第1章 初任務
ACT4 講義の一幕
十月八日、木曜日。
令和が事実上九年で終わり、それと同時に世界も日本も、おそらくは全ての地域で国家組織はその機能を失い、日本列島の各地の総督府ではそれぞれの地名を用いた暦で時を数えている。
ここでは豊富暦——豊富暦二十六年が、普通に使われている数え方だった。
時也との喧嘩別れから二ヶ月近くが経ち、澪桜は人から彼がまだ化学工場で働いていることを聞いていた。
会いに行けばいいのにと美紀に言われたが、自分でも呆れるほどに意地になってしまい、「男に戻ってからだ」と言って突っぱねる始末だ。
「西暦二〇二七年十月三十一日の、さて何時だったかな」
「午後四時二十七分三十三秒。令和九年、十月三十一日に逢魔時発生です」
「素晴らしい。誦じられるようになったね。そう、その日その時に逢魔時が起きた」
ホログラフィックボードの前に立っているのは若い人間の男性。
丸眼鏡に、右目が眼帯型の義眼に置き換えられており、左手も義手。右手のスティックでボードを操作して、画像をポップアップする。
「世界中のあらゆる空が黄昏に染まり、空、大地、海から魍魎が突然湧出した。当時日本の退魔局は郵便局やJRと同じで民営組織で、魍魎との戦いにおいても自衛隊の活躍に口出しできなかったんだ。政府も僕らについて全て把握していないどころか、異質な力を疎ましく思っていたからね」
表向きには、江戸後期から妖怪との共存が始まっていた。当然、妖怪との細々した問題や、魍魎退治、そして妖術を悪用する犯罪者・呪術師を取り締まる術師——のちの退魔師も、知られるようになっていた。
けれども妖術は、どこまでいっても妖しい術だ。それは他者を呪い、内臓を腐らせたり田畑を枯らしたり、飢饉や日照りの原因とまで結びつけられることまであった。
特に寛永の大飢饉の際にはある名うての妖術師が見せしめに火で炙られたことや、そこに端を発した術師狩りまであったと、澪桜は学校で習っていた。
「もしもあの七年二ヶ月十一日の間にもっと自衛隊と強固な連携を取れていたんなら、各地の総督府はもっと大きかっただろうね。この豊富総督府は、全国的に見てもかなり大きく人口も多いが、それはすぐさま豊川駐屯地の司令官が退魔局の連携を受け入れたからなんだ」
「豊川、豊橋、新城、それから蒲郡の一部にわたって安全圏を死守したんですよね。その周りを防護結界で守り、自衛隊の生き残りを衛兵隊として組織し直して、今もそれは治安維持やなんかに貢献していると」
「その通り。かつて八十億……日本には一億数千万という人間、妖怪がいたが、いまではわずか一五〇〇万人と目算されている」
ボードが切り替わる。
映し出されたのは外の世界だ。
異様に巨大化した木々が廃墟を侵食している森に、凍りついたダム、沼のようなものに飲まれかかった工場街、なぜか隆起している岩山と川、氷海——。
「魍魎の大量発生による副次的な効果だ。妖力はそのうちの妖力粒子が結びつきエネルギーとして本流するもので、粒子一つ一つにある特性があって、それゆえ不思議な術を可能としている。
その特性とは、可能性のエネルギーをフラクタルに折りたたみ、内包していることだ」
フラクタル構造とは自己相似性という特殊な性質によって表される幾何学的な構造のことだ。巨大な三角形の中に中三角形、その中に小三角形と想像するとわかりやすい。
可能性は別の可能性を内包し、その中には別の可能性を——その構造を妖力粒子も有しており、それらの幾重にも重なった可能性のエネルギーこそが、妖力の本質なのだ。
それはこの二ヶ月の講義で澪桜も知っていた。週に一度の筆記テストでも、今ではもう満点が普通というくらいになっている。
機械の体になって以来、ホロブレーンの頭脳は冴え渡り以前より勉強が良くできていた。とはいえ性格までは変わらないし、男に固執する部分も捨て去っていないが。
「これらの異様な自然環境って、その可能性の発露が狂った結果なんでしたっけ」
「そう。あり得ざる環境、天候、地形、植生、地質、生態系……魍魎があまりにも多いがゆえ、閾値を超えた妖力粒子の可能性が暴走したんだ」
ホロスクリーンが消えた。
「今日はここまでにしよう。そろそろお昼だしね。午後からの予定は聞いてるかい?」
「部隊の顔合わせだと聞いています。それから、初任務のブリーフィングだそうです。先生から聞きました」
「うん。君は今日から第七小隊所属。僕も彼らを知っているが、いい子たちだよ。仲良くしてね」
宗次郎がそう言って、柔らかく微笑んだ。
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