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カランコロンを音をさせながら、キレイに整備された道中を歩く。この下駄、あまりにもうるさい。
今日の目的は上弦の参との戦闘で大幅負傷した煉獄さんのお見舞いだ。も蝶屋敷を出て自宅療養中らしく、彼のお願いだけ叶えていなかったことを思い出し、見舞いも兼ねて行く事にした。
それに、第一の死亡フラグを折ったけれどここから先は未知の世界。フラグを折ったキャラ達だって、より注意深く見ていかないと。そう思ってのことでもある。
ちなみに炭治郎くんは妹さんへの着物をやや無理やり送った。善逸くんにはいつか令嬢を紹介する約束(死ぬかもしれない人には紹介できない、といったら死ぬ気で生き残るからいつか頼むと土下座された)。錆兎さんには例の事件を門外不出にする約束をしてあげて、カナエさんは今度一緒にお茶をしてくれればいいそうだ。皆が欲がなさ過ぎて心配になったので、各お家に並んでも買えないと噂の有栖川製菓の新作饅頭を送っておいた。おいしく食べてね。
そして煉獄さんは「無傷で守ることができなかった! 俺が詫びをする必要があるくらいだ」といって何も希望してくれなかった。さすが鬼滅の刃一の聖人君主である。あやうく惚れかけたが私は夢女子ではなく箱推しなので大丈夫。夢女子だったらイチコロだっただろう、煉獄杏寿郎、恐ろしい(程イケメンで性格も素晴らしく、まさしく男の中の男といっていいが程よくさ爽やかで近年まれにみるいい)男である。
「あれ、有栖川さん!」
かけられた声に振り向けば、可愛い可愛い炭治郎くんがいた。背中にはお決まりの木箱、その顔は晴れやかで、怪我はしているものの元気そうだ。
「あらご機嫌用、竈門兄」
「おはようございます! 今日はどちらへ?」
「炎柱の家よ。彼だけ褒美を希望しなかったのだけど、私の沽券にかかわるから彼の弟にでも聞こうかと思って」
「あぁ! でもあれは、煉獄さんもおっしゃってましたけど、有栖川さんのおかげで錆兎たちも来てくれて」
「私が与えるって言ってるんだから黙って貰ったらいいのよ! 持ってる者こそ与えなくてはね」
「有栖川さん……」
どこか生易しい視線を炭治郎くんから感じるが、それは無視することにする。「一緒に行きましょう!」という大変可愛らしいお誘いを無碍にすることもできず、仕方がないわね~護衛させてあげるわ、とほざきながら一緒に行くことにした。
一生懸命「あの時あぁで、こうで、これがすごくて」と全くもって伝わってこない話をしだす。生でこれが聞けるとは思ってなかった、ありがとう、神よ。生意気お嬢様設定も捨てて炭治郎くんの話に相槌をうつ。よく見る悪役令嬢だと自分の話ばっかりしたがりそうなものだけど、残念ながら私の日常におもしろい話などない。毎日推しのことを考えて目覚め、推しのことを考えて仕事をし、推しのことを考えながら眠る。この繰り返しだ。
そうして珍しくにこやかに歩いていれば、あぁお金持ちの屋敷ですねといった門に、その前で掃除をする少年が目に入る。知っている、知っているぞあの子は。
「せ、千寿郎くん、ですか」
先に炭治郎くんが声をかけると、下がり眉だが、漫画のように悲しみにくれた顔ではない、生気に満ちた表情の彼。煉獄さんの弟、煉獄千寿郎くんが立っていた。
「僕が千寿郎ですが、あの、あなたは?」
「鬼殺隊の竈門炭治郎といいます、今日は聞きたいことがあって」
炭治郎くんと千寿郎くんがお話しをしている。。
礼儀正しい二人がおしゃべりする姿はとても可愛らしくて、デュフフという笑い声を抑えるのに必死だ。。煉獄家にお邪魔するのは勿論始めてて、隊士ではないから千寿郎くんに会うのも勿論初めてである。かわいい、本当にかわいい。前世の頃からかわいいとは思っていたが、本当にかわいい。漢字の可愛い、じゃなくてひらがなでかわいいって感じだ。あれ、私今かわいいって何回いった?
「うしろの方は…」
「あぁ! すみません有栖川さん! 千寿郎くん、こちらの方は有栖川さんで、この前の戦いで俺たちを助けてくださって、鬼殺隊にも援助をしてくれてる方で」
「あぁ! いつもうちに有栖川製品を送ってくださる!」
「有栖川さんそんな事までしてくださってるんですか……!」
「馬鹿正直に有難がってるんじゃないわよ、賄賂みたいなもんよ! 汚職よ!」
勢いでいっちゃったけど汚職はちょっと違うだろう、私。二人もわけわかんねぇって顔でポカンとしてる。でも可愛いからオッケーです!
「もうなんでもいいから入れてくれる? いつまで客人を立たせておくつもりかしら」
「す、すみません!」
わたわたと千寿郎くんが箒を手に中へと導いてくれる。蜜璃ちゃんもそうなんだけど、いい子程、傲慢に振舞うのは心が痛むものだ。蜜璃ちゃんや良い子を相手にするとなかなか我儘擬態が難しくて色々しくじってしまうので、できれば二人っきりでは会いたくない。蜜璃ちゃんとの話は長くなるのでまた今度に割愛する。
「そういえば、俺たちはお兄さんに会いに来たんだけど、もしかしてご不在かな」
「そうですよね! 兄は出てますがすぐに戻ってきますので」
あ~かわいいとかわいいが揃うとよりかわいい~! って前も思った気がする。いつだったかな。列車の中だったかな。まぁ無限列車は今や「特急伊之助号」と「有栖川電鉄」に名前を変えて走り続けてるから心配しないでほしい。
そうして玄関を跨ごうとした所で、どこか既視感のある人が歩いてきた。
「なんだそいつらは、また煉獄の知り合いか!」
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カランコロンを音をさせながら、キレイに整備された道中を歩く。この下駄、あまりにもうるさい。
今日の目的は上弦の参との戦闘で大幅負傷した煉獄さんのお見舞いだ。も蝶屋敷を出て自宅療養中らしく、彼のお願いだけ叶えていなかったことを思い出し、見舞いも兼ねて行く事にした。
それに、第一の死亡フラグを折ったけれどここから先は未知の世界。フラグを折ったキャラ達だって、より注意深く見ていかないと。そう思ってのことでもある。
ちなみに炭治郎くんは妹さんへの着物をやや無理やり送った。善逸くんにはいつか令嬢を紹介する約束(死ぬかもしれない人には紹介できない、といったら死ぬ気で生き残るからいつか頼むと土下座された)。錆兎さんには例の事件を門外不出にする約束をしてあげて、カナエさんは今度一緒にお茶をしてくれればいいそうだ。皆が欲がなさ過ぎて心配になったので、各お家に並んでも買えないと噂の有栖川製菓の新作饅頭を送っておいた。おいしく食べてね。
そして煉獄さんは「無傷で守ることができなかった! 俺が詫びをする必要があるくらいだ」といって何も希望してくれなかった。さすが鬼滅の刃一の聖人君主である。あやうく惚れかけたが私は夢女子ではなく箱推しなので大丈夫。夢女子だったらイチコロだっただろう、煉獄杏寿郎、恐ろしい(程イケメンで性格も素晴らしく、まさしく男の中の男といっていいが程よくさ爽やかで近年まれにみるいい)男である。
「あれ、有栖川さん!」
かけられた声に振り向けば、可愛い可愛い炭治郎くんがいた。背中にはお決まりの木箱、その顔は晴れやかで、怪我はしているものの元気そうだ。
「あらご機嫌用、竈門兄」
「おはようございます! 今日はどちらへ?」
「炎柱の家よ。彼だけ褒美を希望しなかったのだけど、私の沽券にかかわるから彼の弟にでも聞こうかと思って」
「あぁ! でもあれは、煉獄さんもおっしゃってましたけど、有栖川さんのおかげで錆兎たちも来てくれて」
「私が与えるって言ってるんだから黙って貰ったらいいのよ! 持ってる者こそ与えなくてはね」
「有栖川さん……」
どこか生易しい視線を炭治郎くんから感じるが、それは無視することにする。「一緒に行きましょう!」という大変可愛らしいお誘いを無碍にすることもできず、仕方がないわね~護衛させてあげるわ、とほざきながら一緒に行くことにした。
一生懸命「あの時あぁで、こうで、これがすごくて」と全くもって伝わってこない話をしだす。生でこれが聞けるとは思ってなかった、ありがとう、神よ。生意気お嬢様設定も捨てて炭治郎くんの話に相槌をうつ。よく見る悪役令嬢だと自分の話ばっかりしたがりそうなものだけど、残念ながら私の日常におもしろい話などない。毎日推しのことを考えて目覚め、推しのことを考えて仕事をし、推しのことを考えながら眠る。この繰り返しだ。
そうして珍しくにこやかに歩いていれば、あぁお金持ちの屋敷ですねといった門に、その前で掃除をする少年が目に入る。知っている、知っているぞあの子は。
「せ、千寿郎くん、ですか」
先に炭治郎くんが声をかけると、下がり眉だが、漫画のように悲しみにくれた顔ではない、生気に満ちた表情の彼。煉獄さんの弟、煉獄千寿郎くんが立っていた。
「僕が千寿郎ですが、あの、あなたは?」
「鬼殺隊の竈門炭治郎といいます、今日は聞きたいことがあって」
炭治郎くんと千寿郎くんがお話しをしている。。
礼儀正しい二人がおしゃべりする姿はとても可愛らしくて、デュフフという笑い声を抑えるのに必死だ。。煉獄家にお邪魔するのは勿論始めてて、隊士ではないから千寿郎くんに会うのも勿論初めてである。かわいい、本当にかわいい。前世の頃からかわいいとは思っていたが、本当にかわいい。漢字の可愛い、じゃなくてひらがなでかわいいって感じだ。あれ、私今かわいいって何回いった?
「うしろの方は…」
「あぁ! すみません有栖川さん! 千寿郎くん、こちらの方は有栖川さんで、この前の戦いで俺たちを助けてくださって、鬼殺隊にも援助をしてくれてる方で」
「あぁ! いつもうちに有栖川製品を送ってくださる!」
「有栖川さんそんな事までしてくださってるんですか……!」
「馬鹿正直に有難がってるんじゃないわよ、賄賂みたいなもんよ! 汚職よ!」
勢いでいっちゃったけど汚職はちょっと違うだろう、私。二人もわけわかんねぇって顔でポカンとしてる。でも可愛いからオッケーです!
「もうなんでもいいから入れてくれる? いつまで客人を立たせておくつもりかしら」
「す、すみません!」
わたわたと千寿郎くんが箒を手に中へと導いてくれる。蜜璃ちゃんもそうなんだけど、いい子程、傲慢に振舞うのは心が痛むものだ。蜜璃ちゃんや良い子を相手にするとなかなか我儘擬態が難しくて色々しくじってしまうので、できれば二人っきりでは会いたくない。蜜璃ちゃんとの話は長くなるのでまた今度に割愛する。
「そういえば、俺たちはお兄さんに会いに来たんだけど、もしかしてご不在かな」
「そうですよね! 兄は出てますがすぐに戻ってきますので」
あ~かわいいとかわいいが揃うとよりかわいい~! って前も思った気がする。いつだったかな。列車の中だったかな。まぁ無限列車は今や「特急伊之助号」と「有栖川電鉄」に名前を変えて走り続けてるから心配しないでほしい。
そうして玄関を跨ごうとした所で、どこか既視感のある人が歩いてきた。
「なんだそいつらは、また煉獄の知り合いか!」
「ち、父上っ」
この既視感しかない顔。怒鳴り声。百%の力を感じる遺伝子。そう、この人は絶対煉獄槇寿郎さんだ。煉獄さんとも、千寿郎くんとも違う吊り上がった眉が特徴的で、はいお父さんですね確実に、という遺伝子の強さだ。というか、原作呼んでる頃は悲しみで余裕がなかったけど、改めて肉眼で見ると、私は推しの過去として千寿郎くん、未来として槇寿郎さんを見れているのではないだろうか? ここに煉獄さんがいれば、推しの過去・現在・未来が揃うことになる。え、そんなことあり得る? というか原作ではどう転んでも煉獄さんの未来は見えないわけで、この煉獄家の二人は残された家族なわけで、最後の遺言を聞いて槇寿郎さんも持ち直すわけで、そんな色々を思い出して涙腺がるい緩んできてしまう。あぁ、尊死…。
「え!?有栖川さんどうしました!?」
「有栖川さん⁈ えと、父はあの通り強面ではありますが、決して悪人では」
「今私にかまわないで頂戴……」
顔面を片手で抑えつつ、タンマするように手を前に突き出した。推しが尊いってこういうことだ。
前世の私なら槇寿郎さんのような人は確かに怖かっただろう。槇寿郎さんが現役の頃にはあったことがなかったし、声がでかくて怖い人だ。でも、今やそんなことは関係ない。推しと同じ遺伝子が流れ、推しの行く末であるこの人。それは、つまり彼は推しである(?)。そう思ったら失礼な態度はいけない。気を取り直してきちんと槇寿郎さんに体を向き直す。
「私は有栖川。貴方も名前くらいは聞いたことあるでしょう? あなたが在籍していたころから、我が財閥は鬼殺隊に援助をしていたハズだわ」
「父上、有栖川さんと炭治郎さんは兄上の見舞いに来てくださったんですよ」
「見舞いなど結構だ! あのような怪我をして上弦と戦ったそうだが、結局倒せなかったそうではないか!」
初対面の人にここまで激高しちゃうってこの人どうなっちゃってんだろーって思わなくもないけど、全てを知っている私はまだ落ち着いていられるぞ。隣の少年は全くもってそうじゃないけど。
「私の自己紹介を無視して何なのかしらこの人! それに、彼がいなかったら私は死んでいたでしょうね。それは経済の損失だわ。日本が貿易赤字になってもおかしくないわよ。つまり、彼は私という人間を救ったことで、日本の危機を救ったといっても違いないわ」
「結局駆けつけた他の隊員二人の力も借りてあのザマだ! 柱になったとて結局は意味がない! 何をどう極めようと、全て派生にすぎないのだ!」
あー! お客様! 困りますお客様! そんなに激高されると、隣の青少年もつられて激高してしまいますお客様ー!
