2003年 5月 ―
強力な衛士は運も強い。
いや運が強いから生き残ってこられたのか ― それを解き明かさんとする魔女は、東方にて。
北欧バルト海。
オーランド諸島ファスタオーランド前線基地。
ともかくこの基地に集いし欧州衛士らの中で、避退国家でありながらも精強を誇る西ドイツは第44戦術機甲大隊・ツェルベルスに次ぐ実力者といえば、UN常任理事国すなわち列強そのままイギリスもしくはフランスの部隊だとは衆目の一致するところ。
そして今回その番犬部隊に続く運と引きの強さを見せたのは、まさにフランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊ベルナデット・リヴィエール大尉。
成人女子とは思えぬほどの矮躯ながらも波打つ金の長髪に青い瞳は鋭く、その光は攻撃性を秘め。自らが駆る疾風の名を冠するフランスの機械騎士・最新鋭第3世代型機 ラファールに同型の列機11を引き連れて、JIVESの蒼穹を飛ぶ。
「クラウツは派手に始めてるわね」
管制ユニット内での望遠、網膜投影。
映る視界には小さくもすでに飛び交う火線と日独戦術機の軌跡。
「はは、これは着く前に連中にあらかた食べられちまいますかね」
「…どっちが?」
「ご冗談を大尉、少々数は減ったといえどあのセルベール、装備頼りのジャポンのガキ共では鼻っ柱を折られて泣き寝入りでは?」
「……ま、そうなりそうな連中もいるにはいたけど」
だがあのしゃちほこばった、正直他とは明らかに見劣りしていたルージュが率いる連中にしても、わきまえてはいるようだった。自隊と他隊とを比した上で、自らの立つ現在の位置というものを。
「貴様ら…何度も言うが、油断は禁物だぞ」
「わかってますよ、中尉」
隊内通信に飛び交う軽口、少ない古株の諫めもどこ吹く風か。
リヨン以降にフランス軍は、ニホン軍とは実際に戦線を共にしたことがなく。
そのリヨン戦にしても連中が戦っているところを実際に見た連中は多くない、だから聞こえてくるのは半信半疑の噂程度に尾ひれに背びれに胸びれまでもがついてくるような話ばかり。
そんな中で今回の合同演習、米軍の支援下とはいえ前線の自中隊から連れて来られたのは1個小隊がやっと。それも副官を除けばお供は有望とはいえ新人2人、わりに長いこと苦楽を共にし一緒にBETAの返り血を浴びてきた他の面子はこれ幸いとばかりに再編の名の下他部隊の基幹要員として引き抜かれていってしまって、帰還後に呼び戻せるかどうかも望み薄。
つまり残りは他部隊からの選抜合流組になるのだが ― この連中の大方が、少々問題というか気がかりだった。
やや年かさの古参衛士は少数で、あとはリヨン以降に実戦に出た「第3世代型機世代」。
連中もちろん腕は悪くなく、素質もあるが一方血気が盛んでやんちゃも盛り。中には自小隊新人のエイス・ダンベルクール両少尉と軌道降下兵訓練生時代に一緒だった者らもいるらしく、彼女ら曰く「腕は、立つ」とのことらしい。
そんな彼らは選抜組の誇りがちょいとばかりに高いうえ、今回XM3への慣熟も明らかに古参の熟練兵らよりも早かったから有り体に言えば図に乗っている。市民階層の出身だからと妙な反骨意識も持ってるようで、命令には無論従うものの態度がいいとは言い難い。
「よおエレン、どっちが多くJAP落とすか勝負しようぜ。俺が勝ったら一晩つきあえ」
「フン、自分が落ちる心配したら? ジョゼにはコナかけられない腰抜けのくせに」
口の減らない女だぜ、との捨て台詞じみた言葉に隊内がはやし立てる。
ベルナデットは平生の隊紀にそううるさくはなく、ここはエイス少尉に一本だったか。
ともかく「ブレイコー」とやらの舞台として創出されたこのJIVES空間。
晴天に雲も少ないが空間半径は200kmにも及ぶがために、端と端とまではいわないが逆側に配置された西ドイツ軍部隊までは最大戦速でも10分近くはかかる距離。
航空無線なら届きもするが――
「索敵、怠るんじゃないわよ」
「了解しております」
そもそもからして ― 今日の昼間のミサイル戦訓練なんて、台本ありの「カタゲイコ」。
我らが疾風・ラファールの火器管制レーダーはRBE2 ― ユニオン最新鋭のEF-2000が積むCAPTORに比して遜色はないとされるもその方式はPESA。対してオンピアの新鋭機が積んでいるとされるものはJ/APG-1もしくは2で、これらはAESA。
J/APG-2は搭載機含め詳細は公開されていないもののその性能はアメリカのF-18E/Fが積むAN/APG-79を上回るとされ、現行機でこれに並ぶのは米軍仕様F-15E/ACTIVEのAN/APG-82あたりで、凌駕するのはそれこそF-22用のAN/APG-77程度とも。
おまけに大きな声では言えないが、搭載キャパシティの問題から小型化が求められたラファールのRBE2は実際の探知距離はやや短いという欠点もあり…アクティヴ式に発展させたRBE2 AAの配備も間もなくとは聞くものの、要するに現行ユニオン運用機の火器管制アビオニクスでは、日米機に対しての劣後は明らかで。
つまるところ。
もし実戦ならユニオンは、サムライお得意の近接戦に移る以前にミサイル戦ですでに不利。
今日の訓練のように向かい合っては40kmでよーいどん、なんてことにはならなくて、使用ミサイルの有効射程に縛られはするものの、遠距離から先に捕捉した方が有利に決まっている。基本有視界戦闘で、戦術機は実際に見える敵を排除すればいい対BETA戦とは勝手が違う。
癪には障るがどうしようもない大国たるアンクルサムに次ぎ、オンピアは90年代半ばから進めてきた装備の先進化を半後方国化して以降さらに推し進めてきた。その成果が明らかになりつつあって、しかもAH戦までも考慮した装備がすでに実用化されているということか。
「大体対BETAの戦果にしても、レールガンとネイビーの支援あっての話だろ」
「ンな楽勝な戦場ならお目にかかりたいね」
「まあ少しは気張ってもらわないとな。1,2機少なくて不利でもかまわんなんて大見得切った手前、結果が散々だったからって明日以降の予定ナシにして尻尾を巻いて逃げられちゃ、なあ?」
こりゃダメかもしんないわ…ま、いい薬にするしかないわね。
昼間の演習最終戦で、教導のオンピア部隊に勝ち越しを得たのも大きくて。
暴れ足りなかったとばかりに荒ぶる部下らにベルナデットは内心に溜息。
