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「お姉ちゃん」
「なに?」
「ほんとにやるの?」
「ほんとにやるの」
「怒られないの?」
「レーベルの人には許可取ったよ。短時間ならいいってさ。路上でやるのは大丈夫。場所さえ間違えなければ」
「でもお姉ちゃん人気だから、バレたら人だかりできちゃうんじゃないかなあ」
「大丈夫。一瞬で終わらせるから。それに、ふたりのためだし」
「それはありがたいけど…分かった、頑張ってみるよ」
夏休みはまだ終わらない。1か月半くらいあるからありがたい限りだ。でも他の県だと1か月どころか3週間しかない学校もあるらしくて、そこに住んでなくてよかったなんて思ってしまった
私達は今ある計画について話をしている。その計画とは…
「実はお姉ちゃんもサポートで入ったのを除いたら、初めてのライブは路上ライブだったんだよ(オーディションもあったけど)」
「えっそうなの?」
「うん。あの時は大変だったなあ…」
そう言いながら遠い目をするお姉ちゃん。まさか初めてのライブが路上ライブだったなんて驚きだ
計画とはそう、私に路上ライブをさせようというものだ。お姉ちゃんが急に言ってきた。理由が分からなかったけど、そういうことか。自分の原点がそれだから妹にも同じ経験をさせようと。単純だなあ。でも今や売れっ子のお姉ちゃんが言うならやった方がいいのかもと思い、私は路上ライブをやる事を承諾したのだった
「それで、どこでやるの?」
「あまり考えるのも面倒だし、お姉ちゃんが初めてやった駅の近くにしようかなって。昔の場所とは違う場所にするけど(怒られたから)」
「へー。ねえ、その時って1人でやったの?」
「まさか。廣井さんと一緒にやったんだよ。ほらあの酒好きの」
「酒?」
「いつも酔っぱらってるベーシストの…会ったことあるはずだよ」
「うーん…あ、あの変なにおいする人?」
「それ!」
「あの人かー…覚えてないけど、やばい印象はあるよ」
初めてSTARRYに行った時になんか変な人がいた気がするけど…多分その人だよね?ベーシストということはバンドマンだったんだ
「実際やばい人だよ。でも、凄いバンドマンなんだ。普段は残念だけど…」
「お姉ちゃんタイプか。後はドラマーでそういう人がいれば完璧だね」
「何が完璧なの」
「まあそれは置いといて…何でその廣井さんと路上ライブしたの?」
「えーとね、初ライブのチケットが売れなくて困ってたところに廣井さんが現れて倒れたんだ。酔ってたみたい」
「ええ…」
「それで話してたらいつの間にか路上ライブすることになってて…なんとか頑張って演奏したんだよ。ファン1号さんと2号さんもその時に初めて会ったんだ」
「えっ古参もいいとこじゃん。負けた…」
「あはは。最古参だからね。でもふたりはその前から私の演奏聞いてたじゃん」
「そうだけどさ…」
あの2人いつもライブにいるけど、まさか最初からいたとは。たまに話すけどいい人なんだよねー。2号さんはたまに怖いけど
「ファンってありがたいんだよ。特に古参は。だからふたりも路上ライブして、文化祭前にファンを獲得しよう!」
「そんな簡単にうまくいくかなぁ」
「まあ私は運がよかったかな。1回目だと誰も見てくれないかもしれない。けど、そこは私を利用すればいいよ」
「お姉ちゃんを?」
「うん。私がいれば多少は人が集まるでしょ。そこでふたりを紹介すれば注目を集めることはできるはずだよ」
「そう、だね…」
