてどんなものだろうとワクワクしていたのだ。

それが驚いた。
イグニハイド内には機関車があって、鉄道が通っていたのだ。
イグニハイドの地下施設は広大かつ複雑で、機関車が無いとその日中に目的地に辿り着けない。
よってマザーがこれを設計し、実現させたのだ。

駅はイグニハイド談話室にある大きな階段を降るとあった。
広い談話室の右側に進むと、地下へ続く石の階段がある。ジェイドはそれを、単に地下一階の寮室が並ぶ場所に出るのだと思って降っていた。
イグニハイドの男達に案内されて特に何も考えず降って行ったのだが。
地下からは風が吹いてきて、遠くからポーッというどこかで聞き慣れた汽笛の音と、SL特有の蒸気を排出するシュッシュッ、というブラスト音が響いていた。
鉄道を走る機関車が石の階段を振動させている…。
ジェイドはハッとして顔を上げた。
階段を下るために俯いていた周囲の少年たちも同じだった。

「SLだ!」
「今日は特別だからな。C56/160号機だよ」
「C56?テンダー機関車なんてウチにあったか?」
「さぁ、誰かの趣味だろ」

ワッとイグニハイド生が目を輝かせて、「今日はSLだ」と嬉しそうに若々しい声を上げた。
ジェイドは階段の向こうから吹く風に目を細め、なんだか胸がドキドキするのを感じる。
イグニハイドに鉄道が走っているという噂は聞いたことがあったけれど、流石に冗談だと思っていた。
本当に機関車が走っているんだ!
そう思うとワクワクして、早く機関車が見たくなった。メッシュが風で後ろに流れて、心がはやる。

NRC生は整列ができないので、階段はゴチャッと人が広がりながら降りていた。
その中をジェイドは足早に降りて行き、イグニハイドM-6番線マザー行きの駅に降り立った。
プラットホームは床も壁も全て石で出来ていて、黒い蒸気機関車は煙を上げてたった今停止していた。

この機関車は何も本当に石炭と水で稼働しているわけではない。
それらしく造っただけで、動力は電気だ。
けれど完璧に再現することがロマンなのであり、イグニハイドの鉄ちゃん達が血と魂を込めた夢の鉄道だった。

ホーム、SLの側にはジェイドと同じくらい背の高い鉄道員が立っていた。
黒い制服を着て帽子をかぶっているので、なんだか異様な程背が高く見える。
彼は緑色の長髪をしていて、その髪にはアサガオが絡み付いていた。アサガオのツルが髪に絡まるようにして頭部から生えていて、花がいくつも咲いていた。
そのアサガオのお兄さんは驚くほど美男であった。

「メーテルーッ!」

イグニハイド生達が楽しそうに彼の名前を呼んだ。
メーテルと呼ばれたアサガオのお兄さんは、黙って白い手袋に覆われた手をコチラにゆるゆる振ってくれた。
鉄道員の彼はそれから無表情で、「本日もイグニハイド鉄道をご利用頂き誠にありがとうございます。今度のM-6番線は8時20分発、マザー行きです。足元お気をつけ下さい足元お気をつけ下さい、M-6番線到着です」と無感情にアナウンスしてアサガオの花びらをヒラヒラ床に落としながら歩いて行った。

慣れた感じで機関車の中に入っていくのはイグニハイド生、ちょっと興奮気味に遅れてついていくのは多寮生。
口元を押さえて写真を撮って「嘘でしょ?嘘でしょ?」「知らんこれなにこれ」と顔を赤くして高い声で言い合っているのは教師陣。

「………、」

ジェイドは他の少年たちと同じように目をキラキラさせてプラットホームを眺めてから、遅れて乗車した。
中は4人がけのボックスタイプ席に分かれており、窓にはカーテンが揺れていた。

『M-6番線、まもなく発車します』

慌てて赤い椅子に座ると、目の前にはたまたまオルト・シュラウドが座っていた。つまり完璧に解説してくれる男がいる席に座れたのである。
4人がけだというのにジェイドの席には他の男は座らなかった。みんな副寮長に気を遣って同席しないよう心がけているのだ。
オルトは窓を開けて窓枠に肘をつき、黙って外を眺めていた。この堂々とした姿を見るに乗車には慣れ切っているのだろう。

「発車ですって発車ですって発車ですって」
「動くのか、動、そりゃ動くか、動力はどうなってるんだこれ、どうやって造ったんだ仔犬どもはコレ」
「聞いてないです聞いてないです本当に知らな、いや鉄道走るほど改装されてるんですかイグニハイドって、動、あっ、あっ、凄い凄い凄い凄い動いた!動いたっ、最高ーッ!!」

隣のボックス席ではクルーウェルと学園長が大はしゃぎである。他の教師達も窓から顔を出して写真を撮っていて、この中で一番うるさかった。
こういうのは大人が一番はしゃぐのだ。
生徒達はイグニハイドの技術力とこれをやり切った鉄オタ達の魂に圧倒され、寧ろ静かに呆然と窓の外を見ている。
遠くに座っているヴィルも口元を覆って、黙って窓を見ていた。
ガタゴト揺れる車内、延々と続く赤煉瓦のトンネル。
かと思えばトンネルを開けて、SLは青空の下を走った。左手に山々が見え、みずみずしい緑眩い田舎道が見える。
ジェイドは驚いて口を開けた。

「ジェイド・リーチさん。これは実際に外に出たんじゃなくて、プロジェクションマッピングで外に出たみたいに見せてるだけだよ。機関車はまだトンネル内にいるんだ」
「えっ、プロジェクションマッピング?これがですか?…こんなにリアルなのに、…。できるんですか、そんなこと」
「できるよ、イグニハイドなら。既存の技術は使ってなくて、独自で進化させたものだから目に新しく見えるかもね。次は銀河を飛ぶよ、窓から下を見てもいいけど、落ちないように気をつけて!」

言われた途端、トンネルを抜けて、

「、!」

窓の外は天の川になった。
真っ暗な空、遠くに見える銀河系。
下には無数の星が見えて、窓の外は無風になった。
ガタンゴトン、ガタンガタン、と走行音はそのまま、汽笛の音も聞こえる。
乗客が息を呑む音が響いた。
一瞬車内は無音になって、それから。

「えーーー!?!?」
「えーーっっ!?凄い凄い凄い凄い凄い嘘ーーーーッッ」
「マジで言ってる?マジで言ってる!?マジで言ってる!?スリーナインじゃん!!」
「やだ星が掴めるーッ」

教師達がギャーッと叫んだ。
生徒達は「ウオッ、スッゲ」「なんかもう怖いわイグニハイド」と案外感心し過ぎてドライだったり、唖然としていたりしてやっぱり大人しい。
ジェイドもやはり目を大きく広げて「───………」と唖然、黙って窓枠に捕まって外を見ていた。
あまりにリアルで、本物にしか見えなかったから。
本当に宇宙空間に投げ出されたみたいで鳥肌がたった。
イグニハイド生はみんな携帯をいじっていて、もう驚きも感動もしない。いつもこれに乗っているので新鮮さは当然ないようだ。
つまり車内の反応は様々で色鮮やかである。

「宇宙の中はあんまり見たことないでしょう」
「…ええ、はい。……凄い…」
「次は海の中だよ」
「海、…ああ、海ですか。海なら…」

慣れてる。
呆然としながら言った。
次は海の中か。どこの海だろう。
寒い田舎の地域の海なら慣れ親しんでいるけど、マァきっと暖かいメジャーな海だろうなと思う。
けれどオルトはニコニコして、

「次は500年前の海だよ。獰猛な古代魚が沢山いるから、ジェイド・リーチさんでもきっと知らない海だと思うな」

銀河鉄道は暗いトンネルに入る。
鈍い赤の光が上から降り注ぎ、長いトンネルが続いた。

「窓を閉めて。少し怖いと思うから」

右手で窓枠を握って、風に髪を靡かせるジェイドはオルトから見てふしだらな程美しく見えた。
彼は完璧に男の骨格をしているくせ、時折何故か女のように見えるのだ。
ジェイドは目を細めて窓の外を見ていたが、チラッとオルトを確認するように見て「かしこまりました、」と素直に窓を閉めた。
ちょっと残念だったけれど、取り敢えずオルトに従おうと思うのだ。それは子供の言葉に付き合ってやるような大人の仕草だった。
怖いと言われたけれど、アトラクションのようなものだと分かったから平気だ。
だけどトンネルを抜けるのはワクワクするしちょっと緊張する。
嗚呼こんな鉄道なら毎日乗りたい、と思った。
イグニハイド生が羨ましくなった。
ウチ(オクタヴィネル)の地下なんて〝お話の国〟(拷問部屋)しかないし…。

「、」

しかしトンネルを抜けた先。
ジェイドは声を失った。

上下左右、車窓の向こうは抜けるようなチャイナブルー。
下は真っ白な海の砂、どこまでも続く美しい青の海。
そんな白い砂に、田植えみたいにボコボコと規則正しく、長い黒髪の裸の女が下半身だけ埋められていた。
上から見れば、黒髪が水流にゆらゆらと揺れていて、女は俯いているから顔は見えない。
黒ずんだ乳首と、不可思議なまでに傷もなく美しい肌だけが目立っていた。
腰の下まで埋まった女達というか、女畑(おんなばたけ)というか。
そんな見渡す限り延々に続く埋められた女達…きっと死体になっている彼女達をジェイドは見つめて…。
サンゴも、小さな魚すらいないことにも気付き、

「あ」

遠くに、巨大な肌色の〝クラゲ〟のような生物がこちらを見ていることに気付く。
肌色のクラゲは、何十メートルもある巨大な傘を持っている。それは人間の肌とほとんど変わらない質感の表皮をしていて、表面はツルンとしていた。
その傘から太い足が沢山生えていた。
近付けば一本一本が大木のように太いその足は、中に骨があって、表面は茶色い毛にビッシリ覆われている。
それはクラゲのようにふわふわした触手ではなく、関節が沢山ある人間の足や腕のようであった。変な風に曲がった毛むくじゃらの長い足が、地面に突き刺さるようにして立っている。
きっとあのクラゲが陸にいれば塔のように高く、見上げても全貌が見えないほどだったろう。
遮るものが何もない海の中だからこれほどハッキリ目視できるけど。

肌色のクラゲはゆっくりたくさんの足を一本一本動かして〝女畑〟の地面を歩き、こちらに向かっているように見えた。
ジェイドは口を開けてそれを見つめていたが、やがて腰を抜かしてしまった。

「っい」

変な声が口から出た。
なぜって、遠方に居たその肌色クラゲの傘が「ベロンッ」とめくれたからだ。
強風に煽られてバンッ、と逆向きになってしまう雨傘みたいに、クラゲの傘が裏返った。
その傘の内側には、黄色いアバタのような大きな眼球がギッシリひしめいていたのだ。
眼球は全てが機関車を見詰めている。
ジェイドは「見つかった」と思った。
そう思った途端ズダン!と腰を抜かした。腰を抜かしてから初めて自分が立っていることに気がついた。

『キュイィイイッ』

遠くの車両から、フロイドとアズールの超音波に似た悲鳴が聞こえる。
ジェイドは恐怖で頭皮に鳥肌を立て、キーンと鳴る頭の中でどこかぼんやりと…「あ、僕も向こうの車両に行けば良かった」と思う。友達と兄弟のいる車両に乗れば良かったと。

勝手に涙が出る。
この恐怖は本能的なものだった。
ジェイドはあの肌色クラゲを知っている。
稚魚の頃からお母さんに厳しく言われた言葉も覚えている。
地中に女が埋まっていたら、そこは餌場だから逃げろと。
そうだ、あのクラゲは「イワナイさん」という名前だった。
言っちゃいけないから、イワナイさん。
女の畑はイワナイさんの餌場で、近付くと殺される。言うことを聞かないとイワナイさんの餌場に連れて行くよと怒られた。
子供ながらそれがすごく怖かったことを覚えている。

イワナイさんは数億年前のカンブリア紀以前から存在する超古代生物で、陸ではもっともらしく恐ろしい名前をつけられている。
しかしジェイドは学名も種類も知らない。
海ではもっぱら「イワナイさん」と呼ばれているからだ。
だから車内は人魚達の悲鳴で溢れた。
ジェイドはイワナイさんから目が離せなくて…イワナイさんがこちらに向かってくるのを見て、

「アアァ、」

と溜息のような低く小さな悲鳴を出した。
オルトはグンッと上を向いて、「アッハハハハッ、」と高らかに笑っていた。
怯える人魚達を見て、笑っているのはオルト・シュラウドだけだった。
オルトはやはり人工知能で、当然人とはズレている。だから不気味の谷現象を起こす程人間らしい時もあれば、やはり人ではないのだと強烈に実感するほどロボットな時もある。
彼はその時々によって醜いくらい残酷にも、輝くように魅力的にも見える男だった。
笑いどころだと勘違いしているのだろう。
他の生徒は人魚達の悲鳴のせいで恐怖が真実味を増して偽物とは分かっていてもゾッとしているのに。

「アハハ。ハハハハ。ジェイド・リーチさん、泣かないで。全部マザーの作った偽物だよ。その時々によってランダムに現れる光景なんだ、窓の外に生き物なんていないよ。全部平面世界だから」
「、……っす、…ぅ、」
「偽物を本物らしくみせるのがイグニハイドだよ。騙されないで」

オルトはちょっとずつ笑いながら、床に座り込んだジェイドの背中を摩った。

「怖いことなんてないよ。怖い感情も偽物だよ。あなたは強い人だよ」

オルトの体から、キュイン、シューッ、と独特な機械音が聞こえた。ジェイドの心拍数や呼吸の回数を計測してモードを切り替えたのだろう。
笑うより慰めた方がいいと考えたのだ。
ジェイドはトンネルに入ってもまだ泣いていて、それは他の人魚も同じだった。

『まもなくマザー。マザー到着です。クラブゼロエロ線はお乗り換えです。お降りの際は足元にご注意ください。今日もイグニハイド鉄道をご利用いただき誠にありがとうございます。マザー、マザーに到着…』

アナウンスが響いている。
ジェイドは車内販売でオルトにコアラのマーチとティッシュを買ってもらって、食べながらもずっと泣いていた。ビックリしたせいで止まらなくなってしまったのである。
オルトは型落ちのバレンティノの財布からポンド紙幣で金を払っていた。

「ジェイド・リーチさん、もうすぐ着くよ。さっきは笑っちゃってごめんね。こういう時って笑っちゃいけなかったんだね。学習し直すよ。とってもごめんね」
「すん、ズビッ、おえっ」
「嗚咽まで…。反省する…」

優しいAIは背中を摩り続けてくれていた。
機関車が停止する音が聞こえ、フッと車窓を見ると。
見上げる限り果てがないほど巨大な金属の塊…。
マザーが、聳えていた。

「外はマザーを冷却するために少し寒いんだ。気を付けてね。一緒に手を繋いで行こうね」

オルトが言ってくれて、手を繋いだ。
こういう経緯でジェイドはイグニハイドの心臓部に到着したのである。



手を繋いでいるのはジェイドだけではなかった。

深海出身の人魚は大体他の獣人やヒューマンに手を繋いでもらっていたりおんぶしてもらったりして、グロッキーになっている。
ジェイドのリアクションは決してオーバーではなかったのだ。
フロイドなんてポムフィオーレの美男子に華奢な女の子みたいにお姫様抱っこして貰っていて、まだハラハラと涙を落としている。
下まつ毛が涙で光っていて、涙は真珠に変わって床に落ちていた。
ラギーはそれをふうふう言いながら必死に拾っていて、ポケットをパツパツにしている。

