光輝の一等星
第一幕 プロローグ
大好きな母に編んでもらった髪は、可愛いという言葉が委縮してしまうほどに、綺麗であった。
髪を編んでもらった少女は、まるで、よく読んでもらうお伽噺の主人公になったような気がして、外に出ていくのだ。
家に帰ればランドセルを放り出し外へ出ていく。そんな小学校に入ったばかりの、少女の名前は涼。両親がどんな困難の中でも涼しい顔で乗り越えられるようにとつけられた名前である。
少女自身も『リョウ』という、響きが好きであった。
その日も、いつもと同じように学校から帰ったリョウは、ランドセルだけを置いて、回れ右、すぐに家を出ていく。
家を飛び出したリョウが行くのは、いつも同じ場所である。
四方をビルに囲まれた、小さな公園。
ここでリョウは、決まって三人の同い年ぐらいの子供と遊ぶのだ。
「遅いよ、スズちゃん!」
そう言って、器用にも鉄棒の上に乗りながら、手を降ったのは赤縁の眼鏡の少年だった。ちなみに『スズちゃん』というのはリョウのあだ名で、初めて彼と会った時に『涼』という名前を『すず』と訓読みしたことから由来する。
「ごめん、ショウマ」
ショウマ、呼んだ少年の元へリョウが駆けて公園内へ入っていくと、すでに近くにはブランコに乗ったまるで銀髪のお人形のような女の子と、ジャングルジムには、空から彼女たちを照らしてくる太陽よりも、赤い髪をもっている女の子が無言で座っていた。
「こんにちは、コトちゃんと、アオちゃん!」
コトちゃんというのは、ブランコで座っている人形のような可愛い女の子で、アオちゃんが名前とは逆で真っ赤な髪の静かな女の子である。
「スズちゃんって、ショウマと同じ学校なんでしょう、もっと早くこれないのですか?」
コトちゃんは意外と細かいことにうるさく、時間にも細かかったりする。
しかし、怒っているわけではないとわかっているため、リョウはえへへ、と笑って、
「だって、ショウマよりもうち遠いからね」
「……なら、スズちゃんも、こっちに引っ越してくればいいのに……」
細々とした声でアオちゃんがいう。
ここにいるリョウ以外の三人はこの公園の周りのマンションに住んでいる子供なのだ。しかし、リョウとショウマ以外は皆違う小学校であった。
近所には他にも多くの子供がいるのだが、あまり交わることはない。
学校がある日でも、ない日でも、この時間に毎日集まるのがこの四人だけであり、それが余人にとって日課のようになっていた。
集まれば、四人で遊ぶ。その内容は隠れん坊に鬼ごっこ、ケイドロに缶けりと、走り回るものが多かったが、たまにこのマンションの最上階に大きな部屋を持つコトちゃんの家へとお邪魔させてもらい、綾取りやお喋り、たまにTVゲームなどをした。
四人の誰もが、小学校高学年、中学生、高校生になってもこうやって集まるものだと、信じて疑っていなかった。
今日はリョウが公園についてから、日が暮れるまでの二時間と少しの間、四人はずっと走り回って遊んでいた。誰かが転んで怪我をするということもなかった。
散々に汗かき、息を切らしながらも、楽しい時を過ごした四人は時間を忘れそうになるが、誰かが時間に気いたとき、今日の遊びは終わりとなる。
そして、今日も別れ際には同じことばを言うのだ。
『ばいばい、また、明日』
そう、また明日になれば彼らと会い、遊び、別れる。その循環は終わることがない。幼き少女はそう思っていた。
リョウの家では、いつも、『ただいま』という一言を言って、家に帰ってくれば、温かい食事とそれ以上に温かい笑顔で父と母が待っている。
「ただいま!」
その日もまた、リョウはいつもと同じように、そう言って帰ってきた。
だが、その日だけは誰一人として出迎えてはくれなかったし、家の中はやけに暗かった。
「ママ……パパ……?」
家の中に入っていくと、かすかな臭いがリョウの鼻についた。嗅いだことがあるようでいてない臭いだった。
そう、この臭いは焼き肉に似ていた。しかし、リョウはそれを『不快』と感じ取っていた。
いつも母が料理しているキッチンへと足を踏み入れると、何か、異物が少女の目に留まった。
全身を焦げ臭い黒で身を包んだそれは、リョウを拒絶しているように感じた。
見た異物は何かわからないが、とても怖いように感じたリョウは家を飛び出す。
その後、リョウは警察に保護されることとなり、二度と家へ帰ることはなかった。
父が、母を殺し、証拠隠滅のためにその死体を焼いていたのだという。
自身が見たものが母の死体であったことを知ったのは、リョウがもう少し大人になってからであった。
幼かった当時、リョウは、両親がいなくなってしまったということだけ教えられた。
母の葬儀が終わって、孤児院へと預けられることとなったが、学校は変わることがなかった。
色々なことがあったため、『明日』と言ったはずの約束は三か月を要してしまった。
悲しいことが続いた少女は、唯一の味方だと思った自身の『友達』の元へと三か月ぶりに、いつもと同じ公園へ、いつもと同じ時間に、来た。
彼らは、何でもないような無邪気な笑顔で受け入れてくれる、そう思っていた。
しかし、その日、誰一人として、公園に来ることはなかった。
学校が同じだったためか、ショウマだけには、会うことができたのだが。
ショウマが言うには、リョウのいなかった三か月の間に引っ越してしまったらしい。もちろん、二人とも別々の理由で。
それを知った夜、リョウは泣いた。孤児院のベッドで、たった一人で、いつまでも泣いていた。
結局、その後、リョウは二人と会うことはなかったのであった。
