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――カップル限定か……虹夏は怒られそうだし、郁代はうるさそうだし……ここは……
リョ、リョウさんに呼び出されたんだけれど一体何なんだろう……
『可愛いカッコしてくるように』って言われて一晩中悩んだけれど……お母さんが買ってくれた服は趣味じゃないし似合うと思えないし……そもそも可愛い格好ってどんなのがいいのか分らなくて、ググったりしたけれどいやいやいやこんな服着るの恥ずかしすぎるし、似合ってないって道行く人に言われそうな感じしかしなくって……
そうこうしている間に朝になっちゃって、いや、まだ午前中があると思ってたら気が付いたら待ち合わせの時間で、結局いつものジャージで飛び出す羽目になっちゃって……
ああ、で、でも喜多さんもこのピンクのジャージカワイイって言ってくれたことがあったなぁ……陽キャ特有の何でもカワイイ発言じゃないと思いたいけど……
と、とにかくせめて遅刻だけはしないようにしないと。私みたいな陰キャが遅刻なんかしたらそれだけでクビきり村八分案件だし、せ、せめて迷惑だけはかけないようにして生きていかないと……ううっ、日差しがきつい……
そ、それにしてもリョウさん遅いなぁ。待ち合わせの時間って3時だったよね。十五分ぐらい過ぎてるけど……ま、まぁ、遅刻なんていけないし、よ、呼んでくれたのが嬉しくて一時間も前から待ってる私も私だけれど……ははっ
「あ、ごめんごめん。遅れた」
「ひょぁぁぁぁぁぁ!?」
しっ、知らない人に話しかけられたッ!? 陰キャが即死するランダムエンカウントだ! やはり、屋外は陰キャにとってフロムゲー、初心者狩りとか初見殺しとかが多すぎる……! と、とにかく、逃げないと……布団を買わされたり謎の宗教に入信されたりFXとか株のセミナーを受けさせられたりする!
「はわわわわ、E○菌とかテ○ラコイルとかま、間に合ってますーっ」
「なに言ってるのぼっち」
「えっ……」
声をかけてきた人……キャップに黒いマスクだけど、この声は……
「これなら分かる?」
「りょ、リョウさん……」
キャップを上げてマスクを下げた顔は確かにリョウさんでした。よ、よかった。知らない男の人に話しかけられたのかと思った。
「ごめんごめん、今日はいつもと違うカッコだから分かんなかったか」
「ううっ、すいません。洞察力が低くて……」
リョウさん、いつも着ている柄物のシャツ姿じゃなくって、今日は大きなサイズのパーカーにカーゴパンツ姿だ。上もキャップとマスクで、髪の毛もキャップのなかにしまってて全然リョウさんだって解らなかった。男の人かと思った。
「ううん、ぼっちが間違ったんなら、ある意味成功。ところでぼっちは……」
えっ、なんだろうリョウさん、私のことじっと見てきて。結局、いつもの格好で来ちゃったけど……やっぱりまずかったかな……ううっ
「いつものカッコ。かわいい服でお願いって言ったけど、難しかったかな」
「ひぃぃぃぃぃ、す、すすすすすいませーん、す、すぐに帰って着替えてきますーっ」
って、逃げようとしたらむんずって肩を掴まれたぁ!?
「いや、ぼっちの家ってここから三時間ぐらいかかるんじゃなかったっけ。そんな時間ないし……うーん」
すすす、すいませーん。もう、首がもげるぐらい頭をさげるしかない。それかいっそ裸になるしか……
「いや、なに脱ごうとしてるのぼっち。着替えるなら……ああ、そっか」
むんず、と今度は腕を掴んできた!? ああっ、脱がなくてもいいならせめて前を閉じさせてください。ひっぱらないでリョウさ~ん。
「ううっ、あの、ど、どちらに?」
「アパレル。そこで買えばいいかなと思って。すぐそこ」
えっ、アパレルって何語? アルパカの親戚じゃないよね。いやいや、後藤ひとり、服屋さんのことでしょ。えっ、服屋? ユニクロですら入るのを躊躇うような私がアパレルショップに? いやいやいや、むりむりむり。そんなおしゃれ濃度高い場所なんかに行ったらおしゃれ放射線にやられて隠キャの私は死んでしまう……!
