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「こんなことで自分がクズなんだって気付きたくはなかった」 - sakoの小説 - pixiv
「こんなことで自分がクズなんだって気付きたくはなかった」 - sakoの小説 - pixiv
5,900文字
「こんなことで自分がクズなんだって気付きたくはなかった」
結束バンドのメンバー……虹夏・郁代、そしてリョウはぼっちに想いを寄せていた。けれど、暗黙の内に想いを伝えるのはいけないというルールが出来上がっていた。ぼっちが分け隔てなくバンドのメンバー全員を大切だと思っていたからだ。

そんなある日、虹夏・郁代のふたりが休みの時、ぼっちが一人で作詞を考えていると遅れてリョウがやってきて……

ぬけがけ、卑怯者、クズ。一〇〇の罵倒を浴びるべき女の話。
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2022年12月24日 15:08

『ぼっちちゃんは私にとってヒーローだから。あっ、私じゃなくって結束バンドにとって、だね』
『ごと……ひとりちゃんはホントはスゴいんです。それをもっとみんなに知ってもらいたいって思ってたんです。でも、今はちょっとひとりじめしちゃいたいかな~なんて』
――やっぱりふたりともぼっちのことを好きなんだ。

◇◆◇

 私は私がクズなのを自覚している。だって、みんなうっとうしいほどに優しいから。両親も、虹夏も、郁代も……ぼっちも

◇◆◇


「おはーっておおぅ?」
 練習の日。STARRYの防音室。そこの扉を開けて私は慄いた。ぼっちが奇抜な格好をしていたからだ。
 身体を捻って頭を無理やり下向けている。変顔やスライム化してるのはよく見るけど、ヘンなポーズを取ってるのはレアだ。
「どしたのぼっち。JOJO立ちの練習?」
「はうぁ!? りょ、リョウさん……」
 いえ、とぼっち。よく見ると手にノートを持ってる。どこかで見た気がするノートだった。
「それ、前に見せてもらった歌詞ノート?」
 ソレ、とノートを指さすとビクリとぼっちは身体を震わせた。うーん、小動物風味。それか手を叩いたら反応して動くオモチャみたいだ。
「えっと、ハイ、そうです。今日は喜多さんもお、お友だちと遊びに行くって……」
「そう言えば虹夏は?」
「えっ、あっ、あの、LOINに『お姉ちゃんと用事があって今日は練習行けません』って連絡きてましたけど……」
 私はスマフォを取り出す。うーん、ボタンを押しても画面は真っ暗なままだ。故障かはたまた電池切れか。まぁ、受電満タンでもLOINなんて滅多に見ないけれど。
「お、お店はPAさんがあ、開けてくださって……帰るときに声だけかけてくださいって……」
「ふぅん」
 ということは今日はほぼほぼ、ぼっちとふたりということか。
「それでそのノートは?」
 はうっ!? と飛び上がるぼっち。うーん、もしかして話を逸らそうとしてたのか。ちょこざいなぼっちめ。閑話休題はさせないぞ。
「えっと、その、あの……りょ、リョウさんも今日は来ないのかな……って勝手に思って、そのすいません。えっと、誰も来ないんだったら練習もしにくいし……それなら歌詞でも考えようかなって……」
「へぇ、関心関心」
 前に見せてもらったときも色々面白いことが書いてあったことを思い出す。いかにもぼっちらしい詩だったことを覚えている。あれは面白かった。
「見せて」
 あの続きが見れるのなら値千金だ。私はホレと平手を差し出す。
「えっ、あの……」
 ぼっちはノートを守るように半身を引いた。む、やっぱり他人に黒歴史ノートを見せるのは恥ずかしいのだろうか。確かに私だって書きためた作詞ノートをおいそれと他人に見せるのはイヤだが。
「大丈夫。内容は誰にも話さない。SNSとかにもアップしないし、メルカリで売ったりもしない」
