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2021.05.17

なぜ「ロケ地めぐり」ではなく「聖地巡礼」?その背景や経済との関係に迫る!

マンガやアニメ、映画などの舞台となった場所をめぐる「聖地巡礼」。「ロケ地めぐり」という言葉もありますが、なぜ「聖地巡礼」と呼ばれるようになったのでしょうか。その謎に迫るため、今回は人文学部のほしの竜一先生、経営学部の渡邉潤爾先生、心理学部の長峯聖人先生による座談会を実施。「聖地」を訪れるファンの心理や作品そのものの魅力、聖地巡礼がもたらす経済効果など、各専門分野の視点から語っていただきました。

Profile

ほしの 竜一 先生(写真左)

人文学部 人文学科 教授。キャリア35年の現役プロマンガ家。マンガの専門的指導と教育におけるマンガの可能性を探究しています。

渡邉 潤爾 先生(写真右)

経営学部 経営学科 講師。専門分野は理論経済学や経済政策、財政・公共経済など。地域経済学や観光学なども幅広く研究しています。

長峯 聖人 先生(写真中)

心理学部 心理学科 助教。専門分野は教育心理学。「主観的な時間の認知と動機づけ」などをテーマに、社会心理学や青年心理学も研究しています。

聖地巡礼のルーツは、18世紀ヨーロッパにあり!?

編集部:マンガやアニメ、映画などで舞台となった土地を訪れる「聖地巡礼」が人気を集めています。今回は、先生方のご専門である人文学、経営学、心理学から、多角的な切り口で、聖地巡礼を考察できたらと思います。よろしくお願いします。

先生方:よろしくお願いします。

編集部:さっそくお聞きしたいのですが、聖地巡礼はいつ頃からあるのでしょうか。

ほしの先生:「聖地巡礼」「聖地めぐり」はマンガやアニメが発祥ですが、それ以前に映画やドラマの撮影場所などを訪れる「ロケ地めぐり」がありました。「聖地巡礼」という言葉が広がったのは最近。でも、いつから聖地巡礼と呼ばれるようになったのか、明確なことはわかりません。ただ、長野県飯島町の田切駅には「アニメ聖地巡礼発祥の地」という記念碑があります。『究極超人あ〜る』というアニメ作品の舞台として、25年以上前からファンたちがこの駅を訪れているんです。

渡邊先生:実はかなり昔、18世紀頃のヨーロッパではすでに、文学作品の舞台をめぐる旅がありました。「グランド・ツアー」と呼ばれる、現代の団体旅行や観光ツアーのようなものです。一部のエリート層が「神話や文学作品の舞台を見ること」を動機として旅していたのですが、時代とともに大衆化し、19世紀にはイギリスで世界初の旅行会社も誕生しました。その頃、イギリスの人々が『ロミオとジュリエット』の舞台であるイタリア・ヴェローナにこぞって行き、地元民が「これは商売になるぞ」と注目し始めたのです。

編集部:文学作品の舞台をめぐるところから、観光産業が生まれたのですね。そんな歴史があったなんて驚きです!

渡邊先生:このグランド・ツアーの形態、決められた場所を団体で旅する観光ツアーが全世界に広がって、観光産業の発展につながっています。そして今、日本で話題になっている聖地巡礼は、世界的な呼び方だと「コンテンツ・ツーリズム」でしょうか。コンテンツとは、観光客を呼び込むマンガやアニメ、ゲームなどのサブカルチャーのこと。例えば、カナダ・プリンスエドワード島が舞台の小説『赤毛のアン』は、カナダにおいて付加価値のある大きな産業になっているそうです。『赤毛のアン』目的の観光客は、リゾート目的の観光客よりも多くのお金を落としていくというデータもあります。

編集部:「好きな作品の舞台となった場所に行きたい!」という思いは、時代も国もこえて共通しているんですね。新しい産業まで生んでしまうファン心理とは、一体どんなものなのでしょうか。

長峯先生:そもそも人がなぜ物語を読むのかというと、その世界に入り込んでしまう“没入性”がポイントです。人は物語を読みながら作中の出来事を追体験し、読み終えた後、まるで自分が何かを成し遂げたかのようなスッキリとした達成感を得ることができます。そのことは、心理学の研究で明らかになっていますよ。また、ファン心理を探るもう一つのポイントが“同一性”。物語の登場人物に自分を重ね、現実世界では味わえない感動や高揚感を体験ができるところに、物語の魅力があるのです。