「あっぁっぁ、りょ、リョウさんやっぱり今日のところは一旦帰って……」
「ついたよ」
ひよぇぇぇぇぇぇ。本当にすぐそこだった。逃げようにももうお店のなかにいる。こんな状況ですぐに帰ったら店員さんに「なにしにきたんだコイツ」と思われてしまう。とりあず靴下かなんか買ってさっさと出よう。うん、それしかない……
「いらっしゃいませー何をお求めでしょうか?」
「ぎょぇぇぇぇぇぇ」
て、店員さんが話しかけてきた。というか、こっちに気付くのが早すぎる。凄腕の店員さんだ。こ、これはこのままだと矢継ぎ早にセールストークを浴びせかけられあれよあれよという間にお高い服を買わされるパターンになるのでは。ううっ、こ、断れ後藤ひとり。『いえ、見てるだけです』って。いやいや、待って。見てるだけ、つまり、冷やかしだと思われてさっさと出ていけよって睨まれるんじゃ……ひぃぃ、陰キャの私に他人の視線は凶器。いったい、どうすれば……
「あっ、自分で探すんで大丈夫です」
「そうですか。ご用ありましたらいつでもお呼びください」
りょ、リョウさん。流れるような動作で店員さんのセールストークをはねのけた。さすがだー
「で、ぼっちはどんな服がいいの?」
「えっ、服ですか」
ぐるりとお店を見回して……ううっ、めまいが。絶対に自分に似合わないような服しか並んでいない……! そもそもどんな服がいいって言われても、年がら年中ジャージの私に服をチョイスするセンスなんて……
「あっ、えっと……その……」
「むぅ。ぼっちには難しい質問だったか」
「あぅぅ、えっと、そ、そう……ですね……はは」
「えっと、ぼっち、まず服っていうのはね、今もぼっちが着ているジャージ意外にも種類があってね」
「えっと……私も服の種類ぐらいは分かります……」
種類ぐらいは分かるけど、どう選んだらいいのか分からない。なんかポンコツAIみたい……言葉は知ってるけれど感情を理解できないみたいな……それはエモいお話だと思うけど、私の場合はセンスがないだけ! 機械に負けた! あばばばば
「ぼっち、エラー吐いてないで。しかたない。私がチョイスするか。で、ぼっち、予算は?」
「あっ、えっと……10万円ぐらいまでなら持ち合わせがあります……」
「おお、リッチ」
ううっ、結束バンドのみんなで急に何かしようって話になったときに、持ち合わせがありませんなんて言ってテンションを下げさせないためにいつも多目に入れてるんだけれど……これがまさにその時、なのかな。でも、たかが服に10万円も払う気にはなれない。このジャージだって上下で合わせて五千円もしなかったし……
「まぁ、そこまでなくてもいいかな。3万円ぐらいで……ええっと、デート中の彼女って設定でいかないと……」
「……?」
■■■? □□? なんだろう。何かリョウさんが言った気がするけれど、私の隠キャフィルターに弾かれて聞こえなかった。ま、まぁ、聞こえなかったんだからそれでいいよね。
「うーん、このニットはそれっぽいかな。袖が長いし、ピンクだし。でも、ちょっと狙いすぎてる感があるから下は……このスカートかな。黒のハイウェストだから締まってる感じがするし。うん。じゃあ、これで。ぼっち試着試着」
はぅあ。聞いてはいけない単語について考えてたらいつの間にかお洋服を渡され、試着室に押し込まれていた。なんということでしょう。なんて現実逃避している場合じゃない。え、着るの? 私が? これを? えぇー?
