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「ぼっちちゃん、何たべてるの!?」
「え……、しょうゆかけごはんですけど……」
せめて納豆か卵をごはんに混ぜてよ! 少なくともマヨネーズごはんだったらゆるせた! ……ぼっちちゃんの朝ごはんを目にした私がそう主張すると、「朝ごはんさえ否定される……」とぼっちちゃんは想像以上のダメージを受けた様子。
「いや……なんか、だって、さ、ぼっちちゃん、しょうゆかけごはんって、塩分が……そう、塩分が心配なんだよ! ぼっちちゃんの健康が、心配で……」
「で、でも、アメリカやヨーロッパではしょうゆかけごはんはメジャーな食べ方で……ロックの聖地アメリカではヘルシーなメニューって……」
小中とずっと図書室で過ごしていたからわかるんです……と、ぼっちちゃんが意外な頑固さを見せて反論してきた。こんなところでぼっちちゃんのスーパーインテリジェンスが牙をむくだなんて! ……いや、別に、ぼっちちゃんが朝に何を食べようとどうでもいいんだ、本当は。
「あー……今日は、ほんとうにぼっちちゃんしかお家にいないんだね」
「あ、はい……。家族はみんな出かけてて……」
「へー」
……私だけ置いて、遊びに……。ぼっちちゃんが生気のない顔でそう教えてくれた。
「いやいやいや! ぼっちちゃんも一緒に行けばよかったじゃん!? 私が遊びに来たからぼっちちゃんだけ行かなかったの!? なんか私が悪者!?」
突如の申し訳なさから私がそう絶句すると、「い、いや……みんなで映画見にモール行くっていうから……休みの日にショッピングモールに映画なんて……人混み……無理……」と、ぼっちちゃんが「どっちにせよ……ひとりのほうが……へへ」と自虐してくれたので、私の悲嘆はなんとか収まってくれた。
「あの、今日は……でも……なんで」
虹夏ちゃんが私の家に、と聞きたげなぼっちちゃんに、
「んー? 友だちの家に来るのに理由がいる?」
と、私は率直に答えた。すると、「友だち」という言葉がぼっちちゃんの心の琴線に触れたのか、ほんの少しだけ彼女の顔が明るくなった。
「ふだんはぼっちちゃん、家で何してるの?」
「ギター弾いたり……えと、弾いたり……」
「じゃあ、弾いてよ」
――私だけのために。……と、そんな恋人がいいそうな甘い言葉はさすがに口にはしなかった。……ぼっちちゃんは、なぜか不安そうだったけれど、おずおずと畳のうえでポジションをととのえて、ギターを手にする。――きっと、この子はこんなふうにして、世界の片隅の部屋のさらに片隅の押し入れで、畳のうえで、小さく身体を丸めて、目をとじたり、手元だけを見たり、まばたきをしたりして、ギターの練習をしてきたんだろうな。それも何年も。
(本質的にストイックなんだよなー、ぼっちちゃんって)
ギターが上手くなりたきゃ、友だち全員と縁切って、引きこもってひたすら練習しろ、なんていわれるけれど、実際そこまでできる人は少ない。きっと非常に少ない。――引きこもってそれだけする。たぶん、何かのプロになりたかったら、やることはそれだけでいいはずなんだ。でも、ふつう、できない。人は集中することができない。なぜなら、あまりに多くのものを抱えすぎているから。それは友だちとか、家族とか、夢とか、お金とか、寝る前に気晴らしでちょっとだけ見る動画とか、そういうもの。……一方、ぼっちちゃんは何もない。友情も、恋も。何も。それが彼女の上手さの秘密だとしたら、それはなんて悲しく、そしてきれいなんだろう。だって、明らかに、ぼっちちゃんのギターの響きは美しかったから。……この音色の奥に、猛々しくもどこか切ない残響を予感させるのは、彼女の人生がギターに滲みだしてしまっているからかもしれない。いつか、彼女の人生のすべてがギターにこぼれてしまったら、そのとき、ぼっちちゃんは、どうなってしまうんだろう。
「……虹夏ちゃんは、その」
「……どうしたの、ぼっちちゃん?」
「退屈じゃないですか……?」
どうして。退屈なわけ、ないよ。
「喜多ちゃんは、寝ちゃったから……」
「……へー」
そのあと、ぼっちちゃんは喜多ちゃんが練習によく家に来ていたこととお泊まりしたことを教えてくれた。へー。
「いやー、バンドメンバーが仲よくなってくれてうれしいよー」
「……」
雰囲気の変化を感じ取ったのか押し黙るぼっちちゃん。失礼なことを考えていそうな顔だ。今日の虹夏ちゃん、情緒不安定だな……くらいのことは思っているのかもしれない。
「……ところで、やっぱりぼっちちゃんもSNSをもっと積極的にやるべきだと思うんだよね。バンドの宣伝にもなるし。使うべきところは使うべきっていうか……もっとライブのお客さん増やしていかないと有名になれないしね!」
ぼっちちゃんの夢のメジャーデビューのためにもね! そう私が励ますと、「高校中退できるなら……」と、ぼっちちゃんがやる気を出す。数少ないぼっちちゃんが覇気を見せる話題だ。というか、そんなに高校を辞めたいのか。喜多ちゃんと一緒なんだから高校生活がそんなにつらいってこともないはずなのに。ぼっちちゃん、文化祭だって大活躍だったし……喜多ちゃんはあんなにぼっちちゃんのことを気にかけているのに。
「……私が知らないぼっちちゃんの生活もあるんだろうね。それはちょっと……」
――寂しい気もする。……って、私は何を考えているんだ。ぼっちちゃんにはぼっちちゃんの生活がある! 当たり前のことじゃん。私には私の生活が……人生があるし。同じバンドをやっていて、ほとんど毎日顔を合わせていて、いまでも十分に同じ時間を共有しているはずなのに。……ただ、けれど、なんだろう、このモヤモヤとした感情は。胸を塞ぐ感覚は。
「あ、あの……」
私が腕組みして、うーん……と考え込んでいると、ぼっちちゃんが口を開いた。
「や、やっぱり、SNSとか、やめときます。……あ、だって、私には分不相応っていうか」
承認欲求モンスターが暴れ出してしまう!!と、わけのわからないことをぼっちちゃんは言い出し、「もし自分が承認欲求で狂ってしまったら……」と、どこから取り出したのか金槌を私に手渡して、「これで息の根を……」というから、
「やだよ!!」
と、私はすげなく拒絶するのだった。……ハァ。というかさ……
「ぼっちちゃんって、多くの人にチヤホヤされたいわけ?」
「あ、はい。有名になって、印税稼いで……」
「でもさ、なんていうかさ」
――私だけに愛されれば、それでいいじゃん? ……と、そんな言葉を口にしようとして、ハッとして、私は固まって、困惑して、そんな私を見てぼっちちゃんは首を傾げ、私は心の内の動揺を見破られないよう、アハハ……と意味もなく笑って、
(あれ、私って……あれ?)
自分の胸をモヤモヤさせる、この感情の正体を、少しだけ理解した気がした。
愛や恋。その本当の名は、嫉妬だ。(ウージェヌ・アシャール)