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告白された喜多ちゃんと、心配するぼっちちゃん - tswの小説 - pixiv
告白された喜多ちゃんと、心配するぼっちちゃん - tswの小説 - pixiv
24,878文字
告白された喜多ちゃんと、心配するぼっちちゃん
初投稿です。
告白されてからなんだか様子がおかしい喜多ちゃんを、ぼっちちゃんが心配するお話です。
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2022年12月24日 11:39

 喜多ちゃんが告白されたらしい。

 と、いう噂が私の耳に入ってきたのは、今日の昼休みのことだ。私がいつものように人気のない物陰で昼食をとっていると、少し興奮気味な話し声が聞こえてきた。近くを通りかかった女子生徒達だ。最初は気にもとめていなかったけど、どうも喜多ちゃんのことを話しているらしいことがわかり、つい聞き耳を立ててしまった。
 盛り上がりの割には、内緒話をするような小さめの声だった。
「階段の踊り場でさ。偶然通りかかったんだけど…」
「それって本当?」
「確かに、放課後その二人がどこかに行くの、私も見たかも… 二人きりなのが珍しかったら覚えてる」
「えー!それでそれで、喜多ちゃんはオーケーしたの…?」
「ううん、私びっくりしちゃって、全部聞いちゃうのも悪いなと思ったし、逃げちゃった…」
「もー!何でよー!」
「そっかぁ。でも喜多ちゃんが誰かのものになっちゃったら、私ちょっと妬いちゃうなー」
「みんなの喜多ちゃんって感じだもんねー」
「でも、もしあの二人が付き合ったらさぁ….」
 声はどんどん遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。静かになって尚、私は昼食が手につかなかった。なんてことだ。学校で人気のない場所に呼び出して告白なんて、青春レベルが高すぎる!め、目眩がしてきた…。
 しかも、告白の相手は喜多ちゃんだという。
 喜多ちゃんが告白される。そんなに驚くことでもないか。喜多ちゃんは可愛いし、運動も勉強もできるし、人と関わるのが大好きで誰にでも優しいし。私なんかとは違ってたくさんの魅力がある。そんな人に恋人がいない方がおかしかったんだ。
 あんまりそういう話をしたことはないけど、もしかしたら喜多ちゃんにとっては告白されることなんて日常茶飯事なのかもしれないなぁ。
 あの喜多ちゃんの彼氏なんだし、相手はやっぱり高身長でイケメンのバスケ部のエースだったりするのかな。いや、まだ彼氏ができたとは限らないんだけど。
 どんな風に告白されたんだろう。喧騒がやけに遠くに聞こえる放課後、人気のない階段の踊り場、窓から差し込む夕陽、見つめ合う二人、告白、紅潮していく喜多ちゃんの顔、縮まっていく二人の距離…。
「う、うぐっ…」
 絵になりすぎる。なんて完璧な青春のワンシーンなんだろう。私には一生縁のないような光景だ。そう認識した途端にぶるぶると体が振動し始めた。拒否反応を起こしている。今の私にはバンドがあるんだし、絵に描いたような青春の一幕なんてなくても平気なはずなのに…
 そうだ、バンド。喜多ちゃんにもし恋人ができたら、バンド活動に影響したりするのだろうか。でも、これまでだって喜多ちゃんはたくさんの友達と付き合いつつ、バンド活動を続けてくれてたわけだし。最近は以前にもまして熱心に練習してくれてるように見えるし、そんなことを心配するなんて失礼だよね。
 でも、恋人ってことは、やっぱり優先順位的には最上位の存在になるわけだし、そうなるとやっぱり以前とは少し変わっちゃうのかな。
 デートの日とバンドの練習予定が被ったら練習の日付をずらすことになって、喜多ちゃんが楽しくデートしている一方で、私は家の暗い押し入れの中で無心でギターを弾くことになるんだろうな。付き合ってしばらくしたら、もしかしたら恋人さんがライブを見にきたりしちゃうかもしれない。好きな人が自分の演奏を聞きにきてくれたら、きっと嬉しいだろうな。喜多ちゃんもすごく喜ぶと思う。ライブ終わりの帰り道では、好きな人とはしゃぎながら話をする喜多ちゃんを眺めることになるのかもしれない。これまでは STARRY に行く日以外も一緒に学校から帰ることもあったけど、そんなことももうなくなるのかもしれない。それはちょっと寂しいな。陽キャオーラに気圧されることもあったけど、楽しそうに話している喜多ちゃんと一緒にいるのは私も楽しかったから。
 でも、喜多ちゃんの人生なんだし、喜多ちゃんが好きな人と一緒にいられるなら、それが一番いいよね。うん。
 突然の話で驚いたしなんだか複雑な気持ちだけど、もし喜多ちゃんから話してくれたら、素直に「おめでとうございます」と言えるといいな。というか、今日はちょうど放課後に喜多ちゃんのギターの練習に付き合う予定があるし、もしかしたらその時に何か話してくれるかもしれない。
 喜多ちゃんは今、どんな様子なんだろうか。そんなことをぼんやりと気にしながら、私はやっと昼食に戻った。


 しかし、その日待ち合わせ場所に現れた喜多ちゃんの様子は、全くもって普段通りだった。出会い頭に軽く世間話をしてみても、いつもと違う様子は欠片も見受けられない。私の適当な相槌にも嫌な顔ひとつせず、いつも通り明るく元気に話をしてくれる喜多ちゃん。上から下までじっくり観察してみても、何の変哲もないただの制服姿だ。
「ひとりちゃん?」
「は、は、はいっ?」
 どこか普段と違う様子はないかと注意深く観察していたら、ふとギターから顔をあげた喜多ちゃんと目が合ってしまった。声色は柔らかく口元は笑顔だけど、少し困惑している様子だ。その表情にぎくりとして、私は慌てて目を逸らして俯く。
「どうしたの?なんだか今日はずっとそわそわしてない?」
「あっ、い、いえ。すみません…なんでもないです」
「そう?」あまり納得のいっていない様子で自分の顔をぺたぺたと触り始める喜多ちゃん。「一応聞きたいんだけど、私、顔に何かついたりしてないわよね?」
「ほ、本当に何でもないんです!気にしないでください。すみませんすみません…」
「そんなに謝らなくても大丈夫よ!でも何か気になることがあったら遠慮なく言ってね」
 朗らかな笑顔でそう言って、またギターに視線を落とす喜多ちゃん。明らかに気を遣わせてしまった気がする。どうしよう、思いの外告白のことが気になってしまって全然練習に集中できない。喜多ちゃんの貴重な時間を割いた練習時間なのに。参ったな。こんなことならあんな話を聞いておかなければ良かった。
 そもそも、普通誰かと付き合った報告なんて友達にするものなのだろうか。自分がそういう経験がないからわからないけど、わざわざ報告するのは気恥ずかしかったりするのかもしれない。
 それに、友達に話すとしても私に話してくれるとは限らないし。喜多ちゃんには私なんかよりもキラキラした陽キャの友達がたくさんいるわけだし、恋愛に関する話はそういう人たちとしているのかもしれない。なんで私は当然のように喜多ちゃんが自分に報告にしてくれるなんて思ってしまったのだろう。よく考えたら、たとえ仮に報告されたとしても、青春イベントに対する拒否反応で素直に祝福の言葉を述べられるかも怪しい。だからむしろこれで良かったのかもしれない。うん、良かったと思うことにしよう。
 自分の中で納得がいくまで考えたところで、ようやく多少は落ち着いて振る舞えるようになってきた。それでやっと喜多ちゃんも私の挙動不審という脅威から解放された。
