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「ぼっちちゃん、どこに行っちゃったの……?」
ぼっちちゃんがいない公園で、あたしは呆然と立ちすくんでいた。
心配と不安で涙がこみ上げてくるのを抑えられなかった。
もしかしたら、もっと違う場所に行ってしまったのかもしれない。
しかし、あたしは、ぼっちちゃんが家でシャワーを浴びに行くとこまでは見ていた。
そこからあたしはずっと保険担当の人、そのあとぼっちちゃんの実家と電話をしていて、終わったあと気づいたらぼっちちゃんがいなくなっていた。
つまり出て行ってから経っていた時間は最長でもその程度。
そんな時間で遠くまで行けるとは思えない。
STARRYから歩いて行ける範囲にいると思ったんだけど……。
一番の当ては外れてしまった。
ぼっちちゃんの電話は、公園に走ってくるまでに何回か掛けたが、つながらなかった。
だけど、あきらめるわけにはいかない。ぼっちちゃんを見つけ出すまで、探し続けるしか。
「落ち着け……。こういうとき普段のぼっちちゃんなら……」
普段のぼっちちゃんなら、こういうとき、家の押し入れとかに隠れてそう。
いや、今は間違いなく外に出ていってしまっている。
実家に戻るならともかく、外では隠れる押し入れもない。
あといそうなところと言えば、暗くてジメジメした場所?
そういえばいつか喜多ちゃんが言ってたな、『ひとりちゃんは学校では人が来ないような場所によくいたんですよ!』って。
人がいない、暗くてジメジメした場所……。
「あ、まさか!」
一カ所だけ、あり得なさそうだけど思いつく場所があった。
あたしはそこに向かって走った。
「まさかとは思うけど……」
あたしが思いついた場所、それは、火事のあったぼっちちゃんの家だった。
オーナーさんは、『来週仮に電気を通すからそこから明かりを採って』、と言っていた。つまりは今中は真っ暗。
廊下は消火のあとの水がまだ蒸発しきっておらず濡れている。
そしてそんな状態のところにいる人なんていない……。
しかし今は他に心当たりもない。
周囲を見渡すが、先ほどまでいたオーナーさんやマンションの関係者の姿はない。
「明かりは、これだけか……」
あたしはスマホライトを点けると、マンションの中に入った。
「相変わらず真っ暗……」
さっき来たときからそれほど時間が経っていないので当たり前だが、中は一寸先も見えないほどだった。
あたしは階段を見つけると、壁伝いに登っていった。
ピチョン、ピチョン。
時折どこかで聞こえる、水の落ちる音が反響している。
ぼっちちゃんがいても不気味な印象だったが、一人だとかなり怖い。
怖いところとか得意とかではないんだけどなあ。
そういえばぼっちちゃんはお化け屋敷でも動じてなかったような。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、なんとかぼっちちゃんの部屋の階までたどり着く。
廊下に広がった水たまりを避けつつ、部屋の入り口まで来る。
当然扉は閉まっていた。
キィィ
一応、念のため。
あたしはゆっくり扉を開けた。
部屋の中をスマホのライトで照らしつつ、奥に進む。
廃墟となったリビングを抜け、練習部屋を見てみる。
そこは扉が開いており、誰もいないのが見て取れた。
次に隣のぼっちちゃんの寝室を見てみる。
扉は、閉まっていた。
あたしは、先ほどまでの玄関の扉よりも、ゆっくりと開けた。
部屋の中は、さっき二人で見た状態からは変わっておらず、ぼっちちゃんらしく最低限の家具しかない。
隣の部屋に比べて煤の堆積も少なく、壁紙の色も薄く変わっているだけだった。
そしてその中央に敷かれている布団の上には……。
「ぼっちちゃん……」
布団の上で体育座りをしたぼっちちゃんは、あたしのほうに背を向け、部屋の窓の外を見ていた。
何か考え事をしているのだろうか。
ぼっちちゃんは静かに窓の外を見つめていたが、少しだけ見える横顔は悲しげに見えた。
ぼっちちゃんはあたしに気づいていなかった。
あたしは静かに近づき、ぼっちちゃんの肩に優しく手を置いた。
「探したよ、ぼっちちゃん。まさか家に戻ってるとは思わなかった……」
ぼっちちゃんは驚き振り返った。
そしてあたしを認識すると、ほっと安堵なのか申し訳なさなのか、ない交ぜになったような表情を浮かべた。
「に、虹夏ちゃん。ど、どうしてここが? あ、あの、私、ここに来るって書いてなかったですよね?」
「あー、うん、そうだね。書き置きには外で寝ますしか書いてなかったね」
「じゃ、じゃあどうして……?」
どうして探しに来たのか? それとも、どうしてここがわかったのか?