 それはそれとしてやっぱりぼっちの作詞ノートなんて面白そうなモノを見逃すつもりもなかった。ぼっちが押しに弱いことは解りきっている。もう二三押せばきっと見せてくれるだろう。
「ぼっち、どうかこの通り。すばらしい作詞ノートをこのワタクシめに見せてください」
 両手を合わせて、その手よりも深々と頭を下げる。「す、すばらしい。そっ、そうですか」なんてデレるぼっちの声が聞こえる。しめしめ。
「それにほら、創作物は人に見て貰ってナンボだから」
「ううっ……わ、わかりました」
 イヤイヤながらにノートを差し出してくるぼっち。拝見致す、とノートを受け取る。
「ふむふむ。こっ、これは…・…」
「ううっ、ま、またですか。やっぱり、わ、私の考えたサインはロックバンドっぽくないですか……ははっ、ですよね……」
「いや、この不気味な絵は結束バンドを現代的ホラーメタルバンドとして再出発させたあとの初のアルバムジャケットに流用するつもりだったりする?」
「あっ、いえ、それはリョウさんと虹夏ちゃんと喜多さんで……いや、ホントはもっと格好よく描きたかったんですけれど、私の画力じゃそれが精一杯で……その、すいません。ヘタクソが筆なんてとっちゃダメですよね……」
 うーん、ドレがダレだか分らん。というかどうして自分自身を除いたんだろう。
「まぁ、冗談は置いておいて、どれどれ」
 椅子に座ってノートを広げる。ぼっちが手持ち無沙汰げに挙動不審だけれど、今はぼっち本人よりぼっちノートの方が大事。ちょっと待ってて。
「ふむ。ふむ……」
 ふむ、なんてもっともらしいセリフを口ずさんでみたものの、途中から集中してしまった。書き連ねられた詞はある種の叫びめいて確かに私の心を動かしていた。私もどちらかと言えば陰キャだ。だからぼっちの言わんとしていることは分る。郁代みたいな陽キャに対するネガティヴな感情。けれど、私があの手の人々を”面倒くさいから関わりたくない”と思っているのと同じようにぼっちは一見すれば”近づきたくない”と読み取れるような歌詞を書いている。けれど、その詩を読み込めば本質は真逆である事が読み取れる。”近づきたくないけれどああいう風になりたい”そういう感情がみてとれる。
「ん、このフレーズは……」
 と、可愛らしい字で書かれた詩の中に特に目を引くモノがあった。センテンスごとに文字数を数えてみると五文字か七文字になっているのが多かった。口に出しても俳句みたいでリズムよく歌える感じがする。
「――、――」
 口ずさんでみる。なんだかぼっちがあわあわ言ってるけれど無視。何かが浮かんできそうな気がする。
「ぼっち、ちょっとギター貸して」
「えっ、あっ、いや、そのメルカリは勘弁して欲しい……です」
「売らないよ。ちょっとメロディが浮かんだから」
 ギブソンのレスポールカスタム、いわゆるブラックビューティ……ネットオークションに出せば30、いや、50万円の値はつく代物。いや、流石にそんなことはしない。
 ギターをアンプに繋いで感触を確かめてみる。古いけれど、丁寧に扱われてきたことが分る。中古の楽器もよく買うから、持ち主がどういう扱いをしていたのかは大体把握できる。
「ここのこの歌詞だと――♪――♪ こんな感じかな」
 軽く浮かんできたメロディを奏でてみる。うん、歌詞に合いそう。そう満足していると……
「……ぼっち?」
「あっ、すすす、すいません」
 ぼっちが私をじっと見つめてくれていた。
 それも一瞬。私が気が付くとなんかそういうギミックのゲームの雑魚キャラのように逃げ出してしまった。残念。
「で、でも、リョウさんって凄い……ですね。そっ、そんな即興で思いついた曲を弾けるなんて……」
「そうかな。これぐらい朝飯前」
 有頂天になって私は続きを弾き始めた。気分が乗っているからか次々メロディが浮かんでくる。ぼっちの作詞ノートのお陰だ。やっぱり、他の人の個性……ぼっちの感性に触れてるとテンションが上がってくる。優しい気持ちになる。
「あっ……あっ」