と心の中で叫ぶけれど、別に止めることもできず、炭治郎くんが槇寿郎さんに突っかかっていくのを眺めるだけになる。正直この二人の殴り合いは必要なイベントだと思う。無限列車生還の興奮でド忘れしていたけれど、槇寿郎さんもこのままでいてもらっては困るのだ。
「何の成果も得られずしかしあんな怪我をして、無駄もいいところだ!」
「父上!」
「煩い!」
縋った千寿郎くんを吹き飛ばすようにして振り払う。その行為に炭治郎くんの堪忍袋がプッツンしたようで、原作のようにうぉおおと槇寿郎さんに殴り込みに言った。千寿郎くんの「父は元柱です!」という叫び声と一緒に、炭治郎くんも吹っ飛ばされる。お互い治療が必要な程の怪我はしないと分かりつつも、推しの争いは見ていて辛い。
「煉獄さんはすごい人だ! あの人がいたから俺も、有栖川さんも皆助かった! 俺はあの人から大切なことを教わったんだ!」
心を燃やせ。
煉獄さんの言葉が頭に浮かぶ。今回煉獄さんは死ななかったから遺言イベントはなかったと思っていたけれど、あの後大怪我を負っていた煉獄さんは万が一を思って炭治郎くんに遺言を残していたらしい。それを伝える必要はなくなったけれど、内容を知っている今、思い出すだけで涙があふれ出そうになる。劇場版、期待して待ってます。見れないけれど。
「煉獄さんの思いも知らないで、あなたはこんな所で何をしてるんだ!」
ぐう正論。
そう思ったところで、炭治郎くんのバック頭突きがキレイにヒットした。さねみんに鼻血を吹かせる程の頭突き、きっと私がくらったら気絶では済まないだろう。と思ったが、無限列車で私も前科があるので、デコ同士だったらわんちゃんあるかもしれない。いや、ないな。
「ち、父上ー!」
後ろに倒れるように、槇寿郎さんの体が地面へと落ちていく。
まさに血の気が引いた、といった様子の炭治郎くんの肩に、私はそっと手を置いた。
「あ、有栖川さん……」
「安心なさい、裁判になっても私がいい弁護士を紹介してあげる。有栖川財閥最強法務部は無敵よ。有り余る金で示談に持ち込んであげるけど、前科は覚悟した方がいいかもしれないわね」
「有栖川さん⁈」
と冗談をかましつつ、三人で槇寿郎さんを運ぶことになった。
安心したまえ、鬼殺隊の面々が訴えられた時はいくら支払ってでもそれをチャラにしてあげるから。実際、哀れにも警察に捕った隊員を何度も保釈金払って解放したこともある。多分一番高かったのはさねみんだと思うけど、彼には秘密である。多分怒るから。
「よもや! これはどういった状況だ⁈」
聞きなれた推しの声がして、私は心の中で満面の笑みを浮かべた。前へ2 / 4 ページ次へ
カランコロンを音をさせながら、キレイに整備された道中を歩く。この下駄、あまりにもうるさい。
今日の目的は上弦の参との戦闘で大幅負傷した煉獄さんのお見舞いだ。も蝶屋敷を出て自宅療養中らしく、彼のお願いだけ叶えていなかったことを思い出し、見舞いも兼ねて行く事にした。
それに、第一の死亡フラグを折ったけれどここから先は未知の世界。フラグを折ったキャラ達だって、より注意深く見ていかないと。そう思ってのことでもある。
ちなみに炭治郎くんは妹さんへの着物をやや無理やり送った。善逸くんにはいつか令嬢を紹介する約束(死ぬかもしれない人には紹介できない、といったら死ぬ気で生き残るからいつか頼むと土下座された)。錆兎さんには例の事件を門外不出にする約束をしてあげて、カナエさんは今度一緒にお茶をしてくれればいいそうだ。皆が欲がなさ過ぎて心配になったので、各お家に並んでも買えないと噂の有栖川製菓の新作饅頭を送っておいた。おいしく食べてね。
そして煉獄さんは「無傷で守ることができなかった! 俺が詫びをする必要があるくらいだ」といって何も希望してくれなかった。さすが鬼滅の刃一の聖人君主である。あやうく惚れかけたが私は夢女子ではなく箱推しなので大丈夫。夢女子だったらイチコロだっただろう、煉獄杏寿郎、恐ろしい(程イケメンで性格も素晴らしく、まさしく男の中の男といっていいが程よくさ爽やかで近年まれにみるいい)男である。
「あれ、有栖川さん!」
かけられた声に振り向けば、可愛い可愛い炭治郎くんがいた。背中にはお決まりの木箱、その顔は晴れやかで、怪我はしているものの元気そうだ。
「あらご機嫌用、竈門兄」
「おはようございます! 今日はどちらへ?」
「炎柱の家よ。彼だけ褒美を希望しなかったのだけど、私の沽券にかかわるから彼の弟にでも聞こうかと思って」
「あぁ! でもあれは、煉獄さんもおっしゃってましたけど、有栖川さんのおかげで錆兎たちも来てくれて」
「私が与えるって言ってるんだから黙って貰ったらいいのよ! 持ってる者こそ与えなくてはね」
「有栖川さん……」
どこか生易しい視線を炭治郎くんから感じるが、それは無視することにする。「一緒に行きましょう!」という大変可愛らしいお誘いを無碍にすることもできず、仕方がないわね~護衛させてあげるわ、とほざきながら一緒に行くことにした。
一生懸命「あの時あぁで、こうで、これがすごくて」と全くもって伝わってこない話をしだす。生でこれが聞けるとは思ってなかった、ありがとう、神よ。生意気お嬢様設定も捨てて炭治郎くんの話に相槌をうつ。よく見る悪役令嬢だと自分の話ばっかりしたがりそうなものだけど、残念ながら私の日常におもしろい話などない。毎日推しのことを考えて目覚め、推しのことを考えて仕事をし、推しのことを考えながら眠る。この繰り返しだ。
そうして珍しくにこやかに歩いていれば、あぁお金持ちの屋敷ですねといった門に、その前で掃除をする少年が目に入る。知っている、知っているぞあの子は。
「せ、千寿郎くん、ですか」
先に炭治郎くんが声をかけると、下がり眉だが、漫画のように悲しみにくれた顔ではない、生気に満ちた表情の彼。煉獄さんの弟、煉獄千寿郎くんが立っていた。
「僕が千寿郎ですが、あの、あなたは?」
「鬼殺隊の竈門炭治郎といいます、今日は聞きたいことがあって」
炭治郎くんと千寿郎くんがお話しをしている。。
礼儀正しい二人がおしゃべりする姿はとても可愛らしくて、デュフフという笑い声を抑えるのに必死だ。。煉獄家にお邪魔するのは勿論始めてて、隊士ではないから千寿郎くんに会うのも勿論初めてである。かわいい、本当にかわいい。前世の頃からかわいいとは思っていたが、本当にかわいい。漢字の可愛い、じゃなくてひらがなでかわいいって感じだ。あれ、私今かわいいって何回いった?
「うしろの方は…」
「あぁ! すみません有栖川さん! 千寿郎くん、こちらの方は有栖川さんで、この前の戦いで俺たちを助けてくださって、鬼殺隊にも援助をしてくれてる方で」
「あぁ! いつもうちに有栖川製品を送ってくださる!」
「有栖川さんそんな事までしてくださってるんですか……!」
「馬鹿正直に有難がってるんじゃないわよ、賄賂みたいなもんよ! 汚職よ!」
勢いでいっちゃったけど汚職はちょっと違うだろう、私。二人もわけわかんねぇって顔でポカンとしてる。でも可愛いからオッケーです!
「もうなんでもいいから入れてくれる? いつまで客人を立たせておくつもりかしら」
「す、すみません!」
わたわたと千寿郎くんが箒を手に中へと導いてくれる。蜜璃ちゃんもそうなんだけど、いい子程、傲慢に振舞うのは心が痛むものだ。蜜璃ちゃんや良い子を相手にするとなかなか我儘擬態が難しくて色々しくじってしまうので、できれば二人っきりでは会いたくない。蜜璃ちゃんとの話は長くなるのでまた今度に割愛する。
「そういえば、俺たちはお兄さんに会いに来たんだけど、もしかしてご不在かな」
「そうですよね! 兄は出てますがすぐに戻ってきますので」
あ~かわいいとかわいいが揃うとよりかわいい~! って前も思った気がする。いつだったかな。列車の中だったかな。まぁ無限列車は今や「特急伊之助号」と「有栖川電鉄」に名前を変えて走り続けてるから心配しないでほしい。
そうして玄関を跨ごうとした所で、どこか既視感のある人が歩いてきた。
「なんだそいつらは、また煉獄の知り合いか!」
「ち、父上っ」
この既視感しかない顔。怒鳴り声。百%の力を感じる遺伝子。そう、この人は絶対煉獄槇寿郎さんだ。煉獄さんとも、千寿郎くんとも違う吊り上がった眉が特徴的で、はいお父さんですね確実に、という遺伝子の強さだ。というか、原作呼んでる頃は悲しみで余裕がなかったけど、改めて肉眼で見ると、私は推しの過去として千寿郎くん、未来として槇寿郎さんを見れているのではないだろうか? ここに煉獄さんがいれば、推しの過去・現在・未来が揃うことになる。え、そんなことあり得る? というか原作ではどう転んでも煉獄さんの未来は見えないわけで、この煉獄家の二人は残された家族なわけで、最後の遺言を聞いて槇寿郎さんも持ち直すわけで、そんな色々を思い出して涙腺がるい緩んできてしまう。あぁ、尊死…。
「え!?有栖川さんどうしました!?」
「有栖川さん⁈ えと、父はあの通り強面ではありますが、決して悪人では」
「今私にかまわないで頂戴……」
顔面を片手で抑えつつ、タンマするように手を前に突き出した。推しが尊いってこういうことだ。
前世の私なら槇寿郎さんのような人は確かに怖かっただろう。槇寿郎さんが現役の頃にはあったことがなかったし、声がでかくて怖い人だ。でも、今やそんなことは関係ない。推しと同じ遺伝子が流れ、推しの行く末であるこの人。それは、つまり彼は推しである(?)。そう思ったら失礼な態度はいけない。気を取り直してきちんと槇寿郎さんに体を向き直す。
「私は有栖川。貴方も名前くらいは聞いたことあるでしょう? あなたが在籍していたころから、我が財閥は鬼殺隊に援助をしていたハズだわ」
「父上、有栖川さんと炭治郎さんは兄上の見舞いに来てくださったんですよ」
「見舞いなど結構だ! あのような怪我をして上弦と戦ったそうだが、結局倒せなかったそうではないか!」
初対面の人にここまで激高しちゃうってこの人どうなっちゃってんだろーって思わなくもないけど、全てを知っている私はまだ落ち着いていられるぞ。隣の少年は全くもってそうじゃないけど。
「私の自己紹介を無視して何なのかしらこの人! それに、彼がいなかったら私は死んでいたでしょうね。それは経済の損失だわ。日本が貿易赤字になってもおかしくないわよ。つまり、彼は私という人間を救ったことで、日本の危機を救ったといっても違いないわ」
「結局駆けつけた他の隊員二人の力も借りてあのザマだ! 柱になったとて結局は意味がない! 何をどう極めようと、全て派生にすぎないのだ!」
あー! お客様! 困りますお客様! そんなに激高されると、隣の青少年もつられて激高してしまいますお客様ー!
