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それから3日経った。
私は考えを改めないといけないかもしれない。
「ひとりちゃん、ご飯できたわよー」
「ありがとうございます」
今は昼ごはん。私は〝あの喜多ちゃんと〟普通に会話をしている。私たちが出会って数ヶ月の頃は、こんな風に仲良くできていたような気がする。
私は知らなかった。まさか喜多ちゃんが、こんなに良い同居人だとは思わなかったんだ。
家事は当たり前のように全部やってくれているし、私がやるよりも丁寧だった。夜中だって同じ部屋で寝たいとは言うけれど、ベッドの中に入ってきたりなんてことはない。私の私生活も一切邪魔しないし、刺してきそうな気配なんて全くない。そして何よりご飯が美味しい。すごいなあ、栄養バランスもしっかり考えられていて、おかげで何だか気分が軽い。
朝もすぐ起きられるし、さっきは息抜きと称して久々に一緒にゲームもした。
はっきり言って……楽しい。
「美味しいかしら」
「はい」
「ん、よかった」
「あの、お皿洗いは私が」
「ダメっ。その時間、ギター弾いたり作詞したりできるじゃない」
「流石に申し訳ないんですけど……」
「私が勝手に住みたいって言ってるんだからいいじゃない」
「うぅ」
一日が終わって、ベッドに入る。喜多ちゃんは相変わらず床に敷いた布団に潜り込んでいる。
楽しかったな、今日も。充実しているし、健康的だし、仕事の方も割と進んだ。結構理想的な日々を送れている。
あれ、なんでこうなったんだっけ。
「ひとりちゃん」
布団からベッドにいる私に話しかけてくる喜多ちゃん。
「追い出さないのね、私のこと」
「追い出す理由が特にないので」
「ね、言った通りでしょう?」
「……むしろ助かってます。生活習慣も良くなったし、一人でいるより全然良いです。想定外でした」
「まあこの3日間は外で仕事がなかったからね。明後日はラジオの後リハ。結構ハードワークだけど、そこで私がちゃんとサポートできるかどうかが勝負どころよ」
「私のサポート……ですか。結束バンドで一番大事なのは、ボーカルである喜多ちゃんなんですよ? むしろ私が支えるべきです」
「ひとりちゃん。私ね、あなたがいなかったら結束バンドには入らなかったわ」
言い返せない。
確かにそうだ。喜多ちゃんは一回だけ、このバンドのライブをドタキャンしているんだから。その後正式に加入した時、その前と違ったのは私の存在の有無だけ。
「……ひとりちゃんも人間だから、そのうち誰かと結ばれるでしょ? 今は恋が分からないと思うけど、そういうものよ」
「……そうなんですかね」
「でもあなたが一番輝くのは、私があなたの相手の時なの。他の人……例えばよく分からない人が相手なのは論外。ファンもダメ、ファンっていうのはひとりちゃんのプライベートや私情を知らないから」
「まあ、それはそうでしょうけど」
「リョウ先輩はひとりちゃんのこと結構分かってると思うけど、私と違ってだらしないからダメ。伊地知先輩はひとりちゃんのことでいっぱいだから、支えることはできない。だからダメ」
「私は誰とも付き合う気なんて——」
「じゃあ……いっそ私を選んで」
喜多ちゃんが立ち上がる。
暗闇の中でも、こっちに向かってきているのだけは判別がつく。
ベッドに横たわる私を見下ろしてくる。そんな目向けないで。どう見ても私のこと好きじゃないか。
知っているんだ。私は押しに弱い。弱すぎる。
だから今の謎のモテ期にも流されないようにしているのに。
なんで喜多ちゃんは二人きりだとこんなに良い人なんだろう。
「ひとりちゃん、今の私を押し返せる?」
顔が近づいてくる。どんどん腰を下ろして。
これ、キスされるよね。絶対そうだ。
「手で押しどけないの?」
手が動かない。
3日前なら即座に反応して喜多ちゃんを突き飛ばしていたはずの両腕。これが場に流されるっていうことなんだろう。ああ本当にヘボヘボ!
「もう、唇がくっついちゃうね」
ニヤッとしないで。
本当にこの人、顔綺麗……て! 見惚れている場合じゃない!
押しどけないと! 動いて動いて動いて! キスなんて、されてもいいなんて微塵も思うなよ私!
——ピンポーン。
は?
「きゃ……びっくりした。誰よ、一体」
喜多ちゃんがビクッとして離れていく。
今の時刻は0時前。私は脳内の混乱から一気に目覚めた。こんな時に来る人なんて、2人しか心当たりがない。
インターホンのカメラが映し出しているのは、その2人どちらもだった。
リョウさんと虹夏ちゃん。
何時だと思ってるんだ……。そもそも連絡も来ていない。
頭を抱えていると後ろから喜多ちゃんが一声。
「ふうん」
部屋着として貸していたジャージ着のまま早足で玄関から飛び出ていく彼女を見て、ハッとする。
「やば……!」
追いかけないと! エントランスで問題でも起きたら私がこのマンションから追い出されてしまう。
下に駆けつけると3人がいた。インターホン越しの映像が幻覚だと信じていたのに。
そしてもう重苦しい空気がそこを漂っていた。
「何しに来たんですか……」
なるべく怒気を含めて言おうとしたけど、この人たちが怖すぎてかなり引っ込んだ声になってしまった。
リョウさんが答えた。
「何これ。私は出禁なのに郁代は良いわけ?」
どう見ても冷たい怒りを放っている。
虹夏ちゃんが答えた。
「ぼっちちゃん、嘘だよね? 嘘だよね……?」
完全にバッドに入っている。
なんて言い訳しようか考えて、とりあえず口を開こうとしたが喜多ちゃんに先を越された。
「私、3日前からここに住んでるんです」
あああ余計なこと言わないで!!
「今いいところだったのに、先輩方の呼び鈴のせいで台無しになりました」
「へえ……良かったじゃん、郁代」
「……良かった? 寝ぼけてるんですか?」
「喜多ちゃん、ぼっちちゃんに何したの? ねえ、ねえったら」
「生活を手助けしてるだけですけど」
「今寝るところだった? 二人とも髪が少しだけボサっとしてる」
「ご名答です、リョウ先輩」
「でもそれが『いいところ』だったってことは……良からぬことが起こりかけていたってことだね」
「チッ……」
「ねえぼっちちゃん、なんで、なんで喜多ちゃんなの? なんで?」
「郁代が住めるなら私も住む」
「はあ!? 死にたいんですか、へえそうですか」
「ぼっちとはこの前ハグまでいったからね」
「え、何それひとりちゃん本当? おかしいよね? リョウ先輩とそこまでいってるなんておかしいよね?」
「ぼっちちゃん、私ぼっちちゃんにちゃんと触れたことさえないよ。酷いよ、なんで、なんでなんでなんで」
「伊地知先輩は一番ひとりちゃんとサシで飲んでますよね? 黙ってください」
「ぼっち……郁代と住んでるなんて話が違うよね。どう説明してくれるの?」
「ひとりちゃんひとりちゃんひとりちゃん」
「ぼっちちゃんぼっちちゃんぼっちちゃん」
「ぼっちぼっちぼっちぼっちぼっちぼっち」
私、本当に死ぬんですか?
私は————
ぼ喜多回。