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「杏寿郎は重傷ではあるけど、意識も戻ってしばらくしたら無事任務にも復帰できるようだから安心していいよ」
そう言って笑ったお館様こと産屋敷耀哉に、音柱・宇髄天元は心の中で安堵の息を吐いた。頸を斬る所まで行けなかったものの、上弦の鬼との遭遇、そして戦闘。それだけでも価値があり、更に現場の隊士に死亡者はゼロ。炎柱の煉獄が大怪我を負ったと鴉から連絡はきていたが、それも理由を聞けば納得できた。
「現場に居合わせた炭治郎、伊之助、善逸は皆大小怪我はしてるけどもう復帰、救援でいったカナエと錆兎も軽傷、そして」
穏やかな耀哉の口から、宇髄が効きたくない名が呟かれる。
「有栖も軽傷で、杏寿郎は護衛の務めをキッチリ果たしたみたいだね」
有栖。
宇髄の脳内に、時たまに目にする麻色髪の女が浮かんだ。
一対一でしゃべったことはなく、思い出せる記憶としては高飛車で傲慢な姿。やれ私につくせ、やれ私を守れ。私が私がと煩い女で、前回の柱合会議でも不死川と一悶着を起こし、その後の会議本筋でも色々と喚き散らしうるさかったと記憶している。
敬愛する耀哉が認めているから誰も何もいわないが、皆がその理由を知りたがっている。
「煉獄はあの女を守って怪我をした、ということか」
誰に向けたわけではないが、ボソとそれを口にすれば耀哉がクスクスと笑った。
「間違いではないけど、天元が考えているのとはまた違うと思うよ」
耀哉のどこか曖昧な言葉は今に始まったことではない。しかし、煉獄は死闘を共に潜り抜けた戦友であり、その力量も認めている。そんな相手が、あの少女ごときのために負傷したというのが宇髄には許せなかった。勿論、その怒りは少女の方へだ。
「お館様には悪いですが、なぜあの女に鬼殺隊でデカイ顔させてるのか、納得してない奴の方が多いですが」
「彼女は特殊だからね、そう思っても無理はないさ」
「特殊っていったって……」
そこそこ真剣に言いつつも、耀哉は取り合うつもりはないのか穏やかな笑みを浮かべたまま書物をいじる。それにやきもちしつつも、耀哉が詳細を述べるつもりがないことはもうわかっているので、宇髄もそれ以上を言うのは諦めた。
現在有栖川について知っていることといえば
かの巨大財閥有栖川財閥の令嬢であり、その財を鬼殺隊に援助してくれているということ。そして、その援助の代わりに鬼殺隊に護衛を頼んだり、方針に口出ししたりする、ということだ。その他大小噂はあるものの、どれもいいものではない。
「天元も彼女をもっと知れば、本当の姿が分かるはずさ。彼女の資金力もそれはそれで事実だけれど」
事実、彼女が支援者になって以来うちもだいぶ楽になった、それは天元も感じているだろう? そう優しく微笑まれては宇髄も反論を濁してしまう。しかし事実、支援がはじまってから隊全体の物資の量・質共に向上し、後輩育成や調査に時間をかけられるようになったのも事実である。
「生き方は派手だが俺が好きな派手さじゃあねぇな」
「でも、今天元がやりたい事には彼女の力を借りるのが一番なんじゃないかな」
「なんでそれを」
「勿論私も手伝わせてほしいけど、天元はそうはしたくないから、悩んでいるんだろう?」
全てを見透かすその発言に、宇髄はかないませんね、とぼやいた。これからやりたいと思っている事。それには自分だけの力ではやりきれない所がある。しかし結果が出るとも分からないソレに、無駄かもしれない労力をかけさせたくなかった。そしてその協力に申分ない能力を持っている人物にも、嫌ながらも目ぼしがついていた。
「今日は自分の屋敷にいると聞いてるよ」
にっこりと、その見えてない目で柔らかく目を細めながら、耀哉は微笑んだ。
宇髄はそれに脳内でため息をつきながら、重たい腰を持ち上げる。勿論ため息は自分自身にであり、耀哉に分かれの挨拶を述べながら屋敷を後にする。
向かう先はここから遠くない一つの町。
多くの藤が咲き乱れることで有名な町。
通称、有栖川町。
宇髄が嫌悪感を隠そうともしなかった少女、有栖川が住む町である。
いっぱいモブが出てくる。
一話→(novel/11783050)
前回④→(novel/11976251)