TITLE: 南アルプスのトンネル工事による水資源への影響のシミュレーションの懸念
追記 2023/04/01: 続編を 南アルプスのトンネル工事による水資源への影響のシミュレーションの懸念 (その2) に書きました。そちらにはシミュレーションソフトウェアの概論を述べてあります。
目次
背景、ここまでの歴史:
懸念の背景:シミュレーションは入力データが不足したら意味がない
シミュレーションに必要なデータ: 水平ボーリングでは不足
稜線の乾燥化の懸念を晴らすためのデータとは
データの不足の懸念: 類似の調査とデータ量をくらべてみよう。
調査手法(観測地点数とモデルの作り他など)を比較するべき場所は?
説明する資料
デシューツ(Deschutes)川
レポートの素性
1. どういう目的の調査か
2. どういう地質のところか? 地質学的に活発なところで断層がある
3. 水の流れの観測点の数は 800を超えている
4. シミュレーションに使っているソフトウェアは?
5. シミュレーションに利用されているデータが公開されている。
* 問題点: Hydraulic Characteristics 水理学的な土地の性質について
* 次の記事にむけて:
リニア新幹線の南アルプスのトンネル工事についての水資源への影響のシミュレーションで、観測地点の数とデータが圧倒的に不足しているのではないかと危惧しています。ここでは過去の類似の調査、シミュレーションをした事例として数年前にリニア鉄道の工事の懸念を抱いた時に見つけた海外の地下水資源の様子をしらべた資料を紹介したいと思います。比較するとそちらは運よくたくさん観測点があり、ずいぶん丁寧なシミュレーションモデルができているということを述べたいと思います。それと比べるとアルプスのトンネル工事に伴う水資源のようすについては不十分な調査しかしていないと思えてならないのです。
(なお、前見た類似の資料にもっと書いてあったと思ったことが今回のレポートですぐにみつからないので、それらについては後で続編を書く予定です。)
なお、もともとWORD で編集していた資料なので、それから作ったPDFファイルをアップロードしておきます。
リニア新幹線トンネル工事と水資源状況のシミュレーションーRev08.pdf
リニア新幹線の建設で、よりによって南アルプスという地質学的に活発な活動をしているところにトンネルをつくるというのを聞いて私は本気かとおもいました。
その次に気になりはじめたのは大井川の水源地の水の流れに影響をあたえそうだという話を聞いたことです。静岡県で育てば牧野原台地などの開墾、潅漑にどれだけ苦労をしたかという話を聞いて育った人は多いでしょう。私もその一人です。これは結構ゆゆしきことだと思いました。
大井川そのものの水流については、ひょっとして東京電力が水利権を放棄というか、川を流れる水を融通すればなんとかなるのかもしれません。
しかし、周辺の地下水の流れに悪影響があったり、南アルプスの稜線の乾燥化が進んだりということが懸念されます。
後者は生物に与える環境の変化の評価で議論されると思います。
私はアルプスの入口までいって高山植物などを見たことから、稜線の乾燥化による植物相と動物相への影響を大変に懸念しています。
ところが私の目には、トンネル工事が引き起こすアルプス周辺の地表の水の流れ、伏流水、地下水への影響がしっかりと科学的に評価されているように思えないのです。これをしっかり行なった上で大丈夫でしょうといわれればそうおもいますが、そこまでいってないと私は感じています。それがこの文章を書いている理由です。
くりかえしになりますが、私の主な懸念は、シミュレーションを使った地表、地下の水の流れの評価に必要な観測地点の数が少ないようにみえることで、このためにシミュレーションモデルが本当に精度の高いものかどうかに疑問があることです。
シミュレーションモデルはモデルを作る時に入力データが豊富になければ精度のあるものにならず役立ちません。それは工学、自然科学でシミュレーションモデルを使ったことがある人には自明だと思うのですが、その経験のない方には自明ではないとおもうのでこのような説明を書いてみました。
比較した海外の調査での観測地点数との差に注目してほしいと思うのです。800を超える観測地点が紹介する海外の調査ではあるのですが、日本の場合せいぜい多く数えても数十しかないのではないでしょうか?
JR東海は最近水平ボーリングでの調査をすすめたいといっています。注意が必要なのは水平ボーリングで分かるのはトンネルに近接しているところだけで、それが稜線なり回りの領域にどういう影響与えるかのデータがとれないことは工事をしている人達、水資源の様子のシミュレーションをした人達は分かっていると思います。JR東海本体がどう考えているのか分かりませんが。
岩の間のごくごく狭い境目を伝わっていく水分は下の方に水が溜っていれば落ちていかないと思います。ですが下が抜けてしまえば、それもいずれ降りていきます。これが乾燥化を心配する理由です。もちろんこれは下の方の水分が動いてないという前提があります。
そういったことも含めての調査が必要だろうとおもうわけです。つまり調査しないと私の懸念が妥当かどうかもわからないと。
つまり、稜線にそっての深さ方向も必要だし、稜線の回りに水平方向に広がっての調査も必要だと私は思います。これらの情報は丁寧なシミュレーションには必須だろうと。
どうそれを取得するかは考慮が必要です。山稜に近い上から垂直のボーリングでは困難が予想されるので、斜めのボーリングで取るという手段もあります。しかし、それは多数行う必要があると思います。
なんどもくりかえしますが,私が危惧しているのはデータが圧倒的に不足していることです。
JR東海は5年位前からいまの10倍位の数の観測地点でデータをそろえておけば、水についての心配がないかの議論をもっと定量的に進めることができて、心配する人達を説得するのが容易になったのではないかと想像します。
観測地点の数とデータが圧倒的に不足しているのではないかと私が繰り返しても大抵の読者はそうなのかなと思うだけかもしれません。それを過去の具体調査例と比べて少ないことを示したいと思いこれを書いています。
比較には、数年前にリニア鉄道の工事の懸念を抱いた時に見つけた海外の地下水資源の様子をしらべた資料を紹介したいと思います。そちらは運よくたくさん観測点(800を超える。日本はせいぜい数十?)があり、ずいぶん丁寧なシミュレーションモデルができているということを述べたいと思います。
