インタビューのテープ起こし 1

 いやー、本当にお久しぶりですね。最後にお会いしたのが渋谷での怪談トークショーだったから、実際にお会いして話すのはもう10年近くになりますか。

 注文何にしますか? はい、僕はアイスコーヒーブラックで。同じのでいいですか? ははっ。こうしてると、お互いアイスコーヒー飲みながら打合せしてたの思い出しますね。2人ともブラックだから注文が簡単でいいねなんて言って。


 ええ。今はフリーランスで食いつないでますよ。幸い編集者時代のツテで仕事はもらえてるんで。オカルト系からはめっきり遠のいてますけどね。ほら、あの界隈だけじゃなかなか食えないじゃないですか? まあ僕はあなたみたいにそこまでホラーマニアってわけでもなくて、どっちかっていうと成り行きであの編集部に配属になっただけなんで。

 でも、こうやって昔お仕事させてもらってた方からまた連絡もらえるのはうれしいなあ。

 そんなにかしこまらないでくださいよ。僕はもう発注側の人間じゃないんで。むしろ、業界のキャリアでいうとあなたのほうが先輩ですし。


 あの後ですか? 大変でしたね。いきなり上層部から休刊が言い渡されて。まあ前々から噂はあったんですけどね。最終的には編集長を入れて3人で回してたぐらいには縮小されてましたし。あのときは電話での急なご連絡で本当にご迷惑おかけしました。用意いただいてた原稿とかもあったのに……。

 編集部が解散になって、3人とも会社辞めちゃいましたね。休刊になった編集部からの部署移動なんて肩身が狭いじゃないですか。僕はちょうどフリーでやろうかなと思ってたタイミングでしたし。もう一人の編集部員のOも僕が辞めてちょっとしてから他の出版社に転職決めました。Oとは今でもたまに飲みに行ったりしますよ。たまに仕事も回してもらってます。そういえば、あなたは他の2人とは最後まで面識ありませんでしたね。


 編集長? ああ、Sですね。どうしてるのかな。わからないです。あんまり仲良かったわけじゃないですし。辞めたのも一番最初で。僕たちに何の挨拶もありませんでしたから。

 今だから言えるんですけど、あんまり好きじゃなかったんですよね。なぜって? ええと、これは編集哲学の話になるんですけど、僕とOはあくまで月刊〇〇〇〇をエンタメ誌として作ろうとしてましたけど、Sは何ていうのかな、報道の側面を大事にしてたような気がします。もちろんオカルトを楽しむためにリアリティは必要だと思うんですよ。読者も作りものじゃなくて本物を望んでるっていうのもわかる。でも、一番の欲求は楽しみたいってところにあると思うんです。だから、楽しめればリアリティのある作り話でも僕は大丈夫だと思うんです。でも、Sはそうじゃなかった。だから、企画や原稿にも情報元の確かさやエビデンスみたいなものを求めるんです。お化けや宇宙人がいることの証拠なんて出せるわけないじゃないですか? 情報提供者のエピソードが本当にあったことなのかも僕たちにはわからないし、いちいちひとつの記事に対して細部まで取材してたら時間がいくらあっても足りない。僕たちは新聞を作ってるわけじゃないですし。でも、Sは曖昧さを許さないんですよね。そのことで何回もめたかもわかりません。

 ただ、まあ僕たちも大人ですし、編集長はSですから、最終的には彼の求めるものを作るようにはしてましたよ。でも、僕もOも腹の中ではSの考えに同意できない部分もたくさんありました。そういう意味でもあなたにはお世話になったんですよ。ほら、原稿のクオリティがすごく高かったから。あなたに対しての信頼感っていう意味では3人の意見は一致してましたね。あまりあなたからの原稿でリテイク食らったことはないと思います。それに、やっぱりこの業界のライターさんにはなかなかいないタイプじゃないですか? 情報の切り取り方や視点っていう意味でも色々学ばせてもらったと思ってます。