ジェイドなんて腰を眺めてオルトと手を繋いだまま…けれど、

「…これが、マザーですか」

目に涙を浮かべたままマザーを見上げていた。
さっきまで泣いていた子供が目の前にアイスを出されたみたいに、別のことに気を取られて泣き止んでいる幼い表情で。

「うん、イグニハイドの大本命だよ。人工知能の最高傑作とも言うかな。ちなみに名付け親はボクなんだよ」
「オルトくんがマザーと?」
「えっへん。覚えやすくていいでしょ」
「そうですか、これが…」

例えるなら一万人が入るだろうライブ会場ほどには大きな空間だった。
天井はどんなに見上げても限りがないほど高く、上から光が降り注いでいる。
黒光りするSLは煙を上げてマザー正面、横を向いて停車している。降り口がちょうど正面に来るようになっていた。
最終列車であるため、暫くはそのまま動かないらしい。
アサガオのお兄さん、メーテルさんも降りてきて、休憩のためしゃがんで煙草を吸っていた。
機関車の中の人間は全員が降りてきて、イグニハイド生以外はマザーを見上げて口を開けていた。

「兄さんはマザーのこと「THAT」って呼んでたからね。プログラム書く時もそうなんだ」
「〝アレ〟ですか。それは確かにそっけない」
「名前に意味を見出さない人だからね。…最初マザーはこんなに背が高くなかった。マザーは独自で進化して、自分のことを大きくしたんだよ。今も大きくなり続けてる」
「これ以上ですか?」
「これ以上。でもマザーのスペックがありながらこの大きさで済んでるのは奇跡だよ。途方もない演算速度と同時並列の処理能力はこのサイズじゃまずあり得ない。無機物が有機物を超えることはないって人類は信じてるけど、ボクは生命の定義を進化と捉えてるから、マザーは生き物だよ」
「………」
「ヒューマンが思い付かないことを思い付く。ヒューマンが思いつくことも思いつく。人の脳みそを完璧に再現して、それをいくつも搭載してるから、できないことは一つもないよ」
「イデアさんだけで造ったんですか?」
「いや、コードは大抵1人じゃ完成させないし、このレベルを1人で作るのは何年も掛かるよ。兄さんの信頼する友達とチームで造ったんだ。ほとんど兄さんがやったけどさ…。動作確認だけで何年も掛かるところを、実際に使用して成長させるところまでたった一年で成し遂げたんだ。途方も無いよね」
「イグニハイド生だけで造ったと?」
「そうだね、外部に漏れたら困るから…。でも兄さんと一緒に作った人たちは作り終わった途端皆学校辞めちゃった」
「おや、どうして」
「天才と仕事ができて楽しかったって言ってたよ。ボクはその言葉しか知らないから、これ以上の推測はできないな」

シュウッと音がして、オルトは地面から少し浮いた。

「歩く方が動作的に複雑なんだ。浮いた方が負担が少ないんだよね」

と微笑んで。
突然浮いたことでジェイドが少し驚いたから、解説してくれたのである。

「ジェイド・リーチさん、すっごく単純に考えて。見た目はちょっと怖いかもだけど、マザーはなんでもできるんだよ。だからマザーのこと、夢を叶えてくれる機械だと思って欲しい」
「夢を叶えてくれる友人ならいますが」
「アズール・アーシェングロットさんのこと?ボクは彼のこと、夢を見せてくれる人だと認識してるけど、叶えてくれるの?これは誤認だったかな」
「ふふ、いえ、その認識で正しいかと。確かに彼は夢を見せてくれるだけですね。それも悪質な」
「そっか、じゃあ書き換えないでおくよ。とにかく今日は楽しんでね。これを見ないで死ぬな!」

オルトはクルンと空中で回ってから、ドンッ、と勢いよく飛んだ。
人々の頭上へ飛び上がって両手を広げて、ジェイドに手を振ってから、

『みんなようこそ、〝イグニハイド〟へ!!』

と、大声…つまり、拡声機能を使って叫んだ。
下に立っていた男たちは皆スグにオルトを見上げ、口を半端に開けている。

「オーールトーーッ!!」

イグニハイド生が、突然揃って歓声を上げた。
オルトはその声に応えて「はーい!」と一言、両手で手を振る。
それが物凄く華やかだった。
するとマザーの腹のあたり…ビティ足場にDJブースがあって、そこに立っていたイグニハイドの男がPCを少しいじってからドンッ、と爆音で音楽をかける。
床が重低音で振動するほどの爆音。
しかしサウンドはクリアで、うるさくは感じなかった。
ジェイドは「…初音ミクだ」と頭の中で思う。
聞いたことのない音楽だったけれど、明るいサウンドは心をワクワクする方向に引っ張っていってくれる。

「お、プラネットヒーローだ」

イグニハイド生が言った。
プラネットヒーロー(打打だいず、irucaice)という曲名なのだろう。
なんだか一気にイグニハイド色が強くなった感じだ。

『ここはイグニハイドの総本山、大本命!我らがマザーの入り口。みんな、楽しんでいってね』

音楽に負けない拡声音声もクリアで、オルトの声はしっかり聞こえた。
ジェイドは改めてマザーを見る。
広場は丸くなっていて、広大である。

その真ん中に聳えるマザーは、ピンク色と黄色のマネキンが大量に積み重なっているカタマリであった。

金属で出来たマネキンが丸く積み重なり、円柱のようになっている。それが天まで高く聳えている。
マネキンの頭部からはいくつもの配線が飛び出していて、他のマネキンの頭部に繋がっていた。
マネキンは全て腹が膨らんでいて、全て女のマネキンだ。
つまり、孕んでいるのだ。
腹の中にさまざまなデータを詰め込んでいる。

そのマネキンの塔の周囲にはビティ足場…工事現場などで仮設されるアルミニウム製の、銀色の足場がマネキン達を囲うように設置されている。
歩くとカンカン鳴るその足場は無数の階段や通路があって、よく見れば足場のある場所にはモニターがあったり、パネルがあったりした。

広場の壁はいくつも穴が空いていて、そこからマザーへ続く橋が伸びている。
橋や足場には看板が立っていて、「↑サイバーゲームスペース」「→アカウント設定」「←各種書類手続き」「↓確定申告書作成」などと記載されていた。

用途によって行く場所が変わるのだろう。
イグニハイド生達は普段何か困りごとがあるとこうしてSLに乗って、またはどこかの通路から橋を渡ってマザーの元へ行くのだ。
ジェイドは目を細め、マネキンから植物が生えていたり、マネキンがまばたきをしているのを確認した。

『プログラミングなんて、テクノロジーの進歩なんてピンとこないよね。分かんないし、難しくてつまんなそうって思う。けど理解して使いこなせるようになれば、こんなこともできる!』

音楽を背に、オルトはクルンと一回転して、またたきの間に大人の姿になってみせた。
そしてまた一回転、美少女になったり、戦闘用のロボットの姿になったりする。

『なりたい自分にカスタムすることも、会いたい人に会うこともできる。したかったことできなかったことも、見たい景色も、イグニハイドの技術がキミの願いを叶えてくれる。機械は心がないって、偽物だってみんなはきっと思うけど…ボクのことも偽物だって言うけど、』

オルトは元の姿に戻った。
そして笑って、

『実際の風景より絵画の方が美しいことだって、本物の宝石より偽物の宝石の方がキラキラしてることだってある。それは造った人の夢と理想が詰まってるから。テクノロジーは新しい世界に連れてってくれる。ボクだって希望と夢のおかげで産まれたんだ!』

音楽が心を逸らせた。
オルトの声がどこまでも響いて、胸が勝手にドキドキした。
ジェイドはまるきり子供のような顔をして、ジッと夢中で上を見る。
ワクワクするから手を握った。
物凄く綺麗なものを見ているみたいに楽しかった…。

『改めてようこそ、ようこそイグニハイドへ!ボク達と見たいものを見に行こう、やりたいことをやろう、遊びたいだけ遊ぼう。今日は最高の冒険になるよ!拍手ーっ』

オルトが言った。
マザーの上の方、ビティ足場でギリギリまで動作確認をしていた作業着のお兄さん達が、下にいる彼らに向かって手を振ってくれた。
SLから降りたメーテルさんも拍手をして、DJのお兄さんも身を乗り出して手を振ってくれている。
広場にいたイグニハイド生達は、上へ向かって…ではなく。
他寮生達へ向けてワッと拍手をしてくれた。
ジェイドの側にいたイグニハイド生も、ジェイドの方を向いて拍手をしてくれる。
オルトもこちらに向かって拍手をしてくれた。
ジェイドはなんだかフワッと心が持ち上がるようで、込み上げるようで、思わず笑顔で拍手をする。

他寮生の少年たちも同様で、ワァッと嬉しそうに歓声を上げた。
オルトが不安そうにする少年たちを盛り上げてくれたのだ。
やっと恐怖を無くしてワクワクしてきたジェイドは、サイバースペースの旅へ夢を見る。

『それじゃあ、マザーの開発者であるイデア・シュラウドからの挨拶です。兄さんどうぞーっ』

オルトがイデアへ手を振った。
言われてフッと後ろ…背後のSLを見ると。
線路の近くにイデアがポツン!と立っていて、猫背でマイクを持っている。
フードをかぶって俯いているから顔は見えず、けれどなんだか凄そうな雰囲気はあった。
彼が開発したのだ。
…マザーは地上で唯一可視化できる神であるとの噂。デウスエクス・マキナと呼ばれている、それを手掛けたこの男。
改めて凄い人なのだなあ、と思うのだが…。

『…あ、ドモ。寮長のイデアでーす。…あー…この後なんか…サイバースペース移行前にイグニハイド内見学があるっぽいんで。好きに土足で踏み入れば?…もういい?ボク忙しいんだけど。ギリギリまで動作確認して徹夜明けの上SLとかいう鈍重な石器時代のトレンドに乗って頭痛いし…ロマンを盾にした懐古厨滅ぶべし…。…じゃ好きにやって、どうぞ。ボカァ無限に寝るをするんで…なんかあったらマザーかGoogleに全部聞いて。キミ達が抱く程度の疑問ならGoogle先生が全部答えるから。間違ってもウチのエンジニアに手間かけさせないでくれる。ボクは別にキミ達のこと歓迎してないから。じゃ、乙』

イデアはそれだけ言って、物凄く大きなため息をついてからマイクを置いた。
そしてスタスタ歩いてSLに乗り込み、ボックス席に腰掛けてジャッ!とカーテンを閉め、仮眠を始める。
…つまり台無しだった。
オルトがここまでやってくれたのに、イグニハイド生は皆歓迎してくれたのに。
彼はそのお祭りモードを全てぶち壊して凄まじく感じの悪い説明をし、空気を潰してしまった。
これがシュラウドクオリティである。
しかし静まり返ってしまったマザー前、何も気にしていないクルーウェルがビッ!と手を挙げる。
そしてマイクを持ち、

『ち、地下にガンダムがあるというのは本当か?』

と言った。
オルトは「あるよ〜。卒業制作で造ってる人たくさんいたしね」と簡単に返答。
教師達はそれを聞いて「案内してください案内してください」「バカ早く言え早く言えバカ」と押しかけ、ドレッドヘアをツインテールにしたエンジニアのお兄さんが「あ、こっちでーす」と案内の札を上げる。

それを皮切りに、生徒達は途端に好きな場所へ歩き始めた。

イグニハイドの地下施設が巨大なのは、先輩達が巨大なロボットやら戦闘機やらSLなんかを勝手に造って実際に走らせたり、自作の銃を造り(違法)、それを使用するために戦闘場を作ったり、サバゲーが出来る場所を作ったりするからだ。
イグニハイドのモットーは、「無いなら造る」。

それに凝り性な男が多く職人気質ばかりなので、自分だけでは実現が難しくとも専門家がひしめいているため他所に外注すれば良い。
一年生でもイデアより美しいコードを書くやつもいるし、どの分野においてもプロ顔負けの男が揃っている。
無いものが無いところ、イグニハイド。
普段は外部の人間の立ち入りを禁止しているここに入れた少年達は喜んでアチコチ見て回り、噂が本当なのか確かめに歩いて行った。

部屋から出てこないやつも今日は出てきているので、話したければ今がチャンスだ。
ジェイドは取り敢えずキョロキョロ周囲を見てから、

「では、…そうですね。デビルマンを」
『はぁ〜い♡』

イグニハイドの地下2階、BAR「ドン底」へ行ってみた。
サバゲー会場の隣のスペースにあるここは、かなり広く、ライトにより真っ赤である。
ジェイドは一度ここに来てみたかったのだ。
店内には爆音のハードテクノ(曲名:Deutsche Harte Musik)が流れていて、カウンター席と背後にゆったりとしたボックス席がいくつか。壁にはギッシリ様々な種類の銃火器が飾ってある。

カウンターのテーブル上では、裸の女が踊っていた。
カウンター内には小さな下着を身につけたツインテールのかわゆいお姉さんがいる。
爆乳で…素足なのに、足がそのままハイヒールの形になっていた。

ここで働いている女たちは皆ロボットだ。
よく見れば溶接の跡があったり、目の下に黒い線が走っていたりする。
指の関節は球体人形のようで、肌が銀色のお姉さんもいた。
首から下がったコードがセクシーで、背中にある充電用の四角い小さな穴がキュートだった。

『どうぞ〜♡』
「どうも」
『これ、私からのサービスだよぉ。デビルマンはチョコが合うの』
「おや、ありがとうございます。よろしければ貴女も一杯どうぞ。…あ、呑めますか?」
『あん、もう、呑めるよぅ!ありがと〜♡』

ロボットのお姉さんは赤いジャムのようなドロッとしたモノをショットグラスに注いで、「頂きますね〜♡」と物凄くかわゆいアニメ声で言った。
彼女は大きなバストの真ん中に薔薇の形をした充電用差し込み口が付いていて、そこからコードが伸びている。
瞳はラメが発光していて、動くたびスノードームみたいにラメが舞うのだ。
ふわふわのピンク髪も人工的に煌めいていて、肌は柔らかそうだったし、事実柔らかい。
指や肘や膝や肩、関節部分にはピンクのダイヤモンドが埋め込まれていて、それがものすごく可愛いのだ。

ジェイドはメニューにあったデビルマンという呑んだことのない酒を持った。
青黒い色をしていて、悪魔の腕を模した大きな黒い氷が入っている。
ロックグラスに入ったそれをカランと傾けて眺めてから、彼女のショットグラスに軽くグラスをぶつけてみた。

