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窒化ガリウム
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虹夏「えっ、ぼっちちゃんちが火事!?」

虹夏「えっ、ぼっちちゃんちが火事!?」 - 窒化ガリウムの小説 - pixiv
虹夏「えっ、ぼっちちゃんちが火事!?」 - 窒化ガリウムの小説 - pixiv
4,232文字
虹夏「えっ、ぼっちちゃんちが火事!?」
虹夏「えっ、ぼっちちゃんちが火事!?」
家燃えると変なテンションになるんですよ(体験談)
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2023年2月28日 15:01

 高校をなんとか卒業してから、STARRYに通うのも遠いからと20歳になったのを機に下北沢に引っ越してきたぼっちちゃん。
 あたしたちも、バンドの練習時間が取りやすくなるし、遊びに行くのも楽になるし、とっても嬉しかったんだけど――。



 近くで消防車のサイレンの音が聞こえる。
 最近火事多いなあ、なんて思いながら、あたしはのんびり家に帰ろうとしていた。
 今晩は牛バラが安かったから、奮発してビーフカレーだなあ、なんて思いながら夕日に照らされた道を歩いていると、スマホの着信音が鳴った。画面を見てみると、お姉ちゃんからだった。

『もしもし虹夏! 今どこにいる!?』
「もしもし? もうすぐ帰るとこだけど、どうかした?」
『いいか、落ち着いて聞けよ。ぼっちちゃんちが……ぼっちちゃんちが火事だ!』
「はっ? へっ? え?」
『お前のいつも買い物に行くところから、ぼっちちゃんの家まで近かったろ。まだ家の方まで戻ってきてないなら、そのままぼっちちゃんちがどうなってるか見に行ってくれないか!? 私も行きたいんだがちょうど店開けたとこでな……』
「う、うんわかった! 見に行ってみるよ! お姉ちゃん連絡ありがと!」

 そう言って電話を切ると、あたしはネットニュースを見てみた。
 そこには『下北沢でマンション火災』という速報が動画付きで上がっていた。
 その映像は紛れもなくぼっちちゃんの一人暮らしの家だった。






 あたりはすでに暗くなってきていた。
 ぼっちちゃんの家の近くまで行くと、そこにはすでにたくさんの野次馬が来ていた。
 人の隙間からのぞいてみると、規制線が張られていてこれ以上先には進めないようだ。

「ぼっちちゃん……」

 時折吹く風が、燃えたゴムのような臭いを運んでくる。
 火勢はまだ衰えていないらしく、時折ボンっと言うような音が聞こえてきて、そのたびに人混みから声が上がる。
 周囲の人たちはスマホを上に掲げて写真を撮ったりしているだけで、特段火事の心配をしているようには見えない。
 おそらくぼっちちゃんのことだ、こんな大勢の中にはいないと思うが……。

「あ、そうか。電話してみればいいんだ」

 焦って忘れていた。
 あたしは急いでスマホを取り出すと、人混みから離れながらぼっちちゃんにかけてみた。

 2回、3回、4回……10回目くらいのコールで電話は取られた。

『あ、ああああの、に、虹夏ちゃんですか?』
「あ、ぼっちちゃん! 大丈夫!? おうちが火事だって言うから急いで来てみたんだけど……、今どこ!?」
『え、えっと……』

 電話口のぼっちちゃんは、いつものように挙動不審だったが、今日はどちらかというと若干焦りも感じる。
 おそらく火事で動揺しているのだろう、可哀想に。
 あたしは電話口で伝えられる場所までまっすぐ向かった。
 そこは、マンションからほど近いちょっと開けた場所で、ぼっちちゃんはそこに置いてあったベンチに腰掛けて、なぜかミカンを食べていた。

「えっと、ぼ、ぼっちちゃん?」
「あ。に、虹夏ちゃん。来てくれたんですね。す、すいません私なんかのためにわざわざ」
「何言ってるの! ぼっちちゃんの一大事なんだから駆けつけるに決まってるよ! それで、なんでみかん食べてるの?」
「あ。こ、これですか? え、えっと、マンションが火事だって言うので、燃えてるのを見てたら、消防の人に逃げるように言われて、急いでこの辺まで来たんですけど、そしたら近所の人が、『大変だったねえ』ってくれました」

 どうやら焼け出されたぼっちちゃんを不憫に思った近所の人が、食べ物を恵んでくれたらしい。
 なんでみかんなのかはさっぱりわからないけど、下北沢にも人情があったんだな……。

「そ、そっか……」
「あ、虹夏ちゃん。こ、こんなところで話してるのも何ですから、ちょ、ちょっと移動しませんか?」
「うん? 別にいいけど、どこに行くの?」
「あ、はい。こっちです」

 そういうとぼっちちゃんはとことこ歩き出した。
 あたしは移動した後ぼっちちゃんを慰める言葉を考えながら、その後ろをついて行った。

「あ、こ、ここです。最近のお気に入りで」
「えっ? ぼ、ぼっちちゃん正気!? 家燃えてんだよ!!?」
「あっ、でも、私が消してるわけじゃないし。他にやることもないし。それに虹夏ちゃんがせっかく来てくれたのでと思って。こ、ここ注文がタブレットなんで店員と話さなくていいんですよ、へへっ」

 てっきり近くの喫茶店か何かに入るのかと思っていたが、ぼっちちゃんが連れてきたのはなぜか焼き肉屋だった。

「いやいやあり得ないでしょぼっちちゃん! 家燃えてるのに焼き肉食べる人いないでしょ!」
「あっ、お、お好み焼きの方が良かったですか?」
「ちっがーう!!」
「で、でも、動画サイトで昔のCM見てたときもやってたんです。牛さんが、『焼き肉焼いても』――」
「『家焼くな!』っじゃなーい! バン○ンカンのCMとかわかる人いないよぼっちちゃん!」
「あ、虹夏ちゃんも知ってたんだ、へへっ。なんか嬉しい」