私がこれはいくらなんでも調査地点が少ないだろうと思い、それを指摘するために比較できそうな海外の資料を探した時に念頭においたのは 南アルプスが世界でも例をみない地殻活動の場所である大地溝帯付近にあることです。
ヨーロッパのアルプス、あるいは北米のロッキー山脈に近い地質学的な活動が活発そうな場所の地質学的なサーベイはないかと調べたところ、アメリカ北西岸のオレゴン州の内陸部での地下水調査という私の懸念を説明するにはちょうど良い資料が見つかりました。
ただし、日本のアルプスから短い距離流れる急流地域とはおのずから違うと点はあります。急流地域のために観測地点を多数持てなかったという問題を日本は解決する必要があります。
タイトル: Simulation of Groundwater and Surface-Water Flow in the Upper Deschutes Basin, Oregon
オレゴン州のデシューツ上流 流域の地下水と表層水の流れのシミュレーション
という資料です。資料は次にあります。URL: https://pubs.er.usgs.gov/publication/sir20175097
タイトルから分かるように南アルプスの工事で懸念となる伏流水と表面を流れる水の流れのシミュレーションを行なっているもので興味を引く内容の資料です。
デシューツ(Deschutes) というのはオレゴン州を流れる大きな川の一つで、オレゴン州の町の通りの名前に使われたり、大きなビール会社の名前にもなったりしています。発音が難しいのでわざわざ何と発音するかなんてウェブページがあるくらいです。
発音間違えることを嘆くページ:https://www.visitbend.com/blog/2014/08/28/8-frequently-mispronounced-bend-words-say-right/
発音についていえば、オレゴンという州の名前そのものも、北米北西部での発音とそれ以外の場所で発音が微妙に違います。現地ではオレーゴンみたいな発音で オレーにアクセントがあります。その発音をするかどうかである人が北米の北西部出身かどうかが分かるように思います。
この調査報告書という形の資料ですが、それについての説明と、今回興味のある南アルプスの伏流水と表層水の流れのシミュレーションをどこまでしているのかという点を比較していこうと思います。
本当に詳しい比較は次の書く予定の記事に入れるとして、まずレポート自身に関して以下の点の概要を説明しましょう。
1. どういう目的の調査か:以下で詳しく説明します。
2. どういう地質のところか。活発なところで断層もある。: しかしながら、平穏な、平坦な場所が流域の大半を占めています。だから井戸がすでにたくさんあります。ここが南アルプスとの大きな違いです。
3. 水の流れの観測点の数は? 800を超えています。
4. シミュレーションに使っているソフトウェアは?: GSFLOWソフトウェアで、だれでも無料で入手できます。静岡県の場合にも使われているソフトウェアの名前はこれまで専門部会でてきたように思います。 (静岡県のものは後で追加予定。)
5. シミュレーションに利用されているデータが公開されている。ダウンロードできるはずです。(次回説明): さて、今回の南アルプスの調査の場合はされていたでしょうか? これがないと正確なシミュレーションをしているかどうかを第三者が検証する事ができません。
以下順番にみていきましょう。
(実は紹介するレポートの最初の 概要 Abstract に興味のある話題がうまくこれらがまとめられていることに気づきました。手間が省けて助かります。)
あらかじめの断り: この文章を書いている著者(私)は物理学を専攻したので*基礎となる物理学*(水の流れ、運動学、など)の原理はそれなりに理解しているはずですが、水理学などの個別の専門分野の用語には疎いので日本語訳で用語の訳とか選択に間違いがあるかもしれません。誤りがあれば修正していく予定ですので、どしどし指摘してください。
表紙のタイトルの上に "Prepared in cooperation with the Oregon Water Resources Department" とあるように、オレゴン州政府の水資源部と US Geological Survey (USGS, (US Geological Survey, 日本の国土地理院みたいなところと理解してもらえれば良いかと。地図をつくるなどいろんなことをしています。) が協力してシミュレーションを行なったとあります。
これは、この上流流域の人口が増え、飲料水と 農業向けに水の需要が増えていることから必要となった調査とシミュレーションです。
表層水は20世紀中期には大半が農業向けの潅漑などにつかわれて、もはや他に回す余裕はない状況でした。なので、水を利用したい人達は地下水を使おうとするようになっていました。
表層を流れる川の水と地下水は当然関連して、大きな井戸による水利用は表層水の流れにも影響があるので、これまでの慣例や法律に基づいて井戸の利用は制限をしていて、地下水の汲み上げは、オレゴン州の水資源部(Oregon Water Resources Department, 以下では OWRD と略します)によって、表層の水の流れに大きな影響がないことが分かった場合にのみ許可されていました。
しかし、それを評価するためには地下水の汲み上げと表層水の流れの時間的、空間的な関連がわかっている必要があります。
2000年代初めまでに USGS と OWRD が共同して作った地下水のモデルで地下水のくみあげによる表層の河川の流れに対する影響の知見はえられましたが、源流とか泉地点にたいする空間的な詳しさが欠けていたそうです。(コメント: 南アルプスの表層水と地下水についても同じような知識の欠如があると感じていますが、詳しくは続編で。)
レポートに報告されているプロジェクトでは新しいシミュレーションモデルを作ったことが報告されています。
- 古いモデルの改良版であること。
- 空間的にもっときめのこまかいグリッド(注1)を使い、源流や重要な泉の付近をちゃんとモデルかできるのみならず、より表層での水の流れや、地下水の流れを良くシミュレートできるようになったと。