 そしていつも通り、粛々と練習の時間は流れていった。
「あら、もうこんな時間」
 そう言って喜多ちゃんはうーんと両手をあげて軽く伸びをした。確かに、気づけばだいぶ時間が経っていて、とっぷりと日が暮れてしまっていた。
「ほ、本当ですね。そろそろ帰らないとですかね」
「そうね。こんな遅くまで付き合ってくれてありがとう。今日もとっても勉強になったわ!」
「だったら良かったです。で、でももう喜多ちゃんも大分上手くなりましたし、私じゃ教えられることも少なくなってきちゃったかもしれないですね」
 そう言いながら私はへへ、とだらしない笑みを浮かべた。
 本当に、喜多ちゃんは出会ったばかりの頃と比べたら格段に上手くなったと思う。そもそも私は人に物を教えるのは上手いとは思わないし、これ以上はもっと教えるのが上手い人に習ったほうが伸びるかもしれない。私を頼ってくれるのは嬉しいけど、私が喜多ちゃんの成長を止めてしまっていたりしたら嫌だ。
 それを聞いた喜多ちゃんは少し微妙な表情を浮かべてから「ううん」と首を横に振った。
「ひとりちゃんのギターは見てるだけでも練習になるし。具体的に何か教えてもらわなくたって、一緒に練習していればモチベーションにだってつながるもの」
 それから少し視線を落として「だから、これからも練習に付き合ってもらえたら、私とっても嬉しいわ」と寂しそうに言った。
「そ、そうですか」
 思いがけない反応に面食らってしまった私は、同じく視線を落としながらそう答えた。
 なんだか微妙な空気になってしまったな。こんなつもりじゃなかったのだけど、言い方がちょっと不味かっただろうか。でも、いつもだったらなんでも好意的に解釈してくれる喜多ちゃんがこんな反応をするのも珍しい。似たような反応をするにしたって「そんなことないわよ!これからもよろしくね!」と明るく言い切ってくれそうなものなのに。
 まずい、これ以上微妙な空気にするのが怖くて何も言えない。と、思ったのも束の間、喜多ちゃんはパッと笑顔になりさっさと後片付けを始めた。
「じゃ、後片付けして早く帰りましょう!ひとりちゃんが家に着くのも遅くなっちゃうものね」
「あっ、そうですね」
 その笑顔に釣られるようにして固い笑みを浮かべつつ、私はなんとかそう答えた。
 勘違いかもしれないけど、その時見せた喜多ちゃんの笑顔が、少しぎこちないもののように見えた。


 ついぞ告白を匂わす話題は一つも出てこないまま、私は学校からの帰り道で喜多ちゃんと別れた。「また明日」と言いながら元気に手を振って去っていった喜多ちゃんが見えなくなるまで、私はふらふらと手を揺らしながらぼーっと突っ立っていた。
 一人で帰路につきながら、今日の喜多ちゃんの様子を振り返る。帰り道の喜多ちゃんはほとんど普段通りだったけど、所々違和感があった気もする。とは言ってもそんなに大したものじゃなくて、少し考え込む時間が多いかもだとか、口数がちょっと少なめだとか、テンションが若干低めかもだとか、どれもその日の気分によって簡単に変わりそうな些細なものばかりだった。
 練習中に一瞬見せた寂しそうな声色に引っ張られてそう感じただけなのかもしれない。あるいは、喜多ちゃんがその時のことを引きずってしまって、いつもの調子に戻りきれなかったのかもしれない。そう考えると私はなんてことをしてしまったのだと深い後悔に苛まれる。
 あの時、喜多ちゃんは一体何を考えていたのだろう。
 というか、もし本当に恋人ができた翌日なのであれば、もうちょっと浮かれ気味になっているはずでは?全体的に元気がなくて、これだと真逆だ。となると、告白の現場に居合わせたというのはあの女子生徒の勘違いという説もあり得る。あるいは告白は本当だけど、喜多ちゃんは断ったのかもしれない。いくら優しい喜多ちゃんだって、誰とでも恋人になるわけじゃないだろうし。というかそうであって欲しくない。でも、それで元気をなくすことがあるのかな。断られた相手のことを思うといたたまれない気持ちになるとか?もしくは、告白のこととは全然関係のない理由で調子が悪かったのかもしれない。
 とにかく、告白が事実にせよ勘違いにせよ、今日は特に話題にも上がらなかったわけだし、私もそんなのは聞かなかったことにして普段通りに過ごすのが良いはずだ。明日もまた会う予定だけど、今度こそいつも通りに過ごして喜多ちゃんの邪魔をしないようにしないと。
 私は決意を新たにグッと拳に力を込め、家路についた。


 次の日、喜多ちゃんは私より先に空き教室についていた。
 喜多ちゃんとのギター練習には放課後の空き教室を使っている。私は放課後になれば誰と話すこともなくそそくさと向かうので、いつもは大抵私の方が着くのは早いのだけど、その日は珍しく喜多ちゃんが先だった。
 手をかけ扉を引こうとしたその時に、喜多ちゃんが来ていることに気づいた。扉のガラス越しに中の様子を伺うと、喜多ちゃんは教室の端の方でぽつんと椅子に座っていた。ギターを触っているわけでもなく、スマホを眺めているわけでもない。ただただ椅子に座って、目は虚空をじっと見つめていた。
 昨日に引き続き、こんな喜多ちゃんは珍しかった。物思いに耽ってるだけにも見えるけど、何か思い詰めているようにも見える。少なくとも、元気な様子には見えなかった。扉のすぐ外に立っている私の様子に気づく気配も一切ない。私の方が遅かったのは今回が初めてじゃないけど、そんな時は大抵、喜多ちゃんは先に練習を始めているか、スマホを眺めているかのどちらかだった。あんな表情の喜多ちゃんを見るのは初めてだった。
 若干の気まずさを覚えながらも、私は扉にかかった手をそのまま引いて「すみません、遅れました」と、気づいてもらえるように少し大きめの声で謝罪した。途端に喜多ちゃんの視線は私を捉え、表情はパッと笑顔になった。
「ひとりちゃん!いえ、今日はうちのクラス、たまたまホームルームがはやく終わったの。全然待ってないから大丈夫よ」
 一瞬でいつもの明るく元気な喜多ちゃんに戻り、さっきまでの様子がまるで嘘のようだった。本当に私の勘違いだったなら良いのだけど。軽く会話をしてから練習の準備に取り掛かるが、このままではいまいち集中できそうもなく、昨日の二の舞になりそうだ。
 そこで、練習を始める直前に思い切って聞いてみることにした。
「あ、あの… 喜多ちゃん」
 私はチラチラと表情を伺いながら恐る恐る声をかける。
「うん?なーに?」
「あの… 何かありましたか?」
 すると、練習の準備をしていた喜多ちゃんの体がぴくりと反応し、一瞬動きを止めた。が、すぐにまた準備のために手を動かし始めた。
「特に何もないけど… どうして?」
 喜多ちゃんはまるで心当たりなんてないかのように、不思議そうに尋ねてきた。
「いえ、さっきの喜多ちゃん、ちょっと元気がなさそうに見えたので… き、昨日もちょっと元気がなさそうでしたし、気になって」
「あー…」喜多ちゃんは明らかに言葉に詰まっていた。そして少し考えてから「ごめんなさい、なんでもないの。最近ちょっと寝不足で!そのせいかしらね」と言った。
 そう言う喜多ちゃんの目の下にクマは見受けられなかった。本当に寝不足なのかな。確かに寝不足の時は頭が回らないし、ぼーっとしてしまうことも元気が出ないこともあるかもしれない。
 もし私が告白の噂のことを聞いていなければ素直に信じていたかもしれなかった。しかし、噂のことを聞いてしまっていると、どうも露骨に誤魔化された気がしてしまう。何か喜多ちゃんにとって良くないことが起こっているではないかという嫌な予感が、私の頭の中を支配していた。