髪を編んでもらった少女は、まるで、よく読んでもらうお伽噺の主人公になったような気がして、外に出ていくのだ。
家に帰ればランドセルを放り出し外へ出ていく。そんな小学校に入ったばかりの、少女の名前は涼。両親がどんな困難の中でも涼しい顔で乗り越えられるようにとつけられた名前である。
少女自身も『リョウ』という、響きが好きであった。
その日も、いつもと同じように学校から帰ったリョウは、ランドセルだけを置いて、回れ右、すぐに家を出ていく。
家を飛び出したリョウが行くのは、いつも同じ場所である。
四方をビルに囲まれた、小さな公園。
ここでリョウは、決まって三人の同い年ぐらいの子供と遊ぶのだ。
「遅いよ、スズちゃん!」
そう言って、器用にも鉄棒の上に乗りながら、手を降ったのは赤縁の眼鏡の少年だった。ちなみに『スズちゃん』というのはリョウのあだ名で、初めて彼と会った時に『涼』という名前を『すず』と訓読みしたことから由来する。
「ごめん、ショウマ」
ショウマ、呼んだ少年の元へリョウが駆けて公園内へ入っていくと、すでに近くにはブランコに乗ったまるで銀髪のお人形のような女の子と、ジャングルジムには、空から彼女たちを照らしてくる太陽よりも、赤い髪をもっている女の子が無言で座っていた。
「こんにちは、コトちゃんと、アオちゃん!」
コトちゃんというのは、ブランコで座っている人形のような可愛い女の子で、アオちゃんが名前とは逆で真っ赤な髪の静かな女の子である。
「スズちゃんって、ショウマと同じ学校なんでしょう、もっと早くこれないのですか?」
コトちゃんは意外と細かいことにうるさく、時間にも細かかったりする。
しかし、怒っているわけではないとわかっているため、リョウはえへへ、と笑って、
「だって、ショウマよりもうち遠いからね」
「……なら、スズちゃんも、こっちに引っ越してくればいいのに……」
細々とした声でアオちゃんがいう。
ここにいるリョウ以外の三人はこの公園の周りのマンションに住んでいる子供なのだ。しかし、リョウとショウマ以外は皆違う小学校であった。
近所には他にも多くの子供がいるのだが、あまり交わることはない。
学校がある日でも、ない日でも、この時間に毎日集まるのがこの四人だけであり、それが余人にとって日課のようになっていた。
集まれば、四人で遊ぶ。その内容は隠れん坊に鬼ごっこ、ケイドロに缶けりと、走り回るものが多かったが、たまにこのマンションの最上階に大きな部屋を持つコトちゃんの家へとお邪魔させてもらい、綾取りやお喋り、たまにTVゲームなどをした。
四人の誰もが、小学校高学年、中学生、高校生になってもこうやって集まるものだと、信じて疑っていなかった。
今日はリョウが公園についてから、日が暮れるまでの二時間と少しの間、四人はずっと走り回って遊んでいた。誰かが転んで怪我をするということもなかった。
散々に汗かき、息を切らしながらも、楽しい時を過ごした四人は時間を忘れそうになるが、誰かが時間に気いたとき、今日の遊びは終わりとなる。
そして、今日も別れ際には同じことばを言うのだ。
『ばいばい、また、明日』
そう、また明日になれば彼らと会い、遊び、別れる。その循環は終わることがない。幼き少女はそう思っていた。
リョウの家では、いつも、『ただいま』という一言を言って、家に帰ってくれば、温かい食事とそれ以上に温かい笑顔で父と母が待っている。
「ただいま!」
その日もまた、リョウはいつもと同じように、そう言って帰ってきた。
だが、その日だけは誰一人として出迎えてはくれなかったし、家の中はやけに暗かった。
「ママ……パパ……?」
家の中に入っていくと、かすかな臭いがリョウの鼻についた。嗅いだことがあるようでいてない臭いだった。
そう、この臭いは焼き肉に似ていた。しかし、リョウはそれを『不快』と感じ取っていた。
いつも母が料理しているキッチンへと足を踏み入れると、何か、異物が少女の目に留まった。
全身を焦げ臭い黒で身を包んだそれは、リョウを拒絶しているように感じた。
見た異物は何かわからないが、とても怖いように感じたリョウは家を飛び出す。
その後、リョウは警察に保護されることとなり、二度と家へ帰ることはなかった。
父が、母を殺し、証拠隠滅のためにその死体を焼いていたのだという。
自身が見たものが母の死体であったことを知ったのは、リョウがもう少し大人になってからであった。
幼かった当時、リョウは、両親がいなくなってしまったということだけ教えられた。
母の葬儀が終わって、孤児院へと預けられることとなったが、学校は変わることがなかった。
色々なことがあったため、『明日』と言ったはずの約束は三か月を要してしまった。
悲しいことが続いた少女は、唯一の味方だと思った自身の『友達』の元へと三か月ぶりに、いつもと同じ公園へ、いつもと同じ時間に、来た。
彼らは、何でもないような無邪気な笑顔で受け入れてくれる、そう思っていた。
しかし、その日、誰一人として、公園に来ることはなかった。
学校が同じだったためか、ショウマだけには、会うことができたのだが。
ショウマが言うには、リョウのいなかった三か月の間に引っ越してしまったらしい。もちろん、二人とも別々の理由で。
それを知った夜、リョウは泣いた。孤児院のベッドで、たった一人で、いつまでも泣いていた。
結局、その後、リョウは二人と会うことはなかったのであった。
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