- さらに、新しいモデルは地上の地形のみならず、古いモデルにはなかった水理学的に重要な断層(注2)も採り入れていると。
注1 グリッド(grid): 格子のことです。シミュレーションを行なう場合に立体的な格子をその領域に作って(水平方向、垂直方向の両方です)、その交点の水量、圧力、温度、水流の方向、速度などを計算します。格子の目が細かいほどシミュレーションの精度はあがりますが、格子の目に相当するだけのデータがあればという大前提があります。(← コメント: 南アルプスでは不足しているのではないかと懸念しています。)当然格子の目が増えれば増えるほど計算量も、計算に必要な記憶容量もふえます。グリッドのことをメッシュ (mesh) ともいったりしますが、メッシュの幅を単純に半分にすれば 水平方向だけでも 4倍の格子点での計算が必要になります。垂直方向のメッシュの刻幅も半分にすれば更に2倍の格子点の計算が必要になります。つまり3次元方向の3つの軸に沿っての刻みを半分の大きさにすると 2x2x2 = 8倍の量の計算、記憶容量が必要となります。格子、メッシュのきめの細かさと必要な計算機のパワーはメッシュのきめの細かさ(一次元方向の長さ)の三乗に反比例しますから場合によればスーパーコンピュータと呼ばれるような計算機が必要となることもあります。
注2 オレゴン州の内陸は地質学的に活発な活動をするロッキー山脈があります。デシューツ川の上流はカスケード山地という地域をながれており、地下はほとんどが火成岩だということです。(そういう調査結果がある模様。← コメント: 南アルプスの地下の調査は表面での調査の推測しかないように思えるのですよね。これは地質学者の方のフォローを待ちたいところですが。)
既に1でも述べましたが、地質学的に活発な活動をしているロッキー山脈の西側のカスケード山地を流れているデシューツ川の領域で、断層もあることをシミュレーションに入れないと十分なモデルができない場所です。そのために断層もモデルに入れざるを得なかったと書かれています。 南アルプスでも同様のことが言えると思います。
Figure-1 がその地域の地図。

シミュレーションの予想する結果があまりに現実の測定量からかけ離れている時はシミュレーションモデルが誤っているということで修正するという繰り返しによるシミュレーションモデルの改良を行なうという標準の手法が使われました。
読者はすぐに気づかれているかと思いますが、精度の良いシミュレーションモデルを作るには多数の測定地点からのデータが必要です。
シミュレーションのモデルの構築と、その結果を比較するための実際のデータは次の観測点からのデータを元にして行ないました。
- 800 の井戸。(← コメント: 南アルプスでは10ー20箇所しか調べてないんじゃないでしょうか? それで十分な議論できると思っている人達の頭の中を覗いてみたいと感じる今日この頃。)
- 表層を流れる河川の流れは21箇所の流量観測場所 (gages)で調べた。(← コメント:これについても大井川ではダムを除けば3箇所位しか述べられてないような気がするのですが。ちょっと少な過ぎでは?)そのうち14箇所ではそばの貯水池や潅漑に取り込む水の流れの影響がおおきいので、その影響を除去した 自然水流(naturalized flow) を推測計算して、それをシミュレーションモデルの結果との比較に使ったとのことです。
自然水流の計算 は合衆国開拓局 (Bureau of Reclamation,内務省の一部門でアメリカ西部の水利ダム建設と運営をしたりしている。)によるものを使ったということで一応どんな計算をしたかは明白になっています。(← コメント: 気になるのは南アルプスでは国家レベルでも観測データが少なくて、JR東海の調査によるものが多くなってしまっていることです。3兆円ローン出すかわりに、国交省というか国土地理院が本来おこなうべき調査を少し行なって貰うようにすれば良いのにと思ったりします。)
元のレポートの Figure-7 を引用します。

ピンクの点が井戸。
黒い線が断層。
明らかに南アルプスよりははるかに地質学的におとなしい領域かと。南アルプスは断層がもっと多いように思います。
(TODO:地図の重ね合わせというか大きさをそろえてならべてみる予定。)
USGSが作った GSFLOW というシミュレーションソフトウェアを使っています。
シミュレーションでは地面より上の日照、水の移動(雨だけでなく降雪や雪解けも含む)、蒸発を国家レベルの観測網の観測データと、流域の長期観測地点からのデータを使いモデルの補正を行なっているとのことです。
GSFLOW は 実は次の二つのコンポーネントからなります。
i) Precipitation Runoff Modeling System (PRMS) : 降水が表面で(溢れて)流れるモデルというような意味かと。 -
ii) MODFLOW (3次元の地下水の流れモデル)
GSFLOW ソフトウェア は 無料で入手可能です。
概要:https://wwwbrr.cr.usgs.gov/projects/SW_MoWS/GSFLOW.html
ダウンロードページ:https://www.usgs.gov/software/gsflow-coupled-groundwater-and-surface-water-flow-model
ですから、シミュレーションに使ったデータをそろえることができれば 原理的には 誰でも シミュレーションを行なうことができます。あくまでも 原理的 にはですが。
USGSも自分のところのコンピュータでは動作したが、だれもがダウンロードして一発で動作するとは限らないみたいなことを書いてます。
プロジェクトの成果として、デシューツ川の GSFLOW シミュレーションモデルは以下のデータを使って表層水と地下水の変化を予測します。
- 毎日の降水量- 毎日の最高、最低温度、
- 毎月の地下水汲み上げ量、
- 毎月の潅漑用水路からのもれの量(つまり地下への浸水量)
実は汲み上げられて不足する地下水を補っている補給源は潅漑用水路からの洩れが大きいことが分かっています。
モデルの精度については以下のように述べられています。(←コメント: 南アルプスの工事については、そもそもデータが少な過ぎて、精度云々の以前のような気がしているのですが関係者はどうおもっているのでしょうか?)