「そ、そうなんですね。なんでもないなら良いんですけど…」
「大丈夫大丈夫!さ、始めましょ!今日もよろしくお願いします、ひとりちゃん」
「は、はい」
 しかし、大丈夫と言われてしまっては私にはそれ以上追求できない。仮に誤魔化されていたとして、私にここから事実を聞き出すような話術も度胸もない。喜多ちゃんも大丈夫だと言っているのだから、私も何も気にしなくていいんじゃないか。これ以上話を聞いたところで私なんかに何ができるわけでもないし。昨日決めた通り、やはり何も知らなかったことにして過ごしていれば、その内喜多ちゃんだって元気になってくれるかもしれない。
 そう思った。でも、気持ちには迷いがあった。本当にそれで良いのかな。
 2人のギターの音が放課後の教室にこだまする。話は済んだはずなのに、何だか微妙な空気が流れたままその日の練習は続いていった。


「な、なんか、喜多ちゃんがちょっと元気なさそうで…」
 STARRY でのバイトが終わった後、虹夏ちゃんにそう話を切り出した。やっぱり、喜多ちゃんのことが心配だった。しかし、向こうはあまり喋りたくないようだし、こういう時どうするのが良いのか皆目見当がつかない。今まで友達なんていなかったから、私のコミュニケーションの引き出しはもう空っぽだ。
 そこで誰かに相談してみようと思った時に、まず浮かんだのが虹夏ちゃんだった。
「喜多ちゃんが?」
 虹夏ちゃんは最初キョトンとして、少し視線を泳がせてから、心当たりがないという様子で唸った。「いつも通り元気そうに見えたけど」
「確かに、STARRY でも学校でも、基本的にはいつも通りなんですけど… なんだか、時々普段より元気がない感じがするというか… 思い詰めたような感じで…」
「えぇ、そうなの?普段の様子からはあまり想像できないけど… でも、ぼっちちゃんがそう感じたのならそうなのかもしれないね。喜多ちゃんと一緒にいる時間が一番長いのはぼっちちゃんなわけだし」
 虹夏ちゃんはそう優しく私を肯定してくれた。
「私は何も聞いてないけど、やっぱりぼっちちゃんも特に理由とかは聞いてないの?」
「その… 一度何かあったのか直接聞いてみたんですけど、ただの寝不足だから大丈夫って言われてしまって。でも、なんだか、話を逸らされたような感じがして…」
「うーん、なるほど…」と虹夏ちゃんは腕を組んで考えるそぶりを見せた。「私からみると普段通りだからなんとも言えないけど、本当に何か悩み事があるなら心配だね」
「そ、そうですよね」
「喜多ちゃんが凹んじゃうようなこと、特に心当たりもないしなぁ」
「…はい」
 虹夏ちゃんは本当に心当たりがないようだったけど、私は違った。例の告白の噂のことがずっと頭を離れなかった。喜多ちゃんの様子が変になったのもあの噂を聞いてからだったし、どうしても無関係とは思えない。何か酷いことを言われたんじゃないかとか、断ったのに付き纏われたりしてるんじゃないかとか、そういう悪い想像ばかり頭をよぎる。
 しかし、噂のことは誰にも話してないし、話さないことにした。そもそも本当かどうか怪しいし。本当だったとしても、もしそのことが原因で元気がなくて、喜多ちゃんがそれを隠しているのなら、多分告白のこと自体あまり人に知られたくないのだろうと思うから。
「でも、話を聞いてる感じだと、あまり喜多ちゃんも触れられたくないのかもしれないね」
「ですかね…」
「頼ってくれるまでは、普段通り近くで一緒に過ごしてあげるのが良いんじゃないかなぁ」
 普段は元気に見えるのもあって、虹夏ちゃんは喜多ちゃんのことをそんなに深刻に捉えていない様子だった。本当に寝不足だと思っているのかもしれない。それもそうか。告白の噂のことを知っているのは私だけなんだし。いや、知っていたとしても変わらなかったかもしれない。私は大袈裟に捉えているけど、学校での告白なんて一般的な青春イベントじゃないか。何も悪いことなんてない。私がついつい悪い方向に考えるだけで、普通の人にとっては大したことじゃ無いんだ。
 しかし、そう考えても心の靄はどうしても晴れない。
「…喜多ちゃんが元気になるために、何かできないかなって思ったんですけど…や、やっぱり迷惑ですよね」
 私は言いながら、手をもじもじと絡めて俯いてしまう。
「え?迷惑ってことはないと思うけど」
「で、でも… 私なんかじゃ喜多ちゃんを元気にするなんてできないですし、もしかしたらさらに機嫌を損ねちゃうかもしれないですし…」
「うーん」
 虹夏ちゃんはそんなうじうじとし始めた私の様子を見て、言葉を選んでいる様子だった。
「ぼっちちゃん、そんなに喜多ちゃんのこと心配してるんだね」
「…ま、まぁ、私の勘違いかもしれないですけど…」
「本当のところはわからないけど、でも心配なんでしょ?」
「は、はい… あんまり気にしないようにしようとは思ったんですけど。でも…」
 虹夏ちゃんは私の様子をじっと見つめる。私はといえば、自分のことが情けなくて情けなくて、今すぐにゴミ箱に頭を突っ込みたい気分だった。虹夏ちゃんはちゃんとアドバイスしてくれてるのに、この後に及んでもっと何かできないかなんて、自分が子供みたいに駄々を捏ねているように感じた。
 そんな私の様子を見かねてか、虹夏ちゃんはふっと安心させるような笑みを浮かべた。
「なら、喜多ちゃんのために何かするのは、私は悪いことじゃないと思うな。あんまり無責任なこと言ってもアレなんだけどさ」
 虹夏ちゃんはそう言いながら、ははは、と首元をポリポリと掻いた。
「で、でもさっきは何もしない方が良いって…」
「でも、ぼっちちゃんはそれじゃ嫌なんでしょ?」
「うぅ、そう、かもしれないです…」
「ぼっちちゃんの中では、もう気持ちは決まってるんだよね。それなら、一緒に何かできないか考えてみようよ」
 虹夏ちゃんはにこにこと笑顔で言った。私の背中を後押しするかのような笑顔に見えた。
「私の気持ちを優先してしまって、いいんでしょうか…」
「確かに、結果はどうなるかわからないけど。私はね、そういう時は自分の気持ちを大事にしてるんだ。そもそも相手の考えていることなんて分からないんだから、ああした方が良いこうした方が良いなんて考えても、結局最終的に何が良かったかなんてわかんないでしょ」
「虹夏ちゃんでも相手の気持ちがわからないこと、あるんですね…」
「ぼっちちゃん、私をエスパーか何かだと思ってる?」
 虹夏ちゃんは一瞬ムッとしてじろりと私を睨んだ。私は黙って目を逸らした。
「もちろん限度はあるし、相手も選ぶけど、私は迷った時は、自分の気持ちに従うようにしたいな。自分の気持ちに従わない方が、間違った時に後悔が尾を引く気がするし。なんかそういうのって大事じゃない?」
「で、でもそれで相手を傷つけちゃったら…」
「間違っちゃっても大丈夫!反省して次から気をつける!」
「そ、そんな…」
 前向きすぎる!私にはそんな快活な前向きさはない。虹夏ちゃんなら立ち直れるのかもしれないけど、私はそもそも失敗したくない。失敗に私の体が耐えられるとは思えない。
 そんな私の心配を見透かしたかのように、虹夏ちゃんは「それに」と続けた。
「少なくとも喜多ちゃんに関してはそんなに心配しなくて良いと思うよ。喜多ちゃんもぼっちちゃんに心配してもらってたんだってわかったら、申し訳ないと思うかもしれないけど、それでも嬉しいんじゃないかな」
 私を諭すような優しい声色で、虹夏ちゃんは言う。
「そ、そうですかね…」