 引きながらチラリとぼっちの方を見るとぼっちは身体でリズムを取ってた。いや、それだけじゃなく無意識のうちにだろう。右手は弦をかき鳴らし、左手はコードを押さえていた。エアギター。私の曲に続いてくれている。自分でも引いてみたいのだろう。どうしよう。ギターを返してあげてもいいけれど……
「引いてみたい?」
「あっ……いえ、その。すいません。リョウさんの曲なのに、私なんかがエアギターしちゃって……」
「いや、モノになったら結束バンドで演ることになるから結局、ぼっちが弾くことになるけど……」
 む、悪魔的閃き。そう、どうせいつかはぼっちはこのギターで私が作った曲を演ることになるのだ。だったら、今日ぐらいは別のことをさせてみよう。
「私の」
「えっ」
「私のベースでやってみる? ぼっちならベースも弾けるでしょ」
「でっ、でも、あの……もし、こ、壊しちゃったりなんかしたら……」
「ぼっちのギターの方が高いから大丈夫」
「……それってもし何かあったら私のギターを売って足しにするって事ですか?」
「まぁまぁ」
 そう私は自分のベースをぼっちに渡す。おそるおそる受け取るぼっち。
「……ベースって初めて触りました」
「へぇ。ぼっちはギター一筋?」
「一筋っていうか……お父さんから借りたソレでずっと弾いてきたので」
「……じゃあ、私のベースがぼっちの初めてだ」
「初めて……」
 自分の言い回しに恥ずかしくなって私はギターを弾き始めた。ぼっちがずっと弾いてきたギター。
 少しの間、適当に弾いているとボン――ボン――と低い音がアンプから流れ始めた。気付かれない程度に目を上げるとぼっちが私のベースの弦を触り始めていた。私は何も言わず演奏を続ける。躊躇いがちに鳴らされていたベースの音が続くようになり、やがてそれはリズムになる。まだ拙いリズム。けれど、それは一音、一音ごとに私の弾くギターに追いついてくる。気が付くとぼっちの、いいや、私とぼっちの奏でる音は”音楽”になっていた。
――♪――♪
――♫――♫
 私とぼっちのセッション。ギターとベース、いつもの役割とは逆の、私たちだけのシンフォニー。いつまでもこうして弾いていたい。いつまでもこうして奏でていたい。
「ふぅ……」
 けれど、音楽は私とぼっち、どちらかが止めるでもなく徐々に収まっていった。
「……」「……」
 私とぼっちは言葉なく、視線を交わしあう。緊張の舞台で一曲演奏り終えた様な感覚。終わったのはただの即興のセッションで、完成した音楽にはまだまだ遠いものだったけれど。
「良かったね」「はっ、はい!」
 興奮ぎみにぼっちが応えた。長く伸ばされた髪の間から笑顔が見える。
「すごく、その楽しかったです。なんだか……玄人バンドって感じがして……即興なのに、ううん、即興だからこそ、み、未完成な部分があるけれど、それが逆に未来っていうんですか、成長性とか将来性が見えて……それで……あっ」
 スゴい勢いで急にしゃべり始めたぼっちは、同じように急にしゃべるのを止めた。
「す、す、すいません……しゃべりすぎ、ですよね……あははは。私みたいなのが的外れなことばっかりしゃべって……すいません、黙ります」
「ううん、そんなことない。私もすごく楽しかった。やっぱり、ぼっちと弾くのは楽しい」
 顔を上げて「ぱぁあ」と効果音でもつきそうな顔をするぼっち。この笑顔が見れただけでもこの即興の、ふたりっきりのセッションは大成功だ。
「えへへっ、じゃ、じゃあ、たっ、たまには結束バンド内でパート換えとかや、やっちゃいますか! 私が虹夏ちゃんのドラム叩いたり、そっ、それか喜多さんポジションでボーカルもしちゃったりして……あははは」
――ズキリ。
 ぼっちのぎこちない笑顔に私は胸が痛む気がした。
 ああ、そうか。それはそうか。
 私はこうしてパートを交換して演奏するのは私とぼっちだけの特権だと思っていた。いや、そう思い込んでた。もちろん、そんなことはない。パートの交代は好きにやればいい。私もぼっちもだいたいの楽器は弾けるだろうし、虹夏も郁代も音楽センスが壊滅的なわけじゃない。練習すればパートの交代ぐらいできるだろう……いいや、違う。そうじゃない。私は勝手にこれは私とぼっちだけの特権だと思っていただけだ。