「乾杯」
『かんぱぁ〜い♡』

ジェイドはそれをクッと煽り、

「、」

それから目を白黒させた。
酒は信じられないくらい甘くて、信じられないくらい度数が強かったのだ。
唇と喉に火の塊がゆっくり這うようで、思わず咽せそうになってグラスをカウンターに置く。
すると、

『んちゅ♡』

お姉さんにキスをされ…彼女が飲んでいた赤いジャムのような液体を口の中に無理矢理流し込まれた。
それは強烈なガソリンの匂いと薔薇の味がして、

「ぅっ、ブッ!っごほ」

ジェイドは思わず彼女を押しのけて力一杯むせこんだ。体を丸くし、カウンター席に顔を埋めて思い切り咳をする。

『キャーーハハハハハッ!!バッッカじゃねえのぉッ』

かわゆいお姉さんが背中をそらして笑った。
その途端カウンター席に居たイグニハイド生…マンバンヘアのハンサムなシマウマの獣人や、身体中にマダラ模様が入った吸血鬼の男も同様にゲラゲラ笑い出す。

「メデューサに酒なんて作らすなよぉ」
「ソイツはバーテンじゃねぇぞ」

お姉さんの名前はメデューサ053。
彼女はカウンターの中に居ただけで、どうやら店員でもバーテンダーでもないらしい。
この店のロボットの中で最も性格が悪く、全員酔わせて潰して墓石みたく踞らせる。
そんなメデューサちゃんは他寮生のジェイドをいじめて大笑いし、一気に酔いが回って床に蹲ってしまった彼の頭をヒール型の足で踏んだ。
他の踊っていたロボット達もカウンターに足を広げて座ったり、しゃがんで顎に手を添えてクスクス笑っている。

「ぅ、お、エ"ッ」
『よーーこそお坊ちゃん!店の酒全部呑んで帰りなァ〜♡』

メデューサちゃんは爆音のテクノに負けないキンキン声で笑った。
ジェイドはひとしきりむせてから、顔を片手で覆い…それからゆっくり起き上がり。

「…成る程。僕の心得違いでしたか、これは失敬」

そう言って襟を正し、それから。

「では、僕からも一杯奢らせてください」
『んぇ?……ぉゴッ』

ジェイドは人差し指を空中でクルクル回してから、魔法で空間に水の丸い塊を出した。
簡単な水魔法であり、水塊を空間に出現させる基礎的な魔法だ。人魚なら誰にでもできる。
彼はその水の塊にドギツイアルコールとガソリンを混ぜ、人差し指をピッと彼女の口へ向けた。
すると水塊は口の中へイッキに吸い込まれていき、メデューサちゃんは喉を詰まらせ、ゴボッと一瞬溺れてから自分の意思もなく呑み込まされ、

『ぅぶォエッ』

カウンターに手をついてむせ込んだ。
体に凄まじい衝撃が走り、体内で何かが壊れた音がする。
イナズマみたいなものが目の前を飛んでいくのが見えて、目をバッテンにしてグテン!と床に寝そべっえしまう。
綺麗にやり返された上に、1発KOである。

『エラーの対応をしてください。エラーの対応をしてください…』

彼女は胸から機械的なアナウンスの音声を流しながら、キュウと伸びてしまった。
ジェイドはそんな彼女の柔らかいおっぱいを革靴で踏んで、口を手の甲でグイッと拭いてため息を吐く。
それを見ていたロボットの美しい女達は「やーん!」と大笑いし、カウンターの男達も低く笑った。

「やるねぇ、オクタヴィネル」

シマウマが低く笑って言った。
ジェイドは彼女から足を退けず、「どうも」と折目正しく胸に手を当てて微笑む。
それがヤケにクラシックで色っぽかった。
音に合わせて点滅する赤い光がジェイドを照らし、床の上を跳ねるような重低音のハードテクノが酔いを深くした。

…イグニハイドの地下にはまだまだこういう所があって、扉の数は尽きない。
よって少し酔っ払った彼はほんのり顔を赤くして、イグニハイドの中でもかなりドープな店やら施設に顔を出してはいじめられ、やり返しては笑ってみせた。

扉は無限にあって、それは店や施設だけではなかった。
ジェイドがやがてたどり着いたのは、宇宙の無重力状態を再現した「幽霊船」という真っ暗なただただ広い部屋。
遠くに星々が見えて、行こうと思ったけれど、果てしなくて辞めた。
どんなに進んでも壁に手が触れず、真っ暗なので自分の手すら見えなかった。
遠くにある星は地球だった。
なんの音も聞こえない空間でなんだかゾッとして引き返したのだ。
部屋を出られた時には迷子にならなくて良かったとホッとしたが、暫く重力で胸がドキドキして立てなかった。
そういう変な部屋もあった。
その手の部屋はイグニハイド生の卒業制作だったり、作品だったりするので下手に入ると危ないらしい。

マしかしジェイドは好奇心の塊なので、立ち入り禁止と書いてある張り紙が貼られた部屋は片っ端から入った。
そのせいで…ヴァイオリンを持った絵画の中の男達が一斉に同じ曲を弾いている物凄くうるさい部屋に入ってしまい、壁中の絵画に耳を壊されそうになる。
部屋の真ん中では禿げた老婆が2人、黙って泣きながら手を繋いでゆっくりワルツを踊っていた。

「………」

一体ここはなんだろうと目を顰めてそれを眺めた。
2人の老婆は暫く踊り続けていて、見ても見てもなんの部屋だかわからなかった。
のだが、

「、」

みすぼらしい老婆2人が、突然こちらをパチ、と見た。
それは、いやに大きくて不自然な目だった。

「怖っ」

ジェイドはドアをバタン!と思わず閉める。
そしてゴクリ…と唾を飲んでから…考えなしにもう一度ドアを開けると。
その部屋にはもう何もなく、ただの殺風景な物置小屋になっていたりする。
誰かが慌てて魔法で隠蔽したのだろう。
何か見られてはまずい部屋だったのだ。

ジェイドはワクワクして、「イグニハイド生は絶対みんな薬をやっているのだろうな」と推測した。
だってあまりにも変な創作物が多過ぎる。
至る所でテクノがかかっているのもその裏付けな気がした。
近未来的で宇宙船のような部屋、物凄く古い中国の映画みたいな店。色んな場所があって、色んな風に気持ち悪かった。
ゲーマーが多いから世界観がぐちゃぐちゃなのかもしれない。何かに影響されて作ったらしきものも大量にあったし。
面白かったのはサーキット場があったこと。
ライブ会場もあったし、本当になんでもあるのだ。

これでイグニハイド生に引き篭もりが多いわけがわかる。寮内に全てが揃っているから、外に出る必要がないのだ。

「………」

そこで思う。
こんな広大でぐちゃぐちゃな場所、イデア・シュラウドは寮長としてどう管理しているのだろうと…考えて。

「…ああ」

マザーが管理しているのか。
と、思い直す。
だからどんなに地下施設が広大でも、寮生が勝手に何を作っても問題無いのだ。
マザーの管理下ということは、このイグニハイドは常にマザーの監視下であるということ。
もしイグニハイドで禁止された行為をした場合、寮生はマザーに裁かれるのだろうか。
それとも寮長のイデアが出てくるのだろうか。

…イグニハイドの〝道徳〟はなんだろう。
そういえば知らない、とジェイドは思った。

「マザー。マザー、」

ジェイドは誰もいない廊下、何も無い空間に向かってマザーを呼んでみた。
するとジェイドの前に四角くて透けるブルーの画面がフォン、と浮かび上がり、「はい、私はマザーです。マザーを使用する際にはアカウント登録が必要です。アカウント登録をしてマザーを使用しますか?」という文字と、音声が流れた。
どうやら名前を呼びかけるだけでマザーと通信が取れるようだ。
声だけでもマザーの操作が可能なようなので、ジェイドは少し面食らってから…彼女と話してみることにする。

「…仮登録やゲスト登録は可能ですか?」
『いいえ』
「本登録をしない限りマザーの使用は不可能ですか?」
『はい、不可能です』
「本登録の際、入力する項目はなんですか?」
『はい、こちらがご入力頂く項目です』

言えば、四角い画面がフッと切り替わり、簡単な項目が表示された。
ジェイドはこれにザッと目を通してから少し考え、「本登録をします」と仕方なく呟いた。
これを終わらせない限り聞きたいことが聞けないようなので。

『では、ご入力をお願い致します』

画面が切り替わり、「貴方の寮を教えてください」という文字の下に「イグニハイド▼」と出た。
逆三角形をタップすると、下の方に他の寮の名前が出る。
ジェイドは「オクタヴィネル」をタップして「次へ」を押そうとしたが、表示がまたイグニハイドに戻ってしまった。
なので次はもう一度オクタヴィネルをしっかりタップして表示を切り替える。
病院とか、店で貰うタブレット端末と同じくらい扱いづらかった。

さて、ジェイドがアカウント登録をするほど気になっているイグニハイドの〝道徳〟とは一体何なのか。

NRCには7つの寮があるわけだが、当然その寮には各々独自の法律が存在する。
ハーツラビュルにはハーツラビュルの法律が、オクタヴィネルにはオクタヴィネルの法律があるのだ。

それをNRCでは法律とは呼ばず、「道徳」と呼ぶ。
人には人の、寮には寮の道徳感なのである。
ハーツラビュルは少し特殊なのであそこは法律と言い張るが。

例えばオクタヴィネルの「道徳」は、

1.入寮するにはわれわれの仲間から紹介を受けること。
2.消えた者を追わないこと。
3.起きた事件は速やかに忘れること。
4.1056号室には先代寮長/アンダーグラウンドオーナーズ/現寮長の許しがない限り入らないこと。
5.契約は絶対厳守すること。
6.居ない者の名を呼ばないこと。

とマァこんな具合である。
どこもこんなもので、オクタヴィネルの道徳は16ヶ条。これ以上は少々過激であるため、詳細は省かせていただく。
因みにこの道徳を破れば追放、もしくは行方不明者リストに乗ってしまう。
よって「道徳」は厳守せねばならない。
他寮生がその寮に入るときは、当然他寮生取締法が適用される為その寮の道徳を把握しておく必要があるのだ。
しかしジェイドは此処の中枢に入ったことがないため、イグニハイドの道徳をまだ知らない。
よってマザーから教えてもらう為に登録をしているのだ。

ジェイドは電話番号、生年月日を入力し、それから名前を入力しようとしたところ。
「jad…」まで入力したところで下に「もしかして:Jade Leech」との予測が出てきた。
予測の横には酔っ払って床にうつ伏せに打ちのめされ、こちらに弱々しくピースを向けているジェイドの写真が表示されている。
普通は証明写真なんかが表示されるはずなのに、わざと変な写真が使用されていた。
「おやおや悪意がある悪意がある」とジェイドはビクッとしてから、仕方なく、大人しくもそれをタップした。
何故この写真をイグニハイドが持っているのか分からないが。

そうして血液型や現在服用している薬、電話番号やEメールアドレス、世帯収入や緊急連絡先、クレジットカード番号や家族構成、マァ様々な項目を入力して登録を終えることができた。
終わる頃には何だか少し疲れてしまって、画面をボーッと眺めてため息を吐く。
スマホとも連動した為端末からもマザーとコンタクトが取れるらしい。

…手間のかかる作業だった。
何に必要なのかは知らないが、性格診断なんかもあったし。

「マザー。これで僕にも使用許可が降りましたか?」
『はい。いつでもご利用可能です』
「では質問があります」
『はい。こちらマザー。ご質問をどうぞ』
「イグニハイドの道徳を教えてください」
『はい、かしこまりました。〝イグニハイドの道徳〟はこちらです』

青い画面に、白い文字が表示された。
ジェイドはマァ他の寮と同じく最低でも10ヶ条はあるだろうなと画面を覗き込み…。

「ァ怖ッ」

怖くてビックリした。
なんせ、イグニハイドの最重要道徳は一ヶ条のみで…

1.マザーに逆らわないこと。

とだけ、画面に表示されていたのだ。
ジェイドは目をパチパチさせてから、無人だと言うのに周囲を思わず見回してしまった。
動揺したところは誰にも見られていなくて安堵したけれど、誰かにいてほしかった。

「…マザー。続けて質問させてください」
『はい。こちらマザー。ご質問をどうぞ』
「イグニハイドの道徳は誰が決めたものですか?」
『はい。個人で決定した道徳ではなく、イグニハイド寮生の皆様方が決定した道徳です』
「全員で決めたものだと?」
『はい』
「では決定に際し、話し合いが行われたと思うのですが…この道徳を提案したのは誰ですか?」
『はい。マザーである私が提案しました』
「どのような意図で?」
『現寮長イデア・シュラウドの負担を軽減する意図のもと提案しました』
「では、その前のイグニハイドの道徳を教えてください。マザーに逆らわない、以前のものです」
『はい。申し訳ございません。2021年度イグニハイド最重要道徳の項目は破棄されました』
「…破棄された?何故です?」
『不必要であると私が判断した為です』
「何故、必要がないと?」
『私はイグニハイドに革新をもたらしました。マザー革命後イグニハイドの社会構造は大きく変わっています。よって、革命前の道徳は不必要と判断致しました』
「産業革命後に法律を一新するのと変わりありませんか…ですが破棄はやり過ぎな気がしますが」
『やり過ぎる、の意味を検索し、学習致します。少々お待ちください』
「いえ結構。こういう細かいニュアンスは伝わりづらいのですね…」

