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以前とは違いすぎる戦力だけれど、それでも余裕さを隠しもしないのがやはり上弦の鬼である。立ち止まって会話している時以外、ほとんどその姿を目に留めることができなくて。結局戦力が増えても、ある程度致命傷を与え頸を斬るまで、鬼は再生してしまうから一緒なのだ。
「鬼にならないなら殺す」
あー!お客様、困りますお客様ー!と叫び出したいくらいだったが、猗窩座の破壊殺はもう展開されてしまっている。それを錆兎さんが受け流し、煉獄さんが猛攻し、最後にカナエさんがトドメへと呼吸を繰り出す。金しか持たない私はハラハラと見守ることしかできない。猗窩座に札束ビンタとかが効くならやってやるけど、どう考えたって無意味だ。
「花の呼吸伍の型――徒の芍薬」
カナエさんから花の連撃が繰り出される。それを全てよけきった所に煉獄さんと錆兎さんが攻撃をしかけ、猗窩座は乱式で三人を遠ざけ、バク転するようにして後ろへと跳ね退いた。
「二人も柱がいるとは心強い! このまま止めを刺す!」
「俺はもう柱ではないぞ」
「私もしのぶにお願いしたので、もう柱ではありませんよ」
のんきに話しているように見えるが、三人共肩で息をし、その表情は硬い。三対一という数的有利を前にしても上弦の参・猗窩座に勝機が見えてこない。それはそうだ、百年以上変動のない上弦の月。いずれ欠けることを私は知っているけれど、今の鬼殺隊には上弦の鬼を倒した者もいない。
「柱なのは杏寿郎だけか、しかし、他二名も素晴らしい実力、やはり全員鬼になれ! 鬼になり剣技を極めるのだ!」
「男なら! 散る姿もまた!男らしくあるべきだ!」
話がかみ合っておりません。と思うものの、カナエさんはニコニコしてるし、煉獄さんは「うむ!」とかいってて、突っ込み不在のこの空間では誰も何もいってくれない。急募:風柱。
そんな風に私がさねみんを急募している間にも戦闘は続いていって、猗窩座に傷を負わせるもののすぐに治り、三人の傷ばかりが増えていく。『どう足搔いても人間では鬼には勝てない』その言葉を、如実に表しているようだ。
「錆兎!」
近くにいる炭治郎くんが叫んだ。下弦との戦いがどうなったのか不明だが、傷を見るにやっぱりあの車掌を助けたんだろう。それでこそ我が推し。だけど傷ついている姿を見たくなかった! あとで私が投資して医療技術が百倍はアップした蝶屋敷に運んであげるからね、隠の人が!
そんなくだらない事をいっている間に、猗窩座の一撃が錆兎さんの脇腹をえぐるように直撃した。口から血が流れ出て、それに一瞬気を取られたカナエさんも空式によって後ろへと吹き飛ばされる。まずい、と思った時には煉獄さんと猗窩座の二人、という状態になっていた。既視感しかない。え、これまずいよね。
「お前たちの素晴らしい連撃も、俺では一瞬にして治ってしまう。どう足搔いても人間では鬼に勝てない、そうだろ杏寿郎!」
「俺は俺の責務を全うする! ここにいる者は誰も死なせない!」
背負うように構えた刀の、悪鬼滅殺が光ったようにすら見える。煉獄さんの宗教発足とも呼ぶべき名言が発せられて、私ももう足がぶるぶるである。原作を読んでいたころは号泣していたけれど、生で聞いたらそんなことをしている暇もない。心が震え、魂が震える。
「炎の呼吸奥義 玖の型――煉獄」
「破壊殺・滅式」
二人の最大奥義がぶつかり合う。
なんてことだろう。私は、私はこれを起こさせないために、そのためにここまで来たのに。こんな日を迎えないために多くのことをしてきたのに、私は結局何もできなかったのか。そんな絶望と一緒に、まるで冷たくなったような血が全身へと回って私の膝はガクリと床に落ちた