どっちの意味のどうしてだろうか。
しかし、その答えはどちらであっても一緒だ。
「そんなの、ぼっちちゃんが心配だからに決まってるよ」
あたしはぼっちちゃんに向かい合うように腰を下ろした。
「ぼっちちゃん、ごめんね、あたし、気が回らなくて……。ぼっちちゃんがショックを受けてたのはわかってたのに、この数日一緒にいたのに、肝心なところで支えになれなかったみたいで……」
「い、いえ、に、虹夏ちゃんのせいではない、です。わ、私が気が動転してしまって」
「だめだなーあたし、喜多ちゃんみたいに『ひとりちゃんのことずっと支えるからね!』とか、これじゃ言えないよね……」
「ち、違います!」
ぼっちちゃんはあたしの目を見て話し出した。
「あ、あの、本当に虹夏ちゃんには感謝してて……。わ、私なんかこんなことになっても一人で何にもできなくて。あの日だって本当は気が動転してて、急にお酒飲み出したし、実家に戻ろうとするし、なんかほんとだめだめだったのに。虹夏ちゃんは私のこと心配して駆けつけてくれて、家に泊めてくれて」
話しながらぼっちちゃんの目に涙が溜まっていく。
「ほ、保険とかオーナーさんとの話とか、全部代わりにやってくれて、に、虹夏ちゃんがいなかったら、家から焼け出されて実家の押し入れに閉じこもってただけだったと思います。ほ、本当に感謝してるんです……」
あたしはぼっちちゃんの目に涙がこぼれるのを見て、そっと手を伸ばしてその涙を拭いた。
「ぼっちちゃん、ありがとう。でも、あたしはただぼっちちゃんが大切だから、出来ることをしただけだよ」
「に、虹夏ちゃん……」
ぼっちちゃんが言うには、突然の火事で自分の家が燃えた事に対しては、どこか他人事のような気持ちだったらしい。
しかし、あたしと一緒に火災現場の跡地に来たところ、大切な思い出の品や、かけがえのないものがすべて失われてしまったことを認識して、ショックを受けたそうだ。
あたしの家に戻ってきても、悲しみがこみ上げてきてしょうがない。
しかし今までの陰キャ思考で殻に閉じこもってても何も解決しない。
もう一度焼けた家に戻って、今までのことを思い起こすことで、自分の心の中にある感情に決着をつけようと思ったそうだ。
書き置きは走り書きだったので、どういうつもりで置いて出てきたのか説明不足だった。
あと急いで出てきたので、スマホをあたしんちに置いてきてしまったそうだ。
通りで電話に出ないと思った。
ぼっちちゃんは、さらに言葉を続けた。
「こ、ここに引っ越してきてからの思い出をいろいろと思い返してたんです。引っ越し初日みんなでパーティーしたこととか、リョウ先輩がお金がなくて転がり込んできて勝手に冷蔵庫あさってたりとか、喜多ちゃんがギター練習に来たのにずっと部屋の飾り付けしてたりとか……」
そんなに長い間じゃなかったけど、色んな思い出があったな。
そういうぼっちちゃんを見ながら、私もこの家での思い出を思い返す。
「そうだね、ぼっちちゃんとにかく自活できないから、あたしも料理作りに来てたもんね」
「あ、へへ……その節は、た、大変助かりました」
それで、と話を続ける。
「いろいろ考えると、やっぱり悲しいです。で、でも、思い出は記憶の中に残ってるし、ま、また新しく皆で作ればいいんじゃないかと思って」
「うん……」
「あ、あと、ギター以外は駄目になっちゃったけど、ギターは大丈夫だったので! ぽ、ポジティブに行こうかなって!」
「うん……」
「で、でもやっぱりちょっとしばらくは、お、思い出しちゃうかも……、へ、変なとこで泣いちゃったりとかして」
「そのときは、あたしがぼっちちゃんの横にいてあげるよ」
そういうと、あたしはぼっちちゃんに抱きついた。
ぼっちちゃんは一瞬びっくりしたようだったけど、そのままあたしの体に腕を回してきた。
「ぼっちちゃん大丈夫だよ。一緒にまた新しい思い出を作っていこう! ぼっちちゃんが辛かったり、悲しかったり寂しかったりしたときは、私がそばにいて支えてあげるから」
あたしの言葉に、ぼっちちゃんは涙ぐみながら笑顔で頷いた。
「あ、は、はい。あ、ありがとうございます、虹夏ちゃん。こ、これからも一生よろしくお願いします!」
「一生って、大げさだなあ。でもまあいいよ、リョウには老老介護手前までって言った気がするけど、ぼっちちゃんは最期まで看てあげるよ」
だから。
だからこそ。
「ぼっちちゃんは、あたしの前からいなくならないでね? ずっと一緒にいようね」
あたし達は抱き合ったまましばらくいた。
時間は夕方になろうとしていて、夕日が割れた窓から差し込んできていた。
空は薄明に染まり、煤埃の積もった部屋と、あたしたちを優しい光で包んでいった。