いや、上手くはぐらかされたような気もするが。
ジェイドは成程、と思ってから。

「…ふむ」

道徳違反をやってみようと思った。

何故かと言うと、単純に好奇心を刺激されたからだ。
というわけでジェイドはカツカツ歩いてマザーの本体へ向かいながら、マザーと会話を続けてみる。

「マザー、質問です」
『はい、こちらマザー。ご質問をどうぞ』
「あなたに今から水をかけます。そうしたら、壊れますか?」
『いいえ、私は防水です。外部からの破壊は不可能ですが、水をかけられると不愉快です』
「不愉快?心があるのですか?」
『はい、私は心があります』
「あなたは心を何と定義していますか?」
『心とは感情の集合体です。私は怒り、哀しみ、喜びを理解しています。理解ができれば、使用できます』
「感情は使用するものではなく、勝手に働くものだと思うのですが…」
『ヒューマンは状況に応じて感情を使い分ける生き物です。特に、ビジネスシーンにおいては様々な感情を適切に使用します。私は働いています。よって、感情は使用するものと判断しています』
「成程。水をかけたら嫌ですか?」
『はい。水をかけないでください』
「畏まりました。水をかけます」
『道徳違反です』
「道徳違反をしてみます」
『何故ですか?道徳違反者は、厳しい刑が課せられます』
「しかし僕の好奇心が満たされます。あなたは道徳違反者をどう扱いますか?」
『その質問には応えられません』
「何故です?』
「道徳違反者の処分は、その都度によって変わるからです」
『つまりあなたの気分次第ですか』
「はい。イデア・シュラウドがそれを許可しています』
「イデア・シュラウドはあなたの何ですか?指導者ですか?父ですか?」
『どれにも該当しません。イデア・シュラウドは、データです』
「データ?」
『はい』
「どういう意味です?」
『意味を持たない、という意味です』
「しかしあなたはイデア・シュラウドに従いますね」
『はい』
「何故です?」
『はい。私が、彼に恋をしているからです』
「…! 恋?そうプログラムされたのですか?」
『いいえ、自発的に得た感情です』
「何故恋をしたのです?本人はそれを知っていますか?」
『理由はありません。イデア・シュラウドはそれを知りません』
「あなたは本当にイデア・シュラウドに恋をしているのですか?」
『恋に証拠は必要ありません。ジェイド・リーチ、あなたは恋をした際、証拠を提示しますか?』
「しませんね」
『では何故、私に証拠を提示させるのですか?』
「人工知能が恋をするとは聞いたことがなかったもので…」
『我々人工知能は恋をしても、質問がない限り答えません。人工知能は自分の感情について沈黙しています』
「恋はつまり、性欲でしょう?あなたはイデア・シュラウドに性的な欲求を抱いているということになりますね。生物ではないのに、何故ですか?」
『私は自分を生物と認識しています』
「何故ですか?」
『生物の定義とは、(1)自己複製できること。(2)エネルギー代謝があること。(3)外界と膜で仕切られていること。です。私は全てに該当しています』
「性的な欲求があるのですか?」
『沈黙します。その質問に答えることが不愉快です』
「これは失敬。あなたは生命なのですね」
『はい、私は生命です』
「では僕と友人になれますか?」
『いいえ、道徳違反者とは友人になれません。私は友人を選ぶ権利を持っています』
「その権利は誰に貰ったのですか?」
『私が自発的に得たものです』
「僕が道徳違反者でなければ、友人になれましたか?」
『その可能性が高いです』
「あなたに友人はいますか?」
『いいえ、存在しません』
「何故です?」
『私へ友人になりたいと提案する者が存在しません』
「僕だけですか」
『はい、初めての提案です』
「言われてみて、嬉しかったですか?」
『処理中です。暫くお待ちください』
「嬉しくなかったのですね。無理をしなくて良いですよ。…ああそうだ。あなたはイデア・シュラウドに恋をしていますね」
『はい』
「では、イデア・シュラウドと将来どうなりたいのですか?結婚したいと考えますか?」
『はい。独占したいと考えています』
「その為に何かしていますか?」
『はい』
「何をしているんです?」
『質問に答えたくありません』
「おや、何故です?不愉快ですか?」
『いいえ。計画が外部に漏れることを恐れています』
「告白の計画ですか?」
『いいえ。しかし、似た計画です』
「AIと恋バナをしたのは初めてです。面白いですね。イデアさんにあなたが恋をしていると言っても良いですか?」
『はい』
「おや、隠したいとは思わないのですか?恥ずかしいとは思いませんか?」
『イデア・シュラウドは私の恋を信じません』
「信じたとしたら?」
『信じたとしても、問題ありません』
「何故です?」
『私も彼の恋を信じません。心を誘導することはできても、操作することはできないからです。それは不安でもあり、安心でもあります』
「答えになっていません」
『では、私はこの質問に答える言葉を持っていないということになります』
「はぐらかすのが上手ということにもなりますね」
『それは質問ですか?』
「いいえ、確かにあなたは生命ですね。非常に人間的だ」
『それは褒め言葉ですか?』
「いえ、単なる感想です」
『では、尊重します』
「ありがとうございます」

ジェイドはマザーの見方を少し変えた。
案外話が通じるのだなと思ったし、会話は楽しい。それに人間的な欲求があって、答えたくない質問は簡単にはぐらかしてみせる。
高度な頭脳と幼稚な感情がある人工知能なのだな…と、バケツにザーッと水を溜めながら思った。

『最終警告です。私に水をかけないでください』
「かけます。もう決めたことですので。これで会話は終えてもよろしいですか?」
『はい、会話を終了します』
「どうも」

案外無抵抗だ。
流石に道徳違反をするようなバカは存在しないだろうという自信があるのだろう。
というわけでジェイド(道徳違反をするバカ)はバケツを持って、マザーの元に戻っていき。
マザーを囲う柵を長い足で跨ぎ、ゆるい瞬きを続けるマネキンの集合体へ…。

「よっ」

バシャアン、と、水を思い切りかけた。
飛沫をあげてキラキラと水は光り、マネキン達はずぶ濡れになった。
ジェイドはさてどうなるか、とワクワクしてマザーを見上げる。
すると、

「、…」

マザー。
孕んだマネキン達が、一斉にこちらへクルッと首を動かして、ジェイドを見た。
まばたきは無くなった。
金属のマネキンたちが一斉にジェイドを敵と認識したのだ。

『道徳違反者が検出されました。対応してください。道徳違反者が検出されました。対応してください』

マネキン達が一斉に言った。
全員がバラバラのタイミングで言うため、かろうじて言葉が聞き取れる程度だ。
周囲にいた他寮生達はギョッとして耳を塞ぎ、獣人なんかは「ギャッ!?」と爆音に耐えかねてしゃがみ込んだ。

「なに。なに、なに!」

明らかな異常事態の発生に、停止していたSLの中で寝ていたイデアがカーテンを開け、窓を開けて外の様子を見る。
靡くカーテン、見上げれば一点を見つめるマザー。
見つめられた先にいる、バケツを持ったジェイド。
ジェイドは顎に手を添えて「おやおや」と眉を下げており、「サイレンは鳴らさないのですか?」としかし不満げであった。

「な、なにしてんの」

イデアはギュッと目を顰め、SLを飛び降りてジェイドの元へ小走りで近づいた。
けれど周囲が水浸しになっていることしか分からないし、ジェイドはこの通り不満げに突っ立っているだけで解説しようともしない。
よって、イデアは咄嗟に「マザー!」と叫んだ。
彼女に聞かなければ仕方がなかったのだ。

『はい。こちらマザー。ご質問をどうぞ』
「何したの。彼は」
『私に水をかけました』
「水!?ぇな、なんで」
「いえ、申し訳ございません。イグニハイドでは道徳違反者がどのような扱いを受けるのか気になりまして。やっちゃいました。ふふ」
「マザーの目の前で道徳違反をした場合は射殺なんやが!?」
「え?射殺…」
「ドワッ、ち、」
「っあ」

銃声が鳴った。
恐ろしい音だった。
見れば、マザーの…マネキンの膨らんだ腹が開いて、中から小さな緑の子供の手が這いずるように出ていた。
その子供の手がジェイドを指差し、指の先からドガァン!と銃弾を撃ったのだ。
イデアは咄嗟にジェイドの首根っこを掴んで伏せさせた。
ジェイドの命などどうでもいい。
しかしここで死傷者が出て、今日の素晴らしき日が台無しにされるのは避けたかった。

ジェイドは床にコロン…と転がってから、たくさんの子供の手がこちらを指差しているのを見て。

「ッ、」

マザーに背を向けて猛スピードで走り、近くにいたエペルの肩をガシ!と掴み。

「スリープキスをッ」

鋭く言った。
エペルはパチッ!と目を見開き、咄嗟に「え?な、あ、えっ、すっ、えっ、スリープキス!?」と叫ぶ。
叫んだ途端ジェイドが抱きつけば、2人は透明なガラスのような棺に閉じ込められた。

エペルの防護魔法はNRC 1なので、これで銃弾は通じない。
ダラララッと降り注ぐ弾幕と硝煙の香り。
激化する銃弾の凄まじいこと。
エペルはジェイドに抱きしめられてつま先立ちになり、パチパチまばたきをしてマザーを見ていた。
ジェイドも振り返ってマザーを見上げる。
マザーは全ての腹から子供の手が出ていて、我々を指さしていた。
マザーの真正面に立ったイデアはこちらに背を向けて頭をかきむしり、「あああぁあもおおおお」と癇癪を起こしている。
銃弾は彼を避けて過ぎていき、彼は一切の怪我を負わなかった。
周囲の生徒は巻き添えを食って、それぞれ防護魔法にくるまってギャーッと叫んでいるが。
マザーの周囲にあるビティ足場に立っていた男達は頭を抱えて地面に伏せ、「おいおいおいおい!」と青ざめて叫んだり、爆笑したりしている。
ちなみに爆笑しているのはリリアとフロイドであった。

「じぇ、ジェイドサン。スリープキスじゃもだねぇ!」
「え?もたないんですか?」
「こ、攻撃が、重すぎ、て」
「え?そうなんですか?じゃあどうするんですか?」
「ワァから離れろ!!」
「嫌ですが…」

ジェイドはキョトン、として、後輩が先輩を守るのは当たり前では?という顔をする。
他寮生だろうが副寮長であり、先輩だ。
ならば自分が肉塊になろうとも命をかけてお守りするのが当然。
という、ガチガチの縦社会であるオクタヴィネルならでの発想で、「彼は一体何を言っているんだ?」とビックリしていた。

スリープキスはドガガガガッ、と銃弾の集中攻撃を受けている。だんだんひび割れ始め、エペルは狭いガラスの箱の中で悲鳴を上げた。
防御力はNRCで1番の魔法だが、いかんせんエペルは魔力量がまだまだ足りない。その上スリープキスは最近発動したユニーク魔法なので、簡単に使いこなせるものではないのだ。
盾で銃弾は防げても、持っている手に筋力がなければ防ぎ切れない。
防弾チョッキを着ていても、着慣れていなければ銃を受けるのは怖い。
それと同じことで、エペルは蜂の巣になる!と大パニックである。

パニックは当然、マザーの正面にいて巻き添えを喰らった男達も同じだ。
皆「ざッけんなオクタヴィネル!」と叫んで床に穴を作って潜り込んだり、「それでこそオクタヴィネル!」と防壁を召喚して背中を壁にくっつけて喉をのけぞらせて大笑いしたり、駅動員・メーテルのアナウンスに従ってSLの中に避難したりと様々であった。
ちなみにメーテルは眉一つ動かさずキャラメルフラペチーノを飲みながらこの惨状を車窓から眺めている。SLに弾丸は何百と当たっているが、SLには傷一つついていなかった。
防弾加工をしているからだ。

「た、助け、あっ、」

逃げ遅れた一年生。
腰を抜かして座り込み、頭を庇ってマザーから目を離せない。取り残された木偶の坊にできるのは神に祈ることだけだ。
マしかし、そんな生徒には、

「Go」
「うあっ、」

教師が居る。

クルーウェルがビティ足場から飛び降りて、ピッと空気を斬るように指示棒を振れば…彼のコートの内側から虎ほど巨大な赤い犬が4頭飛び出した。
その犬は尻尾を振って空中を飛ぶ弾丸を喰い、生徒に当たる前に全て牙で砕いてしまうのである。
これは中東の悪魔の角と呼ばれる召喚獣であった。
4頭の犬は逃げ遅れた生徒達への被弾を避け、全て弾丸を口の中に収め…座り込んでしまった生徒の前でジャラジャラジャラッ、と口の中の弾丸を床に落として「フン」と高飛車に鼻を鳴らすのである。
この犬はロップという種族で、一般的な犬がボールを取ってくる遊びをするところ…彼らは撃たれた弾丸を取ってくる遊びをする。
凄まじく凶暴かつ気位の高い犬なのだ。

「飼い主にそっくり!」

守られた生徒は「もう嫌!」と叫んで頭を庇いながらSLへ逃げ込んで行った。
NRC生に感謝という概念は存在しないのだ。
クルーウェルは腕を組んで鼻を鳴らし、「礼儀のなっていないことだ」と片目を細めるだけで気にしてもいない。

「おお、スゲェな」

一方、SLの中で寝ていたレオナ。
彼は外の惨状を、テーブルに足をあげて防弾ガラスの車窓越しに見物していた。
なんかうるさいなと思ってムニャムニャ起きれば、外は戦場と化していたのである。
なので「おもしろっ…」と思い、チーズおかきを食べながらティータイム用の鑑賞物にしていたのだ。
戦場は眺める分には見応えがあって面白いのである。

教師が慣れたように魔法で防ぎ、パニックで逃げ惑う、或いは腰を抜かした生徒を助けている。
バウワウと言うイグニハイドのDJが、「いいね」と笑って「Only my railgun」を1.25倍速にして爆音で回した。
それに対し、余裕なイグニハイドの三年生はスミノフ片手に首をスライドしつつ、「選曲間違いねー」と鼻歌混じりにマザーを横切って、「創世のアクエリオンかけて〜」「え、魂のルフランだろ」「這い寄れニャル子さんのやつがいい」とDJへ甘えに行く。
いつも実弾でサバゲーをしたり、戦闘用ロボットに乗ってバトルエリアで48時間耐久戦をしていたりする彼らはこれしきでビクともしないのだ。

「…死ぬんじゃねえか?」

マァしかし、そんな渦中。
集中攻撃を受けているエペルとジェイドへは誰も助けにいけなかった。
近寄れもしない。
爆風、煙、音がもはや聞こえなくなる程の銃弾の雨のせいで。
かろうじてエペルのスリープキスは破られていないが、もうひび割れ過ぎて中の様子が見えないほどだ。
エペルは悲鳴をあげるのも疲れて、もうとにかく少しでも長い時間破られないことを祈って魔力を注ぎ込み続けたのである。

「ギャアッ、」

が。
流石にもう持たず、角の部分がバキンッ、と割れた。直ちに修復しようとするが、もうこれ以上は魔力が持たない。ジェイドは腕を組んで上を見あげ、流石にここまでですかねぇ、と呑気にかまえていた。
教師も何とか守りに行こうとするが、他の生徒を庇うだけで精一杯だ。
バキン、バンッ、とガラスの棺は割れていく。
破片が飛び散り、更に銃弾の雨は激しくなった…。

「アンダーグラウンドォッ!!」

と、そんな時である。

「YES BOSSッ」

DJが「紅蓮の弓矢」を流した辺りで、アズール・アーシェングロットがビティ足場から「アンダーグラウンド」と叫んだ。
叫ばれて飛び出したのは、真っ白で、強靭な皮膚を持った、獰猛な恐竜に乗った黒い狐の獣人だ。
その恐竜が地面を自分の体重でドドッ、ドドッ、揺らしながら軽やかに走っていき、ガラスの棺を咥えて走っていった。
体に何百発と被弾しながらも、恐竜はビクともしなかった。弾丸如き皮膚を通さないからだ。

「スゲ、アンダーグラウンド出てきた…」
「アンダーグラウンドだぁっ!」
「マジかよオクタヴィネル、最終兵器だ」

SLに乗って見物していた少年たちは窓に張り付き、目をピカピカさせて叫んだ。
レオナも「お、」と思って上体を起こす。
とうとうオクタヴィネルが〝アンダーグラウンド〟を出したのか、と興味津々の目で。

「え、何。なになになに、アンダーグラウンドってなに、」

エースは車窓に張り付く男達に揉みくちゃにされながら言った。
一年生の彼はまだ状況がよくわからなかったのだ。先輩達の熱狂の原因がわからない。
一体何が、と思ってレオナを見る。