と心の中で叫ぶけれど、別に止めることもできず、炭治郎くんが槇寿郎さんに突っかかっていくのを眺めるだけになる。正直この二人の殴り合いは必要なイベントだと思う。無限列車生還の興奮でド忘れしていたけれど、槇寿郎さんもこのままでいてもらっては困るのだ。
「何の成果も得られずしかしあんな怪我をして、無駄もいいところだ!」
「父上!」
「煩い!」
縋った千寿郎くんを吹き飛ばすようにして振り払う。その行為に炭治郎くんの堪忍袋がプッツンしたようで、原作のようにうぉおおと槇寿郎さんに殴り込みに言った。千寿郎くんの「父は元柱です!」という叫び声と一緒に、炭治郎くんも吹っ飛ばされる。お互い治療が必要な程の怪我はしないと分かりつつも、推しの争いは見ていて辛い。
「煉獄さんはすごい人だ! あの人がいたから俺も、有栖川さんも皆助かった! 俺はあの人から大切なことを教わったんだ!」
心を燃やせ。
煉獄さんの言葉が頭に浮かぶ。今回煉獄さんは死ななかったから遺言イベントはなかったと思っていたけれど、あの後大怪我を負っていた煉獄さんは万が一を思って炭治郎くんに遺言を残していたらしい。それを伝える必要はなくなったけれど、内容を知っている今、思い出すだけで涙があふれ出そうになる。劇場版、期待して待ってます。見れないけれど。
「煉獄さんの思いも知らないで、あなたはこんな所で何をしてるんだ!」
ぐう正論。
そう思ったところで、炭治郎くんのバック頭突きがキレイにヒットした。さねみんに鼻血を吹かせる程の頭突き、きっと私がくらったら気絶では済まないだろう。と思ったが、無限列車で私も前科があるので、デコ同士だったらわんちゃんあるかもしれない。いや、ないな。
「ち、父上ー!」
後ろに倒れるように、槇寿郎さんの体が地面へと落ちていく。
まさに血の気が引いた、といった様子の炭治郎くんの肩に、私はそっと手を置いた。
「あ、有栖川さん……」
「安心なさい、裁判になっても私がいい弁護士を紹介してあげる。有栖川財閥最強法務部は無敵よ。有り余る金で示談に持ち込んであげるけど、前科は覚悟した方がいいかもしれないわね」
「有栖川さん⁈」
と冗談をかましつつ、三人で槇寿郎さんを運ぶことになった。
安心したまえ、鬼殺隊の面々が訴えられた時はいくら支払ってでもそれをチャラにしてあげるから。実際、哀れにも警察に捕った隊員を何度も保釈金払って解放したこともある。多分一番高かったのはさねみんだと思うけど、彼には秘密である。多分怒るから。
「よもや! これはどういった状況だ⁈」
聞きなれた推しの声がして、私は心の中で満面の笑みを浮かべた。どんな気持ちの笑みかと言われれば、あ~推し! って感じだ。気持ち悪いね。
振り返れば、まだ負傷している様子の推し、煉獄杏寿郎さんがそこに立っていた。
父は玄関口で倒れ、弟は半泣き、後輩は顔面蒼白、面倒なお嬢様がなぜか家にいる。彼にとってまさにそう、現状を表す言葉は何かといえば
「カオスって感じかしらね」
そうしめて、私たちは室内に入ることになる。
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「そんなことがあったとは! 俺もその場に居合わせたかったものだ!」
よもやよもや、と笑いながら、煉獄さんは膝を叩く。隊服ではない、着流し姿はなかなか新鮮で、というより原作に出てこなかったから初見である。推しの新規絵、ありがとうございます! と知らない神に祈りながら、その姿を横目で見て脳内に焼き付ける。ガン見したら失礼だからね! 私のキャラ的にもおかしいし。私には設定にはこだわるタイプだから、演技派だし。
「貴方の父君、仮にも元柱でしょう? ちゃんと会ったことはなかったけれど、あんな人ではなかったと思うのだけど」
「……父は、ある日突然あぁなってしまってな。たくさんいた門下生も、父が教えることをしなくなって、そ当然いなくなってしまったて、あぁして昼間から酒を仰ぐようになってしまった」
悲し気な目線は無限列車での彼の夢を思い起こさせる。
柱になっても褒めてくれなかった父。そして最後、彼は母に褒めてもらって、あの笑顔でこの世を去っていく。きっと、ずっと褒められたかった、まだ二十歳やそこらのこの目の前の青年を見ると、やはり涙が出そうになる。
あれ、今日の私涙腺緩すぎない?
「父は偉大な人だ、今はあぁなってしまっているが、簡単に折れるような精神で柱にはなりえない! 俺は父の誠の心は、奥底でまだ生きていると信じている! そうだろう、千寿郎!」
「はい! 兄上!」
そっくりな兄弟がにっこりと笑いあって、こうしてこの二人はお互いを励ましあって生きてきたのだな、と察した。私には前世も今世も兄妹がいないから羨ましいものだ。そして、この現状だけじゃない、この尊い二人を作ったのも今は腐っている槇寿郎さんなのだから、やはり当然、彼も素晴らしい人だったのだ。
「煉獄さん、今日失礼ながらお伺いしたのは……」
「あぁ! そうだったな! 千寿郎、例のものを頼む」
「かしこまりました! 今お持ちしますね!」
「あ、俺も行きます!」
いぇいぇお待ちください、そんなわけには、なんて押問答をしながら結局仲良く二人で部屋を出て行った。残されたのは私と煉獄さんだけで。護衛で二人きりは珍しくないけれど、ここが推しが衣食住を行う空間で、区切られたこの部屋に推しと二人きりと思うと急に恥ずかしくなってきてしまう。どこを見ているのか分からない煉獄さんの目も私をとらえていて、見てくれるな私の毛穴、という気分だ。
「して有栖川嬢は俺に褒美を、と来てくれたのだったな」
「え⁈ あぁ、そうね! なんだかんだ全員に渡したのだから、貴方にも何か施してあげないと、と思ってね」
「そういうが、君に怪我もさせてしまったし、本当に俺は」
「そういう謙遜はいらないわ」
「だが本当に欲しい物はないのだが……」
煉獄さんらしい返答だ。物欲のない彼の望みは、なんとなく分かっている。そう、槇寿郎さんだったり、千寿郎くんだったり。きっと自分ではない他の人のためのもの。
「物欲がないのは、時に自分のことを理解できてないのと一緒なのよ。他人のことではなくて、自分が本当に何が欲しいのか、それを見極めることも必要だと思うけれど」
この先彼が長生きしてくれるためにも、他人のためじゃなく、自分のために生きてくれなければ。
「自分のために、か……」
そうして目を伏せた煉獄さんの目線が畳を撫で、そしてゆっくりと私の方へと移動してきた。あれ、なんだこの空気。おかしくないか? どうしよう、そう思った所でその目線は私の後ろ入口の方へと動かされた。視線を追えば少しの隙間から、槇寿郎さんの姿が見える。呼び止めなければきっと無視しただろう所を、煉獄さんの「父上」という言葉で、その目線がこちらへと向けられた。
煉獄さんの少し緊張したような顔が、この二人の現状をありありと表している。でも私は、槇寿郎さんのその目線が、煉獄さんの包帯の巻かれた頭に向かっているのに気づいてしまう。あぁ彼の言った通り、原作でも見た通り、槇寿郎さんは子どものことを今でも思っている。
「まだいたのか、さっさとこの家から出ていけ」
って、私かーい。まぁ息子にはいえないもんね、そうですよね。
「父上! 有栖川嬢は俺の命の恩人でもあるのです! そのような言い方は」
「お前もさっさと治して任務でもどこでも行けばいいだろう !どれだけ鬼を斬ろうが、結局はそれも無意味だがな」
「父上……」
心配だから早く怪我を治してね。任務に行くのもいいけど、万全を期すんだぞ。って言いたいんですね、分かる。わかるよ君の気持ち。でも素直になれないよね。だけど、この状況は良くない。
これは親子の問題だし、きっと煉獄さんが大怪我をしたことでもっと改善があると思ったのだけど、私が来たことで余計こじれてしまったような気もするし、さすがにここまで推しに酷い言い方をされると、推しの父(間接的にいえば推し)といえど少々怒りも湧いて前へ3 / 4 ページ次へ
「そんなことがあったとは! 俺もその場に居合わせたかったものだ!」
よもやよもや、と笑いながら、煉獄さんは膝を叩く。隊服ではない、着流し姿はなかなか新鮮で、というより原作に出てこなかったから初見である。推しの新規絵、ありがとうございます! と知らない神に祈りながら、その姿を横目で見て脳内に焼き付ける。ガン見したら失礼だからね! 私のキャラ的にもおかしいし。私には設定にはこだわるタイプだから、演技派だし。
「貴方の父君、仮にも元柱でしょう? ちゃんと会ったことはなかったけれど、あんな人ではなかったと思うのだけど」
「……父は、ある日突然あぁなってしまってな。たくさんいた門下生も、父が教えることをしなくなって、そ当然いなくなってしまったて、あぁして昼間から酒を仰ぐようになってしまった」
悲し気な目線は無限列車での彼の夢を思い起こさせる。
柱になっても褒めてくれなかった父。そして最後、彼は母に褒めてもらって、あの笑顔でこの世を去っていく。きっと、ずっと褒められたかった、まだ二十歳やそこらのこの目の前の青年を見ると、やはり涙が出そうになる。
あれ、今日の私涙腺緩すぎない?
「父は偉大な人だ、今はあぁなってしまっているが、簡単に折れるような精神で柱にはなりえない! 俺は父の誠の心は、奥底でまだ生きていると信じている! そうだろう、千寿郎!」
「はい! 兄上!」
そっくりな兄弟がにっこりと笑いあって、こうしてこの二人はお互いを励ましあって生きてきたのだな、と察した。私には前世も今世も兄妹がいないから羨ましいものだ。そして、この現状だけじゃない、この尊い二人を作ったのも今は腐っている槇寿郎さんなのだから、やはり当然、彼も素晴らしい人だったのだ。
「煉獄さん、今日失礼ながらお伺いしたのは……」
「あぁ! そうだったな! 千寿郎、例のものを頼む」
「かしこまりました! 今お持ちしますね!」
「あ、俺も行きます!」
いぇいぇお待ちください、そんなわけには、なんて押問答をしながら結局仲良く二人で部屋を出て行った。残されたのは私と煉獄さんだけで。護衛で二人きりは珍しくないけれど、ここが推しが衣食住を行う空間で、区切られたこの部屋に推しと二人きりと思うと急に恥ずかしくなってきてしまう。どこを見ているのか分からない煉獄さんの目も私をとらえていて、見てくれるな私の毛穴、という気分だ。
「して有栖川嬢は俺に褒美を、と来てくれたのだったな」
「え⁈ あぁ、そうね! なんだかんだ全員に渡したのだから、貴方にも何か施してあげないと、と思ってね」
「そういうが、君に怪我もさせてしまったし、本当に俺は」
「そういう謙遜はいらないわ」
「だが本当に欲しい物はないのだが……」
煉獄さんらしい返答だ。物欲のない彼の望みは、なんとなく分かっている。そう、槇寿郎さんだったり、千寿郎くんだったり。きっと自分ではない他の人のためのもの。
「物欲がないのは、時に自分のことを理解できてないのと一緒なのよ。他人のことではなくて、自分が本当に何が欲しいのか、それを見極めることも必要だと思うけれど」
この先彼が長生きしてくれるためにも、他人のためじゃなく、自分のために生きてくれなければ。
「自分のために、か……」
そうして目を伏せた煉獄さんの目線が畳を撫で、そしてゆっくりと私の方へと移動してきた。あれ、なんだこの空気。おかしくないか? どうしよう、そう思った所でその目線は私の後ろ入口の方へと動かされた。視線を追えば少しの隙間から、槇寿郎さんの姿が見える。呼び止めなければきっと無視しただろう所を、煉獄さんの「父上」という言葉で、その目線がこちらへと向けられた。
煉獄さんの少し緊張したような顔が、この二人の現状をありありと表している。でも私は、槇寿郎さんのその目線が、煉獄さんの包帯の巻かれた頭に向かっているのに気づいてしまう。あぁ彼の言った通り、原作でも見た通り、槇寿郎さんは子どものことを今でも思っている。
「まだいたのか、さっさとこの家から出ていけ」
って、私かーい。まぁ息子にはいえないもんね、そうですよね。
「父上! 有栖川嬢は俺の命の恩人でもあるのです! そのような言い方は」
「お前もさっさと治して任務でもどこでも行けばいいだろう !どれだけ鬼を斬ろうが、結局はそれも無意味だがな」
「父上……」
心配だから早く怪我を治してね。任務に行くのもいいけど、万全を期すんだぞ。って言いたいんですね、分かる。わかるよ君の気持ち。でも素直になれないよね。だけど、この状況は良くない。
これは親子の問題だし、きっと煉獄さんが大怪我をしたことでもっと改善があると思ったのだけど、私が来たことで余計こじれてしまったような気もするし、さすがにここまで推しに酷い言い方をされると、推しの父(間接的にいえば推し)といえど少々怒りも湧いてくる。
「出ていけというけれど、現状この屋敷や生活費を支えているのはご子息なのだから、貴方にとやかく言う権利はないんじゃないのかしら」
ぴたり、と音がしそうな程その場の空気が静まり返る。柱合会議以来だよこの空気。
煉獄さんは大きな目を更にかっぴらいて、槇寿郎さんもそのグルリとした目で私をとらえた。こ、こえぇぇと思いつつも、私は推しのためなら脅威にも立ちふさがることのできる、行動力のあるオタクだ。アニメイトゴリラフェスティバル(人はそれをAGFとも呼ぶ)にだって午後チケットで参加したこともある。あのイベは午後参加は人権がないから、皆ちゃんとファスチケ手に入れていくんだぞ。
「今、何をいった……?」
静かにゴングが鳴らされる。いや、自然に鳴ってるんじゃない。この私が鳴らすのだ。
「あら、聞こえなかったかしら。飲んだくれて、家の財を消費するだけのクズに、何かを主張する権利はないといったのよ」
「貴様っ!」
怒りに震えた顔で、ずかずかと部屋に入ってくる。胸倉をグっと疲れまれ強制的に立たされるようになった。力は入っているけど、握力と腕力が強靭だからか、安定感のある状態で上に引き上げられる。前へ3 / 4 ページ次へ
「そんなことがあったとは! 俺もその場に居合わせたかったものだ!」
よもやよもや、と笑いながら、煉獄さんは膝を叩く。隊服ではない、着流し姿はなかなか新鮮で、というより原作に出てこなかったから初見である。推しの新規絵、ありがとうございます! と知らない神に祈りながら、その姿を横目で見て脳内に焼き付ける。ガン見したら失礼だからね! 私のキャラ的にもおかしいし。私には設定にはこだわるタイプだから、演技派だし。
「貴方の父君、仮にも元柱でしょう? ちゃんと会ったことはなかったけれど、あんな人ではなかったと思うのだけど」
「……父は、ある日突然あぁなってしまってな。たくさんいた門下生も、父が教えることをしなくなって、そ当然いなくなってしまったて、あぁして昼間から酒を仰ぐようになってしまった」
悲し気な目線は無限列車での彼の夢を思い起こさせる。
柱になっても褒めてくれなかった父。そして最後、彼は母に褒めてもらって、あの笑顔でこの世を去っていく。きっと、ずっと褒められたかった、まだ二十歳やそこらのこの目の前の青年を見ると、やはり涙が出そうになる。
あれ、今日の私涙腺緩すぎない?