 実は、Sに関してはもうひとつ許せないことがあって。さっきは編集部が解散になってみんな辞めたって言ったと思うんですけど、後から人事部の同期に聞くと、ちょっと話が違ったんです。どうやら、Sが急に辞めたいって言いだしたらしくて、それを受けて上層部が休刊を決めたっていうんです。確かなことはわからないんですけど、もしそれが本当なら年度末でもない時期での急な休刊にも納得がいくなって。いや、辞めるのは個人の問題なんでいいですよ。ただ、もしそうならその説明ぐらいは僕とOにするべきだったと思うんですよね。最終日にポンって引継ぎデータだけ一方的に送りつけて、あとはよろしくって納得いきませんよ。まあ、引継ぎもなにも月刊〇〇〇〇は休刊になったわけですから、僕たちも会社にろくに引継ぎはしませんでしたけど。え? 書庫が整理されてないらしい? ははは。ごめんなさい。多分それ僕たちの責任ですね。次世代の若者に迷惑かけちゃったなあ。でも、こうして別冊って形で細々とでも刊行が続けられてるのはなんだかうれしい気持ちになりますね。


 ごめんなさい。つい懐かしくてべらべら話してしまいました。えっと、今日は●●●●●についての話でしたか。

 あ、テレコ回してるんですね。いや、もう今はiPhoneの録音機能ですよね。ええ、わかってるんですがどうしても昔のクセでテレコって言っちゃいますね。はは。

 いつもはインタビューする側だから、いざされる側になるとなんだか緊張するなあ。もしかしてこれ、最初から録音してます? えー、あなたも人が悪いなあ。最初の編集部のくだりはオフレコでお願いしますよ。


 懐かしいなあ。僕も1回だけ現地に取材に行きましたよ。そのときはえっと、なんだっけ、そうトンネルだ。あそこで心霊現象の実証実験するとかで。結局徹夜で張り込んでもなにも起きなくて、適当にオーブっぽいものが写った写真を掲載してお茶をにごしたような気がします。あの頃はオカルト雑誌も元気でしたよね。なんだかんだ楽しかった。確か僕より前にいた先輩なんかはあのあたりの宗教施設の潜入ルポを書いたって言ってました。時代ですよね。

 電話をもらったときは驚きましたよ。その新人くん、鋭いですね。山の反対側も含めた大きな心霊地帯になってるなんて全然気づかなかった。でも、確かに言われてみるとそんな気がしてきますね。


 さっき言った通り、恥ずかしい話ですが休刊が決まってからはみんな次の仕事に目が行ってたっていうのもあって、引継ぎ作業と言えばバックナンバーとそのデータROM、紙の資料を適当に段ボールに突っ込んだものを書庫に押し込んでもうおしまいって感じだったんです。そんなだから各人の手帳に書きつけてた担当ライターからの企画や取材メモ、原稿データの類は会社に保管されずに各々で持った状態で会社を去ることになりました。恐らくOもそうだと思います。僕はまだそういったものは保管してたので、今回ご連絡を受けて久々に過去の取材メモを見てみたんです。ザっとしかみてないですがありました。●●●●●についての掲載されてない没になった話が。新人くんの言葉を借りると山の東側、ダムとは逆側のものです。

 あいにく原稿にはなってないので取材メモと私の記憶をもとにお話する形になりますがご容赦ください。


******


 情報提供者は××××××さんって方ですが、Aさんと呼ぶことにしましょうか。メモによると22歳の男性、大学生ですね。ライターの×××さんからの紹介です。

インタビューしたのは2012年3月4日です。


 Aさんは都内の大学で心理学を学ぶ学生でした。インタビューの前年に東日本大震災があったので、就活でも色々苦労したそうですけど、無事4月からの就職先も決まって、卒業論文も提出し終えて一安心って時期だったみたいです。