- 水頭(hydraulic head) を 約1.5 km (50000フィート)の半径の地域にまたがって計算しているが、水頭 (高さ)の誤差は 約16メートル (53フィート)である。
水頭については https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%A0%AD 「wiki: 水頭」 を 参照。一言でいうとかなりの精度で計算が現実のデータとマッチしていると。
- モデル化した地域での 気象変動、汲み上げの変動の予想
潅漑路からの洩れの量の変動から起こる水頭の時間的な変動うまく再現されているので、モデルの精度はいいといっています。
- 問題として、シミュレーションの予測する毎日の水量は 支流の Crooked川、Metolius 川、デシューツ川の下流の流量観測点の値、あるいは自然流量 (naturalized flow) 上流の観測点の値をうまく予測できてないところがあることが述べられています。
- ただし、年間を通しての水流の流れの収支はモデルした領域全体でうまく予測されていると。
モデルの精度とその予測機能は本プロジェクトの地下水の汲み上げと表層水の流れの関連を予測するには十分である。つまり、地下水ならびに流域での地表の水の流れへの影響を考慮して、地下水の汲み上げを許すかどうかの判断につかえるということです。
これと比較して今までリニア新幹線のトンネル工事の議論にだされた観測地点の数の少なさとシミュレーションの様子を見ると、私には南アルプスの水資源の解析は不十分にしか見えないのです。特に稜線近い部分の乾燥化について意味のある議論ができるようなシミュレーションモデルになっているとは思えません。
シミュレーションは他のシミュレーションや研究でもいわれている「デシューツ川の上流域での水の流れはほとんどが地下水の放出による。」ということを示唆していると。
今回のモデルでは そのような流れを分類した場合のそれぞれの量に関する知見も得られたと報告されています。
分類は以下のようなものです。
- いきなり地下水が河川に流れ出す場合。
- ホートン地表流 (Hortonian flow): 直接の溢れ(direct runoff) といったりもするらしい (下の Dunnian flow と比較。)降水量が地面の浸透能を上回って浸透できずに、水が低いところに流れていく流れ。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E5%9C%B0%E8%A1%A8%E6%B5%81 (Wikimedia: ホートン地表流)
- Dunnian flow.: 地下水が地表にでてくる場合。(このあたり日本の水理学用語では「表面流出」といって Hortonian flow と Dunnian flow を区別してないのかもしれません。 そんなことはないかな? 日本語 wiki には「地表流が発生するパターンとしては、地中への水の浸透が過剰になった状態 (つまり直接の溢れ?) と地中の水が飽和状態であるために発生する状態の2パターン存在する。」とあります。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E9%9D%A2%E6%B5%81%E5%87%BA [wiki: 表面流出])
- 相互に流れが合流する場合
新しいモデルでは 井戸による地下水汲み上げが表面の流れに与える影響、運河の運用、潅漑、あるいは旱魃による水利学的な予想もできます。
報告書では次のようなシミュレーション結果が報告されています。
断層があり地下水が出てきている地点から12マイルの範囲の地域で三箇所の井戸による水の汲み上げによる水流の影響をシミュレートした。その場合には、表層の水流の流れの変化量と、いつ変化をするかは井戸の場所に大きく影響されるが、変化をする時期は断層の有無で大きく変動することがわかった。
(← JR東海がトンネル工事を下後で、稜線の乾燥化とか、大井川の水量の変化についてのこのような断言ができるシミュレーションがなされてないように見えるのが残念。そもそも、いまのように乏しい観測地点の数で意味あるシミュレーションできるはずがないと私には思えるので心配しています。)
元の Figure-40を引用します。

上に述べたシミュレーション結果による地下水の減少を説明しています。青い四角が地下水の減少しているところで、色が濃いほど減少量が多くなっているところです。地図の下方中央付近にある井戸(Sister という地名の東燦マイルほどのところの井戸からくみ上げた場合のシミュレーションです。その付近での減少量が一番多いと。)
△が流量測定地点 (streamgage)。
ここの記述は次回の記事をおまちください。
以前このPDFの原稿レベルの資料か、それに準ずる資料を読んだ時にはプログラムの記述だけでも数十ページあって、データのことが詳しくかかれていたと記憶するのですが、今回見つかったPDFではちょっと様子がかわってしまっているような気がします。(TODO: 後で記述を追加予定。今気づいたのですが、データは別に付録というかアーカイブされていたのかもしれません。https://water.usgs.gov/GIS/metadata/usgswrd/XML/sir2017-5097.xml
ですが以前見た資料ではもっと詳しくプログラムの議論があったような気がするのです。)
JR東海はシミュレーションに使ったモデルのソースコードとデータを公開してるのですかね?
- 地質の差
レポートでは浸透率、水の保持できる係数など地質によって1000倍の差があるのが普通だと述べられています。だから、少ない数のサンプルで全体の挙動を推し量るのは、南アルプスのように複数の地層があるところでは無理だと思います、というか地質調査をしている人には常識だとおもうのです。
- 既存の地質調査の有無
なお、オレゴン州のこのモデルの場合には、既存の井戸や、試験的な掘削 (exploratory drilling)や 温泉の調査でしょうか、地熱の伝搬にもとづいて地下の水の量や動きを推定したデータ(geothermal transfer による推定)も使われたようです。残念ながら日本のトンネル工事の場合、アルプスの中は国立公園の敷地もあるということであまり商業利用が進んでおらずこういう観測データがないことも今となって問題となっているといえます。
表流水と地下水のいきき 元のFigure-5を引用します。

河川の流れは地下水との行き来があり、青い部分は河川に地下水が出てくるので増加していると。赤い部分は河川の水が地下水として浸透して損失しているということを意味します。つまり河川の水はそのまま流れてくるのではなく、河床などをつうじて地下水の流れと行ったり来たりしているわけです。
大井川の水の量に変化が有れば地下水の流れに大きな変化があるだろうことはこれからも予想できますが、何度も述べているように、ある程度の定量的な予想のできる水資源のモデルができているようにはまだ私には到底思えないわけです。データとそれなりに信頼できるシミュレーションモデルがつくれるまで誰もまっとうな予想はできないのです。
この図のようなデータ、さらに元レポ―トにしめされているような800以上の観測点からのデータをもとにした説明と、それに基づくシミュレーションモデル (チェックできるように公開されているモデルであることが必要)による予想をしめされれば納得はできるとおもうのですが、今の段階では誰が何をいっても「山師」の言っていることだとしか思えないのです。
- 地域内での違い
対象とされる地域の中での気象データ、とくに降雨量も大きな差があることが述べられています。 実際、一方で降雪と雪解け水出水が多いちいきもあれば、山地を超えて西側の一部の地域は乾燥して、月面着陸する宇宙飛行士が「月面」を調査することを想定しての訓練地としてつかわれたりしました。
南アルプスだって偏西風の強い地域ですから、山の稜線を超えれば同じように雨の量などもかなり違うと思うのです。今回のJR東海との話に出てきている観測点の数はシミュレーションモデルを作るためには呆れるほど少ないと感じています。
本気で科学的なモデリングと予測をするつもりはあるのだろうかという懸念をいだいているのがこの文章を書いている理由の一つです。
ここで取り上げたレポートとその概要を見て独自に比較調査を進める人がでればそれにこしたことはないのですが。
書き残したデータの話など、数週間のうちに続編を書きたいのですが、時間がとれるかどうか。
データが見つかれば自分で GSFLOWを使ってシミュレーションをする事ができるわけです。
[以上]
追記 2023/04/01: 続編を 南アルプスのトンネル工事による水資源への影響のシミュレーションの懸念 (その2) に書きました。そちらにはシミュレーションソフトウェアの概論を述べてあります。
目次
背景、ここまでの歴史:
懸念の背景:シミュレーションは入力データが不足したら意味がない
シミュレーションに必要なデータ: 水平ボーリングでは不足
稜線の乾燥化の懸念を晴らすためのデータとは
データの不足の懸念: 類似の調査とデータ量をくらべてみよう。
調査手法(観測地点数とモデルの作り他など)を比較するべき場所は?
