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『ぼっちにお金返して下さいと泣かれた山田』 - sakoの小説 - pixiv
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6,717文字
『ぼっちにお金返して下さいと泣かれた山田』
ぼっちにお金返してくださいと泣かれたリョウは虹夏に相談に行くが……
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2023年1月15日 14:07

 金返せなんてセリフ、今までの人生で100万回は言われてる。
 だけど、そういうときは大抵持ち合わせがなくってこう答えるしかない。
「ごめんぼっち、来月でいい?」
「えっ……あっ……」
 それで今までは乗りきってきた。返したこともあるし、返さなかったこともある。それが私の人生。顔が良くて親が医者というだけで大抵の人生の苦難は軽く乗り越えられる。私はそれを自覚していた。
 けれど、今回ばかりは勝手が違った。流石にこれは想定外で、たった十数年の人生においてもなかなかの苦難だった。
「はっ……ううっ、はい、わ、わかりました……」
 金を返してくれと言った相手が泣き出したのは。
 下北沢駅前。ランチを食べて、適当に古着屋を回って、そのあと休憩がてらお茶を飲んで、それで今日はさようならとぼっちを駅まで見送ったときの出来事だった。
 別れ際にいつも通りしどろもどろになりながらぼっちは『お金返してください』と言ってきた。そのタイミングで強い風が吹いて私は一瞬顔をしかめて、それで顔を上げるとぼっちが泣いているのがみえた。
「えっと……ぼっち?」
 新鮮な反応。普段からぼっちは面白い奇行ばかりしているが、今日は今までにないパターンだった。いやいや、さすがの私もそれを面白がる余裕も趣味もない。どういうことだろう、と声をかけたところで……
「そ、そ、それじゃあ、リョウさん。さようならっ!」
 ぼっちは普段の三倍の動きで逃げ出してしまった。Suicaの反応が悪かったのか、改札で強かにお腹をぶつけ、落武者みたいな感じで小田急に乗っていっていってしまった。
「……」
 ひとり駅前に残った私はしばらく呆然としていた。

