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「は? 音柱がなんですって?」
いつも通り朝起きて、推したちに異常がない事に安堵した後。鴉から伝えられた事実に私は食べていた米を口から零した。やっぱり日本人だったら朝は米だよね。
「オトバシラ! コノアトライホウ!」
私がもらっている鴉はかなりカタコトでしゃべるわけなんだが、そんなことはどうでもよくなる程の情報がもたらされた。
音柱。つまり、宇髄天元さん。派手をつかさどる祭りの神。筋骨隆々の超ド級のイケメンで、三人の嫁がいる(夢女子にはキツイです)イケメン。そんな人がこの後、やってくるという。
「も、もっと早く行ってよねぇ! こんな服で会えないじゃない! いい? 推しと会う時はねぇオタクは一張羅って決まってるんだから! お茶菓子だって、急にいわれたらルマンドしかないわよ!」
「ナニヲキテテモ、オトバシラハキニシナイダロウ!」
「推しが認知しようがしなかろうがどっちでもいいの! モチベの問題なんだから! 推しが例え二次元であっても、イベントは張羅で行くのよ! この時代に夢女子ブランドがないことが悔やまれる・・・」
ドタバタと自分の部屋まで戻って、私レベルの金持ちにしては小さすぎる衣装棚を開いた。この前煉獄さんにあった時のように、私は各推しに会うとき専用の衣装を用意している。煉獄家に行くときは赤だったし、蝶屋敷に行くときはさりげなく蝶が散るものを用意している。あからさまだと気持ち悪いからね。そして、今日は宇髄さん専用を出さなくてはならない。これが日の目を見るとは思っていなかったから、正直ニヤニヤが収まらないけど。
宇髄さんのイメージカラーはどうしようか、もっと目を惹く方がいいか。相当考えたあげく、ありとあらゆる色を使った派手派手しい布を使い、着てるだけで煩い和服をオーダーした。
「私の好みではないけれど、そんなことはどうでもいいのよ」
そう、推しのカラーに染まりたい。それはオタクの心。
「着付けできる人を呼んできて! 時間がないわよ!」
オタクは急な呼び出しでも全力をつくすもの。ゲリラライブもあるし、ゲリラ特典配布もお手の物なんだから。嘘、本当は社会人のために事前告知してほしいです。
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「こりゃ聞いてはいたが、相当な別嬪さんだなぁ」
鴉の言う通り、着付けと化粧が終わるころに音柱・宇髄天元さんはやってきた。てっきり見慣れた隊服でやってくると思っていたのに、玄関を跨いできた姿は例の髪を下ろしたイケメンスタイルだ。突然のイケメンは辞めてください、死んでしまいます、と伝えたい所だったが、私は成金我儘令嬢なのでそんなことをいうわけにはいかない。
「あら、お世辞が得意なのね」
「お世辞じゃぁないさ、おれぁ嘘をつくのが苦手なモンでね」
はい嘘~。目が笑ってねぇ~!
と思いつつも、宇髄さんを応接室まで案内する。私の家は体裁を保つためになかなかのでかさを持っているが、私が使ってる部屋は幾つかしかない。こういった館での応接室は基本洋室だが、私はあえて和室をチョイスした。だって日本人だし、お館様のおうちも和室だ。洋室にいる推したちもぜひ見てみたいが、肉眼に収める推しはやはり和室で隊服がいい。
「鬼殺隊であんたの噂を聞いてた時から、一度あってみてぇと思ってたんだ。急に邪魔して申し訳なかったな」
お、推しが丁寧~! やや粗雑で乱暴っぽい印象もある宇髄天元という推しが、私の前で猫をかぶっていて丁寧~! 後ろ向きだからいいが、私の顔はニマニマが止められないでいる。真実を知る私にとって、宇髄さんのこの猫かぶりはもう筒抜けである。
「本来なら無礼だと門前払いする所だけれど、今日の私は機嫌がいいから許してあげるわ、入りなさい」
「失礼するぜ」
洋風なドアを開けた先にある和室に、特別驚いた様子もなく宇髄さんは中へと入る。こりゃぁすげぇとは口にしてるものの、私にはわかる。これは遊郭編でかまぼこ組を売りつける時と同じだ。誰もが見惚れてしまう顔の造形を申分なく披露して、普段は多用する派手発言も未だなし。きっと他の人なら気づかないだろうが、箱推しこじらせ成金オタクにはわかる。宇髄さんが何かを企んでいることが。おそらく、何か私にさせたいのだろう。そして、私に頼みたいことなんて金関係に決まってる。持ってけー! とお札をぶちまけたい所だけど、でも、もう少し猫かぶっている推しが見たいのでそのまま一緒に茶をしばくことにした。
「あんたのおかげで鬼殺隊の質はだいぶ向上してるからな、ずっと何かの形で礼をしないとと思っていてねぇ」
「あら、嬉しいけれど、私が支援しているんだもの当然かしら」
「それに、俺個人的にもぜひ会いたいと思ってたからなァ」
ドキ!
この人、私に気があるんじゃ。
少女漫画だったなら、きっとこんな効果音が漏れていただろう。破壊的なイケメンの笑み。原作では見れなかった猫かぶり女口説きモード、最高です、と拝みたくなる。
でもこの発言で分かってしまった。宇髄さんは目的を果たすために私を口説くモードなのだ。きっと「我儘令嬢ごときちょっと優しく甘くしといてやればイチコロだろ」くらいに思われたのだろう。推しからの舐めプ、なかなか体験できるもんじゃない。
「私に興味を持つのは当然だわ。だって私だもの」
「ハハ! まぁそれも頷けるってモンだ、こんなデカイ家に住んでて、正体不明の美人、そりゃあ探求心をくすぐられるねぇ」
「本当にお世辞が得意ね」
「さっきから言ってるが、お世辞じゃねぇさ」
「本当かしら」
クスクス笑う宇髄さんに負けないよう振舞いつつ、それからたわいもない、でもお互いのボロを誘うような会話が続く。宇髄さんの発言は甘く、確かに有栖川が世間知らずの金持ちおバカ令嬢だったらコロっと騙されていただろう。だけど私は無駄な人生経験だけいえば皆より年上。そして私はオタクであれど夢女子じゃない。推しのいる空間に自分の介入はノーセンキューです。
そうして二十分くらい雑談を交えていたが、宇髄さんがあまりにも本題を切り出してこないのでそろそろ推しの時間を無駄遣いさせるのも忍びなくて、私から切り出すことにした。
「さて、貴方とのお話しも楽しいのだけど、私も暇ではないの。そろそろ本題に入りましょうか」
「本題?」
「そうよ。あなたもそろそろ時間を浪費するのは止めにしたいでしょ? タイムイズマネー。私の吐く一息一息でお札が生まれるといっても大げさではないわ。今いくら無駄にしたのか、換算して教えてあげましょうか」
「は? いや有栖川さん、急に何を」
推しからのさん呼び、頂きました。
それにフフフと笑いながら、私は本題を切り出す。
「潜入捜査の資金的援助」
さすが忍で柱。
私から突然でてきた真実に驚いただろうに、その様子はおくびにも出さず美しい流し目をしながらもう一杯お茶を啜る。ティーカップを持つイケメンも見たかったので、今度は洋室に呼ぶことにしよう。
「私はあなたが思っている程馬鹿ではないのよ。ある程度、貴方にどう思われているのかも知っているし、何を目的に来てどうして私に甘い言葉をかけてくるのか分かってるわ」
にたりと笑えば、それでもう造ろうのをやめたのか、宇髄さんは作り笑顔を引っ込めた前へ3 / 5 ページ次へ
「こりゃ聞いてはいたが、相当な別嬪さんだなぁ」
鴉の言う通り、着付けと化粧が終わるころに音柱・宇髄天元さんはやってきた。てっきり見慣れた隊服でやってくると思っていたのに、玄関を跨いできた姿は例の髪を下ろしたイケメンスタイルだ。突然のイケメンは辞めてください、死んでしまいます、と伝えたい所だったが、私は成金我儘令嬢なのでそんなことをいうわけにはいかない。
「あら、お世辞が得意なのね」
「お世辞じゃぁないさ、おれぁ嘘をつくのが苦手なモンでね」
はい嘘~。目が笑ってねぇ~!