誇らしげに堂々と飛ぶ列機のラファールの姿、今は少しばかりそれが鬱陶しい。負けたいわけでは決してないが、別に番犬共ほど欧州最強とかいう邪魔な看板を背負わされてるわけでもなし。
ハイヴとG元素とを手中にしたとはいえ。
欧州連合の日米に対しての遅れは、軍事的側面だけに限ってもすでに大きい。
ユニオンからして極東の島国はあまりに遠い。
半世紀前に東南アジアの権益を失わされはしたがそれ以降は利害の衝突もなく普段はほぼ意識の外の存在で、対BETA戦線でもまるきり逆の東の果て。技術協力などで交流はあったがそれも開発部門の連中に限った話、極論すれば突破陥落蹂躙されてもああまた人類戦力が、くらいにしか思わなかったろう。
一方広大な太平洋を間に挟みながらも前大戦でかの国とは直接かなり激しく干戈交えたアメリカは、その後の短い進駐期間以降も大きくコミットし続けて、紆余曲折あれども今や再度の同盟締結かとも言われるほど。
東側連中の情報が少ないのもね…
あのジョンブルご自慢の女王陛下のスパイのみならず、ユニオン情報部も仕事はしているのだろうが。それでも定説として、西側就中アンクルサムの諜報力よりレッドベアのそれが優れているとはよく聞く話。あの酒好き飲んだくれ共がそう勤勉とはとても思えないのにこと他人様の秘密を探ることに関してだけは内外問わずやたら熱心だと見えて、高度機密を扱う基地なり公館なり軍需企業なり付近で美人を見たら工作員と思えというのはあながち穿った考えでもない。
火星でのBETA発見直後の60年代初頭の米ソ間はいつ冷戦が熱戦になるのかとかなり緊張が高まっていたらしいが、今はそのBETAという現実のでっかい課題が存在する以上、いきなりエヴェンスクハイヴを攻略して西側陣営を驚かせ東側盟主の面子を回復したのだから、ソ連はとりあえず当分それで大人しくしていてほしい。
現実的にもG元素確保を急いだがためのエヴェンスク攻略だったはずで、いくら共産主義者共とはいえ突然そのエヌミ・ジュレ 不倶戴天の打倒すべき敵とやらをブルジョワジーからBETAに換えてその蹂躙下に苦しむ東欧友邦のプロレタリアートを解放するとは言ってなかったと思う。実際ソ連は租借なった北米アラスカを本拠とする現在ユーラシアに拡がる広大なBETA領域を挟んで西側に戦線を構築しても維持できるはずがないのだし、東欧諸国軍においては言わずもがな。ボリシェヴィキとCCPの仲の悪さは有名で、現状手を結んでいるのもストレンジ・ベッドフェロウズ ― ゴエツドウシュウというやつだろう。そして原子力と水素燃料電池の発達によりかつて懸念されていたほどまでには依存度は高くはないが、あって困ることもない化石燃料資源の確保を企図して西側に先駆け中東諸国領域を解放してOPECを取り込み、新たなコメコンなどと世迷い言を言うわけもない。そもそもソ連は50から60年代にかけてのシベリア油田の発見と開発によって一大産油国と化していたのだから、BETAによって更地にされてしまった油田やらのインフラを再建するにしたって旧自国領域内の方がやりやすいに決まっている。
だから普通に考えれば、アメリカのいる側についていた方が得だ。
BETA大戦以前からの友邦なのだし、ことフランスに限っていえば北米大陸に確保した新大陸フランス ― フランス・ヌーベル・コンティネンタルの存在がある。
コミー共がとち狂ってなにかやらかそうともBETA禍で最悪ユーラシアを再失陥することになろうとも、フランセーズが喪われることは、と――
やめやめ、柄でもない。
ただ剣たれと。
ベルナデットは小さくかぶりを振って、
「敵機発見!」
そのコールに瞬時に心身共にスイッチを入れ替える。
「北東120km、6機編隊!」
「データ照合予測…、ゼロです! 来ましたよ!」
「南東にも感あり! こちらは4機…ドゥです、Type-94 シラヌイ ニガタ!」
「ふむ…」
南東にドゥ ― ニガタ小隊がいるなら、番犬共と交戦中なのはシュヴァリエか。
連中は隊を分けたのか、同数でやりあおうとかそういう話になったのか? それに宣言通りにミサイルやレールガンの類は持ってこなかったらしい、ならば常道からして中隊全機で反転してドゥ4機を叩いてからの各個撃破が無難なところ、
ま、いいわ。
ボッシュ共と、オンピア部隊も数を頼みに戦ってないとすれば。
レクリエーションなんだから、乗ってやるのも筋だろう。
「第3小隊は南東へ、一当てして探れ。第1、第2小隊はゼロの相手をするわよ」
「了解。第3小隊、行くぞ!」
「悪ィな、ゼロはいただきだ」
「言ってろ」
「でもま、向こうにゃあの女少佐が乗ってんだろ? いい女だった」
「けっこういい歳らしいぜ、東洋人は若く見えるっていうだろ」
「え、そうなのか。騙された」
離脱する第3小隊をよそにベルナデットは直卒の2小隊を増速するも、対するゼロの部隊は先に最大戦速だったらしくみるみる距離が詰まる。やっぱ探知範囲で負けてるらしいとげんなりしつつも相手方が高度を合わせる軌道でまさにヘッドオンとなる。
「――こちらは日本帝国斯衛軍焔狼中隊分遣隊。仏蘭西軍部隊とお見受け致す」
「英語ヘタだな、なんか堅いし」
「おまけに男か、同じブランシェならマドモワゼル部隊がよかったのに」
「このバカ共…、隊長、どうします? 返信しますか?」
「あー…こちらはフランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊、ベルナデット・リヴィエール大尉」
相手はシュヴァリエ ― サムライの末裔。
その名乗りと歴史に敬意を表して家名を名乗ろうかとも思ったが、やめた。
単なる気分の問題で、普段から「隠したがりでも見せたがり」とか陰で揶揄する新人部下らに配慮したわけじゃなく。
「まさか交戦の意思確認だとか言うんじゃないでしょうね?」
「よもや其の様な。欧州に名高き貴軍に槍をつけられるとは光輝の至り」
「セビアン! いいわ、かかってきなさい」
「応! 尋常に勝負ッ!」
日本機部隊が楔壱型、前衛3機に後衛3機の突撃行。
対するフランス軍機は2個小隊8機のところ、号令自体をかけはしたもののまあ好きにやんなさいとばかりにベルナデットは副官機と共に距離を取る。
正直言って、わざわざ自分が「やりたい」のはあの新兵候な連中じゃない。
ブランシェ・クロの部隊機だったらともかく、ルージュの部下なら機体性能差コミでもウチの跳ねっ返りどもでもなんとかなるはず、丁度いい訓練相手になるだろう。
そして始まる空戦模様、手綱離れを察した新人連中、我も我もと好き勝手な機動を描く。
