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今日もギター弾くだけで一日が終わりそうだ。
ひとりはギターヒーローの動画用の撮影が一段落して、一息吐く。と、それと同時にとととっと軽い足音が耳に届いた。
そして、勢いよく扉が開け放たれ、ふたりが入ってくる。
「おねーちゃん今暇でしょ?」
「えっ。うん。暇だけど……」
暇なこと前提で尋ねられたことにショックを受けつつ、こくりと小さく頷いてみせる。
「ちょっとおねーちゃんに会って欲しい人がいるんだー」
「うん。……えっ人?」
ふたりが私に友達を紹介……? げ、ゲームとか用意した方がいいのかな……それともお菓子……? じゃ、ジャージのままで大丈夫なのかな……。
「こっちこっちー!」
えっちょっと待って。準備が出来てない!
ふたりを止めようと手を伸ばすが、時は既に遅く。一人の男の子が顔をのぞかせた。
その男の子を指を指して、ふたりは笑顔をみせる。
「えっとねー。この人、ふたりのかれしなの!」
どこか自慢げな、無邪気な声色でふたりはその男の子を紹介するのだった。
☆ ☆ ☆
……はっ!
「えっ。STARRY……? いつの間に」
我に返ると、ひとりはSTARRYの前まで来ていた。
ふたりが来てからの記憶が無い……。今は何日なんだろう。STARRYに来てるから学校終わりみたいだし……まさか丸一日記憶が飛んだ……?
そんなことに頭を悩ませながら、STARRYの中に入る。
「そうなんです。ひとりちゃん、今日ずっと心ここに在らずって感じで……。話しかけても、『あっはい』としか答えないし……」
「それはいつも通りな感じするけど」
「いつもよりも変なんですよ!」
「あっぼっち」
中に入った瞬間ひとりに視線が集中した。
「あっお、お疲れ様です」
なんでみんなして私を見てくるんだろう。……もしかして、私何かやらかしたのかな。中学の頃、昼休憩の放送でヘビーメタルを流してもらった時の空気に似てる……。
「ねぇ、ぼっちちゃん」
「あっはい!」
緊張で声が裏返ってしまった。消えたい。
「ぼっちちゃん、最近何かあった?」
「えっ」
何かあったかな……と、頭を捻るとすぐに昨日のことが思い出した。
「あっあっあっ」
「ぼっちちゃん!? 溶けてる溶けてる!」
妹に先越された妹に先越された妹に先越された妹に先越された。私なんかようやくバンド仲間が出来たばかりなのに……。
「えっと、大丈夫?」
「あっはい。大丈夫です。ありがとうございます」
「いいよいいよ。それより、本当に何かあったの?」
どうしよう……相談しようかな。でも、家族の話をするのって重いって思われるかな。でも、聞いてくれてるのに何も話さないっていうのも、信用してないって捉えられちゃうのかな。
「ぼっちちゃん?」
ええい覚悟を決めろ後藤ひとり! 相談するんだ後藤ひとり!
「あっあの!」
『ふたりに彼氏が出来たんですけど、私はどうしたらいいでしょうか』って聞くんだ!
