軍港として歴史を刻んできた横須賀が、新しい町として飛翔しようとしている。新たな産業の柱として観光に力を入れる同市は、近年、アーバンスポーツや音楽、サブカルチャーとのコラボイベントなどのコンテンツに力を入れ、新しい来訪者を呼び込んできた。その中でも、ひと際異色なのが2019年に始まった芸術祭「Sense Island(センスアイランド) -感覚の島- 暗闇の美術島」だ。東京湾唯一の自然島で、無人島である猿島を舞台に開催、22年度にはグッドデザイン賞を受賞したイベントだ。「唯一無二」をうたうユニークな芸術祭のコンセプトから、今後の展開についてまで、芸術祭のプロデューサー、パノラマティクス主宰の齋藤精一氏と同イベントを担当する横須賀市文化スポーツ観光部 企画課 エンターテイメント推進担当 主査の下山麻里氏に話を伺った。そこから浮かび上がるのは、未来をにらんだ求心力のあるまちづくりにおける意外な発想だ。

軍港都市として発展してきた横須賀市は、観光客の約7割を男性が占めてきた。同市は観光を新たな産業の柱として成長させるため、2014年に「横須賀市観光立市推進条例」を制定、「観光立市よこすか」に向け大きく舵を切り、海洋都市としてだけでなく、「音楽・スポーツ・エンタテインメント都市」としての発展に向けた施策を推進する。既存の観光客層に加え、女性や若者をはじめ幅広い層を市へ呼び込むためだ。

近年は世界の強豪が参加するウインドサーフィンの大会を毎年開催(コロナ禍で一時中止)。昨年は自転車競技BMXの大会を初開催、共催の全日本フリースタイルBMX連盟よりこの大会用競技施設の貸与を受け常設施設とするなど、アーバンスポーツの聖地も目指す。ICT教育をにらみeスポーツにも力を入れ、高校生の大会を開催、市内の旧公舎を利用しプロのeスポーツチームも誘致している。アニメ、ゲームなどサブカルチャーとのコラボイベントにも積極的で、音楽では、市内の無人島・猿島で同市とエイベックス・エンタテインメントが音楽イベントを開催するなど、若者をはじめ新たな層に発信するコンテンツを次から次へと繰り出し、観光客層も徐々に変わり始めている。

そうした中、19年、これらとは一線を画すコンテンツが登場した。芸術祭「Sense Island(センスアイランド) -感覚の島- 暗闇の美術島」だ。

2019年に始まった横須賀市の芸術祭「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島」は、通常は島に上陸できない夜に開催される。島から本土を見れば海の向こうに横須賀の町の夜景が広がり、さらに非日常感が沸き上がる
2019年に始まった横須賀市の芸術祭「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島」は、通常は島に上陸できない夜に開催される。島から本土を見れば海の向こうに横須賀の町の夜景が広がり、さらに非日常感が沸き上がる
(写真:大塚千春)

開催場所は、エイベックスとの音楽イベントの会場ともなった猿島。東京湾唯一の自然島で、湾内最大の無人島だ。商店街やビルが立ち並ぶ本土から船でたった10分ほどだが、そこに樹木が生い茂る別世界が現れる。22年11~12月には3回目が開催された。「暗闇の美術島」とあるように、舞台は夜の島。15年に国史跡に指定された明治の軍事遺跡が残る公園で、通常は入島できない時間帯に開催される。島には明治時代に建てられた発電所があるもののほとんどの場所に電気は通っておらず、日が落ちれば闇に包まれ、芸術祭はその暗闇の中で開催される。「唯一無二の芸術祭」と言われるゆえんである。

猿島だからこその「ライトダウン」

「初めからアートイベントを考えていたわけではなく、夜の時間帯の猿島を活用したいと検討を始めたのが、スタートラインでした」と明かすのは、横須賀市文化スポーツ観光部 企画課 エンターテイメント推進担当 主査の下山麻里氏。同島は、それまでも重要な歴史遺産が残る観光地であることなどで、コロナ禍前の観光客数は年間約22万人、市外からの観光客に人気の島だった。そこで、横須賀市は夜間の猿島を活用したいと、最先端のメディアアートを展開し、行政や企業などの企画、アドバイザーとして活躍するパノラマティクス主宰の齋藤精一氏に相談を持ち掛けた。