「父は偉大な人だ、今はあぁなってしまっているが、簡単に折れるような精神で柱にはなりえない! 俺は父の誠の心は、奥底でまだ生きていると信じている! そうだろう、千寿郎!」
「はい! 兄上!」
そっくりな兄弟がにっこりと笑いあって、こうしてこの二人はお互いを励ましあって生きてきたのだな、と察した。私には前世も今世も兄妹がいないから羨ましいものだ。そして、この現状だけじゃない、この尊い二人を作ったのも今は腐っている槇寿郎さんなのだから、やはり当然、彼も素晴らしい人だったのだ。
「煉獄さん、今日失礼ながらお伺いしたのは……」
「あぁ! そうだったな! 千寿郎、例のものを頼む」
「かしこまりました! 今お持ちしますね!」
「あ、俺も行きます!」
いぇいぇお待ちください、そんなわけには、なんて押問答をしながら結局仲良く二人で部屋を出て行った。残されたのは私と煉獄さんだけで。護衛で二人きりは珍しくないけれど、ここが推しが衣食住を行う空間で、区切られたこの部屋に推しと二人きりと思うと急に恥ずかしくなってきてしまう。どこを見ているのか分からない煉獄さんの目も私をとらえていて、見てくれるな私の毛穴、という気分だ。
「して有栖川嬢は俺に褒美を、と来てくれたのだったな」
「え⁈ あぁ、そうね! なんだかんだ全員に渡したのだから、貴方にも何か施してあげないと、と思ってね」
「そういうが、君に怪我もさせてしまったし、本当に俺は」
「そういう謙遜はいらないわ」
「だが本当に欲しい物はないのだが……」
煉獄さんらしい返答だ。物欲のない彼の望みは、なんとなく分かっている。そう、槇寿郎さんだったり、千寿郎くんだったり。きっと自分ではない他の人のためのもの。
「物欲がないのは、時に自分のことを理解できてないのと一緒なのよ。他人のことではなくて、自分が本当に何が欲しいのか、それを見極めることも必要だと思うけれど」
この先彼が長生きしてくれるためにも、他人のためじゃなく、自分のために生きてくれなければ。
「自分のために、か……」
そうして目を伏せた煉獄さんの目線が畳を撫で、そしてゆっくりと私の方へと移動してきた。あれ、なんだこの空気。おかしくないか? どうしよう、そう思った所でその目線は私の後ろ入口の方へと動かされた。視線を追えば少しの隙間から、槇寿郎さんの姿が見える。呼び止めなければきっと無視しただろう所を、煉獄さんの「父上」という言葉で、その目線がこちらへと向けられた。
煉獄さんの少し緊張したような顔が、この二人の現状をありありと表している。でも私は、槇寿郎さんのその目線が、煉獄さんの包帯の巻かれた頭に向かっているのに気づいてしまう。あぁ彼の言った通り、原作でも見た通り、槇寿郎さんは子どものことを今でも思っている。
「まだいたのか、さっさとこの家から出ていけ」
って、私かーい。まぁ息子にはいえないもんね、そうですよね。
「父上! 有栖川嬢は俺の命の恩人でもあるのです! そのような言い方は」
「お前もさっさと治して任務でもどこでも行けばいいだろう !どれだけ鬼を斬ろうが、結局はそれも無意味だがな」
「父上……」
心配だから早く怪我を治してね。任務に行くのもいいけど、万全を期すんだぞ。って言いたいんですね、分かる。わかるよ君の気持ち。でも素直になれないよね。だけど、この状況は良くない。
これは親子の問題だし、きっと煉獄さんが大怪我をしたことでもっと改善があると思ったのだけど、私が来たことで余計こじれてしまったような気もするし、さすがにここまで推しに酷い言い方をされると、推しの父(間接的にいえば推し)といえど少々怒りも湧いてくる。
「出ていけというけれど、現状この屋敷や生活費を支えているのはご子息なのだから、貴方にとやかく言う権利はないんじゃないのかしら」
ぴたり、と音がしそうな程その場の空気が静まり返る。柱合会議以来だよこの空気。
煉獄さんは大きな目を更にかっぴらいて、槇寿郎さんもそのグルリとした目で私をとらえた。こ、こえぇぇと思いつつも、私は推しのためなら脅威にも立ちふさがることのできる、行動力のあるオタクだ。アニメイトゴリラフェスティバル(人はそれをAGFとも呼ぶ)にだって午後チケットで参加したこともある。あのイベは午後参加は人権がないから、皆ちゃんとファスチケ手に入れていくんだぞ。
「今、何をいった……?」
静かにゴングが鳴らされる。いや、自然に鳴ってるんじゃない。この私が鳴らすのだ。
「あら、聞こえなかったかしら。飲んだくれて、家の財を消費するだけのクズに、何かを主張する権利はないといったのよ」
「貴様っ!」
怒りに震えた顔で、ずかずかと部屋に入ってくる。胸倉をグっと疲れまれ強制的に立たされるようになった。力は入っているけど、握力と腕力が強靭だからか、安定感のある状態で上に引き上げられる。体的には苦しくはない。逆に小柄でよかった。
「父上! 女子に手を挙げるなど、いくらなんでも度が過ぎます!」
「ええい黙れ! この女が、今俺に何をいったのか、お前も聞いていただろう!」
「父上!」
私の胸倉を掴む槇寿郎さんの腕を、煉獄さんが横から掴むようにして止める。お互い顔に青筋を浮かべて、似通った顔がにらみ合っている。推しかっこよすぎるじゃん、なにこれ。推ししか勝たん。どっちも推しだけど。
「煉獄杏寿郎もそういったらいいのよ! 私、何か間違ったこといってるかしら」
「有栖川嬢も! 父を煽るのはやめてくれ!」
「煽ってるわけじゃないわ、私は不思議でならないのよ! 産屋敷家当主に認められ、柱の位まで貰った誇り高き人間がどうして今こんな事をしているのか! あなたの父親は柱だった頃、間違っても女子供に手を挙げるような人ではなかったのではなくて!」
「それは」
「あの頃の俺は何も知らなかっただけだ! 鍛錬する無意味さも! 全てを知った後、これまでの努力も鍛錬も全てが虚無だったのだと知った俺のこの気持ちは誰にも理解することはできない!」
息子の手を振り払うようにして、槇寿郎さんは私の服から手を放す。吐き捨ててそのまま部屋を出ていきそうになり、煉獄さんもそれを止めないので、私は小走りで先回りして戸を塞ぐようにして立ちふさがった。
「まだ話は終わってないんだから座りなさいよ! 私の一張羅をわしづかみしておきながら、そのまま帰れるだなんて思わないことね!」
煉獄家に相応しいように真っ赤で来たのに! ふざけんな!
なんて口には出せないけれど、ここはお嬢様ムーブで引き止めるしかない。ここで引きさがったら、この親子関係はこのままで、きっといつか片方が死ぬまで和解できないんだ。前へ3 / 4 ページ次へ
「そんなことがあったとは! 俺もその場に居合わせたかったものだ!」
よもやよもや、と笑いながら、煉獄さんは膝を叩く。隊服ではない、着流し姿はなかなか新鮮で、というより原作に出てこなかったから初見である。推しの新規絵、ありがとうございます! と知らない神に祈りながら、その姿を横目で見て脳内に焼き付ける。ガン見したら失礼だからね! 私のキャラ的にもおかしいし。私には設定にはこだわるタイプだから、演技派だし。
「貴方の父君、仮にも元柱でしょう? ちゃんと会ったことはなかったけれど、あんな人ではなかったと思うのだけど」
「……父は、ある日突然あぁなってしまってな。たくさんいた門下生も、父が教えることをしなくなって、そ当然いなくなってしまったて、あぁして昼間から酒を仰ぐようになってしまった」
悲し気な目線は無限列車での彼の夢を思い起こさせる。
柱になっても褒めてくれなかった父。そして最後、彼は母に褒めてもらって、あの笑顔でこの世を去っていく。きっと、ずっと褒められたかった、まだ二十歳やそこらのこの目の前の青年を見ると、やはり涙が出そうになる。
あれ、今日の私涙腺緩すぎない?