「ぼっちまだ?」
「ううっ、ただいまー」
リョウさんはお急ぎの様子だし、は、早く着よう。試着室のなかとはいえ外で服を脱ぐのは何だか恥ずかしい。そ、そういえばこういうところに隠しカメラを仕掛けて盗撮するヘンタイがいたっていうニュースたまにみる。ううっ、撮られるのは嫌だし、よしんば撮られたとしても私の裸なんて編集でカットされるんじゃ……
「ぼっちー?」
「はいーっ、す、すぐにー」
あわわわわわ。ええっと、ニットはいいとして、このスカートどうやって履けば……ええっと、ボタンがこっちで……ううっ
四苦八苦しながら何とか着たけれど……馬子にも衣装ってコトワザ、こういう時に使うんだっけ……とにかく、似合うわけがないのだけは分かる。喜多さんあたりならかわいいって言ってくれるかもしれないけど、けど、それは服に対して言ってるだけで私自身に言ってるわけじゃないだろうし……
「ぼっち、開けるよ?」
「あぅ、は、はい……」
――シャーッ
「…………」
「あぅ……へ、ヘンじゃないでしょうか」
リョウさんの視線が痛い。今すぐカーテンを閉じたい。でも、リョウさんが掴んでるからカーテンが破けちゃう。
「あわわわわ、や、やっぱり似合ってないですよね。ごめんなさい、すぐに脱ぎます……!」
「あーっ、いや、そんなことないよ。よく似合ってる」
「えっ、いやぁ、そ、そうでもあるかなでっへへへ」
「はい、よくお似合いですよ~」
「ひょぁえ!?」
いきなり店員さんが出てきてびっくりした。あっ、これはここから怒涛のセールストークが始まって別の服とかも買わされるパターンじゃ……
「ちょうどいいところに。これ着て帰るのでお会計してもらってもいいですか」
コレってリョウさんが私の方を指差して……ええっ、これ着て帰るの!? こんなかわいい系の服を!? いやいや、ムリムリ。私には似合わない。絶対に周りの人にヘンな目で見られる!!
「かしこまりましたー。タグ切り離すのでちょっと後ろ向いていただいてもよろしいですか?」
「ひぃぃ」
そのまま手際よく店員さんは服についてたタグをとっていく。そんな簡単に他人の身体に触れられるのがスゴい。私には絶対ムリだ。
「他になにかご入り用のものはございますか?」
あわわわ、で、でたー。ついでにもう一品買わせようというセールステクニック。な、なにかうまい言い訳で回避しないと。ええっとええっと、もう持ち合わせがございません。これかな。いや、でも、そんなこと言ったら分割払いだとかローンだとか言われるかも。よく知らないけれどリボ払いってのは危険だってネットで見たことがあるし……ううっ
「いえ結構です。ぼっちほらお会計しよ」
「ひょえ、あっ、は、はい」
ああっ、リョウさんひっぱらないで。で、でもでも、ひっぱってもらわないと正直、恥ずかしくって試着室から出れなかったかも。ううっ、にしても恥ずかしい。他人の視線が痛い気がする。
「うーん、これは出る前にちょっと景気付けしていったほうがいいかな」
「へっ、りょ、リョウさん……?」
そんな事をいうとリョウさんはレジの前で足を止めてキョロキョロと辺りを見回した。お店のカウンターの前にあった売り物のメガネをみている。ううっ、カウンターの向こうに回った店員さんが笑顔で待ってますけど……
「ぼっちはさ、違う格好したらさ、違う自分になれると思わない」
「えっ、あの、えっと、その……自分なんてどんな格好してもグズな根暗なので、変わらないかと……」
「うーん、それを言っちゃおしまい。まぁ、でも、確かに服を変えたぐらいで中身まで変わったらそれはそれでおかしいかもね」
でもね、とリョウさんはメガネの一つを手に取ります。ブルーの金属フレームのメガネ。
「変わりたいと思ってるなら、先ずは外観から入るのもいいんじゃない。ほら、前にぼっち、暗い性格を直したいって言ってなかったっけ」
「……」
言ったかな? リョウさんに言ったことがあったかどうかは覚えていないけれど、確かにそう思うことはたくさんある。
「だから、これはその練習。ほら、このメガネかけて。ちょっと変わってみよう。フリでもいいから」
「あっ、あの、私そんなに目は悪くは……」
「伊達だから大丈夫」
リョウさんが私の髪をかきあげて、メガネのフレームを耳の上に通します。リョウさんの細い指が耳に触れる。ううっ、なんだかドキドキする。
「うん、似合ってる。店員さん、これもください。それとこれも」
リョウさんはメガネをかけた私を見て満足そうに頷いてる。そうして、それとついでにとアクセサリーをカウンターに置きました。偽物だと思うけれど、ピンク色の宝石がついたチェーン。
「ええっと、リョウさん。それも私に……?」
「いや、これは自分の」
はうあ! 自意識過剰だった。メガネに続きアクセサリーも選んでくれるものかと。
「さ、ぼっち。店員さんが首を長くして待ってる。はやく、お支払をすませるんだ」
「はっ、はいぃぃ!」
洋服の上下と伊達メガネ、それとアクセサリー合わせて四点・しめて42,300円を現金にこにこ払いする。あれ、でもアクセサリーはリョウさんのでは……?