 今回の話っていうのは、そのAさんの卒業研究にまつわる話です。

 Aさんは卒業研究のテーマを「恐怖感情を他者に伝える際の身体表現」にしたそうです。

 その内容っていうのは、被験者が短いホラー映像を見て感じた感想を、第三者に言葉で伝える際のジェスチャーに、どのような傾向が現れるのかというものでした。変わってますよね。実は、Aさんも無類のホラー好きらしくて、どうせなら自分が好きなものをテーマにして研究をしたかったんだとか。


 ただ傾向を調べるのではなくて、被験者の性質によってどのような差が出るのかを研究したいと思ったAさんは、被験者をグループ分けすることにしたそうです。

 グループ分けには被験者にあらかじめ取った10問ぐらいのアンケートを使ったらしくて。その項目は「ホラーが好き」「ホラーが嫌い」、といったものや「話すのが得意」「話すのが苦手」といったもの、「兄弟がいる」「兄弟がいない」といったものまで色々で、50人ほどの被験者のジェスチャーのデータから、対になるグループ間でジェスチャーの傾向に有意に差が出る項目を探ることにしたそうです。


「恐怖感情を他者に伝える際の身体表現」という性質上、内容説明に終始してしまうようなストーリーで怖がらせる映像は避けたいとAさんは考えました。できれば抽象的で、見た後に「怖かった」という純粋な感情だけが残るものがいい。そこで映像として選んだのが、動画サイトに投稿されていた「呪いの映像」でした。

 あなたならもちろんご存知だと思いますが、有名なホラー映画『リング』に登場する呪いのビデオは、見た者が7日後に死んでしまうというものです。意味不明ながらも不気味な雰囲気の呪いのビデオのインパクトは大きかったですよね。『リング』のヒット以降、それを真似た自作の「呪いの映像」が動画サイトを中心に氾濫していることもご存知だと思います。

 Aさんが選んだのもそんな、ある意味ありふれた「呪いの映像」でした。3分ほどの長さの映像で、血まみれの包丁や画質の悪い廃墟に映る人影、怖い顔をした女性の姿などが数秒おきに切り替わる「いかにも」なものだったといいます。Aさんはそれをみた時、いくつかの映像に有名なホラー映画のワンシーンが流用されていることに気づいたらしいです。要するに怖いシーンをつぎはぎして素人が作った質の悪い映像ってことですね。その映像ですか? 今回お話するにあたって、私も再度探してみたのですが、もう削除されているみたいで見つけられませんでした。


 その映像を被験者にみてもらって、感想を説明してもらったそうです。肩を抱きあがら「怖かった」と話す人や「昔みた悪夢を思い出した」って言う人まで十人十色だったらしいですよ。ただ、テーマがテーマだけに50人の被験者を集めるのはとても苦労したそうです。

 本題からは逸れるんですが、この実験面白いですよね? 僕も取材当時は怪談のインタビューってことを忘れて実験内容を興味深く聞いてたのを覚えています。結果ですか? はいもちろん聞きましたよ。ジェスチャーは、「種類」「頻度」「長さ」にわけて計測したそうです。多くのアンケート項目でグループ間に有意な差は出なかったらしいんですが「ホラーが好き」と「ホラーが嫌い」のグループでははっきりと傾向に差があったらしいです。

 具体的に言うと、「ホラーが好き」なグループは「ホラーが嫌い」なグループと比べて幽霊の動きや容姿を形容するジェスチャーの頻度、長さが多かったそうです。ほら、よく手の前で両手を垂らして「うらめしや~」ってするじゃないですか。ああいう類のジェスチャー。逆に「ホラーが嫌い」なグループは「ホラーが好き」なグループに比べてフィラー的なジェスチャーの頻度、長さが多かったそうです。フィラーって言うのは、もともと「隙間を埋める」っていう意味なんですが、ここでは言いよどんだり、次の言葉を継いだりするときに意味もなく手をふったりするような、特に意味のないジェスチャーです。