と思いつつも、宇髄さんを応接室まで案内する。私の家は体裁を保つためになかなかのでかさを持っているが、私が使ってる部屋は幾つかしかない。こういった館での応接室は基本洋室だが、私はあえて和室をチョイスした。だって日本人だし、お館様のおうちも和室だ。洋室にいる推したちもぜひ見てみたいが、肉眼に収める推しはやはり和室で隊服がいい。
「鬼殺隊であんたの噂を聞いてた時から、一度あってみてぇと思ってたんだ。急に邪魔して申し訳なかったな」
お、推しが丁寧~! やや粗雑で乱暴っぽい印象もある宇髄天元という推しが、私の前で猫をかぶっていて丁寧~! 後ろ向きだからいいが、私の顔はニマニマが止められないでいる。真実を知る私にとって、宇髄さんのこの猫かぶりはもう筒抜けである。
「本来なら無礼だと門前払いする所だけれど、今日の私は機嫌がいいから許してあげるわ、入りなさい」
「失礼するぜ」
洋風なドアを開けた先にある和室に、特別驚いた様子もなく宇髄さんは中へと入る。こりゃぁすげぇとは口にしてるものの、私にはわかる。これは遊郭編でかまぼこ組を売りつける時と同じだ。誰もが見惚れてしまう顔の造形を申分なく披露して、普段は多用する派手発言も未だなし。きっと他の人なら気づかないだろうが、箱推しこじらせ成金オタクにはわかる。宇髄さんが何かを企んでいることが。おそらく、何か私にさせたいのだろう。そして、私に頼みたいことなんて金関係に決まってる。持ってけー! とお札をぶちまけたい所だけど、でも、もう少し猫かぶっている推しが見たいのでそのまま一緒に茶をしばくことにした。
「あんたのおかげで鬼殺隊の質はだいぶ向上してるからな、ずっと何かの形で礼をしないとと思っていてねぇ」
「あら、嬉しいけれど、私が支援しているんだもの当然かしら」
「それに、俺個人的にもぜひ会いたいと思ってたからなァ」
ドキ!
この人、私に気があるんじゃ。
少女漫画だったなら、きっとこんな効果音が漏れていただろう。破壊的なイケメンの笑み。原作では見れなかった猫かぶり女口説きモード、最高です、と拝みたくなる。
でもこの発言で分かってしまった。宇髄さんは目的を果たすために私を口説くモードなのだ。きっと「我儘令嬢ごときちょっと優しく甘くしといてやればイチコロだろ」くらいに思われたのだろう。推しからの舐めプ、なかなか体験できるもんじゃない。
「私に興味を持つのは当然だわ。だって私だもの」
「ハハ! まぁそれも頷けるってモンだ、こんなデカイ家に住んでて、正体不明の美人、そりゃあ探求心をくすぐられるねぇ」
「本当にお世辞が得意ね」
「さっきから言ってるが、お世辞じゃねぇさ」
「本当かしら」
クスクス笑う宇髄さんに負けないよう振舞いつつ、それからたわいもない、でもお互いのボロを誘うような会話が続く。宇髄さんの発言は甘く、確かに有栖川が世間知らずの金持ちおバカ令嬢だったらコロっと騙されていただろう。だけど私は無駄な人生経験だけいえば皆より年上。そして私はオタクであれど夢女子じゃない。推しのいる空間に自分の介入はノーセンキューです。
そうして二十分くらい雑談を交えていたが、宇髄さんがあまりにも本題を切り出してこないのでそろそろ推しの時間を無駄遣いさせるのも忍びなくて、私から切り出すことにした。
「さて、貴方とのお話しも楽しいのだけど、私も暇ではないの。そろそろ本題に入りましょうか」
「本題?」
「そうよ。あなたもそろそろ時間を浪費するのは止めにしたいでしょ? タイムイズマネー。私の吐く一息一息でお札が生まれるといっても大げさではないわ。今いくら無駄にしたのか、換算して教えてあげましょうか」
「は? いや有栖川さん、急に何を」
推しからのさん呼び、頂きました。
それにフフフと笑いながら、私は本題を切り出す。
「潜入捜査の資金的援助」
さすが忍で柱。
私から突然でてきた真実に驚いただろうに、その様子はおくびにも出さず美しい流し目をしながらもう一杯お茶を啜る。ティーカップを持つイケメンも見たかったので、今度は洋室に呼ぶことにしよう。
「私はあなたが思っている程馬鹿ではないのよ。ある程度、貴方にどう思われているのかも知っているし、何を目的に来てどうして私に甘い言葉をかけてくるのか分かってるわ」
にたりと笑えば、それでもう造ろうのをやめたのか、宇髄さんは作り笑顔を引っ込めた。
「……なんで知ってる」
「企業秘密よ」
本当は禁則事項ですはあと。なんて可愛く伝えたい所だけど、宇髄さんを取り巻く雰囲気が硬く鋭いものになったのでふざけるのはやめておく。
「…ほんとに、ただの金持ちの令嬢ってわけではないみてぇだな」
「まぁ、それも事実だけど。私はお金持ちで令嬢であるしね」
実際誰からも聞いてはいないけど、原作知識のある私だからこの後どのように事象が進んで行くか分かっている。無限列車編が終わって、なんかよく分からんけど煉獄家が和解した。本来亡き人になるはずだった煉獄さんがこの先どうなるのか分からないけど、今は療養中だからしばらく目を離していても大丈夫だろう。そう、だからこそ分かっている中で対策しなくてはいけないのはこの後迫る遊郭編だ。
「なら話が早い。俺は鬼が潜んでるんじゃないかと睨んでる場所がある。ただの雑魚鬼じゃねぇ。きっと上弦、少なくとも下弦。だが、確信を得るまで鬼殺隊は動かせねぇ」
「だから調査ってわけね」
「そうだ。俺が潜入で入って、鬼がいるかどうか調べる。発見したら鬼殺隊で乗り込むって手法だ。そして場所は」
「遊郭」
「そこまで分かってて俺にあんな演技させるなんて、あんたも人が悪いなぁ」
表情には出さないものの、ややイライラした様子だ。まぁそれもそのハズ、宇髄さんにとって私は戦いにも参加しない、もはや隊士ですらない小娘。そんな奴に一杯食わされたような状態だ。正直推しにこんな目を向けられるのは心が痛むけれど、私は皆に好かれたくて、仲良くしてほしくてこんな自分になってるわけではない。自分の目的を見失ってはいけない。止まるんじゃねぇぞ、と私の心の中の主人公が言う。
「そこまで分かってんなら更に話が早い。遊郭に行くには金がかかる。俺の勘はいるって反応してるがぁ、正直無駄足かもしれねぇ。聞けばあんたは鬼殺隊に回してくれる金のはぶりもいいって聞く。今後護衛の任はいついかなる時も俺が引き受けるし、あんたの要求もできるかぎり叶える。だからァ」
「残念だけれど、お断りさせて頂くわ」
「そーかそーか、お断り……は?」
「だから、お断りさせて頂くわ」
「は、はぁ⁈」
ちゃぶ台を叩くようにして、宇髄さんが声をあげた。
断られると思ってすらなかったようで、大きな目を更に広げて驚いている。推しが目の前にいるとは、目にするだけで新規絵である。と騒ぐ心の中のオタクを収めつつ、私は一口お茶をすする。それに更にイライラした様子で宇髄さんが畳みかけた。
「じゃあ何が望みだってんだ。俺様ができることならなんでもやってやる」
「うーん、別に、望みはないわ」
「前からどっか行く時は護衛つけてたじゃねぇか」
「あれは、当然の権利よ。私が資金を提供している分、その見返りを求めるのは当然じゃない」
「なんでもいうこと聞いてやる、お前、それが望みなんだろ」
「……なにがいいたいのかしら???」
「鬼殺隊には、特に柱には見目のいいやつが揃ってる。そーいう奴らを侍らして、私物化するのが好きなんだろ」
なんぞそれ??
私の望みは推しの皆が生きて幸せになることなんだけれど?