「よし、これで準備は整った。行こうかぼっち」
「はっ、はい。ええっと、ところでどこへ……」
リョウさんは答える代わりにすっと指をさしました。はたしてそこは……
「こっ、これはっっっ!」
カップルが長蛇の列をなすハチャメチャオシャレなカッフェでしたー……でしたー……でしたー……(エコー
「えっ、あっ、リョウさん!?」
「ちょっと並ぶもだけれど、我慢して」
「ひぃ、い、い、い、いやいやいや、並ぶのはともかくあんなオシャレカフェに入るなんて絶対ムリです。ば、場違いすぎる……」
例えるならそう、普段深海に生息しているような可愛くない生き物をワイキキとかグアムのビーチまで引き上げてくるみたいな感じ。水圧という名のリア充濃度差で破裂して死ぬに決まってる!
「大丈夫。今のぼっちの格好はあそこに並んでるリア充とほぼ一緒だから」
「えっ……」
自分の服を見る。た、確かにあそこに並んでいるカップルが着てる服と変わりない……
『ねぇ、タカシ。今日の私のコーデどう?』『わっ、もしかして読者モデルとか? なんちゃって♥』
ぐぉぉぉぉ、イチャついてるカップル……! 陰キャにとってのグロ画像……! あっという間にメンタルが削られていく。りょ、リョウさんは……ってリョウさんもげんなりしている。あっ、やっぱり、リョウさんもそういう耐性ないんだ。ちょっと親近感……
「ぼっち、人生には時に耐え難きを耐え忍び難きを忍ばなくちゃいけない場面があるんだよ……」
ううっ、でも、リョウさんには私にはない根性がある。というか、今からアレの仲間入りするんですか……? イヤだ、イヤすぎる。
「はぁ、イヤだけれど頑張ろうぼっち。ほら、さっきも言ったけれど変わるには格好から入るのもいい。つまり、今の私たちはリア充。リア充の……カップル!」
「リア充……!」
それ以外にも何か聞こえたような気が……しなくもないけど空耳だよね。
「りょ、リョウさんの格好もいつもと違うのもそのため……」
「そう。カッコいいでしょ。正直、趣味じゃないけど」
「はいっ、すっ、凄くカッコいいです……!」
喜多さんとかもよく言ってるけど、やっぱりリョウさんってばイケメンだ。今日の格好もブカブカのパーカーにカーゴパンツ、黒いマスクで渋谷とかに居そうなちょい悪男子みたい……ぼっちの私には近寄りがたい感じもするけど、確かにカッコいい。はわぁ……
「……よし、行こうぼっち。今の私たちなら無問題」
GO! GO! GO!! と私とリョウさんは手を繋いでいざリア充の列に並びます……!
――十五分後……
『昨日さーケイコの奴がさー』『えっ、マジで。てかさ、このコスメよくね?』『あーいい感じ感じ』『見てないよね。私のこと……ねぇ』『そんな事ないよ。俺の目にはいつだってミキしか映ってないさ』『やだもータロってばー』『ラブラブだねー』『ウチらもさー』
おぉぉぉおおぉぉぉぉぉお……中身がなさ過ぎる会話かカップルがイチャついてる声しか聞こえてこない。こっ、これは新手の拷問……! 永遠に続く地獄……! おぉぉぉおおぉぉぉ……で、でも……
「ぼっち……やっぱり、かえ……」
「も、少しですねリョウさん。あと少しで、終わりが見えてきますね……」
精一杯のリア充スマイルで耐え難きを耐える。今の私は喜多さん。喜多さんなんだ。イソスタ映えする自撮りを撮るためだけに一時間並ぶ女。それが喜多さん……!