 喜多ちゃんと出会ってから、まだ一年も経っていない。私にとっては喜多ちゃんは同じ学校の友達だ。喜多ちゃん以外に友達と呼べる人なんていない。喜多ちゃんにとっての私はどうなんだろう。私に優しくしてくれるけど、喜多ちゃんは誰にでも優しいし、友達だってたくさんいる。私は数ある友達の中の一人にすぎない。それでも喜んでくれるのかな。そもそも、私が何かしなくても、他の友達が喜多ちゃんを元気にしてくれるのかもしれない。そんな考えも頭をよぎった。
「よーし、じゃぁ早速何ができるか考えてみよっか!」
 結局その後、私は虹夏ちゃんと、喜多ちゃんを元気にするには何ができるかについて話し合うことになった。一度虹夏ちゃんに何かしてもらおうとお願いしたら「ぼっちちゃんが気になってるんだから、ぼっちちゃんがやらないとでしょ」とピシャリと言われてしまった。そこまで甘えさせてはもらえないらしい。しかし、私に実行できそうなことは少ない。それでも、最終的にはいくつか現実味のある案を挙げられたと思う。
 最後、虹夏ちゃんは「あんまり深く考えすぎなくて良いと思うよ」と言ってくれた。それに、虹夏ちゃんが大丈夫と念押ししてくれると、釣られて少し楽観的な気持ちになってくる。これだけ話しても、まだ自分なんかが何かしても良いものか自信を持てなかったけど、それでもやれることが分かって少し気が楽になった。
私は感謝の気持ちを込めながら手を振り、虹夏ちゃんと別れた。


 夜。その日は布団に沈みながら、色々なことを考えた。今日虹夏ちゃんと話したこと。自分のこと。そして、喜多ちゃんのこと。
 勘違いかもと何度も思ったけど、私は喜多ちゃんはやっぱりいつもと違うように思う。告白の噂は本当なのか、喜多ちゃんの身に何があったのか、何もわからない。しかし、何があったにせよ、喜多ちゃんは元気がなくて、それを悟られないよう隠してる。そんな喜多ちゃんが私は心配で、元気付けるために何かできないかと悩んでる。
 私なんかに何ができるんだと思う。何かしてあげようなんて烏滸がましいとも思う。黙っていれば、それこそ明日にはもう元気になっているかもしれない。なのに、私は何故こんなに悩んでいるんだろう。
 私と喜多ちゃんは全然違う。でも、たまに喜多ちゃんの考え方や感じ方にとても共感できる時がある。そんな瞬間があると、まるで正反対な人間なのにも関わらず、なんだか通じ合えたような気持ちになれて嬉しかった。そんなのは自分勝手な妄想だと思うけど。でも、最初は手が届かないくらい遠く感じられた喜多ちゃんとの距離が、そういう瞬間を重ねる度に徐々に近づいていくような感じがした。
 喜多ちゃんは私のことをどう思っているんだろう。喜多ちゃんはとびきり明るくて、誰にでも優しく、誰とでも仲が良い。私は所詮、喜多ちゃんの数多くの友人の内の一人にすぎない。最初は、隠キャの私に気を遣って仲良くしてくれているのかもと思ってた。もちろんそういう時もあったと思うけど。でも、喜多ちゃんが私にむけてくれた笑顔が全部気遣いや嘘だなんて思わない。
 喜多ちゃんは、自分の感情に素直な人だった。そして、感情が行動に出やすい人だった。たとえ行き当たりばったりでも、自分の気持ちに従ってすぐに行動を起こしてしまうような人だった。そんな人だと知っているから、喜多ちゃんが私に向けてくれる屈託のない笑顔も、楽しいという言葉も、純粋なものとして受け取ることができる。だからこそ、楽しいと言ってくれる喜多ちゃんと過ごす時間は私も楽しかったし、嬉しかった。考えていることの全てはわからないけど、喜多ちゃんがこんな私との時間でも楽しんでくれていたことは、きっと信じられると思う。
 喜多ちゃんがそういう人だから、きっとみんな喜多ちゃんに惹かれて、喜多ちゃんの周りに集まるんだ。私に足りないもので、私が欲しいものを喜多ちゃんは持ってる。私はそれに振り回されたこともあれば、後押しされたこともある。大変なことだってあったけど、そんなのは振り返ってみればどれも些細なものだったと思う。たとえ喜多ちゃんにとって私が数多くの友達のうちの一人にすぎなくても、他の数多くの友達と同じように過ごしていたとしても、それでも私が喜多ちゃんと過ごした楽しい時間は、どれも私がひとりぼっちの時には考えられなかったようなかけがえのないものだった。
 喜多ちゃんは、やっぱり私にとって大切な友達なんだ。だから、そんな人に自分が何かできればとつい思ってしまう。すべきかどうかではなく、したいかどうかが先行してしまう。
 私の見当違いで、独りよがりで、間違っていて、失敗するかもしれないけど。それでも私は、やっぱり喜多ちゃんのために何かしたいなと思った。


 週末、ちょうど珍しくバンド活動は休みになった。もしかしたら虹夏ちゃんが気を利かせてくれたのかもしれない。ありがたいけど、逃げ道を塞がれた気分にもなった。おかげで心の中の虹夏ちゃんに感謝と謝罪を同時にする羽目になった。
 私は虹夏ちゃんと話したことを念頭に、喜多ちゃんに何ができるか考えた。死ぬほど考えた。悩みに悩んで、まず丸一日潰した。そしてなんとかやることを決めて、そのための準備を行なった。正直なところ、喜多ちゃんが喜んでくれるかどうかは全然自信がない。もうなかったことにして全部投げ出してしまおうかと何度も思ったけど、その度に虹夏ちゃんの「間違っても大丈夫」という言葉、そして喜多ちゃんの顔が浮かんで、思いとどまった。
 そんなわけで、週明けの月曜日、私は緊張しながら空き教室で喜多ちゃんを待っていた。今日も喜多ちゃんとギターの練習をする予定になっている。しかし、今日はやけに喜多ちゃんの登場が遅い。いつもならもうとっくに来ているはずなのに。
「ひとりちゃん」
 そわそわと体を揺らしながら待っていると、ようやっと喜多ちゃんが現れた。
「喜多ちゃん?」
 到着した喜多ちゃんの様子を見て、思わず問いかけるような形になってしまった。
 喜多ちゃんの様子が明らかにおかしかった。この間までは出会い頭は少なくとも元気そうだったのに、今日の喜多ちゃんは目に見えて元気がない。声も小さめで、口元には申し訳程度の薄い笑みが浮かんでいる。
 喜多ちゃんのそんな様子を見て、私はひどく動揺した。しかし喜多ちゃんはそれにも気づかない様子で、伏し目がちに言葉を続ける。
「ごめんなさい、今日の練習なんだけど… その。ちょっと今日は… 調子が悪いというか、体調があまり良くないみたいなの」
「えっ、大丈夫ですか…」
「うん、大丈夫。けど、ちょっと練習してもあまり身が入らなそうだから、待っていてもらって申し訳ないんだけど、今日は中止でも良いかしら」
「も、もちろんです」
「うん、本当にごめんね…。それじゃぁまた明日ね、ひとりちゃん」
 言うと、喜多ちゃんは逃げるように一人で帰ろうとした。
「えっ、あっ」
 その唐突さに、私はただただ立ち尽くしてしまう。口からはか細く情けない声しか出ない。中途半端に持ち上げた手も虚しく宙を掻くだけだ。
 流石に体調不良なら喜多ちゃんも元気ではいられないと思う。しかし、本当に体調不良なのだろうか。別の何かがあったんじゃないだろうか。先週に引き続いて、やはり何か喜多ちゃんの身に良くないことが起こっているんじゃないだろうか。動揺とともに緊張は吹き飛んで、頭の中にぶわっと様々な不安が湧いて出る。けれどそれを整理する間もなく、喜多ちゃんは行ってしまう。これ以上話したくない、一人にして欲しいというように。
 考えをまとめる暇はない。
「喜多ちゃん」