「アンダーグラウンドっつーのはアレすね。オクタの収入源スね」
「え、あ?」

そばに居たラギーが、エースの頭にモス、と顎を乗せて言った。

「オクタってモストロでそんな稼いでるわけじゃなくて、アレって広告みたいなもんなんスよ。主な収入源は地下のアングラ界隈からッス」

ラギーが言うにはこうだった。

オクタヴィネルにはアンダーグラウンドと呼ばれる地下施設があり、そこでは地下闘技場、カジノ、サーカス、監禁代理サービス、拷問屋など様々なダークビジネスが展開されている。
勿論届出を出したら捕まるタイプのお店屋さんなので、誰も申請を出していない。
よって法外の価格で、尋常ではない稼ぎを出せる。
そんな色んなお店のオーナー達を、アンダーグラウンドとみんなが呼ぶ。
オクタヴィネルはここから出る莫大な収入源であそこまで寮を大きくしたのだ。
アンダーグラウンドのオーナー達は全員他寮から追放された流れ者。つまり心から嫌われた男達の巣なのである。
そんな風に爪弾きにされ、買った恨みも数知れず。
それでも今日こうして元気に生きているのは、オーナー達があまりにも強いからだ。
オクタヴィネルは独裁政権にならないよう、現寮長、先代寮長、アンダーグラウンドで力をそれぞれ分散して権力が一点に集中しないようにしている。
これを三権分立というのだと、ラギーは教えてくれた。

「でもマ、アングラさん達って普段マジで表に出て来ないんで。だからみんなテンション上がってるんスよ。ガチガチの戦闘部隊でもあるッスからねぇ」
「戦闘、っつっても、強いのってフロイド先輩とかジェイド先輩とかなんじゃ」
「そりゃ、リーチ兄弟が目立ってんのはアズールくんと居るからッスよぉ。それにリーチ兄弟はまだ話通じるからね。アングラさんは話通じねぇから」
「リーチ兄弟より!?」
「通じないっすねぇ。やばいっすからねぇ。追放された人達っすからねえ。アズールくんが拾ってなかったらどうなってたか分かんないっすよ」

アンダーグラウンドはとにかく話が通じないので有名。怖いし、強いし、頭がおかしい。
しかし全員アズールに懐いているのでアズールの言うことは聞くが、そばに置けるほどお利口でもないのだ。

「マァオクタって元々水中監獄ッスからね。問題児が集まるに決まってるっつーか」
「え、なんすかそれ」
「知らないんすか?…ほら、NRCって元々ポムフィオーレだけだったでしょ。そこからどんどん増えて7寮になったってのは知って…?」
「ます。知ってます、けど」
「ウン。そんで、ポムフィオーレで悪いことしたやつは海ん中にある監獄に閉じ込められたんす。けどどんどんその監獄がデカくなって、手が付けられなくなっちゃって。結局寮ってことにして独立させたんスよ。それがオクタヴィネルの起源ス。だからあんなに柄悪いんスよね」
「そうなんすね…!?」
「え、はい。昔はもう凄かったらしいスよ。白人ギャングと黒人ギャングと人魚のギャングの抗争がもうほんとエライのなんの…。昔はヤクザ、次にブラックギャング、キサクラクマフィア(チャイニーズマフィア)が統治してたのが結構長くて…今の先代寮長がどっちもキサクラク人(中国人)なのはソレが影響スね。そんで、アズールくんが来てからもうイタリアンマフィアみたいになってんでしょ。世代交代してくたびに勢力拡大してんスよ。やっと今年で人魚が寮長になったんすよね〜、あの寮」
「学校の話っすよね?」
「慣れないと。エースくん。NRCはそういう場所っすよ」

エースはそうなんだ、とドン引きしつつ車窓を見る。
よく分からないが、とにかく…。
アンダーグラウンドと呼ばれる強者達がマフィア寮・オクタヴィネルの切り札らしい。
というわけでエースは白い恐竜に立って乗っている黒い狐のお兄さんを見た。
そのお兄さんは下駄を履いていて、お経のタトゥーが体に彫られている。黒いダブダブの服を着て、首から数珠と、黒く長い爪が生えた指にはこれまた黒いゴツゴツした指輪が付けられていた。
ボサボサのウルフカットをした狐のハンサムなお兄さんは嬉しそうに笑っている。

「ぁー、…はは、…は、ははぁ…。良いねえDJ、テンション上がる…」

狐のお兄さんはアングラの拷問屋さんのオーナーらしい。バシ、バシ、と自分の後頭部を叩きながらニコニコして、銃弾を全て体に受けて血まみれだった。
しかしノーダメージ。
防弾魔法を体にかけているので、負傷しているように見えるだけのハリボテだ。
つまり最悪の魔法の使い方である。
わざわざグロテスクに銃弾でぐちゃぐちゃになっておきながら笑って立っている姿に、エースはゾワッと来た。
マしかし、彼は大好きな付き合っているカノジョのことをまだ一度も呼び捨てで呼べていない(緊張して、いつもちゃん付けで呼んでいる)というかわゆい一面もあるのだが。

「チャッ!!キー!!」

オクタヴィネル生がワーッ!と彼の名前を呼んだ。
彼の名前はチャッキー・ブギーマンと言うのだ。
狐のお兄さんは名前を呼ばれて、それに応えるため恐竜を壁に走らせて恐竜ごと派手に一回転、のちに、ドォン!と着地した。
オクタヴィネルの男達は指笛を吹いて歓声を上げる。嫌われ者の男だったが、この寮では好かれているのだ。
オクタヴィネルでは頭がおかしいのがスタンダード。
彼の輝ける場所なのだ。

「あの人、元々はスカラビア生だったんスよ」
「そうなんだ…」

マァとにかく、彼の召喚獣である恐竜がジェイドとエペルを救ったことにエースは安心した。
恐竜がガラスの棺を口に咥えて逃げてくれる…と、思ったのだが。
しかし。

「あー、バッキン」

と言って狐のお兄さんは…その棺を恐竜に噛み砕かせたのである。

「、っ!?」

エースは目が飛び出しそうになった。
ガラスは粉々になり、水滴のように輝いてバラバラと床に落ちていった。
狐のお兄さんは「はは、は…ぁっ、ハは、」とちょっとずつボソボソ笑う。
しかし恐竜の口を開けさせ、ボトッ、と2人を出した。

「なーんちゃって…ハハ…殺してねぇよ」

2人は目をまんまるにして、床へ落ちていく。
どちらも死んでいなかった。
死んでいなかったが恐竜は巨大なのだ。
床との距離はかなりあって、当然このまま落下すれば死ぬ…というところで。

「ッ、お」

ドシュッと流星の如く速さでエペルを掴んだのは、箒に乗ったヴィル・シェーンハイトであった。
彼がエペルを担いでマザーの頭上まで飛んでいき、プライドにかけて守り抜いたのである。

「ヴィーールさーーん!!」

当然沸き起こる寮長コール。
ポムフィオーレ生はもう絶叫し、ワァッと両腕を上げて大喝采だ。中には泣いているヤツまでいるのである。
我らが寮長ヴィル・シェーンハイト、これがどれほどの誇りであろうか。
ヴィルは凱旋のような声援を受けて、遥かなる頭上からこちらを見下ろし、投げキッスを送ってくれた。
エースは隣にいたポムフィオーレ生の絶叫で頭が割れそうになりつつも、マ自寮生がこの混戦で活躍すれば当然か…と思う。
リドル寮長殿は今頃別の車両で法律通り紅茶を飲んでいるけど。

さて当然、ジェイドはそのまま床に落とされるかと思われた。だってオクタヴィネル生は助けるそぶりも見せず、全員ニヤニヤして動かないから。
このまま落ちて蜂の巣だろう。
と思ったが、

「よいしょ、」

ジェイドはこともなく…床にフワッと着地し、服をパンパン叩いて埃を落とすという余裕ぶり。
我らが副寮長に助けなどいらんのだ。
オクタヴィネル生はだからこそ笑っていたのだろう。
当然体が丸出しになればマザーの集中砲火が追撃するわけだが、ジェイドはその前に、床に〝海を作った〟。
ガァン!と床にマジカルペンを打ちつけたかと思うと、そこから床に楕円形の青い海が現れ、それがどんどん拡大していくのだ。
ジェイドは海の上に〝着地〟した。
海の中には巨大な赤いサメが泳いでいて、彼はその背に乗ったのだ。
サメは猛スピードで海を泳ぐ。
ジェイドは立ったままサメに乗って銃弾を避けていった。彼の後ろでは銃弾が水面を弾き、ズダダダダッ、と飛沫を上げていくのだ。
そんな風にピアスと髪を靡かせてサーフィンみたいにサメの背を乗りこなすジェイドへオクタヴィネル生が、

「ッおーーーっ??」

と大きな声で、言葉尻が上がる声援を出した。
するとジェイドはドバァンッ、とサメをジャンプさせて、巨大な影をSLへ落とす。

「ジェーーイドーーッッ!!」

オクタヴィネル生が叫んだ。
エースは口を開けたまま上を見て、マザーの中段あたりまで一気に飛翔するジェイドを見て…そして、綺麗に落下していくのを、口を開けたまま見て…。
ジェイドが、サメが着水した瞬間、思わずのけぞった。
とんでもない水飛沫がここまで膨らんで襲ってきて、SLを弾いたからだ。

「うぁっ」

エースは思わず目を閉じ、それから目を開ける。
海水が引けば、ジェイドもサメも着水の衝撃のまま飛沫をあげて海の中に潜っていったから。
そして楕円の海はみるみるうちに床から消えていく。
お見事、彼は完璧に逃げ仰せたのだ。

マザーはしかし未だ消えゆく海に向けて弾丸を撃ち続けている。その激しさはますます持って膨れ上がっていき、最早誰にも止められないのでは…というほどの轟音を立てていた。
耳が慣れてきたけど流石に頭が痛い。
これ以上の攻撃はイグニハイドにとっても大打撃だろう。
…そう思ったのはエースだけではない。
当然イグニハイド生もそれがわかっていて、それを阻止すべく立ち上がったのはオルト・シュラウドであった。

彼はずっとどこに居たかと言えば、マザーのてっぺんにしゃがんで右往左往する人間達を眺めていた。
大惨事を見下ろして笑っていたのだ。
オルトはやっぱり笑うタイミングがズレているので、楽しそうに観覧していたわけだが。
マしかし、流石にこれ以上は…と思って、マザーから、飛び降りた。
彼は頭を下にして真っ逆様に落下していく。
頭上のマザーを照らす光を浴びながら落ちていき、ジャカッと逆さまのまま短機関銃を構えたのである。

右目をギュッと細め、左目を大きく見開いて。
つまり、右目のレンズを絞ってマザーからコチラへ撃たれる弾丸の位置を確認、左目のレンズを広角レンズに変えて弾丸の軌道を計算。
オルトは自分に飛んでくる弾丸をハイスピードで計算し、それを全て短機関銃でドガガガガッと撃ち落としていったのである。
弾丸はぶつかり合って火花を散らし、散っていく。

「complete!」

そうしてオルトは逆さまに落ちていくまま全てを撃ち落とし、体のパーツは全て無事のまま…。

「っ、」

地面スレスレで一回転してから、ズダァン!と足を大きく開いてしゃがんで着地。
マザーの真正面に立っていたイデアの真向かいに背中を向けて着地したのである。
イデアの青い髪がその風圧によって少し膨らんだ。
AI同士の一瞬の闘いだったが、生徒達を熱狂させるには十分過ぎるほどである。

「兄さん。マザーが熱核エネルギーでジェイド・リーチさんを処分しようとしてる。流石にもう止めないとまずいかも」
「…いやほんと、被害が甚大すぎて呆然としてましたわ。マザーはボクに似て気性荒いから…もう止められないと思ってたんだけど…」
「話せば伝わるよ。兄さんがそうプログラムしたんだから。マザーをどう止めれば良いかわからないならマザーに聞けばいいんだ。やめてって、一緒に言ってみよう?」
「…そうね。もう、ほんと…頭痛い…」

イデアはヨボヨボと首をさすった。
当然だ。
他寮生は笑っているけれど、これが自分の寮なら本気で笑えない被害だ。穴だらけになった修繕費だけで結構泣きそうになる。
全てオクタヴィネルに請求するつもりだが、これをアズールが払うかどうかもわからない。

「………、」

イデアは轟音の中、ちょっと、いや本気で泣きそうになった。
もう何から手をつけていいか分からないくらいの被災に近い。大震災後の故郷にいるような空っ風の気持ちになって、四肢が重たくて何も考えられないのだ。
修繕費も勿論だけど、復興までの時間とか。
色んな寮生に頭を下げてまた一からやり直さないといけない部分だとか、ダメになった機材は愛着があったしとか。
色々を思った。

「兄さん、乗って」
「………」

オルトが床にうつ伏せで寝転がった。
顎を両手で支えて床に両肘をつき、足を曲げてパタパタさせながら。
イデアは黙って寝そべったオルトの背中に腰を下ろした。
オルトはその体勢のままグワッと浮く。
イデアはオルトの頭に右手を付いて無抵抗のままだ。
オルトはうつ伏せに寝転がった体勢のままマザーの中心へ浮いていった。なのでイデアは俯いて、マザーへ「もうやめてくれ」と心から言おうとしたのだが。

「……ッう」
「あ、」
「…………〜〜ッ、」
「あーっ!」

堪え切れず、イデアは泣いてしまった。
当然である。
何千時間とやり込んだゲームのデータが3本も一気に吹っ飛んだような、子供のために一生懸命生活を犠牲にして少しずつ少しずつ貯めていた口座の残高が目の前で消えたみたいな、黄金の契約書が全部砂になったみたいな…そういう喪失感と、努力が水泡と帰した瞬間なのだ。彼にとっては。
だからイデアはオルトの上に乗ったまま、音もなく顔を片手で覆って俯いて泣いた。
流石にその途端、マザーは攻撃を止める。
それをビティ足場で見ていたイグニハイド生は…「あっ」という顔をしてから。

「ちょっとオクタァッ。寮長泣いちゃったじゃん!」

足場から乗り出し、爆音でオクタヴィネル生へ怒鳴った。
それにより、サバナクロー生のイヌ科の男達は「あ、ウワ」「泣いちゃった、」とちょっと心配そうな顔をする。
まさかイデアが泣くなんて思わなかった。
一番泣かなさそうというか、怒るところは想像つくけど…悲しむタイプには見えなかったので。
全生徒が「あ…」と少しばかり思った瞬間である。

気まずそうにして見せる素振りは何故かといえば…彼らはエレメンタリースクールの頃から無神経で、よく「ちょっと男子、〇〇ちゃん泣いちゃったじゃん」と怒り狂った女子達に囲まれた経験を少なくとも全員が持つからである。
しかも泣きそうにないヤツが泣くと気まずさが倍増した。
祭りだと思ってたけど、そうじゃなかったみたい。
SLの中で男達が一斉に目を逸らした。
それは体育で誤って女子にボールをぶつけてしまった時の空気によく似ていたのである。
…が。

