光輝の一等星
再開
「リョウちゃん……!」
燃え盛る炎が包む中、昴萌詠は姉の名前を何度も呼びながら城の中を突き進んでいた。
襲ってくる兵士は数多くいるが、その全てを『エルナト』の加速で華麗に躱し去り進んでいく。
アンタレスのものかオルクスのせいだか知らないが、黎愛が言っていたよりも兵士が多いせいで、城に侵入してすぐに一緒に行動する予定だった馬場水仙が裏切り、獅子神信一と戦い始めた。
どうにかして止めようとしたのだが、二人は城の奥へと戦いの場を進めてしまい、一方詠はというと、面倒な馬場水仙の手駒によって今まで足止めを食らっていたのだった。
幸い敵は人数だけであり手ごわい相手はおらず、負傷しているとはいえ、なんとか振り切ることができた。相当に時間をロスしてしまったが。
かけている赤色のレンズのサングラス――『ヴィルーパー』の柄についたネジのようなものを絞ると、詠の見ている光景は変わり、彼女の向かう先に涼の姿があることを確認できる。
ヴィルーパーの力は『空間把握』である。涼の持つ『千里眼』から作られたわけだが、その効果は『千里眼』と少しばかり違う。
黎愛からの説明によれば、千里眼とは、自身の前に広がる、目に見える空間の把握らしいのだが、対してヴィルーパーはというと、広域の全体を『視る』ことなのだという。涼の眼とは違って、空間そのものを知覚するのではなく、そこに存在する物をただ『視る』らしいのだが、正直詠にはよくわかっていなかったりする。
ただ、冷蔵庫が冷えている理由を説明できずともそれを使ってジュースが冷やせるようにヴィルーパーを使い、詠はこの城で起こったあらゆるものを視て知っていた。
馬場水仙と獅子神信一、二人の戦いの行方も、涼のいる位置も、ヴィルーパー範囲の外にいる天守閣の状況以外は視えていて、城の中で起こっている小さな戦争の凄惨な光景の全てを見えてしまって何度も吐きそうになりながらも、詠は姉のために進むことを止めなかった。
煤だらけになりながら、体中に自身と他人の血をにじませながら、それでも迷いなく炎の中を怖がる様子も見せず、走っていくと、倉庫の扉が見えてくる。
「リョウお姉ちゃん!」
姉の名前を呼び、扉を加速した蹴りで思いっきり蹴り壊して中に入っていくと、そこには、驚愕の表情をしている涼の姿があった。
彼女の顔を見た瞬間、嬉しいやら、会えなかった時間はほんの少しだったはずなのに懐かしいやらで、目にかけていたサングラスを放り投げ、そのままの勢いで、彼女の胸に飛び込む。
「詠!?」
驚いた声をあげながらもしっかりと抱きしめてくれて、勢いで雑なフォークダンスを踊っているかのようにクルクルと回って、勢いが止まったかと思うとそのまま二人で倒れて下敷きになった詠は頭を打ったが、嬉しさのあまり気にならなかった。
てっきり涼も泣いて喜んでくれると思っていたのだが、少しフラフラした様子で上体を起こした姉は、少し怒った様子だった。
「詠! なんでこんな危険なことしたのよ!」
「でも……」
「でもじゃないわ! どれだけ心配したと思ってるのよ……」
その言葉は、予想できたものだったにも関わらず、聞いた瞬間にショックを受けるものだった。
涙ぐんだ声で再び抱きしめられて、自分にはこの人以上はいないのだな、と思う。
ああ、やっぱりこんなお姉ちゃんだから好きなんだ。
自分が危険な目にあっているにもかかわらず、本気で自分の心配をしてくれる。
自分以上に自身の身を案じてくれる、そんな姉だからこそ、かけがえのない、自分が本当に一番近くにいたい、いてほしいと思える、唯一の存在。
ごめんなさい、と小さく言うと、泣き声になっていた涼は頭を撫でてくれた。
