pixivは2022年7月28日付けでプライバシーポリシーを改定しました詳しいお知らせを見る
「っ……!」
夕焼けが差し込んで橙に染まる部屋に、血の滴が垂れる。深く切ってしまったのか、絞め切らなかった水道のように血の滴りが止まらない。
「ひ、ひとりちゃん?!だいじょうぶ?!」
「あはは……やっちゃいました」
ギター始めたてのころはよく切ってたなあと懐かしさすら感じる。最近はそういうこともほとんど無かったので、私の指もそこそこギタリストに近づいてきたんじゃないかな……いやそれは調子に乗りすぎか。
「そ、そんなに心配しなくてだいじょうぶですよ、ハンカチで押さえてれば……あ」
言いながらポケットをがさごそと漁る。
?あれ、反対側だったっけ。
いやこれハンカチ持ってきてないやつだ……!
普段なら持ってきてるのに、こういうときに限って無いんだから私の運はつくづく悪いらしい。
喜多ちゃんに借り……いや私なんかの血を喜多ちゃんのおしゃれなハンカチにつけてしまうのは申し訳ない。
「ひとりちゃん、もしかしてハンカチ持ってないの?」
「……はい、忘れてきちゃったみたいで……」
「そ、そう、困ったわね……私のを貸してあげたいんだけど、ちょうど私も忘れてきちゃったし」
喜多ちゃん、忘れものなんかしそうにない印象だったからちょっと意外だ。というか持ってたら貸してくれてたんだ。嬉しい反面もし借りてたら申し訳なさでいっぱいになって素直にお借りできなかったと思うけども。
「ま、まあ血なんてほっといたら止まるんで気にしないでください。ちょ、ちょうど休憩しようと思ってたんで」
言いながらも血はぽたぽたと垂れて床を汚している。騒ぐほどの出血ではないけど、止まりそうにないのはちょっと心配だ。
「ダメよ!傷口から菌が入ったら悪化しちゃうもの」
「そ、そんな、大げさな……き、喜多ちゃん?」
急に立ったかと思えば、私の目の前にしゃがみ込んだ。小声でぶつぶつと「これは仕方ないこと……これは仕方ないこと……」と呟いている。い、いったい何が始まるんですか……?
「ひとりちゃん、指、出して」
「あ、はい」
血の滴が垂れる人差し指を差し出す。なんだか様子が変な喜多ちゃんは、どこか焦点が合わない目で私の指に釘付けになっている。
意を決したように、喜多ちゃんの顔と人差し指が近づいてくる。
――瞬間、かぷっと咥えられた。
「?!?!?!!?!」
目の前で起きてる光景が理解できなくては頭の中がフリーズしてしまう。喜多ちゃんが、私の血に塗れた指を、咥える……?なぜ?Why?
指先にまとわりつく喜多ちゃんの舌が温かい。飴玉でも転がすかのように唾液が絡められる。
「んっ……ちゅ……れろ……」
「や、やあ……喜多ちゃん、汚いですよだめです……!」
なんて言いつつ、頭の中にはぱちぱちと電気が走るかのような快感。指を抜いて、あるいは喜多ちゃんを押し退ければいいだけなのに、そんな考えは快感の波にさらわれてしまったかのようだ。
舌先で舐めるだけかと思えば、時折りちゅっぷちゅぷと首を動かしてストロークをしてくる。指の付け根まで温かな口内に包まれてどうにかなってしまいそうだ。
「んっ、んんっ…ちゅぶっ、んくっ、」
舌の先で指の腹をなぞってくる喜多ちゃん。それはもう、言い訳できないほどにえっちで、体が熱くなって全身が汗ばんでくる。
「き、喜多ちゃんが悪いんですよっ……!」
自分でも何を言ってるのかわからない。ただひとつ言えることは、もう歯止めが効かないってことだけ。
喜多ちゃんの頭を後ろから押さえつけて、深く咥えさせる。
「んんっ…………!」
苦しそうな声をあげる喜多ちゃん。けれどそんな姿も愛おしくて、なんだかもうめちゃくちゃにしたい。
私たち、何をしてたんだっけ……?そんな疑問が頭の片隅に浮かぶも、より奥の隅の方に押しやる。
今はただ、ずっと二人でこうしていたい――
かあん、かあんと音量調節を間違えたかのような大きなチャイムで我に帰る。
「……あ」
目の前には、ぼーっとした顔で口から涎が垂れている喜多ちゃん。そしてとっくの前に血の止まった私の指。
――私、もしかしてとんでもないことを……?
「き、喜多ちゃん……あの……」
「……ひとりちゃんって結構、その、Sだったりする?」
「ご、誤解です!ごめんなさいごめんなさい!」
「ふふっ冗談よ、血は止まったみたいで良かったわ」
口元の涎をハンカチで拭きとる喜多ちゃん。
怒ってない……よね?なんというか、さっきは自分が自分じゃないような、おかしな雰囲気に呑まれてしまっていた――いやこれは言い訳か。
「あっ、はい、おかげさまで……」
「今日はもうお開きにしましょうか……もう集中できそうにないもの」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
すっかり陽の落ちた部屋を後にする。
喜多ちゃんは普段と変わらない笑顔でお話ししている。まるでさっきは2人で同じ夢を見ていたかのようだ。人差し指も、小さな切り傷を除けば普段と変わらない。
――けれど、指先に感じた舌の感触だけはいつまでも残り続けている。
「……?」
そういえば……なにか頭のなかで引っかかるような?
「ひとりちゃん?どうかしたの?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「ふふっ、変なの」
昔から空気を読むことは苦手だったけど、それでもまあなんとなく言葉にしないほうがいいこともあるのはわかる。
スカートのポケットからちらりと覗くピンクのハンカチを見てそう思ったのだった。