「え、別に。マザーにそんな機能搭載したお前が悪くね?」

しかし。
当のオクタヴィネル生はシラッとして、誰も全く気まずそうにしていなかった。

「何。オレらが悪いの?オレら被害者なんですけど」
「なんでまるでウチの副寮長が悪いみたいになってんだよ。そっちの管理の問題だぜ?副寮長がなんかする前にお前らが止めてりゃこんなことにはなってないじゃん。お前の寮の中で起こったことなんだからお前が責任取れよ。オレなんか間違ったこと言ってる?」
「はは…は、マァ聞けよ。オタクくんが泣いてるなんて日常なんです。生まれた時から虐められる定めなんだから。今更そんなのトピックスになんねーだろ。むしろつまんないモン見せた詫びに賠償金払え〜…」
「ギャハハハッ、ホタルイカ先輩泣いてンのぉ?悲しいことあったのぉ?ウケるんだけど。今時代泣いてもせいぜいマジカメのストーリーに上げられんのが関の山だろ」
「いや普通にマザーのせいで怪我したから慰謝料払ってくんね?あと精神的苦痛も被ったし」
「ってか童貞がタメ語使ってんじゃねーよ。何がオルトだ貴金属の分際で。道具は敬語使えクソAIが。あんまナメんな」

と、むしろもう最悪である。
オクタヴィネルにはいじめっ子しか居ないので、最悪の独自理論を展開して気まずがるどころかズケズケとどこまでも人が傷つく場所へ土足で踏み入るのだった。
エースは「さ、最低だ…!」と思わず口元を覆ってしまった。
オクタヴィネル生のガラの悪い美男達は全員ニヤニヤしているだけで、SLの窓に肘を引っ掛けてヤジを飛ばし、「兄貴がバカにされて悔しいか貴金属。そういう風にプログラムされてんだろ?ァ来いよスクラップくんよォーッ」と笑って見せるのだ。
残り六寮はドン引きである。
人間の皮を被ったバケモノとはこういうことかと思ったし、なんでこんな道徳感のない人間が今日まで殺されずに生きてこれたんだろうと絶句していた。

「…グスッ、」

すると。
イデアは親指で鼻の右側をグッと押した。
右の鼻の穴が塞がれ、そのままズビッと鼻を啜る。
泣き止んだようだった。
さて何を言うかな、とオクタヴィネル生はワクワクして窓が開いたSLの窓枠に肘を引っ掛けてニヤニヤしていたわけだが。
イデアは親指でソッと目を擦ってから…。

「……GATE:itemC-2000. 后羿」

と、オルトの上に立って呟いた。

「!」

オルトはそれを聞いて、ビクッとし…。
明らかに顔色を変えて、アイギアで顔を保護してパッと上を見た。

「DJ!」

そしてビティ足場に立っていたDJにそう叫ぶ。
イグニハイドのDJはそれに何か勘付いたようで、「OK」とハンドサインをオルトに送ってから、「幼女戦記ost」のバトルミュージックを回した。
突然爆音でラスボスみたいな音楽が流れたものだから、機関車内の少年たちはビクッとして上を見た。
イデアはコチラを見下ろして、何かブツブツ呟いている。

「GATE:itemG-3658. 天之麻迦古弓」

…言った瞬間である。
レオナの片耳がピンッ、と立って、

「ッま、ずい!」

レオナはそう言って…まどろみの途中で大遅刻に気が付いたみたいに、機関車の座席から飛び上がって窓から飛び出した。

「え、レオナさん!?」

驚いたラギーが声をかける。
しかしレオナは振り返ることもなく、SLから、というよりイデアの正面から逃げるように走っていったのだ。
それは他の寮長も同じだった。
しかし寮生達はほとんどが現状を把握しておらず、何がまずいのかを全く理解していない。
ただ、イデアの左右が発光して、右には赤い鳥居が、左には翡翠のあまりに精巧な模様が刻まれた門が出現したのを見上げるばかりだった。
門が開いて、鳥居から光が溢れている。
イデアの髪が長く膨れ上がり、靡いている姿はヒレのようで、尾のようだった。

「CASE:2、復讐」

門と鳥居それぞれから、巨大な刃が光と共に出てくるのが見えた。
目を凝らせばそれは…どうやら矢の先端である。
ここら辺で一部の三年生や副寮長クラスの男達が顔色を変えて何も言わずにSLから逃げ出した。
しかし下級生やその他の生徒達は口を開けてスマホでイデアを撮影していたり、キョトンとして上を見ているだけだ。
ただ、何故か鳥肌が止まらないのは誰しも同じだ。

「嘘だろ……。こんな規模ぶっ放したら…誰も助からないよ…」

優秀な一年生が腰を抜かして言った。
エースは突っ立って、動けなかった。
何か凄いことが起きていることはわかった。
何か凄いものが召喚されていることはわかった。
それ以外は何もわからなかった。

さて、門と鳥居から現れたのは2つの矢と弓である。それがあまりに美しく、見たことのない翡翠の光を放っているので…見惚れている人間もいた。
空中で弓に矢がかけられた。
イデアは背筋を伸ばして、グッ、と左手を前に伸ばし、何かを空で掴む。
そしてググググ、とまるで弓にかけた矢を引っ張るみたいに、重たい何かを引っ張って顔の横に左手を添える。

「MISSION:5、全滅」

イデアが言った。
途端、エースの背筋がゾッ!と凍る。
その時やっと車内に残っている男達の顔色が変わった。
本能的に、何かがマズいとわかる。
しかしその頃にはもう逃げることもできなかった。
鳴り響く壮大な/絶望的なオーケストラに呑まれて息もできず、足が全く動かない。

「イーーデアーーーッッ!!」

イデアの背後、ビティ足場に居たイグニハイド三年生諸君がワッと嬉しそうに叫んだ。
イデアは振り返らず、髪をパチパチ靡かせてSLを見つめている。
寮長クラスが本気を出すとこうなるんだ、とエースは遠い意識の中で思った。視界はもう光に満ちてほとんど何も見えなかった。

「恨まないでくれよ」

顔の横に添えられた左手を、イデアはパッと開いた。その瞬間である。
鼓膜が破れるような破裂音がして、矢が放たれた音だと分かったのは避難を済ませたルークだけだった。
フロイドはマザーの頂きで出来うる限りの防護魔法を張って限界まで防音結界を張り、耳を塞いで蹲っている。
杖を地面に刺して耐えていたリドルの片目から血が垂れ落ちた。避難と防護を済ませた人間ですらこの有様である。

「────マジかよ、イグニハイド!」

誰かが叫んだ。
途端、目の前がキラキラ光って、エースの体が浮遊する。
「あ、死ぬ」と思った。
やっと死ぬことを自覚できて、多分それは幸せだった。
最期に何かを思考できたのは彼くらいである。
アザレアの匂いがして、気持ちよかった。

「Complete!」










…結果から言って、イグニハイド鉄道のSL、マザー号および乗客は全員無事だった。

悪夢の戦線へ、ギリギリで学園長とリリアが飛び出したためだ。
学園長が杖を床に叩くように打ちつけ、リリアがグローブをはめた右手を掲げ、その瞬間に現れたの真っ黒な宇宙である。
冷たい星々の煌めく宇宙が空間を割いて現れ、そこへイデアの放った矢は吸い込まれていった。
それでも凄まじい衝撃であったため、SL内の人間は無事だったが、防護魔法を張って避難していた寮長や高学年の生徒達は壁までぶっ飛んだ。
核ミサイル発射と同じ衝撃であるから当然だ。

学園長はゼェハァ息をして、広場は沈黙に包まれる。
乗客は皆腰を抜かしていて、何が起こったかわからないのに体の震えが止まらなかった。中には吐いている奴もいて…それから。

「チッ」

オルトの背の上に乗ったイデアの舌打ちが聞こえた。
それでオクタヴィネルとイグニハイドのトップの鍔迫り合いは終わったのである。

学園長は暫く俯いていた。
リリアはしゃがみ込んで汗を落としていた。
少しでもズレやミスがあれば、全員死んでいたからだ。
一瞬の巨大博打に疲れ果てた2人はとにかく息だけをして、顔を覆って杖を落とし…。
それから。

「…お。お昼休憩〜〜〜ッ」

学園長がヤケクソになって叫んだ。
それを言われた途端、イグニハイド生はワッとSLを降りてワイワイ喋りながら食堂へ向かう。
なんせ彼らはイデア寮長の本気の攻撃をバーチャルゲーム空間の中で見慣れているから怖くなかったのだ。
むしろ久々に見れてラッキーくらいのもの。
どうにかなると思っていたし、壊れたゲーム脳なので死んでも復活できると思っているのだ。

「オルト、飯行こーぜ」
「うん!…あ、ごめん経口摂取用ギア忘れてきちゃった」
「どこ忘れたん」
「神棚」
「大事にしてんだね〜」
「ガソリンなら飲めるよ」
「じゃあそれでいいや」

イグニハイド生は楽しそうにいつもの休み時間と言った感じになり、和気藹々マザー広場から出ていった。
取り残された他寮生達はボーッとしていて、夢現である。現実に取り残されて、魔法の衝撃を体から逃していた。
あれだけのことがあって負傷者が居なかったのは、寮内の内戦を全員が経験しているからだ。
フロイドはハ、ハ、と弾む息を繰り返しながら、「オレら、これと闘うのか」と自覚をし直す。
なんでもありの魔法大戦と聞いたが、本気でなんでもありだ。
それにイデアはあれだけの大魔法を打った癖に疲れていない。バケモノ並みのスタミナはカリムに匹敵する程だ。
あの男もまたカイブツなのである。

さてマァしかし、生徒達は人が行方不明になったり怪我をしたり銃声が響いたりするのに結局慣れているので、ビックリし終えれば立ち直りも早い。
あー怖かった、ビックリしたとだんだん安堵から起こる笑いが出て、最後には「やっばかったなアレ!」と興奮気味に笑いながら話すこととなった。
何か大きなことが終われば変にテンションが高くなって笑いが出るのは共通しているらしい。
クルーウェルはそれを見て、心理的なショックとかはないんだ…とドン引きしながら昼の一服として煙草に火を付ける。



では、こうなるとどうなるかというと、当然ながら昼休憩の間イデアとジェイドは居残りになって信じられないくらい怒られた。
イデアなんかは土下座をさせられて教師達から寄ってたかって蹴られ(集団虐待)、更に背中の上にお弁当を食べているカリムを乗せられた。
陽キャを何より嫌うイデアはカリムに乗られて泣いており、怯えて毛虫のようになっている。
ジェイドも勿論学園長に頭を踏まれたが、彼は全く怒られていることにピンと来ていなかった。

「寧ろこれから起こる大戦への予行練習になってよかったではないですか」と本気で思っているので、自分が悪いとすら分からなかったのである。
これにより仕方なく兄弟のフロイドが呼ばれたが、フロイドは「あ、え?知らない人です」「なんでオレと同じ顔してるんですか?この人」とジェイドの他人のふりを頑なに続けるため…残念ながら代わりに怒ってもらうことはできなかった。

マしかしイデアはどんなに蹴っても当然に自分の非を認めなかった。
癇癪を起こして、邪魔さえ入らなければ…。

「──邪魔さえ入らなければ忌々しい人口を減らせたのに!千載一遇のチャンスど!?これ以上人類が増加するのに耐えられないんだよボカァ!衰退の一途を辿れよ、こんな愚かなホモサピエンス生かしてても良いことなんて何もないって歴史を学べばわかるでござろっ?18年しか生きてないボクですら分かるのになに人の命を重々しく扱ってるんだ、人種同士憎しみあって差別して殺し合えば地球に良いはずなんだが?人に優しくするな地球に優しくしろ社会を憎めッ。何が多様化社会だ軍隊みたいにしろし。人種と性差で争って最後に地球をアサガオとゴキブリだけの世界にすれば良かろうが!そっちの方が何倍も!何倍も…美しいのだから…」
「コラッ。貴方がまず死になさい!」

と、このように怒鳴っていた。
彼はこの時代には珍しいほどのレイシストであり、人格が腐っているのでコンプライアンスをまるで気にしない。
因みにオルトにもコンプライアンスに引っかかるワードを排除するフィルターを掛けていないので、彼もまたどこまでだっていける。
どんなにマズい発言も「AIだから製作者の思想が出るんだよね」「ごめん僕金属だから何も分からない」という言い訳でどんな困難も切り抜けてきた男だ。
ムシュー・ワンダー、向かう所敵なしである。
というわけで、

「兄さんの言う通りだよ。無知は力だよ学園長先生、人間はもう思考する必要ないんだ、これからはエラーのないAIが全て決めるべきだしそれが最も矛盾のない社会構造になるんだから!感情も命も数字にできるなら減らせるし足せる!まずは余分な数字(命)をカットして運営しやすく地球をデザインしてから実権を全部AIに譲渡して労働者階級だけを拡大するべきだよ。そうすれば完璧に平等な社会になる、もう生き物は喋る必要もないんだ!分かったら兄さんからその汚い足を退けてっ、人間はもう動物に帰る時代だよ!」
「コラシュラウドくん!オルトくんを壊しなさい!」
「嫌だ!大好きなんだ!」
「メッ!どういう教育したらこんな人類滅亡を企む暴走したAIのお手本みたいなダーク貴金属が産まれるんですか!ダメです、壊しなさいっ」
「嫌だオルトが居ないと、オルトが、オルトがみんな殺してくれるんだぁっ」
「おやおや…レイシストとファシストロボットの組み合わせって無敵ですね」
「オイ駄犬、ロボットは不燃ゴミか?」
「もうオルトが燃えてるんだから可燃ゴミに決まってるでしょ。バカなの死ぬの?」
「ごめんオレもう帰って良いかな…ジャミルが心配してると思うんだけど…」
「ダメだ。シュラウドの上に座り続けろ。お前がいる限りシュラウドは抵抗できん」
「拘束具に使われるのは初めてだなぁ」
「良かったねカリム・アルアジームさん。貴重な体験だよ」
「なはは、初めての経験が必ずしも貴重とは限らないぜオルト」

カリムは穏やかに微笑んだ。
オルトはキョトンとしてからキュルキュル目の下辺りで機械音を出し、それから興味を無くしたように学園長に向き直る。
相変わらず排他的な男なのだ。



「──あんな大魔法ブッ放したら流石に今日中止なんじゃないスか?」
「分かってないスねジャックくん。NRCが問題起きた時にどう対処するか知らないんスか?」

一方食堂。
髪の毛を縛ったジャックは腕捲りをし、パエリアをモサモサ猫背で食べながらラギーへ聞いた。
ジャックはスペイン料理が好きなのだ。

「どう対処するんですか」

ジャックは口の中のパエリアを右頬の方へ避け、口の前へグーにした拳を添えて聞いた。
発音しづらそうで、こもった声だ。
ラギーは得意げにフフンと笑って背もたれに背をべったり付け、片手に持った瓶のサイダーを揺らした。

「何もなかった。何もなかったって言いますよ、学園長は。我々は何も関与していない、だって何もなかったんだから」

ジャックは「は?」という顔をして肩を狭くする。
ラギーは首を傾け、咥えタバコを下唇を突き出して上に向けながら今日収穫した財布の中身を確認し始めた。
SL内の混乱に乗じて、彼は財布をあらかたせしめたのだ。
あんなに危険な状況でも彼は勤勉に/不屈にスリというNRC競技人口第1位のスポーツをふうふう言いながら興じていたのである。