 気づくと、私の足はいつの間にか喜多ちゃんに追いつき、手はしっかりと喜多ちゃんの腕を捉えていた。足を止められ、驚いて目を丸くした喜多ちゃんと目が合う。
「何か言われたんですか?」
 考える前に、私の口から言葉が溢れた。
「えっ」
 喜多ちゃんの表情がよく見える。不安と驚きが入り混じったような表情だ。
「な、何かって、なにを?誰に?」
「この間」
 自分の声が他人の声のように聞こえる。何が良いとか悪いとか、それを考える余裕すらない。私は捲し立てるように言葉を続ける。
「この間、私聞いちゃったんです。喜多ちゃんが告白されるのを」
 しん、とあたりが静まり返ったように感じた。


 終わった。やってしまった。最悪だ。
 言い終えた瞬間に全身から冷や汗が噴き出てきた。明らかに動揺してしまい、視点が定まらない。なんでそんなことを言った?自分でもわからない。喜多ちゃんは隠していたのに、知られるのを嫌がってたのに。今日はこんなことがしたかったんじゃないのに。私なりにうまく元気づけようと必死に考えてきたのに、全て台無しだ。しかも、噂を聞いただけなのにその場にいたなんて嘘をついてしまった。
 一方、喜多ちゃんはポカンとしていた。口をあんぐりあげてあっけに取られた様子で、私を見つめていた。
 終わった。全て終わった。喜多ちゃんに嫌われたかもしれない。もう一緒に練習できないかもしれない。バンドにも来てくれなくなるかもしれない。いや、そんなことになったら私だってバンドなんて続けられない。私が辞めるから、喜多ちゃんにはバンドを続けてほしい。
「す、すすす、すいません。わ、わたわた私、私…………」
「…ひとりちゃん、あの、」
「バンド辞めます」
「えっ!?」
「だからどうか喜多ちゃんは辞めないでください…」
「辞めないし、いきなり何を言ってるの!?」
「学校も辞めます。きっと明日から私は全校生徒の敵になっているでしょうから…はは、ははは。すいませんすいません。私みたいな人間は人と関わらず家でじっとしているのが身の丈にあっていました。こんな私でもやればできると思ったのが間違いでした…」
「ちょ、ちょっと!ひとりちゃん待って!頼むから一人で完結しないで!それにそんな悲しいこと言わないで!」
「喜多ちゃんを傷つけた私にもう生きている資格なんて…」
「別に傷ついてないから!大丈夫だから!お願いだから正気に戻って!」
 そんな調子で、それからしばらくの私は酷い有様だった。喜多ちゃんは空き教室に戻り私を椅子に座らせて、泡を吹いた私をなんとか正気に戻そうと、顔をペチペチ叩いたり肩を揺らしたり、様々な言葉をかけたりした。
「…それにしても、ひとりちゃん、知ってたのね」
 最終的には、その言葉で一気に正気に引き戻された形になった。
 知ってた、と言うことは、噂は本当だったということだろうか。何度も大丈夫と言ってくれていたけど、それでも私は恐る恐る喜多ちゃんの様子を伺った。怒っているだとか失望しているといった様子ではなかった。むしろ、なんだか安心した様子に見えた。
「というかいたの?あの場に?全然気づかなかったわ… 恥ずかしいんだけど… 全部聞かれちゃってたの?」
「い、いえ!ぜ、全然… 告白されてたのだけ分かって… そのあとは逃げちゃって。で、ですからほとんど内容は聞いてないし、覚えてないんです」
「そっか、そうなんだ」
 噂で聞いたままの通りを言っただけなのだけど、すんなり信じられてしまった。自分がその場にいたことにしたのは、噂になっていたのを知ったら喜多ちゃんが傷つくかもというギリギリの理性が働いた結果だった。嘘をいうのはちょっと心が痛むけど、うまく誤魔化せてよかったと内心ほっと胸を撫で下ろす。
「すいません… なんだか言い出せなくて」
「ううん、私こそ。ひとりちゃんが気にかけてくれてたのは分かったんだけど… ひとりちゃんはこういう話、苦手かと思って」
「うっ」
「今みたいに正気を失っちゃうんじゃないかと思うと話しにくくて。それで、隠すみたいな感じになっちゃったわね。ごめんなさい」
 ぐうの音も出ない...。喜多ちゃんは知られたくなかったんじゃなくて、私に気を使っていただけだった。完全に私の問題だった。その事実に気づいた私は苦笑いを浮かべることしかできない。
 しかし、ということは、やはり告白のことが原因でここ最近元気がなかったということなのだろうか。
「まぁ、でもそうじゃなくても、話しづらくはあったかもしれないけど」
 喜多ちゃんはそう言って困ったような笑みを浮かべた。
「…その、何があったんですか」
 喜多ちゃんが元気になってくれれば良いとは思っていたけど、ここまで来ると流石に何が起きたのか気になった。特に、今日のあの様子を見てしまっては。
「うーん、話しても良いんだけど…」
「い、嫌なら別に!いいです!」
「ううん、私はいいんだけど…ひとりちゃんは、嫌じゃない?多分、あまり好きな話題じゃないと思うから」
 確かに、と思えてしまうことが心底情けない。私のことだ、話を聞いているうちにまた奇声を上げないとも限らない。
「喜多ちゃんは、どうですか」
「私?」
「元気がない様子だったので… もし何か悩みがあるなら、もう、誰かに相談とかしましたか」
 元々、何があったのかは聞く気はなかった。喜多ちゃんは話したくないと思い込んでいたから。そうではないと分かった今でも、私が話を聞く必要はないと思う。気にはなるけど、喜多ちゃんの指摘通り、知ったところでまとも相談に乗れる自信はない。話を聞くくらいならできるのかもしれないけど、既に誰かに相談しているのであれば、私にできることは本当に何もないように思えた。
 しかし、喜多ちゃんは静かに首を横に振った。
「誰にも話してないの。今回のこと。隠したかったというよりは、話しにくくて。ひとりちゃん以外にもね。って、これを隠してるっていうのよね…」
 喜多ちゃんは言いながら「ははは」と笑う。その表情は、少し寂しげに見えた。
「でも、もし聞いてもらえるなら… 聞いてほしいわ」
「…それじゃあ、聞かせてください」
 こうなってしまってはもう、腹を括るしかなかった。喜多ちゃんが聞いて欲しいと言うのだから、何もできないかもしれないけど、せめてちゃんと最後までしっかり聞き届けたい。
「じゃぁ、何から話そうかしら…」
 そうして喜多ちゃんは、椅子に座った状態で軽く握った手元に視線を落としながら、ぽつりぽつりと、吐露するように告白された時のことについて話し始めた。私はそんな喜多ちゃんの顔を見つめながら、黙ってただ話に耳を傾ける。
「告白の返事はね、保留にしたの」
 保留。保留?つまり、まだ返事をしていないということなのだろうか。これまで元気がないように見えたのは、返事の内容を悩んでいただけだったのだろうか。でも、じゃぁ今日の様子はなんだったのだろう。
「相手の子は… 友達よ。中学の時から付き合いがあって、仲も良かったと思う
「よく遊ぶって程ではなかったけどね
「申し訳ないけど、私からは特別な感情みたいなのはなかったの。普通に仲の良い友達だと思ってたわ
「だから、告白された時は本当にびっくりしちゃった。最初は、今はバンド活動だってあるし忙しいから、とてもじゃないけど恋愛をしている余裕はないかもってまず思ったの
「今後も友達として仲良くしていくのじゃだめなのかなって話もしたのよ
「で、話したことは他にもあるんだけど。向こうから色々と話してくれてね
「私のことを、すごくよく見てくれてたみたいなの
「色んな話を聞いてるうちに、本当に私のことを好いていてくれてるんだなって感じて、
「ちょっと恥ずかしかったけど、それは素直に嬉しいなって思ったのよ