しばらくの間、手櫛で髪をすかれて気持ちいなと、姉の手の心地よさだけを感じていると、視線を感じたので、見ると、そこには詠よりも小さな少女がいた。
少女の視線を感じたからか、少し気恥しそうに体を離した涼は立ち上がって、手を差し伸べてくる。
「リョウちゃん……また浮気?」
「またって何よ! っていうか、浮気もおかしいでしょう!」
「だって、また女の子と仲良くしてるし……」
「あのね……」
まあ、この子の涼に向けられている視線は女の子としては『珍しく』嫉妬だとか好意だとかではなく、物珍しそうにというか、不思議そうにというか、とにかくまるで意中の異性を見ているかのようなものとは程遠いものだと感じていたので本気で心配しているわけではないが。
セイ姉ちゃんや自分がいるのにこれ以上のフラグはたててほしくはないわけでして。
少女の隣にある動く箱の中身は知っていた。これをやったのが馬場水仙の配下だということも。
涼の制止を拒否して箱の中を見ると、無残な姿となった獅子神信一がおり、目を逸らしそうになりながらも、何とか彼を見ると、息はあるもののもう話せるような状況ではなかった。馬場水仙と戦うことになるならば、その力を知りたかったのだが、そんな余裕はなさそうだ。
馬場水仙はおそらく、賭刻黎愛の元へ向かっているだろう。
黎愛を助けに行った方がよいだろうか、と一瞬思うも、間近で彼女の『異常さ』を見ていた詠は、首を横に振る。彼女の戦いに自分がいれば足で纏いになるのは火を見るより明らか、それならば任されたことをしっかりとこなすべきだ。
「……リョウちゃん、早く逃げよう」
涼の方を向いて詠が言って手を引っ張ろうとすると、「ダメよ」と涼が言う。
「私たちは今、『リブラ』の『結界』で閉じ込められているのよ、入っては来られるけれど、出てはいけないわ」
「? どういうこと?」
涼の話によれば、一つ上の階に『リブラ』という女がいて、彼女の『結界』は檻で涼たちを閉じ込めているらしい。
「リョウちゃんの『フェンリル』で壊せないの?」
「試してみたけれど、できなかったわ」
それはおかしな話だった、黎愛曰く、涼の持つアルタイルの『結界』を用いて放たれる破壊力は最高クラスといっていい、対となるベガの『結界』でなければ、対応できないほどのものだとか。
ならば、リブラの作った檻と言うのは聖の『天の羽衣』よりも高い強度を誇るというのだろうか。
「なんにせよ、それじゃ、リブラを倒すのが一番手っ取り早そうだね」
「倒すって……どうするのよ?」
「詠ちゃんに任せてよ!」
ニパッと笑ってそういった詠は、外を回って一つ上の階へ行こうとしたのだが、涼に止められる。
「ちょっと待ちなさい、檻が消えたとしてどうやってここから脱出するつもりよ?」
「それはもちろん、来た道を帰れば――」
と言いながら、来てみた道を見ると、すでに火は廊下中に移っており、とてもじゃないが、人が走っていけるような道ではなくなっていた。
言葉を区切った詠は、そのまま首をスライドさせて涼の顔を見る。
「――どうしよう? 一人だけなら私の『エルナト』で何とかなるけど……」
この靴ならば城の外を回ろうとも姉一人持ったまま、逃げ切ることができるだろうが、一人が限度、少女たちまで担いで逃げることはできないだろう。
すると、その少女が、まるで当たり前のことのような口調で提案してくる。
「飛び降りればいいじゃん~」
「何言ってんのさ、そんなことすれば死ぬに決まって――」
「いや、ありね」
「えっ? リョウちゃん?」
あり得ない提案に対して、真面目に返答している涼の言葉に驚いていると、少女の方を見ながら、
「そういうならできるってことでしょう……妖義?」
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