「隊長…」
「いいわ、少しやらせましょ」
諫めるような副官の問い、その応えに前に出ている少しの古株衛士らもその気になった。
そして副官機とロッテで遊弋するベルナデットは観戦よろしく。
思ったよりやる、彼我共に。それが百戦錬磨のリヴィエール大尉の最初の感想。
とはいえジャポン連中が日中の演習で手を抜いていたのは間違いないようながらもこのルージュ麾下の部隊機に限っていえば、その隠した力の上昇幅もほぼベルナデットの見切り通り。よく訓練はされてるようだしよもやサンピンヤッコの下っ端サムライとまではいわないが、最精鋭とは言い難い。
いくら噂に高いシュヴァリエとはいえ化け物ばかりでないのは当然としてもユニオン各国の精鋭らに比べれば明らかに一段落ちる、どうしてこの程度の連中が混ざっているんだろう。オブケサマの子弟集団で戦歴の箔付けかなにかだろうか。
ともあれ自由戦闘じみて相対する両軍で、我が軍側が押し気味だが――
「やはり近接戦は危険ですか」
「ま、両方の意味でね」
その気になったか大鎌フォウを振りかぶって間合いを詰めた新人一機、しかし一合二合とゼロに受けられ去なされた挙げ句逆撃を受けて落とされそうになり。
その危ういところを乱戦の中でもなお連携を崩さなかったエイス・ダンベルクール両少尉に救われた。そして突出した形になったそのゼロをすかさず古株が直撃する。撃墜。
「ユニオンじゃ近接兵装なんて個人技の範疇でしょ、体系的に訓練してるとかいうジャポンと正面からサシでやっちゃ…まして相手はシュヴァリエよ」
アメリカのCIWSでもユニオンのBWSでも、対BETAの近接兵装といえば基本一撃必殺・一撃離脱を期したもの。おまけに実戦で運用自体はするにしてもそれを主とする衛士はけして多くはないため、訓練にもさほど時間は割かれない。
対してオンピアは兵装にも戦術機にもその連続使用が前提として考慮設計されていて、衛士もまた結果としての得意不得意はあれど基礎の段階からその扱いを訓練すると聞く。それになにしろ近接戦に慣れた衛士で第3世代型機の瞬発力なら、300mの距離を詰めるのに2秒かからない。
そして実際のところ ― リヨンで一緒に戦った経験と、映像資料で見た限りでも。
同じシュヴァリエ部隊でも、あの本物の手練れ連中相手だったら今頃新人共は揃って輪切りのナマス斬りにされている。
「ただそれにしても離脱時の支援は不可欠ですか」
副官の指摘にそういうこと、とベルナデットは鼻を鳴らすも。
しかしその撃墜でゼロ部隊の動きが変わった。
小隊もしくは分隊行動が顕著になり、それがさらに守勢を強めて。
数的有利にかさに掛かろうとしたウチの連中がやや攻めあぐねる様子。
新人共も戦果にはやる一方で、思考停止で何度も突撃するほどまでにはバカじゃないらしく。AH戦での空中機動でそう動けばそうそう剣が届く距離にはならない、向こうは狙ってもいるようながら守勢がゆえに主にこっちの迂闊なアホの突出へのカウンターとして構えているらしい。
「手堅く来られると厄介ね」
「基本に忠実ですね、やはり低中速域での運動性はラファール以上ですし…」
突撃砲戦、間合いは両軍500m程度か。
飛び交う砲弾、曳光弾混じりの連射で火線を描く36mmと時折混じる120mmの各種弾。
それらがJIVESの蒼穹に乱れ飛ぶ中、同時に再現される発砲音に爆発音が計11機の戦術機が上下左右への三次元機動を繰り広げて発する跳躍ユニットの轟音をさらに彩る。
先の人類同士の大戦の後、冷戦期に入り。当時考案されていた超音速戦闘機が20mm機関砲弾最大1000発未満にミサイル等換装用兵装が最大8発程度・対地重攻撃機でも30mm機関砲弾1200発前後にパイロンが10箇所程度であったのに対して、現代の戦術機は36mmは2000発*携行弾倉12程度に120mmが6発*同4と圧倒的な継戦能力。
しかし ― あるいは、それゆえに。
「わかっちゃいたけど当たんないものね」
両軍機からハデにばら撒かれる砲弾を目に、小さな身体の小さな顔の、小さな口からため息を一つ。
仮想空間での座興の範疇といえばそれまでながら、豊富な装弾数をそう高くない命中率で撃ちまくられては実戦だったら補給担当は頭を抱えたくなるだろう。
「戦術機の元々の要求仕様が地を這うBETA相手の照準能力ですから…このXM3で底上げされたとはいえ、それは回避性能も同様です。大尉のように機動戦の最中に複数目標を狙い撃てる衛士ばかりでは」
「私は射撃は得意だけど狙撃はそうでもない、それに上には上がいるわよ」
たとえばヨコハマUNの「トランセンデント・ミラージュ」とか、とベルナデットは追従混じりの副官の言葉に肩を竦めた。
たとえて言えば、50m離れた人間同士が自在に空飛びながら銃を撃ち合うようなもの。
加えて第3世代型機が纏う耐熱対弾装甲は比較的薄いとはいえ高強度のスターライト樹脂。それが両軍機共に曲線的なデザインにより傾斜装甲となっていて、ある程度の距離さえあれば散弾は元より36mmに対してもそれなりに有効に機能しているらしい。
「120mmに近接信管搭載弾が欲しいところです」
「ま、その辺はボッシュ共の57mm含めてこれからね。対BETA前提だと120mmでも大型種相手は直撃しないと殺せないのに、コスト高で破片ばらまくだけの弾なんてキャニスター使うか36mm撃っとけって話よ」
「何に使うか説明できませんからね…」
「でもこれじゃ敵軍機1機落とすのに何発必要なのかしら。その1発で戦車級1匹殺せるんだから無駄の極みね」
「ごもっともです」
砲撃精度を上げる近道といえば止まるか。近づくか。
しかし止まれば相手のいい的になるし、近づきすぎればカタナの餌食。
まあ起きてほしくもない実戦では、そうそうこんな乱戦などにはならないはずだが。
「現行装備でなら遠・中距離のミサイル戦のあと用に、ヤンキー共の海兵よろしく多弾ランチャーでも担いできた方が早いかもしれません」
「それだと運動性も機動力もガタ落ちよ、場合によってはAAMともバーターになる。併せて爆装すれば航続距離も心許ないし、出会い頭で撃ち切り投棄するにしたってその後は丸腰?」
「有視界戦闘用に小型のSRAAMなりが実用化されたとしても…結局は、数を揃えてきた方が有利なことには違いありませんな」
「そりゃそうよ。質で数を補うなんて、そうそう都合良くはいかないわ」
