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「じゃ、明日も早いし帰ろっかぼっちちゃん」
「あ、はい。って、え? き、喜多ちゃん?」
慰労会が終わった後、あたしとぼっちちゃんは家に帰ろうとしていた。
すると、なぜか喜多ちゃんがその正面に突然立ち塞がってきた。
「伊地知先輩、ずるいです……」
「えっ?」
「私だってひとりちゃんと一緒に寝たいのに! 一緒の布団に入っていろんな話したり、あわよくば色んなことしたいのに!」
「あ、え、うっ……」
「うわあぼっちちゃん! ちょ、ちょっと喜多ちゃん! 欲望垂れ流さないで!」
喜多ちゃんの酔っ払い欲情オーラに当てられて全身が融解しそうなぼっちちゃんを支えながら、喜多ちゃんを止める。
今皆酔っ払ってるから、ここでぼっちちゃんが爆散とかするとすごい面倒なことになる。
あと酔っ払ってる喜多ちゃんも普通にめんどくさい。
「喜多ちゃんねえ、ぼっちちゃんとあたしは別に一緒の布団には寝てないよ? ぼっちちゃんなんか客布団で寝るのは申し訳ないって言って、さっきエアベッドと寝袋まで買ったし」
「と、いうことはですよ」
喜多ちゃんの目がキターンする。
「先輩の家のお客さん用の寝具が余ってるってことですよね!? それってつまり、私が今日泊まりに行っても大丈夫って事じゃないですか!?」
「いや思考の振り幅すごいな。え、今日泊まりたいの?」
「はい! だって今日は皆いっぱいいたから、ひとりちゃんと二人で話せなかったし……。それに昨日心配でしょうがなかったんです。」
「喜多ちゃん……」
「あ、き、喜多ちゃん、すいません、私なんかの心配をさせてしまって……。わ、私なんかでよかったら心配してくれたお礼に何でもしますので」
あ、ぼっちちゃんそれはまずい、まずいよ!
あたしの制止も間に合わず。喜多ちゃんはぼっちちゃんの両手を握って喜びの表情を向ける。
「ひとりちゃん……。ということは今日一緒に寝てくれるって事よね!?」
「え、ええ~……」
「はあ……。しょうがないなあ、今日だけだよ喜多ちゃん?」
まあ喜多ちゃんだから多少はマシだと思うけど、自分ちじゃない家で友達とはいえ人に囲まれて寝るのはぼっちちゃんにとってもストレスだろう。
そういうと喜多ちゃんは、わかってますよと言う。が、ほんとにわかってるかはわからない。
今日ちゃんと寝られると良いけど……。
結局あたし達は3人で家に戻ってきた。
お姉ちゃんは廣井さん達と2軒目に行っちゃったし、リョウは会計のときに消えそうだったのでチョップしたら、頭が痛いから帰ると言って帰ってしまった。
いや多分この状況がめんどくさそうだからだな……。
今日はもうお酒も入ってるので、みんな順番にシャワーを浴びて寝よう、と言うことになった。まあ湯船にはいるの危ないしね。
喜多ちゃんが先にシャワーを浴びてる間に、あたしは布団を用意することにした。
客用布団を持って自分の部屋に戻ると、ぼっちちゃんがエアベッドを膨らませていた。
電動タイプの空気入れが付いてるらしくて、電源を入れると勝手に膨らむらしい。
ぼっちちゃんはそれが膨らんでる様子を興味津々で見ている。
こういうのって男の子好きそうだけど、もしかしてぼっちちゃん、食事の嗜好だけじゃなくてこういうのも好きなのかな?
膨らみ終わると、シングルベッドよりはかなり小さいが、ぼっちちゃんが一人横になれる程度の大きさの、厚めのマットレス程度の大きさになった。
あたしもちょっと気になってきて、少し触らせてもらった。
「あ、意外と弾力が。それに上がベロア調なんだね。ちょっと気持ちいいかも」
「あ、そ、そうですね。こ、このままでも寝ようと思えば寝れそうです、へへっ」
でも、というとぼっちちゃんは寝袋をベッドの上に置いた。
こちらはいわゆる封筒型と言われるタイプだそうで、ファスナーを完全に開くと、掛け布団みたいにもできるそうだ。
「あ、きょ、今日はとりあえず中に入って寝てみようと思います」
「そっか。あ、枕がないね、とりあえずこれ使って」
「あ、ありがとうございます!」
ぼっちちゃんはあたしから受け取ったクッションを頭の位置に置いた。
これでぼっちちゃんの寝床は完成らしい。
と、そこに喜多ちゃんが戻ってきたので、今度はぼっちちゃんにシャワーを浴びてきてもらう。
「喜多ちゃん、なんかめっちゃ強引に来たけど、ほんとどうしたの?」
いくら心配だったとはいえ、家まで押しかけてくるって結構強硬手段だよね?