説明する資料
デシューツ(Deschutes)川
レポートの素性
1. どういう目的の調査か
2. どういう地質のところか? 地質学的に活発なところで断層がある
3. 水の流れの観測点の数は 800を超えている
4. シミュレーションに使っているソフトウェアは?
5. シミュレーションに利用されているデータが公開されている。
* 問題点: Hydraulic Characteristics 水理学的な土地の性質について
* 次の記事にむけて:
リニア新幹線の南アルプスのトンネル工事についての水資源への影響のシミュレーションで、観測地点の数とデータが圧倒的に不足しているのではないかと危惧しています。ここでは過去の類似の調査、シミュレーションをした事例として数年前にリニア鉄道の工事の懸念を抱いた時に見つけた海外の地下水資源の様子をしらべた資料を紹介したいと思います。比較するとそちらは運よくたくさん観測点があり、ずいぶん丁寧なシミュレーションモデルができているということを述べたいと思います。それと比べるとアルプスのトンネル工事に伴う水資源のようすについては不十分な調査しかしていないと思えてならないのです。
(なお、前見た類似の資料にもっと書いてあったと思ったことが今回のレポートですぐにみつからないので、それらについては後で続編を書く予定です。)
なお、もともとWORD で編集していた資料なので、それから作ったPDFファイルをアップロードしておきます。
リニア新幹線トンネル工事と水資源状況のシミュレーションーRev08.pdf
背景、ここまでの歴史
リニア新幹線の建設で、よりによって南アルプスという地質学的に活発な活動をしているところにトンネルをつくるというのを聞いて私は本気かとおもいました。
その次に気になりはじめたのは大井川の水源地の水の流れに影響をあたえそうだという話を聞いたことです。静岡県で育てば牧野原台地などの開墾、潅漑にどれだけ苦労をしたかという話を聞いて育った人は多いでしょう。私もその一人です。これは結構ゆゆしきことだと思いました。
大井川そのものの水流については、ひょっとして東京電力が水利権を放棄というか、川を流れる水を融通すればなんとかなるのかもしれません。
しかし、周辺の地下水の流れに悪影響があったり、南アルプスの稜線の乾燥化が進んだりということが懸念されます。
後者は生物に与える環境の変化の評価で議論されると思います。
私はアルプスの入口までいって高山植物などを見たことから、稜線の乾燥化による植物相と動物相への影響を大変に懸念しています。
ところが私の目には、トンネル工事が引き起こすアルプス周辺の地表の水の流れ、伏流水、地下水への影響がしっかりと科学的に評価されているように思えないのです。これをしっかり行なった上で大丈夫でしょうといわれればそうおもいますが、そこまでいってないと私は感じています。それがこの文章を書いている理由です。
懸念の背景:シミュレーションは入力データが不足したら意味がない
くりかえしになりますが、私の主な懸念は、シミュレーションを使った地表、地下の水の流れの評価に必要な観測地点の数が少ないようにみえることで、このためにシミュレーションモデルが本当に精度の高いものかどうかに疑問があることです。
シミュレーションモデルはモデルを作る時に入力データが豊富になければ精度のあるものにならず役立ちません。それは工学、自然科学でシミュレーションモデルを使ったことがある人には自明だと思うのですが、その経験のない方には自明ではないとおもうのでこのような説明を書いてみました。
比較した海外の調査での観測地点数との差に注目してほしいと思うのです。800を超える観測地点が紹介する海外の調査ではあるのですが、日本の場合せいぜい多く数えても数十しかないのではないでしょうか?
シミュレーションに必要なデータ: 水平ボーリングでは不足
JR東海は最近水平ボーリングでの調査をすすめたいといっています。注意が必要なのは水平ボーリングで分かるのはトンネルに近接しているところだけで、それが稜線なり回りの領域にどういう影響与えるかのデータがとれないことは工事をしている人達、水資源の様子のシミュレーションをした人達は分かっていると思います。JR東海本体がどう考えているのか分かりませんが。
稜線の乾燥化の懸念を晴らすためのデータとは
岩の間のごくごく狭い境目を伝わっていく水分は下の方に水が溜っていれば落ちていかないと思います。ですが下が抜けてしまえば、それもいずれ降りていきます。これが乾燥化を心配する理由です。もちろんこれは下の方の水分が動いてないという前提があります。
そういったことも含めての調査が必要だろうとおもうわけです。つまり調査しないと私の懸念が妥当かどうかもわからないと。
つまり、稜線にそっての深さ方向も必要だし、稜線の回りに水平方向に広がっての調査も必要だと私は思います。これらの情報は丁寧なシミュレーションには必須だろうと。
どうそれを取得するかは考慮が必要です。山稜に近い上から垂直のボーリングでは困難が予想されるので、斜めのボーリングで取るという手段もあります。しかし、それは多数行う必要があると思います。
データの不足の懸念: 類似の調査とデータ量をくらべてみよう。
なんどもくりかえしますが,私が危惧しているのはデータが圧倒的に不足していることです。
JR東海は5年位前からいまの10倍位の数の観測地点でデータをそろえておけば、水についての心配がないかの議論をもっと定量的に進めることができて、心配する人達を説得するのが容易になったのではないかと想像します。
観測地点の数とデータが圧倒的に不足しているのではないかと私が繰り返しても大抵の読者はそうなのかなと思うだけかもしれません。それを過去の具体調査例と比べて少ないことを示したいと思いこれを書いています。
比較には、数年前にリニア鉄道の工事の懸念を抱いた時に見つけた海外の地下水資源の様子をしらべた資料を紹介したいと思います。そちらは運よくたくさん観測点(800を超える。日本はせいぜい数十?)があり、ずいぶん丁寧なシミュレーションモデルができているということを述べたいと思います。
調査手法(観測地点数とモデルの作り他など)を比較するべき場所は?