「父は偉大な人だ、今はあぁなってしまっているが、簡単に折れるような精神で柱にはなりえない! 俺は父の誠の心は、奥底でまだ生きていると信じている! そうだろう、千寿郎!」
「はい! 兄上!」
そっくりな兄弟がにっこりと笑いあって、こうしてこの二人はお互いを励ましあって生きてきたのだな、と察した。私には前世も今世も兄妹がいないから羨ましいものだ。そして、この現状だけじゃない、この尊い二人を作ったのも今は腐っている槇寿郎さんなのだから、やはり当然、彼も素晴らしい人だったのだ。
「煉獄さん、今日失礼ながらお伺いしたのは……」
「あぁ! そうだったな! 千寿郎、例のものを頼む」
「かしこまりました! 今お持ちしますね!」
「あ、俺も行きます!」
いぇいぇお待ちください、そんなわけには、なんて押問答をしながら結局仲良く二人で部屋を出て行った。残されたのは私と煉獄さんだけで。護衛で二人きりは珍しくないけれど、ここが推しが衣食住を行う空間で、区切られたこの部屋に推しと二人きりと思うと急に恥ずかしくなってきてしまう。どこを見ているのか分からない煉獄さんの目も私をとらえていて、見てくれるな私の毛穴、という気分だ。
「して有栖川嬢は俺に褒美を、と来てくれたのだったな」
「え⁈ あぁ、そうね! なんだかんだ全員に渡したのだから、貴方にも何か施してあげないと、と思ってね」
「そういうが、君に怪我もさせてしまったし、本当に俺は」
「そういう謙遜はいらないわ」
「だが本当に欲しい物はないのだが……」
煉獄さんらしい返答だ。物欲のない彼の望みは、なんとなく分かっている。そう、槇寿郎さんだったり、千寿郎くんだったり。きっと自分ではない他の人のためのもの。
「物欲がないのは、時に自分のことを理解できてないのと一緒なのよ。他人のことではなくて、自分が本当に何が欲しいのか、それを見極めることも必要だと思うけれど」
この先彼が長生きしてくれるためにも、他人のためじゃなく、自分のために生きてくれなければ。
「自分のために、か……」
そうして目を伏せた煉獄さんの目線が畳を撫で、そしてゆっくりと私の方へと移動してきた。あれ、なんだこの空気。おかしくないか? どうしよう、そう思った所でその目線は私の後ろ入口の方へと動かされた。視線を追えば少しの隙間から、槇寿郎さんの姿が見える。呼び止めなければきっと無視しただろう所を、煉獄さんの「父上」という言葉で、その目線がこちらへと向けられた。
煉獄さんの少し緊張したような顔が、この二人の現状をありありと表している。でも私は、槇寿郎さんのその目線が、煉獄さんの包帯の巻かれた頭に向かっているのに気づいてしまう。あぁ彼の言った通り、原作でも見た通り、槇寿郎さんは子どものことを今でも思っている。
「まだいたのか、さっさとこの家から出ていけ」
って、私かーい。まぁ息子にはいえないもんね、そうですよね。
「父上! 有栖川嬢は俺の命の恩人でもあるのです! そのような言い方は」
「お前もさっさと治して任務でもどこでも行けばいいだろう !どれだけ鬼を斬ろうが、結局はそれも無意味だがな」
「父上……」
心配だから早く怪我を治してね。任務に行くのもいいけど、万全を期すんだぞ。って言いたいんですね、分かる。わかるよ君の気持ち。でも素直になれないよね。だけど、この状況は良くない。
これは親子の問題だし、きっと煉獄さんが大怪我をしたことでもっと改善があると思ったのだけど、私が来たことで余計こじれてしまったような気もするし、さすがにここまで推しに酷い言い方をされると、推しの父(間接的にいえば推し)といえど少々怒りも湧いてくる。
「出ていけというけれど、現状この屋敷や生活費を支えているのはご子息なのだから、貴方にとやかく言う権利はないんじゃないのかしら」
ぴたり、と音がしそうな程その場の空気が静まり返る。柱合会議以来だよこの空気。
煉獄さんは大きな目を更にかっぴらいて、槇寿郎さんもそのグルリとした目で私をとらえた。こ、こえぇぇと思いつつも、私は推しのためなら脅威にも立ちふさがることのできる、行動力のあるオタクだ。アニメイトゴリラフェスティバル(人はそれをAGFとも呼ぶ)にだって午後チケットで参加したこともある。あのイベは午後参加は人権がないから、皆ちゃんとファスチケ手に入れていくんだぞ。
「今、何をいった……?」
静かにゴングが鳴らされる。いや、自然に鳴ってるんじゃない。この私が鳴らすのだ。
「あら、聞こえなかったかしら。飲んだくれて、家の財を消費するだけのクズに、何かを主張する権利はないといったのよ」
「貴様っ!」
怒りに震えた顔で、ずかずかと部屋に入ってくる。胸倉をグっと疲れまれ強制的に立たされるようになった。力は入っているけど、握力と腕力が強靭だからか、安定感のある状態で上に引き上げられる。体的には苦しくはない。逆に小柄でよかった。
「父上! 女子に手を挙げるなど、いくらなんでも度が過ぎます!」
「ええい黙れ! この女が、今俺に何をいったのか、お前も聞いていただろう!」
「父上!」
私の胸倉を掴む槇寿郎さんの腕を、煉獄さんが横から掴むようにして止める。お互い顔に青筋を浮かべて、似通った顔がにらみ合っている。推しかっこよすぎるじゃん、なにこれ。推ししか勝たん。どっちも推しだけど。
「煉獄杏寿郎もそういったらいいのよ! 私、何か間違ったこといってるかしら」
「有栖川嬢も! 父を煽るのはやめてくれ!」
「煽ってるわけじゃないわ、私は不思議でならないのよ! 産屋敷家当主に認められ、柱の位まで貰った誇り高き人間がどうして今こんな事をしているのか! あなたの父親は柱だった頃、間違っても女子供に手を挙げるような人ではなかったのではなくて!」
「それは」
「あの頃の俺は何も知らなかっただけだ! 鍛錬する無意味さも! 全てを知った後、これまでの努力も鍛錬も全てが虚無だったのだと知った俺のこの気持ちは誰にも理解することはできない!」
息子の手を振り払うようにして、槇寿郎さんは私の服から手を放す。吐き捨ててそのまま部屋を出ていきそうになり、煉獄さんもそれを止めないので、私は小走りで先回りして戸を塞ぐようにして立ちふさがった。
「まだ話は終わってないんだから座りなさいよ! 私の一張羅をわしづかみしておきながら、そのまま帰れるだなんて思わないことね!」
煉獄家に相応しいように真っ赤で来たのに! ふざけんな!
なんて口には出せないけれど、ここはお嬢様ムーブで引き止めるしかない。ここで引きさがったら、この親子関係はこのままで、きっといつか片方が死ぬまで和解できないんだ。そんなことは許さない。推しの笑顔は私が守る。
「貴様、支援者だか富豪だか知らないが、元炎柱の俺に向かってよくそんな口がきけたものだな!」
「元でしょう元! 誇りを失った貴方に、払う敬意は一円だってないんだから!」
私の力では無理やり座らせることはできないので、槇寿郎さんが片手に持っていた酒瓶をひっつかみ、それを奪って私がそこに座り込んだ。ただの小娘の私に奪われるのもどうかと思うけど、あそこまで煽られてさすがに引き下がれないのか槇寿郎さんも前にドカリと座る。
「詳しいことは知らないけれど、圧倒的な才を前にして心が折れた、そういうことでしょう? 折れない心、燃え尽きぬ心、それが炎柱ではないの」
「圧倒的なんて言葉で表すことはできない! 日の呼吸を前に、他の呼吸等全て無意味で無価値なんだ!」
「あなた、ちょっと息子を見てみなさいよ! あなたの背を見て育ち、あなたから学んだことで見事炎柱にまで上り詰めた。素晴らしい人間だわ、技術だけじゃない、人間としての在り方も! それは、あなたと、あなたの奥様が育てたものではないの!」
「こいつもその絶望を知れば、自分がいかに無駄なことをしているか理解できる! 全ての呼吸は日の呼吸の派生、派生を極めたところで、それは本物になりえない!」
「ち、父上! 有栖川嬢も落ち着いてくれ!」
横で煉獄さんがおろおろと手を動かしている。まるで千寿郎くんのような下がり眉になっていてもっと心のメモリーに焼き付けたいけど、それどころではない。私は怒っている。非常にだ!
「あなた、自分が今口にしたことが、何を表すか本当に分かっているの」
「何がいいたい」
「炎柱はいつだって煉獄家が継承してきたのでしょう! それを否定するということは、炎の呼吸を編み出したあなたの祖先も馬鹿にしているということよ! わかってるの!」
「っそれは」
「あなたの父から、煉獄としての志を引き継いだのも貴方! それをしっかりと守っていたのも貴方! そして、それを息子へと引き継いだのも貴方! 全部、あなたがいて繋がってきたものでしょう!」
槇寿郎さんがギュと手を握り締める。苦しんでいる表情に、煉獄さんも心配そうに息をのむ。これで素直になってくれれば良かったのに、槇寿郎さんは言ってはならないことを口にした。
「っそれが、間違いだったのだ!煉獄家は間違いの歴史を繰り返してきた!煉獄家はもう名門でもなんでもない! ある意味もない!」
「っちちうぇ、なんということを」
その一言に頭の芯の方が冷やかに、そして血が冷たくなって冷静に、しかし情熱的に怒りが体を支配していくのを感じる。私はこの人と喧嘩をしにきたわけじゃなかったのに、そんなこと、もうどうでもいい気分だ前へ3 / 4 ページ次へ
「そんなことがあったとは! 俺もその場に居合わせたかったものだ!」
よもやよもや、と笑いながら、煉獄さんは膝を叩く。隊服ではない、着流し姿はなかなか新鮮で、というより原作に出てこなかったから初見である。推しの新規絵、ありがとうございます! と知らない神に祈りながら、その姿を横目で見て脳内に焼き付ける。ガン見したら失礼だからね! 私のキャラ的にもおかしいし。私には設定にはこだわるタイプだから、演技派だし。
「貴方の父君、仮にも元柱でしょう? ちゃんと会ったことはなかったけれど、あんな人ではなかったと思うのだけど」
「……父は、ある日突然あぁなってしまってな。たくさんいた門下生も、父が教えることをしなくなって、そ当然いなくなってしまったて、あぁして昼間から酒を仰ぐようになってしまった」
悲し気な目線は無限列車での彼の夢を思い起こさせる。
柱になっても褒めてくれなかった父。そして最後、彼は母に褒めてもらって、あの笑顔でこの世を去っていく。きっと、ずっと褒められたかった、まだ二十歳やそこらのこの目の前の青年を見ると、やはり涙が出そうになる。
あれ、今日の私涙腺緩すぎない?
「父は偉大な人だ、今はあぁなってしまっているが、簡単に折れるような精神で柱にはなりえない! 俺は父の誠の心は、奥底でまだ生きていると信じている! そうだろう、千寿郎!」
「はい! 兄上!」
そっくりな兄弟がにっこりと笑いあって、こうしてこの二人はお互いを励ましあって生きてきたのだな、と察した。私には前世も今世も兄妹がいないから羨ましいものだ。そして、この現状だけじゃない、この尊い二人を作ったのも今は腐っている槇寿郎さんなのだから、やはり当然、彼も素晴らしい人だったのだ。
「煉獄さん、今日失礼ながらお伺いしたのは……」
「あぁ! そうだったな! 千寿郎、例のものを頼む」
「かしこまりました! 今お持ちしますね!」
「あ、俺も行きます!」
いぇいぇお待ちください、そんなわけには、なんて押問答をしながら結局仲良く二人で部屋を出て行った。残されたのは私と煉獄さんだけで。護衛で二人きりは珍しくないけれど、ここが推しが衣食住を行う空間で、区切られたこの部屋に推しと二人きりと思うと急に恥ずかしくなってきてしまう。どこを見ているのか分からない煉獄さんの目も私をとらえていて、見てくれるな私の毛穴、という気分だ。
「して有栖川嬢は俺に褒美を、と来てくれたのだったな」
「え⁈ あぁ、そうね! なんだかんだ全員に渡したのだから、貴方にも何か施してあげないと、と思ってね」
「そういうが、君に怪我もさせてしまったし、本当に俺は」
「そういう謙遜はいらないわ」
「だが本当に欲しい物はないのだが……」
煉獄さんらしい返答だ。物欲のない彼の望みは、なんとなく分かっている。そう、槇寿郎さんだったり、千寿郎くんだったり。きっと自分ではない他の人のためのもの。
「物欲がないのは、時に自分のことを理解できてないのと一緒なのよ。他人のことではなくて、自分が本当に何が欲しいのか、それを見極めることも必要だと思うけれど」
この先彼が長生きしてくれるためにも、他人のためじゃなく、自分のために生きてくれなければ。
「自分のために、か……」
そうして目を伏せた煉獄さんの目線が畳を撫で、そしてゆっくりと私の方へと移動してきた。あれ、なんだこの空気。おかしくないか? どうしよう、そう思った所でその目線は私の後ろ入口の方へと動かされた。視線を追えば少しの隙間から、槇寿郎さんの姿が見える。呼び止めなければきっと無視しただろう所を、煉獄さんの「父上」という言葉で、その目線がこちらへと向けられた。
煉獄さんの少し緊張したような顔が、この二人の現状をありありと表している。でも私は、槇寿郎さんのその目線が、煉獄さんの包帯の巻かれた頭に向かっているのに気づいてしまう。あぁ彼の言った通り、原作でも見た通り、槇寿郎さんは子どものことを今でも思っている。
「まだいたのか、さっさとこの家から出ていけ」
って、私かーい。まぁ息子にはいえないもんね、そうですよね。
「父上! 有栖川嬢は俺の命の恩人でもあるのです! そのような言い方は」
「お前もさっさと治して任務でもどこでも行けばいいだろう !どれだけ鬼を斬ろうが、結局はそれも無意味だがな」
「父上……」
心配だから早く怪我を治してね。任務に行くのもいいけど、万全を期すんだぞ。って言いたいんですね、分かる。わかるよ君の気持ち。でも素直になれないよね。だけど、この状況は良くない。
これは親子の問題だし、きっと煉獄さんが大怪我をしたことでもっと改善があると思ったのだけど、私が来たことで余計こじれてしまったような気もするし、さすがにここまで推しに酷い言い方をされると、推しの父(間接的にいえば推し)といえど少々怒りも湧いてくる。
「出ていけというけれど、現状この屋敷や生活費を支えているのはご子息なのだから、貴方にとやかく言う権利はないんじゃないのかしら」
ぴたり、と音がしそうな程その場の空気が静まり返る。柱合会議以来だよこの空気。
煉獄さんは大きな目を更にかっぴらいて、槇寿郎さんもそのグルリとした目で私をとらえた。こ、こえぇぇと思いつつも、私は推しのためなら脅威にも立ちふさがることのできる、行動力のあるオタクだ。アニメイトゴリラフェスティバル(人はそれをAGFとも呼ぶ)にだって午後チケットで参加したこともある。あのイベは午後参加は人権がないから、皆ちゃんとファスチケ手に入れていくんだぞ。
「今、何をいった……?」
静かにゴングが鳴らされる。いや、自然に鳴ってるんじゃない。この私が鳴らすのだ。
「あら、聞こえなかったかしら。飲んだくれて、家の財を消費するだけのクズに、何かを主張する権利はないといったのよ」
「貴様っ!」
怒りに震えた顔で、ずかずかと部屋に入ってくる。胸倉をグっと疲れまれ強制的に立たされるようになった。力は入っているけど、握力と腕力が強靭だからか、安定感のある状態で上に引き上げられる。体的には苦しくはない。逆に小柄でよかった。
「父上! 女子に手を挙げるなど、いくらなんでも度が過ぎます!」
「ええい黙れ! この女が、今俺に何をいったのか、お前も聞いていただろう!」
「父上!」
私の胸倉を掴む槇寿郎さんの腕を、煉獄さんが横から掴むようにして止める。お互い顔に青筋を浮かべて、似通った顔がにらみ合っている。推しかっこよすぎるじゃん、なにこれ。推ししか勝たん。どっちも推しだけど。
「煉獄杏寿郎もそういったらいいのよ! 私、何か間違ったこといってるかしら」
「有栖川嬢も! 父を煽るのはやめてくれ!」
「煽ってるわけじゃないわ、私は不思議でならないのよ! 産屋敷家当主に認められ、柱の位まで貰った誇り高き人間がどうして今こんな事をしているのか! あなたの父親は柱だった頃、間違っても女子供に手を挙げるような人ではなかったのではなくて!」
「それは」
「あの頃の俺は何も知らなかっただけだ! 鍛錬する無意味さも! 全てを知った後、これまでの努力も鍛錬も全てが虚無だったのだと知った俺のこの気持ちは誰にも理解することはできない!」
息子の手を振り払うようにして、槇寿郎さんは私の服から手を放す。吐き捨ててそのまま部屋を出ていきそうになり、煉獄さんもそれを止めないので、私は小走りで先回りして戸を塞ぐようにして立ちふさがった。
「まだ話は終わってないんだから座りなさいよ! 私の一張羅をわしづかみしておきながら、そのまま帰れるだなんて思わないことね!」
煉獄家に相応しいように真っ赤で来たのに! ふざけんな!
