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私は結局、すぐに東京に帰った。それが昨日のこと。
そして今日には早速、3人揃って家にやって来ている。準備の早いことだ。
「ごめんなさい、ひとりちゃん」
「ぼっち。悪かった」
喜多ちゃんとリョウさんは一応、私に頭を下げてくれた。私のことが気に入ってくれているのだとしても、もうマンションの前で口論されるなんてごめんだ。
「ご……ごめんね、ぼっちちゃん」
続けて虹夏ちゃんも謝罪の言葉を口にする。最初の方は噛んでいたけれど、もういいよ、この際は気にしない。
虹夏ちゃんの中では私が悪いんだろうけれど。
「あの……バンドやめたりはしないので、1週間くらい放っておいてくれませんか」
私はそう提案すると、皆にはとりあえず一旦帰ってもらった。これでしばらくはロインすら送られてはこないだろう。
私は昨日、虹夏ちゃんにある条件を提示した。
「虹夏ちゃんなら……きっと耐えられる」
1週間の間、私なしでメンタルを正常に保つこと。それをクリアしたら、私は虹夏ちゃんの告白をOKすることにしたのだ。
リョウさんと喜多ちゃんは、私では付き合い切れないことが判明している。でもまだ虹夏ちゃんは分からない。
そう、アンフェアなんだ、虹夏ちゃんとだけはまだ何もしていないから。別に虹夏ちゃんのことは全く嫌いじゃない。最初に告白された時だって……ドキっとしなかったとは言い切れない。私がいないと何もできない人間じゃないなら、虹夏ちゃんは間違いなく完璧な人だ。
うん、決して虹夏ちゃんのことがとても気になっているとか、そういうのではない。多分、恐らく、違っていてほしい。
1週間経った。
虹夏ちゃんは本当に偉いと思う。不安定になるどころか、私に一度も連絡してこなかった。正直驚いたけれど、私が虹夏ちゃんのことを勘違いしていただけなんだと思う。ごめんね、本当に。
私は起きてすぐ、ロインで虹夏ちゃんに連絡をした。これから家に来てください——。
「……早く返事こないかな」
私は虹夏ちゃんに何と言えばいいのかを考える。私も好きです……いや、これは変だ、というか恥ずかしい。嫌いじゃないけど、恋って難しい。これからよろしくお願いします……ああ、これなら悪くない。そう言おう。バクバクの心音が思考を邪魔する。やっぱり緊張するな、私に恋人ができるなんて。虹夏ちゃんが彼女、虹夏ちゃんが彼女、私が虹夏ちゃんの彼女……。
恥ずかしい! 恋ってすごいな、これはやっぱり陽キャの遊びなんじゃないのか。虹夏ちゃん早く返事してよ、ソワソワが止まらない。
そして——夜になっても返事がない。虹夏ちゃん、約束の日付間違えてるのかな。私の平静はもう壊れそうだ。いっそのことこちらから会いに行ってしまえ。
そんな勢いに乗って私は家を飛び出た。虹夏ちゃんはバンドが売れ始めてからも相変わらずSTARRYの上に住んでいる。
今日の自宅からそこまでの道のりの記憶はほとんどない。恋人同士のやることを浅い知識で想像していたら到着していた。
「虹夏ちゃーん」
インターホンを押してから呼んでみる。応答がないので星歌さんもいないようだ。
ドアノブに触れてみると、扉がすんなりと開いた。
「鍵開けっぱなし……入りますよー」
何度も入ったことのあるこの家の靴の並びをチェック。虹夏ちゃんはいるようだ。スマホを見ていないのだろうか。
「虹夏ちゃん、いますか?」
「……いるよ」
突然声だけ聞こえてきたので、驚いて電気をつけた。
リビングで突っ立っている虹夏ちゃんの眼が、真っ赤に腫れている。
「あの、大丈夫ですか」
「……1週間の間に起きたこと、教えてあげるよ」
よく見ると以前よりも不健康に痩せている虹夏ちゃんが続ける。
「ほとんど寝れなかった。ほとんど何も食べてない。変だよ、ぼっちちゃんと話してないと、勝手に目から溢れてくるんだ、はは」
「あ、あの……」
「ねえ、なんでぼっちちゃんは私のヒーローなのに、私以外のヒーローにもなろうとするの? なんで? 変だよ、おかしいよね、こんなのさ、ねえ」
「ひぃ……!」
「どこ行くの」
後退りすると虹夏ちゃんは突然立ち上がる。右手には光っている何かが——
……光っている!?
「虹夏ちゃんそれ置いて! 今すぐ!」
「なんで。嫌だよ、ぼっちちゃんのために今日なんとか作ったんだから」
「作った!? 刃物を!? 私のために……ああ!」
刺される! 刺されてしまう! なんでいっつもこうなるの? 私が悪いんですよねそうですよね……!
投げやりダッシュ。
「ちょ、ぼっちちゃん!?」
振り返らずに私は逃げ走る。火事場の馬鹿力で足を捻りそうになるが止まらない。
もうどうにもならない。結局私の周りにまともな人なんていないんだ。また脚がすくみそう。虹夏ちゃんが怖いんじゃない。私は今、本当に意味の分からない気分だった。