その通りかもしれない。でも、お姉ちゃんの力で集めた人達は私のことを見てくれるの?お姉ちゃんの、ギターヒーローの妹って認識は得られるかもしれないけど、ギタリストの後藤ふたりとしての認識は得られないんじゃ…。それだとバンドメンバー探しと同じだ
…っていうか私、既にそれをやってるじゃん。お姉ちゃんと喜多ちゃんをメンバーにしてバンド組んだけど、2人を利用するくらいのつもりで頑張ってるけど、文化祭ライブしたところで私のことを認識してもらえるの?私が頑張ったところで結束バンドの株が上がるだけじゃない?それはいいことだけど、私自身は成長できるのかな…
「どうしたの、不安そうな顔して。あ、下手だって思われるのが心配?大丈夫だよ。ふたりはこの3ヶ月でかなり上手くなったから。喜多ちゃんと同レベル…いや喜多ちゃんの方が上達早いか。でも中学生にしたら凄いと思うよ」
「……」
「ふたり?大丈夫?」
「…お姉ちゃん」
「うん」
「お姉ちゃんの力、借りてもいいのかな」
「…どういうこと?」
お姉ちゃんが私の方を真っ直ぐ見つめてくる。こういう時のお姉ちゃんはちゃんと話を聞いてくれる。肝心な時にしか頼りにならないヒーローだ
「路上ライブも文化祭も、お姉ちゃんや喜多ちゃんの力で人は集まるかもしれない。けど、それで集めた人は私のことは見てくれないと思うの。1人のギタリスト、後藤ふたりとしては。私が得るのはせいぜいちょっとギターの弾けるギターヒーローの妹ってとこかな」
「…続けて?」
「うん。それだと結局誰が凄いかって、結束バンドが凄いってことにしかならないと思うの。妹のために母校の文化祭でライブ開催!結束バンド素晴らしい!とかって言われるんじゃないかな。それはいいことだと思うよ?でも私はおまけにしかならない。私はお姉ちゃんみたいにひとりの人間として何かを頑張ってみたいんだよね。…あーもう!上手く言えない!えっとね…」
「落ち着いて。お姉ちゃんちゃんと聞いてるよ」
「ありがとう…。とっとにかく言いたいのはね、お姉ちゃんと一緒にライブに出たい気持ちは変わらないの。でも、お姉ちゃんに頼りすぎたくない。私1人の力でもなんとかなるようにしていきたい。だから、路上ライブも1人でやった方がいいかなって思うんだ」
「…流石ふたりだね」
「えっ?」
なんか色々喋っちゃったけど、結局何も言えてない気がする。要は後藤ひとりの力に頼りすぎるのはどうなのかって話だ。この人忘れがちだけど凄い人だから
それで、流石って何が?褒めてるの?
「実はさ、お姉ちゃんふたりを試してたんだ。ふたりが私を利用して路上ライブをなんとしても成功に持っていくかどうかを」
「え…」
「別にそれでも怒らなかったよ?でも、ふたりは私に頼りすぎるのは嫌だって言ってくれたね。嬉しいよ」
「えっと?」
「あっごめん、私の方こそ言いたいこと言えてないや。えーとね、つまりお姉ちゃんはふたりに自立して欲しかったっていうのかな。全部他人任せになるのはよくないと思ってたんだ」
「なるほど?」
「これは自惚れだけど、私がトゥイッターとかで路上ライブやりますって言えば人は来ると思うんだ。けど、それで集まった人にふたりの演奏を見せるのは詐欺だよね?」
「それは勿論!殺されちゃうよ」
お姉ちゃんが路上ライブしますって言ってたのに下手くそな知らないガキの演奏見せられたら暴動が起きるかもしれない。私はお姉ちゃんみたいに変形できないから死んじゃう…
「それはないから安心して!だからさ、ふたりの意思を尊重して私の力を使うのは最小限にしてあげる」
「最小限?」
「うん。私はふたりの演奏を支えるだけにするよ。宣伝とかは何もしない。なるべく自分の力だけでやりたいんでしょ?」
