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魘夢の手先である人間たちは亡霊のような足取りで、鬼狩りたちが眠っている車両へと入ってきた。あの得体のしれない人物、そいつの言う通りにすれば辛い現実を忘れさせてくれる。心地の良い夢を見て、そのまま逝くことができる。そのためには誰がどうなろうとかまわない。そうして縄をもって入ってきた所で、その通路に立つ人物に気が付く。
「え」
先陣を切っていた、リーダーの娘が驚きの声をあげた。
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魘夢の手先である人間たちは亡霊のような足取りで、鬼狩りたちが眠っている車両へと入ってきた。あの得体のしれない人物、そいつの言う通りにすれば辛い現実を忘れさせてくれる。心地の良い夢を見て、そのまま逝くことができる。そのためには誰がどうなろうとかまわない。そうして縄をもって入ってきた所で、その通路に立つ人物に気が付く。
「え」
先陣を切っていた、リーダーの娘が驚きの声をあげた。
そこには手入れがされた薄黄色のロングへアーに、流行の袴を着た少女が仁王立ちしていた。頭にさしてある藤の髪飾りがシャランと揺れる。ここに誰かが立っているハズがない。だって、少し失敗したものの、術の発動には成功したとあの男は言っていたのだ。しかし、目の前には確かに少女が立っている。立ちながら眠っているのかとも思ったが、その目はしっかりと開けれ、蔑むように自分たちを見ていた。
「あらあなた達、やっぱり乗っていたのね」
にたりと笑ったその顔は、鬼の手下になった自分たちよりも醜悪に見え、皆がおびえるように後ずさる。
「今日は私の貸し切りなのだけど、どうやって乗り込んだのかしら?」
後ずさる自分たちを見て、少女が距離を詰めるように一歩前へと踏み出す。それを見て、先頭の娘が恐怖を残したままの表情で、しかし前へと躍り出た。
「あ、あんた、なんで寝てないのよ! あいつの術で幸せな夢を見ているはずでしょ! 見たい理想の夢を見ているハズでしょ! どうしてっ」
自分たちもその夢を見せてもらうために、こんなことをしているのだ。その夢をなんの見返りもなく見させてもらえるのに、なぜこの少女は眠っていないのか。娘はしゃべりながら自分の怒りがヒートアップしていくのを感じつつ、しかし言葉を止めることができない。少女の表情がまるで変わらないからだ。
「夢、夢ねぇ」
そうつぶやきながら、一歩、また一歩と少女が近づく。
「オタクにとって理想の夢とは何か、箱推しオタクの視点で語らせてもらうわ。それは大きくわけて三つ。その一、推しの衣食住が保証されていること。その二、推しが幸せに笑っていること。その三、なにより推しが生きていること。自論だけど異論は認めないわ」
意味が分からない、集団のうちの誰かが呟いた。外国語なのか、何か分からない言葉をしゃべりながら近づいてくる。逃げるように後ずさるも、一番後ろの子がドアに背をついてしまい、これ以上後ずさることができなくなる。焦っているうちに少女との距離はゼロになり、その細い手で両腕を掴まれた。
「今、私はその三つが満たされてる。だからきっと夢を見ないのよ、だって今が夢みたいだもの。推しが推しとして生き、目の前に存在してる。だから私にはこれ以上の幸せなんてないの、わかる? わかるっていいなさいよ、頷きなさい!」
「何よあんた! こ、怖いわ! やめて、やめてよ!」
「残念ながら私に鬼を殺す力はないの。だけど推しがずっと長く生きるために、それ以外のものを補うのよ! だから私は金持ちになり、その金の全てを推しにつぎ込む! 鬼が相手なら物理では叶わない、でもあなたたち人間が相手なら容赦しないわ!」
少女の強い剣幕に押され、誰かが持っていた縄を落とした。腕を積まれている娘が「誰か!」と後ろを向こうとした所を、少女がその両頬を掴んで固定する。
「私はただのオタクじゃない! 推しのために収入の全てをつぎ込むことができる、推しの最強ゴールドカードとは私、有栖川のことよ! 覚えなくていいから私の推しを害したらただじゃおかないんだから!」
