WBC世界一の余韻も残るなか、いよいよプロ野球も開幕した。さっそく話題になっているのは北海道日本ハムファイターズの新本拠地「エスコンフィールド」(エスコン)だ。
札幌に隣接する北広島市にあるボールパークエリア「北海道ボールパークFビレッジ」の中核をなす新球場「エススコンフィールド HOKKAIDO」の収容人数は3万5000人で、開閉式屋根付き野球専用天然芝フィールドだ。グラウンドの両翼は約100m、レフト側ポール際には5階建ての複合型施設「TOWER 11」では、温泉やサウナに浸かりながら野球観戦が可能である。
米国大リーグに多く見られるボールパークとは、野球観戦だけでなく、試合がない日でも、その周辺に併設されるホテルやレストラン、エンターテインメント施設などで買い物や食事、レジャーを楽しむことができるにぎわいや交流を創出するエリアを指す。日本でも野球場やドーム球場と別のパーク型が誕生したのだ。
建設費は600億円に上る
エスコンは、日本ハムの子会社、ファイターズ スポーツ&エンターテイメントが所有・運営する。「北海道ボールパークFビレッジ」の建設費は約600億円と巨額だ。
なお、北広島市は、インフラ整備費の負担、日本ハムグループへの土地無償賃貸、球場その他の周辺施設に対する固定資産税と都市計画税を10年間免除することで合意している。
今回のエスコンのように、プロスポーツチームを保有する民間企業などが、自前の専用スタジアムやアリーナを持つには、巨額の建設費や運営費が必要となる一方、スタジアム使用料の支払い、広告やスタジアム内販売での制約、自治体など所有者との調整が不要となるといったメリットがある。
北海道日本ハムファイターズは、2004年に東京から札幌に移転して以来、札幌市が所有する多目的スタジアムでもある札幌ドームを本拠地としてきた。札幌ドームでは、1試合当たり1600万円程度、年間では約13億円の費用が発生していたという。
地価上昇率30%で2年連続全国トップ
国土交通省が2023年3月に発表した公示地価(2023年1月1日時点)では、北広島市が、住宅地、商業地ともに上昇率が2年連続で全国1位となった。
特に、住宅地の上昇率では、全国トップ10のうち、トップ4を独占。1位の北広島市共栄町1丁目は、前年比30%もの上昇だ。商業地でも上昇率全国1位(28.4%)と2位を2年連続で独占した。
北広島市は、札幌まで電車で16分、千歳空港まで21分という利便性に加え、エスコン効果が地価を押し上げた格好だ。
最新鋭のスタジアム・アリーナを建設し、プロスポーツチームの本拠地を誘致することは、観光・訪問客増加や定住人口増加、地元経済の潤いなど地域活性化策を模索する地元自治体にとっても切り札となっているのだ。
しかしながら、アクセス最悪で大混乱に
ところが、ふたを開けてみると、大きな誤算があった。
3月30日、日本ハムと楽天による歴史的な開幕戦には、3万1000人が来場した。北海道新聞の報道によると「試合終了後、JR各駅に向かうシャトルバス乗り場には長蛇の列ができ、周辺道路も帰宅するファンの車で一時渋滞するなどアクセス面の課題が見えた。深夜に自宅にたどり着いたファンからは改善を求める声も聞かれた」とある。
実際、午後9時半ごろに試合が終わるとともに、シャトルバス乗り場はファンで混雑した。球場内はキャッシュレスなのに、バス料金の支払いは、現金かクレジットカードのタッチ決済のみであることも両替などで混雑に拍車をかけた。
新球場から徒歩約30分の「最寄り駅」であるJR北広島駅行きのシャトルバスは、「同10時すぎには行列が約2000人規模になった」(北海道新聞)という。まだまだ肌寒い北海道の夜空の下、「新札幌駅行きのバスは一時90分待ちとなり、途方に暮れるファンの姿が見られた」(同)。
徒歩で30分、またはシャトルバスでようやく北広島駅に到着しても、駅前でも行列があり、入場制限のかかる駅舎内に入り、ホームにたどり着くまで、30分近くかかったという。
JR北海道は、ナイター開催日に合わせて増発し、30日に限り、最終列車後(午後11時31分発)も4本の臨時列車を出したという。
増便したとはいえ、もともとせいぜい10分に一本間隔が、増発により7、8分に一本間隔になったに過ぎず、首都圏でのJR山手線や営団地下鉄の3分に一本間隔とは違うのだ。車内はより多くの人が乗れる通勤電車仕様になっておらず、混雑時の熱気と圧迫感は相当なものだ。何より北広島駅のホームドアもないような狭いホームではいつ雑踏事故などが起きてもおかしくはない。試合が長引いたときや雨や雪のときの対応も気になるところだ。
また、約4000台収容の駐車場は駐車券が完売。周辺の道路は一斉に帰宅する車で混み合い、駐車場から出るのに1時間もかかったケースもあったという。