「当時は(先端的な)ライトアップを駆使したコンテンツが増えてきており、いいなと思っていました。そこで、猿島でもライトアップ系のイベントをするとよいのではというイメージを思っていたんです」と下山氏は話す。ところが、齋藤氏から返ってきた提案は意外なものだった。「(この島でやるなら)ライトアップではなくライトダウンですね」

「猿島には自然に囲まれた史跡があり、日常から離れた場所です。だから、ライトアップのようなきらびやかなものではなく、ライトダウンでしょうと。その中で一般的なイベントではなく、この島でしかできない、アートの文脈に沿ったものを見てもらう方がいいと、お話いただきました」と下山氏は当時を振り返る。本格的な芸術祭と、広い客層を想定したであろうライトアップイベントでは、方向性が大きく異なる。戸惑いはなかったかと聞くと、「横須賀のことをよくご存じで、齋藤さんがアートの文脈でやりますとおっしゃるなら、それが正しいんだろうと思ったんです」(同)

「Sense Island」のプロデューサー、パノラマティクス主宰の齋藤精一氏
「Sense Island」のプロデューサー、パノラマティクス主宰の齋藤精一氏
(写真:Muryo Honma (Rhizomatiks))

齋藤氏は神奈川県出身で、以前よりよく横須賀には訪れ、面白い町だと思っていたという。「ライトアップは色々な場所で行われていて、やり方もあると思いますが、どこもかしこも同じように見えてしまいがちなんです」と齋藤氏は指摘する。「横須賀には、横須賀美術館というすばらしい美術館があるのですが、アートの匂いがあまりしない。そこで、アーティストがしっかり表現できるような場所にしたいと考えました」(同)

猿島の夜を舞台に、齋藤氏がまず「見せたい」と強く思ったのは、暗闇の中で感じる濃厚な自然だ。東京からたった1時間半ほどで訪れることができる場所でありながら、自然に恵まれた島では、木々のざわめきや匂いが漂い、波音が聞こえてくる。「猿島のように、非常に人工的な町から2キロもないようなところにある島は、珍しい。それも、本土側にも昔からの歴史が積み重なった横須賀という町がある。そこから自然に放り出されるというのは、得がたい体験だと思いました」(齋藤氏)。また、人間の動物的感覚は、暗闇だからこそより研ぎ澄まされる。明るい時には気にしないような、自分が歩いている土地のテクスチャーも足裏に伝わってくる。「だから、あえて真っ暗な中で自然を感じてもらおう、自分の生物としての能力を感じてもらおうというイベントを考えたんです」(同)

「真っ暗」とするために、同芸術祭では参加者に上陸時、スマートフォンなどの電子機器を封筒に「封印」してもらう。そして、案内人の持つわずかな光を頼りにしながら島内に点在する作品を巡るのだ。「僕も含めて、今は大人も子どもも暇さえあればスマホを見ている。これだけ外にすばらしい世界があるのに、スマホばかり見て情報に追われている。だから、人間の感覚を取り戻すようなイベントをやりたいと思いました」と齋藤氏。「他の芸術祭で気になるのが、例えば1番の作品を見たら車で移動して2番へ向かうなどという風に、スタンプラリーのようになっていること。本来は、作家の作品を通して、その土地を体に入れていくという作業が芸術祭だと僕は思う。スマホを持っていると、それができなくなるんです」。土地を感じてもらう芸術祭は、美術館とは異なり1つの作品を見てから次の作品を見る間が非常に大事だと、同氏は考えているのだ。

「Sense Island」では、濃厚に横須賀、猿島という場所を意識させる作品が展示される。上は、中村公輔+中村 寛+原田祐馬『OFF LIMITS』(撮影:Naomi Circus)
「Sense Island」では、濃厚に横須賀、猿島という場所を意識させる作品が展示される。上は、中村公輔+中村 寛+原田祐馬『OFF LIMITS』(撮影:Naomi Circus)
文化人類学者の中村 寛氏が中村公輔氏(プロデューサー、レコーディングエンジニア)、原田祐馬氏(アートディレクター、デザイナー)と協働制作した作品で、横須賀で散見される「OFF LIMITS」の看板を端緒に、その後のフィールドワークを通じて、当初の意味をとらえ直し物語に昇華させている
上:石毛健太『コウモリの会話』、下:HAKUTEN CREATIVE『Tree says 「  」』(写真:©Naomi Circus)
上:石毛健太『コウモリの会話』、下:HAKUTEN CREATIVE『Tree says 「  」』(写真:©Naomi Circus)
作品は島の史跡や自然の中に展示される