「そうだね、ありがとうお姉ちゃん!誰も見ないかもしれないけど頑張ってみるよ。それはそれで緊張しなくていいし」
「あはは…そうかも」
お姉ちゃん凄く真剣に考えてくれてたんだ…。そこそこ売れて天狗になってただけじゃなかったんだね。人を人一倍怖がっているお姉ちゃんだからこそ人の痛みは分かるのかも?人の痛みが分かるようになりなさいって言う資格はあったのかもね
「あっでも流石に観客ゼロ人はかわいそうだから、1号さんと2号さんだけは呼んでいい?喜多ちゃん…は知名度あるからあれだし…」
「えっ宣伝しないって言ったじゃん…」
「お願い!姉として妹が心配なの!その2人だけはサクラとして…」
「…好きにして」
台無しだよ…。けど、1号さんと2号さんに私の演奏を見てもらいたい気持ちはあるかな。じゃあお言葉に甘えよう
「よし、今すぐ連絡を…」
「お姉ちゃん、そういえばいつやるの?」
「え?この後だけど」
「は?」
聞いてないよ!私にアポを取れアポを!1号さんと2号さんだっていきなり来いって言われたって無理なんじゃ…
「あ、返信来た。来られるって」
「来られるんだ!?」
「よし、じゃあ夕方になったら駅の方行こうか。ほんとは人が多い花火大会がある日の方がいいと思ったけど、私のせいで人が集まったら迷惑だし、花火大会より人集めちゃうかもだから遠慮しておいたんだ…うへへ…」
「そうですか…」
まーた調子乗ってるよ…。これがなければ普段から尊敬できるんだけどなぁ
そんなわけで、少しギターの練習をしながら出かける時間まで待つ私たちだった
「よし、そろそろ行こうか」
「うん…」
ギターを背負ってお姉ちゃんと外に出る。まだ会場にも着いてないのに緊張してきた…
「ふたり」
「あっはい!」
「大丈夫だよ。緊張はするだろうけど、お姉ちゃんがついてるから」
「…お姉ちゃんも最初の路上ライブの時緊張した?」
「したに決まってるよ。緊張というかなんというかだけど…ずっと下向いてて演奏してたところに2号さんが声をかけてくれたんだ」
「へえー、お姉ちゃん人に恵まれすぎでしょ」
「ほんとだよ。でもふたりだって恵まれてるよ。今日はお姉ちゃんに任せなさい」
そう言ってどんと胸を叩くお姉ちゃん。その仕草からして頼りないけど、少しなら頼らせてもらおう。これはギターヒーローじゃなくて、結束バンドのぼっちでもなくて、私の姉のひとりに頼るってことね。妹がお姉ちゃんを頼るのは自然なことでしょ?
2人で歩いてお姉ちゃんが決めた駅周辺のライブをする場所に着いた。ほんとにやるんだよね?怒られないよね?
「大丈夫だよ。前にここで路上ライブしてる人見たことあるから怒られないはず。というか駅員さんとかおまわりさんにとかに聞いてみてオッケーもらったから」
「えっ凄いね…」
変なところで行動力あるなぁ…。助かったけど
「後はふたりのやる気次第だよ、どう?」
「やる気はあるよ!緊張で吐きそうだけど…」
「お姉ちゃんみたいにはならないでね…。でも、それなら大丈夫」
「ひとりちゃん!」
「いたいた。あ、ふたりちゃんも!」
「あっ1号さん2号さん…あっあの、急に無理言ってすみませんでした…」
「お二人ともこんにちは」
「こんにちは。気にしないでください、ひとりちゃんと結束バンドのためなら駆けつけますから!」
「ひとりちゃんと久しぶりに話せた…ファンとしてはこうやってプライベートで会うのは失格かもしれないけど古参だから許されるよね…ダメだと言っても遅いからね…」
「あっあの2号さん?」
「ごめんね、この子厄介ファンだから…」
2号さんやっぱりか…。でもこの人がいたから今のお姉ちゃんがあると言えなくもないみたいだし、感謝した方がいいよね?