私がこれはいくらなんでも調査地点が少ないだろうと思い、それを指摘するために比較できそうな海外の資料を探した時に念頭においたのは 南アルプスが世界でも例をみない地殻活動の場所である大地溝帯付近にあることです。
ヨーロッパのアルプス、あるいは北米のロッキー山脈に近い地質学的な活動が活発そうな場所の地質学的なサーベイはないかと調べたところ、アメリカ北西岸のオレゴン州の内陸部での地下水調査という私の懸念を説明するにはちょうど良い資料が見つかりました。
ただし、日本のアルプスから短い距離流れる急流地域とはおのずから違うと点はあります。急流地域のために観測地点を多数持てなかったという問題を日本は解決する必要があります。
説明する資料
タイトル: Simulation of Groundwater and Surface-Water Flow in the Upper Deschutes Basin, Oregon
オレゴン州のデシューツ上流 流域の地下水と表層水の流れのシミュレーション
という資料です。資料は次にあります。URL: https://pubs.er.usgs.gov/publication/sir20175097
タイトルから分かるように南アルプスの工事で懸念となる伏流水と表面を流れる水の流れのシミュレーションを行なっているもので興味を引く内容の資料です。
デシューツ(Deschutes)川
デシューツ(Deschutes) というのはオレゴン州を流れる大きな川の一つで、オレゴン州の町の通りの名前に使われたり、大きなビール会社の名前にもなったりしています。発音が難しいのでわざわざ何と発音するかなんてウェブページがあるくらいです。
発音間違えることを嘆くページ:https://www.visitbend.com/blog/2014/08/28/8-frequently-mispronounced-bend-words-say-right/
発音についていえば、オレゴンという州の名前そのものも、北米北西部での発音とそれ以外の場所で発音が微妙に違います。現地ではオレーゴンみたいな発音で オレーにアクセントがあります。その発音をするかどうかである人が北米の北西部出身かどうかが分かるように思います。
レポートの素性
この調査報告書という形の資料ですが、それについての説明と、今回興味のある南アルプスの伏流水と表層水の流れのシミュレーションをどこまでしているのかという点を比較していこうと思います。
本当に詳しい比較は次の書く予定の記事に入れるとして、まずレポート自身に関して以下の点の概要を説明しましょう。
1. どういう目的の調査か:以下で詳しく説明します。
2. どういう地質のところか。活発なところで断層もある。: しかしながら、平穏な、平坦な場所が流域の大半を占めています。だから井戸がすでにたくさんあります。ここが南アルプスとの大きな違いです。
3. 水の流れの観測点の数は? 800を超えています。
4. シミュレーションに使っているソフトウェアは?: GSFLOWソフトウェアで、だれでも無料で入手できます。静岡県の場合にも使われているソフトウェアの名前はこれまで専門部会でてきたように思います。 (静岡県のものは後で追加予定。)
5. シミュレーションに利用されているデータが公開されている。ダウンロードできるはずです。(次回説明): さて、今回の南アルプスの調査の場合はされていたでしょうか? これがないと正確なシミュレーションをしているかどうかを第三者が検証する事ができません。
以下順番にみていきましょう。
(実は紹介するレポートの最初の 概要 Abstract に興味のある話題がうまくこれらがまとめられていることに気づきました。手間が省けて助かります。)
あらかじめの断り: この文章を書いている著者(私)は物理学を専攻したので*基礎となる物理学*(水の流れ、運動学、など)の原理はそれなりに理解しているはずですが、水理学などの個別の専門分野の用語には疎いので日本語訳で用語の訳とか選択に間違いがあるかもしれません。誤りがあれば修正していく予定ですので、どしどし指摘してください。
1. どういう目的の調査か
表紙のタイトルの上に "Prepared in cooperation with the Oregon Water Resources Department" とあるように、オレゴン州政府の水資源部と US Geological Survey (USGS, (US Geological Survey, 日本の国土地理院みたいなところと理解してもらえれば良いかと。地図をつくるなどいろんなことをしています。) が協力してシミュレーションを行なったとあります。
これは、この上流流域の人口が増え、飲料水と 農業向けに水の需要が増えていることから必要となった調査とシミュレーションです。
表層水は20世紀中期には大半が農業向けの潅漑などにつかわれて、もはや他に回す余裕はない状況でした。なので、水を利用したい人達は地下水を使おうとするようになっていました。
表層を流れる川の水と地下水は当然関連して、大きな井戸による水利用は表層水の流れにも影響があるので、これまでの慣例や法律に基づいて井戸の利用は制限をしていて、地下水の汲み上げは、オレゴン州の水資源部(Oregon Water Resources Department, 以下では OWRD と略します)によって、表層の水の流れに大きな影響がないことが分かった場合にのみ許可されていました。
しかし、それを評価するためには地下水の汲み上げと表層水の流れの時間的、空間的な関連がわかっている必要があります。
2000年代初めまでに USGS と OWRD が共同して作った地下水のモデルで地下水のくみあげによる表層の河川の流れに対する影響の知見はえられましたが、源流とか泉地点にたいする空間的な詳しさが欠けていたそうです。(コメント: 南アルプスの表層水と地下水についても同じような知識の欠如があると感じていますが、詳しくは続編で。)
レポートに報告されているプロジェクトでは新しいシミュレーションモデルを作ったことが報告されています。
- 古いモデルの改良版であること。
- 空間的にもっときめのこまかいグリッド(注1)を使い、源流や重要な泉の付近をちゃんとモデルかできるのみならず、より表層での水の流れや、地下水の流れを良くシミュレートできるようになったと。
- さらに、新しいモデルは地上の地形のみならず、古いモデルにはなかった水理学的に重要な断層(注2)も採り入れていると。
