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会話
返信先: さん
「“ただの女”が自分たちの思想信条世界観に同意しようとせず、あまつさえリベラル男様や自称セクマイ男女の方々に傅かず、本気で対等な人間だと思って自分たちと違う意見を主張する」なんて連中にとっては狂人か悪魔だろうが、私は人間なんだよ。
引用ツイート
tatarskiy
@black_tatarskiy
返信先: @black_tatarskiyさん
言うまでもないが連中の“腐女子”叩きの根っこも当然そこにあるし、結局は率先して“貞淑”なだけ。あらかじめ考えていいことになっていることしか考えられず、叩いていいことになっているものしか叩けない。叩くのが暗黙の義務になっているものを叩くことの正当性を疑いもしない。脳みそゾンビ状態。
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返信先: さん
出来損ないのクリスチャンもどき共と縁を切らない限り“原罪”によって汚れた堕落した女扱いされ続けるだけだし、そういう奴らにただの女を人間扱いしろというのはアレなキリスト教原理主義者に同性愛や中絶を認めさせるのと同じくらい不可能だから。単なるたとえでなしに構造的には全く同じミソジニー
返信先: さん
「世の中には人間扱いしなくてはいけない相手と人間扱いしなくていい相手がいる/差別してはいけない人と差別してもいい人がいる」という考えと「人間扱いしなくていい相手などいない/差別してもいい人などいない」という考えのうち、保守リベラル問わず道徳律の体系は必然的に前者。線引きこそ本質。
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返信先: さん
ちなみに後者はあくまで個人の倫理であって道徳ではない。内在的な内省でありフィクションであり、実は社会の道徳律=モラルから自由な人間性を肯定しない限り存在する余地はない。道徳律って煎じ詰めれば「殺していい人間」を決めるためのものだろう。社会集団の維持に必要な規律=必要悪でしかない。
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