実はこうしたアクセスや入退場時の混雑の問題は、新球場開業前から指摘されてきたことだった。このため、新球場に直結する新駅開業が計画されている。しかしその開業までには数年かかる見込みだという。
大リーグ球場の神髄は入退場のスムーズさ
興奮冷めやらぬうちに球場を出たものの、そこから駅まで延々と続く行列、ぎゅうぎゅう詰めのバスや電車に乗って、札幌に到着するのに2時間近く。そこから自宅までさらに30分とか1時間で、帰宅したのは日付が変わって次の日だ。
これでは子供たちと一緒にファミリー観戦や、平日のナイターで、明日は学校に会社という多くの市民にとっても、エスコン観戦のハードルは相当高いのではないか。
筆者は、東京ドームや国立競技場など国内の主要スタジアムだけでなく、エスコンが参考にしたであろう、大谷翔平選手が活躍するエンゼル・スタジアム・アナハイムや、ドジャーズスタジアム、ヤンキースタジアム、フェンウェン・パーク、リグレー・フィールドなど数多くの米国スタジアムにて観戦経験があるが、車であれ地下鉄であれ、エスコンのようにここまでアクセスが悪く、渋滞や行列により長時間を費やすスタジアムにお目にかかったことがない。
運営会社は、米国大リーグのボールパークを視察・研究したと思うのだが、ボールパークの神髄の一つは、最先端の球場設備やフードメニューだけでなく、そのアクセスの良さや、入退場のスムーズさにある、というのは体感できなかったのだろうか。
声をからしながら応援したチームが勝利し、気持ちよく新しいスタジアムの空気も満喫した夢心地のなか、球場から一歩出れば、寒風のなか長蛇の列に90分待ち、最寄りの駅まで30分歩き、駅に入るのにさらに30分では、興ざめだ。アクセスの悪さにも限度がある。
ガダルカナルとインパールの悲劇
これはなにも、エスコンの問題だけではない。こうした失態は80年以上前から日本に巣くう問題なのかもしれない。
さかのぼること81年前の1942年8月。太平洋戦争のさなか、ソロモン諸島のガダルカナル島で、日本軍とアメリカ軍との激しい戦闘が始まった。先遣隊900人、6000人と逐次島に送られ上陸した将兵は、最終的に3万人を超えたものの、翌年2月まで半年間続いた戦闘は、米軍の勝利で終わり、日本軍の戦死者は約2万2000人にも及び、その多くは、補給のない状態での餓死や病死で命を落としたという(以下、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』参照)。
敗因には、米軍の規模を過小評価するなど情報誤認と甘い見積りにより、増援部隊が逐次投入となり、兵器や食糧などの補給体制は欠けていたことが挙げられる。
加えて、指揮系統の混乱や組織の対立で、意思決定が先送りされ、その間にも前線では多くの命が失われることになった。
他にもある。
1944年3月に開始され、ビルマから国境を越えてインド北東部のインパール占領をもくろんだインパール作戦においても、本部や司令官の認識の甘さや判断の遅れにより、補給が途絶し、感染症や豪雨も重なり、日本軍の戦死者は、約3万5000人に達したという。
ガダルカナルやインパールでの戦いを、令和の時代の球場と比較するのは筋違いだろう。しかし、アクセスや入退場時の混乱を過小評価するという致命的なミスを日本人が繰り返していることに違いはない。バスや電車の増発などで逐次対応するものの、根本的な解決には至っていないという現在のエスコンの問題と、重なる部分が多くはないだろうか。
WBC世界一の余韻が残るなか、世界最先端のボールパークが北海道に誕生した。天然芝で温泉やサウナ観戦もできる素晴らしいスタジアムながら、アクセスが最悪で大混乱が続く。
甘く楽観的な見通しの下、箱ものだけ作り満足、現場や顧客軽視、アクセスに関しては見切り発車、など、戦中から令和の時代に至るまで変わらない日本の組織や社会の弊害の象徴なのかもしれない。エスコンの早急なアクセス改善は望めないとみられるが、時間を浪費し混雑や行列の犠牲になるのはファンだ。
---------- 高橋 克英(たかはし・かつひで) 株式会社マリブジャパン 代表取締役 三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて富裕層向け資産運用アドバイザー等で活躍。世界60カ国以上を訪問。バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、ハワイ、ニセコ、京都、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『いまさら始める? 個人不動産投資』、『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』など。 ----------