注1 グリッド(grid): 格子のことです。シミュレーションを行なう場合に立体的な格子をその領域に作って(水平方向、垂直方向の両方です)、その交点の水量、圧力、温度、水流の方向、速度などを計算します。格子の目が細かいほどシミュレーションの精度はあがりますが、格子の目に相当するだけのデータがあればという大前提があります。(← コメント: 南アルプスでは不足しているのではないかと懸念しています。)当然格子の目が増えれば増えるほど計算量も、計算に必要な記憶容量もふえます。グリッドのことをメッシュ (mesh) ともいったりしますが、メッシュの幅を単純に半分にすれば 水平方向だけでも 4倍の格子点での計算が必要になります。垂直方向のメッシュの刻幅も半分にすれば更に2倍の格子点の計算が必要になります。つまり3次元方向の3つの軸に沿っての刻みを半分の大きさにすると 2x2x2 = 8倍の量の計算、記憶容量が必要となります。格子、メッシュのきめの細かさと必要な計算機のパワーはメッシュのきめの細かさ(一次元方向の長さ)の三乗に反比例しますから場合によればスーパーコンピュータと呼ばれるような計算機が必要となることもあります。
注2 オレゴン州の内陸は地質学的に活発な活動をするロッキー山脈があります。デシューツ川の上流はカスケード山地という地域をながれており、地下はほとんどが火成岩だということです。(そういう調査結果がある模様。← コメント: 南アルプスの地下の調査は表面での調査の推測しかないように思えるのですよね。これは地質学者の方のフォローを待ちたいところですが。)
2. どういう地質のところか? 地質学的に活発なところで断層がある
既に1でも述べましたが、地質学的に活発な活動をしているロッキー山脈の西側のカスケード山地を流れているデシューツ川の領域で、断層もあることをシミュレーションに入れないと十分なモデルができない場所です。そのために断層もモデルに入れざるを得なかったと書かれています。 南アルプスでも同様のことが言えると思います。
Figure-1 がその地域の地図。
3. 水の流れの観測点の数は 800を超えている
シミュレーションの予想する結果があまりに現実の測定量からかけ離れている時はシミュレーションモデルが誤っているということで修正するという繰り返しによるシミュレーションモデルの改良を行なうという標準の手法が使われました。
読者はすぐに気づかれているかと思いますが、精度の良いシミュレーションモデルを作るには多数の測定地点からのデータが必要です。
シミュレーションのモデルの構築と、その結果を比較するための実際のデータは次の観測点からのデータを元にして行ないました。
- 800 の井戸。(← コメント: 南アルプスでは10ー20箇所しか調べてないんじゃないでしょうか? それで十分な議論できると思っている人達の頭の中を覗いてみたいと感じる今日この頃。)
- 表層を流れる河川の流れは21箇所の流量観測場所 (gages)で調べた。(← コメント:これについても大井川ではダムを除けば3箇所位しか述べられてないような気がするのですが。ちょっと少な過ぎでは?)そのうち14箇所ではそばの貯水池や潅漑に取り込む水の流れの影響がおおきいので、その影響を除去した 自然水流(naturalized flow) を推測計算して、それをシミュレーションモデルの結果との比較に使ったとのことです。
自然水流の計算 は合衆国開拓局 (Bureau of Reclamation,内務省の一部門でアメリカ西部の水利ダム建設と運営をしたりしている。)によるものを使ったということで一応どんな計算をしたかは明白になっています。(← コメント: 気になるのは南アルプスでは国家レベルでも観測データが少なくて、JR東海の調査によるものが多くなってしまっていることです。3兆円ローン出すかわりに、国交省というか国土地理院が本来おこなうべき調査を少し行なって貰うようにすれば良いのにと思ったりします。)
元のレポートの Figure-7 を引用します。
ピンクの点が井戸。
黒い線が断層。
明らかに南アルプスよりははるかに地質学的におとなしい領域かと。南アルプスは断層がもっと多いように思います。
(TODO:地図の重ね合わせというか大きさをそろえてならべてみる予定。)
4. シミュレーションに使っているソフトウェアは?
USGSが作った GSFLOW というシミュレーションソフトウェアを使っています。
シミュレーションでは地面より上の日照、水の移動(雨だけでなく降雪や雪解けも含む)、蒸発を国家レベルの観測網の観測データと、流域の長期観測地点からのデータを使いモデルの補正を行なっているとのことです。
GSFLOW は 実は次の二つのコンポーネントからなります。
i) Precipitation Runoff Modeling System (PRMS) : 降水が表面で(溢れて)流れるモデルというような意味かと。 -
ii) MODFLOW (3次元の地下水の流れモデル)
GSFLOW ソフトウェア は 無料で入手可能です。
概要:https://wwwbrr.cr.usgs.gov/projects/SW_MoWS/GSFLOW.html
ダウンロードページ:https://www.usgs.gov/software/gsflow-coupled-groundwater-and-surface-water-flow-model
ですから、シミュレーションに使ったデータをそろえることができれば 原理的には 誰でも シミュレーションを行なうことができます。あくまでも 原理的 にはですが。
USGSも自分のところのコンピュータでは動作したが、だれもがダウンロードして一発で動作するとは限らないみたいなことを書いてます。
4.b: デシューツ川 GSFLOW シミュレーションモデルの使うデータ
プロジェクトの成果として、デシューツ川の GSFLOW シミュレーションモデルは以下のデータを使って表層水と地下水の変化を予測します。
- 毎日の降水量- 毎日の最高、最低温度、
- 毎月の地下水汲み上げ量、
- 毎月の潅漑用水路からのもれの量(つまり地下への浸水量)
実は汲み上げられて不足する地下水を補っている補給源は潅漑用水路からの洩れが大きいことが分かっています。
4.c: デシューツ川 GSFLOW シミュレーションモデルの精度
モデルの精度については以下のように述べられています。(←コメント: 南アルプスの工事については、そもそもデータが少な過ぎて、精度云々の以前のような気がしているのですが関係者はどうおもっているのでしょうか?)