「私、恋愛経験ってなくって。告白されたのだって初めてだったし。私にとっての恋愛って、まだドラマや漫画の中の存在なのよね
「だから、恋愛として人を好きになる気持ちっていうのがよくわからなくって。作品の中では色々みてきたから理解はできるんだけど、実感としてはまだあまり分からなくて
「例えばリョウ先輩のことは大好きだけど、それが恋愛としての好きなのかって言われるとよく分からないし
「けど、いつかは私も素敵な恋を経験してみたいな、みたいなぼんやりとした気持ちはあって
「正直なところ、こうやって始まる恋愛もアリなのかな、ってちょっと思ったりもしたの
「恋人ができるなんてあまり想像したことないけど、出来たら出来たできっと、素敵な思い出がたくさんできるんだろうなって思うし
「友達にも付き合ってる子がいるし、そういう子の話を聞いてると、たまに良いなと思うこともあって
「ただ、嬉しくはあったけど、その時はどうしても困惑が勝っちゃって、私が相手のことをどう思えてるかっていう部分に、自分であんまり自信が持てなくなっちゃったの
「その気が無いのに付き合ってもお互い辛くなっちゃうだろうし、それは嫌だなという気持ちもあって
「そうやって色々考えているうちに、自分がどうしたいのかもよく分からなくなっちゃって
「だから、ちょっと考えさせてほしいって、その時は思わず、そう言っちゃったの
「でも、それでその後の返事をどうするか、ここ最近はずっと悩んじゃってて
「誰かに相談しようかとも思ったけど、相手の子は私の友達とも友達だったりするから少し相談しづらくて
「バンドに持ちこむような話でもない気がしちゃって、それで誰にも言いづらくて
「だから、ここしばらく元気がなかったっていうのは、きっとそういうことなんだと思うわ。自分では普段通りにしてたつもりだったんだけど…
「ひとりちゃんって、結構こういう所に気付いてくれるのね」
そこまで言って、喜多ちゃんは一度ふうと息をついた。
「そう、だったんですね」
 私はやっとのことで、それだけの相槌を返した。もっと気の利いた言葉を続けられたら良かったのだけど、生憎何も思い浮かばない。恋愛経験がないのも、恋愛が絵空事の世界の話のように思えるのも、私だって一緒だ。しかし、喜多ちゃんが告白をされたのが初めてというのはかなり意外だった。喜多ちゃん、モテそうなのに。
 しかし、喜多ちゃんの心情を改めて聞くと、噂話として聞いていただけの時よりも、告白の内容が生々しく感じられて、少し気分が悪くなってしまったかもしれない。胃がキリキリする。
 加えて、なぜだか少しショックだった。私は何にショックを受けているのだろう。相談されなかったこと?喜多ちゃんがそこまで好きでもない相手と付き合ってしまいそうなこと?
 それでも、最初に聞いたのは私だ。私は話の続きを促そうとした。
「それで…」
「それでね」
 被せるように言葉を発し、喜多ちゃんはすうっと息を吸った。
「さっき断ったの」
「えっ」
えっ?
「ここに来る途中にバッタリ会っちゃって」
「えっ、で、でも、良かったんですか?」
「本当はね、最初からあんまりその気は無かったの、多分。自分のことなのに何言ってるんだーって話なんだけどね。
「恋愛への憧れとか他人への羨ましさとか、ちょっとした見栄とか、そういう打算的な感情もあったんじゃないかって思うのよね、きっと。もちろん、加えて相手が良い人だったというのもあるけど。それで、もしかしたらみたいに思っちゃったんだけど。よくよく考えたら、違うなってなっちゃって
「やっぱり、ちゃんと好きになった人と恋人になりたいし。それに、最初も言ったけど、今はバンド活動で忙しいしね
「この間、ひとりちゃんはああ言ってくれたけど、私、自分のギターの腕も、歌も、やっぱりまだまだだなって思うの。好きなことは他にもたくさんあるけど、今はバンド活動が私の中ではやっぱり大きくて。結束バンドの皆んなと、ひとりちゃんと活動を頑張って行くことが、今一番大事だったんだなって、改めてそう思ったの
「だから、この間も言ったけど、また何回でも私の練習に付き合ってくれたら、私とっても嬉しいわ
「それが今の私の、素直な気持ちなんじゃないかなって思うの」
 喜多ちゃんはそう言って真っ直ぐ私を見た。
 驚いた。今日喜多ちゃんが来るのが遅かったのは、告白相手と会っていたからだったのか。それに、私はてっきり喜多ちゃんはこのまま告白相手と付き合ってしまうのかと思っていた。
 喜多ちゃんはその気はなかったと言ったけど、実のところ、喜多ちゃんが告白を受け入れる可能性はどのくらいあったんだろう。例えば、もしバンド活動をやっていなかったら、バンド程熱中しているものが喜多ちゃんになかったなら、一体どうなっていただろう。そうしたら、多少の違和感があっても、もしかしたら案外すんなり告白を受け入れていたんじゃないか。それで、なんだかんだ恋人同士で楽しくやれてたんじゃないか。完全に私の妄想だけど、今の話を聞いていると、なんとなくそんな気もした。
「今日は、いきなり帰ろうとしてごめんなさい。断ったから、もう終わった話なんだけど。なんだかすごくすごく疲れちゃって。折角ひとりちゃんに時間を割いてもらっても、こんなんじゃひとりちゃんの時間を無駄にしちゃうかと思って。自分勝手に相手を振り回しちゃって… はっきりしなかった自分が悪いんだけど、そんな自分のことも、なんだかちょっと嫌になっちゃって」
 喜多ちゃんは大きめのため息をついた。
 そんなに気に病む必要はないんじゃないかな、と思う。話を聞いていても、喜多ちゃんに何か悪い部分があるとは私には思えなかった。恋愛のことはよくわからないけど。
 しかし、蓋を開けてみればそこまで深刻な話ではなかったのは良かった。まだ少し落ち込んでいるようだし、当人にとってみればそんなことはないのかもしれないけど、少なくとも私が想像していた種類の嫌な事ではなかった。むしろ、よくある青春の一コマという感じもする。
 喜多ちゃんも、今日初めて会った時と比べると大分元気が戻ったように見える。全部話すことができて、肩の荷が降りたのかもしれない。
「珍しいですね。喜多ちゃんがそこまでネガティブになるなんて」
「確かにそうかも。なんか自分の思いがけない行動に思ったよりショック受けちゃって!」
「はは、私のがうつっちゃいましたかね〜、な〜んて」
私はもっと空気を和ませようと軽口を飛ばしてみる。
「え、もしかしてそうなのかしら…」
「えっ」
「ごめんなさいひとりちゃん。もしかしたら今度から練習はリョウ先輩に見てもらった方が良いかもしれないわ」
「えっえっ」
「くすくす、ごめんなさい、冗談よ!」
 喜多ちゃんは焦る私の様子を横目にくすくすと笑った。私は安堵と共に苦笑いを浮かべる。
 言い出したのは私だけど、勘弁してほしい。いや、リョウ先輩に教えてもらった方が上手くなる可能性も確かにあるし、私なんかに引き止める権利はないけど、唐突に言われると少しびっくりするというか。
 そうしてひとしきり笑った後に、喜多ちゃんは「あーあ」と空を仰いだ。
「ひとりちゃん」
「はい?」
「私、これで良かったのかしらね」
 喜多ちゃんは独り言のようにそう言った。
 良かったのかというのは、何に対してだろう。告白を断って良かったかということなのか、告白を保留にして良かったかということなのか。
 喜多ちゃんの気持ちは色々と聞いて、分かった部分もわからなかった部分もある。けど、喜多ちゃんにだってきっとまだまだ話してないこと、話せないことがたくさんあるんだ。当たり前だ。自分の心の内を全て曝け出すのは難しい。私だって、思っているけど他人には話さないことが山のようにある。話すことの方が圧倒的に少ない。