 Aさんは論文に落とし込むにあたってこう考察したそうです。

 ホラーが好きな人は自分が恐怖を感じつつも、その体験に楽しみを見出しているため、相手にも同様に怖がって楽しんでもらいたいと感じている。そのため、幽霊などの恐怖のコアとなる部分を細部まで表現することで相手にエンターテイメントとして恐怖を感じさせようとしている。逆にホラーが嫌いな人は、恐怖を自らの辛い体験として捉え、相手に理解してもらい寄り添ってもらいたいと感じている。そのため、ときに感情が先走って言葉が追い付かない場面が多く見受けられた。その結果としてフィラー的なジェスチャーが多くなったのではないか。


 なるほどって感じですよね。うん。とっても面白い。これって考えてみると、オカルト雑誌の作り手側と受け手側の話にもつながりますよね。私たちはエンターテイメントとして手を変え品を変え、オカルトを読者に提供する。でも、中にはある情報に対して過敏な反応を示す読者もいる。そうなった読者は感情がほとばしった連絡を編集部に寄こしてくるわけです。ほら、あなたのお話にもあったと思います。読者からの手紙。特に●●●●●を扱った号ではそういう「熱心な読者」からの連絡が多かった気がしますね。「私もUFOを見ました」みたいな連絡とはちょっと違う、「怖い。困ってます。助けてください」みたいな連絡が。


 ずいぶんと本題から逸れてしまいました。無駄話が多いのは悪い癖ですね。

 さて、実験を進めていく中でAさんは50人分のジェスチャーを集計しなければいけなかったそうです。手動で。私も話を聞いたときは随分アナログなんだなと思いました。

 説明している様子を録画しておいて、後でその中で出てきたジェスチャーを被験者のプロフィールとともに、エクセルに「種類」「頻度」「長さ」にわけてカウントしていったそうです。ホラー映像自体は3分ですが、被験者の話はだいたい5分ほど、長いと10分も話す人もいて、これには相当な労力を使ったそうです。

 ただ、20人も集計するとだいたいコツがつかめてきて、「この人はこういう話し方をしそうだな」なんて予想して楽しみながら作業するぐらいの余裕は出てきたそうです。

 その中で2人、特徴的な動きをする被験者がいたそうです。


 ひとりは男性、もうひとりは女性だったそうです。ジェスチャー自体にはこれといった特徴はありませんでした。ただ、2人とも話している最中に時折何かに気が付いたような素振りをして目線を話し相手とは別のところに送るのだそうです。

 2人が目線を送る場所は同じで、被験者から見て右斜め前、録画カメラのフレーム外でした。でも、Aさんの記憶ではそこは部屋の隅の何もない空間だったそうです。

 しかも、その見方も意識的に見ているというよりかは反射的に見ているような、あるときは一瞬言葉を止めて見るようなことまであったそうです。不意に名前を呼ばれたような、そんなイメージを受けたといいます。正しくデータを計測するために実験中に雑音や、邪魔になるものは事前に全て排除していたこともあり、Aさんは不思議に感じたそうです。


 1人なら癖で片付けられますが、2人、しかも見る方向まで同じとなるとこれは何かが実験結果に影響を及ぼしているのかも知れない。そう考えたAさんは、その2人のアンケートを改めて見直してみることにしたそうです。


 実は、最初にお話していなかったことがあります。Aさんはアンケートを作成する際、遊びとしてある項目を設問に入れていたそうです。それは「霊感がある」、「霊感がない」です。

 そう、お察しの通り、50人中その2人だけが「霊感がある」と回答していたんです。

 ホラー好きの血が騒いだAさんはその2人に再度個別に話を聞いてみたそうです。2人とも最初は嫌がって話をしてくれなかったそうですがあまりにもAさんがしつこく頼むので最終的には説明してくれたようです。


 2人の話は概ね一致していました。実験中、話をしていると音がするのだそうです。それは部屋の隅からでした。ドンッ、ドンッと思いついたように不規則に音が鳴り続けていたそうです。ただ、2人ともそれがいわゆる心霊現象だということにはすぐに気が付いたそうです。自分にしか見えないものが見えて、聞こえない音が聞こえる人生を送ってきた彼らからすると、それは今まで遭遇してきたもののなかの一つにしか過ぎませんでした。だからこそ、特別そこに言及もせず、話を続けたそうです。