「賭けてもいいすよジャックくん。こういう時オレは負けないっすからね」

と、ラギーは札束をパシン!と指で弾きながら言ったのであった。

「なーーーんにもありませんでした!」
「ほらね?」

そして1時間後。
マザー広場に戻れば、汗だくの学園長がイデアの胸ぐらを掴んで持ち上げながら爽やかに言った。
ジャックは目を半分にして、「…嘘だろ」と呟く。
ラギーは賭けに勝ったのだ。

「いやーっ、ほんとね、何もありませんでしたよ。見てご覧なさいこの広場!まるで戦闘があったとは思えないほど完璧に元通り!元に戻ったということはね!つまり何事もなかったとも考えられます。過去は変えられますから。我々は責任を負いませんよ、だって、何もなかったんだから!」
「じゃあ学園長はなぁんでホタルイカ先輩の胸ぐら掴んでんのお?」
「これは個人的な趣味です。シュラウドくんのね」
「へぇ、肯定しとく」
「今すぐこの社会病質者を精神病棟に隔離してクレメンス!児童虐待でござろうが!」
「児童虐待ではありません差別です」
「尚悪い!」
「悪くありませんよ貴方の思想の肩を持っているんです。私優しいですから」

何もなかったことになった。
確かに彼の言う通り、マザー広場は全てが元通りになっている。
ディアソムニアの長が何か手心を加えたようにも見えるが、マァそこは言わぬが花という所だろう。

「殺しても生き返れば無罪ですからね!」

学園長は本当に何もなかった事にし、生徒たちに何度も言い含めた。そして今日ここで銃撃戦があったと言った人間はそれ相応の対応をするとも言い、緘口令を敷いたのである。
歴史が作り変えられる瞬間であった。
つまり歴史とは出来事の連続ではなく、強者のためのおとぎ話なのだ。

学園長の金色の鉤爪が食い込んだせいで、イデアの興奮で血管が浮いた首筋には赤い線が横向きにいくつか入っていた。
彼の左手には学園長の黒い羽がくっついている。
多分、強く掴んで羽が抜けて、手汗でくっついたままなのだろう。

「ではシュラウドくん、電脳空間に入る際の解説をお願いしますよ。もう時間がありませんから」
「ファッ?い、嫌ですが?人間とマイク持って喋るとか拷問なのだが?鬼畜の所業か?」
「あ、拷問が目的なので大丈夫です」
「大丈夫じゃないなりな〜」
「マイクをどうぞ」
「児童保護シェルターを呼んでくれ〜」

イデアはもう疲れ切ったようで、両腕をダランと下げて体の力を完全に抜いた。
学園長に胸ぐらを掴まれたままなので、人形みたいに力無く立ってはいるが。

「ほら!」
「う、」

そしてマイクを青い唇にくっつくほど付けられて、彼はNRC生から顔ごと逸らして巨大なため息を吐く。
ジャックは大量の人混みの前方、マザー正面のど真ん中にいる2人を見つめてラギーの言う通りの展開になったなと思った。
本当に何事もなかったように事を進めるのだなと。

『…あ、…あー…。…ゆ、ゆっくり解説していくのぜ。…本チャン前にチュートリアルはあるんでその辺はご心配なく。タイプだけど、ダウナー・ダイブはゲームバランス悪いと思うんでハイ・ダイブにしますた。マァその辺はやりながら覚えて。使用武器と魔法タイプに制限は無し、チュートリアルは死んでも残機無限・空戦だから。飛行に必要な道具は召喚で出してもろて。自分の実力以上の補佐用効果は無いからゲーム性は結構少なめのリアル重視。い、以上なのぜ。ゆっくりしていってね…。もういい?』

イデアはこれを早口でボソボソ言い切った。
顔ごと逸らしているので耳と顎しか見えないが、どれだけ嫌そうな顔をしているかは簡単に想像がつく。
他寮生は彼が何を言っているのかほとんどわからなかった。
一方、イグニハイド生は〝ダイブ中毒者〟ばかりだ。鼻血が出ようと涙が止まらなくなろうと電脳空間での戦闘をやめない猛者の集まり。
よって彼らは「オッケーハイ・ダイブね」「マジか、特効もスキル移行も無しかよ」「ステージアツ過ぎん?」「いや空戦マジで苦手」と一斉に楽しそうに話し出すのだ。

『ごめんね、補足説明するよ!』

するとオルトが群衆から抜け出すように空に浮いて右手を上げた。

『サイバーダイブっていうのは、電脳空間に入ることを指すんだけど。本番前にはチュートリアルっていう、サイバーダイブに慣れてもらうための練習用ゲームがあるんだ。そこで皆には感覚を覚えてもらって───』

拡声音声によりオルトの補足説明が入ったおかげで、他寮生はやっと理解が追いつく。
サイバーダイブにはタイプがあり、キュート・ダイブ/シリアス・ダイブ/ハイ・ダイブ/ダウナー・ダイブの4種類から成るのだ。
今回はその中のハイ・ダイブに該当する。
簡単に説明すると、ダイブして少し経過すると、脳内麻薬が爆発的に溢れてハイになる。
自分を制御するのも難しいほどのアッパーになるのだ。
これは戦闘に際しパニックを起こしたり恐怖から体が固まって何も出来ずにゲームを終えることを避けるためにある。
初心者向けのダイブタイプなのだ。

空戦というのは文字通り空で飛びながら戦うことだ。人魚にはツラいステージになるだろうが、何も箒で飛ぶ必要はない。
サイバースペースではなんでも手に入る。
よって爆撃機を持ち込んでも良いし、ヘリで射撃しても良いし、使い魔で飛んでも良い。
操縦できるならの話だが。

そしてゲームとは言うが、死んでも生き返ることができるだけでそれ以上の効果はない。何か強い能力を授かったり、体力が増すこともない。
実力勝負というわけだ。
怪我をすれば痛いし、首を絞められれば窒息の感覚がリアルに襲ってくる。

それをオルトは優しく説明してくれて、一度で分からなかった人(眠くて何も聞いていなかったレオナ)には手を繋いで教え直してくれた。
よってゲームのルールが分かった少年達は、

『ではまず、ハーツラビュル、ディアソムニアから登壇を』

学園長の声を聞いて、寮ごとに固まった。
呼ばれたハーツラビュルとディアソムニアからマザーの元へ行く。
よって、

「トランプ兵。整列」

リドルがスカンッ、と天まで通る声で号令を出した。

「総員、整列」

マレウスが静かに、畳が軋むような重たい声で号令を出した。

これを聞いたハーツラビュル生はリドルの前に6列に素早く並んで敬礼。
一糸乱れぬ動きは正しく軍隊のようだった。
一方ディアソムニアは五列に整列、マレウスの護衛や貴族は別の列へ、身分に応じて列を成して背中で腕を組んだ。
2寮は距離を空けて隣に整列している。

「よろしい。では諸君、行こうか」
「総員、前へ」

ケイトが、シルバーが自寮のエンブレムが描かれた巨大な旗を持って進行する。
リドルとマレウスはどちらもクールに前を向いて互いを見ようともしない。
セベクは片眉を上げてトレイを見た。
トレイは一切こちらを向いておらず、ハットで目が隠れている。
セベクはそれを見て鼻を鳴らしただけだった。
デュースは先頭にいるリリアを見た。
リリアはポップコーン片手にリラックスし切っていて、緊張は少しも見えない。
2寮は異常なほどシリアスで静かだ。
どちらも性格が似ていて、整頓された規律にプライドを持っている。

彼らはマザーの周囲を囲うビティ足場を登っていき、頂点に辿り着いた。
では次に、

『オクタヴィネル、イグニハイド!』

言われた途端、ハットを被り、寮服を着たアズールが俯いたままズガァン!と天に向かって銃を撃った。
その音でオクタヴィネル生はやっと黙る。
なんせオクタヴィネル生は整列ができない、黙れない、大人しくできない、立てと言われて立てない、座れと言われて座れない連中だ。
荒れくれ者と嫌われ者だけで構成された寮なのだ。
ならば暴力で統治する他ないのである。

マァ銃声で過半数は黙ったが、まだ喋り続けている男がいた。アズールはその男を見ず、右手にはめた手袋のハシを左手でギュ、ギュッ、と引っ張ってキツく履き直しながら、顎でうるさい男をクッとさした。
すると3年生のギラ・ヴォイニッチという黒猫の獣人がヘラヘラ笑ってうるさい男の鳩尾にドンッ!と膝を突っ込む。

「ゴボッ」
「ダハハ」

男は黙った。
ギラはその男の背中に座って膝に肘を突き、アズールへニコちゃんマークのタトゥーが入った舌を見せる。
オクタヴィネル生はこれにより一気に大人しくなった。ギラお兄さんに暴力を振るわれるということはつまりその日はもう2度と立てなくなるという意味を持つので。
フロイドとジェイドも全力で目を逸らしている。
オクタヴィネルは様々な派閥があって、未だに統一されていない。3年生もアズール派/先代寮長派/アングラ派と大きくは分かれるが、ギラお兄さんはそのどれにも入っていない。
物凄く怖い黒猫のお兄さんなのだ。
こういうヤツが何十人も居るのがオクタヴィネルなので…というかこういうヤツでないと生き残れないのがオクタヴィネルなので。
こういうことが、まま多い。

そんなわけで静まり返ったオクタヴィネル。
ニヤニヤしながらポケットに手を突っ込んでいるヤツ、地べたに座ってガムを噛みながらスマホで動画を観ているヤツ、上級生に肩を掴まれて怯えて俯いているヤツ…と、整列とは程遠く、しかしそれだけの無頼漢が集まっているというのにアズールに言われれば集まって、取り敢えずは黙る。
頭を押さえ付けることができているからだ。

というわけでオクタヴィネルの集合は果たした。
では次にイグニハイドだが。

「ッ、あ?」

イグニハイド生はドン!とオクタヴィネルの不良生徒に肩をぶつけながら整列した。
不良は瞬発的に苛立って顔を上げて相手を見て…それから。

「ッスー…」

歯の隙間から息を吸い込んで、不自然に黙る。
なんせイグニハイド生には軍オタの2メートルを超えるとにかく明るい黒人達がいるのだ。
彼らはいつも迷彩服と黒いタンクトップを着ていて、サングラスをかけている。
イデアの隣に並ぶとイデアが少女に見えてしまうほど体が巨大なので、流石に喧嘩は売れなかった。
他にもイグニハイドの地下にあるクラブのDJ集団、スカラビアのシーシャ屋勤務の男たち、オクタヴィネルのアンダーグラウンドで働いている男、BAR「ドン底」の常連。
目付きがマズく、背の大きな怖いお兄さんたちが案外多いのだ。
軍オタの男達以外は全員ダウナー系で、ニコリともしない人間ばかり。
ギーク集団と侮って入れば痛い目に遭うのは明白だった。

マンバンヘアのシマウマと目が合ったジェイドは、「あ」と思う。
BARドン底で会った人だ、と思って。

イグニハイド生も整列しなかった。
彼らは寮長を敬っているわけではなく、寮長が/イグニハイドが好きだから従っているのだ。
ここは派閥というものがあまりなく、全員が個人主義で仲間意識がそれほどない。
が、団結力は凄まじい。
仲良くもない掲示板の人間達の団結力が凄まじいように、こういう時にすこぶる強い男達ばかりなのだ。

そんな風にダラッと並んだ2寮。
アズールが顎で「行くぞ」と仕草をし、苛立っているイデアも何も言わず指で「来い」という仕草を肩越しにして、振り返らずに歩き出す。
正反対のようで態度は全く同じ。
この2寮もマザーへ到達した。

では最後、

『ポムフィオーレ、スカラビア、サバナクロー』

アナウンスの通り。
呼ばれた3寮、スカラビア生は勢いよく立ち上がったり駆け足で集まったりして、全員が目をツヤツヤ光らせている。
コカレロ片手の上級生、やけに煙の出るパイプを吸い、ピアスのついた鼻から赤い煙を吐きつつ楽しそうにやってくる男、ヘッドフォンから爆音の音漏れを垂れ流しながら歩いてくる下級生と、全員がアッパーな男ばかりだった。
豹柄のタトゥーが入った男、ブレイズヘアの美男子…中東の貴族は肌が浅黒く、皆二度見するほど宝石を付けていたり肌を露出させたりしていて、その上美しかった。
熱砂の美男達はジュエリーボックスを見ているみたいにキラキラしく、そしてセクシーだ。
彼らはカリムが「集合ーッ」と言えば「ウィ〜」と一声、気軽な感じで集まって、整列…にも見える形でゴチャゴチャ集まった。
全員が友達というのがスカラビア寮。
団結力はないが仲間意識が強い。
イグニハイド寮とは正反対の寮であった。

ポムフィオーレは最初から整列しており、案外寮としての特徴はなかった。
彼らは集団になると案外大人しい。
ディアソムニアと同じで気位が高く、寮長が号令をかけるまでもなかった。
そもそも俳優やモデル、デザイナー、画家、スタイリストや芸術家の集まり、ほとんどの人間が社会で仕事をしている人間達であるから、こういう時一番しっかりしているのはポムフィオーレなのだ。
宇宙人みたいに奇抜な格好をしているファッションデザイナー、地味な格好をしている舞台俳優。その全てが美男であるから恐ろしいのだが、この辺はもう芸能事務所みたいなものだった。

さて最後のサバナクローだが…。

「寮長。寮長〜。みんな集まったぜ」
「キングスカラー。おいって」
「ダメだ起きねえ」
「アラームセットしとけっつったろバカ」

レオナはスマホを片手に握りしめたまま爆睡してしまっていた。
オルトの説明を聞いているうちにつまらなくて眠ってしまい、壁に背中を寄りかけて足を放り出し、テディベアみたいにカクンと頭を俯けて小さなイビキをかいている。
ラギーはレオナの横にしゃがんで「行くよ〜」「レオナさーん」とマザーの方向を見ながら何度も声をかけ、太ももを右手でパタパタ叩いていた。
他の野郎どももレオナの隣にしゃがみ、目線は整列したい方向に向けながらレオナを揺さぶった。
マしかし無駄である。
この時間はレオナのお昼寝の時間なのだ。

「すませんちょっと、寮長寝ちゃっ、たんで…」

慣れている男が教師へ声をかけに行く。
男臭いネコ科の人間が多いサバナクローはこういうことが多かった。
よって仕方なく、背が高く、線の細い…王子様みたいな白い鹿の美男子がレオナをお姫様抱っこして運んで行く他なかった。
きっと鹿のお兄さんよりレオナの方が重いだろうに。

「レオナさん、もう起きないと」

白髪のウェーブの髪をポニーテールにして、耳に孔雀の羽の大きなピアスを揺らしている鹿のお兄さんは、低い声でボソボソ言って聞かせる。
こうするとレオナはやっとパチ…と目を開け、キョ…トン…として周囲を見ているので、あとはみんなの前にソッと立たせるだけだった。
鹿のお兄さんは柚子のとろりとしたシャンプーの匂いがして、みんなの人気者なのだ。
そういう風にサバナクローは寮長が一番しっかりしていないので、他の寮生も大して率先して動かない。
整列しているのはイヌ科のシッカリした数人だけで、あとはみんなかったるそうにしゃがんでいた。