そう言って、少女は頭を振りかぶった。大きく後ろに体をそらせ、目をつぶることなく娘の頭に自分の額を近づける。途中「炭治郎直伝!」と叫びつつ、それは見事な頭突きがかまされたのだった。
やってしまった。
あの日、煉獄父に頭突きをかました炭治郎くんの気持ちが非常によく分かる。ヒリヒリするおでこをさすりつつ、周りの状態を見る。漫画では見覚えのある少年少女たちがそこかしこに寝転んでいる。いや、正確にいえば気絶してるんだけど。まぁ何があったのかはお察しって感じで、とりあえず私にも頭突きの才能があったことだけは覚えておこう。
おかげで精神の核破壊のための縄は結ばれず、私は禰豆子ちゃんと協力して皆を起こす事に成功した。これが推しに見られていたら恥ずかしくてたまらないけど、全員寝てたからたぶん大丈夫。そう信じて私はかまぼこ組を起こし。三人をひとまず集めた。どうやって起きていたのかとか、周りの人たちは何かとか聞かれたけど、全部無視だ。貴方たちへの愛で夢も見なかったのよ、なんて言えるわけがない。気持ち悪いもん。
「集まりなさい、お子様たち!」
「お子様たちって、俺これでも十六なんだけど…」
「あら、じゃあ私と四つ違いね。四つ違いで年収百倍な私を敬いなさい」
「金の力ってそこまで偉いの!?」
十六歳尊い~! と心の中では叫びつつ、それぞれの顔を見る。煉獄さんを助けるためにこの列車に乗ったのに、その彼は乗ってきてしまった。そして、悪夢の無限列車編は始まってしまったのだ。私にとって今は夢みたいに幸せだけど、この子たちは皆、辛い過去をもって今にいて、だから鬼の術にもかかってしまった。そんな悲しいけど頑張り屋なこの子たちをどうにかして幸せにする。それが私の使命なのだ。それなのに煉獄さんを私は乗せてしまった、だったら、くよくよしてないでできることをしなくちゃいけない。一つは布石を打ってある。それが働いてくるまではこの子たちが頼りだ。
「さて、貴方たちも分かっているように、この列車に雑魚じゃない、そこそこ強い鬼が同乗しているようだわ。無賃乗船だから、あなたたち取り締まって来て頂戴」
「そこなの⁉ 金もらえれば鬼乗ってもいいわけ⁉」
「冗談よばかね! 鬼が来たらどーすんのよ! 声がでかいのよ!」
「理不尽!」
頂きました汚い高音。
そんなくだらないやりとりもはさみつつ「おい女!」と呼んできた伊之助くんを見た。
「なんでギョロ目は起こさねぇんだよ!」
「よくぞ聞いてくれたわ。炎柱さんを起こさないのには理由がある。あなたたちに言いたいことがあるからよ、心して聞きなさい」
「どうしてそんなに上から目線になれるの」
伊之助くんの言う通り、煉獄さんはまだ寝かしている。あの女の子が夢に入ってないからしばらくしたら起きてしまうと思うんだけど、私はその前にしなくてはならないことがあるんだ。全員をもっと近くに寄せて肩と肩が触れ合うくらいの距離を保つ。
「炎柱さんは私達を守ろうとしてくれるわ、彼にはそれだけの力があるもの。だけど、だからこそ私たちが炎柱を守るのよ!」
「俺たちが、煉獄さんを……?」
「何それ無理無理! 俺ができることなんてないに決まってるよ! むしろお荷物に」
「まだ私が話してるでしょうが! 私が一秒でいくら稼ぐと思ってるの! 弁償させるわよ‼」
むしろ今世で私が生きている時間は全て貴方達のために使っているのだけど、そんなこと言うことはできないのでとりあえず金の力で黙らせる。炭治郎くんと伊之助くんはあんまりピンときてないけど、俗世間をよく知る善逸くんはぴしゃりと黙る。
「優先順位よ。命に軽い重いはないけれど、残すべき戦力に優先順位はある。そういう意味ではこの場において、命に重さがあるといってもいいわ。炎柱は何百人という人間を一度に守ることができる。でも何百人という人間が集まっても鬼は一人だって殺せない。未来のために、煉獄杏寿郎という人間は生き残るべきなのよ」
推しの命は皆平等。皆死なせないに決まってる。だけど、これは刀鍛冶の里で、炭治郎くんが蜜璃ちゃんを生かそうとしていたのと同じことだ。命のやりとりをする現場において、確かに命の優先順位は存在してしまう。
「いざとなったら炎柱の足手まといになるんじゃないわよ! そして死なせないこと! この場で一番軽い命は見捨てなさい!」
「それってまさか俺じゃないよねぇえ⁉ ないっていってぇ」