「2号さん、私も結束バンドのファンですけど、お姉ちゃんの妹だから普段から会ってます。そんな私はファン失格ですか?」
「違うよ!ふたりちゃんは特別っていうか…家族だからいいの。でも私は…もう厄介ファンとして忌み嫌われる存在でしかないの…」
「ああもう落ち着いてください!」
「ごめんねうちの者が!それで、今日は路上ライブするんですよね?」
「あっはい。でもメインはふたりです。私はバッキングするだけですよ」
「そっかー、ふたりちゃんもバンドやるんだよね?姉妹揃ってギタリストなんて凄いね」
「いえいえ、私はまだまだひよっこですから。お姉ちゃんのすねかじって練習してます」
「ふたりも自分で沢山頑張ってるじゃん。自信持っていいよ」
「ひとりちゃんがお姉ちゃんしてる…レアすぎて直視できない…!」
「2号さん大丈夫ですか?」
ファンというか…信者?最早ありがたいものとしてお姉ちゃんを見てる…
「あはは…それで、私達も見ていいんですよね?サクラ頑張りますよー」
「あっほんとにすみません!サクラといえばサクラなんですけど純粋にふたりの成長を見てやってください」
「分かりました!楽しみにしてますね」
「ふたりちゃんも頑張ってね!」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、準備しようか」
2人にお辞儀をしてライブの準備を始める。夏休みといえど平日なので人通りは…あ、夕方だからそこそこ増えてきたかも。誰か見てくれるかなぁ
不安と期待が入り混じる中、準備が完了した。後は演奏するだけだ
「あっじゃあ始めようか」
「えっもういきなりやっていいの?」
「え?あ、一応始めまーすって言わなきゃ…」
急に慌てだすお姉ちゃん。この人に大声を出して人の気を引くことはできないよね…。私も緊張でそれどころじゃないけど、やるしかないか
「あっあの…え?」
頑張って大きな声を出そうとしたけど全然出なくて焦ったところで2号さんが肩を叩いてきた。なんだろう?
「ふたりちゃん、ここは私たちに任せて」
「確認だけど、お姉ちゃんの力はあまり借りたくないんだよね?」
「あっはい。なるべくその方がいいです」
「オッケー。じゃあいくよ」
「うん!」
「今から路上ライブしまーす!お暇な方見てってくださーい!」
「美人姉妹ギタリストのライブでーす!妹ちゃんの方はこれから出てくる子なので是非どうぞー!最古参名乗れますよー!」
「あ…」
1号さんと2号さんが私達に代わってライブ開始の声掛けをしてくれた。
「…ね、ふたりも恵まれてるでしょ?」
「お姉ちゃんのファンじゃん。でも助かったよ。姉妹揃って声出せないし…」
「情けない限りです…」
「後藤姉妹さん、ちょっとは人呼べましたよ。後は自分たちでやれますよね?」
「姉妹揃っての演奏楽しみにしてるね!」
「あっはい。本当にありがとうございます…。ほら、ふたりもお礼言って?」
「あっうん。1号さん、2号さん、ありがとうございます。後は任せてください」
「おっ、ふたりちゃんかっこいい!ひとりちゃんよりイケメンかも?」
「えっ」
「まあ私はお姉ちゃんの上位互換ですからね。さてお姉ちゃん、よろしくね!」
「あっはい。あまり調子に乗るようなら本気出しちゃおうかな」
「ひとりちゃん、大人げないよ…」
2人のおかげでまばらだけど人が集まってきていた。もうやるしかない。お姉ちゃんが私に怒って本気を出すならそれはそれでありだ。私も精一杯やるだけだから。さて、早くやらないとギターヒーローファンがどんどん湧いてくるだろうし始めよう
お姉ちゃんとアイコンタクトを取り、ギターを鳴らし始める。演奏するのは結束バンドの曲だ。いつかオリジナル曲も作って弾いてみたいなあ
「……」
今日は私がメインのパートを弾いている。いつもはお姉ちゃんが弾くパートを。代わりにお姉ちゃんは喜多ちゃんのパートを演奏している。私のための路上ライブだから当然かもしれないけど、お姉ちゃんの、リードギターのパートは本当に難しい。気を抜いたら一瞬で崩れてしまう。集中していても完璧には弾けるわけないけどね。それでも私は全力でギターを演奏する。ずっと見てきた横にいる猫背の奴みたいに
「……」