父君が自暴自棄になっても自ら鍛錬を積んで柱となった志の強い人。
母君の言葉を信念に、弱気者を常に助けてきた信念と実力のある素晴らしい人。
人間の儚さを美しいといい、鬼にはならないと宣言できる、そんな、そんな聖人のような人。
煉獄杏寿郎。
ここで死んでいい人じゃない。
原作を読んだ時以上の衝動が私の頭に体に響いて、手がわなわなと震える。
「煉獄さん!」
炭治郎くんの声が響いて、土煙が晴れていく。そこには猗窩座の腕が貫通した煉獄さんがいるはずで、私は目を覆いたくなって、でも、煉獄さんの生から目を逸らしたくなくて、顔を覆いたくなった手を止めた。
でも、そこに広がっていたのは原作通りの展開ではなかった。
「煉獄の刃はここでは途切れさせない!」
「あなたも人間だった時があったはず! それなら、人の儚さも美しい、それがわかるはずですっ!」
煉獄さんの腹に貫通しているはずの右腕は錆兎さんが受け止め、空いた左腕に突き立てるようにしてカナエさんの刀が突き刺さっていた。滅式による攻撃は煉獄さんを少なからず傷つけているようだったが、その胴は健在だ。
「お願い! 煉獄君!」
カナエさんの必死な声が響く。満身創痍の煉獄さんがハっとしたようにそれを振りかざした。
「オオオオオオオ!」
猗窩座の頸に煉獄さんの刃がメリメリと食い込んでいく。原作では煉獄さんが受け止めた左腕も今はカナエさんが刀ごと抱きしめるようにして止め、追撃しようとした右腕を錆兎も掴むようにしてそれを阻止した。腕を固定された猗窩座は首に食い込んでいくその刀に焦ったように唇を噛みしめる。
「退けぇえええええええ!」
猗窩座の声が響いて、駆け出していた炭治郎くんの動きが思わずといった風に止まった。
伊之助くんが加勢しようと駆け出して、でも猗窩座は両腕をねじ切るようにして上へと跳ねとんだ。それに気づいた煉獄さんが更に上空へと技を放ち、原作ではそのまま逃げた猗窩座が森ではなくてこちら側へと吹き飛ばされる。
あれ、こちらってどういうことだ?
段々と近づいてくる猗窩座の体。それは私ではなくて、そう私の隣の炭治郎くんの少し前へと着地した。
これまずいんじゃないのか。
炭治郎くんは今こそ! といったように日輪刀を構え、猗窩座はそれを見て明確な殺気をそちらへと向ける。だめだ、だめなのだ。今の炭治郎くんでは、勝てない。そう思ったとき、煉獄さんの言葉が頭に響く。
心を燃やせ。
そしていつか見た、炭治郎くんの笑顔が私の脳内いっぱいに広がって、あー推しの笑顔ってまじで生きる活力。今日が月曜日だとしても頑張っちゃうぞ! なーんて前世での私の言葉が頭をよぎった。頭をよぎったのはいいとして、私の体はなぜか震える膝を無視して駆け出していた。そう、猗窩座と炭治郎くんの前に乗り込むようにして。
「有栖川さん!」
うそすぎない?(本日三回目)
なぜ、私は間に入っているんだろう。
自分が戦闘において役に立たないことは私自身が一番わかってるはずで。あれ、私って我妻善逸くんだっけ? てか、無力だからこそ私は戦闘においては本当に無価値で、そうなる前に全て手を打ってきたのだ。カナエさんが死ぬ日を予想して、そこに助け花札をして引き止めたり。最終選抜には死者がでないようにしたり。助けられなかったこともあったけど、全部、全部金の力でどうにかなることを、先手先手で行ってきた。その私が、戦闘に飛び込む・・・? それってつまり、
ジ・エンド・オブ・有栖川。
この先も、私は遊郭編前に遊郭全部買い取るぞ大会とか、刀鍛冶の里襲撃とかどうにかなんないかな検討会とか、あーでも柱の皆さんと炭治郎くんの友情イベントはどうしようとか。全国に藤の木植えます運動とか、孤児院だってまだまだ手のかかる子が沢山いるのに。