ばかいわないでよ、あなたたちのことは私が死なせないに決まっとろうが。
だけど、私は隊士の道は歩めない。一応やってみて全然できなかった、というのもあるけど、同じ剣士として歩んだら取りこぼす物だってきっとある。自分が瀕死になって意識不明の間に物語が進んでも困る。だからこそ、私は金持ちになったみたいな所もある。いや、金持ちにもそう簡単にはなれないんだけどさ。
「さぁ、気合いれるわよ! あなたたちはみそっかすと言えどその剣技で、私は世界に誇る財力で頑張るのよ! さぁ気合い入れにやるわよ!」
「え、なになに」
「おいなんだこれ!」
「有栖川さん顔が近っ」
善逸くん、伊之助くん、炭治郎くんがそれぞれ喚くがお構いなしに肩を組ませた。円陣だ。前世で部活とかしたことなかったけど、気合を入れる時は円陣でしょ、多分。
「悪鬼滅殺! 全員で生き残るわよ! せーの、おー!」
「お、おー?」
ちょっと締まらない感じになったけど、まあ結果オーライ。
そもそも大正時代に円陣ってあったんだっけ。分からないけど、私の決意はより強くなった。死んでも全員生かすのだ。
そうして、この後の最善は何か考えていたら、禰豆子ちゃんを私の所に置いていく、と炭治郎くんが言ってくる。本当は禰豆子ちゃんも行っててほしいところだけど、今回は善逸くんが傍にいないので、朝が来た時にどうなるか分からない。気絶した人々が襲われないとも限らないいし、今はここにいてもらった方がいいかもしれない。私はついていっても約に立たないしね。
「竈門妹、炎柱さんを起こしてあげて」
「うー!」
私の推しがあまりにも可愛い。
猫動画を見てる気分でいたら、横から刺さる視線に気づいた。ちなみに私は心の中では、皆を愛称で呼んでるけれど、実際はかなり他人行儀に呼んでいる。そうしないと上から目線らしさが出ないことに気づいたのだ。さねみん、とか呼んだら殺されるとも思うし。
「なにかしら、竈門兄」
「いえ、あの」
「?」
言い辛そうに鼻をスンスンさせる炭治郎くん。きっと臭いんだ。バカみたいに藤の花の香を振りまいてきた。でも私にとってはシャネルの五番なのだ。え、それは意味が違うって? 別にいいのよそんなこと。でも、聞きたかったのはそれじゃないみたいで、意を決したように聞いてきた。
「……有栖川さんは、誰を見捨てる命って考えているんでしょうか」
悲し気な顔は、もう回答が分かってるみたいだ。鼻がいいから、分かるのかもしれない。
でも今は見過ごしてもらおう。
「馬鹿ね、あなた達に決まってるでしょ」
分かったら死なないように頑張りなさい。そういって笑顔で送り出す。
この場で一番考えなくていい命。
そんなの私に決まってるじゃない。
あぁ推しのために全てを使えるなんてオタク明利につきる人生だ。
その後はあまりにも原作通りに事が進んだ。守るべき一般人がほぼいないから、他全員が先頭車両へと向かう。煉獄さんも向かったおかげかこちらへの攻撃はほとんどなくて、禰豆子ちゃんがちょっと格闘しているうちに、馬鹿みたいに激しい音が聞こえてくる。生きてて初めて「鼓膜ー‼」って叫んだと思う。でも次の瞬間には列車が激しくと揺れた。天井に頭がつくくらいの勢いで揺れて、そのあと、鼓膜が破れるんじゃねぇかって爆音が聞こえてくる。
「ギャアアアアアアアア」
離れた場所にいる私でも耳を抑える程の断末魔に、これが原作のあの瞬間か、と納得する。あれ、でもこれ聞こえたら次はもうまずいんじゃないの、って思った時には電車が明らかに浮いた感覚がして、体がそのままふわっと浮き上がった。禰豆子ちゃんが私に手を伸ばそうとしてくれて、でも
「私以外を守ってあげて!」
私一人なら最悪金の力で最新鋭の医療も受けられるし、まぁなんとかなるだろう。起きない人々は私の頭突きで眠ってるみたいなもんだし。ていうかそうだし。
禰豆子ちゃんは一瞬グっと動きを止めて、くるっと体を反転させた。よし! よっしゃあ私も受け身とったるで、と思った所で自分の浮遊感だけ長い事に気が付く。なんでか外の景色が社内じゃない事に気が付いて、あれ、これ外じゃーんって気づく頃には地面とキス(ディープな方)しそうになってた。
「うそすぎない⁉」