と聞くと、喜多ちゃんは笑いながら言った。
「やだなあ先輩、そんなの決まってるじゃないですか!」
「?」
「私のひとりちゃんが伊地知先輩に寝取られるんじゃないかと思って気が気じゃなくて」
「いや急に声のトーン落としで真顔にならないでよ! 怖いよ!」
喜多ちゃんの話だと、さっきの会で、火事に遭ってからうちに来て、買い物に行くまでずっとあたしといたことを、ぼっちちゃんはすまなそうにしながらもちょっと楽しそうに話してたそうだ。
それを見た喜多ちゃんは、ぼっちちゃんがあたしに寝取られた! と思ってしまったらしい。
……いや待って、ぼっちちゃんと喜多ちゃん別に付き合ってないよね? なんていうんだっけそういうの。BSS?
いやいやそもそもぼっちちゃんとあたしはそういう関係じゃないから!
みたいなことを説明したら、喜多ちゃんはほっとした表情で納得してくれたみたいだ。
……いや納得してくれたよね? 今一瞬めっちゃ怖い視線送ってこなかった?
「大丈夫です! バンドは第2の家族ですから! 実力行使は……しません!」
「おい、郁代! もし想像通りだったらあたしに何しようと思ったんだ!」
そんなことを話してると、ぼっちちゃんが戻ってきたので、あたしも手早くシャワーを済ませる。
戻ってくると、喜多ちゃんはニコニコぼっちちゃんに話しかけているが、ぼっちちゃんは生返事になっていて、船をこいでいた。
「喜多ちゃん、ぼっちちゃんかなり限界っぽいし、今日はもう寝よう?」
「あ、そうですね。ごめんねひとりちゃん私だけずっと話しかけちゃって」
「あ、だ、大丈夫です……。喜多ちゃんの声聞いてるだけで楽しいので、へへっ」
「ひ、ひとりちゃん……!」
「はいはい、今日はここまで~。お休み!」
喜多ちゃんがぼっちちゃんにハグしようとするところを止めて、布団に押し戻すと、あたしは部屋の電気を常夜灯にした。
「うう、ひとりちゃんおやすみ……。あ、伊地知先輩もおやすみなさい」
「あたしゃついでか!」
「あ、ふ、二人とも、おやすみなさい」
こうしてあたし達三人はそれぞれ床についた。
(……ん?)
時計を見るとまだ深夜帯。
部屋の中で何やらごそごそと何かが擦れるような音が聞こえて、あたしは起きた。
あたしは寝返りを打って、音のする方を向くと、ぼっちちゃんの寝袋が何やら動いていた。
喜多ちゃんも起きちゃうと悪いので、あたしは小さい声でぼっちちゃんに話しかける。
「ぼっちちゃん? 眠れないの?」
「あ、に、虹夏ちゃん? お、起こしちゃいました、か?」
「いや、お酒のせいで眠りが浅かっただけだよ」
そう言ってあたしはベッドに腰掛けた。
ぼっちちゃんは寝袋から這い出してくると、その上にぺたんと座る。
その全身はなぜか汗だくなようで、なんならちょっと息が上がってるように見えた。
「え、ぼっちちゃん、大丈夫? もしかして熱とかある?」
「あ、い、いや、違うんです……」
これ、ものすごく暑くて。
というとぼっちちゃんは自分の寝具を指さした。
どうやらエアベッドというのは結構蒸れるらしい。まあ下ビニールだもんね。通気性はない。
そしてその上に寝袋。比較的熱がこもらないタイプとは言えやはり普通の布団よりは熱がこもる。
あたしは今の室温で全然大丈夫だったけど、ぼっちちゃんとしてはこの組み合わせで寝てるとびっしょり汗をかくレベルだったようだ。
そしてあたしも起きた音。
エアベッドと寝袋が擦れる音が、思った以上に耳に響くみたいで、全てひっくるめて寝るには最悪の状況。
それで全然眠れなかったようだ。
「ぼっちちゃん、もう1回シャワー浴びてきなよ。布団はなんとかしておくから」
「あ、で、でも……」
「いいからいいから、風邪ひいちゃうから」
「あ、す、すいません……」
ひとまずぼっちちゃんを風呂場に追いやって、あたしはエアベッドを壁に立てかけ、そこに寝袋を掛けた。
ぼっちちゃんは相当汗をかいていたようで、寝袋の中はびっしょりだった。
これ、喜多ちゃんなら、ひとりちゃんの匂い、はあはあ! とか言って飛び込みだな、とかちょっと思った。