 分かるのは、今回の告白は喜多ちゃんにとって、私が思っていた以上の人生の一大イベントだったのだろうということだ。そうじゃないと、喜多ちゃんがここまで心をかき乱されるような事態にはならないと思う。
それに、あれだけ聞いた今でも、私には分からないことが沢山ある。告白相手が喜多ちゃんにどんなことを話したのか。喜多ちゃんと告白相手は具体的にどんな関係だったのか。今私に語った以外にも、喜多ちゃんの相手に向いた気持ちは色々とあったんじゃないのか。もしかしたら、本当は付き合っても良いと思っていたけど、バンド活動の方を選んだなんてこともあり得るのかもしれない。これを気に、自分の将来について改めて考えて、不安になったりもしたのかもしれない。でも、そんなのは全部想像だ。ただでさえ知らないことが沢山ある中で、喜多ちゃんの判断が良かったかなんて分からない。ましてや、色恋について未経験どころか、アレルギー反応を起こすレベルの私には。
 喜多ちゃんだって、そんなことは分かってるはずだった。だから、喜多ちゃんはそんなに明確な返事を期待していないのかもしれない。特に深い意味はなくて、ちょっとした愚痴のつもりなのかもしれない。
 私は一瞬躊躇して、それでもおもむろに自分のリュックに手を伸ばした。
「…喜多ちゃん、あの…」
 言いながら、そのまま中をごそごそと漁る。喜多ちゃんは不思議そうにその様子を見つめてくる。
「…こ、これ、受け取ってくれませんか?」
 緊張しすぎて、声が少し裏返った。私はリュックから小さい包みを取り出し、震える手で喜多ちゃんに差し出した。綺麗にプレゼント用にラッピングされた包みだ。
「えっ?」
 喜多ちゃんも完全に予想外だったのだろう。一瞬何が起きたのか理解できていないようだった。少し経ってから慌てて手を伸ばし、包みを受け取る。そして、まじまじと手元の包みと私の顔を見比べる。
「えっ、と…」
 喜多ちゃんは最終的に手元の包みに目を落としながら、言葉に詰まっている。
「そ、その… すみません。これで良かったのか、やっぱり、私には分かりません」
 私は喜多ちゃんと目も合わせずに言う。緊張から、やけに早口になってしまう。
「でも、良かったか悪かったかなんて、多分ずっと後にならないとわからないですし。あんまり気にしてもしょうがないというか… 喜多ちゃんが自分の素直な気持ちに従ったのなら、私はそれで良いと思うんです」
 私らしくない言葉だった。完全に虹夏ちゃんの話の受け売りだ。次虹夏ちゃんに会った時またお礼を言わないといけない。でも、本当にそうなのかもしれないと思う。良かったか悪かったかなんて、そんなの今はわからない。ずっと後になったってわからないかもしれない。
「バンド活動を大事にしたいというのが喜多ちゃんの素直な気持ちだったなら。それに従って決めたのなら、今はそれでいいんじゃないかと思うんです」
「…素直な気持ち」
 喜多ちゃんは私の言葉の一部を、そう繰り返した。手に包みをもったままぼーっと宙を見つめている。
「それに、それが喜多ちゃんの気持ちなら、私も少し嬉しいです。私にとっても結束バンドは、やっぱりすごく大事だと思うので」
 人の気持ちなんて一言じゃ簡単に表せないのはわかってる。私もいつも相反する気持ちに板挟みになって、結局自分を甘やかす方向に倒れてしまう。喜多ちゃんもそうだったのかもしれない。だからこんな私の言葉も、大して喜多ちゃんの心には響かないかもしれない。だけど、私にはこれ以上、うまく喜多ちゃんを元気付けられるような言葉は思い浮かばない。
 でも、何を言ったってもう全部終わったことなんだ。私の今日の元々の目的は、喜多ちゃんに元気を出してもらうことだった。喜多ちゃんの話を聞き終えた今、あとは、喜多ちゃんに元気になってもらうだけだ。あの包みは、まさにそのために用意してきたものだった。
「それで、その… それなんですけど」
 私は今渡した包みを指差す。
「その… 最近喜多ちゃんが元気がないようだったので。喜多ちゃんに元気になってほしくて、用意しました。だから、その...喜んでもらえると嬉しいです」
 私の言葉で人を慰められるとは思わない。どこかに遊びに行っても相手を楽しませられるとも思わない。だから、喜多ちゃんの喜びそうなものをプレゼントとして用意することにした。なんでもない日にプレゼントなんてちょっと重いかもという話にもなったけど、虹夏ちゃんと出した案の中では、一番私が実践できそうだと、そう思った。
「…」
 喜多ちゃんは、示された包みをじっと見つめている。無表情だった。何を考えているのかわからない。怖い。引かれていたりしないだろうか。
「…開けてみてもいい?」
「は、はい」
 喜多ちゃんはゆっくりと丁寧に包装を解く。中から現れたのは、綺麗なネックレスだった。
 以前喜多ちゃんがかわいい、欲しいと言っていたものを私が覚えていたので、それを選んだ。いや、正確にはうろ覚えだった。ファッションにはあまり興味がないものだから、当時はスマホで画像を見せてもらったりもしたのだけど、商品を特定する具体的な情報を覚えておらず苦労した。最終的に特定できたのも虹夏ちゃんの助けがあってのことだった。自分一人で買いに行くのも辛くて、妹についてきてもらう始末だった。プレゼント包装を頼んだのもふたりだ。私は商品を指差すので手一杯だった。そこまで値の張るものではなかったけど、流石にお小遣いだけでは足りなかったので、お父さんに頼んで動画の広告収入を使わせてもらった。
 肝心の喜多ちゃんは話したことを覚えているのだろうか。欲しいと言っていたものだし、そもそももう既に買ってしまっている可能性もある。そしたら台無しだ。いや、悪い想像をするのはよそう。とにかく喜んでもらえるかどうかが大事だ。
 しかし、喜多ちゃんは無表情のまま固まっており、動かない。手元のネックレスをじっと見つめて無言のままだ。
 やけにその時間が長いものだから、私はどんどん不安になってきた。もしかして全然違う商品を買ってしまったのか?いや、確かに見せてもらったものだと思うけど… でも、私の記憶力なんて当てにならないし。やっぱりもう同じのをもう買っちゃったのかな… いや、そもそもプレゼント自体に引いている可能性もある。
 ダメだ、そう簡単にポジティブな人間にはなれそうもない。これで苦笑いで気なんか使われた日には辛すぎて消滅してしまう。
 私がつい謝ろうかと思ったその時、ようやく喜多ちゃんが口を開いた。
「ひとりちゃん」
「は、はい!」
「立って」
「えっ?」
「いいから。立って」
 喜多ちゃんは相変わらず無表情で、命令するようにそう言い放った。全然意図がわからない。何か罰が執行されるのだろうか。やっぱり私は間違えてしまったのだろうか。
 私はぎこちない動作で言われるがままに立ち上がる。ネックレスを机の上に置いて、喜多ちゃんも合わせて立ち上がった。喜多ちゃんと目があう。その視線は真っ直ぐと私を捉えて離さない。
 そして一歩、また一歩私に近づいてくる。
 私は蛇に睨まれた蛙のようにその場に立ち竦んでしまう。どうしよう、何か謝った方が良いのだろうか。でも喜多ちゃんが何が気に食わなかったのかわからない。そもそも怖くて声がうまく出ない。そう考えている間にも喜多ちゃんはどんどん私に近づいてくる。無表情に、じっと私を見つめたまま。
 そうして、喜多ちゃんはほぼ私の眼前まで迫ってきた。恐ろしくなって、私はつい目を瞑ってしまう。