その意味ではけして悪くない目の前の戦況 ― とはいえいただけないのは守勢に回ったあちらが運動性に優るのだから、こちらは素直に編隊行動で一撃離脱を繰り返せばいいところを一部連携があるとはいえてんでばらばらまさに尾を追うドッグ・ファイトを続けるところ。
「ってもま、見えたわね」
「は。もう1機でも落とせば――」
ベルナデットが古参の副官と共に戦闘の流れを見切ったとき、変わらず連携行動を続けていた2機がわずか動きの鈍ったゼロを捉えて撃墜した。
「ほう、またダンベルクールとエイスですか」
「まったく、手元に残ったのがあのふたりだったのは不幸中の幸いだわ」
「……大尉につけられた鈴、という可能性はないでしょうか」
「さあね」
気を回す副官には、また肩を竦めて。
あのダンディな上院議員のセンセイは、前線に出した娘を広告代わりに使う程度には腹も据わってて政治屋だけど、死なせて美談にしたいと思うほど下種かどうかまでは判らない。都合良くも馴染みの同期とくっついてやって来たのがまるで偶然とまでは思わないにせよ。
「ま、腕が立つならなんでもいい。それでシュヴァリエは当てがあっての防戦だと思う?」
「そうとも限らないのでは。なにより当の部隊長ご自身で戯れと言っていたほどですし」
「かしらね…」
若年者ばかりのオンピア教導隊、アジア人は若く見えるとはいうもののその中でもこの連中はとりわけ若かったような気も。
実力にも戦歴にも劣るというなら、本当にレクリエーション兼ねての腕試しとして参加しているだけの可能性も確かに高い――が。
「こちら第3小隊、接敵します」
南東へ100km以上、分遣した第3小隊からの通信。
ベルナデットが了解の応答をした、その30秒後から。
「おっと、こいつらも速いな」
「概算予測性能を上方修正しよう」
「たは、こりゃまたほとんど負けてる、頼むぜダッスォーの技術屋ども」
「言ってる場合か、当たらねえ、ぞ…っ」
「うわ食いつかれた! …こ、こいつ速…っ、なぁ!?」
「ジャン・ルイ! ――がッ! く、糞っ」
「く…! 隊長、すみません援護を――うお!」
――!
あっという間に3機。そして今、最後の1機も。
JIVESでは搭乗衛士にG負荷に被弾含めた衝撃程度は感覚欺瞞で伝達するが、衛士本人に被害が及んだ場合の痛覚までは再現しない。撃墜された衛士は断末魔の悲鳴ではなく悪態を残して退場となる。
「隊長!」
「遊んでる場合じゃなくなったわね…各機!」
「了解!」「了解っ!」
「ち…、了解です」
状況は前で遊んでた連中も断片的にでも把握していたはず。高機動中でもそれくらいできなければ選抜部隊にはいない、しかし歯切れよい応答は例の二少尉で跳ねっ返り共は少々不満気味。とはいえ命令遵守が最低限、時間切れなのは自分たちでもわかったろう。
ゆえにベルナデットは単機、やや高度を上げ。
「ルー・ド・フラム諸君、貴官らの奮闘に敬意を表するわ。でも――」
入り乱れ気味の中・近距離戦から離脱して編隊を組む列機が6、追ってくる火線を回避しながらのそのスムーズさは精鋭の名にも相応しく。そしてその部下らと入れ代わりざま、
「――ここまでよ!」
フランスの竜騎兵はラファールを奔らせた。
近接戦には要注意、質で数は補えない。その前言を自ら翻すが如く――しかし。
「! 来たぞ!」
「大将機か!?」
「迎撃っ!」
「了解!」
向かうは4機編隊、火器管制レーダーロック検知と共に間髪入れず伸びてくる火線。
「たしかに腕は悪くない」
ベルナデットは臆することなぞ微塵もなく、青い瞳を闘志に光らせ。
「でも近接白兵戦の間合いが――」
若武者らの遅滞ない編隊の挙動、しかしそれは練達の衛士から見ればやはり杓子定規的。
「剣の独壇場じゃないってことを――」
変わらず向かってくる火線、それらが狙い描く軌跡のそれぞれの「先」を読み。
ラファールの跳躍ユニット・S88が咆哮し跳ねるが如きの挙動で躱してのける。
「突っ込んでくる!」
「剣の間合いにか!?」
「怯むな、前衛抜刀!」
「応!」
そして手に手に取られたカタナ、迎え討つ形でわずか動きが鈍った前衛2機、それを見逃すはずもなく。後衛からの遮蔽に使いつつ数瞬後には振りかざされて振り下ろされるだろうその間合いを見切った上で。
「教えてあげるわ!」
眼前での急上昇 ― 忙しなく動き回るベルナデットの眼球が4機のゼロの胸部と頭部を捕まえる。そしてカタナを握る前衛2機のみならず、突撃砲を上へ向けようとした後衛2機へもすべての砲口が狙いを定めて火を吹いた。
錐揉みからのバラージュ。
「な――」
「うわあ!」
「そっ――!」
「馬鹿な!」
36mm HVAPで撃ち抜かれ、120mm APCBCHEが着弾浸徹爆発し。
「銃は剣よりも強し――」
掲げた両主腕に牙剥く2門、展開した兵装担架に貫く2門。
「こ、これが仏蘭西の撃墜王…」
「『前衛砲兵』…」
「『四丁拳銃』か…!」
「すまん清十郎…しかし――」
突撃の勢いのままに小跳躍し、あたかも宙に着地したかの如く一瞬静止し大小都合8箇所の砲口から細く白煙を棚引かせるラファールの背後、
「――御美事也!」
4機のゼロが同時に頽れ火球へと変じた。
「オ・ルヴォワール。死が舞い降りねばまた会いましょう」
それは互いに。
言い置いたベルナデットはそして、すぐさま部下を糾合した。
「次よ! 油断は禁物、全力で行く」
「了解!」
号令一下、計8機のラファールが虚空にて傘壱型。即座に戦闘速度へ増速。
レーダーにはすでに映る敵小隊、菱壱型。しかし実際はまだ遠く ― 互いに長物がなければ120mmでも最大射程は3000mほど。
最大望遠でベルナデットも確認、暗灰色の塗装に右肩部には白縁の赤丸 ― ヒノマル。
詰まりゆく相対距離、ほぼ同高度。
さすがにもう静かになった隊内通話。
そして射程に入った隊の一斉射寸前、日本機が全機散開した。
「たしかに動きがいい」
「隊列を崩すな、中低速の格闘戦に持ち込まれたら不利だとはわかったでしょ」
「了解」
鋭い増加速により、機体各部の翼端で紺碧を裂いて。
日本機部隊はこちらが放つ36mm中心の10を超える火線を危なげなく躱してのける。
そして交錯、数秒前まで日本部隊がいた場所をラファール8機が駆け抜ける。
舞い飛ぶドゥ ― ニガタはおそらく、前衛2機に後衛が2機。後衛は回避重視か牽制射撃、そして前衛のうちでも突撃砲1に追加装甲の機体はやや守備的だが主腕に突撃砲1長刀1の機体がより攻撃的で ― こいつが、よく動く。明らかに小さい旋回半径、しかも高速。
もしかしてあいつ?