◇◆◇

「虹夏、お金貸して」
 次の日、私は親友の部屋を訪ねた。お金を無心するためだ。
 昨日、帰ってからへそくりでもないものかと自分の部屋を探し回ったが、当然、そんなものはなく、だったら誰かから借りるしかないか、と合理的に考えた結果だった。
「てい」
 あいた。
 すると虹夏はあいさつもなしに私の頭をドラムスティックで叩いてきた。木製でもドラムやシンバルを叩けるように作ってあるスティックは固い。叩かれた拍子に目の前に星が散った。
「あいさつもなしにいきなりそれ?」
「ううっ、暴力反対」
 ぶんぶん、と演奏前のリズムでも取るようにスティックを振る虹夏。いつでもスネアよろしく私の頭をポコポコ殴ってやるという気概が見える。
「お金が必要なら働きなよ。お姉ちゃんに言ってシフト増やしてあげようか」
「それは絶対ヤダ」
 虹夏の提案に私は首をブンブン振る。ただでさえ自分の自由時間が練習やアルバイト、学校で減っているのだ。そんなのは願い下げだった。
「じゃあ、どうしようもないね」
 それじゃあ、と虹夏は部屋の戸を閉めようとする。いや、閉めた。私はどうすることもできず部屋の前で立ったままになってしまった。ぴったりと閉じた扉の向こうからは物音一つ聞こえてこない。私は一人廊下に取り残されてしまうことになる。
「ちょっともー、これじゃあ私が血も涙もない冷血人間みたいじゃない」
 たっぷり一フレーズぐらいは弾ける時間が経ってから戸が勢いよく開かれた。
「……」
「どうしたのリョウ。いっつもだったら『その通り虹夏は冷血人間』とか茶化すのに」
「……思ってはいるよ」
 オイオイ、と虹夏から突っ込みが入る。けれど、私は反応できない。盛大なため息が虹夏からもれる。
「取り敢えず入りなよ。そんなとこにいたんじゃ相談もできないでしょ」
 部屋に入れてくれなかったのは虹夏の方なのだが、それを言わないでおく賢さぐらいは私にもあった。
「それでどうしたの? お金貸してだなんて。んーそれはいつものことか」
 床に腰をおろし、虹夏が自分のベッドに座ったところで早速話は始まった。私はどう答えたものかと思案する。勝手知ったる他人の部屋だけれど、なんだか今日は居心地悪く感じてしまう。
「また何か欲しいものでも出来たの? アンプとかシンセとか?」
「オンキヨーのワイヤレスレスイヤフォンが気になってる……!」
 ぺしっ、とまたドラムスティックで頭を叩かれてしまった。地味に痛い。
「冗談言ってるのぐらい分るよ。長い付き合いなんだから」
 ふてくされた顔で虹夏は頬杖をついた。手にしたドラムスティックをぶらぶら揺らしている。これは私が喋るまで黙っているという雰囲気。けれど、何を話せばいいのいいのだろう。
「……もしかして、ぼっちちゃんのこと?」
 躊躇いがちに虹夏がそう聞いてきた。確かに虹夏とはもう十年来の付き合いだ。私が考えていることなんて虹夏にはお見通しなんだろう。ごまかせないなぁ、と私は話すことにした。
「そう。お金返してって言われた」
「人に返すお金を他の人から借りようっていうの」
 店長の手料理でも食べたみたいな顔をする虹夏。そんなに不味い話なのか。
「自転車操業ってこういうのを言うんだろうね。倒産寸前じゃん」
「借金ぐらいで人は死なない。人が死ぬときは夢敗れたときだけ」
 ぺしっ。あいた。
 また叩かれた。
「そうやって都合が悪くなると冗談でごまかすのよくない癖だと思うよ」
「私は暴力振るう方がよくない癖だと思う……」
 叩かれた頭を押さえながら抗議の視線を送る。けれど、虹夏はおれない。まぁ、客観的に見ても正しいのは虹夏の方だろう。
「でも、ぼっちちゃんがお金返してって自分から言い出すのは珍しいね。なにか急ないりようでもあったのかな」
「……わからない。でも」
 でも?、と虹夏が聞き返してくる。ためらい。冗談でも言ってごまかしてしまいたい衝動に駆られる。けれど、そうしない切実さと空気を読む力ぐらい私にはあった。
「ぼっち、泣いてたみたいだった」
 私がそう話すと……っ――
 虹夏の顔がひきつるのが見えた。ドラムスティックを持つ手に力がこもるのがわかった。私はほとんど反射的に自分の頭を庇うよう腕をあげた。
「…………はぁ。ごめん、ちょっとだけなにも言わないで」
 大きなため息。虹夏はスティックを持った手で目頭を押さえた。頭痛を堪えるように。私は言われた通り黙って待っていた。
「ごめん。今のは本気で殴りそうになった」
 ややあってから、すこしは落ち着きを取り戻せたのか虹夏は口を開いた。けれど、すこしだ。まだ言葉には怒りがこもっていた。
「でも、うん。正直なとこお金は貸せないよ。というかそれはリョウが自分で考えてどうにかすべきことだよ」
 まっすぐに私の方を見ながら諭すような口調で虹夏は言ってきた。私はハイともイイエとも応えられなかった。
「彼女なんだから。恋人には真摯に向き合うべきだよ」

◇◆◇

 部屋に帰ってまた考えることにした。金策について。いや、ぼっちについてだ。
 ぼっちのことは好きだ。面白いし、一緒にいても疲れない。一緒にいて疲れないのは虹夏も同じだけれど、やっぱりなにかが違う。ギターのテクニックもすごくってそこにも惚れ込んでるけれど、やっぱり、あの心の有り様が私にはたまらなく眩しく見える。
「お金……返さないといけないかな……」
 いけないだろう。そう私の社会常識は告げる。けれど、言語化できない何かが返したくないと言っている、気がする。損得勘定? いや、違う。そんなあからさまで浅はかな理性じゃない。もっと心の深い位置、海のそこに沈んでる難破船に住み着いているタコかイカのお化けみたいな感情がそう訴えている。
 けれど、ダメだ。人生の今まではそれにしたがってきた。それで許されていたのは、いや、許されてなかったかもしれないけれど、なんとかなっていたのはうざったいぐらい優しい両親と厳しいけれど結局私に甘い虹夏のおかげだった。あとは私の顔の良さ。私の顔だったら郁代みたいになんでも言うことを聞いてくれた人ばかりだった。
 けれど、やぱり、ああ、ダメだ。
 今回ばかりは誠意をみせないと。
「はぁ、めんどくさい……」
 ため息はけれど、虹夏に指摘された通り冗談でごまかそうとする反応だった。それぐらいの自己分析はできる。
 私は椅子にもたれかかったまま自分の部屋を見渡した。いくつかハイエンドモデルの楽器がある。そのなかのひとつに目がいった。ギブソンのレスポール、ブラックスター。
「はぁ」
 私はため息をもらすと立ち上がってそれを手に取った。弾きたくなった訳じゃなかった。ケースに納める。
 明日、これを売ってお金の工面をしよう。