「……やっぱ、ぼっちは凄いね。根性ある」
「えっ、あっ、いや、それほどでも……でへへへっ」
――次の方、どうぞー
と、そうこうしている間にやっと私たちの番です。おしゃれなウェイトレスさんに案内され満席のお店に入ります。
「や、やっと入れましたね……へへっ」
ふー、ずっと立ちっぱなしはやっぱり半分引きこもりの私には辛い。といっても、ここもリア充空間でまったく安らぎが……いやいや、今の私はリア充。こういう場所の空気を吸って生きている女。いぇーい、イソスタ映え、インフルエンサーだー
「ぼっち静かに。それで注文だけれど……」
「えっ、あっ、うっ……」
し、しまった。リア充になりきってここまでやってきたけれど、リア充な人がいったい何を頼んでいるのか分からない。ぼ、ボロが出てしまう。このままじゃ……正体がバレたスパイみたいに捕まって拷問にあう! そうじゃなくっても隠キャ根暗が来るなってリア充の皆さんに睨まれて、文句言われてしまう。ううっ、すいません、すいません、リア充を語ってすいません。リア充詐欺罪で禁固100年! ううっ。
「実は決まってる。今日はこれを食べるために来たんだ」
「えっ……」
そうリョウさんは一枚のラミネートされたポップを指差す。何段も重ねられた……これはホットケーキ? いや、パンケーキ。ううっ、いかにもリア充そうなメニュー。
「これ前に両親と行ったホテルのコック長が監修しているらしくって。一度、食べたいと思ってたんだ」
「へ、へぇ~そうなんですね」
ホテル! コック長! いきなりリア充どころかお金持ちワードっぽいのがリョウさんの口から。実家はお医者さんって虹夏ちゃんから聞いたことあるし、やっぱりリョウさん家ってお金持ちなんだなぁ。
「ただ、このメニューカップル専用で……それで、ごめんなんだけれどぼっちを誘ったんだ」
「へ、へぇ~そうなんですね?」
……? ……? □□□□?
「ええっと、リョウさん、もう一度説明していただけますか?」
「うん? えっと、前に親と行ったホテルの料理長が……」
「あっ、いえ、そこではなくって……」
「そこじゃない? ああ……ええっと……カップル専用メニュー」
「ごわはっ!?」
思わず吐血っ!
かかかか、カップル……それはリア充最上位のワード! カップル……つまり、恋人同士、お相手がいるということ。独り身のぼっちから対局に位置してる存在! 恋人がいるというだけで学校がつまらなくても、特に何の努力をしていなくても、借金があっても勝ち組扱いになる! 逆にぼっちというのはどれだけ学校生活に精を出してても、日々努力してても、不労所得があったとしても! 独り身というだけで負け組……! それぐらいスゴいステータス。ああ、私には無限に縁のない話。ううっ、身体が砂になって消えていく気分……
「ぼっちぼっち、人間の形たもって。砂人形みたいで面白いけど、今日の目的は別だから」
「えっ、あっ、すいません。で、でも、そんなカップ……ううっ、言葉にするのもキツい……と、とにかく、そんなメニューなんて私が頼める権利は……」
「ある」
びしっ。えっ、リョウさん、なんで私に指を突き付けてきて……
「今のぼっちはどこからどう見てもリア充。自信をもって……さぁ、店員さんを呼ぼう」
「そ、そうでした。今の私はキラキラリア充、喜多さんインストールっ!」
いや、そう言えば喜多さんも恋人はいないって言ってたっ。つまり、今日、私は喜多さんを超える……!
「はぁい、ご注文お決まりですか?」
今の私はリア充……今の私はリア充……リア充の……カップル……? ちょっと待って。カップルって男女一組の組合せの事だよね。ああ、いや、最近はえるじーぴーなんちゃらとかあるだろうけれど、少なくとも独りでカップルは名乗れないんじゃ。えっ、じゃあ、このカップル専用メニューなんて一人の私が頼んじゃったら、いくら見た目リア充でもおかしいことに……詐欺とかと思われるんじゃ……あわわわわ
「あわわわわ……」
「はい?」
ひぃい、店員さんが困った顔してる。とりあえずここはコーヒーとか頼んで……ああっ、私ニガいのニガテ……それにリョウさんはこのメニューを食べたいって……ううっ、リョウさんがため息ついてるっ!