ファンの心が、「聖地」を生んだ。

編集部:マンガやアニメ、映画などの“物語”には、人の心を惹きつけるパワーがあるんですね。

長峯先生:あと、聖地巡礼から読み解けるのは、アイデンティティの確立でしょうか。アイデンティティとは、自分らしさを自分で認めるということ。聖地巡礼を熱心に行うのは、若者が多いですよね。その心理的背景には、聖地巡礼を通して自分の好きな作品をより理解し、その作品が好きな自分をより確固たるものにすることで、「これが私だ!」と自己を確立している。そんな側面もあるんじゃないかと思います。

編集部:なるほど、自分のことも見つめる特別な場所だから「聖地」と呼びたくなるんでしょうか。

ほしの先生:より大げさな表現にデフォルメするわけです。「推し」という言葉がありますが、「推し」が確固たる地位を築くと「殿堂入り」になる。もともとマンガやアニメにはそういったデフォルメ文化があります。作品の世界に入り込んでいくための重要な場所を神格化して、「聖地」と呼ぶようになったのではないでしょうか。

編集部:マンガやアニメのデフォルメ文化が、「聖地巡礼」という言葉を自然と生み出したんですね。

ほしの先生:もう一つ、マンガやアニメの「なりきり」文化も、聖地巡礼につながっていると思います。

編集部:登場人物になりきる、ということでしょうか?

ほしの先生:そうです。かつてマンガやアニメは魔界や近未来の非現実的な世界観が主流でしたが、時代とともに現実に近い、リアリズムのある世界観の作品が増えています。その方が感情移入しやすいですからね。「なりきり」の転機になったアニメ作品が、1999年から放送された『おジャ魔女どれみ』シリーズ。登場人物と同じ年代の女の子に向けて、コスチュームを売り出したんです。それまでも戦隊モノの武器やロボットなどがありましたが、それらは「変身!」の掛け声とともに一瞬のうちに変化してしまうんです。その点、「おジャ魔女」たちは呪文で出現した魔女コスチュームに手足を入れ、顔を出し、お着換えをするんです。子供たちにはパジャマにお着換えをするようなリアル感ですよね。変身ではなく、まさに「まるごと着て、『おジャ魔女』になりきる」ということは初めてだったと思います。

編集部:グッズを身につけて「なりきる」ことで没入性や同一性が高まって、作品の世界観により浸れるということなんですね。そのグッズに当たるものが、聖地巡礼では“場所”や“空間”。

渡邊先生:もともとアニメや特撮の作品は、グッズやキャラクター商品の売上を制作費にするという仕組みを取り入れてきました。いわゆるマーチャンダイジングですね。人気キャラクターを一堂に集めたテーマパークも、マーチャンダイジングの一例。作品の世界観を体感できる場所を、経済効果を見込んだアミューズメント施設として展開しています。

編集部:作品の世界観を体験するという点でいえば、テーマパークも聖地のようなものですね。

渡邊先生:でも聖地巡礼は、もともと経済効果を見込んで誰かが仕掛けたのではなく、ファンが自然に行ってきたもの。結果として、地域経済が活性化される場合もあるのですが、必ずしも経済効果が認められるわけではありません。

“ファン目線のおもてなし”がカギ!

ほしの先生:2019年に開催された「アジアMANGAサミット北九州大会」で「アニメツーリズム首長サミット」が行われました。そこで岐阜県飛騨市の市長が語っていたことが印象に残っています。2016年公開のアニメ映画『君の名は。』がヒットした後、気づいたら観光客がめちゃくちゃ増えていたそうなんです。

編集部:『君の名は。』の重要な舞台の一つが飛騨市ですよね。

ほしの先生:飛騨市の観光課は、全国から訪れるファンのためにモデルとなった場所を整備するなど、ファン目線のおもてなしをしました。廃線になっていたバス停を作中のシーンに合わせて復活させたり、組紐の体験プログラムを導入したり。アニメの世界を、うまくリアル化していったんです。この飛騨市の好事例が、さまざまな作品の聖地巡礼も活性化していったなと思います。