以前、リヨン後にドーバーで会った衛士。
「巨大種殺し」なんて大仰な名前のわりにただのチビなのねと、ごく当たり前の感想を述べたら目を真っ赤に血走らせて絡んできた短気な男で、今回も来ていたが ―
「反転してしかけるわよ! 全機目標を集中、前衛の盾持ち!」
「了解!」
「食いつかれても加速で振り切れ! 入り込まれると数の有利が――」
――!?
ぞわり、と。
促そうとした瞬間、ベルナデットの背筋に怖気が走った。
耳元に、なにか。
牙剥く獣の唸り声。生暖かな呼気と共に。
「ちぃ…ッ…!」
その悪寒に逆らわず愛機ラファールをひねったその直後、胸部管制ユニットがあった空間を背後から正確に3発の36mm弾が貫いていった。
そして――
「ほう…いい勘をしているな」
「!?」
ノイズ混じりに、混線した無線の向こうから。
つい先程記憶野に留めたばかりの女の声が。
そして再び、火線が閃く。36mm。
「な!?」
「ぜ、06被弾!」
「ぅわッ!」
「撃墜っ!?」
隊が反転を終えたその瞬間。速度が一番落ちた時。
一閃目の数発が命中するや姿勢が崩れたそこに、間髪入れず襲いかかる二閃目の連射がかろうじて初弾に耐えた装甲を無慈悲に食い破った。
「っ…!」
「だが部下はさほどでもない、空中に離脱すれば追っては来られんBETAとは違うぞ」
注意が散漫だ、と。
後衛2機からの狙撃 ― ナイスキル、コマキと聞こえた。
FCSに反応なし!? そうか、1機目の命中弾諸元をデータリンクで送ってるの!?
であれば強化されたCPUならではの高速処理か。
そしてベルナデットは後方視界に垣間見る、高Gの大旋回を続けながらもこちらを狙い続ける突撃砲口。後衛2機のそれらはたしかに、ややロングバレルのものにも見え――
「そして速度が落ちれば斬り込まれる」
「! 全機散開ッ! 逆包囲!」
「りょ、了解っ!」
急加速で迫る1機 ― いや、その背後にももう1機、前衛のニガタが突撃してきた。
古株の衛士らは動きも巧みで、跳ねっ返り共らも木偶ではない。しかしその彼らを上回る速度と機動、そして連携で瞬く間に第2小隊の1機が捉えられた。
「糞、速ぇ…! 振り切れない!」
その追跡劇はわずか数秒、軌道を読まれたか追われた列機は回避先を火線で塞がれそこを背部に36mmを叩き込まれてあえなく撃破されてしまう。
「いただきっ」
「ぐ! ち、くそ…っ!」
そしてそれ以上の深追いはせず、前衛ニガタは揃っての乱数機動で退避していく。
それを追おうにも後衛2機からの狙撃火線が襲い来た。
加えて今しがたまたノイズの向こうに混じった声。
今度は男で ― 間違いない、あいつだ。
「メールド! そいつはプチよ、気をつけろ!」
「プチ!? 『チューリ・デ・ジャント』ですか!?」
「そうよ!」
「プチ? プチってなんだ?」
「ッ、…、……」
「え、駒木大尉、なに笑ってんスか!」
「あ、あの、その、知らなくていい意味かと」
「なによ英語も満足にできないの、petitはrunt、イッツミーンズ・スモール・ピーポっ」
「ああ、スモー……あ゛ぁ゛!?」
思考制御から自動走査。合わせられた周波数帯、ノイズ越しの会話がクリアに。
隊内通話に混ざった通信。
「っの……、これはこれはこれはこれは、どなたかと思えばベルナデット・ル・チビレ・バ・カ・リヴィエール中尉ではありませんか」
「ベルナデット・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエールよ、人の名前も覚えられないくらい低脳なの? 脳の容積が少ないの? 仕舞っておく場所も小さいの? あと今は大尉だから、気をつけろ中尉」
「ぐ…!」
音声のみで悪態を交わし合う。
地位や身分に関係なしのブレイコーとはいえ、初対面の際その戦歴に敬意を払って名乗った家名をもじって寄越して。こちらはそちらの昇進にも気づいていたというのに、本当に失礼な男だ――
――が、腕は確かで。
「各小隊長は部下を統率! 手強いぞ、数は忘れろ!」
「りょ、了解!」
ベルナデットは再度殺気と共に襲い来たスリー・ラウンド・バーストをすんでで回避、部下をさらに叱咤糾合する――一方。
「本当にいい勘をしているな。…篁中尉に殺気が見えすぎると言われたのはこれか」
「あの人もあの人で大概ですからね…」
「しかし電子的に再現するにすぎないJIVESでもわかるのか…蓄積した経験を元に音や空気や事象の推移の綜合を雰囲気として捉えるものかと思っていたが…『極小時間先行する並列世界の並列存在から極々近未来の事象を無意識下に受信している』か、なるほど」
「? なんです?」
「いや、私にはない才能だと思ってな。ま、やれることをやるだけだ――駒木」
「は。龍浪千堂、続け!」
「了解っ!」
余裕すら感じさせる日本語のやり取りの中。
それを尻目に中隊残存機を率いて高度を上げたベルナデットは、その部下らに一撃離脱と目標集中を厳命して再度の突撃行へ――しかし水平方向にやや広く展開した4機のニガタはその肩部からなにか小型の射出物を連続で撃ち出すと、空中でそれらはさらに分割されて――
「なに――、! しまった! スモーク!」
射出されたRPスモーク・グレネードは1発あたり36個のペレットを放出し、水平方向に5000m近く・上下方向に200mほどの赤い煙幕空間を形成する。
それが1機あたり4発以上戦闘空域にばらまかれ、一挙に悪化した視界の中へとベルナデット率いるフランス隊は突っ込んだ――というか、取り込まれた。
「クソ、見えね――うわッ!」
「野郎…っ」
「バカ撃つな、味方に当たるぞ!」
「汚ねえ手使いやがって!」
「赤外線が効かん、赤リンか!?」
「レーダーは生きてる!そいつで――がッ!」
「構わず突っ切りなさい! まっすぐは飛ぶな!」
「りょ、了解っ!」
やってくれるわ…!