◇◆◇

「ぼっち、これお金」
 さらに翌日の午後。ぼっちを呼び出し、開口一番借りていたお金を返した。自分のギターを売って得たお金だった。数えるのが億劫だったのでお店で貰った封筒に全額つっこんで、そのままぼっちに渡した。
「えっ、あの……ちょっと、多い……ような……」
 中身をすこしだけ確認し、ぼっちは聞いてきた。そうなのかな。そもそもいくら借りていたのかも忘れてしまってた。
「別にいいよ。その……」
 それにもうひとつ。多く渡そうと思った理由があった。けれど、その説明ではなくいつものように冗談が口から出てきそうになる。オートマチック戯れ言装置。いや、ダメでしょと頭の中の虹夏がドラムスティックで叩いてくる。
「その……手切れ金、というか慰謝料というか……」
 くるしくてうまく言葉が出てこない。胸が締め付けられるような感覚。こんな感覚を味わいたくなくて私はいつも言葉数を少なくして、たまに口を開いても冗談ばかり言ってきたのだ。
「ごめん。別れようぼっち。私じゃぼっちを傷つけてばかりだ」
 けれど、もうそういう訳にもいかない。虹夏にも言われた。真摯に向き合うべきだと。いや、言われなくても心の奥底では分かりきっていたことだった。
 私みたいなクズがぼっちみたいに優しくてかっこよくて強くて弱い人と付き合うべきじゃない。彼女から金を借りて、しかもそれが幾らだったか覚えてなくて、返してくれなんて泣かれるようなクズは。私はハッキリと別れようと口にする。
「りょ、リョウさん……?」
「そ、それじゃあ」
 でも、向き合えたのはそこまでだった。私は言うべきことだけ言うとすぐにきびすを返した。ぼっちの顔を見ていられない。
「まっ、待ってくださいっ……!」
 逃げるように歩きだすとぼっちに腕を捕まれた。無視して進もうとする。ずるずるとぼっちを引きずりながら歩く。
 力を込める。私と同じでインドア派の陰キャなのに力が思ったより強い。振りほどけない。
「離して」
「えっ……いや、でも……」
「離してよ」
 無理やり引き剥がそうと腕を振るう。ぷぎゃと可愛らしい悲鳴が聞こえる。
「っ、ぼっち!?」
 振り払った拍子にぼっちが倒れた悲鳴だった。そのまま逃げてしまおうか。一瞬、そんな考えがよぎる。けれど、私もそこまでクズじゃない。ため息漏らして、倒れたぼっちを助けるために腰を下ろした。
「だっ……ダイジョウブ、です……かっ!?」
「いや、それこっちのセリフ」
 顔から倒れたのだろう。ぼっちは鼻血を流していた。ティッシュやハンカチなんて高尚なものは持ってない。仕方なく袖で拭いてあげる。
「あっ……す、すす、すいません……汚しちゃって」
「いいよ、別に」
 血塗れのぼっちの顔を見ているとイケない気分になってくる。ジャケットにしたら五千枚は固い……っとダメだダメだ。
「そ、それで……リョウさん、だ、大丈夫……ですか?」
 ぼっちの顔を拭いていると、またそんな事を言ってきた。どう見てもこけて血を流してるぼっちの方がヤバいだろうに。
「だから……」
「りょ、リョウさん、涙……泣いて……えっと、それで……」
「涙?」
 要領を得ないぼっちの言葉にはてなマークを浮かべる。泣いてる? ぼっちは確かにこけて泣いてるけれど。
「その……リョウさんが」
 ぼっちがそっと手を伸ばしてくる。いや、伸ばそうとして引っ込めた。それから念入りに手をジャージの袖で拭き始めた。地面についた手の汚れを落としてるみたいだった。
「何してるの?」
「えっ、いや、その……ど、ドラマとかアニメみたいに涙を拭おうかなって思ったんですけれど……わ、私の手が汚れてて……あっ、いや、こんなんじゃ手のばい菌とか取れないですよね。アルコールスプレーとか、か、買ってきます……!」
 いや、いいけれど、と立ち上がろうとするぼっちを押さえる。それより涙? 私は自分で自分の頬を拭ってみた。確かに指先は濡れてた。
「そ、その……すいません。わ、私が何かしたんですよね。その……きゅ、急に別れようなんて……その、ご、ごめんなさい」