と口からでかけたけれど、そういえば私我儘令嬢だった、と口に手をあてた。それがまるで「ばれちゃった」という振舞いに見えたのか、宇髄さんは「ほらな」と告げる。なんだかイライラモードだけど、この前対面したさねみん程ではないので怖くはない。それに、戦わない私なんかより、戦う皆の方がもっと怖い。命の危機もない私が、好きな推しに嫌われるくらいなんだというのか。そんなことで推しが救えるか! と自分を鼓舞して、より鋭くなった宇髄さんの目を見た。
「だったら分からない? なぜ、他の女に使う金を私が払わなくちゃいけないのかしら」
「俺は遊びに行くわけじゃねぇ! 鬼の」
「鬼がいるとかいないとか、私には関係ないわ。遊郭にいるなら私に被害はないでしょうし、だったら私のための貴方達を女の元に生かせる必要ないもの」
「……鬼殺隊はお前のモンじゃねぇ」
「……いずれ私の物になるもの、一緒だわ」
仰る通りでございます。
喉元まででかかった言葉を飲み込んで、偽りを述べた所で、宇髄さんの腕がぴくりと動いたのが見えた。きっと、今にも私をボコボコにしたい衝動を押し殺してる。鬼殺隊はそんな風に言っていい場所じゃない。そんなこたぁ私が一番知っている。尊きヴァルハラ、聖域にも等しい。そして私はそこに住む天使たちを守るために、自分が推したちと仲良しこよしするわけにはいかないし、宇髄さんを遊郭に行かせたくないのだ。
遊郭編で宇髄さんは命こそ落とさないけれど体の一部をなくし、引退を余儀なくされる。命があるのは嬉しいけれど、私は恥ずかしながら少し思うことがある。
途中リタイアしないで、もっともっと、皆と一緒に戦ってほしい。
宇髄さんがいればもっと救われる命もあるはずだ。
もっと成長できる隊士もいるはずで、かまぼこ組も正式に継子で鍛えてもらっていたかもしれない。そう思えば思うほどこの人のリタイアを阻止したいと思った。
というのは本当だけど六割で、残りの四割私は密に思ってしまっていたのだ。
鬼滅の刃において、途中退場(リタイア)はつまり多くの場合が『死』であると。
それはやはり煉獄杏寿郎という人が大きな存在を占めていて、悲しく、しかし美しい煉獄さんの死。そしてもっとも早いリタイア。その美しさと悲しさは胸に大きく残って、大きな爪痕を残していった。当たり前だけど、リタイアするなら死んでほしい、そんな風に思ってるわけじゃない。だけど、生きているのなら、笑っているのなら、頑張る隊士たちと一緒に、もう少しだけその力を貸してほしいと、私は思ってしまったのだ。五体満足で一緒に頑張ってほしい、死ぬほど頑張ってるのは十分わかってる。だけど、宇髄さんがいなくなった後のストーリーは、悲しくて辛くて、強いあなたに縋ってしまいたくなるのだ。だから、私は更に毒を吐く。
「私は鬼退治で人々を救ってほしくて、貴方達に援助しているわけではないわ。私以外がどうなろうと知ったことではないのよ」
言いながら口が腐るかと思ったし、そこからどうやって宇髄さんが帰宅したのかは覚えていない。
「お前、思ってた以上に最低な人間だな」
蔑むような眼が更に私をとらえた。
見つめあうと素直におしゃべりできない、ってやつだよ、もう。
どうしたもんかねぇ。
声にださず、宇髄は心の中でため息をついた。
正直にいえば舐めていた。
お館様に協力頂くには根拠の薄い自分の勘。でも忍としての勘が、必ずそこに倒すべき「鬼」がいると告げていた。しかし遊郭に行くには金がかかる。それを有栖川に負担してもらおうと宇髄は思っていた。噂に聞く我儘令嬢。親の持つ莫大な金で生きる、人生の苦しみも、悲しみも、辛さも知らないただのお嬢様。少し甘い言葉をかけてやれば、コロっということを聞くと思っていた。しかしかけられた言葉は拒否と否定。
「なんだってんだよあの女!」
ここがまだ彼女の家だと知りながらも、つい悪態をついてしまう。
怒りを抑える宇髄と、それについて何も感じていないような有栖川。両者の凍り付いた空気を壊したのは、使用人の一人が有栖川への来客を伝えにきたことだった。有栖川はそのまま部屋で来客対応をするといい、必然的に宇髄は退出することとなってしまった。
「どうすっかなぁ」
唯一の宛が外れてしまった。前へ4 / 5 ページ次へ
どうしたもんかねぇ。
声にださず、宇髄は心の中でため息をついた。
正直にいえば舐めていた。
お館様に協力頂くには根拠の薄い自分の勘。でも忍としての勘が、必ずそこに倒すべき「鬼」がいると告げていた。しかし遊郭に行くには金がかかる。それを有栖川に負担してもらおうと宇髄は思っていた。噂に聞く我儘令嬢。親の持つ莫大な金で生きる、人生の苦しみも、悲しみも、辛さも知らないただのお嬢様。少し甘い言葉をかけてやれば、コロっということを聞くと思っていた。しかしかけられた言葉は拒否と否定。
「なんだってんだよあの女!」
ここがまだ彼女の家だと知りながらも、つい悪態をついてしまう。
怒りを抑える宇髄と、それについて何も感じていないような有栖川。両者の凍り付いた空気を壊したのは、使用人の一人が有栖川への来客を伝えにきたことだった。有栖川はそのまま部屋で来客対応をするといい、必然的に宇髄は退出することとなってしまった。
「どうすっかなぁ」
唯一の宛が外れてしまった。他に金の宛はなく、実費かお館様に頼る他ない。そうして考えあぐねいていれば、くいくいと着物を引っ張られるのを感じ、下へと顔を向ける。そこには五、六歳程の子どもがにっこりと笑いながら宇髄の足に纏わりつこうとしていた。
「うぉ! なんだこのガキ!」
「おまえこそだれだぁ!」
「だれだだれだぁ」
「だぁれぇ~」
その一人を皮きりに、どこからか子どもが現れて宇髄の足元へと纏わりついてくる。
「おにいちゃんでっかぁ! なぁなぁ肩車してくれよ!」
「私も! 私も!」
「おい馬鹿やめろ、俺はガキと遊んでる暇はねぇんだよ!」
「いいだろー! ここにいるってことはお前ありすの友達なんだろ!」
「はぁ? ありす?」
「お兄ちゃんがありすと遊びにきたから、私たち遊んでもらえなかったんだからぁ」
次々と子どもたちに群がられ、しまいには肩のあたりまで危なっかしく登ってくるものだから、宇髄は思わず床へとしゃがみ子どもを床へとおろす。よく見れば女子、男子問わず七、八人の子どもたちが周囲に集まっていた。更に玄関の方を見ればより小さい子、少し大きい子等まばらに数名おり、十人以上の子どもがそこにいるのが見て取れた。
「お前ら、ここがどこか分かってんのか? 遊び場にしていい場所じゃねぇだろ」
あの我儘女の家だぞ、そう続けようとした言葉は子どもたちのキョトンとした顔に思わず引っ込めてしまう。
「どこって俺らの家だよ、にーちゃん何いってんだぁ?」
「は?」
「裏っかわと、こっち側はおれらのおうちなんだよ、おれの部屋はあの一番はじ~」
「いや、おい派手になにいってんのか分かんねぇぞ」
困惑する宇髄を置いて、子どもたちは次々に「わたしのへやあそこ!」と声をあげはじめる。部屋に何があるだのかんだと盛り上がり始め、まったく要領を得ない会話にこりゃ須磨だな、と宇髄は本日何度目かの頭を抱える。
その中で一人、音を立てずに小さな影が近づいてきた。顔立ちのさっぱりとした、しかし目のすわった少年だ。身長は高くないが、落ち着いた雰囲気が他の子とは幾らか歳が違うことが分かる。
「ほら、お前たち。ありすのお客さんにかまうなっていわれただろ」
「正にいちゃん!」
「おやつは食堂。手を洗った奴からだぞ」
先ほどまで宇髄をトーテムポールのように扱っていたのは何処へやら。おやつーと叫びながらほとんどの子どもたちが我先にと駆け出しはじめた。別の長身の女子が「走らないのよ!」と叫びながら集団を追いかけていく。しかし「正にいちゃん」と呼ばれた目がすわった少年は、宇髄を見つめるようにしてその場に残った。あまりにもあからさまに見られては、宇随も居心地が悪い。
「えっと、お前は、行かなくていいのか」
「僕は甘いもの苦手なので。今日のおやつは餡蜜ですから」
子どもらしくない。どこか冷めた言い方をする少年は、なんだか先ほどまで相対していた有栖川にそっくりで。宇髄はついそんな目線で見てしまう。普通の子どもなら泣き出してしまいそうなソレだが、少年は変わらない目で宇髄を見て、そして一瞬応接室を見た。