なんて口には出せないけれど、ここはお嬢様ムーブで引き止めるしかない。ここで引きさがったら、この親子関係はこのままで、きっといつか片方が死ぬまで和解できないんだ。そんなことは許さない。推しの笑顔は私が守る。
「貴様、支援者だか富豪だか知らないが、元炎柱の俺に向かってよくそんな口がきけたものだな!」
「元でしょう元! 誇りを失った貴方に、払う敬意は一円だってないんだから!」
私の力では無理やり座らせることはできないので、槇寿郎さんが片手に持っていた酒瓶をひっつかみ、それを奪って私がそこに座り込んだ。ただの小娘の私に奪われるのもどうかと思うけど、あそこまで煽られてさすがに引き下がれないのか槇寿郎さんも前にドカリと座る。
「詳しいことは知らないけれど、圧倒的な才を前にして心が折れた、そういうことでしょう? 折れない心、燃え尽きぬ心、それが炎柱ではないの」
「圧倒的なんて言葉で表すことはできない! 日の呼吸を前に、他の呼吸等全て無意味で無価値なんだ!」
「あなた、ちょっと息子を見てみなさいよ! あなたの背を見て育ち、あなたから学んだことで見事炎柱にまで上り詰めた。素晴らしい人間だわ、技術だけじゃない、人間としての在り方も! それは、あなたと、あなたの奥様が育てたものではないの!」
「こいつもその絶望を知れば、自分がいかに無駄なことをしているか理解できる! 全ての呼吸は日の呼吸の派生、派生を極めたところで、それは本物になりえない!」
「ち、父上! 有栖川嬢も落ち着いてくれ!」
横で煉獄さんがおろおろと手を動かしている。まるで千寿郎くんのような下がり眉になっていてもっと心のメモリーに焼き付けたいけど、それどころではない。私は怒っている。非常にだ!
「あなた、自分が今口にしたことが、何を表すか本当に分かっているの」
「何がいいたい」
「炎柱はいつだって煉獄家が継承してきたのでしょう! それを否定するということは、炎の呼吸を編み出したあなたの祖先も馬鹿にしているということよ! わかってるの!」
「っそれは」
「あなたの父から、煉獄としての志を引き継いだのも貴方! それをしっかりと守っていたのも貴方! そして、それを息子へと引き継いだのも貴方! 全部、あなたがいて繋がってきたものでしょう!」
槇寿郎さんがギュと手を握り締める。苦しんでいる表情に、煉獄さんも心配そうに息をのむ。これで素直になってくれれば良かったのに、槇寿郎さんは言ってはならないことを口にした。
「っそれが、間違いだったのだ!煉 獄家は間違いの歴史を繰り返してきた!煉 獄家はもう名門でもなんでもない! ある意味もない!」
「っちちうぇ、なんということを」
その一言に頭の芯の方が冷やかに、そして血が冷たくなって冷静に、しかし情熱的に怒りが体を支配していくのを感じる。私はこの人と喧嘩をしにきたわけじゃなかったのに、そんなこと、もうどうでもいい気分だ。
「……そう、そういならいいわ」
「有栖川嬢?」
「あなたがそこまで言うならもういい、でも私にも考えがあるわ」
両手で抱えていた酒瓶を、私と槇寿郎さんの間にドンとたたきつけた。自分でも感情の整理がついていないのか、やや冷や汗を流す槇寿郎さんの顔が目に付く。
「あなたがその無意味だといった煉獄家の家督、私に譲りなさい」
「は?」
と二人の声がハモって漏れた。
「言い値でいいわ。いくらだって払ってあげる。この日本に私以上に金を持ってる人間はいないわよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ有栖川嬢、君は何を言って」
「有栖川は成り上がりの富豪、あなた達も巷で聞くようにいわゆる成金というやつよ」
「それが今なんの関係が」
「つまり長年の伝統、歴史がない。それを、この地域でも有名な煉獄の名を得て有栖川のものにしたい、そう言ってるのよ」
絶句、というように煉獄さんが口をパクパクさせる。
私の富豪伝説は父からの始まりだが、父も企業していっきに富豪になったので、実質有栖川家は二代のみの歴史だ。瞬く間に世界に名をとどろかせる大金持ちになったけれど、やはり老舗にこだわる人々にはなかなか手が出ない。
「だってもう、代々つないできた煉獄の伝統も継承も終わるのでしょう? いらないんでしょう? だったらいいじゃない。いらないものに、一生遊んでも使い切れない程の金を支払ってあげるわ」
庭先に留まっていた鎹鴉に目をやれば、私の意をくみ取ったように近くに飛んでくる。
「あの子に伝えて頂戴、私の部屋からあの鞄持ってきて、って前へ3 / 4 ページ次へ
「そんなことがあったとは! 俺もその場に居合わせたかったものだ!」
よもやよもや、と笑いながら、煉獄さんは膝を叩く。隊服ではない、着流し姿はなかなか新鮮で、というより原作に出てこなかったから初見である。推しの新規絵、ありがとうございます! と知らない神に祈りながら、その姿を横目で見て脳内に焼き付ける。ガン見したら失礼だからね! 私のキャラ的にもおかしいし。私には設定にはこだわるタイプだから、演技派だし。
「貴方の父君、仮にも元柱でしょう? ちゃんと会ったことはなかったけれど、あんな人ではなかったと思うのだけど」
「……父は、ある日突然あぁなってしまってな。たくさんいた門下生も、父が教えることをしなくなって、そ当然いなくなってしまったて、あぁして昼間から酒を仰ぐようになってしまった」
悲し気な目線は無限列車での彼の夢を思い起こさせる。
柱になっても褒めてくれなかった父。そして最後、彼は母に褒めてもらって、あの笑顔でこの世を去っていく。きっと、ずっと褒められたかった、まだ二十歳やそこらのこの目の前の青年を見ると、やはり涙が出そうになる。
あれ、今日の私涙腺緩すぎない?
「父は偉大な人だ、今はあぁなってしまっているが、簡単に折れるような精神で柱にはなりえない! 俺は父の誠の心は、奥底でまだ生きていると信じている! そうだろう、千寿郎!」
「はい! 兄上!」
そっくりな兄弟がにっこりと笑いあって、こうしてこの二人はお互いを励ましあって生きてきたのだな、と察した。私には前世も今世も兄妹がいないから羨ましいものだ。そして、この現状だけじゃない、この尊い二人を作ったのも今は腐っている槇寿郎さんなのだから、やはり当然、彼も素晴らしい人だったのだ。
「煉獄さん、今日失礼ながらお伺いしたのは……」
「あぁ! そうだったな! 千寿郎、例のものを頼む」
「かしこまりました! 今お持ちしますね!」
「あ、俺も行きます!」
いぇいぇお待ちください、そんなわけには、なんて押問答をしながら結局仲良く二人で部屋を出て行った。残されたのは私と煉獄さんだけで。護衛で二人きりは珍しくないけれど、ここが推しが衣食住を行う空間で、区切られたこの部屋に推しと二人きりと思うと急に恥ずかしくなってきてしまう。どこを見ているのか分からない煉獄さんの目も私をとらえていて、見てくれるな私の毛穴、という気分だ。
「して有栖川嬢は俺に褒美を、と来てくれたのだったな」
「え⁈ あぁ、そうね! なんだかんだ全員に渡したのだから、貴方にも何か施してあげないと、と思ってね」
「そういうが、君に怪我もさせてしまったし、本当に俺は」
「そういう謙遜はいらないわ」
「だが本当に欲しい物はないのだが……」
煉獄さんらしい返答だ。物欲のない彼の望みは、なんとなく分かっている。そう、槇寿郎さんだったり、千寿郎くんだったり。きっと自分ではない他の人のためのもの。
「物欲がないのは、時に自分のことを理解できてないのと一緒なのよ。他人のことではなくて、自分が本当に何が欲しいのか、それを見極めることも必要だと思うけれど」
この先彼が長生きしてくれるためにも、他人のためじゃなく、自分のために生きてくれなければ。
「自分のために、か……」
そうして目を伏せた煉獄さんの目線が畳を撫で、そしてゆっくりと私の方へと移動してきた。あれ、なんだこの空気。おかしくないか? どうしよう、そう思った所でその目線は私の後ろ入口の方へと動かされた。視線を追えば少しの隙間から、槇寿郎さんの姿が見える。呼び止めなければきっと無視しただろう所を、煉獄さんの「父上」という言葉で、その目線がこちらへと向けられた。
煉獄さんの少し緊張したような顔が、この二人の現状をありありと表している。でも私は、槇寿郎さんのその目線が、煉獄さんの包帯の巻かれた頭に向かっているのに気づいてしまう。あぁ彼の言った通り、原作でも見た通り、槇寿郎さんは子どものことを今でも思っている。
「まだいたのか、さっさとこの家から出ていけ」
って、私かーい。まぁ息子にはいえないもんね、そうですよね。
「父上! 有栖川嬢は俺の命の恩人でもあるのです! そのような言い方は」
「お前もさっさと治して任務でもどこでも行けばいいだろう !どれだけ鬼を斬ろうが、結局はそれも無意味だがな」
「父上……」
心配だから早く怪我を治してね。任務に行くのもいいけど、万全を期すんだぞ。って言いたいんですね、分かる。わかるよ君の気持ち。でも素直になれないよね。だけど、この状況は良くない。
これは親子の問題だし、きっと煉獄さんが大怪我をしたことでもっと改善があると思ったのだけど、私が来たことで余計こじれてしまったような気もするし、さすがにここまで推しに酷い言い方をされると、推しの父(間接的にいえば推し)といえど少々怒りも湧いてくる。
「出ていけというけれど、現状この屋敷や生活費を支えているのはご子息なのだから、貴方にとやかく言う権利はないんじゃないのかしら」
ぴたり、と音がしそうな程その場の空気が静まり返る。柱合会議以来だよこの空気。
煉獄さんは大きな目を更にかっぴらいて、槇寿郎さんもそのグルリとした目で私をとらえた。こ、こえぇぇと思いつつも、私は推しのためなら脅威にも立ちふさがることのできる、行動力のあるオタクだ。アニメイトゴリラフェスティバル(人はそれをAGFとも呼ぶ)にだって午後チケットで参加したこともある。あのイベは午後参加は人権がないから、皆ちゃんとファスチケ手に入れていくんだぞ。
「今、何をいった……?」
静かにゴングが鳴らされる。いや、自然に鳴ってるんじゃない。この私が鳴らすのだ。
「あら、聞こえなかったかしら。飲んだくれて、家の財を消費するだけのクズに、何かを主張する権利はないといったのよ」
「貴様っ!」
怒りに震えた顔で、ずかずかと部屋に入ってくる。胸倉をグっと疲れまれ強制的に立たされるようになった。力は入っているけど、握力と腕力が強靭だからか、安定感のある状態で上に引き上げられる。体的には苦しくはない。逆に小柄でよかった。
「父上! 女子に手を挙げるなど、いくらなんでも度が過ぎます!」
「ええい黙れ! この女が、今俺に何をいったのか、お前も聞いていただろう!」
「父上!」
私の胸倉を掴む槇寿郎さんの腕を、煉獄さんが横から掴むようにして止める。お互い顔に青筋を浮かべて、似通った顔がにらみ合っている。推しかっこよすぎるじゃん、なにこれ。推ししか勝たん。どっちも推しだけど。
「煉獄杏寿郎もそういったらいいのよ! 私、何か間違ったこといってるかしら」
「有栖川嬢も! 父を煽るのはやめてくれ!」
「煽ってるわけじゃないわ、私は不思議でならないのよ! 産屋敷家当主に認められ、柱の位まで貰った誇り高き人間がどうして今こんな事をしているのか! あなたの父親は柱だった頃、間違っても女子供に手を挙げるような人ではなかったのではなくて!」
「それは」
「あの頃の俺は何も知らなかっただけだ! 鍛錬する無意味さも! 全てを知った後、これまでの努力も鍛錬も全てが虚無だったのだと知った俺のこの気持ちは誰にも理解することはできない!」
息子の手を振り払うようにして、槇寿郎さんは私の服から手を放す。吐き捨ててそのまま部屋を出ていきそうになり、煉獄さんもそれを止めないので、私は小走りで先回りして戸を塞ぐようにして立ちふさがった。
「まだ話は終わってないんだから座りなさいよ! 私の一張羅をわしづかみしておきながら、そのまま帰れるだなんて思わないことね!」
煉獄家に相応しいように真っ赤で来たのに! ふざけんな!