 泣きながらぼっちは勢いよく頭を下げた。市中往来での土下座だ。ぼっちはやっぱりロックだなぁ、と妙に感心してしまう。普段は恥ずかしがり屋で表になんて出てこないのに。何を考えてか、いきなりこんな人目の多いところで土下座するなんて。ほんとうに、ぼっちは面白い。面白くて思い切った行動を取ってくる。どういう想いでこんなことしだしたんだろう。やっぱり、ぼっちのすごさはこういうところにあるんだと思う。できれば、まだもっと近くでそんなぼっちを……
「りょ、リョウさん、また涙が……」
「あっ、ごめん」
 袖で自分の頬を拭う。ぼっちの鼻血で汚れていた袖が私の涙に滲む。色々考えてぼっちと分かれようって思ったけれど、やっぱりイヤだったみたいだ。身体は正直で涙は止めどなく溢れてくる。ぼっちに別れようって言ってすぐに離れるつもりだったのに足は動いてくれない。
「……その、リョウさん。い、言ってください。その……ムリかも、知れないけれど……なっ、治しますから。だ、ダメなところ……ばっかりですけれど。あっ、お金……お金もまたかし、貸しますから……だから、その……わっ、分かれるなんて……言わないで、ください……」
 ぼっちは私に縋るように言ってきた。でまかせ? リップサービス? そうじゃないのはぼっちが泣いていることからも分った。
「ええっと、でも……一昨日、ぼっち泣いてなかった。お金返してくれって……?」
「へっ? いや、あの……お金返して欲しかったのは本当、ですけれど……泣いては、いなかったと……」
 そうぼっちは泣きながら答えてる。鼻血混じりの鼻水を流してて大変に顔が汚い。その顔が面白くて私は噴き出してしまった。泣いている場合じゃなくなってしまった。
「ええっと、そっか」
 どうも勘違いというか早とちりしてしまったみたいだ。いや、そもそもの話だ。私はやっぱり自分主体で考えてしまう。ぼっちについて真面目に考えたのに、そもそもぼっちが私のことをどう思っているのか、まるで考えないまま勝手に分かれるのがベストなんて思ってしまった。ああ、やっぱり私ってクズなんだなぁ、と再確認。
 というかぼっちがスゴすぎる。なんで別れたくないからってこんな往来で頭を下げるかな。しかも、泣きながら。これじゃあホント、私が彼女を泣かせるクズみたいじゃないか。
「あーっ!!」「えーっ!?」
 と、何処かで聞いたことある様な声が聞こえてきた。顔を上げると見知った黄色い頭と赤い頭が見えた。
「りょ、リョウなにしてるの……?」
「ひとりちゃん!? 大丈夫!? ど、どど、どうしたの!?」
 虹夏と郁代だった。私たちを見て驚いた顔をしている。いや、驚いていたのも一瞬。虹夏はぼっちの顔が血で汚れてるのを見付けると――っとまた昨日の夜、本気で怒ったときと同じ顔をした。
「喜多ちゃん、そのギターってリョウから借りてたのだよね?」
「えっ、そうですけれど……?」
「貸して。あのクズをぶん殴ってくるから……!」
「だっ、ダメですよ! それよりひとりちゃんですよ! ひとりちゃん大丈夫? 大丈夫!?」
 わぎゃーと騒がしくなる下北沢駅前。道ゆく人たちがなんだなんだと見てくる。うーん、結束バンドの知名度がこんなことで上がるなんて。
「取り敢えずぼっち、逃げよう」
「えっ……いや、キチンと説明すれば虹夏ちゃんも分って……」
 ほら、とぼっちの手を引いて逃げる。説明なんて面倒くさい。それよりも今はぼっちと別れなくていいことが嬉しかった。そのまま私たちは駅の改札を越えてしまう。
 ピッ
「あ、チャージ切れてる。ぼっち、新宿着いたらお金貸して」


END














 

『ぼっちにお金返して下さいと泣かれた山田』
ぼっちにお金返してくださいと泣かれたリョウは虹夏に相談に行くが……
2764285339
2023年1月15日 14:07
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