これは世間一般でいうところの持論(自論)であって、この方の肩書きから来るところの論理ではないと思った方がよいと思います。
ミュシャのすごいところがわかる人とわからない人がいることが良くわかりました。
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返信先: さん
おお、奈良美智さんからのコメント恐縮です。なるほど、奈良さんの女の子の絵は面白いですが、どの絵も同じように類型的に感じます。ミュシャの絵に私が感じるのと同じです。真の芸術は類型としての美ではなく個性としての美を表現すべきだと私は考えるからです。
返信先: さん
本当に僕の作品は類型的ですか?具体的、記号的に観てはいませんか?総合的にご覧になっていますか?また、実物はご覧になられたでしょうか?
返信先: さん, さん
そのことに関しては、僕は真摯に作品を作っていこうと思います、先生も論文を執筆して下さい。それを一般人、専門家がどう受け取るかではないでしょうか。
返信先: さん
奈良さんの絵は、最初見た時は衝撃を受けましたが、何度も他の絵も見ているうちに、その類型的な表現に失望しました。ミュシャに対する失望と同じです。でも私は芸術には素人で、私の感性は芸術家や美学者とは違うかもしれません。私の論文「人間の身体の美しさについて」はツイッターの一番上です。
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返信先: さん, さん
芸術に素人ならこんな失礼な言葉を言うべきではないですよね
あなたが嫌いな物でもそれが好きな人だっています
あなたの肩書きに似合わないお人柄に多くの人が失望していますよ
あなたの感想なんか誰も聞きたくないし自分の論文の紹介なんて本当に神経疑います
ただの老害だと自覚してください
返信先: さん, さん
論文というものについて僕は素人ですが、この植村という人の論文は読む気も起きず、論文という形式に当てはめた文字の羅列のように感じ失望しました。僕の感性や人生にひとつも必要の無い人間の言葉だと思うと、全く興味が湧きませんでした。これは僕個人の想いなので大切にして生きていきます。
返信先: さん, さん
奈良さんが作品Aしか発表していない場合は「類型的」にはなりようがないので、評価は「一流」のままですね。
一方、作品が多数ある場合は「類型的」だから作品Aも「2流」になるのかな?
作品A自体ではなく「他に作品を発表した」との理由で変化するような評価の仕方は「2流」だと思いますが。
返信先: さん, さん
植村先生のようにどんな人物に対しても、忌憚のない意見をゆえるのわまさにアカデミックな経歴があるからですね......
先生を批判してる人わほぼ、自分の好きなミュシャ大先生と萌え絵を否定されたことに対して感情的に吹き上がってるだけです......
感情に流されない先生こそ真の芸術の体現者
(-_-;)
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