見えない敵から襲われる恐怖を怒りと闘志で押し潰し、ラファールを加速するベルナデットに追随して下方へと煙幕を抜けたのは――3機。
さらにそこへ待ち構えていたとばかりに襲い来た火線をなんとか回避し残存機を連れて回避機動に入ると、その後を追うようにして煙幕空間から抜けてきたのは撃墜判定とされたか力無く地表へと落下していく1機の味方機。
それが胸部付近・管制ユニット近辺を鋭く損傷させられているのをベルナデットは見逃さなかった。
「刀傷…!」
追随脱出機のうち副官を除いた2機は新人組、例の二少尉。
やはり思った以上の拾いものだったという発見と、落ちて行く機体は大鎌フォウを抜いていて、その反応自体は悪くなかったが。
もしかしたら初撃は止められたのかもしれないが、次が捌けなかったのだろう。
「強引に白兵戦…昼間はやらなかったのに」
「こんな戦術見せられたらミサイルだけに集中できないでしょ」
それにしても、4機相手にやられっぱなし。
屈辱に内心歯噛みするベルナデットは鍛え直しだと心に決める――自分も含めて。
そして赤い煙幕は地表での使用ならもっと長時間保つのだろうが、仮想の大気でも空戦機動でかき回される判定となり急速に失せていく。
煙幕の類は過去光線属種の照準対策にと試されたこともあったらしいがほとんど効果が確認されなかったがために、現在対BETA戦に使われること自体がないが――
「…ずいぶん手段を選ばない戦いをされますね、メイジャー」
「1小隊で元は中隊が相手だ、それくらいはする」
大きな回避軌道の最中、無線に語りかければ。
薄れていく赤の幔幕の向こう、無造作に突き出したカタナで列機ラファールを串刺しにした姿勢のままのニガタが滞空していた。
第3世代型機が比較的軽量とはいえ2機分の重量を支えるとは跳躍ユニットの高出力もさることながら、噴射炎の様子からしてほぼ最大出力だろうその状態でほぼびたりと静止状態を保つとは衛士の練度もうかがい知れる。
そうして待ち伏せ、再突入してくれば襲うつもりだったのだろう。突き刺した敵機の残骸を盾にして。
「まして我々は斯衛ではないのでな、武士道なんぞとも無縁だ」
質量ゆえに血払いが如く速くはなく、ゆっくりと。
カタナが斜め下へと下ろされると、とうに撃墜判定されていたろう友軍機が落ちていった。
そして隊長機と同じく煙幕内に残っていた1機と、先に素早く散開して煙幕外の支援位置へ就いていた2機 ― 脱出時の射撃はこいつらか ― とも合流するとゆったりと編隊を組み直す。
「しかし貴様ら、予想以上にAH戦には慣れていないのだな」
「そりゃ、もう20年も前に旧東側盟主国サマが東西に分断されて以降、喫緊はBETAの脅威でありましたので」
BETAと戦いながら仮想敵国との交戦にまで気を割いていた ― 割くこともできていた、極東の島国とは違う。実際のところニホンは近年になるまでBETAに本土を侵されてはこなかっただろうが、欧州は70年代から陸続きで奴らと戦い続けてきた。
死守すべき防衛戦はあまりに長大で、明後日あるかないかもわからないAH戦より明日BETAを殺せる衛士を養成することこそが急務。
まして熟練衛士が多く喪われてしまったリヨン戦以降、新人らにも対人戦闘訓練を模擬戦等で行いはするがあくまで二の次三の次という優先度。ゆえに衛士の優劣を決めるのは、主に対BETAでの実戦なり演習なりのスコアによるというのが主流の考え方。
「なるほど。貴様らからすれば笑ってしまうような短い期間だが、私は大陸での作戦経験もあってな。欧州の広大さも島国育ちの我々の想像の埒外、隊の連中も今回の任に就いてそれを痛感しているよ」
「ハイヴ南の防衛線は…」
「スオムッサルミ拠点で東西200kmだ。ソ連領を抜いてその距離、我が国にしたら本州を縦断する距離を2個連隊で守れと来た。帝国軍司令部なら頭を抱える程度では済まんな」
「恥ずかしながら、それがユニオンの現状です」
ベルナデットも編隊を組み直し、オンピア隊とは一定距離を保っての円軌道 ― 数は同数、しかしどうにも獲物を見定めるイヌ科の肉食獣に周りをぐるぐる回られている気配が拭えない。
避退国家化したかつての列強の疲弊ぶりは、外面こそなんとか取り繕っているだけでその実情は相当に深刻。アフリカ諸国を搾取していると批判されようともそうしなければ対BETA戦線の維持もおぼつかないから、それにユニオンの敗退と防衛線の崩壊は戦力的には弱小なアフリカの死滅とほぼ同義。
国土失陥により喪失した財と人口はそのまま国力の減少に繋がるのに、軍備のための税にしろ人手にしろその減った人口から徴収せねばならない。その事情は東欧社会主義同盟とか名乗った連中もまるきり同じかよけい悪くて、正直沈みかけたボロ船に乗り合わせた者同士。少ないリソースを奪うため同乗者なんて海に突き落としてしまいたいがそうすれば漕ぎ手が少なくなる、そうして軽くした方が陸に辿り着きやすいのかもしれないけれどその正解は誰にもわからない、そういったジレンマに近い。敵たる衛士を一人殺せば自国の勝利に近づくだろうがそのぶん殺せるBETAも少し減るのだ。
そんな中でも旧東ドイツ陥落直前には内部組織同士での権力闘争による内戦めいた交戦が戦術機を用いて起きたらしいが ― それも局所的な話で、人死に自体は難民の暴動などで引きも切らないとはいえ戦術機まで持ち出しての人類同士での実際の戦闘行動など、他にはテロリスト相手などの軍の全体からすればごく小規模な戦闘が散発的にあるのみ。
だからリヨン東の防衛線で一緒だったアンクルサムのマリーン共から「アーミーのガールスカウト連中はステイツでドール・プレイばっかだぜ」と聞いた時には、呆れたし腹が立ったしでも少し納得もした。ああ後方国だ、先々もしくは至近だとしても攻めてくるのは人間だもの、と。
「なるほど、では今回の演習は有意義なものになりそうだな」
「お互いにそうありたいと思います」
「ふ、その意気や佳し。伊達ではないな、『四丁拳銃』――」
廻る獣の戦気が膨れた。
「来るぞ! 最大戦速、上昇ッ!」
「了解っ!」
ニガタ4機は再度のダイヤモンド。
反応したベルナデットはそれを振り切るように隊機を率いて上昇をかける。
機体の運動性能と衛士の練度で劣るのに空中格闘戦などやってられない、だが加速上昇力なら負けてはいない、そして――