「あんまり、オススメしません」
「……は?」
「そういう目線と態度で、ありすに接するの。この町ではオススメしません」
「いや、何いって」
「この町がなんて言われてるか、あなたも知らないわけじゃないでしょう」
宇髄の脳内に「有栖川町」という言葉が自然と浮かんだ。
いつから、誰が呼び始めたのか分からない。公的な記録とは違う、しかしそれよりももっと馴染んだ愛称だ。
「この町ごと、あの女が金で仕切ってるってことか」
ッチと舌打ちが漏れるが、少年は呆れたようにため息をつく。
「逆ですよ。ありすはこの町の人に好かれてるから」
「好かれてる…? あの女が?」
「……この家はありすの家です。あなたがそう聞いてきたように。でも、僕たちの家でもあります」
「さっきのガキもいってたけどよぉ、派手に意味が分からねぇ。この家貸出しでもしてんのか?」
「僕たちは孤児なので、貸部屋だったとしてもそれを借りてくれる親はいませんね」
「孤児、お前が?」
「ええ。僕はいま十になりましたが、5つの時から親はいません」
少年の言葉は偽りないように宇髄には思えた。しかし、孤児ということはあまりにも納得できない。宇髄の知る孤児は着古したサイズの合わない服を着て、薄汚れた体。ガリガリにやせ細った手足。希望のない目。目だけでいえばこの少年もそれに当てはまらなくはないが、先ほど見た子どもたちも、誰もがそれに当てはまらない。
「見えないでしょう? 当然だと思います。僕もここに来るまでは骸骨みたいにガリガリで、いつ死んでもおかしくないような暮らしをしてました」
「今はちげぇみたいだが」
「はい。今は違います、あの時とは何もかも。それは、ありすのおかげです」
「あいつのおかげだぁ?」
「ここの裏にある孤児院。それはありすが建ててくれたんです。それに、ありすの家とくっつけて、ぼくたちに部屋まで与えてくれてる」
少年はあそこからあそこまでが子どもの部屋です。と指出して自分たちの部屋を示した。それは館の半分以上を占めていて、宇髄は子どもの顔をまじまじと見る。やはり、嘘をついているようには見えなかった。
「それだけじゃない。この町は昔もっと荒れていて、飢餓だってあったし、働く場所もなくて。でも、そこに突然ありすはやってきて「炊き出しよー!」なんて言いながら、僕たちにご飯を食べさせてくれました」
今まで冷ややかな顔だった少年の表情が少し緩む。
「皆が元気になりはじめた頃、ありすは色んな物を作って、町を豊かにしてくれた。そして僕たちに出会って、孤児院を建ててくれた」
「坊主、お前には悪いが、あいつはそんな奴にはみえねぇ。派手に幻覚みてんじゃねぇか?」
「……知ってますよ。僕、あなたが何の人か」
「お前さっきから人の話をきかねぇなぁ」
「あなた、柱っていう立場の人でしょ。鬼殺隊の」
少年の言葉に、宇髄は子ども相手だしと緩めていた空気を一片させた。この町の話は、宇髄も勿論知っていた。支援者である有栖川が牛耳っている町だから、隊士も堂々と日輪刀を持ってあるけると。だが、彼女にあったところで、それも道楽の一つであり、ただの気まぐれ。そう思うのも無理はなかった。
「僕、鬼殺隊の人嫌いなんです」
「あぁ?」
先ほどまでの死んだ目はなんだったんだ。そう言いたい程、少年はにっこり笑顔で宇髄を見た。その発言に先ほどの有栖川の姿が思い浮かんで、つい子どもに向けるべきではない大声をあげてしまう。だが子どもは彼女に似た不敵な笑み浮かべながら、再び宇髄を見た。
「ありすはいっつも鬼殺隊のことばっかり。僕はありすが大好きだから、ありすが好きなものは嫌いなんです。あなたたちは、ありすがどういう人間のか上辺だけ見て嫌いっていう」
「……派手に意味が分からねぇ」
でもいいんです。僕が好きだから、だから、もっとありすのこと嫌いになってくださいね。
そう付け足した言葉も、宇髄には呑み込めなかった。
「でもだから、この町ではありすの扱いには気を付けて」
捨て台詞のようにそう言って、少年は先ほど子どもたちが歩いた方へと歩き出した。
その場に放置された宇髄は、釈然としない気持ちを抱えつつも玄関に向かって歩き出す。あぁ時間を無駄にした。あんな女、会いに来ただけ時間の無駄だった。そう自分に言い聞かせて歩き出すが、少年の言葉が頭にこだまする。子どもの目には嘘がなかった。嘘であれば宇髄にはそれが分かる。ではうまく洗脳しているのか?気づかないで騙されてるのか? 疑問が次々に思い浮かびつつ、しかしその解答は出てこない。
「あぁ! こんな地味にもだもだするなんて俺様らしくもねぇ!」
己に言い聞かせるようにそう叫ぶ。
そして持っていた額宛を気合いを入れるように髪をかき上げてしめる。鬼殺隊・音柱になった顔がそこにはあった。
視界に入れたのは先ほど入っていた応接室。そして視線をうろうろとさせ、一つの場所が目についた。
「いやぁお美しいですねぇ有栖川のお嬢さんは。こんな美しい人を見れて私も幸せすよぉ」
さっき宇髄さんに言われた言葉とほぼ一緒だろうに、なんなんだろう、この身の毛のよだつ気持ち悪さは。鳥肌のたった腕をさすりながら、私は目の前の気持ち悪い豚野郎を相手していた。
さっき美しい推しを目にしていたので眼球がつぶれそうだけれど、脳内ではしのぶさんの囀るような声だとか、蜜璃ちゃんの謎の擬音語といった心のボイスレコーダーを無限リピートしている。
「ただ座っているだけでも気品があふれてますねぇ」
「金持ちなもので。あふれ出る勝者のオーラは自然と漏れてしまうの」
さながらゴールドオーラといった所だろうか。私の肖像画を描く人がいたら、私のバックは金の後神、背景には荒ぶる札束をかいてくれ。そんな現実逃避をしつつ、目の前の男を再び見た。
突然やってきて推しとのブリザード空間を引き裂いたこいつは、とある有名製薬会社の御曹司という奴で、見た目はなかなかの豚野郎。まさに悪役子息って感じだ。私がいえたことでもないけど。
「今日は急にお邪魔してすみませんねぇ。急でないとあなたにはお会いできないものですから」
「アポと取らない人は好きじゃないのだけど」
「これは手厳しい」
なんだこの無駄な時間は。私にとって時間とは「推しに関する時間」か「そうではないゴミの時間か」の二択しかないんだが。勿論現在は後者である。
「今日はあなたにもいいお話しを持ってきたんですよ。有栖川財閥が近々製薬方面にも力を入れ始めると聞きましてね」
「命乞いでもしにきたのかしら、それとも宣戦布告にきたのかしら。後者だったらいいわね、マネー戦争といきましょう? 昔は私と張り合う会社もたくさんあったのだけど今や静かなものなのよ! えぇ楽しそうだわ、開戦の合図は何がいいかしら。あなたの家の隣に私の子会社を建てるっていうのはどう?」
わくわくしますな。そう息まきながら御曹司にまくしたてる。
御曹司はドン引きですという顔をしている。なんでや。
どんな相手が来たって私は推しのために負けないし、会社がまだ小さかった頃はピンチだった時もあるけど、一つ勝つたびに推しの生声を聴いてもいい、というクエストボーナスをつけたらいとも簡単に達成できた。皆、ログボとデイリーミッションは忘れずにやろうね。
「ちょ、お、お待ちください! そちらの話しがしたかったのではなくてですね! 我々はこれからやりたい事が一緒で、目的が一緒ですね、っというお話をしにきたんですよ!」
「目的?」
全推しを幸せにするという私の目的が一緒??まさか。
でも、転生しているのが私だけとは限らない。気持ち悪い第一印象に引っ張られていたが、もしや類友?? と崩していた姿勢を正した。
「あなたがぁ密に、援助している組織、それについてですよ」
ビンゴである。
「……あなたもそうなの」
「え? えぇ、私も思っていることは一緒かと思いましてねぇ」
「つまり、私達の目的は一致しているということね」
「そういうことになりますな」
「……今まで私、一人だと思っていたわ。まさか同士がいただなんて」
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「いやぁお美しいですねぇ有栖川のお嬢さんは。こんな美しい人を見れて私も幸せすよぉ」