流石はお姉ちゃんだ。普段弾いてないであろう喜多ちゃんパートも完璧に弾いている。それどころか私を喰うくらい目立とうとしてるな?これだから自己顕示欲の塊は…話と違うじゃん。でも、それでいい。私も負けてられない。ミスばっかりしちゃってるけど、私はギターヒーローの妹。こいつにできて私ができないことはあまりない!はず!今は私がメインなんだから大人しくしてろ!そんな気持ちを込め、私もより激しくギターをかき鳴らすのだった
「なあ、あれってギターヒーローじゃね?」
「あんな全身ピンクジャージ姿の人間ってそいつしかいないでしょ」
「すごーい本物だ!」
「そっちの小さい子は誰?」
「妹じゃね?似てるし」
「後藤ひとりって妹いたんだ」
想定していた反応が聞こえてきた。当然だけど観客はお姉ちゃんには気づくだろう。この人今でもピンクジャージをよく着てるから…。一方私は無名の存在。話題に出されてもそんなことしか言われないのは分かっている。いいんだよ。私はこれからだから
「これって結束バンドの曲だよね?」
「あれ、この人たちファン1号と2号じゃん。すげー」
「やっぱギターヒーロー上手いなあ」
「生で見られるなんて感動!」
1号さんと2号さんも有名なんだ…そういうケースもあるよね
2曲目に入り、いつの間にか人が増えてきた気がする。ギターヒーロー効果すご…。やっぱり私はお姉ちゃんに頼るしかないのかな…。さっきからお姉ちゃんを褒める言葉しか聞こえてこないし。まあ私は下手だからしょうがないけどね。気にしちゃダメだ、集中しよう
「妹?の方も上手くね?」
「まだ中学生かな?上手だねー」
「頑張れー!」
「姉妹で路上ライブとか尊みが深すぎる」
…え?
それって、私についてのコメント?
「…ふたり、終わったよ」
「えっ?」
「あっあの、ありがとうございました。多分バレてると思いますけど、後藤ひとりです。こっちは妹です。今日は妹のために路上ライブをしました。今日の私はギターヒーローでも結束バンドのぼっちでもなくて、この子の姉として一緒に演奏しました」
「お姉ちゃん…」
「そっそれで、お願いがあります!この路上ライブについてはあまり人に言わないでもらえないでしょうか。妹はまだ一般人ですし…。ただ、どうしても言いたい場合はギターヒーローの名前を出さないでください。今日は仲のいい姉妹が路上ライブしただけなので」
お姉ちゃんが観客にお願いをしている。人に何かをお願いするのなんて苦手なはずなのに。っていうか演奏中あんなに自己主張しておいて、終わったら自分の名前は出すなって無理があるでしょ。絶対誰かは話すだろうし、撮影もされただろうからSNSで話題になる可能性すらあるんじゃないかな?
「ふたり、何か言う?」
「え?あっじゃあ…今日は見てくださってありがとうございました。後藤ひとりの妹です。私はまだギターが下手ですけど、これからも頑張ります。あと、姉のことをこれからもよろしくお願いします。はい、もういいよ。お姉ちゃん締めて!」
「えっ私!?え、えーと…あっありがとうございました!妹も結束バンドもよろしく~!イエーイ!…ふたり、帰るよ!」ギュオン
「え、ちょ、お姉ちゃん片づけー!」
テンパったお姉ちゃんは音速で去ってしまった。ほんとにアドリブに弱いな…。高校の時の文化祭ライブでも、喜多ちゃんに話を振られて困った挙句客席にダイブしたらしいし…
「ふたりちゃんお疲れさま!」
「よかったよ~!」
「あっ1号さん2号さんありがとうございました。やっぱりお姉ちゃんは上手ですよね。今日は妹がリードギターやったから少しは遠慮してくれてもよかったのに…」
「ひとりちゃんは流石の腕だったけど、ふたりちゃんもすっごくよかったよ!」
「えっ?」
「ふたりちゃんギターめっちゃ上手いじゃん!かっこよかったよ」
「えっ?」
私よかったの?そういえばライブの最後の方もそんな感じの声が聞こえてきたっけ…
「あはは、その反応ひとりちゃんに似てるね。やっぱり姉妹なんだね」
「あっあの、私そんなによかったですか?お姉ちゃんと比べたらあれじゃないですか?」
「うーん、確かにひとりちゃんは上手いよ?でもふたりちゃんも上手だったと思うな。正直私は詳しいこと分からないけど…ね?」