 ただ、反射的に見てしまうのは止められず、その様子がAくんの目に留まったのです。

 あの部屋には幽霊がいるのか? という問いかけに対しての2人の答えも同じでした。あれは恐らく、実験で使われた動画に由来するものではないかと言うのです。自分が動画についての話を終えると音は聞こえなくなったからだと言います。


 2人のうち男性のほうは、この話に加えて、音とともに黒い影が見えていたと話しました。音に合わせて黒い影が部屋の隅で上下していた。まるでその影が飛び跳ねた音が床に響いて、ドンッという音が鳴っているようだったと。

 男性はAさんに言ったそうです。

「こういうのは気づいてないふりをするのが一番なんです。気づいていることを相手が気づくとやっかいなことになりますから。あんまり興味本位で探らないほうがいいと思いますよ」


 経験者の言葉は重いんですね。Aさんもさすがにそれ以上首を突っ込むのをやめたそうです。あの動画もそれ以来見ていないそうです。

 でも、Aさんはすでに踏み込み過ぎてしまってたみたいなんですよね。


 それからひと月ほどして卒業研究も佳境に差し掛かり、Aさんは連日遅くまで大学で論文を執筆する毎日を送っていました。Aさんが一人暮らしをするマンションは大学から2駅ほど離れたマンションだったこともあり、大学の近くに住んでいるゼミ仲間の家に連日泊めてもらい、そこから直接大学へ通っていたそうです。

 そんな中、ある日Aさんの携帯に見慣れない番号から着信があったそうです。電話の相手は警察でした。昨晩近所の住人から通報を受けた。Aさんの家のベランダに女性がいると。

 その住人はマンションの向かいの一軒屋に住んでおり、居間から窓を通してマンションのベランダが見えるのだそうです。21時ごろに何気なくベランダに目をやると、5階の角部屋、つまりAさんの部屋のベランダに赤系のコートのような服を着た女性が両手をあげて万歳するような格好で立っていたそうです。その女性はAさんの部屋のほうを向いて一定間隔でジャンプをしていたそうです。カップル同志の痴話げんかでベランダに締め出されたのかと思った住人はあまり気にせず就寝したのですが、深夜3時ごろトイレに起きた際にまた何気なく目をやると、女性はまだそこにいたのだそうです。変わらず、Aさんの部屋のほうを向く形で一定間隔でジャンプをしていたそうです。驚いた住人がしばらくその様子から目を離せないでいると、その女性の様子がおかしいことに気が付きました。

 ジャンプに合わせて首が大きく傾くのだそうです。首が座っていない赤ん坊の様に、ジャンプの振動に合わせて首が前後左右にグラグラと揺れていたんだそうです。

 通報を受けた警察が駆けつけたときにはその女性はおらず、警察がAさんの部屋を訪ねても不在だったため、翌日管理会社から連絡先を聞いて電話をしてきたというのです。

 また、その騒動の数日後に、今度はマンションの管理会社から連絡があったそうです。その担当者いわく、Aさんが住む5階の部屋の真下の住人から苦情が来ていると。ここ最近毎日深夜になるとドンッ、ドンッと天井から音がするとの報告を受けているので静かにしてほしいと言うのです。警察の件もあったからか、退去させられそうな勢いで注意を受けたらしいです。


 Aさんはそれからほとんど家に帰らなかったそうです。女が自分の部屋を見つけ出して、中まで侵入してきたことを知ってしまったら、帰れないですよね。それでも何度か管理会社から騒音の苦情が出ていると連絡があったみたいです。Aさんがほぼ家に帰っていないことを伝えると、最終的には引き下がったみたいですけど。

 とはいえ、4月からの就職に合わせた引っ越し予定の新居にまでその女がついきたらと考えると怖くて仕方がない。で、Aさんの知り合いにオカルト方面のライターがいて、その人に泣きついたと。その方が紹介者の×××さんですね。×××さんから相談を受けた私はお祓いができるお寺を紹介する代わりに今お話したインタビューをしたというわけです。