あ~鬼殺隊の推しの皆さん、私の命はここで終わりますが、私の金・財産・権利は全て産屋敷さんにわたるよう遺書を書いておりますので、そちらの通りお願いいたします。大丈夫、絶対次もすぐに生まれ変わって、成金になって、また鬼殺隊のゴールドカードになるからね! そう心に誓って、私はギュっと目をつぶった。さらば鬼殺隊、さらば推したち、私の愛よフォーエバー。
そうして全身にギュと力を入れて数秒、しかし私の体に痛みは走らなかった。
「いっただろう! ここにいる人間を誰も殺させはしないと!」
そこには猗窩座の頸に刀を突き入れた煉獄さんがいたのだった。
「有栖川嬢は死なせない! 全員を守り、お前の頸を切り、俺たちは帰還する!!」
燃えるようなその瞳を正面から見た。
私、今日から夢女子になります。そう宣言したい程の闘気。そう、私はこの闘気を、そして闘気を秘めている後ろの少年も、周りの人々も、皆、皆で帰りたいのだ。
「杏寿郎! 退け!!」
「退けん!」
しびれを切らした猗窩座が、煉獄さんの腕を掴み背負い投げするようにして前へと体重を逸らした。煉獄さんのどこを見ているか分からない瞳が私を見る。とても私に支えられるとは思わなかったけど、私は煉獄さんを受け止めるように両手を広げた。飛び降りた時とかもワンクッションあるだけで違うとかいうじゃん?私飛び降りたことないから知らんけど。それに多分この細腕じゃ私の方が大ダメージだけど。
「竈門少年!」
だけど、私に気づいた煉獄さんがそう叫び、それを汲み取ったのか炭治郎くんが私の腰に抱き着いてそのまま自分ごと横に倒れた。そうして空いたスペースに煉獄さんもどしゃっと崩れながら着地する。
「逃げるなー!!」
息をつく暇もなく炭治郎くんはそう叫び、日輪刀を槍みたく構えて走り出した。その先にはなんとかといった様子で立ち上がるカナエさんと錆兎さんがいる。二人とも生きてる。
刀が刺さっても太陽から走り逃げる猗窩座を見ながら、炭治郎くんが「煉獄さんの勝ちだ!」と叫び出した。私もそう思う、猗窩座を倒せなかったけどこれは煉獄さんが作り出した勝利だ。近くに伊之助くんもやってきてプルプルと震えてる。いや、煉獄さん生きてるから、そんな死んだみたいな反応止めてくれ。
「有栖川嬢、けがは、ないか」
「ばかじゃないの! あなたの方が満身創痍じゃない! 私の心配なんてしてるんじゃないわよ傷がひらくでしょ! ほぼ無傷よありがとう!」
やっぱり私って善逸くん??
そんなキレ芸する私だったが、煉獄さんがニッコリと笑うので、原作の死ぬ前のその瞬間を思い出した。そんな顔しないで、泣きたくなるから。
「竈門少年も、こっちにおいで。もうそんなに叫ぶんじゃない」
原作と一緒です、やめてください。
そう思ったら涙が溢れ出していた。
「あ、有栖川嬢! やはりどこか怪我を!」
「ああありすがわさん! 大丈夫ですか!」
「二人ともでかい声だすんじゃないわよ! ばかぁー!」
もう安心と原作展開と感動で気持ちはぐちゃぐちゃで、柄にもなくわんわん泣き始めてしまった。
「私は生まれた時以外泣いたことないんだからねっ、こ、光栄におもいなさいよ」
心配した錆兎さんとカナエさんも、よろよろになりながら近寄ってきた。つられるように炭治郎くんと伊之助くんも泣き出した所で、完全に朝日が私達の顔を照らした。よかった、みんな無事で本当によかった。
「もう、大丈夫だな」
錆兎さんの声が響く。
煉獄さんは日の呼吸の話をさっさとして、隠の皆さんは早く迎えにきてください。私が泣き止んだ後でね。そう祈りつつ、無限列車編無事救出、と私は心の中でガッツポーズをした。
登ってきた隊長が、すごく眩しくて。
ここにいる全員で、そして鬼殺隊の皆で、最後もこうして、太陽を浴びたいと思った。
前の話・2話(novel/11814297)