「コレ」
「はいっ、カップル限定のラブラブパンケーキですね」
りょ、リョウさん。流石です……なんかいつもより低い声で一言「コレ」って……なんか通っぽい感じがして、かっ、カッコいい……これがリア充ムーヴ。よ、よーし、わ、私も……
「そうだ。もしよろしければお店のイソスタ用に写真を撮らせて貰ってもよろしいですか? キャンペーン中で写真撮影とイソスタにアップOKでしたら、さらにパンケーキ二枚増量しますので」
「えっと、それはイイ……」
「は、はひぃ!」
しまったッ! 大きな声でちゃった……は、恥ずかしい……死んでしまう……ううっ
「ええっと……」
「じゃあ、それも」
はっ、リョウさんのスルー力に助けられた。あやうくオシャレカフェを殺人事件の現場にしてしまうところだった。
「あとセイロンティー。ぼ……ひとりは?」
「えっ、あっ……その……お、同じので……」
「かしこまりました」
さらさらと伝票に注文を書く店員さん。ううっ、こんな仕事私には絶対無理だ。何回も聞き返してお客さんに怒られるに決まってる。
「それでは少々お待ちください」
ペコリと頭を下げる店員さん。動作が慣れてる感じがスゴい。
と、
「……彼女さん、緊張されてるみたいですから優しくして下てくださいね」
リョウさんにそんなこと言って……えっ、私にウインク? なに? どういうこと? こういうお店だと、そういうアイコンタクトするものなの? それに……彼女さん? 誰が? 誰の?
「ふぅー、まさかぼっちが写真OKなんて」
えっ、店員さんが行ったのを確認してから……リョウさんがこっちを見て。
「写真? OK?」
「……もしかして聞いてなかったの? ラブラブな……ウープス、そういう写真撮ったらパンケーキ追加だって」
「へぇ、お得ですね……って、えっ、写真? ラブラブ……おえっ……写真?」
「いえす。ツーショットだね」
「へっ、えっ、えぇぇぇぇぇ!?」
なななな、なんでそんなことにっ……!?
「お待たせしましたー」
ってパンケーキ出来上がるの早い。あっ、美味しそう。 ……じゃなくって、ツーショットのラブラブな写真って。
「どうぞ。それではケーキを前に撮らせて頂きますね。あっ、椅子を移動させますのでお二人並ぶ感じで」
えっ、えっ、え。話が、話が勝手に進んでいく。
「……ぼっち」
リョウさんからの耳打ち。ってか顔が近い。うわぁぁ、イケメンだ。ってそうじゃなくって……!
「あきめよう。今からじたばたしたら怪しまれる。ほらカメラ見て」
ひぃぃぃ、リョウさんが私の肩に腕を……ぎゃあぁぁ、コレ俺の女だからムーヴだ。女子高生の間で大人気のあのマンガで見たことあるやつ。平凡なヒロインがいろんなタイプのイケメンに言い寄られるヤツ。平凡といいつつ普通にヒロインが可愛いの。隠キャの私からほど遠くってヒロインに全然感情移入できなかったヤツ。
「あははは、彼女さんまだ緊張されてるみたいですね……可愛いんですから、大丈夫ですよ」
「ほら、ひとり」
かっ、顔クイっ!? ぐあっ、ムリ。死ぬ。そんな胸ドキイベント。いや、ときめきの方じゃなくって似合わなさで。あっ、リョウさんの顔は死ぬほどいいと思いますけど……(カシャッ!)……そ、その相手が私じゃ豚に真珠。イケメンに腐れ隠キャっ! ものの喩えじゃないただの事実!