なんて口には出せないけれど、ここはお嬢様ムーブで引き止めるしかない。ここで引きさがったら、この親子関係はこのままで、きっといつか片方が死ぬまで和解できないんだ。そんなことは許さない。推しの笑顔は私が守る。
「貴様、支援者だか富豪だか知らないが、元炎柱の俺に向かってよくそんな口がきけたものだな!」
「元でしょう元! 誇りを失った貴方に、払う敬意は一円だってないんだから!」
私の力では無理やり座らせることはできないので、槇寿郎さんが片手に持っていた酒瓶をひっつかみ、それを奪って私がそこに座り込んだ。ただの小娘の私に奪われるのもどうかと思うけど、あそこまで煽られてさすがに引き下がれないのか槇寿郎さんも前にドカリと座る。
「詳しいことは知らないけれど、圧倒的な才を前にして心が折れた、そういうことでしょう? 折れない心、燃え尽きぬ心、それが炎柱ではないの」
「圧倒的なんて言葉で表すことはできない! 日の呼吸を前に、他の呼吸等全て無意味で無価値なんだ!」
「あなた、ちょっと息子を見てみなさいよ! あなたの背を見て育ち、あなたから学んだことで見事炎柱にまで上り詰めた。素晴らしい人間だわ、技術だけじゃない、人間としての在り方も! それは、あなたと、あなたの奥様が育てたものではないの!」
「こいつもその絶望を知れば、自分がいかに無駄なことをしているか理解できる! 全ての呼吸は日の呼吸の派生、派生を極めたところで、それは本物になりえない!」
「ち、父上! 有栖川嬢も落ち着いてくれ!」
横で煉獄さんがおろおろと手を動かしている。まるで千寿郎くんのような下がり眉になっていてもっと心のメモリーに焼き付けたいけど、それどころではない。私は怒っている。非常にだ!
「あなた、自分が今口にしたことが、何を表すか本当に分かっているの」
「何がいいたい」
「炎柱はいつだって煉獄家が継承してきたのでしょう! それを否定するということは、炎の呼吸を編み出したあなたの祖先も馬鹿にしているということよ! わかってるの!」
「っそれは」
「あなたの父から、煉獄としての志を引き継いだのも貴方! それをしっかりと守っていたのも貴方! そして、それを息子へと引き継いだのも貴方! 全部、あなたがいて繋がってきたものでしょう!」
槇寿郎さんがギュと手を握り締める。苦しんでいる表情に、煉獄さんも心配そうに息をのむ。これで素直になってくれれば良かったのに、槇寿郎さんは言ってはならないことを口にした。
「っそれが、間違いだったのだ!煉 獄家は間違いの歴史を繰り返してきた!煉 獄家はもう名門でもなんでもない! ある意味もない!」
「っちちうぇ、なんということを」
その一言に頭の芯の方が冷やかに、そして血が冷たくなって冷静に、しかし情熱的に怒りが体を支配していくのを感じる。私はこの人と喧嘩をしにきたわけじゃなかったのに、そんなこと、もうどうでもいい気分だ。
「……そう、そういならいいわ」
「有栖川嬢?」
「あなたがそこまで言うならもういい、でも私にも考えがあるわ」
両手で抱えていた酒瓶を、私と槇寿郎さんの間にドンとたたきつけた。自分でも感情の整理がついていないのか、やや冷や汗を流す槇寿郎さんの顔が目に付く。
「あなたがその無意味だといった煉獄家の家督、私に譲りなさい」
「は?」
と二人の声がハモって漏れた。
「言い値でいいわ。いくらだって払ってあげる。この日本に私以上に金を持ってる人間はいないわよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ有栖川嬢、君は何を言って」
「有栖川は成り上がりの富豪、あなた達も巷で聞くようにいわゆる成金というやつよ」
「それが今なんの関係が」
「つまり長年の伝統、歴史がない。それを、この地域でも有名な煉獄の名を得て有栖川のものにしたい、そう言ってるのよ」
絶句、というように煉獄さんが口をパクパクさせる。
私の富豪伝説は父からの始まりだが、父も企業していっきに富豪になったので、実質有栖川家は二代のみの歴史だ。瞬く間に世界に名をとどろかせる大金持ちになったけれど、やはり老舗にこだわる人々にはなかなか手が出ない。
「だってもう、代々つないできた煉獄の伝統も継承も終わるのでしょう? いらないんでしょう? だったらいいじゃない。いらないものに、一生遊んでも使い切れない程の金を支払ってあげるわ」
庭先に留まっていた鎹鴉に目をやれば、私の意をくみ取ったように近くに飛んでくる。
「あの子に伝えて頂戴、私の部屋からあの鞄持ってきて、って」
私の生意気でツンデレな黒い小鳥に伝えてほしい。そういえば、承知シタ!といって鴉は飛び立っていく。
「有栖川嬢、今のは一体、俺はまだ現状の理解ができてないのだが」
「私の小間使いの子に、お金を持ってくるようにいっただけよ。鞄いっぱいに詰めてくるから、どんな言い値も一括現金で支払ってあげるわ」
「いや、そうではなくて、いやそうなんだか! 煉獄を買い取るというのは」
「あら、そのままの意味よ。煉獄家の家督を私が買い取るの。あなたたちはこの先煉獄を名乗ることは許さないし、煉獄家はこのままお取り潰しにして、我が有栖川家の一部になってもらいます」
「そのような戯言、許されるわけがない! 馬鹿か貴様!」
「ばかばかって失礼ね! あなたの方がよっぱど馬鹿よ! いらないって最初にいったのはあなたじゃない! それを言い値で買うっていってるんだから、あなたにとってはいい話でしょうが」
「っそれは」
煉獄さんとの会話に槇寿郎さんも割り込んできて、場ががやがやと賑やかにうるさくなる。
「貴方も今日から有栖川を名乗りなさい! 仕方がないから私の親族名簿にいれてあげるわ! 煉獄の名に意味がないのだったら、もう苗字がなんだっていいわよね! そうでしょう! そうっていいなさいよ!」
偉大なテニスプレイヤーが言っていた。お前も今日から富士山だ!
だったら私はこういうのだ、お前も今日から有栖川だ!!!
槇寿郎さんがぐ、と声を漏らす。何かを口にしようとしてそれをつぐみ、両手が強く握られている。煉獄さんを見れば絶望しているような、しかしどこか期待するような目で父を見ていた。私も黙ってそれを見守る。頼む、頼むから。
折れるな、ここで折れるな。
あなたはここで折れていい人じゃない、あなたの心はまだ折れてない。煉獄さんが言ってた通り、誠の心は不滅の心だ。
「っそ、んなことは、許されない!」
「いらないといったものを私が買って、何が悪いの。私に買えないものはないのよ」
あと一押しか。そう思った所で、槇寿郎さんの瞳に、今までとは違う闘志が灯る。
「いいや、いいやある! 煉獄家は数百年と昔から鬼殺隊に、お館様に使え力をふるってきた! どんなに人員が削られようとも、どの時代でも炎柱が途絶えたことは一度とない! その我らの誇りは、お前のような小娘に金で買えるようなものじゃない!!」
その一言に、煉獄さんがハと息をのんだ。
「我が一族の心は炎! 燃え尽きることない赫き炎刀が、立ちふさがる悪全てを焼きつくす! それ我が煉獄家の誇りだ!」
ビリビリと空気が震えて、そのクソデカボイスが屋敷へと響き渡る。風圧でも来ているかのような圧が、実際に私の髪を後ろへとなびかせた。無理すぎるわ、これ。
無限列車での煉獄さんの台詞も自然と思いだして。そうか、これも一族で引き継がれてきた言葉なのか。
「父上……」
嬉しそうに、そして涙ぐむように煉獄さんが槇寿郎さんを見た。槇寿郎さんも自分の発しった言葉に驚いたように、目をぱちくりさせながら、自分を見る息子と視線を合わせ、そして更に聞こえたバサバサバサという音に、二人揃ってそちらを見た。そこには呆然と立ち尽くす千寿郎くんの姿があって。
「ち、ちちうぇえ」
こちらはもう泣いていて、ぼろぼろと涙が床へと落ちる。槇寿郎さんは気まずそうに視線をうろうろさせ、居たたまれなくなったのか立ち上がろうとした所を左手を煉獄さんに、右手を千寿郎くんに掴まれた。
「父上、父上、俺は杏寿郎は信じておりましたとも、父上の炎が燃え尽きていないと、ですが、最近の父上を見ていると、俺も辛く、」
「ちちうぇ、ちちうぇえ」
二人の息子に泣き縋られ、さすがの槇寿郎さんも振り払うこともできずそこに鎮座するはめになっている。何これ超絶ハピネス、写真に収めてもいいですか? と言いたいところだが、さすがに私も空気を読む。心のRECは作動中だから大丈夫。
微笑ましくそれを眺めていれば、気まずそうに槇寿郎さんが目線をよこした。今までの自分の行動と、今自分が口走ってしまった本心に、自分でも混乱しているのだと思う。だが、やはりそこは元柱・二児の父。その顔をキリっとしきりなおし、まるで私は上弦の鬼ですか? といったような目線を送られた。
「色々言いたいことはあるが、とにかく煉獄の名は渡すことはできん!」
「えぇ、いいわよ」
「だから渡すことはできないと……は?」
「えぇ、だから渡さなくていいわよって言ってるのよ」
「な、おい貴様!」
「よく考えて頂戴よ、私が煉獄の名をもらったところでどうするっていうのよ。有栖川家は商家。煉獄家は武家。全然違うじゃない。それに、伝統が欲しいなら煉獄の名を捨てちゃ意味ないし」
槇寿郎さんは口をハクハクさせ、煉獄さん、千寿郎くんは涙をひっこませてポカンとこちらを見た。かわいい、非常にかわいい。こんな可愛い一家を焦らせてしまって大変申し訳なかったが、当たり前に最初から煉獄の名をどうこうするつもりはない。一種のショック療法だ。
「煉獄! 千寿郎! 離せ!俺は酒を飲む! 飲まねばやってられん! なんだこの小娘は!」
「は、はなしませんとも!もっと僕とお話ししましょう!父上!」
「千寿郎の言う通りです! 父上!」
父上! 父上と二人の声。
ええいはなせ! と槇寿郎さんはわめているけれど、きっともう大丈夫だろう。原作では煉獄さんの死によって和解した家族だったけど、生きていればこんな姿にもなれたのだ。少しのすれ違いと素直になれない気持ちが、この鬼滅の刃では悲しい結末へと導くのだ。特に兄弟はアカン。
そうして和睦寸前の家族の邪魔もまずいかと、ひっそりと立ち上がり部屋から退出する。静かに廊下へと出れば、心配そうにこちらをうかがっていた炭治郎くんと出会った。放置しててごめんね。
「有栖川さん」
「なんだか家族との和睦タイムになっちゃったから、私達は縁側で茶でもしばきましょうか」
「そうですね」
炭治郎くんがニコニコしてる。これはよくない奴だ。
「わざとあんな風にいって、煉獄さんのお父さんを素直にさせたんですね、さすがです!」
「ばっかねぇ私がそんないい人なわけないでしょ。全ては煉獄家に恩を売るためよ。あなたも表面だけじゃなくて、裏の裏を読めるようになりなさい! いつか困ることになるわよ」
そういってるのに、炭治郎くんのニコニコ笑顔は止まらない。太陽みたいだ。良い人ムーブは困ってしまう、私は良い人に思われたいわけじゃない。
「まぁ貴方にも見どころかあるからね、金で解決できることがあれば何でもいいなさい!」
「はい! 頼りにしてます有栖川さん!」
「それほどでもあるわね! 金でどうにかできることにおいて、私は全知全能よ!」
あなたも私の金に跪きなさい! 悪あがきでそういってみるものの、その生暖かい視線から逃れることができない。台所に向かう道中でも「母さんみたいな匂いがします!」なんていわれてしまう。成金極悪令嬢がそんな匂いさせてるのも問題なので、今度から札束のベットで寝ることにする。紙っぽい匂いになるかな。