さっき宇髄さんに言われた言葉とほぼ一緒だろうに、なんなんだろう、この身の毛のよだつ気持ち悪さは。鳥肌のたった腕をさすりながら、私は目の前の気持ち悪い豚野郎を相手していた。
さっき美しい推しを目にしていたので眼球がつぶれそうだけれど、脳内ではしのぶさんの囀るような声だとか、蜜璃ちゃんの謎の擬音語といった心のボイスレコーダーを無限リピートしている。
「ただ座っているだけでも気品があふれてますねぇ」
「金持ちなもので。あふれ出る勝者のオーラは自然と漏れてしまうの」
さながらゴールドオーラといった所だろうか。私の肖像画を描く人がいたら、私のバックは金の後神、背景には荒ぶる札束をかいてくれ。そんな現実逃避をしつつ、目の前の男を再び見た。
突然やってきて推しとのブリザード空間を引き裂いたこいつは、とある有名製薬会社の御曹司という奴で、見た目はなかなかの豚野郎。まさに悪役子息って感じだ。私がいえたことでもないけど。
「今日は急にお邪魔してすみませんねぇ。急でないとあなたにはお会いできないものですから」
「アポと取らない人は好きじゃないのだけど」
「これは手厳しい」
なんだこの無駄な時間は。私にとって時間とは「推しに関する時間」か「そうではないゴミの時間か」の二択しかないんだが。勿論現在は後者である。
「今日はあなたにもいいお話しを持ってきたんですよ。有栖川財閥が近々製薬方面にも力を入れ始めると聞きましてね」
「命乞いでもしにきたのかしら、それとも宣戦布告にきたのかしら。後者だったらいいわね、マネー戦争といきましょう? 昔は私と張り合う会社もたくさんあったのだけど今や静かなものなのよ! えぇ楽しそうだわ、開戦の合図は何がいいかしら。あなたの家の隣に私の子会社を建てるっていうのはどう?」
わくわくしますな。そう息まきながら御曹司にまくしたてる。
御曹司はドン引きですという顔をしている。なんでや。
どんな相手が来たって私は推しのために負けないし、会社がまだ小さかった頃はピンチだった時もあるけど、一つ勝つたびに推しの生声を聴いてもいい、というクエストボーナスをつけたらいとも簡単に達成できた。皆、ログボとデイリーミッションは忘れずにやろうね。
「ちょ、お、お待ちください! そちらの話しがしたかったのではなくてですね! 我々はこれからやりたい事が一緒で、目的が一緒ですね、っというお話をしにきたんですよ!」
「目的?」
全推しを幸せにするという私の目的が一緒??まさか。
でも、転生しているのが私だけとは限らない。気持ち悪い第一印象に引っ張られていたが、もしや類友?? と崩していた姿勢を正した。
「あなたがぁ密に、援助している組織、それについてですよ」
ビンゴである。
「……あなたもそうなの」
「え? えぇ、私も思っていることは一緒かと思いましてねぇ」
「つまり、私達の目的は一致しているということね」
「そういうことになりますな」
「……今まで私、一人だと思っていたわ。まさか同士がいただなんて」
「そう!我 々は同士です!」
「貴方も同じことがしたい、そういうことでいいかしら……?」
「話が早くて助かりますなぁ。秘密裏に調べ上げましてね、あの組織には女性も多く所属しておりますから」
「あら、男性はやはり女子組に目がいくものなのね!」
「は? えと、普通そうなのではないですか??」
「私はどちらも好きよ、というより私は箱推しなの。あなたは単推し? 一門推し?」
これは自分の心が導き出すものだ。選択しようと思ってなるものじゃない。
箱推しになるも、単推しになるも自由。推しは自分が選ぶものじゃない、あちらからやってくるものだから。
「えと、少々話が噛み合っていないようですが、推し、とは」
「え、推しって私の地域だけの言葉だったのかしら。オタクの公用語だと思ってたわ!」
「お、おた……有栖川さん? 一体何のお話しを……?」
「え、何ってあなた」
こいつこそ何いってんだ。そう思って首をかしげた。
「鬼殺隊が大好きで、だから援助したいって話でしょ」
そういった時、天井でガタン! と大きな音がした。近所の猫か、子どもたちが遊びで入り込んだのだろうか。後で叱っておかないと。
だけど御曹司を見ればポカンとした顔から、いっきににまぁとした笑い顔になっている。正直気持ちが悪い。
「いやはや! 有栖川令嬢もお人が悪い! 正直に言ってくださってかまわないのですよ! まぁ好きというのも意味合いとしては間違いではないかもしれませんが」
「分かりにくいわねぇ、貴方、もっと直接的にいって頂戴よ! 定規のように直線で話しなさい、今のあなたは分度器のようだわ」
これは失礼。そういいながら、膝を叩いて男は笑う。言い忘れていたが、宇髄さんが座った座布団はあの後すぐ家宝部屋に持って行った。火砲部屋には今までもらったり、推しが触れたりしたものが保存してある。また新しい品を手に入れてしまった。
「あの美男美女、そして異形を蹴散らす強さ。資金提供をしてそれを良いように使っているのでしょう ?私もそれに加えて頂きたい、という話じゃないですか」
「……は?」
「いやぁ一度みたことのあるあの桜色の髪の女隊士。乳房も立派で、ぜひともお近づきになりたいと思いましてなぁ。その他にも見目がいいものが揃って、そういった者共を従属させ、言うことをきかせるのはさぞかし楽しいでしょうなぁ!」
興奮したように、男はどんどん机の上に乗り出してきた。
でも、ちょっと待って。分からん。こいつ、何を言ってる? 桜色? 蜜璃ちゃんのことか? お?
「私も同じく資金援助を考えてましてね、同族の貴方に友人として紹介して頂きたいとおもいま」
御曹司野郎がそれ以上言葉をつむぐ前に、私は勢いよく立ち上がり、その頭に持っていた湯飲みを躊躇なく逆さにして中身をぶちまけた。思った通り男の口が止まる。
「それ以上しゃべるな」
自分でも驚くほど冷たい言葉が出た。男は口をパクパクと動かし、状況を理解したのかみるみる顔を真っ赤に染めて、両手で机をたたき立ち上がった。
「貴様! この俺に何を!」
「しゃべるな、っていったのが聞こえなかったのかしら、この偶蹄類」
お茶が滴る顔を震わせながら、男が迫りくる。再度容赦なくその横っ面を拳で殴った。ビンタだと思った? 推しを貶された私の魂がこの拳には宿ってる。パーなんかじゃ伝えきれない。
「訴える! 訴えてやるぞ! 俺の顔を殴るなど!」
「いいじゃないやりなさい!次 回会うときは法廷バトルね! 勿論私が勝つけれど、あなたは精々無駄な金を使って私に敗北するのよ! 私が法定で負けた事等一度としてないことを知らないのかしら」
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「いやぁお美しいですねぇ有栖川のお嬢さんは。こんな美しい人を見れて私も幸せすよぉ」
さっき宇髄さんに言われた言葉とほぼ一緒だろうに、なんなんだろう、この身の毛のよだつ気持ち悪さは。鳥肌のたった腕をさすりながら、私は目の前の気持ち悪い豚野郎を相手していた。
さっき美しい推しを目にしていたので眼球がつぶれそうだけれど、脳内ではしのぶさんの囀るような声だとか、蜜璃ちゃんの謎の擬音語といった心のボイスレコーダーを無限リピートしている。
「ただ座っているだけでも気品があふれてますねぇ」
「金持ちなもので。あふれ出る勝者のオーラは自然と漏れてしまうの」
さながらゴールドオーラといった所だろうか。私の肖像画を描く人がいたら、私のバックは金の後神、背景には荒ぶる札束をかいてくれ。そんな現実逃避をしつつ、目の前の男を再び見た。
突然やってきて推しとのブリザード空間を引き裂いたこいつは、とある有名製薬会社の御曹司という奴で、見た目はなかなかの豚野郎。まさに悪役子息って感じだ。私がいえたことでもないけど。
「今日は急にお邪魔してすみませんねぇ。急でないとあなたにはお会いできないものですから」
「アポと取らない人は好きじゃないのだけど」
「これは手厳しい」
なんだこの無駄な時間は。私にとって時間とは「推しに関する時間」か「そうではないゴミの時間か」の二択しかないんだが。勿論現在は後者である。
