某月刊誌 2015年2月発行掲載 短編「賃貸物件」

 福岡の小倉でフリーランスのデザイナーをしている女性、Aさんの話。


「私は生まれも育ちも東京だったので、地方へのあこがれが強かったんです。フリーランスになったのも住む場所に囚われずに仕事ができるからっていうのが自分の中で大きくて」

 昨今のIターンブームもAさんの背中を後押しする形で、半年ほど前に勤めていた大手広告代理店を辞め、転身をした。

「物件自体は辞める前からずっとネットで探してました。近頃は地方自治体の援助で空き家をリノベーションして、移住する単身者に格安で貸し出していたりしていて。中にはオシャレに改装しているところも多くて、そういうのを夜な夜なネットで探しながら移住後の暮らしを想像していました。ほとんど趣味みたいなもんですね」


 当初、Aさんの移住先の候補は小倉ではない別の場所だったという。

「近畿にある●●●●●って地域なんですけど、昔ながらの住宅街の中のいくつかの空き家がリノベーション物件として貸し出されているようでした」

 移住とはいっても隣近所との距離が何百メートルも離れているような村社会に飛び込みたかったわけではなく、澄んだ空気と東京のようなごみごみした喧噪から逃れられれば十分だったAさんにとってはその場所は理想に近い雰囲気だったという。

 地域に目星をつけたAさんはその場所でどれぐらいの物件が貸し出されているのかを調べ始めた。

「私の場合はいつも、地域名と『リノベーション』『賃貸』とか『一軒家』で検索をして画像検索をするんですよね。そうすることで画像一覧に内観や外観、間取り図の写真がずらっと並ぶんです。検索結果からクリックを繰り返して気になった物件の間取り図にたどりつくより、ビジュアルから情報を仕入れて、そこから気になった物件名をピックアップするようにしてました」


 その日も一人暮らしの部屋に仕事から帰ったAさんは、ベッドに入ってからスマホで●●●●●のリノベーション物件の情報を漁っていた。

「その日は何ていうワードで検索をしたのかははっきりと覚えてないんですが、多分いつも通り●●●●●と『賃貸』とかだったと思います」

 画像一覧にずらりと表示された家の外観や物件の間取り図などを上から見ていくとおかしな画像が表示されていることに気が付いた。

「画像一覧の表示サイズだと小さくて見えづらかったこともあって、タップして掲載元のページへ飛んでみたんです」


 それは暗がりに女性と思しき人が立っている画像だったという。


「画像自体がとても暗いのでわかりづらいんですが、荒れた和室の中で赤いコートみたいな服を着てぼさぼさの長い髪の女性が直立不動で立っている不気味な画像でした」

 画像の上には文字化けしたテキストが1行ほど書かれているのみで、そのほかはリンクも一切なく、この画像をアップするためだけのページのようだったという。


「夜に嫌なもの見ちゃったなあとは思いましたが、あまり気にせずに画像一覧に戻って引き続き物件の情報をみはじめました」

 スクロールを繰り返しながら10分ほど没頭していたところで、それが目に入った。

「はじめはまた例の画像が表示されているのかと思いました。でも、少しだけ違和感があったんです」

 考えるより先に画像をタップしていたという。

「場所は多分同じです、荒れた和室。女の人も同じ。でも今度はその女の人が真上に両手を挙げている状態でした」

 例によって画像の上には文字化けしたテキストが書かれていたが、その文字列の長さが前回より少し長いように感じたという。

「長さが違うってことは少なくとも、文字化けする前は別の文字が書かれてたんだと思うんです。この画像をアップした人は見ている側に何かを伝えようとしていたんだと思うと余計に気持ち悪くて」

 嫌な気持ちになったAさんは、その日は物件を探すのを辞め、翌日以降も何となく画像検索をすることは少なくなったという。


「それからどれぐらいでしょうか。もうそんなこと忘れていたぐらいなので1カ月ぐらい経っていたかも知れません。職場で上司に頼まれて書類をコピーしていたときでした」

 コピーを待つ間の数十秒、吐き出され続ける同じ会議資料をコピー機に寄りかかりながらぼんやりと見つめていると、一瞬妙な印刷物が目に入ったという。慌ててコピーを止め、すでに印刷されている紙を上から数枚めくったところでそれを見つけた。


「白黒の2色刷りのコピーなので濃淡でしかわかりませんが、あの女の画像でした。女が両手を挙げて部屋の中にいる画像が印刷されてたんです。ただ、コピー用紙一杯に印刷されていたわけじゃなくて、上が余白になっていて、そこに手書きの角ばった

ような字でこう書いてあったんです」


「見つけてくださってありがとうございます」


 一瞬パニックになったAさんだったが、紙をぐしゃぐしゃにしてポケットに突っ込んでその日は何とか業務を終えたという。


 仕事が終わるとAさんは小学校から仲の良かった友人に電話をかけ、Aさんの住むマンションに来てもらった。

「ひとりでいるのも怖かったし、あの紙をどうにかしないといけないと思ったんですけど、どうすればいいのかわからなくて」

 友人に経緯を説明したAさんは、丸めた紙を友人が開けるのをこわごわと見ていた。そこには昼間会社で見た女が変わらず写っていたという。ただ、改めて見ると女の背景に少し違和感があった。


 顔を背けるAさんの横で友人はその紙を見たまましばらく凍り付いたように動かなかった。一向に口を開かない友人にどうしたのかと問うと、震える声で言った。


「これって、あんたの実家じゃない?」


「実家で私が使っていた子ども部屋でした。その子は小学生のころからよく実家に遊びに来ていたからわかったんだと思います。私の勉強机のシルエットと、壁にかかった特徴的な掛け時計は、実家の私の部屋だと言われると、もうそうとしか思えませんでした。」


 現在Aさんが住む小倉の家は、画像検索ではなく、不動産サイトで見つけたという。

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