まだ屋敷内にいるというその人の姿を探し、煉獄杏寿郎はやや小走りで廊下を歩く。強引ではあったものの、あの後煉獄親子は話し合いを経て、ここ数年あった確執を完全ではないにしろ、良い形へと解消できていた。突然剣を捨てた父の気持ち、それを支えたかった子どもたちの気持ち。そうして妻を、母をなくした全員の気持ち。それを共有したことで、家族の形が、前のように、しかし以前とは異なった形でうまくまとまろうとしていた。
「有栖川嬢!」
玄関口で、帰り支度をしていた少女をやっと見つける。
ショック療法を煉獄家にもたらした少女は、したり顔で煉獄を見た。
「あら、家族の仲良しタイムは終わりかしら」
「う、そういわないでくれ、年甲斐もなく、恥ずかしいかぎりだ」
やや泣いてしまった目は腫れてしまっただろうか。恥ずかしくて煉獄が隠そうとすれば、少女・有栖川はクスリと笑っていた。その姿が見たくて、手で顔を覆うのはやめる。煉獄は容姿の秀麗は割とどうでもいい方だったが、有栖川の見目が可憐だと思う気持ちはよくわかっていた。
「いいじゃない。家族は第一の社会。一番大事にするべき社会よ。私にはもうないから」
「す、すまない! そんなつもりでは」
「私もそんなつもりじゃないから気にしないで。もう随分と前のことだもの」
鬼殺隊の中には、彼女が金持ちの家族に甘やかされてるご令嬢、そう思っている人もいるようだが、彼女が持つ金が彼女が稼いだものであり、その家に親族らしき存在がいないことは、よく護衛する煉獄がよく知るところだ。
「せっかくこの私が出向いたというのに、こんなももてなしは初めてだわ。あなたの父君にも失礼な態度を改めるように伝えておいて頂戴!」
「それは本当にすまないことをした、しかし、あれは君が煽りすぎるのも悪いのだぞ」
「事実だもの」
「よもや……」
悪びれる様子もない有栖川に、煉獄もハハハと引き笑いをする。
「だが、少し惜しかったかもしれないな」
「惜しい?」
「君の親族になっていれば、君の名前が知れたのだろう? 同じ姓を持つことになるのだから、苗字で呼び合うわけにはいかんだろう」
「あぁ、なるほどね」
先の上弦の参との戦闘において、有栖川は参加した隊士に褒美を与えていた。煉獄は、一応の褒美として有栖川を下の名で呼びたいと希望していたのだが、それはすげなく断られている。
「あなたも名前にしつこいわね。そんな大したもんじゃないわよ。有栖川って名前みたいだし」
「いいや気になる! 君は俺の名を知っているのに、不公平ではないか?」
「ないわ!」
「よもや……」
またこの繰り返しである。
しかし、どこかいつもより落ち着いている彼女のしゃべり方・雰囲気に、煉獄は嬉しくなって会話をつづけようとすると、彼女の方から話始めてくれた。
「有栖川は私しかいないから、名前なんてなくていいのよ」
「というと?」
「私の両親は駆け落ちで、母は英国人だから親族は皆海の向こう。父は自分の家の名は捨てて、母方の苗字の有栖川を名乗っているの。その母方の一族は流行り病でほぼ全滅。まぁつまり、私の血族はこの世に両親だけで、その両親は既に死んでいるから、有栖川は私だけってことよ」
そう多くいない苗字だし、私より有栖川を堂々と名乗る奴がいるなら戦って勝ち取るわ、勿論買収よ。と誇らしげに騙る。えっへんと貼った胸に、その赤い、まるで煉獄の名を模したような着物が目に付いた。
「私は結婚しないから、有栖川を名乗るのも未来永劫私だけ。私は私だけで終わるのよ」
「婚約するつもりがないと?! 君程の人であれば、引く手あまただろうに」
「まぁ私の美貌は一級品だけど」
「見目だけではない。勿論可憐だと思うが、俺は君の心の話をしている」
真剣にそういう煉獄に、有栖川は心なしか恥ずかしげに、気まずそうに視線をさまよわせる。
「ま、まぁ当たり前だけどね!」
「うむ! だから君がその気になればすぐにでも可能だろう。今は良いと思った者がいない、ということだろうか」
「というより、あまり興味がないのかもしれないわね。あなたたちに援助して、好きにいうことを聞かせるのを今は楽しんでるわ」
それはもう楽しいわよ、とニコニコとつぶやくが、煉獄はそう言う彼女の姿は八割が演技で、その言葉の真意といえば「あなたたちと入れるのは楽しいわ!」くらいのつもりだと勝手に解釈している。彼女の噂は様々で良い物の方が少ないが、実はいじらしく、しかし誰よりも鬼殺隊を思い、自分を高く評価してくれている。それも煉獄の知るところであった。だからこそ、目の前で一生懸命演技する彼女は、むしろ可愛らしいといっていい。
「ではこの戦いを終えたら検討する、そういうことだろうか」
「え? えぇと、まぁそうなったら考えるくらいはいいかもしれないわね」
考えるように首をかしげる有栖川は、やはり可憐であり、そんな彼女の顔の横に手をつき逃げ道を塞ぐようにして煉獄はやや顔を近づけた。それが現代ではいわゆる壁ドンと呼ばれるときめきイベントだと、当然だが本人は知る由もない。
「それならば、その時用に、先に立候補させてもらってもいいだろうか」
「……なんて?」
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まだ屋敷内にいるというその人の姿を探し、煉獄杏寿郎はやや小走りで廊下を歩く。強引ではあったものの、あの後煉獄親子は話し合いを経て、ここ数年あった確執を完全ではないにしろ、良い形へと解消できていた。突然剣を捨てた父の気持ち、それを支えたかった子どもたちの気持ち。そうして妻を、母をなくした全員の気持ち。それを共有したことで、家族の形が、前のように、しかし以前とは異なった形でうまくまとまろうとしていた。
「有栖川嬢!」
玄関口で、帰り支度をしていた少女をやっと見つける。
ショック療法を煉獄家にもたらした少女は、したり顔で煉獄を見た。
「あら、家族の仲良しタイムは終わりかしら」
「う、そういわないでくれ、年甲斐もなく、恥ずかしいかぎりだ」
やや泣いてしまった目は腫れてしまっただろうか。恥ずかしくて煉獄が隠そうとすれば、少女・有栖川はクスリと笑っていた。その姿が見たくて、手で顔を覆うのはやめる。煉獄は容姿の秀麗は割とどうでもいい方だったが、有栖川の見目が可憐だと思う気持ちはよくわかっていた。
「いいじゃない。家族は第一の社会。一番大事にするべき社会よ。私にはもうないから」
「す、すまない! そんなつもりでは」
「私もそんなつもりじゃないから気にしないで。もう随分と前のことだもの」
鬼殺隊の中には、彼女が金持ちの家族に甘やかされてるご令嬢、そう思っている人もいるようだが、彼女が持つ金が彼女が稼いだものであり、その家に親族らしき存在がいないことは、よく護衛する煉獄がよく知るところだ。
「せっかくこの私が出向いたというのに、こんなももてなしは初めてだわ。あなたの父君にも失礼な態度を改めるように伝えておいて頂戴!」
「それは本当にすまないことをした、しかし、あれは君が煽りすぎるのも悪いのだぞ」
「事実だもの」
「よもや……」
悪びれる様子もない有栖川に、煉獄もハハハと引き笑いをする。
「だが、少し惜しかったかもしれないな」
「惜しい?」
「君の親族になっていれば、君の名前が知れたのだろう? 同じ姓を持つことになるのだから、苗字で呼び合うわけにはいかんだろう」
「あぁ、なるほどね」
先の上弦の参との戦闘において、有栖川は参加した隊士に褒美を与えていた。煉獄は、一応の褒美として有栖川を下の名で呼びたいと希望していたのだが、それはすげなく断られている。
「あなたも名前にしつこいわね。そんな大したもんじゃないわよ。有栖川って名前みたいだし」
「いいや気になる! 君は俺の名を知っているのに、不公平ではないか?」
「ないわ!」
「よもや……」
またこの繰り返しである。
しかし、どこかいつもより落ち着いている彼女のしゃべり方・雰囲気に、煉獄は嬉しくなって会話をつづけようとすると、彼女の方から話始めてくれた。
「有栖川は私しかいないから、名前なんてなくていいのよ」
「というと?」
「私の両親は駆け落ちで、母は英国人だから親族は皆海の向こう。父は自分の家の名は捨てて、母方の苗字の有栖川を名乗っているの。その母方の一族は流行り病でほぼ全滅。まぁつまり、私の血族はこの世に両親だけで、その両親は既に死んでいるから、有栖川は私だけってことよ」
そう多くいない苗字だし、私より有栖川を堂々と名乗る奴がいるなら戦って勝ち取るわ、勿論買収よ。と誇らしげに騙る。えっへんと貼った胸に、その赤い、まるで煉獄の名を模したような着物が目に付いた。
「私は結婚しないから、有栖川を名乗るのも未来永劫私だけ。私は私だけで終わるのよ」
「婚約するつもりがないと?! 君程の人であれば、引く手あまただろうに」
「まぁ私の美貌は一級品だけど」
「見目だけではない。勿論可憐だと思うが、俺は君の心の話をしている」
真剣にそういう煉獄に、有栖川は心なしか恥ずかしげに、気まずそうに視線をさまよわせる。
「ま、まぁ当たり前だけどね!」
「うむ! だから君がその気になればすぐにでも可能だろう。今は良いと思った者がいない、ということだろうか」
「というより、あまり興味がないのかもしれないわね。あなたたちに援助して、好きにいうことを聞かせるのを今は楽しんでるわ」
それはもう楽しいわよ、とニコニコとつぶやくが、煉獄はそう言う彼女の姿は八割が演技で、その言葉の真意といえば「あなたたちと入れるのは楽しいわ!」くらいのつもりだと勝手に解釈している。彼女の噂は様々で良い物の方が少ないが、実はいじらしく、しかし誰よりも鬼殺隊を思い、自分を高く評価してくれている。それも煉獄の知るところであった。だからこそ、目の前で一生懸命演技する彼女は、むしろ可愛らしいといっていい。
「ではこの戦いを終えたら検討する、そういうことだろうか」
「え? えぇと、まぁそうなったら考えるくらいはいいかもしれないわね」
考えるように首をかしげる有栖川は、やはり可憐であり、そんな彼女の顔の横に手をつき逃げ道を塞ぐようにして煉獄はやや顔を近づけた。それが現代ではいわゆる壁ドンと呼ばれるときめきイベントだと、当然だが本人は知る由もない。
「それならば、その時用に、先に立候補させてもらってもいいだろうか」
「……なんて?」
「君の相手候補に、俺を加えておいてほしいと言ったのだ」
ポカンとした表情に、煉獄は今度は自分がしてやった! と嬉しい気持ちになった。彼女に驚かされることは大けれど、なかなか自分が驚かすことができたことはない。
「いつか来るその日まで、俺の死ねない理由になってほしい、というのは聊か欲深すぎだろうか」
だが、自分の欲しいものを分かるようになれ、とそういったのは君だろう?
それが人生において一度言うかいわないかの大事なセリフであると、言っている煉獄自身も気づいていないが、いわれている本人もまだ呑み込めないように口をパカパカとさせている。しかし赤面した様子は煉獄の熱意が少しは伝わっているのが見て取れた。そして、そんな茹蛸状態の彼女がやっと発した一言が
「わ、私は、私より年収が高い人しか考えないから!」
そう叫び、シュとしゃがみこんが彼女はそうして煉獄の腕の囲いかが逃れるようにして玄関を出て行った。
「よもやよもや」
これは楽しい事になる。
そう心で呟きながら、煉獄も赤くなった頬をかいた。