「うん。これはひとりちゃんも油断できないんじゃないかな?2代目ギターヒーローになれちゃうかも?」
「そんな…そんなの…うへへ…」
「「ひとりちゃんにそっくりだ!」」
この2人だから気を遣ってくれてるのかもしれないけど、演奏中にも同じようなこと聞けたし私もちょっとはギター上手いのかも?えへへ…
「だから自信持っていいと思うよ。あなたのお姉さんは凄い人だけど、ふたりちゃんも同じくらいの人になれる気がする。いっそのこと抜かしちゃえ!」
「ちょっと、ひとりちゃんに失礼だよ!でも、そうなったら面白いかも。ねえ、私ふたりちゃんのファン1号になってもいい?ひとりちゃんは2号だけど」
「あっずるい!じゃあ私は2号ね」
「ややこしいですね…?でも、嬉しいです。そうだ、私お姉ちゃんと喜多ちゃんと一緒に文化祭でライブするんです。よかったらお二人も来てくれませんか?」
「知ってるよ、喜多ちゃんから何回も聞いてるし」
「なんかやたら嬉しそうだよねー」
「えっ」
喜多ちゃんおしゃべりだなあ。プライバシーという言葉を知らなそう。この2人に話す分には別にいいけど
「もちろん行くつもりだよ!でも中学校の文化祭って部外者行けたっけ?」
「そこはもう後藤家の関係者ですから、安心してください」
「そういうことなら絶対行くね!いつだっけ?」
「9月の最後の土日です」
「分かった。きっとジカちゃん達も来るよね?あっ虹夏ちゃんのことね」
「来てくれたら嬉しいですね」
「楽しみだね!あっそうだ、片付けして撤収しないとだよね。手伝うよ」
「ありがとうございます。お姉ちゃんほんとに帰ったのかな…」
3人で片づけをしていると、途中でお姉ちゃんが戻ってきた。1号さんと2号さんに平謝りしてたけど私にもすべきじゃない?
そして片付けも済み、2人と別れてお姉ちゃんと家に帰った。はあー疲れた…
「ふたり、大変申し訳ございませんでした…」
「遅いよ。まあ許す。色々助けてもらったし」
「ありがとう。でも今日のあれは拡散されちゃうだろうなあ…」
「それなんだけど、1号さんと2号さんがライブ中に撮影してる人に声をかけてやめてもらってたらしいよ。盗撮してる奴も撃退してくれたみたいだし。だからあまり心配ないかも?」
「えっそうなんだ。今度死ぬほどお礼しないと…」
それはそうかも…。まあ完全には防ぎきれてないだろうから話題にはなっちゃうかもしれないけどね
「お姉ちゃん」
「なに?」
「ありがとう!」
「うん、どういたしまして。どう、自信ついた?」
「ばっちり!文化祭まで練習頑張るぞー!」
「おー。あっそうだ、文化祭でやる曲なんだけど」
「あー、結束バンドの曲でよくない?私まだそれしかできないし…」
他の曲もちょっとやってるけど、結束バンドが好きだから結局そればっかり練習している。お姉ちゃんはともかく喜多ちゃんにはその方が負担かけなくて済むだろうからいいよね?
「ふたりがやりたいならそれでいいよ。でも1曲じゃ寂しいよね?」
「うん。だから3曲くらい頑張って習得するよ。今も2曲はそこそこできるし。お姉ちゃんパートはきついけど…さっきもミスりまくったし」
「それは仕方ないよ、どっちのパートも練習してるから大変でしょ。そうじゃなくて、じゃあ3曲演奏するとしようか」
「うん」
「2曲は私達の曲にしよう」
「うん。あと1曲は?お姉ちゃんがやりたい曲あるの?それでもいいけど」
協力してもらってるから、そのくらいの希望は受け付けないとだよね。とんでもなく難しい曲だったら断ろうと思うけど
「うーん、まあそういうことになるかな」
「え、何その言い方。なんていう曲なの?」
「曲名はまだないんだよね」
「は?」
「ふたり、ちょっとこれ聞いてみて」
「え?うん…」
お姉ちゃんからスマホとイヤホンを渡された。実際に聞いてみろってことか。イヤホンをつけて再生開始…ほんとに無題なんだ
「…これは」
「…どうだった?」
「お姉ちゃん、この曲って…」
「うん」
「全然知らない…」
最後まで聞いたけど全く知らない曲だった。お姉ちゃんいろんな曲知ってそうだし、私が知らなくても不思議はないけどね。世の中には無題の曲もあるんだなぁ。そういえばボーカルはなかったな。まあ1曲くらいならインストもありかな?