「写真はこんな感じでよろしいですか?」
はわわわ可愛らしくデコレーションされたスマフォ。そしてそこに写ってるのはえっ、ダレコレェ……なんかスゴいイケメンと、ちょっとぶれちゃってるけどなんかかわいいふいんきの女の子が写ってる……
「よくお似合いですよ」
「……どうも」
リョウさんがペコリと頭を下げてやっと店員さんが帰ってくれた。な、なんのイベントだったんだいったい。
「なんか疲れたね」
「は、ははは、はい。リョウさんもそう、思いましたか……」
「うん、まぁ、ケーキが食べたいからって慣れないことはするもんじゃないね」
「ででで、ですよねー」
やっぱり私のような隠キャはこんなオシャレカフェに来ちゃいけないし、リア充っぽく可愛い服を着るべきじゃないし、ああそもそも誰かと恋人どうしになるなんてやっぱり……
「まぁ、でも、こうしてぼっちと恋人のフリをするのはまぁキライじゃないかな」
「えっ」
目の前に切り分けられたケーキが。リョウさんが私にあーんって……
「えっえっえっ……」
「いや、ぼっち。こういうときはすぐに食べようとしないと。で、私がすかさず先に食べる」
「あっ、す、すいません……気が利かなくって……」
「……いいよ。それがぼっちなんだから。さ、食べよう。せっかく苦労して注文したんだからさ」
「はっ、ハイ。服代やら並んでるときの居心地の悪さとかカップル……ううっ……写真とかいろいろありましたけど……食べます」
限定のパンケーキはとっても甘くっておいしかった……
~翌日。STARRYにて……
「リョ、リョ、リョウせんぱーい!」
「どうしたの喜多ちゃん」
「伊地知先輩、見てくださいよコレ!!」
「なにコレ。スッゴいイケメンだけれど……ってコレもしかして……」
――じろり
「そ、そうですよ。リョウ先輩ですよ! いつものオシャレな柄物のシャツじゃなくって、黒マスクにパーカーなんてカッコいいカッコで……ああっもうきゃーっ♥️」
「はぁ、違う格好っていうか変装だよね、もうコレ。で、なんなのコレ」
「いや、これは……」
「そうですよ。これ駅前の有名カフェの公式イソスタアカウントなんですけれど、カップル限定メニューのキャンペーンなんですよ! カップルで写真とるとサービスされるっていう!」
「カップルぅ……? リョウが……? どうせ、食べたくなったからってウソついて頼んだんでしょ」
「返す言葉もございません」
「えーっ、言ってくだされば私が一緒にリョウ先輩のカノジョ(ぽっ)役やりましたのにーきゃーっ!」
――ぶんぶん
「いや、郁代はそういう風にうるさいから……虹夏も怒りそうだから頼みたくなかった」
「そんなことないですよー、ぜったいに静かにしますからーっ」
「私は怒ったね。間違いなく。っていうか、こっちの女の子って……」
「すすす、すいません……遅くなりました」
「あっ、ぼっちちゃん、おはよ……ってぼっちちゃん!?」
――ぎょっ
「後藤さん、きゃぁぁぁぁかわいいっ!」
――キターン
「ど、どうしたんですかソレ~」
「えっ、あっ、いえ……ちょ、ちょっと……ふへへへ……」
「いつもはジャージなのに珍しいね」
「あっ、その……す、すいません。やっぱり、私みたいな陰キャはジャージ姿でいるべきですよね……きっ、着替えてきます!」
「あー、ちょい待ちちょい待ち。ええっと、審査員・喜多ちゃん、今日のぼっちちゃんのコーデは、ズバリ何点でしょーか!?」
「えっ、そりゃもう……可愛らしい萌え袖のニット、色がピンクなのも後藤さんの髪の色と合っていていい感じですし、後藤さんのスタイルの良さが縦縞で強調されてますね。それにこのハイウェストの黒いスカート。上着のゆるふわピンクと丁度反対になっててお互いを強調しあってて、それにメガネも雰囲気変わっていい。100点、ううん、120点満点ですっ!! あっ、後藤さん、写真撮ってもいいかしら?」
――パシャパシャパシャ
「もう撮ってるし。でも、その格好って……うん? もしかして」
「後藤さんこっち向いてー顔上げてー、ポーズも取ってみてくれる……って、伊地知先輩どうしたんですか?」
「喜多ちゃん、さっきのリョウの写真もっかい見せてくれる」
「? これですか……って、あぁっ!? もしかして、このリョウ先輩のお相手の女の子って……!」
「ぼっちちゃん!?」
「えっ、あっ、はい……わ、私こと後藤ひとりですハイ……」
「「えーっ!!?」」
「ど、ど、ど、どうしてリョウ先輩と後藤さんが付き合ってるんですかーっ!! それなら私とも付き合ってくださいよー。あっ、後藤さんとでも私OKですからーっ」
「ぼっちちゃん。ぼっちちゃんがどんな人と付き合うことになっても私は応援するよ。でもね、ベーシストだけはよしたほうがいい、ベーシストだけは」
「酷い言われよう」
「あはは、あははははは……」
~次の日
「あれ? ぼっち、今日もその服なんだ」
「あっ、はい、りょ、リョウさんが選んでくれたのが嬉しくて……」
~またまた次の日
「えっと、ぼっちちゃん、今日もその服……」
「はっ、はい……あっ、安心してくださいキチンと洗濯はしてますから……そんなに臭くないはず……(スンスン)」
~またまたまた次の日
「っていうか後藤さん、リョウ先輩の選んだ服を着てくれるなら、私も服選びたいですーっ!」
END