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「流石にどうしよう……」
今は夕方。
私は今震えています。止められません。いや本当に誰か助けて。
喜多ちゃんからのロインなんていっつも50件前後は溜まっているから内容なんて気にも留めないのに、流石にこれはまずい。
——一昨日リョウ先輩と何してたの?——
家に入るところを見られていたのか? よく考えたら当然だ。喜多ちゃんは私を大抵見張っているんだから。でもまずい。なんで2日経った今になってこんなの送ってくるんだろう。よく分からない行動ほど不気味なものはない。
そういうわけでベッドの中で震えている。私これからどうなるんだ。喜多ちゃんに消される? あり得る。いやだ、まだ死にたくない。
……キッチンから音がする。何これ、ゴキブリがいる時の小さな音でもない。というかここは高層階だからそもそも虫なんて出ない。金属の音。ああ、これは誰かが料理をしている。でもおかしい、この家には私しかいない。
あまりに恐ろしくて身動きが取れなくなっていたら、寝室に誰かやってきた。侵入者だ。泥棒か、ああ私殺されるんだ。
「ひとりちゃん、ここにいたの?」
知っている顔! 喜多ちゃんだ! でも助かっていない! 片手に包丁!
「あ、あの……あはは」
「ロイン見た?」
「み、見てないです……」
「そう。まあ別にいいわ」
「ほ、包丁おろしてください」
「あっごめんね! 今料理してたの」
「…………いやいやいや! なんでここにいるんですか!」
色々意味が分からなくて肝心なことを聞き忘れていた。鍵かけたはずなのに。というかエントランスどうやって潜ったんだ。
「まあ細かいことは良いじゃない」
「良くないです!」
「それよりイライラしてる時にお肉刻むのって楽しいわあ」
「ヒッ!」
「ひとりちゃんもこっち来る?」
「いいです! 行きません!」
通報した方がいいのか?
ううん、バンド解散だけはできない。この場はもう祈るしかないんだ。
勝手にキッチンを使われていて流石に心配なので、私はソファでゲンナリとその様子を見守っていた。手際よく何かを作っている。別に私を刺すつもりはないらしく、安心したのか私は少し眠ってしまっていたようだ。
「——りちゃん。ひとりちゃんっ」
「……はっ!? 殺さないで! 刺さないで!」
「何言ってるのよ。ご飯できたわ」
ご飯?
あ……いい香りがする。カレーかな。
それに釣られるようにダイニングへと向かうと、刻むのが楽しいらしいお肉とやらは見当たらない。
「豚肉はルーの挽肉にしたわ」
「ああ……そういうことですか」
包丁で挽肉にするなんて大変だろうに。本当に刻むのが楽しかったんだろうな。ああ恐ろしい。
でも実際に食べたら、そんな皮肉めいた気持ちも飛んでいった。
「……ぐすっ……ひっく……」
「え! な、泣くほど美味しいの!?」
美味しいよ! とっても! でもそれだけじゃない。
「これで奇行をやめてくれたらなんて良い人なんだろうって、悲しくなっちゃって」
「き、奇行……」
奇行というより凶行だけどね。
「ひとりちゃんは、私が変わったって思う?」
「怖くなりました」
「うーん、そうかも」
「自覚があるようで幸いです」
「でも帰れって言わないじゃない、ひとりちゃん」
「美味しいご飯を作ってくれた人を無慈悲に追い返すなんて、流石にできないので……」
そう話すと私は食べ続けた。これ本当に美味しいな、後で作り方教えてもらおう。
でも喜多ちゃんは喋らなくなった。勝手にここに来たくせにね。気まずくなって私から話を始めてみる。
「あ、あの」
「何かしら?」
「いや……」
10分弱、これの繰り返し。
だって何話せばいいか分からない。仕方ないじゃないか。
何も話さないまま、私は食事を終えてしまった。喜多ちゃんはそんな私をただ見ているだけ。
「ごちそうさま……。食器、洗いますね」
「ううん。私やるわ」
「流石に私が洗います」
「ひとりちゃん。一昨日リョウ先輩がここに来て、私色々気が付いちゃったのよ」
だからなんでそれ知ってるんですか?
確かにあの人は皆の前でお泊まり宣言したけど、でも表向きは帰宅したことになっているはずだよね?
もう突っ込みません。
「ひとりちゃんには付け入る隙がいくらでもあるって気が付いたの。だから私、ここに住むわ」
「……は」
頭の中がぐちゃぐちゃする。
支離滅裂だよ。どういう意味? いや、困ります。絶対同居したくない。しかもなんでそんなニコニコしてるんですか?
「すみません、今すぐ帰ってください」
「無理ね」
「無理とかじゃなくて!」
「どうやって私がここに入れたと思ってるのよ」
私の家の合鍵だ。そんなことは分かっている。
しかもエントランスを通過できるマスターキーか暗証番号を知っていると見た。私に拒否権はないってことですね……。
「とほほ……」
「追い返しても入れるわ」
「実家帰り——」
「そんなことしたら……」
喜多ちゃんの笑顔が一瞬にして消え去る。
だから目がやばいって! なんかグルグルしてるよ!
「怯えないで、ひとりちゃん」
「喜多ちゃんは魔物……怪物……悪魔……」
「そんなに言うなら1週間! 1週間だけでいいから!」
1週間!? そんなもつわけない。
でも本人が譲渡してくれたんだ。これは逃げ切るチャンスかもしれない。
「……炊事洗濯掃除、全部やってくれるなら」
「喜んで」
「わ、私が一瞬でもダメだと思ったら出ていくって約束してください」
「不服だけど、構わないわ。嫌だなんて思わないはずよ」
絶対思います。今夜だけの辛抱だ。今夜さえ凌げば。もしかしたら5分後刺されているかもしれないし、1時間後に誘拐されているかもしれないし、夜中には貞操がメチャクチャにされているかもしれないけど。そうなりかけたら逃げるだけ。うん、頑張ろう。
モッテモテモテひとりちゃん。
ぼ喜多回。続き→novel/19364527