善逸くんじゃないけど、これはさすがに骨折は免れない。だって私、金はあるけど体は華奢な乙女でしかないから! これは受け身とかのもんだいじゃねぇと思ってギュと目をつぶった。歯を食いしばって来るだろう痛みに耐えようとしたところで、ちょっと硬くて、でも優しい何かが私の体を包んでくれる。
「遅くなってすまない! 有栖川嬢!」
「……うそすぎない?」
思わず同じことを口からこぼす。
顔面の暴力。
美の破壊兵器。
いろんな賛美が頭の中を過ぎ去っていくけど、人間、あまりにも美しいものを目にすると脳が死んでしまうようだ。処理が追いつかなくて、私は不甲斐なくも煉獄さんにただお姫様抱っこされる存在になってしまった。
「よもや! 額に怪我をしているではないか!」
柱として女性一名も守れないとは、不甲斐ない。
そうして額をグっとみてくれるのだが、空いている手でサっとそこ抑えた。これは鬼とは何の関係もありません、という恥ずかしさからだ。こんなイケメンを前にして、デコを腫れさせるなんて恥ずかしすぎる。それにしても、原作でもイケメンだイケメンだと思っていたけれど、生で見ると本当にイケメンである。あれ、私今イケメンって何回いった?
「少々手こずってしまってな! 君が送り出してくれた竈門少年たちもいい働きをしてくれた! 俺を守るというには後何百歩というところだがな!」
「……はい?」
「すまない、実は先ほど、序盤から声だけは聞こえていてな! 悪いとは思ったんだが、君が俺を評価してくれているようで嬉しかったぞ!」
何をいったか覚えてはいない。まぁ煉獄さんを生き残らせるんだぞ! 的なことは言ったけれどそんなことを言っただろうか。分からない、分からないけれど顔に熱が集まってくるのは感じた。今だからわかる、顔が赤くなるとはどういうことか。
「き、聞き耳たてるなんて、盗聴よ、盗聴だわ! 出るとこ出て訴えて、あなたの財産がなくなるまで搾り取ってやるんだからね!」
そういって暴れるように地面へと降りて、指をさして、推しにできる最低ラインの罵倒をした。煉獄さんはニコニコしていて、あ~守りたいこの笑顔って感じだけど、顔の熱がなかなかひかない。まぁ訴えるとしても「顔がイケメンすぎる罪」とかで無罪放免だけど。というか鬼殺隊の誰かが訴えられたとしても私の有り余る財力でもみ消してあげるんだけど。わが社が誇る有栖川最強法務部には誰も勝てないからね!
「君はなかなか、印象と中身が異なるようだ。溝口少年もいっていたが」
「竈門でしょ!」
この状況をどう打破すればいいんだ。どうしよう、どうすれば、と頭を働かせている所に、地震みたいな衝撃がはしる。近くで土煙が盛大に上がって、周りの雰囲気が一瞬にしてぴりついた。煉獄さんのせいで一瞬頭から離れていたけれど、そうだ、これからが本当に大事な瞬間。
地震なんかじゃないって私が一番分かってる。その土煙の先にるのが、誰なのかなんて。
――上弦の参 猗窩座
ニタリと笑ったその顔が、原作通り転がっていた炭治郎くんを視界にとらえた。
煉獄さんが「よもや」と声を漏らすけど、その距離は一瞬で詰められる距離ではない。私の所に来ていたから、原作とは違う流れになってしまったのだ。思わず私も駆け出すけれど、ただの女である私の足で間に合うわけがない。
「炭治郎くん‼!」
こんな声出せたのか、ってくらい悲鳴みたいな声が喉から出て、前へ3 / 3 ページ次へ
やってしまった。
あの日、煉獄父に頭突きをかました炭治郎くんの気持ちが非常によく分かる。ヒリヒリするおでこをさすりつつ、周りの状態を見る。漫画では見覚えのある少年少女たちがそこかしこに寝転んでいる。いや、正確にいえば気絶してるんだけど。まぁ何があったのかはお察しって感じで、とりあえず私にも頭突きの才能があったことだけは覚えておこう。
おかげで精神の核破壊のための縄は結ばれず、私は禰豆子ちゃんと協力して皆を起こす事に成功した。これが推しに見られていたら恥ずかしくてたまらないけど、全員寝てたからたぶん大丈夫。そう信じて私はかまぼこ組を起こし。三人をひとまず集めた。どうやって起きていたのかとか、周りの人たちは何かとか聞かれたけど、全部無視だ。貴方たちへの愛で夢も見なかったのよ、なんて言えるわけがない。気持ち悪いもん。
「集まりなさい、お子様たち!」
「お子様たちって、俺これでも十六なんだけど…」