- 水頭(hydraulic head) を 約1.5 km (50000フィート)の半径の地域にまたがって計算しているが、水頭 (高さ)の誤差は 約16メートル (53フィート)である。
水頭については https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%A0%AD 「wiki: 水頭」 を 参照。一言でいうとかなりの精度で計算が現実のデータとマッチしていると。
- モデル化した地域での 気象変動、汲み上げの変動の予想
潅漑路からの洩れの量の変動から起こる水頭の時間的な変動うまく再現されているので、モデルの精度はいいといっています。
- 問題として、シミュレーションの予測する毎日の水量は 支流の Crooked川、Metolius 川、デシューツ川の下流の流量観測点の値、あるいは自然流量 (naturalized flow) 上流の観測点の値をうまく予測できてないところがあることが述べられています。
- ただし、年間を通しての水流の流れの収支はモデルした領域全体でうまく予測されていると。
モデルの精度についての結論
モデルの精度とその予測機能は本プロジェクトの地下水の汲み上げと表層水の流れの関連を予測するには十分である。つまり、地下水ならびに流域での地表の水の流れへの影響を考慮して、地下水の汲み上げを許すかどうかの判断につかえるということです。
これと比較して今までリニア新幹線のトンネル工事の議論にだされた観測地点の数の少なさとシミュレーションの様子を見ると、私には南アルプスの水資源の解析は不十分にしか見えないのです。特に稜線近い部分の乾燥化について意味のある議論ができるようなシミュレーションモデルになっているとは思えません。
4.c: シミュレーションから分かること
シミュレーションは他のシミュレーションや研究でもいわれている「デシューツ川の上流域での水の流れはほとんどが地下水の放出による。」ということを示唆していると。
今回のモデルでは そのような流れを分類した場合のそれぞれの量に関する知見も得られたと報告されています。
分類は以下のようなものです。
- いきなり地下水が河川に流れ出す場合。
- ホートン地表流 (Hortonian flow): 直接の溢れ(direct runoff) といったりもするらしい (下の Dunnian flow と比較。)降水量が地面の浸透能を上回って浸透できずに、水が低いところに流れていく流れ。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E5%9C%B0%E8%A1%A8%E6%B5%81 (Wikimedia: ホートン地表流)
- Dunnian flow.: 地下水が地表にでてくる場合。(このあたり日本の水理学用語では「表面流出」といって Hortonian flow と Dunnian flow を区別してないのかもしれません。 そんなことはないかな? 日本語 wiki には「地表流が発生するパターンとしては、地中への水の浸透が過剰になった状態 (つまり直接の溢れ?) と地中の水が飽和状態であるために発生する状態の2パターン存在する。」とあります。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E9%9D%A2%E6%B5%81%E5%87%BA [wiki: 表面流出])
- 相互に流れが合流する場合
新しいモデルでは 井戸による地下水汲み上げが表面の流れに与える影響、運河の運用、潅漑、あるいは旱魃による水利学的な予想もできます。
報告書では次のようなシミュレーション結果が報告されています。
断層があり地下水が出てきている地点から12マイルの範囲の地域で三箇所の井戸による水の汲み上げによる水流の影響をシミュレートした。その場合には、表層の水流の流れの変化量と、いつ変化をするかは井戸の場所に大きく影響されるが、変化をする時期は断層の有無で大きく変動することがわかった。
(← JR東海がトンネル工事を下後で、稜線の乾燥化とか、大井川の水量の変化についてのこのような断言ができるシミュレーションがなされてないように見えるのが残念。そもそも、いまのように乏しい観測地点の数で意味あるシミュレーションできるはずがないと私には思えるので心配しています。)
元の Figure-40を引用します。
上に述べたシミュレーション結果による地下水の減少を説明しています。青い四角が地下水の減少しているところで、色が濃いほど減少量が多くなっているところです。地図の下方中央付近にある井戸(Sister という地名の東燦マイルほどのところの井戸からくみ上げた場合のシミュレーションです。その付近での減少量が一番多いと。)
△が流量測定地点 (streamgage)。
5. シミュレーションに利用されているデータが公開されている。
ここの記述は次回の記事をおまちください。
以前このPDFの原稿レベルの資料か、それに準ずる資料を読んだ時にはプログラムの記述だけでも数十ページあって、データのことが詳しくかかれていたと記憶するのですが、今回見つかったPDFではちょっと様子がかわってしまっているような気がします。(TODO: 後で記述を追加予定。今気づいたのですが、データは別に付録というかアーカイブされていたのかもしれません。https://water.usgs.gov/GIS/metadata/usgswrd/XML/sir2017-5097.xml
ですが以前見た資料ではもっと詳しくプログラムの議論があったような気がするのです。)
JR東海はシミュレーションに使ったモデルのソースコードとデータを公開してるのですかね?
問題点: Hydraulic Characteristics 水理学的な土地の性質について
- 地質の差
レポートでは浸透率、水の保持できる係数など地質によって1000倍の差があるのが普通だと述べられています。だから、少ない数のサンプルで全体の挙動を推し量るのは、南アルプスのように複数の地層があるところでは無理だと思います、というか地質調査をしている人には常識だとおもうのです。
- 既存の地質調査の有無
なお、オレゴン州のこのモデルの場合には、既存の井戸や、試験的な掘削 (exploratory drilling)や 温泉の調査でしょうか、地熱の伝搬にもとづいて地下の水の量や動きを推定したデータ(geothermal transfer による推定)も使われたようです。残念ながら日本のトンネル工事の場合、アルプスの中は国立公園の敷地もあるということであまり商業利用が進んでおらずこういう観測データがないことも今となって問題となっているといえます。
表流水と地下水のいきき 元のFigure-5を引用します。
河川の流れは地下水との行き来があり、青い部分は河川に地下水が出てくるので増加していると。赤い部分は河川の水が地下水として浸透して損失しているということを意味します。つまり河川の水はそのまま流れてくるのではなく、河床などをつうじて地下水の流れと行ったり来たりしているわけです。
大井川の水の量に変化が有れば地下水の流れに大きな変化があるだろうことはこれからも予想できますが、何度も述べているように、ある程度の定量的な予想のできる水資源のモデルができているようにはまだ私には到底思えないわけです。データとそれなりに信頼できるシミュレーションモデルがつくれるまで誰もまっとうな予想はできないのです。
この図のようなデータ、さらに元レポ―トにしめされているような800以上の観測点からのデータをもとにした説明と、それに基づくシミュレーションモデル (チェックできるように公開されているモデルであることが必要)による予想をしめされれば納得はできるとおもうのですが、今の段階では誰が何をいっても「山師」の言っていることだとしか思えないのです。
- 地域内での違い
対象とされる地域の中での気象データ、とくに降雨量も大きな差があることが述べられています。 実際、一方で降雪と雪解け水出水が多いちいきもあれば、山地を超えて西側の一部の地域は乾燥して、月面着陸する宇宙飛行士が「月面」を調査することを想定しての訓練地としてつかわれたりしました。
南アルプスだって偏西風の強い地域ですから、山の稜線を超えれば同じように雨の量などもかなり違うと思うのです。今回のJR東海との話に出てきている観測点の数はシミュレーションモデルを作るためには呆れるほど少ないと感じています。
本気で科学的なモデリングと予測をするつもりはあるのだろうかという懸念をいだいているのがこの文章を書いている理由の一つです。
次の記事にむけて
ここで取り上げたレポートとその概要を見て独自に比較調査を進める人がでればそれにこしたことはないのですが。
書き残したデータの話など、数週間のうちに続編を書きたいのですが、時間がとれるかどうか。
データが見つかれば自分で GSFLOWを使ってシミュレーションをする事ができるわけです。
[以上]
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