******


 どうですか? ふふっ。納得してないですね。そうですよね。●●●●●が出てこないですもんね。

 これ、実は続きがあるんですよ。あなたも気になってると思うのですが、その呪いの動画についてです。はい。僕もすぐに調べました。

 Aさんは研究のために適当に見繕ったって言ってたので、ひょっとすると知らなかったのかも知れないんですが、あの動画、実はちょっと有名なものだったんです。まあ有名っていってもネットの掲示板のスレッドで話題になってるってレベルですけどね。

『この動画見たらマジで呪われるらしい』みたいなスレッドがあって、そこで例の動画のリンクが貼られていて、見た人が気分が悪くなったとか霊障が出たとかで一時期盛り上がってたみたいです。で、例によってネット民による特定が行われたんですよ。

 この部分は何年に製作されたアメリカのこの映画だとか、これは昔流行った心霊系GIFの使いまわしだみたいな感じで。ああいうの特定する人ってすごいですよね。


 で、その中に使いまわしじゃないシーンが1つだけあったんです。正確には2カット1シーンになるのかな? 5秒くらいモノクロの映像が流れる箇所があって、それがどうも映画とかの切り抜きではなくて素人が撮ったものなんじゃないかと。私も見ましたよ。他と比べるとそんなにインパクトは感じませんでしたけど、意味不明さでいうとけっこう際立ってたかと思います。

 まず最初に「5」ってパネルが壁面に貼られた建物が映ります。団地とかで棟ごとに数字がふられてるじゃないですか? ああいう感じです。その建物を見上げて撮影してるみたいな。で、次が女性の顔のアップ。笑ってるようにも泣いてるようにも怒ってるようにも見えました。口を横に大きく開いて歯なんかむき出しで。その顔が画面に近づいたり遠ざかったりするんです。女性の顔のインパクトが大きいのと、映るのが本当に数秒なのでじっくり見ないとわからないんですが、多分その女性、カメラに向かってジャンプしてるんですよね。えっと、下からこちらを見上げて飛び跳ねている女性を真上から撮影してるような格好です。顔より少し上に両手が見えてたんでカメラに手を伸ばしているようにも見えました。

 そう。Aさんの話に出てきた女性も同じようなことをしてましたよね。同一人物なのかどうかはわかりません。Aさんもその女性を見たわけではないですし。


 当然その謎の映像に関しても特定が行われました。最初の建物、あれは●●●●●の幽霊マンションと呼ばれている建物の5号棟だったんです。建物の外観とその背景の山の稜線からほぼ間違いないみたいです。

 でも、女性のほうはわかりませんでした。何しろ映ってるのは顔と手だけですから。他に唯一わかるのは地面が砂利ってだけです。スレッドでもかなり議論されてましたけどあれが誰でどこで撮られたのかはわからずじまいでした。

 あの幽霊マンション、色々いわくがあるじゃないですか。それが呪いの原因なんじゃないかっていうのがネットでの見解でした。


 この話はこれで終わりです。

 どうして没になったかって? ああ、編集長チェックではねられたんですよ。オチが弱いって。つまり、真相に迫り切れてないってことですね。まあ、あの人らしいですね。確かに、自分でも思うんですけどこの話、中途半端なんですよ。散らかってると言うか。正体がわからない、考察の余地を残す話として終わらせるにしてはエピソードとしてちょっと弱い気がするし、真相を追究する話にしては解明までには至ってない。惜しいなって思います。


 この話は没にしたものなので、必要ならあなたの名義で書いてもらってもいいですよ。あなたならいい具合に料理してくれるでしょう? この話も成仏できるってもんです。いや、遠慮しないでください。色々お世話になりましたから。こうやって話してるとあの頃に戻ったみたいで楽しかったです。


 またOにも●●●●●の未掲載の情報がないか聞いておきます。あいつとも最近ご無沙汰ですし。連絡するいい機会になりますよ。 

 


 







 

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