さて、ぼっちちゃんが戻ってきたらどこで寝かすか。
選択肢としては、
1.あたしのベッドで寝かして、あたしはソファーで寝る。
これはぼっちちゃんが断りそう。
2.ぼっちちゃんをソファーで寝かせる。
これはあたしが嫌だな。
3.ベッドで2人で寝る
これは……ま、まあいいんだけど。なんか目覚めた喜多ちゃんに何されるかわからなくて正直怖い。
あたしは喜多ちゃんの方を見る。
ぼっちちゃんが出て行ったり、あたしがエアベッドを動かしたりして、残念ながらそこそこ音が出ちゃってたと思ったけど、喜多ちゃんはすやすや寝ていた。
もしかしたら夜中に突然ぼっちちゃんの寝袋に突撃し出すかと思ったけど、どうやら杞憂だったようだ。
喜多ちゃんは、布団の端っこに寄って寝ていた。狭くないのだろうか。いやもしかしたら、あたしがいる手前ぼっちちゃんと同衾することはできないので、せめて近寄ろうと思ったのかもしれない。
しかし全然動かないな。寝相が良いというのかなんて言うか。
「あ、そうか」
そこであたしに妙案が思いついた。
戻ってきたぼっちちゃんにそれを話すと、むむむむ無理です! といったんは拒絶したものの、大丈夫大丈夫、となんとか説得した。
そしてあたし達は再び眠りについたのだった。
「ひ、ひとりちゃん!! な、なんで!! え、わ、私……もしかして無意識のうちに……!」
翌朝、喜多ちゃんの叫び声であたしは起きた。
その喜多ちゃんは、布団から飛び起きたようで、掛け布団はめくれて飛んでいっており、本人は敷き布団の端っこに立っていた。
そしてその反対側には丸まって寝ているぼっちちゃんの姿が。
「あ~喜多ちゃんおはよ~」
「い、伊地知先輩! ひ、ひとりちゃんが私の布団に!」
「あ~そうだね~」
「な、なんでそんな冷静なんですか!? もしかして昨日私たちに何があったか、み、見てたんですか?」
まあ見てたというか、仕向けたのはあたしだが。
「あ~……。まあぼっちちゃんが布団に潜り込むとこまでは見てたね」
「そ、そんな……。こんな最高のシチュエーションで、何も気づかず寝ていただなんて……」
そういうと、喜多ちゃんはぺたんと座り込んだ。
「むしろ喜多ちゃんが全く起きないから、ぼっちちゃんに喜多ちゃんの布団で寝るように言ったんだけどね」
「ど、どういうことですか?」
「えっとね……」
あたしは昨夜のぼっちちゃんの状況を説明する。
そして、あたしのベッドで寝かせるのも、一緒に寝るのも難しいという判断で、喜多ちゃんの布団で寝るようにぼっちちゃんに言ったことも伝えた。
あたしとぼっちちゃんが同じベッドで寝てたら朝何が起きるかわからないしね! というのは言わなかったが。
「あ。お、おはようございます……」
「おっ、ぼっちちゃんおはよ~」
「ひ、ひとりちゃん!? お、おはよう!」
そんな騒いでいる声でぼっちちゃんは起きたようだ。
寝ぼけ眼のぼっちちゃん可愛いな。喜多ちゃんじゃなくてもドキッとしちゃうかも。
「ひ、ひとりちゃん……、あの、私……」
「あ、き、喜多ちゃん。ふ、布団に勝手に入ってすいません」
「い、いいのよ!」
喜多ちゃんの声がいつもより高くなる。
結構な動揺ぶりだ。
「き、喜多ちゃんの寝顔、とっても可愛かったですよ、へへっ」
「~~~!!!!」
「き、喜多ちゃん!? ちょっと大丈夫?」
「あ、き、喜多ちゃん、どうしましたか?」
ぼっちちゃんに可愛いと言われた瞬間、喜多ちゃんは布団の上に卒倒してしまった。
しかしその顔はとても嬉しそうだった。
「に、虹夏ちゃん、喜多ちゃんが!」
「う~ん、とりあえず寝かしとこう」
「い、いいんですか?」
「まあ大丈夫でしょ。ちょっと興奮しちゃっただけだから」
まあ喜多ちゃんもぼっちちゃんと一緒に寝るという夢が叶ったことだし、朝から可愛いって言ってもらったし、とりあえず満足だろう。
あたしはそう一人で納得すると、顔洗って朝ご飯食べよっか、と、ぼっちちゃんと二人部屋を後にした。