「やられっぱなしってわけにもね…!」
最大速度での上昇中 ― ベルナデットのラファールはバラっと四肢を拡げて宙返り、急増大した空気抵抗の中兵装担架も同時展開大減速。両脇を駆け抜けていく列機らをよそに追いかけてくる日本機へと向き直り、忙しく動き回る眼球がその4機共を捕捉した。
「――Fue!」
フルオープン・ファイア。
伸び行く36mmの火線、混ざる120mm砲弾。それぞれが4条。
ぱっと散開するニガタ4機を止まらず動き回る眼球が捕捉し続け、その視線照準に応えた愛機が銃身を追随させていく。
「ほう」
「うはっ、やっべ」
「ちぃ…っ、千堂、120mmの回避を優先しろっ」
「了解! くっ、このっ…」
滑るように ― その実偏差射撃を外すべく軌道を変化させながら ― 回避するジングウジ少佐機、飛び跳ねる如く急機動のプチ機。そして残る2機はその追加装甲装備ゆえか ― といってもユニオン汎用のDS-3 シェルツェン系譜のものよりは流線的で空力的に優れそうだが ― 衛士の技量か、高G運動にはやや劣るのか回避に加えてまさに手にしたそいつを掲げて凌ぐ。
そしてそこへ間髪入れず反転した列機ラファール3機が、さらに高度を速度に換えて突撃をかけた。
「これで……っ、かわすっ!?」
「しくじりました、隊長っ!」
「全速離脱、援護する! 終了時残弾40%予想!」
「了解、隊長マガジン必要なら言ってくださいっ!」
「頼むわ!」
その余裕があるかはともかく、生き残った古参副官にも劣らない動きのエイス・ダンベルクール両少尉。
急加速の機動で位置を変えつつ銃身の冷却もするベルナデットの指示に従い、続けて再度の突撃行。狙いを先と同じ1機に。
「! ちぃい…っ!」
「駒木大尉!」
ついにわずか動きの鈍りだしたそいつを捉え、追加装甲ごと片腕をもぎ取った。
空力学的合理性をつきつめたオンピア機、一挙に落ちた運動性のその瞬間を逃さずダンベルクール機がとどめを刺すも、離脱の殿を務めた古参機が残る3機からの逆撃を一身に受けて爆散した。これで4対4から3対3。
「やるな、あの制圧射撃は厄介だ。複数目標をしかも高速機動しながらとは、よほど空間認識力が高いのか」
「避けてりゃ弾切れになりませんかね」
「おまえ1人で残る連中の突撃を受けたいか? 駒木が落ちた分、1機あたりの火線の密度も増してくるが」
「は! 浅慮でした!」
「こちらも攻めるぞ、貴様らで奴を落とせ。残る2機は私が足止めする」
「ですが少佐殿、あの2機もかなり…」
「心配するな千堂、逃げ回れば落ちはしない。伊達に特殊装置どころか第3世代型機なんてものが世に出る前から戦場にいるわけではない」
「おお! さすが年の功っすね!」
「……」
「た! たたた龍浪中尉…!」
「ん? どうし……はッ!?」
「…タツナミチュウイ。エンシュウシュウリョウゴ、ダイタイチョウシツマデコイ」
「ひ! ひぃい!」
日本語でのやり取りながら、なにか地獄の底から来た死神に死刑宣告を受けた馬鹿がいるような。
ならばとこちらも回避機動中母語での作戦会議、カナダ出身のエイスも不自由はないはず。弾倉内の残弾には惜しまず全砲のマガジンを入れ替える。
「どうやら向こうも決着をつける気のようね」
「大尉を狙うんでしょうか」
「いい読みだわダンベルクール少尉。ま、受けて立つわよ」
まさか「ニンジャブレード」の前にこんなご馳走があるだなんてね…
オードブルにしてはちょっと重いが、ポワソンの前にセテボンというわけにもいかない。
誰が出てくる。プチか、「ラビドリー・ドッグ」か。それとも2機でか。
だが残る盾持ち1機では、二少尉の攻勢を凌げまい。とすれば――
「分担よ。『金星』はくれてやるから2人で狙いなさい」
「はッ!」「了解です!」
問題は、私があの妙に息の合ってる2機を仕留められるかどうかだけど――
4機相手に9機も失う無能な指揮官、その誹りも免れ得ない。
そう弱気になっている己を自覚し、しかしベルナデットは吐いて捨てた。
銃は剣よりも強し――見せてやるわよ!
「行くわよ!」
「セ・オケ!」「ダッコー!」
上昇軌道から3機揃って翻し。
瞳の色に違いはあれど、同じく揃って金の髪を靡かせた。
「ア・ラタック!」
ぱっと両脇に散った列機、その中心からベルナデットは全砲門を開く。
狙うはこちらへ向かう2機、突撃砲にカタナのプチ機に追随するのが突撃砲と追加装甲。
そして交錯する互いの前衛2機は気配での牽制だけして高速ですれ違った。
「本気でいくぜ!」
「手加減なんてしてないでしょうが!」
実はそれぞれ違う言語で。
だが言ってることは大体解り、ベルナデットにはその意図すらも。
ちぃ…ッ!
ニガタは揃って銃身加熱も弾切れも無視で突撃砲を連射しながら左右へと散開、回避のために小刻みの機動を入れつつ大きく動くベルナデット機。しかしその主腕はともかく兵装担架の横への展開角度は限定的で、残弾はまだしも残余の射角がもう――
読んでるわよ!
ダウンワード展開して脇下から覗いていた2門を背後へ跳ね上げ。
高速で回頭したベルナデットはカタナ装備の ― ブチ機を向いた。背後の盾持ちが機動で劣るのは折り込み済み、牽制程度なら自律稼働射撃でもなんとか。
そしてラファール両主腕2門の顎が追う、乱数回避のプチ機ニガタは同じく36mmをばら撒き。だがお世辞にも狙いがいいとはいえない、それを補うがためか混ぜられた120mmはCSながらその程度は多少当たったところで、
「散弾じゃあね! それにばら撒きゃいいってもんじゃないわよ!」
「だよなあ! 千堂少尉!」
「了解!」
背後の盾持ちが上昇する、ベルナデットの空間識はそれも捉えて思考制御が自立稼働の兵装担架へと指示、射撃しながら追随する。単純な縦機動のため弾速の遅い120mmはともかく36mmでなら――
――盾!
弾かれはせず突き刺さるHVAP、表面に配された六角形の指向性爆薬いくつかを損壊させるがしかし可塑性爆薬のそれらは誘爆もせずまた装甲の貫通にも至らず。
そしてやや斜めへ上昇を続ける盾持ちの位置はすぐに兵装担架・ガンマウントの仰角限界を超え、それを補うがために突撃砲保持パイロンを支えるアームが伸長するも、
横の射角と ― 強度、照準!