 瞬間、圧迫感を感じた。一瞬首を絞められているのかと思った。そうではなかったけど、勘違いするくらいには強い力だった。
「…喜多ちゃん?」
 気づくと、喜多ちゃんの腕が私の首の後ろに回っていて、頭は私の顔のすぐ横にあった。表情は見えない。私が語りかけても、喜多ちゃんは何も言わなかった。代わりに腕の力がより強まったように感じた。私は喜多ちゃんに強く抱きしめられていた。
 全然、予想外の反応だった。困惑したけど、喜多ちゃんは何か嫌がっているわけではないことはわかった。その点では安心したけど、しかし、ここからどうすれば良いかはわからない。何か別の声をかけた方が良いのだろうか。喜多ちゃんが答えなくたって何か気の利いた言葉でもかけてあげられたら良いのに、もう何も思い浮かばなかった。色々と考えてはみるものの何もできず、私は棒立ちだった。喜多ちゃんはそんなことには構わずに私を抱きしめ続けた。
「…」
 喜多ちゃんは今、どんな気持ちで、どんな表情なんだろう。週末私がどうすべきか悩んでいる間、喜多ちゃんは同じくらい、いや私以上に悩んでいたのかもしれない。初めての経験について、誰にも言えず、一人で。一体いつ、どうやって返事を返すつもりだったんだろう。今日告白相手とばったり出会った時、どう思ったんだろう。果たして出会ったことは偶然なんだろうか。喜多ちゃんはどうやって断ったのだろう。どんな気持ちでいたのだろう。色々な疑問が頭をよぎるけど、それらが分かることはきっと今後一生ないんだろうなと思う。
 ふと、喜多ちゃんの体が小刻みに震えていることに気づいた。声をかけようか迷ったけど、相変わらず良いセリフは思い浮かばない。代わりに、その震えを少しでも抑えるようにぎこちなく抱き返す。すると震えはおさまるどころか、少し大きくなったような気さえした。それに合わせるように、そして喜多ちゃんの力に負けないぐらいに強く、強く抱き返した。
 これで良いのかは相変わらず分からないけど、間違いであって欲しくないと、そう強く願った。


 後日、喜多ちゃんの様子は、今度こそすっかり元通りになった。それはもう元気すぎるくらいに。
 学校で見かけては一目散に近づいてくるし、やたらテンションも高かった。おかげで目立ちたくない私は喜多ちゃんの気配を察知して校内を逃げ回る羽目になった。昼食をとろうとするといつの間にか隣にいることさえあった。場所を変えても二度目には先回りされて「ひとりちゃん、遅かったわね!」なんて言われる始末だ。私の行動パターンはそんなにわかりやすいのだろうか。まぁ、お昼を誰かと一緒に食べることなんてこれまではなかったから、なんだかんだ言いつつも心の中ではウキウキしている。
 プレゼントしたネックレスは気に入ってくれたようだった。学校には流石にしてこないけど、休日に会うとよく付けているのを見かける。というかもういつも付けてる。元々欲しがっていたものをあげたのだから、気にいるのは当たり前といえば当たり前だけど、それでも嬉しい。
 虹夏ちゃんには、適度にぼかしつつ簡潔に事の顛末と感謝を伝えた。告白に関することは伏せたので「うまくいって、元気を出してもらえて良かった」くらいの情報量しかなかったけど、それでも虹夏ちゃんは「良かった良かった」ととても喜んでくれた。「そんなに思ってもらえて、喜多ちゃんも幸せ者だねぇ」なんてうんうん頷かれた。幸せかは分からないけど、少なくともあの時喜んではもらえたはずだ。不安はあったけど、やって良かったと思う。思い切れたのは虹夏ちゃんのおかげなので、虹夏ちゃんには感謝してもしきれない。
「ひとりちゃん、その卵焼きもらってもいい?」
「えっ、は、はい。どうぞ」
「ありがとう!いただきまーす」
 私が自分の弁当箱を喜多ちゃんの側にずらすと、喜多ちゃんはそこから卵焼きをひょいと自分の口に運ぶ。そして、今度はこちらのをどうぞと言わんばかりに自分の弁当箱を差し出してくる。遠慮しても引き下がらないことがわかっているので、私は仕方なく影響が (?) 少なそうなサラダのレタス一枚とかを適当につまんで食べる。そんなことをしていたらいつからか「ひとりちゃんって野菜が好きなのね!」なんて勘違いされて、なぜか喜多ちゃんの弁当に野菜が増えた。だから今はよりどりみどりだ。
 そんな感じで、今日も喜多ちゃんと一緒に昼食をとっていた。こんな物陰で食事なんて、喜多ちゃんみたいな子には似合わないのに。
 あのプレゼントをした日「今度から恋愛相談があったら真っ先にひとりちゃんにするわね」なんて言われたものだから、いつ青春エピソードが飛び出してくるのかとしばらくはヒヤヒヤもした。しかし、どれだけ経ってもそんな話は気配すら感じられなかった。これだけ元気なら隠しているというわけでもなさそうだし、安心かな。
 というか考えてみれば、友達慰めるためにプレゼントを用意したり、恋愛相談に乗ったり、実はかなり青春っぽい経験をしてしまったのかもしれない。私、もしかして成長してる?来年こそは脱陰キャして、クラスのみんなと普通で素敵なスクールライフを送れるかもしれない。
「ひとりちゃん」
「は、はい!」
「今度二人でどこか遊びに行かない?」
「えっ。い、一体どこに…」
「前から気になってたお店があって…」
「そ、それってもしかして、いかにも映えそうな食事が出てくる陽キャ御用達のお店だったり…?」
 それなら無理です、と言いそうになる。だめだ、いくら成長したと思ってもまだそんなところに行く勇気は出てこない。やはり私には喜多ちゃんレベルはまだ眩しすぎる。
「ううん、そういうところじゃなくて、もうちょっと落ち着いたところ」
「え、そうなんですか」
「そんなに人もいない隠れ家的なところだから、ひとりちゃんも楽しめると思うの」
「そうなんですね。そ、それなら…大丈夫かも、しれないです」
「良かった!じゃあ決まりね!」
 喜多ちゃんは嬉しそうにニコニコしながら「あとで詳細送るわね!」と言った。しかし、喜多ちゃんはそんなところで満足なのだろうか。でも、遊びに誘ってもらえたのは素直に嬉しいな。楽しめるといいなぁ。
 それにしても、不安や悩みでいっぱいいっぱいの数日間だった。今思えば、私が勝手に気を揉んでいただけで、私が何もしなくても喜多ちゃんは一人で乗り越えられたかもしれない。それでも、あの時勇気を出して話ができたこと、プレゼントを渡せたことは、今でも嬉しいし、出来て良かったと思う。
 こんな風に、ひとりぼっちの時には考えもしなかった難しい場面に直面することが、これから先もあるのかもしれない。今回は色々とうまくいったけど、次回もそうなるとは限らない。そう考えるとたまらなく不安になるけど、その時は今回のことを思い出すと思う。勇気を出したからこそ得られたもののことを。
「喜多ちゃん」
「うん?」
 喜多ちゃんは相変わらず笑顔だ。
「楽しみですね」
「ええ、きっと楽しいわよ!」
 そう言って笑う喜多ちゃんを見て、私も笑う。物陰に隠れて、特に意味もなく二人で笑い合う。
 こういう時間があることが、今、無性に嬉しかった。

告白された喜多ちゃんと、心配するぼっちちゃん
初投稿です。
告白されてからなんだか様子がおかしい喜多ちゃんを、ぼっちちゃんが心配するお話です。
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2022年12月24日 11:39
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