[5-10] クラウドコントロール
そして、空飛ぶ城と共にやってきた『シエル=テイラ亡国』は、まずハルゼン伯爵領の大部分を占領……あるいは奪還した。
ハルゼン伯爵領の主要四都市には、人族、アンデッド、戦闘用ゴーレムまで混ざった占領部隊が姿を現し、領主居城などの行政機関を掌握。
ディレッタ神聖王国の影響下で制定された法制度は即時撤廃され、ディレッタからの『解放』が宣言された。
シエル=ルアーレは領都ウックサール付近の平地に着陸。
山深き地と言えど、巨大な漆黒の魔城は、周辺の都市から眺めることができた。
その偉容に何を思うかは人それぞれであったが、何よりも不安が、
* * *
表向きの動きはともかくとして、シエル=テイラ亡国が最優先で行ったことは、地脈の現状確認。
そして、都市の魔力使用状況を調べ、収支を計算することだった。
「姫様、試算がまとまりました」
「ご苦労様」
城の指揮所を臨時執務室として、布告文の内容を詰めていたルネの所へ、アラスターが自ら報告書を持ってやってきた。
報告書には各都市の魔力貯蔵量と回復の見込み。
そして、日常的な消費量の見通しについて、どれほど制限を掛けるかに応じて数通りの試算がわかりやすくまとめられていた。
元よりアラスターはシエル=テイラの諸侯。その中でも文武共に秀でた者であった。この国の事情をよく知っているのだから、分析にも信頼が置けよう。
成り行きで国軍元帥の地位となった彼だが、今後は内政の要としても欲しい。悩ましいところだった。
「……民間の魔力消費も制限しないと厳しいか……」
数字の羅列を見てルネは顔をしかめる。
ディレッタ神聖王国に対応するには、都市の活動を維持しつつ、防衛や、シエル=ルアーレの備蓄にも魔力を回さなければならないのだ。
それは、放任状態では難しいのだと数字は語っていた。
「姫様、シエル=テイラは暖炉石が普及してるのよね?」
エヴェリスが肩越しに報告書を覗き込んで問う。
「そう。薪を使うのは特殊な状況か、道楽者の貴族くらい。
そのせいで、家に暖炉はあるけど煙突が無いの」
「そしたら薪の支給じゃどうにもなんないわね」
最大の問題はこれから、厳しい北国の冬が来るということだ。
この地方では、魔化によって石の家屋に断熱性を持たせ、屋内で魔法の道具を使うことで人は暖を取っている。
薪より魔力の方が安価で安定的に供給され、暖房効果を得やすいためだが……それを前提に家屋を作っているせいで、魔力が不足したからと言って薪に切り替えるわけにも行かぬのだ。
魔法で石をこねた家は、最小の魔力消費で最大の暖房効果を得られるよう、機密性が高い。中で薪を燃やしたら簡単に死人が出そうだ。
しかし魔力の収支を考えたら、このままでは苦しい。
何より、冬場に魔力の使用を制限されれば、人々は当然に命の危機を感じる。
それを避けるには大きな仕掛けが必要だ。
「エルフたちの手を借りられない?」
一つ、策を思いつきはした。
シエル=テイラ亡国は九年余り、ゲーゼンフォール大森林に根を張っていたのだ。ルネも、そこでエルフたちの生活を見てきた。
火を嫌う彼らが寒い森で冬を越せるのには、理由があるのだ。
「やっぱそれ考える?
聞いてみないことには分かんないけど、
「最悪でも人を呼ぶネタにするとか」
「なるほど、それならディレッタの占領地からでも客が…………」
エヴェリスが言葉を切る。
そして、舌なめずりせんばかりの、嬉々とした表情になった。
「ん!
待って待ってぇ。悪いこと考えちゃったー」
こういう時は彼女に任せれば間違いないと、ルネは承知していた。
* * *
都市の門前には、僅かに浮遊するゴンドラ船があった。
「シエル=ルアーレ行き、こちらが本日最終便です。
魔力利用申請を行う方は、お手続きの際に運賃を返還致しますので、一旦お支払いください」
顔を隠した船頭の差配で、硬い顔の市民がそこに乗り込んでいく。
時間ちょうどになると、船は地を滑るように動き始めた。
冬枯れの気配が近づく山野を、浮遊船は駆け抜ける。
この季節、既に風は冷たい。
乗船者たちは襟を堅く合わせて、沈黙していた。
『地脈の魔力を利用する者は、これを届け出るべし』。
シエル=テイラ亡国は、支配下の地域に対して、そう布告したのだ。
今後、亡国王宮の許し無く、魔力を使うことはかなわぬと。
だが、その届け出を行うためには、空を飛んでやってきたあの魔城まで足を運ぶ必要があった。
そこへ市民を運ぶための船が、各都市の門前には現れた。
最初、船に乗る者は僅かだった。最初に送り込まれたのは、商家の丁稚や、商会の下っ端。主の命令で突撃するしか道が無い者らだ。
化け物にされる、取って食われるなど、恐ろしい噂が流れる中で、悲愴な顔をして彼らは出かけていった。
だがそうして出て行った者が皆、無事に帰ってくると分かると、船に乗る者は一気に増えた。
なにしろ期限が分からない。明日が締め切りかも知れない。いつまでに届け出をすればいいのか、という布告は一切無かったのだ。
これから冬が来る。生き延びるためには魔力が必要だった。
山陰から睨むように頭を出していた、刺々しい造形の魔城が、やがて間近に迫る。
馬車に轢かれたカエルのように、乗船者たちは押し殺した声を上げた。
都市を内包し、王城と一体化させた建造物であるため、シエル=ルアーレは巨大なのだ。一つの建物として見るのであれば、大抵の国の王城より遙かに大きい。
空を飛んでやってきた巨大都市は、今は地上に在る。
外壁には、ぴたりと収納された跳ね橋がいくつもあって、そのうち一つが地上からの
市民を乗せた船は、門前では止まらず、そこへまっすぐ入っていく。
短いトンネルを抜けると……驚きと感嘆のどよめきが上がった。
緊張のあまり息すら殺していた者たちが、恐怖を越えるほどの驚愕に対面したのだ。
そこは、木漏れ日が射す森の中の広場だった。
鳥が歌い、緑なす木々の下に色鮮やかな花が咲く。
その合間に、生きた植物をそのまま整形して、壁と天井を作った建物が並んでいる。一直線ではなく、バラバラに……しかし、何らかの整合性と調和の下に。
それらは、軒先に棚を出して商品を並べた店だった。ここは大通りなのだ。周囲を歩く者も、客を呼び込む者も、ほとんどがエルフだった。
道らしきものは存在するが、それはしなやかに曲がりくねって木々の間を通るものだった。
人間が作る街とは、根本的に性格が異なる。整備された道の両脇に建物がずらりと並ぶのではなく、最低限のスペースのみをこじ開けたら、後はそこに建物の方を嵌め込んであるのだ。
そして、この場所は暖かだった。
外を吹く風は死のニオイを纏い始めた頃だというのに、ここは春のように暖かい。
「シエル=ルアーレ第一街区、『神木を抱く箱庭』へようこそ」
唖然とする訪問者たちに、顔を隠した船頭が、短く歓迎の言葉を述べた。
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