「今日はあなたにもいいお話しを持ってきたんですよ。有栖川財閥が近々製薬方面にも力を入れ始めると聞きましてね」
「命乞いでもしにきたのかしら、それとも宣戦布告にきたのかしら。後者だったらいいわね、マネー戦争といきましょう? 昔は私と張り合う会社もたくさんあったのだけど今や静かなものなのよ! えぇ楽しそうだわ、開戦の合図は何がいいかしら。あなたの家の隣に私の子会社を建てるっていうのはどう?」
わくわくしますな。そう息まきながら御曹司にまくしたてる。
御曹司はドン引きですという顔をしている。なんでや。
どんな相手が来たって私は推しのために負けないし、会社がまだ小さかった頃はピンチだった時もあるけど、一つ勝つたびに推しの生声を聴いてもいい、というクエストボーナスをつけたらいとも簡単に達成できた。皆、ログボとデイリーミッションは忘れずにやろうね。
「ちょ、お、お待ちください! そちらの話しがしたかったのではなくてですね! 我々はこれからやりたい事が一緒で、目的が一緒ですね、っというお話をしにきたんですよ!」
「目的?」
全推しを幸せにするという私の目的が一緒??まさか。
でも、転生しているのが私だけとは限らない。気持ち悪い第一印象に引っ張られていたが、もしや類友?? と崩していた姿勢を正した。
「あなたがぁ密に、援助している組織、それについてですよ」
ビンゴである。
「……あなたもそうなの」
「え? えぇ、私も思っていることは一緒かと思いましてねぇ」
「つまり、私達の目的は一致しているということね」
「そういうことになりますな」
「……今まで私、一人だと思っていたわ。まさか同士がいただなんて」
「そう!我 々は同士です!」
「貴方も同じことがしたい、そういうことでいいかしら……?」
「話が早くて助かりますなぁ。秘密裏に調べ上げましてね、あの組織には女性も多く所属しておりますから」
「あら、男性はやはり女子組に目がいくものなのね!」
「は? えと、普通そうなのではないですか??」
「私はどちらも好きよ、というより私は箱推しなの。あなたは単推し? 一門推し?」
これは自分の心が導き出すものだ。選択しようと思ってなるものじゃない。
箱推しになるも、単推しになるも自由。推しは自分が選ぶものじゃない、あちらからやってくるものだから。
「えと、少々話が噛み合っていないようですが、推し、とは」
「え、推しって私の地域だけの言葉だったのかしら。オタクの公用語だと思ってたわ!」
「お、おた……有栖川さん? 一体何のお話しを……?」
「え、何ってあなた」
こいつこそ何いってんだ。そう思って首をかしげた。
「鬼殺隊が大好きで、だから援助したいって話でしょ」
そういった時、天井でガタン! と大きな音がした。近所の猫か、子どもたちが遊びで入り込んだのだろうか。後で叱っておかないと。
だけど御曹司を見ればポカンとした顔から、いっきににまぁとした笑い顔になっている。正直気持ちが悪い。
「いやはや! 有栖川令嬢もお人が悪い! 正直に言ってくださってかまわないのですよ! まぁ好きというのも意味合いとしては間違いではないかもしれませんが」
「分かりにくいわねぇ、貴方、もっと直接的にいって頂戴よ! 定規のように直線で話しなさい、今のあなたは分度器のようだわ」
これは失礼。そういいながら、膝を叩いて男は笑う。言い忘れていたが、宇髄さんが座った座布団はあの後すぐ家宝部屋に持って行った。火砲部屋には今までもらったり、推しが触れたりしたものが保存してある。また新しい品を手に入れてしまった。
「あの美男美女、そして異形を蹴散らす強さ。資金提供をしてそれを良いように使っているのでしょう ?私もそれに加えて頂きたい、という話じゃないですか」
「……は?」
「いやぁ一度みたことのあるあの桜色の髪の女隊士。乳房も立派で、ぜひともお近づきになりたいと思いましてなぁ。その他にも見目がいいものが揃って、そういった者共を従属させ、言うことをきかせるのはさぞかし楽しいでしょうなぁ!」
興奮したように、男はどんどん机の上に乗り出してきた。
でも、ちょっと待って。分からん。こいつ、何を言ってる? 桜色? 蜜璃ちゃんのことか? お?
「私も同じく資金援助を考えてましてね、同族の貴方に友人として紹介して頂きたいとおもいま」
御曹司野郎がそれ以上言葉をつむぐ前に、私は勢いよく立ち上がり、その頭に持っていた湯飲みを躊躇なく逆さにして中身をぶちまけた。思った通り男の口が止まる。
「それ以上しゃべるな」
自分でも驚くほど冷たい言葉が出た。男は口をパクパクと動かし、状況を理解したのかみるみる顔を真っ赤に染めて、両手で机をたたき立ち上がった。
「貴様! この俺に何を!」
「しゃべるな、っていったのが聞こえなかったのかしら、この偶蹄類」
お茶が滴る顔を震わせながら、男が迫りくる。再度容赦なくその横っ面を拳で殴った。ビンタだと思った? 推しを貶された私の魂がこの拳には宿ってる。パーなんかじゃ伝えきれない。
「訴える! 訴えてやるぞ! 俺の顔を殴るなど!」
「いいじゃないやりなさい!次 回会うときは法廷バトルね! 勿論私が勝つけれど、あなたは精々無駄な金を使って私に敗北するのよ! 私が法定で負けた事等一度としてないことを知らないのかしら」
「っな、何が気に食わない! お前と同じことをしたいといっただけだろう!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 私とあんたが一緒? 舐めるのもいい加減にしてよね!」
イラついたので余っていた勢いを裏拳にしてかえした。私、武闘派すぎないか? だけど、推しを馬鹿にされて黙ってはいられない。
「私の生きる理由は鬼殺隊の推したちを幸せにすること! 最後まで戦いぬき、勝利し、結婚して幸せな子どもに囲まれて、それであの子たちは寿命まで生きるのよ!」
「何を夢みたいなことをいって」
「夢じゃないわ、私が叶えるもの!」
今日で一番大きな声を出した。
皆が幸せになることは夢じゃない。夢物語みたいなこの理想は、私が必ずたどり着かせてみせるのだ。そのために金持ちになった。例えば推しを幸せにするのに必要なのが金ではなかったなら、私は金なんていらないのだ。
「金はそれに価値があるわけじゃないわ、何に使うかで価値が出る。私はそれを世界で一番意味のあるものにつぎ込んでいるし、そのために生きている! 私が金を稼ぐのは鬼殺隊のため、皆の幸せな未来を創るためだもの!」
男はわたわたと何か私を罵る言葉を述べているが、吃音オタクのようになって全く伝わってこない。こいつは潰すと決めたので、脳内で買収ルートを選別しはじめる。でもそういながら、頭の片隅では自分の言葉が反響していた。
推しの幸せとは、なんなのか。
私は推しを生かすこと、死亡フラグを回収することで、皆で最終決戦に挑むつもりでいた。だけど、それはイコールつまり幸せになるのだろうか。生き残った先には何が残ってるんだろうか。物語を歪ませているわけだけど、もっと辛い死に方になる子が出てくるんじゃないのか。
そんなオタク哲学を考えていたら、気づかないうちに御曹司がすぐ目の前に迫っていて、腫れた頬はそのままに拳を振りかざしていた。私は金はあるが身体はか弱いただの女子なので、殴られたら歯の一、二本は飛んでしまうかもしれない。なんで札束五枚でシールドとかになってくれないんだろうか。そうすれば札束の扇子を作って自衛するのに。そうコンマ何秒かで思いつつ、目をギュっとつぶった。あれ、こういうとき歯をくいしばったほうがいいんだっけ、だめなんだっけ。だけど、私の頬のその衝撃は訪れなくて、あれって思って目を開ける。そこには目前いっぱいに広がる黒い背中。
「……う、音、柱?」
宇髄さん。そういいそうになった言葉をギリギリでひっこめた。
先ほどの着流しとは違う、見慣れた九巻表紙。隊服に身を包んだ宇髄天元さんが男の拳を受け止めている。
「女に手をあげるたぁよそ見はできねぇな」
イケメンはこれだから違う。
夢女子なら失神しているだろうシチュエーションだ。夢女子じゃなくてよかった。そう思いつつ、しかしこの広い背中はしっかりと記憶に残しておく。え、というか、なぜ宇髄さんがここに?