 ぼっちちゃん、そこは何もないときに共感を感じてほしい。

「とりあえず喫茶店とかなんか入ろうよ……」
「い、いやでも、この火事の煙と臭いで、ほとんどお店閉まっちゃってますよ?」
「う、う~ん」

 ちょっとマンションから離れたところまで来たけど、それでも風に乗ってまだ臭いが届いている。
 上空を見ると雲が赤く照らされている。
 火勢はまだ衰えていないらしい。

「や、やっぱり焼き肉の方が臭いがごまかせる気が……」
「なんなのぼっちちゃん、そんなに焼き肉が食べたかったの?」
「そういうわけでもないんですが……あ、じゃああそこにしましょう」

 といって連れてこられたのは、焼き鳥がメインの居酒屋だった。
 まあもうこの際いいか……。
 あたし達は中に入ると、手近な卓に座った。

「あ、に、虹夏ちゃん。私、大ジョッキにしようと思うんですけど、な、何にしますか?」
「えっ? がっつり飲むの?」
「あ、だって。もうこうなったら飲むしかなくない、ですか?」
「う、う~ん。否定はできないけど……」

 なんかいつもよりちょっとテンションが高いというか、普通に行動が変というか。
 まあでも家が燃えちゃったらぼっちちゃんじゃなくてもそうなるよな、とあたしは納得して、大ジョッキとグラス1杯、適当な盛り合わせを注文した。

「それでぼっちちゃん。どういう状況なの?」
「あ、はい。そうですね。私も火が出たときは家にいなかったんで、他の部屋の人に聞いたんですが……」

 話によると、近くのお店から出火した火がマンションに燃え移ってしまったらしい。
 ぼっちちゃんはというと、珍しく外にいたらしく、マンションのオーナーからの電話で、『ま、まさか、いくら楽器可でも度を超しているので退去! とか言われちゃうんじゃ』と思ったら、火事のことを伝えられて急いで帰ってきたらしい。
 他の部屋の人のことはよく知らないけど、オーナーさんと軽く話した感じでは、取り残された人や煙や火に巻かれてけがをした人もいないらしく、そこは良かったけど。

「う~ん、じゃあぼっちちゃん、部屋から何も持ち出せなかったの?」
「あ、そうなんです。ギターだけは今日調整で楽器屋に出したところだったので無事だったんですけど……。帰ってきたらもう中には入れなかったです」
「とりあえず今日はどうするつもり? この時間から実家に戻るのはちょっと……だよね?」
「あ、なんか区のほうで公民館に避難所? みたいなのを用意してくれるらしいので、そこにとりあえず行こうかなと」

 そういうとぼっちちゃんはジョッキを一気に煽った。
 それを見てあたしもビールをちょびっと飲む。

「ぼっちちゃん……こんなこと言うの何なんだけど……」
「あ、はい」
「その避難所? ってとこ、同じマンションの人が何人か来るんだよね?」
「た、多分そうだと思います。みんなに案内してるって」
「じゃあ、多分公民館の広い部屋に雑魚寝になるんじゃない? 男女は分けてくれると思うけど、ぼっちちゃん知らない人と雑魚寝に近い状態で寝られる?」
「あっ……」

 大体公民館っていうのは、みんなで集まって何かする場所なので、そもそも宿泊施設ではない。
 多分こういうときのために災害用の備蓄か何かで、布団とかはあるんだと思うけど、全員に部屋を割り振るのは不可能だから、大きい部屋に布団が敷き詰められてる感じだろう。
 最近は慣れてきたとはいえ、ぼっちちゃんに今日は(下手したら数日)知らない人と寝てください、は酷だ。多分雲散霧消するだろう。

「ど、どどど、どうしよう……はっ、そうだ、ビールなんか飲んでる場合じゃない! 今すぐ電車に乗れば実家に戻れる!」
「落ち着いてぼっちちゃん!」
「に、虹夏ちゃん申し訳ないんですけど、で、電車賃貸してもらっていいですか!?」
「落ち着いてって!」

 あたしは立ち上がるとテーブル越しにぼっちちゃんの両手を握った。

「多分火が消えたら中がどうなってるとか確認しないと行けないんでしょ? そうすると実家まで戻ってたら大変だよ」
「そ、そうですね……」
「それよりもっといい方法があるよ」
「えっ?」
「とりあえずうちに来なよ! ぼっちちゃんなら歓迎だよ。お姉ちゃんも喜ぶと思うよ! 落ち着くまでいていいからさ」
「ええっ! そ、そんな……私みたいな下北系ツチノコが厚かましくも虹夏ちゃんちに泊めてもらうだなんて……」
「何言ってるの。困ったときはお互い様。それに他ならぬぼっちちゃんだもん! 結束バンドリーダーとして力にならせてよ!」
「あっ……うぅ、虹夏ちゃん……」
「あ~もうぼっちちゃん泣かないで! 20歳過ぎてもほんと変わらないねえそういうとこ。困ったときは周りの人に甘えていいんだよ」
「はい……ありがとうございます。じゃ、じゃあ申し訳ないんですけど、しばらくご厄介になります」

 こうしてあたしはぼっちちゃんを家に連れて帰ることにした。
 なお、ぼっちちゃんの住んでいたマンションは火勢が弱まった頃、バックドラフトを起こして完全に焼損した。

虹夏「えっ、ぼっちちゃんちが火事!?」
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