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翌日。
早速生活用品を買いに行こう、とお昼の後あたしが言うと、めちゃくちゃショックを受けたような顔をしたぼっちちゃんは、そのまま溶けかけていた。
「ぼっちちゃん! 今日は溶けてもそのまま掬って持って行くからね!」
「に、虹夏ちゃん。むむむむ、無理です! 洋服を買いに行くのも怖いのに、し、下着とかまでなんて……」
「しょうがないでしょ、ぼっちちゃん着るものないんだもん。洋服はしばらくあたしのを着回してもらっても良いけど、ずっと同じ下着着てるわけにいかないし。」
うぅ、と半泣きになりながらぼっちちゃんはソファーの上で体育座りをする。
「とりあえずお店までの移動はあたしが車運転していくから! なんならもうぼっちちゃんはあたしの後ろからでなくても良いから、どれを買うかのかだけ教えてくれれば良いよ」
「あ、む、昔ギター買うときに喜多ちゃんにやってもらったかんじですかね?」
ああ、あのパペット状態で喜多ちゃんが操ってたやつか。あれはちょっと怖いので、それなら普通に後ろに隠れてて欲しい。
「今日のところはあたしの服着てね」
「あ、に、虹夏ちゃんの服……」
「何? やっぱりちょっと小さかった?」
「あ、いえ。その、昨日も思ったんですけど。やっぱりちょっと虹夏ちゃんの匂いがするなと思って、へへっ」
「え!? ぼ、ぼっちちゃんちょっと恥ずかしいこと言わないでよ! もう」
「あ、す、すいません……、好きな匂いだったのでつい」
どうやらぼっちちゃんはあたしの匂いが好きらしいけど、直球で言われるとかなり恥ずかしい。
ひとまず服を着せて、車に乗ってもらうと、あたし達は買い物に出発することにした。
「つ、疲れた……」
「すいません、私のせいで……、お、お詫びにギターで切腹……あぁ! ぎ、ギターがない。くっ、かくなる上は」
「ぼっちちゃん今は突っ込む元気がないから、暴走はやめて~」
「あ、はい、すいません……」
結局買い物の間、ぼっちちゃんはずっとあたしの後ろに隠れていた。
店内でたまに、あ、これがいいかも……と言ったものを適当に手に取って、まとめて試着させて着れたものを買う、という、なかなかに刹那的な買い物だったけど、とりあえず着るものはこれでなんとかなった。
センスがあいかわらず……なとこがあったのであたしの趣味っぽいのも勝手に混ぜたけど黙って試着してくれてた。
ちなみにピンクジャージが売ってるような店には行っていないので、ジャージは買っていない。
そういえば領収書一応もらったけど、これって保険金出るのかな? どれが出るのかよくわからないからひとまず全部取っておくことにした。
さて次は。
「ぼっちちゃん、ディスカウントストアでなんか買おう」
「な、何を買うんですか?」
「う~んそれはちょっと。ぼっちちゃんが必要だと思うもの? かな?」
とにかく今のぼっちちゃんは何も持っていない。
少なくとも次の家が決まるまでの間、絶対に使う、というものがあるはずだ。
思いつかなくてもお店に入れば何か欲しいとかなるかも。
と説明すると、私はすごい嫌そうなぼっちちゃんをお店に連行した。
店内を適当に物色していると、寝具のコーナーでぼっちちゃんは立ち止まった。
「こ、これ良いかもしれないですね」
「どれ? え、これ?」
それは、電気ポンプのついたエアベッドと寝袋だった。
「ぼっちちゃん、やっぱり寝づらかった?」
昨日はお客様用の布団を敷いて寝てもらったんだけど、というとぼっちちゃんは、めめめめめ滅相もない! と首を左右に振って否定した。
「い、いえ、しばらくご厄介になるなら、余計に自分の使う寝具くらいは用意したくて……。いつまでもお客様用のお布団を使わせてもらうのはなんか悪いですし……。こ、これなら引っ越すときに小さくまとまるんでいいかなあ、と思って」
「う~んでも、ぼっちちゃん、寝袋でずっと寝るのつらくない? 家の中なのに」
「あ、で、でも、寝袋ってなんか狭い感じがゴミ箱か段ボールの中みたいで、お、落ち着きそうだなって、へへっ」
とりあえずこれ買います、と言って聞かないので、しょうがなくあたしはふたつとも買い物かごに……、意外と重いわこれ。二つともカートに載せ替えた。
そのほかに細々としたものをいくつかと、それらをまとめる箱を買って、店を後にした。
「ぼっちちゃんとりあえず家に戻ったあと、今日はSTARRY休みだから外でご飯食べようってお姉ちゃんが」
「あ、え、そ、そんな店長さんの貴重なお休みを私なんかに使わせるだなんて申し訳なく……」
「いやお姉ちゃんぼっちちゃんのこと大好きだから、むしろご褒美でしょ」
そんな会話をしながら車を走らせる。
家まで着くと、今日買った物をあたしの部屋に運び、あたし達はいつもライブの打ち上げをやっている居酒屋まで歩いた。
「ほらぼっちちゃん入って入って!」
「あ、は、はい」