「彼氏が出来たんですが、私はどうしたらいいんでしょうか!?」
一気にまくし立てると、奥の方で何かが倒れる音がした。
「ちょっ、お姉ちゃん!? どうしたの!?」
☆ ☆ ☆
倒れた星歌は何ともないそうなので、奥の方で寝かせると、四人はテーブルを囲う。虹夏、リョウ、喜多と隣合って座り、ひとりだけが三人と向かい合うように座る。
ど、どうして……こんなことに。私、なにかしちゃったのかな。虹夏ちゃんたち顔がどこか険しいし……。絶対なにかしちゃったんだ……。せっかく仲良くなれたのに、どうして私嫌われるようなことをしちゃうのかな。もう、一人でギターを弾くしかないのかな……。
そう考えて、ふと想像する。
自分とは違う明るいギタリストを引き入れた結束バンドも有名になって、バラエティとかに呼ばれる姿をテレビ越しで眺める自分の姿を。
……やだなぁ。
「ひとりちゃん、どうしたの!?」
「えっあっ……すみません。目にゴミが入ったみたいで……へ、へへっ。というかゴミは私の方ですよね……」
嫌われないようにと精一杯の笑顔を浮かべるひとりを見て、喜多の表情はますます険しくなる。
「絶対彼氏になにかされたんですよ」
ひとりには聞こえない声量で、喜多は隣に座る虹夏に話しかける。
「うーん……というか、本当に彼氏いるのかな。だってぼっちちゃんだよ?」
「でも、ぼっちは忘れそうになるけど顔とスタイルは良い」
「そうなんですよ!」
「確かにそうだけど……」
「それにぼっちはそんな嘘はつかない」
「そうですよ!」
「う、うーん……そうかなぁ」
そう言われると素直に肯定できない虹夏。彼女の脳裏にはこれまでひとりが吐いた見栄のための嘘が頭に過っていた。でも、
「でもそうだよね。ぼっちちゃん、自分から嘘ついたりしないもんね」
断れなかったり、調子に乗った勢いだったり、話の流れでデタラメを言うことはあっても、自分から嘘を吐きに来たことは無い。
「ねぇぼっちちゃん。その彼氏の写真、見せてくんない?」
だから、一旦ひとりの言葉を信じて、虹夏はどんな彼氏なのか探りを入れることにした。
「あっ持ってません……」
「……一枚も?」
「すっすみません」
家族が恋人を連れて来たら、普通は写真撮るものなんだ。そんな話をするような友達いなかったから知らなかったな。
ひとりが自身の無知さに打ちのめされる一方で、虹夏は笑顔のまま固まってしまった。
「じゃ、じゃあ、名前はなんて言うのかしら?」
喜多の質問にひとりは少し昨日のことを思い出す。
……あれ?
「教えてもらってない……」
「えっ?」
「すっすみません。わかりません」
ひとりの返答に固まる喜多。残るはリョウのみとなった。
「……ぼっち。その相手、どこに住んでるのかわかる?」
「す、すみません。それも……あっでも、多分家からあまり離れてないと思います……」
「……そう」
そこまで聞くと、三人は顔を寄せあって話し合う。
「待ってこれってさ……」
「はい……」
「ぼっち、弄ばれてる」
「言い方!」
「しかもワンナイト感覚で弄ばれているね。名前すら知らせてないのは、ぼっちの中身に興味を待ってないってことだから」
「なんでそんなに詳しいの、リョウ……」
話し込む三人の様子を傍から眺めているひとりは、身を縮こませながら息を潜めていた。と、そこへ険しい顔をした虹夏が水を向ける。
「ねぇぼっちちゃん。その相手って、どんな人だったの?」
「えっあ、ええと……」
な、なんか喜多ちゃんにリョウさんまでじっと見てきてちょっと怖い。ええと……ふたりの彼氏……どんな感じだったっけ……。
「た、確か、(子供から幽霊扱い私相手でも)優しくて、紳士的で……あ、あと、私と違ってコミュ力が高いです」
妹にも負けて、小学生にも負けて……もしかしたらジミヘンにも負けてるのかもしれない……。いやでも、私バイトしてるし、因数分解出来るし、年だって私の方が上だし。負けてないよね、うん。
「DVされてる彼女の見本みたいな彼氏像が返ってきた」
「別れた方がいいって言うべきなんですかね?」
「否定するのは逆効果。こういうのは時間をかけて解決するのが一番。彼氏と会う時間を邪魔すればいい」