「あら、じゃあ私と四つ違いね。四つ違いで年収百倍な私を敬いなさい」
「金の力ってそこまで偉いの!?」
十六歳尊い~! と心の中では叫びつつ、それぞれの顔を見る。煉獄さんを助けるためにこの列車に乗ったのに、その彼は乗ってきてしまった。そして、悪夢の無限列車編は始まってしまったのだ。私にとって今は夢みたいに幸せだけど、この子たちは皆、辛い過去をもって今にいて、だから鬼の術にもかかってしまった。そんな悲しいけど頑張り屋なこの子たちをどうにかして幸せにする。それが私の使命なのだ。それなのに煉獄さんを私は乗せてしまった、だったら、くよくよしてないでできることをしなくちゃいけない。一つは布石を打ってある。それが働いてくるまではこの子たちが頼りだ。
「さて、貴方たちも分かっているように、この列車に雑魚じゃない、そこそこ強い鬼が同乗しているようだわ。無賃乗船だから、あなたたち取り締まって来て頂戴」
「そこなの⁉ 金もらえれば鬼乗ってもいいわけ⁉」
「冗談よばかね! 鬼が来たらどーすんのよ! 声がでかいのよ!」
「理不尽!」
頂きました汚い高音。
そんなくだらないやりとりもはさみつつ「おい女!」と呼んできた伊之助くんを見た。
「なんでギョロ目は起こさねぇんだよ!」
「よくぞ聞いてくれたわ。炎柱さんを起こさないのには理由がある。あなたたちに言いたいことがあるからよ、心して聞きなさい」
「どうしてそんなに上から目線になれるの」
伊之助くんの言う通り、煉獄さんはまだ寝かしている。あの女の子が夢に入ってないからしばらくしたら起きてしまうと思うんだけど、私はその前にしなくてはならないことがあるんだ。全員をもっと近くに寄せて肩と肩が触れ合うくらいの距離を保つ。
「炎柱さんは私達を守ろうとしてくれるわ、彼にはそれだけの力があるもの。だけど、だからこそ私たちが炎柱を守るのよ!」
「俺たちが、煉獄さんを……?」
「何それ無理無理! 俺ができることなんてないに決まってるよ! むしろお荷物に」
「まだ私が話してるでしょうが! 私が一秒でいくら稼ぐと思ってるの! 弁償させるわよ‼」
むしろ今世で私が生きている時間は全て貴方達のために使っているのだけど、そんなこと言うことはできないのでとりあえず金の力で黙らせる。炭治郎くんと伊之助くんはあんまりピンときてないけど、俗世間をよく知る善逸くんはぴしゃりと黙る。
「優先順位よ。命に軽い重いはないけれど、残すべき戦力に優先順位はある。そういう意味ではこの場において、命に重さがあるといってもいいわ。炎柱は何百人という人間を一度に守ることができる。でも何百人という人間が集まっても鬼は一人だって殺せない。未来のために、煉獄杏寿郎という人間は生き残るべきなのよ」
推しの命は皆平等。皆死なせないに決まってる。だけど、これは刀鍛冶の里で、炭治郎くんが蜜璃ちゃんを生かそうとしていたのと同じことだ。命のやりとりをする現場において、確かに命の優先順位は存在してしまう。
「いざとなったら炎柱の足手まといになるんじゃないわよ! そして死なせないこと! この場で一番軽い命は見捨てなさい!」
「それってまさか俺じゃないよねぇえ⁉ ないっていってぇ」
ばかいわないでよ、あなたたちのことは私が死なせないに決まっとろうが。
だけど、私は隊士の道は歩めない。一応やってみて全然できなかった、というのもあるけど、同じ剣士として歩んだら取りこぼす物だってきっとある。自分が瀕死になって意識不明の間に物語が進んでも困る。だからこそ、私は金持ちになったみたいな所もある。いや、金持ちにもそう簡単にはなれないんだけどさ。
「さぁ、気合いれるわよ! あなたたちはみそっかすと言えどその剣技で、私は世界に誇る財力で頑張るのよ! さぁ気合い入れにやるわよ!」
「え、なになに」
「おいなんだこれ!」
「有栖川さん顔が近っ」
善逸くん、伊之助くん、炭治郎くんがそれぞれ喚くがお構いなしに肩を組ませた。円陣だ。前世で部活とかしたことなかったけど、気合を入れる時は円陣でしょ、多分。
「悪鬼滅殺! 全員で生き残るわよ! せーの、おー!」
「お、おー?」
ちょっと締まらない感じになったけど、まあ結果オーライ。
そもそも大正時代に円陣ってあったんだっけ。分からないけど、私の決意はより強くなった。死んでも全員生かすのだ。