「っな、お前誰だ」
「おーおー吠えるねぇ、俺こそがお前が従属させたい奴らの一人だが? 俺でよけりゃあもっとお話しするかぁ?」
「っヒ!」
ミシミシと人体からなってはいけない音が聞こえてくる。これは男の拳が圧迫されている音なのだろうか。男も命の危機を感じたようで、振り払うように拳を引っ込めた。
「きょ、今日の所は帰らせて頂く! このことについてしかるべき手段はとらせて頂くがな!」
「お前、帰れない体にしてやっても」
「そしたら死体は私が処理してあげるわ。金の力でもみ消してあげましょう」」
「しょ、しょ詳細は後日書面にて遅らせて頂く!」
これは来ないパターンですね。まぁ私からふっかけてやるけど。そう思いつつ、男はドアを壊さん勢いで飛び出ていった。その扉のすぐ近くの天井が、ぶち破られたように穴があいて、屑がパラパラと落ちてきている。いや、普通に困るけどこれ何。
「すまねぇな、穴開けちまった」
でも派手な登場だっただろ? と宇随さんは笑う。その笑顔プライスレス。前へ5 / 5 ページ次へ
「いやぁお美しいですねぇ有栖川のお嬢さんは。こんな美しい人を見れて私も幸せすよぉ」
さっき宇髄さんに言われた言葉とほぼ一緒だろうに、なんなんだろう、この身の毛のよだつ気持ち悪さは。鳥肌のたった腕をさすりながら、私は目の前の気持ち悪い豚野郎を相手していた。
さっき美しい推しを目にしていたので眼球がつぶれそうだけれど、脳内ではしのぶさんの囀るような声だとか、蜜璃ちゃんの謎の擬音語といった心のボイスレコーダーを無限リピートしている。
「ただ座っているだけでも気品があふれてますねぇ」
「金持ちなもので。あふれ出る勝者のオーラは自然と漏れてしまうの」
さながらゴールドオーラといった所だろうか。私の肖像画を描く人がいたら、私のバックは金の後神、背景には荒ぶる札束をかいてくれ。そんな現実逃避をしつつ、目の前の男を再び見た。
突然やってきて推しとのブリザード空間を引き裂いたこいつは、とある有名製薬会社の御曹司という奴で、見た目はなかなかの豚野郎。まさに悪役子息って感じだ。私がいえたことでもないけど。
「今日は急にお邪魔してすみませんねぇ。急でないとあなたにはお会いできないものですから」
「アポと取らない人は好きじゃないのだけど」
「これは手厳しい」
なんだこの無駄な時間は。私にとって時間とは「推しに関する時間」か「そうではないゴミの時間か」の二択しかないんだが。勿論現在は後者である。
「今日はあなたにもいいお話しを持ってきたんですよ。有栖川財閥が近々製薬方面にも力を入れ始めると聞きましてね」
「命乞いでもしにきたのかしら、それとも宣戦布告にきたのかしら。後者だったらいいわね、マネー戦争といきましょう? 昔は私と張り合う会社もたくさんあったのだけど今や静かなものなのよ! えぇ楽しそうだわ、開戦の合図は何がいいかしら。あなたの家の隣に私の子会社を建てるっていうのはどう?」
わくわくしますな。そう息まきながら御曹司にまくしたてる。
御曹司はドン引きですという顔をしている。なんでや。
どんな相手が来たって私は推しのために負けないし、会社がまだ小さかった頃はピンチだった時もあるけど、一つ勝つたびに推しの生声を聴いてもいい、というクエストボーナスをつけたらいとも簡単に達成できた。皆、ログボとデイリーミッションは忘れずにやろうね。
「ちょ、お、お待ちください! そちらの話しがしたかったのではなくてですね! 我々はこれからやりたい事が一緒で、目的が一緒ですね、っというお話をしにきたんですよ!」
「目的?」
全推しを幸せにするという私の目的が一緒??まさか。
でも、転生しているのが私だけとは限らない。気持ち悪い第一印象に引っ張られていたが、もしや類友?? と崩していた姿勢を正した。
「あなたがぁ密に、援助している組織、それについてですよ」
ビンゴである。
「……あなたもそうなの」
「え? えぇ、私も思っていることは一緒かと思いましてねぇ」
「つまり、私達の目的は一致しているということね」
「そういうことになりますな」
「……今まで私、一人だと思っていたわ。まさか同士がいただなんて」
「そう!我 々は同士です!」
「貴方も同じことがしたい、そういうことでいいかしら……?」
「話が早くて助かりますなぁ。秘密裏に調べ上げましてね、あの組織には女性も多く所属しておりますから」
「あら、男性はやはり女子組に目がいくものなのね!」
「は? えと、普通そうなのではないですか??」
「私はどちらも好きよ、というより私は箱推しなの。あなたは単推し? 一門推し?」
これは自分の心が導き出すものだ。選択しようと思ってなるものじゃない。
箱推しになるも、単推しになるも自由。推しは自分が選ぶものじゃない、あちらからやってくるものだから。
「えと、少々話が噛み合っていないようですが、推し、とは」
「え、推しって私の地域だけの言葉だったのかしら。オタクの公用語だと思ってたわ!」
「お、おた……有栖川さん? 一体何のお話しを……?」
「え、何ってあなた」
こいつこそ何いってんだ。そう思って首をかしげた。
「鬼殺隊が大好きで、だから援助したいって話でしょ」
そういった時、天井でガタン! と大きな音がした。近所の猫か、子どもたちが遊びで入り込んだのだろうか。後で叱っておかないと。
だけど御曹司を見ればポカンとした顔から、いっきににまぁとした笑い顔になっている。正直気持ちが悪い。
「いやはや! 有栖川令嬢もお人が悪い! 正直に言ってくださってかまわないのですよ! まぁ好きというのも意味合いとしては間違いではないかもしれませんが」
「分かりにくいわねぇ、貴方、もっと直接的にいって頂戴よ! 定規のように直線で話しなさい、今のあなたは分度器のようだわ」
これは失礼。そういいながら、膝を叩いて男は笑う。言い忘れていたが、宇髄さんが座った座布団はあの後すぐ家宝部屋に持って行った。火砲部屋には今までもらったり、推しが触れたりしたものが保存してある。また新しい品を手に入れてしまった。
「あの美男美女、そして異形を蹴散らす強さ。資金提供をしてそれを良いように使っているのでしょう ?私もそれに加えて頂きたい、という話じゃないですか」
「……は?」
「いやぁ一度みたことのあるあの桜色の髪の女隊士。乳房も立派で、ぜひともお近づきになりたいと思いましてなぁ。その他にも見目がいいものが揃って、そういった者共を従属させ、言うことをきかせるのはさぞかし楽しいでしょうなぁ!」
興奮したように、男はどんどん机の上に乗り出してきた。
でも、ちょっと待って。分からん。こいつ、何を言ってる? 桜色? 蜜璃ちゃんのことか? お?
「私も同じく資金援助を考えてましてね、同族の貴方に友人として紹介して頂きたいとおもいま」
御曹司野郎がそれ以上言葉をつむぐ前に、私は勢いよく立ち上がり、その頭に持っていた湯飲みを躊躇なく逆さにして中身をぶちまけた。思った通り男の口が止まる。
「それ以上しゃべるな」
自分でも驚くほど冷たい言葉が出た。男は口をパクパクと動かし、状況を理解したのかみるみる顔を真っ赤に染めて、両手で机をたたき立ち上がった。
「貴様! この俺に何を!」
「しゃべるな、っていったのが聞こえなかったのかしら、この偶蹄類」
お茶が滴る顔を震わせながら、男が迫りくる。再度容赦なくその横っ面を拳で殴った。ビンタだと思った? 推しを貶された私の魂がこの拳には宿ってる。パーなんかじゃ伝えきれない。
「訴える! 訴えてやるぞ! 俺の顔を殴るなど!」
「いいじゃないやりなさい!次 回会うときは法廷バトルね! 勿論私が勝つけれど、あなたは精々無駄な金を使って私に敗北するのよ! 私が法定で負けた事等一度としてないことを知らないのかしら」
「っな、何が気に食わない! お前と同じことをしたいといっただけだろう!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 私とあんたが一緒? 舐めるのもいい加減にしてよね!」
イラついたので余っていた勢いを裏拳にしてかえした。私、武闘派すぎないか? だけど、推しを馬鹿にされて黙ってはいられない。
「私の生きる理由は鬼殺隊の推したちを幸せにすること! 最後まで戦いぬき、勝利し、結婚して幸せな子どもに囲まれて、それであの子たちは寿命まで生きるのよ!」
「何を夢みたいなことをいって」
「夢じゃないわ、私が叶えるもの!」
今日で一番大きな声を出した。
皆が幸せになることは夢じゃない。夢物語みたいなこの理想は、私が必ずたどり着かせてみせるのだ。そのために金持ちになった。例えば推しを幸せにするのに必要なのが金ではなかったなら、私は金なんていらないのだ。
「金はそれに価値があるわけじゃないわ、何に使うかで価値が出る。私はそれを世界で一番意味のあるものにつぎ込んでいるし、そのために生きている! 私が金を稼ぐのは鬼殺隊のため、皆の幸せな未来を創るためだもの!」
男はわたわたと何か私を罵る言葉を述べているが、吃音オタクのようになって全く伝わってこない。こいつは潰すと決めたので、脳内で買収ルートを選別しはじめる。でもそういながら、頭の片隅では自分の言葉が反響していた。
推しの幸せとは、なんなのか。
私は推しを生かすこと、死亡フラグを回収することで、皆で最終決戦に挑むつもりでいた。だけど、それはイコールつまり幸せになるのだろうか。生き残った先には何が残ってるんだろうか。物語を歪ませているわけだけど、もっと辛い死に方になる子が出てくるんじゃないのか。
そんなオタク哲学を考えていたら、気づかないうちに御曹司がすぐ目の前に迫っていて、腫れた頬はそのままに拳を振りかざしていた。私は金はあるが身体はか弱いただの女子なので、殴られたら歯の一、二本は飛んでしまうかもしれない。なんで札束五枚でシールドとかになってくれないんだろうか。そうすれば札束の扇子を作って自衛するのに。そうコンマ何秒かで思いつつ、目をギュっとつぶった。あれ、こういうとき歯をくいしばったほうがいいんだっけ、だめなんだっけ。だけど、私の頬のその衝撃は訪れなくて、あれって思って目を開ける。そこには目前いっぱいに広がる黒い背中。
「……う、音、柱?」
宇髄さん。そういいそうになった言葉をギリギリでひっこめた。
先ほどの着流しとは違う、見慣れた九巻表紙。隊服に身を包んだ宇髄天元さんが男の拳を受け止めている。
「女に手をあげるたぁよそ見はできねぇな」
イケメンはこれだから違う。
夢女子なら失神しているだろうシチュエーションだ。夢女子じゃなくてよかった。そう思いつつ、しかしこの広い背中はしっかりと記憶に残しておく。え、というか、なぜ宇髄さんがここに?