逃げていく目標、そして機体自体の機動の負荷に連射の反動。伸びた細いアームの可動域限界とブレる照準に散る弾道。
一方単純機動の盾持ち機からは狙いをつけやすく――
「チッ…!」
そして回避を選んだベルナデットは、詰みを予感した。
「もらったぁあ!」
「く――!」
撃ち切り加熱した87式突撃砲を放り出して。
ベルナデットが回避がために制圧射撃が緩んだ前方、やや回り込み左10時の方向から響の弐型が突っ込んだ。
振り下ろされる右主腕の74式近接戦闘長刀、しかしなお諦め切らないベルナデットのラファールは左主腕を掲げて鋸刃状の腕部スーパーカーボン・ブレードでその一刀を受け止めた。
「げっ…」
「ハッ」
プチの剣術とやらの腕前自体はさほどでもないらしい、聞こえた間抜けな声にベルナデットは笑みを返すも寸断こそは免れたものの愛機左肘部からはごきりと重い音、網膜投影のステータス内左主腕が赤く染まった。
しかし互いに深く食い込みあったブレードを外す暇を与える気はなく、
「残念だったわね!」
残る右手腕の突撃砲、ほぼ零距離だがかまいはしない。
36mmの連射を叩き込んで沈めんと――
「柚香!」
「響っ!」
だが後背頭上から投擲されたそのなにかもベルナデットの空間識は捉えた。
速度も大したことはなく、ある程度の余裕すら持ちつつほんのわずかに逆噴射後退、無論背後への射撃も継続しつつ。だがその一瞬後眼前に降ってきたのは――追加装甲!?
「ちぃッ!」
わずか遅れてベルナデットが放つ36mm、そこに刹那の判断で自機への被害も承知で120mm APCBCHEを加えるもしかし――発射後モーターケース内の固体燃料にてロケット推進を得る構造上、初速は遅く至近距離では浸徹力も限定的。さらに下から跳ね上げられて角度のついたなめらかな追加装甲の表面を弾体は半ば滑るようにして後方へ飛んでいった。
そしてなにもない虚空で爆発、距離からさしたるダメージにもならず――
「これで!」
そのまま弐型の跳ね上げる追加装甲はラファールの右主腕FWS-G1突撃砲を打ち上げ、その先端部のドーザー・ブレード付近が銃身に直撃。衝撃に反応した追加装甲下部6個の指向性爆薬が起爆、
「どうだ!」
「ぐぁ…っ!」
さらにそのまま響機は後退するベルナデット機へ体当たりよろしく突撃。同時に叩きつけられた追加装甲上部11個中生きていた4つの指向性爆薬が一斉起爆、その威力はラファールに深刻な損傷を与えていた。
外部カメラが、死ぬ!?
腰部スカート内の格納弾倉に誘爆するようなことはなかったが、巨大なハンマーで殴られたが如き衝撃にベルナデットは機器類が激しく明滅する管制ユニット内コネクトシートごと揺さぶられた。機体ステータスはほぼ真っ赤、かろうじて動く右主腕の突撃砲はしかし先の打撃と爆発でやられて使い物にならない。
「ッ、ピュタン――!」
動かなくなった左主腕はカタナが食い込んだままで弐型に捕まえられベルナデットは、
「ドゥ・メールド!」
悪態をつき右主腕前腕部の鋸状ブレードで斬りつけようと操作をするも ― 突き刺そうにもブレード自体の伸び出し量が少なくほとんど殴打以上の加撃にならなかった。
「な、殴るかよ!? いえ殴りますか!?」
「ヴァ トゥ フェール アンキュレ!」
「せめて英語で!」
「くたばりやがれ!」
「口悪ィなおい!」
せめてEF-2000程度に前腕ブレードが大きければ。
それにしたってラファールも同じく欧州第3世代型機全般の特徴として全身各部に仕込まれたスーパーカーボン・ブレードは、基本的には戦車級に代表される機体へとまとわりつくBETA小型種を排除するためのもの。大型種なり戦術機なりを寸断できようはずもない。
ならばと爪先のブレードで突き刺そうにもこう密着されていては脚の振りあげようもなく。
そしてベルナデットは明滅するコンソールの向こう、自爆劣化した追加装甲を放り捨てた弐型の左主腕前腕外縁部・肘部ナイフシースが高速展開するのを見た。
飛び出した副腕からさらに飛び出すダガー ― 65式近接戦闘短刀 ― をそのまま左主腕マニピュレータが逆手で掴み取るまで1秒弱。
そしてそれが跳ね上げられると、唯一の抵抗の術だった右主腕が肘から切断された。
「く…ッ、……ハ、たしかによく考えられてるわ…」
最早勝敗は決し。
そしてようやくに、ベルナデットはこれが模擬戦だったと思い出した。
レーダーを確認すれば ― 列機の2人は健在で、ジングウジ少佐を追いかけているがその後ろからついさっきまでこちらで相手をしていたもう1機のニガタが迫っていく。プチも健在だし、時間の問題だろう。
「……悔しいけど負けね」
「きゅ、急に大人しくなられると止め刺しにくいな」
「そう? いいからやんなさい」
「…ああ」
そしてすぐさま。
鈍い音と衝撃、網膜投影には衛士死亡により撃墜判定の表示。
明度が落ちて、仮想の蒼空が消えた管制ユニットの中。
大きく息を吐き、ベルナデットはコネクトシートに脱力した。
CQB以下は分が悪い、だから遠間でガン・ファイト。
確かにそうだ、なるほど納得させられた。否が応でも。
連射が効く36mmを頭部や手足に数発当てたところで撃墜にはほど遠く。
XM3により運動性と応答性が向上した上手練れが操り高速機動する戦術機なら、至近距離では点の攻撃になる銃撃よりも線で追える剣の方が有利な場面もやはり。
あの時腕部ブレードで受け止められた一太刀にしても、相手が真に剣に通じたシュヴァリエだったら止めたその主腕ごと真っ二つにされていただろう。
もう少しやりようはあったかもと展開を反芻するベルナデットはしかし。
実戦ならば ― これで負けて死んでいた。反省や学習の余地なんてなく、それで終わり。
そしてプチ ― いや、タツナミ中尉にも解っていたのだろう。
もし実戦ならば、止めを躊躇うべきではない。
なによりAH戦でジャポン軍がここまでやるなら、戦術に違いはあってもソ連軍も相応だろうしアメリカ軍はもっとだろう。
こんな戦いを、こんなやり取りをしなければならないのだろうか。
まだBETAを一掃する道筋さえ見えていないのに。
「人間を殺すために、衛士になったんじゃないわよ…」
それでもベルナデットは、明日への糧とするためだけにこの敗北の屈辱を甘受していた。
ご感想・評価下さる方々ありがとうございます
いつも励みにさせて頂いてます
模擬戦ネタは大抵あらましやらで留めて描写するのは正直避けてきたんですが、流れ上やってしまいました
話が進まない…先を決めて書かないとこうなるという典型でしょうか、肝心の武ちゃんまでいかなかったしw
ところでアニメやるんですね ゲームも出るんだとか
……書く時間がまた減りそうw
作中斯衛とその界隈の漢字(厨)表現について
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いいぞもっとやれ!
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別に気にならない
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少し減らせよ
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読みづれェ! なくせ!
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好きにしろよ構ってちゃんか