そうして、この後の最善は何か考えていたら、禰豆子ちゃんを私の所に置いていく、と炭治郎くんが言ってくる。本当は禰豆子ちゃんも行っててほしいところだけど、今回は善逸くんが傍にいないので、朝が来た時にどうなるか分からない。気絶した人々が襲われないとも限らないいし、今はここにいてもらった方がいいかもしれない。私はついていっても約に立たないしね。
「竈門妹、炎柱さんを起こしてあげて」
「うー!」
私の推しがあまりにも可愛い。
猫動画を見てる気分でいたら、横から刺さる視線に気づいた。ちなみに私は心の中では、皆を愛称で呼んでるけれど、実際はかなり他人行儀に呼んでいる。そうしないと上から目線らしさが出ないことに気づいたのだ。さねみん、とか呼んだら殺されるとも思うし。
「なにかしら、竈門兄」
「いえ、あの」
「?」
言い辛そうに鼻をスンスンさせる炭治郎くん。きっと臭いんだ。バカみたいに藤の花の香を振りまいてきた。でも私にとってはシャネルの五番なのだ。え、それは意味が違うって? 別にいいのよそんなこと。でも、聞きたかったのはそれじゃないみたいで、意を決したように聞いてきた。
「……有栖川さんは、誰を見捨てる命って考えているんでしょうか」
悲し気な顔は、もう回答が分かってるみたいだ。鼻がいいから、分かるのかもしれない。
でも今は見過ごしてもらおう。
「馬鹿ね、あなた達に決まってるでしょ」
分かったら死なないように頑張りなさい。そういって笑顔で送り出す。
この場で一番考えなくていい命。
そんなの私に決まってるじゃない。
あぁ推しのために全てを使えるなんてオタク明利につきる人生だ。
その後はあまりにも原作通りに事が進んだ。守るべき一般人がほぼいないから、他全員が先頭車両へと向かう。煉獄さんも向かったおかげかこちらへの攻撃はほとんどなくて、禰豆子ちゃんがちょっと格闘しているうちに、馬鹿みたいに激しい音が聞こえてくる。生きてて初めて「鼓膜ー‼」って叫んだと思う。でも次の瞬間には列車が激しくと揺れた。天井に頭がつくくらいの勢いで揺れて、そのあと、鼓膜が破れるんじゃねぇかって爆音が聞こえてくる。
「ギャアアアアアアアア」
離れた場所にいる私でも耳を抑える程の断末魔に、これが原作のあの瞬間か、と納得する。あれ、でもこれ聞こえたら次はもうまずいんじゃないの、って思った時には電車が明らかに浮いた感覚がして、体がそのままふわっと浮き上がった。禰豆子ちゃんが私に手を伸ばそうとしてくれて、でも
「私以外を守ってあげて!」
私一人なら最悪金の力で最新鋭の医療も受けられるし、まぁなんとかなるだろう。起きない人々は私の頭突きで眠ってるみたいなもんだし。ていうかそうだし。
禰豆子ちゃんは一瞬グっと動きを止めて、くるっと体を反転させた。よし! よっしゃあ私も受け身とったるで、と思った所で自分の浮遊感だけ長い事に気が付く。なんでか外の景色が社内じゃない事に気が付いて、あれ、これ外じゃーんって気づく頃には地面とキス(ディープな方)しそうになってた。
「うそすぎない⁉」
善逸くんじゃないけど、これはさすがに骨折は免れない。だって私、金はあるけど体は華奢な乙女でしかないから! これは受け身とかのもんだいじゃねぇと思ってギュと目をつぶった。歯を食いしばって来るだろう痛みに耐えようとしたところで、ちょっと硬くて、でも優しい何かが私の体を包んでくれる。
「遅くなってすまない! 有栖川嬢!」
「……うそすぎない?」
思わず同じことを口からこぼす。
顔面の暴力。
美の破壊兵器。
いろんな賛美が頭の中を過ぎ去っていくけど、人間、あまりにも美しいものを目にすると脳が死んでしまうようだ。処理が追いつかなくて、私は不甲斐なくも煉獄さんにただお姫様抱っこされる存在になってしまった。
「よもや! 額に怪我をしているではないか!」
柱として女性一名も守れないとは、不甲斐ない。
そうして額をグっとみてくれるのだが、空いている手でサっとそこ抑えた。これは鬼とは何の関係もありません、という恥ずかしさからだ。こんなイケメンを前にして、デコを腫れさせるなんて恥ずかしすぎる。それにしても、原作でもイケメンだイケメンだと思っていたけれど、生で見ると本当にイケメンである。あれ、私今イケメンって何回いった?