「りょ、リョウさんもボーカルとかやったらスゴい人気でそうですよね。さっ、さっきの歌も良かったです。って、上から目線ですね……はははっ」
 それをぼっちが気付かせてくれた。気付かされた。そんなことはないって。私たちは結束バンドで四人でひとつのバンドなんだと。そうだ。ぼっちは優しくて人がいいから、常にバンドメンバーのことを、みんなのことを考えてる。思ってる。
「ちょ、ちょっと提案してみましょうか。ああっ、でも、こういうのって……長いこと同じようにやってきたバンドが急に変わったことするから、盛り上がるんですよね。結束バンドも知名度はまだまだだし……やっぱり、もう数年頑張ってから、いきなりサプライズでやる方が、いいかも……ですね」
 虹夏も郁代もそんなぼっちの思いに――甘えている。これはひどい言い方。でも、本当のこと。ふたりとも、虹夏も郁代もぼっちのことが好きなのに……ぼっちが結束バンドのみんなのことを考えているから、自分たちもそうしようって考えてる。そうしている。
「……ええっと、リョウさん?」
 だから、私もそうしなくっちゃいけない。私たちは四人で結束バンドなんだから、だれかひとり抜け駆けなんてしちゃいけない。信号が赤なのに道をわたっちゃいけないみたいに、借りたお金は返さなくちゃいけないみたいに、悪いことをしたらあやまらなくっちゃいけないみたいに、抜け駆けしてぼっちに迫るなんてことしちゃいけない。
――いけないんだ。
「あっ、そっ、そろそろベース返しますね。あっ、ありがとうございました」
 ぼっちから返されたベースを私は受け取れないでいた。もう少しだけ持っていて欲しい。私もぼっちのギターを持っていたい、もっとずっと持っていたいと、そう願ってしまう。いけないのに。
「……ぼっち」
「えっ、あっ、はい……?」
 私はぼっちのギターを抱いて、じっと彼女の顔を見つめた。長い髪の毛で隠されている大きなキレイな目。整った顔立ち。白い肌。いいや、ビジュアル面はどうでもいい。私はぼっちの内面が、その太陽に憧れ続けてるイカロスみたいな心が好きだから。
「……今日は練習、ここまでにしてどっかお茶でもしにいかない」
「ひゅっ、お、お茶ですか……?」
 確か近くに最近流行のモクテルバーがあったはずだ。ノンアルコールだから女子高生でも入れてくれるだろう。バーなら雰囲気が良い。シチュエーションは大事。ここは、STARRYの防音室じゃ、結束バンドの雰囲気が強すぎる。
「うん、ちょっとふたりでさ……行こう」
 私はぼっちの手を取る。ひとりで、勝手に、抜け駆けして。
 まだ私がこの後、何をするのか、何を言うのか、何に触れるのか、理解していないぼっちは「あっ、はい」といつものように答えた。可愛くて、無防備。ああ、ダメだ。私はこのぼっちの人の良さにつけ込もうとしている。虹夏や郁代がいないことをいいことに抜け駆けしようとしている。

――こんなことで自分がクズなんだって気付きたくはなかった


END

「こんなことで自分がクズなんだって気付きたくはなかった」
結束バンドのメンバー……虹夏・郁代、そしてリョウはぼっちに想いを寄せていた。けれど、暗黙の内に想いを伝えるのはいけないというルールが出来上がっていた。ぼっちが分け隔てなくバンドのメンバー全員を大切だと思っていたからだ。

そんなある日、虹夏・郁代のふたりが休みの時、ぼっちが一人で作詞を考えていると遅れてリョウがやってきて……

ぬけがけ、卑怯者、クズ。一〇〇の罵倒を浴びるべき女の話。
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2022年12月24日 15:08
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