第9992話 ワタヌキ(限定公開)
我がクラスに転校して来た女の子は、控えめに言っても美少女だった。
彼女の登場に男子たちの間には動揺が走り、互いに目を見合わせる。
僕も例外ではなく、黒板に先生が書いた名前よりも、彼女の容姿と雰囲気に目を引きつけられ、彼女の名前が頭に入ってこない。
真っ白い肌、艶やかな長い黒髪、しなやかな肢体を包む時代遅れのセーラー服もまた、彼女の為に作られたのではないかと思うほど似合っていた。
その美少女の切れ長の目が僕の方をじっと見つめているのだから、僕ものぼせ上がってドキドキしてしまう。
彼女の自己紹介が終わって自分の席に着いても、彼女はチラリとこちらを見て微笑んだ。
きっと僕に対してではない。周りの誰かと知り合いなのだろうと思いながら、笑顔がみられるだけで嬉しくなった。
ホームルームが終わり、休み時間になると彼女は複数の男女に囲まれていた。
「ごめんなさい、ちょっと先に挨拶をしたい方がいるの」
彼女はそう言うと席を立ち、狭い机の間を歩き僕の目の前に立った。
「探したわ。あなたに会いたくてね」
延びてきた手が僕の腕を掴む。
「さあ、行きましょう」
「え、授業が始まるんだけど」
「一日くらいいいじゃないの。それとも、昔抱いた女の顔なんて見たくないの?」
その一言にクラス中の視線が突き刺さる。
「ちょっと待ってよ、誰かと勘違いしていない?」
僕は周辺からの圧力に背筋の汗を止められなかった。
自慢じゃないけれど生まれてこの方、十四年の間にそんなことをしたことはない。つまりはっきり言えば童貞なのだ。
「こう言えば付いてきてくれるかしら。私の前世での名前はブローン・ギー。あなたとはよく一緒に寝ていたでしょ」
心臓が早鐘を打ち、もはや腕を引っ張る彼女に抵抗することは出来なかった。
※
授業をサボって喫茶店に入るなんて初めての事だった。
いや、そもそも一介の中学生である僕がチェーン店ではない喫茶店に立ち入ることすら初めてだったのだ。
「私はホットコーヒー、あなたは何にする?」
注文を取りに来た店員は中学校の制服を着た僕をジロリとねめつけた。
彼女の事を見ないのはきっとひどく大人びた彼女が侵しがたい雰囲気を纏っているからだろう。
「あの、僕は……ウーロン茶で」
本当はココアかリンゴジュースを飲みたかったのだけど、なんとなく格好悪い気がして無難な選択をしてしまった。
「本当に、会いたかったわ」
店員が去ると、彼女は早々に口を開いた。
「あの、ブローン・ギーって」
「あなたはそう言う風に呼ぶんだったかしらね?」
「ええと、ギーさん?」
彼女の目が僕を冷たく睨む。
「……ギー」
僕が覚悟を決めて呼び捨てると、彼女は相好を崩して僕の手を握った。
思えばこうやって手を握るのも生まれて始めてではないか。
いや、正確に言えば夢の中では何度かあった。
僕の中に宿る誰かの記憶。薄暗い迷宮を仲間と共に冒険した記憶。
あまりに生々しい、匂いまで伴う夢だった。
「あなたのことは、呼びづらいからアっちゃんって呼ぶね」
夢の中のギーは果たしてこんな性格だったのだろうか。
僕の印象としてはもっと厳粛な雰囲気を纏わせたリザードマンだったはずだ。
「ていうか、どうやって僕の事を見つけたの?」
失礼かもしれないけど、彼女の外見は記憶の中のそれと違いすぎていて関連する部分がほとんど何もない。
彼女はキャーキャーと笑い声をあげると、形のいい自らの鼻を指した、
「匂いよ。修学旅行でこの街に来たとき、あなたの匂いとすれ違ったの。その瞬間ね。私が全てを思い出したのは。少しぼんやりしちゃって、そうしたらアっちゃんのこと見失ったから制服で探したの。お父さんとお母さんに無理言って転校してくるの、すごく大変だったんだからね」
はにかんで顔を傾げる彼女の顔は神々しくすらあった。
運ばれて来たコーヒーを口に運ぶと、猫舌なのか舌を出して慌てる。そんな動作が確かにギーと重なる。
僕は確かにこの子と一緒に暮らす家族だった。
「ええと、それじゃギー、他の人たちには会ったことはないの?」
「ううん、まだだね。でも、ステアやルガムなんかを見つけても知らないふりをしちゃうかも」
いたずらっぽく笑うギーの目つきにドキッとする。
「これ飲んだらカラオケにでも行こっか?」
「でも、僕は最近の歌とかぜんぜん歌えないよ」
「あら、女の子と二人でカラオケに行って歌を歌う気?」
僕は冷静な表情を保つのに精一杯で、それさえ保てていないのは彼女の楽しそうな笑顔で分かったんだけど、とにかく口を開けなかった。
「先に教えておいてあげる。カラオケに行ったら、隣に座って手をつなぐの。そうして、うるさいから互いの耳に口を近づけてささやくように会話するのよ」
ギーの手が弄ぶ様に僕の手を握り、指を絡ませる。
横にはウーロン茶があるのに、それも取れずにのどばかりが渇いていった。
「でも、それだけよ。異種族が同族に生まれ変わったって、私たちは中学生だもの。この世界では恋愛って娯楽なんでしょ。せっかくだからゆっくり楽しみたいじゃない」
ささやくような声に、僕の下半身には血が集まり、前屈みになってしまった。
瞬間、ギーは立ち上がるふりをしながら唇を重ねた。
端から見ても不自然じゃないほどの一瞬の接触。
僕自身、今のが現実か白昼夢か分からなくなる。
「さあ、行くわよ」
そう言うギーの顔が真っ赤になっていることをみて、僕もつられて赤面してしまった。
彼女に手を引かれ、会計を済ますと、僕たちは喫茶店を出る。
結局、カラオケには行かず彼女が一人で住んでいるという小さいアパートを訪ね、僕たちはいろいろなことを大いに話し合った。
多分、一生忘れられない会話になったし、これは僕と彼女の名誉の為に言うんだけど、あくまで会話をしたにすぎない。
四月の嘘とか、そう言うのは関係なくて、とにかく話は盛り上がり、僕が帰宅したのは翌朝早朝で、親はひどく怒っていたのだけど、一緒についてきてくれたギーの美少女っぷりと、彼女の嘘で僕は厳重注意を受けるにとどまったのだった。
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