「あはは、だよね。だってこれ私とリョウ先輩が作った新曲だもん」
「…は?」
は?
新曲?
お姉ちゃんとリョウさんが作った?
「え、何で?どういうこと?」
「そういうことだよ。ふたりのために結束バンドの曲制作組が楽曲提供するの」
「いやいやいやいや!何してるの!?2人とも自分達の曲作りで忙しいでしょ?」
「それはまあ、そうだけど。リョウ先輩に相談したら2つ返事で引き受けてくれたよ」
「嘘だ!あのリョウさんがそんなことするわけない!お姉ちゃんいくら払ったの?私が出すから!」
「ちょっとはリョウ先輩を信じてあげて…5回くらいご飯奢ったけど」
「やっぱりダメじゃん!」
「いつものことだから気にしないで」
「ええ…」
リョウさんだらしなすぎ…。虹夏ちゃんも苦労してきたんだろうなあ…じゃなくて!何で私に新曲を提供してくれるの!?
「何で曲作ったの?私のためってどういうこと?」
「そのままの意味だけど…」
「いやおかしいよ!いくら私がかわいいからってそこまでする!?」
「するよ。ふたりの初ライブだよ?私達だって初ライブでオリジナルの曲やったし」
「お姉ちゃんはどこまで自分の後追わせようとしてるの!」
「だって妹がかわいいんだもん!分かってるよ、お姉ちゃんを頼りすぎるのは嫌だって。でも曲提供くらいいいじゃん!身内特権!」
「私幸せすぎるなおい!!」
もう訳が分からないよ。妹のために人気バンドの人が曲くれるんだって。私は幸せ者だなあ
「それとも嫌だった?迷惑かな…」
「そんなわけないでしょ、嬉しすぎるよ!言われてみればあの曲リョウさんっぽいフレーズあったよ。でもボーカルなかったね。喜多ちゃんはまだ収録してないんだ?そりゃ忙しいからそうか」
「まあね。っていうかこの曲はふたりオンリーで歌ってもらうから」
「えっ」
「他2曲は喜多ちゃんとやってもらうけど、これだけはふたりが1人で歌うんだよ。じゃないとキレてバンドやめるって喜多ちゃんが言ってた」
「喜多ちゃん怖い…」
虹夏ちゃんはなんとなく分かるんだけど、喜多ちゃんも怒らせたらやばいんだろうな…分かりました。歌いますから!キレないで!
「分かったよ、頑張って歌います。歌詞はお姉ちゃんが書いたの?」
「もちろん。リョウ先輩の仮歌バージョンもあるから後でそれも聞いてみて」
「うん。ねえお姉ちゃん」
「ん?」
「ありがとう!」
「…頑張ろうね」
結束バンド、みんなオーバーワークすぎない?話に出なかった虹夏ちゃんもリーダーとして苦労してそうだし…。今度全員に土下座して回るべきかもなあ。お姉ちゃんに習って
文化祭まで残り1か月半くらい。今から新曲覚えて歌えるようにもならなきゃいけないんだ。結束バンドもそうだったみたいだしいけるよね!だって私後藤ひとりの妹だから!都合のいい時だけは姉を持ち上げるよ!
「あっそうだ」
「なに?」
「曲名はふたりがつけてよ」
「えっいいの?」
「ふたりが歌うからね。考えといてよ」
「分かった…あ、バンド名も考えないと…」
2号さんはどこまで病むんでしょうか