渡邊先生:アニメに限らず大河ドラマもそうですが、経済効果が認めるかどうかは不透明なところがあります。一つのコンテンツにこだわるのではなく、地域が持ついろんな魅力を生かしていくことが大切ですよね。ヴェローナも『ロミオとジュリエット』だけでなく、古代遺跡や中世の美しい街並みもあって、まち全体が世界遺産として人気を集めています。まちという大きなフィールド全体が、ブランドになっているのです。ですから、アニメの舞台になったからという一つに留めずに、そのまち・その地域のブランド力を広い視点で磨いていくことが、多くの人を呼び込むのでしょうね。

編集部:飛騨市はもともと人気の観光地でしたから、訪れる人の気持ちに寄り添ったおもてなしができたのですね。それが聖地巡礼者を増やして、SNSでも発信されて、どんどん注目されるという好循環を生みだしたのでしょうか。

長峯先生:SNSで共有することも、聖地巡礼の盛り上がりを後押ししていますよね。人には、集団に属したいという欲求があります。SNSで同じ作品が好きな仲間と交流することで、「自分はひとりじゃない」と確認し、安心できるんです。先ほどほしの先生がおっしゃっていた「なりきり」も、SNSでより強化できます。アニメと同じ構図で写真が撮れていると「いいね」と他者からも評価され、自分を認められるようになって。それが次の聖地巡礼へと向かう気持ちにもつながるのでしょう。

聖地巡礼は、研究対象として奥深い!

編集部:仲間と一緒に聖地に行くことも、帰ってから共有することも楽しいですね。“好きなものを共有できる喜び”が、聖地巡礼の動機にもなっているんでしょうね。最後に、聖地巡礼を研究したいと考えている学生に向けて、アドバイスをお願いします。

渡邊先生:経済学の観点から聖地巡礼を研究するなら、まずはリサーチから始めましょう。聖地巡礼が行われている場所、観光客の数、観光支出額など。聖地巡礼には多くの人がかかわる“社会的な活動”として捉えられますから、地域の社会や観光業に及ぼす効果を探っていくことは、とても興味深い研究になると思いますよ。

長峯先生:心理学としては、聖地巡礼を行うという行動の原因を探ること、聖地巡礼を行うことによる自己や人間関係などへの効果を探ること、その「原因」と「効果」の2つの側面から研究できると思います。聖地巡礼をする人は日本の若い世代に多いという特性があるから、その心理的な特徴を探るとおもしろい研究結果が得られるでしょう。

ほしの先生:人文学の研究で聖地巡礼を扱うなら、まずその作品をじっくりと読んで好きになることが大事。物語と場所、キャラクターの関わりなどを分析し、現場に行って考察を深めることが、聖地巡礼じゃないかと思います。物語の構成や背景を深く突き詰めることが、創作活動や論文作成の基本ですから。

編集部:ちなみに先生方は普段、学生たちの指導でどんなことを大切にされていますか?

渡邊先生:大切にしているのは、学生それぞれが持つ「なぜ?」「どうして?」という疑問。自分自身の問いに対する答えを探るために誠実にリサーチし、その結果を形にできるよう、わかりやすい指導に心掛けています。

長峯先生:私は学生一人ひとりの得意なこと、好きなこと、アピールポイントなどに目を向けて、それを生かせる研究や活動につなげるよう努めています。

ほしの先生:私はマンガの創作が専門ですので、創造力や表現力を伸ばすことを大切にしています。学生一人ひとりが「昨日の自分より、今日の自分は成長した」と実感できるよう、褒めて伸ばすアドバイスが基本ですね。

編集部:本日は興味深いお話をたくさん、ありがとうございました!聖地巡礼についていろんな視点から考えることができました。

ほしの先生:海外では日本のマンガやアニメなどは「クールジャパン」と評価されていますが、国内ではまだまだ理解が少ない。その理解がもっと増え、よりよい作品が生み出されていくためにも、聖地巡礼がさまざまな地域で盛り上がっていくといいかなと思います。

編集部まとめ

「聖地巡礼」と一口に言っても、学問の専門領域ごとに異なったアプローチができ、そこからさまざまなことが見えてくるのだと実感しました。その作品を愛するファンの心、その地域を愛する人々の心が、経済、文化、心理などの多様な面で良い効果を生み出すのでしょう。聖地巡礼をしてみたくなりました。ほしの先生、渡邉先生、長峯先生、ありがとうございました!