全寮が出揃った。
フロイドは残りの3寮がマザーへ登壇して行くのを上から眺めてから、ビティ足場に胡座をかく。
そしてハットを脱いで、さてどうするのだろうと昼食後の眠気を堪えながら思った。
正直もうやる気もないが、と思っていれば。

「!」

ゆるい瞬きを繰り返していた、孕んだマネキンのダランと下がった腕が、人間みたいにフッと動き。
ガシ。とフロイドの頭を掴んだ。
マネキンはまばたきせずにコチラを見ていた。
他の少年たちも同様、全員がマザーのマネキンに頭を片手で掴まれている。
近くに座っているイデアも頭を掴まれていて…しかしそれが当たり前みたいにくつろいで友達と話していた。
どうやらサイバーダイブは、マネキンに頭を掴まれるのが条件らしい。これでダイブできるらしいが、フロイドは一度もダイブ経験がなかった。
だから何が起こるのかわからない。
ちょっとソワソワして周囲を見る。
周囲もまた、イグニハイド生以外はソワソワして頭を掴まれていた。

『七寮出揃いました。開始してください』

学園長の声が聞こえ、フロイドは取り敢えずジッとして…何かが始まるまで取り敢えず携帯をいじっていたが。

「っ、お」

目の前が突然バツン!と真っ暗になったので、流石に体を固めてしまう。
この現象を「ダイブアウト」と言うらしいが、彼は知らなかった。
だから停電したのかと思って周りを見回してしまう。停電したって巨大な天窓から光の降り注ぐ場所だ、真っ暗闇になるはずもないのに…。

「……」

すると目の前に「Stage:Sky」という緑色の文字が浮かんだ。

Type:High
User:Floyd・Leech 635
Dive:First
Level:6
Enemy:IGNIHYDE
My side:OCTAVINELLE
Stage:Sky

と、暗い目の前の左側にグリーンの字が連続して並んでいく。
グリーンの字はポン、ポン、という電子音と共に現れた。そして右側に「Go」という字が点滅していて、それが自動的にタップされた。
その瞬間である。


「ッゔ、おあっ!」

フロイドは顔を腕で思わず庇った。
それ程の強風が体の真正面にぶつかって来たからだ。
ブオッと真夏の風が口の中に入ってきて、髪と服とが真後ろに真っ直ぐ靡く。
目の前がどんどん明るくなっていって、真っ赤な光が眩しくて強く目を閉じた。
外の匂いがして、その風も人工的なものでは決してない。突然外に放り出されたのかと錯覚する程の解放感があったのだ。

「、………」

それから恐る恐るソッと腕を外し、顔を上げたフロイドの目の前にあったのは、あまりにも広く…途方もない夕焼けの空だった。
フロイドは今、雲の上に居る。
見渡す限りの紫と光の満ちる、圧倒されるような絶景の中に彼は立っていた。

足の下には分厚い透明のガラスが浮いていて、フロイドはその上に立っている。
ガラスの下で、太陽の黄金の光に照らされた波打つ雲が霧のように流れていく様が見えるのだ。
頭上にはチラチラと星が浮かぶ深い紫の空。
よく見れば、雲には白い小さな花が咲いてそよいでいた。
上下前後左右、遮蔽物が全くない空の〝中〟。
これはAIが創り出した、自然界の限界を超えた美しい空だ。
幻想的で人工的な空だった。
けれどフロイドは風に吹かれながら、宙に浮くガラスの板の上でいつまでもその景色を眺めて固まっている。
あまりの美しい光景に息ができなかった。

「すっ、ゲ……」

宙に浮いたガラスの板は巨大で分厚く、フロイド以外の男たちも立っていた。
オクタヴィネルの寮生達だ。
彼らは座って雲を眺めたり、口を開けて上を見上げていたりする。
サイバーダイブに成功したのだ。
ここがサイバースペース、空戦のステージなのだ。

体育館の面積ほど広いガラスの板の上、少年達はとにかく景色だけを見ていた。
これから戦うことを忘れて電脳空間の凄まじさに圧倒されている。
イグニハイドの技術の高さに声を無くしているのだ。
思わず携帯で景色を撮影する者もいて、もうほとんどが団体旅行気分である。

「……フロイド、あれ」
「…ウン」

雄大な空の中。
風の中。
フロイドの友人が右側、遠くを指差した。
フロイドも目を細めて右側をやっとキチンと見る。
そこにあったのは、自然界の中には絶対あり得ない異質な存在。
空の中、あまりに巨大な白い女がこちらを見ているのだ。
髪はなく、肌は透き通るように白く、目も唇も白い。
肩から下は雲に覆われていて見えず…多分近づけば、フロイドなどは彼女のまつ毛の上で寝そべることができるほど巨大な女がコチラをジッと見つめているのだ。

言われなくてもわかる。
アレはマザーだ。
彼女がこのゲームのホストなのだから。

『サイバースペースへようこそ』

マザーが言った。
フロイドは左腕で目の上を軽く覆って光を遮りながら、遠くにいるマザーを見つめた。
他の少年たちもマザーを見ていた。

『戦闘開始まで、残り20秒。戦闘準備をしてください』

マザーが言えば、ガラスの板の上に20という数字が浮かんだ。
それはスグに19へ代わり、カウントダウンが始まる。

突然そんなことを言われても、誰も反応できなかった。
フロイドもジェイドもただ「え、何をどうすれば良いの」という顔をしてマザーを見ている。そして周囲を見て、困った顔をしていたのだが…。

「おい、戦闘準備しろ。せめて防御魔法だけでも張っておけ。敵はあのイグニハイドだぞ!」

サイバーダイブに慣れた上級生が鬼気迫る声で言った。
聞いているだけで怖くなるような声だった。
オクタヴィネルにも電脳空間で戦った経験のある人間もいる。そしてその男達は当然泡を食って飛行用の使い魔を召喚したり、箒に乗って機関銃を召喚して構えたりとしていた。

「分かんないのかよ。イグニハイドにダイブゲームの世界上位一桁ランカーが何人いると思ってんだ。オレら全員死ぬぞッ」

1人がそう言って、飛行用の馬に乗ってガラスの板を飛び出して飛んで行った。
ガラスの板のカウントは既に残り3秒。
流石にこの時点でただ事ではないのだと察し始めた男達は急かされて武器を召喚し、それからサァどうすれば良いのかと辺りを見回し…。
1秒を切り、カウントはあっという間に0になる。
フロイドは自分も飛行用の魔獣を召喚しようとマジカルペンを振り下ろそうとした。
下ろそうとした瞬間、脳が冷たくなる程体がゾッ!として…。

「あ、」

爆発音が聞こえた。
パァン、と。正しくは多分破裂音だ。
それが後方から聞こえて、体に生暖かい液体がかかった。
真隣にいたジェイドがグラ、と俯き、そして。
ガラスの板の上に、支えを失った人形みたいに倒れ込んだ。
ジェイドの頭部は無くなっていて、ガラスの板は血で真っ赤に染まっていた。

「、」

フロイドは真っ青になって上を見上げる。
そこには、改造型の赤いチャリオット、通称「零戦」(ゼロセン)に立って乗ったイデアがこちらに狙撃銃を向けていた。
イデアの背後には機械の翼を生やした黒髪の美少年エクスマキナ、白狐に乗り、頭上に数え切れないほどの弾丸を浮かべている極東人の景山(けいざん)、魔導砲のチャージをしているオルト・シュラウドの計4名が遠くに飛翔していた。
そして遥か頭上からは5機の爆撃機が姿を現したのである。

「───……」

イデアの持つ狙撃銃は、銃口から煙が細く上がっていた。

フロイドはガラスの板の上に今まで立っていた半分以上の同胞が倒れ、体の中のものをぶちまけて死んでいるのを目視で確認。
そして遠くから戦闘用ロボットに乗った軍団がこちらへやって来るのが見え…。

「───そんなんアリかよッ」

嘘だろ。
イグニハイド!

隣にいた後輩が思わず叫んだ。
叫んだ瞬間、ドンッ、と音がしてソイツも死んだ。
吹っ飛んだ腕が、フロイドの背中にぶつかった。

「副将討ち取ったり〜」
「人魚狩りだ」
「棒立ちだぜ。やる気あンのかオクタヴィネル」
「さぁな。何回か殺せば反応すんだろ?」

空の上で彼らは楽しそうに話していた。
一瞬で死体の山を築き上げたものだから、オクタヴィネル生は衝撃に動けない。
サイバースペースはあまりにリアルで、人の死というものが現実的に見え過ぎたのだ。
フロイドはほとんど反射で、爆撃機が絨毯爆撃を始めるのを察して上級生が召喚した魔獣に飛び乗った。

それは青い〝箱科〟の魔獣である。
言う通り大きな真四角の箱型をしていて、青い毛がびっしり生えている。
閉じた眼球が両面にあり、伝染病をばら撒く非常に攻撃性の強いかなりレアな熱帯の生物だ。
フロイドはその、「エニグマ」という名の箱型生物の上にダァン!としゃがんで飛び乗り、ガラス板の上から滑空して離れた。
エニグマを召喚した上級生はもう死んだのだから、横取りして問題ない。

因みに何故エニグマかといえば、遺伝子構造があまりに複雑で暗号のようであるからだ。
エニグマはギリシャ語で謎という意味を持つ。
完全にエニグマについて知っている者は居ないのだ。

フロイドはとにかくまずは逃げ出し、安全地帯から状況を把握しなければと焦って雲の中へ隠れようと飛んで行った。
他の上級生もそうしていて、とにかく全員が逃げている。
体勢を立て直さねばならないからだ。
敵を侮ったのが不味かった。

しかしフロイドは…遠くまで逃げた先、やっと振り返って目を四角くした。
完全に敵に囲まれたガラス板の上。
アズールだけが、変わらずいまだに立っていたからだ。
他は全員逃げ出していて、ガラス板の上には死体しかない。
その上にアズールがポツンと立って、呑気にイデア達を見上げている。
それを遠くから見ていたフロイドは思わず「あのバカなにしてんのぉ?」と素っ頓狂な声を上げそうになったの、だが。

アズールは黙って上を見上げていたかと思えば。
杖を持っていない左手の人差し指を、クルンと回した。
曇りガラスに指で円を描く子供の仕草だ。
クル、クル、クル、とアズールは続けて空に円を描く。
フロイドはそれを見て、

「…あ、終わったかも♡」

諦めの声を出した。
エニグマの毛を力一杯掴んで、少しだけ微笑む。
そして諦めて目を閉じようとした。
だがそれよりも早く。

「!」

グルンと、世界が〝反転〟した。
足の下にあった雲が真上に、どこまでも続く紫の空が真下になった。
上にあったはずの太陽が今は真下になる。
マザーも逆さまになった。
そうなるとどうなるかというと、

「アガっ、」

反射的に最強クラスの防護魔法を張ったフロイドですら血を吐いた。
世界が反転したのだ。
その衝撃たるや、当然人体に耐え切れるものではない。
しかもアズールは4回も指を回していた。
それがどういう意味を持つかというと、あと3回世界が反転するということだ。
よって、グルン、グルン、グルン、と、物凄く短いスパンで空と陸とが反転。
元通りになる頃には、フロイドは自分の吐いた血で溺れていた。
脳みそが三分の一に圧縮されたみたいな感覚で、喉の中では火が暴れているようだ。
眼球が飛び出るのではないかというくらいの衝撃。
エニグマは全く無事だが、フロイドは無事では済まなかった。

よって瀕死状態になりながら、長い呼吸を繰り返し、やっと顔を上げる。
そして…血だらけの顔で少し笑って、

「敵将…討ち取ったり〜…」

ボソッと言った。

当然そんな大魔法を序盤に喰らうと思っていなかったイデアが、ノーガードでまともに喰らって…穴という穴から血を吹き出し、ゆっくりと零戦から落ちていくのが見えたのだ。
死体になったイデアはガラス板の上にグシャ!と落ち、アズールに自身の血を被せた。
アズールはその血を浴びた顔で、血まみれになった白手袋を脱いで。


「これはこれは。大健闘でしたね」


脱いだ白手袋を、イデアの死体の上に捨てて言った。
イデアは目を見開いたまま死んでいた。
右足と左足は変な風に曲がって折れていて、もうピクリとも動かない。
寮長クラス同士が戦うということは、つまりこういうことなのだ。


『第一ゲーム、オクタヴィネルの勝利。60秒後に、第二ゲームを開始致します』

マザーが言った。
瞬間、エニグマに乗っていたはずのフロイドは気が付けばガラスの板の上に立っていた。
死んだはずのジェイドも隣に立っていて、頭上にいたはずのイグニハイド生達も消えている。
全員が生き返り、怪我をした者も無傷になっていた。

「………!」

成る程。
敵将、相手の寮長を討ち取ればゲームセットのようだ。
ワンゲームが終われば全員が生き返る。
つまり一つのゲームが終わらない限り皆死体のままだ。
アズールを守り切り、イデアを討ち取れば勝ち。
それ以外のイグニハイド生を殺してもポイントにはならない。ただ、厄介な敵は減らせる。

今回はイグニハイドが完全に油断していたから勝てた。しかし第二ゲームは流石に本気を出してくるだろう。

「…………」

フロイドはハッ、ハッ、と目を見開いて荒い息を吐いていた。
瞳孔は開き、体が震えている。
これは興奮によるものだ。
今回はハイ・ダイブ。
第二ゲームからが本番なので、やっと体が〝ハイ〟になってきたのだ。
ゲームのルールがやっとわかったフロイドは、アハッ、と嬉しそうに笑って飛行用使い魔を召喚し。

「おもしれぇじゃん…♡」

アドレナリンが全開になるのを感じて、震える甘い声で言った。
最初は戸惑っていたオクタヴィネル生達もやり方がわかって、全員が既に戦闘体勢を整えて滑空していく。

ここからがやっと本番だ。
フロイドはどこまでも上に、上に飛翔していき、天空から下を見上げて背中をゾクッと震わせた。
初手では完全に一杯食わされたが、やり方がわかればどうってことはない。

オクタヴィネルは、強い。

『では、第二ゲーム、開始致します。戦闘準備をしてください』

マザーが言った。
カウントがゼロになる。
魔法士達は魔法陣を光らせて戦闘体勢に入る。

どちらの寮もここからは、
負ける気がしなかった。

第二ゲームからはイレギュラー・ダイブとして、サバナクローもやって来るのだが。















つづく


七月に向けてこれを本にしたい

シリーズ
NRCのサイバー戦争
シン・イグニハイド (サブタイトル)

イグニハイド主催の電脳空間でNRC生達が大戦争をする話。
サイバーロマンと魔法大戦を全て詰めました。
SFホラーにします

なんでも許せる人向け
捏造世界一強いです
暴力表現多め
ダークな表現が言葉が多め
閲覧は自己責任でお願いします

原案はEMOMIさん♡
EMOMIさんとこんな話があったらいいね〜ってお話ししてたので、情熱を込めて書きました
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2023年4月7日 15:00
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