「っな、お前誰だ」
「おーおー吠えるねぇ、俺こそがお前が従属させたい奴らの一人だが? 俺でよけりゃあもっとお話しするかぁ?」
「っヒ!」
ミシミシと人体からなってはいけない音が聞こえてくる。これは男の拳が圧迫されている音なのだろうか。男も命の危機を感じたようで、振り払うように拳を引っ込めた。
「きょ、今日の所は帰らせて頂く! このことについてしかるべき手段はとらせて頂くがな!」
「お前、帰れない体にしてやっても」
「そしたら死体は私が処理してあげるわ。金の力でもみ消してあげましょう」」
「しょ、しょ詳細は後日書面にて遅らせて頂く!」
これは来ないパターンですね。まぁ私からふっかけてやるけど。そう思いつつ、男はドアを壊さん勢いで飛び出ていった。その扉のすぐ近くの天井が、ぶち破られたように穴があいて、屑がパラパラと落ちてきている。いや、普通に困るけどこれ何。
「すまねぇな、穴開けちまった」
でも派手な登場だっただろ? と宇随さんは笑う。その笑顔プライスレス。
だけど私はついさっきまで射殺さんばかりの目を向けられていたはずで。
「えと、助けて頂いて、ありがとう? だけどあなた、なぜここに、というか、天井……」
宇髄さんは気まずそうに目を逸らす。
あれ、確か天井に何かしなきゃいけないって、さっき思ったような気がするけど。
「あ~、えと、俺もどっから話すべきかとは思うんだが」
「え、えぇ」
あまりの展開に頭が回っていない。さっき哲学も考えてしまったし、今日は推しにも嫌われムーブをしてしまって疲れているのだろう。早く休めてあげたい。いや、目の前に癒しの塊、推しがいるならそれを目にすればいいだろう。ナイスアイディア! そう思って宇髄さんを見れば、なんともいえない複雑な表情をしていた。
「……お前、派手に分かりづれぇ」
「はい?」
「さっきと百八十度違う人間じゃねぇか。本当に同じ人間か? 二重人格とかじゃねえよな??」
「いや、ちょっとお話しが見えないんだけど」
「お前の存在が分からん」
「突然の存在否定!」
のり突っ込みみたいなのをかましてしまった。でも宇髄さんは顎に手をあてて本当に不思議そうに頭を傾げている。視界にもう一度砂がパラパラと振ってきて釣られて天井を見た。天井、そういえば男と話している途中、子どもが猫が天井に……。
「ちょっと待って! あなた、天井から降ってきたってこと⁈」
「派手だっただろ?」
「派手とかじゃないくて、いつから!」
「お?」
「いつから入ってたの!」
「……」
「黙らないで頂戴!」
嘘だといってよバーニィ。
最初から聞かれていたとしたら、私のこれまでの我儘令嬢っぷりは一体どうなるというのか。ばれてはいけない最大の秘密なのに、私は高らかにいらんことまでぶちまけていた気がする。いや、まだ早い。途中からかもしれないし、まだ分からない。というか鬼殺隊の人々いつも聞き耳立てすぎではないだろうか。
「あなたたち鬼殺隊は盗聴ばかりして! まとめて訴えるわ!どこから聞いてたのかは知らないけれど、今見聞きしたことは全て忘れなさい!」
「そいつは無理ってもんだぜ、ありす」
「突然の愛称! 心臓に悪!」
「お前が好きなメンツに俺も入ってるのかねぇ」
「お黙りになって! あ、あなたのことじゃないから!」
「そいつは悲しい」
まるで思ってもない顔に、私は宇髄さんの腕を掴んでぱしぱし叩く。筋肉が盛り上がりすぎてて、むしろ叩いている私の方が痛いくらいだ。記憶をなくさせるには殴るのがオーソドックスだけど、宇髄さんを気絶させるのは無理ゲーすぎる。今こそメン・イン・ブラックのピカと光る奴が必要だ。今度開発しよう。
どうしようどうしようと慌てる所に、入口から騒がしい声が聞こえてきた。更にパニックの予感である。
「あー! おにいちゃんまだいた!」
「またありすのこと独り占めしてる! おやつの時間は、ほんとはありすがお話しきいてくれる時間なのよ!」
私の可愛い天使たち(推しとは別)の来襲。
しかも宇髄さんといつの間にか面識があるのか、その腕や足に纏わりつきだした
「お前らまたか!」
迷惑そうにしているが、どこか楽しそうだ。原作でも炭治郎君たちを可愛がっていたし、実は子どもが好きなのかもしれない。そう思った時に、子どもと推し、という天使×天使の絵面に気づき、私はやや距離をとって宗教画のように崇めたい光景を見つめた。
「やめろー!」と言いながらくすぐられて楽しそうな子どもたち。楽しそうに三、四人いっぺんに相手をする宇髄さん。これは、いつか見たい光景の一つで、さっき私が「幸せ」だと口にした夢の一つだ。
「子ども、嫌いじゃないのね」
「あ?あぁ、ガキはいいぜぇ、俺も10人は欲しい」
「十人⁈」
「神だからな。神は子だくさんの方が派手だ」
そうだったこの人は神様だった。まぁでもお嫁さん三人もいるから可能かもしれない。
そのためにはこの人を生かさなくちゃいけないし、それに、今子ども抱いているその片腕は、遊郭編で吹き飛んでしまうのだ。守りたい、その片腕。やっぱり行かせるべきじゃない、そう思った頭に楽しそうに柱稽古に来た四人の姿が思い浮かんだ。
勇ましく、しっかりしているまきをさん。まさに姉さんの雛鶴さん。最後にあわてんぼうで可愛い須磨さん。かわいいお嫁さん三人連れて、子ども成長を見守るように炭治郎くんたちを稽古していた。そして、遊郭編後、バラバラになった四人が再び集まって、お嫁さんたちは泣きながら宇髄さんを抱きしめていた。色んな姿が思い浮かぶ。
「……私、宇髄さんならこの先ももっともっとたくさんの人を救って、たくさんの鬼を倒すと思うわ」
「あ?そりゃあ俺はつぇぇからな」
「強い人は弱い人を守るべきと炎柱のお母様も言ってたわ。だけど、強い人も安息の地で幸せになるべきって、そうも思うの」
「お?おお」
ずっと、この人が最終決戦までいてくれればどれだけ心強いことだろうと思っていた。そうなってほしいと願って、遊郭に行かせないようにしていた。
宇随さんがいれば、しのぶさんや玄弥はあんなことにならなかったかもしれないし、色んなことがもっと避けられたかもしれない。だけど、そこで命を落としたら? 無限城で多くの隊士が命を落として、遊郭編で腕一本、片目で済んだものが、無限城まで来たら命が刈り取られてしまうかもしれない。そう思ったら、私のこの行動は一体なんのための、誰のためなのか分からなくなった。そんなたられば話をしても意味がない。でもこの人には、誰よりも先に幸せな生活が確約されていたハズなのだ。
だから私はあふれ出そうな涙を飲んだ。
「さっき話、やっぱり承諾します!」
「さっき? は⁈ なんで急に」
「他を救わせるために、あなたの幸せを先延ばしにするのは、私のエゴで、誰のことも救ってないって気づいたので……」
「派手に話がみえねぇ」
「いいのよ! つまりはね!でも幸せならオッケーです! ってことよ!」
本当にこれが全て。推しが幸せならオールオッケーなのだ。
幸せになってほしい。どんな形であっても。皆を救わせるために宇髄さんに最終決戦まで残ってもらいたいといのは、それは宇髄さんの幸せをないがしろにしている。そう、私は気づくことができたのだ。
「ちなみにお前への印象が180度変わっちまったから、責任とって一回俺んちきてくんねぇかな」
「い意味が分からないし、さっきは言わなかったけどあれはあなたが天井にいるって知って一芝居うっただけよ。騙されちゃって単純ねぇ」
「いや、嫁三人にお前を加えた状態をみてみてぇ」
「……単純になぜ??」
「そりゃお前が派手に熱い告白してくるからじゃねぇか、四人のバランスってのも大事だろ」
「告白してないから!! 名誉棄損で訴えます!」
いっぱいモブが出てくる。