ガラガラッ
ぼっちちゃんが入り口の引き戸を開けると、間髪入れずに店内から赤い物体がぼっちちゃんのみぞおちに突っ込んできた。
「グフッ!」
「ひとりちゃん!! 心配したのよ!」
突撃してきた赤い物体――喜多ちゃんは、勢いで倒れたぼっちちゃんに抱きついたままそう言うと、お腹に顔を埋めてぷるぷる震えていた。
これ、泣いてるのか匂い嗅いでるのかどっちかわかんないな。
「き、喜多ちゃんどうしてここに?」
「そんなのひとりちゃんが心配で来たに決まってるでしょ!」
一旦顔を上げてそう言うと、再びぼっちちゃんのお腹に顔を埋める。
「あ~、喜多ちゃん、とりあえずぼっちちゃんを店内に入れてくれるかな? 中にみんないるんでしょ?」
「あ、はい! めずらしくリョウ先輩もちゃんと来てるんですよ!」
喜多ちゃんは立ち上がると、ぼっちちゃんを引っ張り起こして中へと連れて行く。
店内は、お姉ちゃんとPAさんリョウの他に、廣井さんにSICK HACKの皆さん、大槻さんとSIDEROSの皆、1号2号さん、ぽいずんさんこと佐藤さんに司馬さん、それに知ってる人が何人か、という感じでかなりの大所帯が集まっていた。
「ぼっち、お疲れ。大変だったね」
「あ、りょ、リョウ先輩。これは一体……も、もしかして今日は私なんかの火事のせいで虹夏ちゃんに迷惑を掛けまくっていることに対する処遇をみんなで決める結束裁判……!」
「いやそういう小学校のいじめみたいなのじゃないから」
「じゃ、じゃあなんで?」
「いやそんなの決まってるでしょ」
ぼっちが心配だから皆集まってきただけだよ、というとリョウはぼっちを席に着かせる。
「よし、主役も来たことだし、とりあえず飲むか! こういうとき乾杯っていうのか?」
「え、なんだろうね。ていうかお姉ちゃん先に考えときなよ」
「うっせーな、まあいいか。ぼっちちゃん大変だったと思うけど、ここに集まったのはぼっちちゃんを心配してきた連中だから。なんかあったら何でも相談なり頼ってくれて良いからな。じゃあぼっちちゃんの今後の健康と活躍を願って」
『かんぱーい!』
乾杯で良いのかどうかわからないけど、お姉ちゃんの挨拶でみんながグラスを掲げた。
ぼっちちゃんはまだ状況が飲み込めてないようで、両手でグラスを持ったままあわあわしている。
実は昨日ぼっちちゃんを回収した後、お姉ちゃんに状況を電話で説明したら、とりあえずバンドメンバーとかには連絡をした方が良い、ということになって、代わりにリョウや喜多ちゃんに連絡してもらっていた。
そのあと喜多ちゃんが、「ひとりちゃん悲しみに沈んでいるに違いないです! 皆で励ましましょう!」とキターンとしだしたらしくて、知り合いに片っ端から連絡して今日急遽集まることになったのだった。
「いやーぼっちちゃんまさか家が燃えちゃうなんて、超ロックじゃん!」
と廣井さんが早速絡んだり、なぜかぼっちちゃんの後ろからずっと離れない喜多ちゃん。他にも泣きそうな2号さんや、いろんな人がわちゃわちゃしてるのをなぜか後方彼氏面で見ているリョウ。
ぼっちちゃん、バンドメンバー以外ずっと友達がいないって言ってたけど、ぼっちちゃんのこと心配してこれだけ集まってくれたんだよ。
そう言うとぼっちちゃんは目に涙を浮かべて謝りだした。
「み、皆さん。グスッ、今日は本当にありがとうございます……。わ、私なんかのために集まってくれて。ほんとにす――」
「ぼっちちゃん、違うよ」
ここは謝るところじゃないよ、と言うと、はっとした顔をしてお礼を言った。
「ほんとに、ありがとうございます。と、とっても嬉しいです」
「ぼっちちゃん、これから大変だと思うけど、私も虹夏もずっと家にいてくれて良いからな。これ、皆から」
そういうとお姉ちゃんはぼっちちゃんに封筒を渡す。
そこにはみんなであらかじめ集めていたお見舞いが入っていた。
リョウ……ちゃんと出したんだろうな? と思ってリョウのことをちらっと見ると、なぜかこっちに向かってサムズアップしていた。
ぼっちちゃんは封筒を胸に抱いて目に涙を浮かべているが、その顔は笑顔だった。
と、そこでぼっちちゃんのスマホが鳴り出した。
ぼっちちゃんは画面を見ると今回は自分で電話に出た。
「あ、も、もしもし、後藤です……。あ、は、はい、いいいいいつもお世話に……。え? あ、そうなんですね。わ、わかりました。それじゃ明日行きます。し、失礼しましゅ」
「ぼっちちゃんどうしたの?」
「あ、は、はい。オーナーさんからの電話で、現場検証が今日終わったそうです。それで様子見に来る? って言う電話でした。」
「なるほど。じゃあ明日は」
「あ、はい。マンションに、い、行こうと思います」
じゃあ明日はあたしもマンションに行くよ!
そういうとぼっちちゃんは、は、はいっと返事をして、後ろにいた喜多ちゃんが何故かぐぎぎぎっと親指の爪を噛んでいた。
明日もまた長い1日になりそうだなあと思って、あたしは持っていたグラスをクイっと煽った。