「だからリョウはなんでそんなに詳しいの……」
虹夏はリョウにツッコミを入れて、「でも」と続ける。
「家から近いんだったら、私たちじゃどうしようもないよね。ぼっちちゃんの家にずっと居座るわけにもいかないし」
「そうだね。なら私に任せて」
「リョウ先輩、どうするんです?」
リョウは喜多の質問には答えず、顔が崩れているひとりに近づいていく。
「ぼっち」
「負けてな……り、リョウさん、どうした――」
ひとりがリョウのいる方に振り返ると、至近距離の黄色い瞳に目が吸い込まれる。
「ぼっち、好きだよ」
透明感のある声で、ひとりはそう言われた。
「……………え?」
「好きだよ、ぼっち。付き合おう」
突然の告白。予想もしない展開に、ひとりの身体はフリーズした。
そして、一瞬の静寂の後初めに動き出したのは虹夏だった。
「ちょちょちょ、リョウ! どういうこと!?」
「彼氏からぼっちを奪え返せば万事解決」
ぐっとドヤ顔で親指を立てるリョウ。その言葉を聞いて、次に動き出したのは喜多だった。
「ねぇひとりちゃん! 今度ギターで教えてもらいたいところがあるんだけど、教えてくれないかしら? 二人きりで!」
「喜多ちゃん!? ええと……ぼっちちゃん、今度さ、うちん家でご飯食べていきなよ! ほら、ぼっちちゃん家ここから遠いんでしょ?」
「……へ……あ……え……」
虹夏もそれに続く。
その勢いに飲み込まれ、ひとりは極度のストレスにより灰になりかける。と、そこへ。
「……おい、何してんだ。お前ら」
目を覚ました星歌が、頭を摩りながら現れた。
「てっ店長さぁん!!」
いつもと違う三人の様子に怖がっていたひとりは、いつも通りの星歌の様子に安堵し、彼女の背中に隠れた。
「……えっなに。どしたの?」
あまり自分からは近づかないひとりが自分から近づいてきたことに違和感を覚え、星歌は虹夏にそう聞いた。
「えっと、実はね。……ぼっちちゃん、彼氏が出来たみたいなの」
逸る気持ちを抑えながら、虹夏は姉にそう説明する。
「……ぼっちちゃん、それ本当?」
若干震えた声音で、背後のひとりに尋ねる。すると、
「……ぇ……そ、その、本当じゃ……ないです……」
どこか居心地の悪そうな、そんなか細い声がひとりの喉から絞り出された。
☆ ☆ ☆
「はぁ……お前ら、そんな勘違いをしてたのか」
「す、すみません。わた、私の説明が下手なばっかりに……」
「私たちが突っ走り過ぎちゃったせいだから、ぼっちちゃんが謝ることじゃないよ」
今にも自害しそうなほど憔悴しきったひとりに虹夏はフォローを入れる。
「誤解が解けたならさっさと働けよ」
「お姉ちゃんだってさっきまで倒れてたくせに……」
「なんか言ったか?」
「べっつに〜!」
それぞれが開店の準備のためにようやく動き出す。そんな中、ゴミ箱から出ようとするひとりの下にリョウがやって来ていた。
「り、リョウさん……」
「よっ」
ひとりは咄嗟に顔を逸らしてしまう。さっきの言葉を思い出してしまい、顔が熱くなるのを感じる。
えっえっと、なにか話さないと……! で、でも、何を話せば……!?
「ごめん。ぼっち」
なにか話さないとと混乱するひとりに、リョウはそう言って頭を下げた。
「……あんなこと言って」
いつも通り。そのはずなのに、リョウの声音はどこか寂しそうに聞こえた。
「嫌、だった?」
「いいい嫌じゃないです!」
裏返った声で咄嗟に否定した。まっすぐ前を見て、ひとりはしっかりとリョウの顔を捉えた。
「わた、私なんかに好きだって言ってくれて……うっ嘘でも、嬉しかったです」
ひとりがそう言うと、リョウは誰にも気づかれないほどに小さく、安堵の息を漏らした。
「ぼっち」
「は、はいぃ!!」
なにか失言してしまったのかと身構えるひとり。しかし、リョウはすぐには言葉の続きは言わず、ひとりの耳もとに口を近づけると、囁くように言った。
「嘘じゃないって言ったら……どうする?」
「…………へぁ」
リョウはそう言い残すと、さっさとこの場から離れてしまった。
残されたのは、内部からの熱で溶けかけているひとりだけだった。