「少々手こずってしまってな! 君が送り出してくれた竈門少年たちもいい働きをしてくれた! 俺を守るというには後何百歩というところだがな!」
「……はい?」
「すまない、実は先ほど、序盤から声だけは聞こえていてな! 悪いとは思ったんだが、君が俺を評価してくれているようで嬉しかったぞ!」
何をいったか覚えてはいない。まぁ煉獄さんを生き残らせるんだぞ! 的なことは言ったけれどそんなことを言っただろうか。分からない、分からないけれど顔に熱が集まってくるのは感じた。今だからわかる、顔が赤くなるとはどういうことか。
「き、聞き耳たてるなんて、盗聴よ、盗聴だわ! 出るとこ出て訴えて、あなたの財産がなくなるまで搾り取ってやるんだからね!」
そういって暴れるように地面へと降りて、指をさして、推しにできる最低ラインの罵倒をした。煉獄さんはニコニコしていて、あ~守りたいこの笑顔って感じだけど、顔の熱がなかなかひかない。まぁ訴えるとしても「顔がイケメンすぎる罪」とかで無罪放免だけど。というか鬼殺隊の誰かが訴えられたとしても私の有り余る財力でもみ消してあげるんだけど。わが社が誇る有栖川最強法務部には誰も勝てないからね!
「君はなかなか、印象と中身が異なるようだ。溝口少年もいっていたが」
「竈門でしょ!」
この状況をどう打破すればいいんだ。どうしよう、どうすれば、と頭を働かせている所に、地震みたいな衝撃がはしる。近くで土煙が盛大に上がって、周りの雰囲気が一瞬にしてぴりついた。煉獄さんのせいで一瞬頭から離れていたけれど、そうだ、これからが本当に大事な瞬間。
地震なんかじゃないって私が一番分かってる。その土煙の先にるのが、誰なのかなんて。
――上弦の参 猗窩座
ニタリと笑ったその顔が、原作通り転がっていた炭治郎くんを視界にとらえた。
煉獄さんが「よもや」と声を漏らすけど、その距離は一瞬で詰められる距離ではない。私の所に来ていたから、原作とは違う流れになってしまったのだ。思わず私も駆け出すけれど、ただの女である私の足で間に合うわけがない。
「炭治郎くん‼!」
こんな声出せたのか、ってくらい悲鳴みたいな声が喉から出て、いつも心の中で読んでる呼び名が出てしまう。どうしよう、私のせいだ。死んでしまったら、失われてしまったら、その命は金ではどうすることもできない。
どうしよう、誰か。
そう思ったところで、猗窩座と炭治郎くんの間に二つの影が入り込んだ。
「花の呼吸―肆の型 紅花衣」
「水の呼吸―捌ノ型 滝壷」
目に映る鮮やかな水と花。
一緒に視界に入る黒色と宍色の髪。勿論見たことはあったけど、やはり戦っている姿を見ると涙腺が刺激される。
「あら、上弦の鬼だなんて、初めてお会いするわね」
元花柱の胡蝶カナエ。
現隊士兼育手の鱗滝錆兎。
私がどうしても救いたかった二人が、目の前で炭治郎くんを守るように立ちはだかっていた。