行政判例百選Ⅱ139事件 担当:大塚・藤原
5月16日(木)発表
公務員の職務行為の範囲
事実の概要
東京都警視庁の巡査梅津治次(以下Aとする)は生活費に窮した結果、警察官の制服制帽を着し、同僚の巡査から盗んだ拳銃を携帯の上、川崎市へ赴いた。
Aは、川崎駅で本件の被害者となる笠島勝次郎(以下B)を呼び止め、駅長室で所持品を取り調べ、その際にあらかじめ用意していた金300円の入った封筒を所持品の中にまぎれ込ませた上、「スリ」の疑いがあるとして駅前交番に連行し、Bの所持していた現金9900円等を証拠品として受け取り、本署への連行途中にBの隙を見て預り品を持ち逃げしようとしたところ、Bが「泥棒!」と叫んだので、Aは拳銃で射撃し金品を携帯の上逃走した。Bはまもなく死亡するに至った。
これに対し、Bの遺族が、国家賠償法1条1項によって東京都を相手取って損害賠償を起こしたのが本件である。
第一審 判旨:判決認容
主張
1.Aの行為は公権力の行使として職務上行われたものではない。
2.Aは職務管轄区域外で行ったものであるから職務執行とはならない。
3.Aは当初から職務執行の意思はなく、名を不審尋問に籍り、他人の金品を不法に領得する目的で行ったものであるから職務執行行為とはいえない。
判決内容
1.Aは自己の職務権限に基いてBに対して不審尋問をなし交番に同行を求め、Bの所持する金品を預ったものに外ならないから、自治体警察の公権力の行使として一応職務上行われたものというべきである。
被告はAは非番の時間を利用して行ったものであるから職務執行に当らないと主張するが、非番の時間とは現実の職務に従事しないで休息を許容されているに止まり、一般の職務執行権限を奪われたものと解することはできないから被告の主張は理由がない。
2.警察法第五十七条によれば、自治体警察はその管轄に属する区域の境界500米以内の地域においても職務を行うことができるとあって、Aの行為は管轄区域内の行為と認めるべきである。
3.Aの行為は公務員が外観上の職務執行を装いその職権を濫用して不法行為をなした場合に該当する。つまり、公務員がこのように職権を濫用した場合であっても、その行為を客観的に考察して外観上一応適法な職務執行行為と見ることができるのであるから、たとえその行為が主観的に正当な職務執行の意思に基かず不正の目的の下にこれをなし、実質的には法律の許さない不法のもとであっても、国家賠償法でいういわゆる公務員の職務執行行為たるを失わないものとするのが妥当と考える。
なぜなら公務員の職権濫用もしくは仮装の職務執行等の行為は、従来職務執行行為に該当しないものと解する傾向にあったことは否めないけれども、この考え方をそのまま当てはめることは国家賠償法が国家又は公共団体の賠償責任を認め被害者保護の実を挙げようとする立法趣旨に適応しないであろう。
従って被告はこの不法行為によって被害者に生じた損害を賠償すべき義務を負うべきである。
第二審 判旨:控訴棄却
主張
1.Aは非番の時間を利用して本件加害行為をした
2.Aの加害行為は職務管轄区域外でなされたものである
3.Aは職務執行の意思がなかった。
判決内容
3.賠償法は、憲法十七条の国民の基本的人権の一つとして損害を受けた被害者救済を保障するために成立されたものである。
「国又は公共団体は公権力を適法に行使するためにのみ公務員にその権限を委ねるのであり、違法行為を行う公務員には公権力の行使を託してはならない。しかし、これを事前に排除することは不可能であるとすれば、公務員の違法行為については国又は公共団体において責任を負うとするのは公平の観念の要求するところである」とし、又「職務濫用を除外した場合が国家賠償法一条の適用範囲だと解するならば、ほとんど実際上効果なき、憲法の要請にこたえるところのないものになってしまう」としている。「よってこの公務員がその所為に出ずる意図目的はともあれ、行為の外形において職務執行と認められるべきものをもって職務行為とするべきである。」
このようなことを前提に事件を見るとき、Aの「行為が公権力の適法な行使としてなされたものではなく、違法のものであることはいうまでもない」しかし、Aがした行為は「警察官に許された適法な職務行為とみるべきものであり、Aが警察官として本来かかる権限を有したことは明らかであるから、Aのしたこれらの行為は、これを客観的に観察するときは、行為の外形上いちおう適法な職務執行行為と見ることができる」
1.非番というのは内部の事務分配の都合により現実に職務に従事しないで休息を許された自由の時間であるというのに止まり、本来持っている職務執行行為の命令ないし召集があれば職務の執行に当り得る →行為の外形上職務執行ありと認められる
2.一定の要件のもとにその土地管轄区域外においても職務を執行し得ることは警察法第五十八条に定められており、拳銃発射行為の地点は職務執行区域内にあったものである →行為の外形が職務執行にあたると認められる
従って控訴人はこの損害について賠償すべき義務があるものというべきである。
最高裁 判旨:上告棄却
主張
1.原判決は国家賠償法第一条の解釈を誤り、延いては憲法第十七条の解釈を誤った疑いがある
2.原判決は最高裁判所の判決(昭和24年(オ)第二六八号損害賠償請求事件)と異なる判決を為している
最高裁判決
1.「職務執行とは、その公務員が、その所為に出づる意図目的はともあれ、行為の外形において、職務執行を認めるべきものをもって、この場合の職務執行なりとする」とし、「公務員が、主観的に権限行使の意思をもってした職務執行につき、違法に他人に損害を加えた場合に限るとの解釈を排斥」した原判決の「解釈は正当である」とした。また「自己の利をはかる意図をもってする場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによって、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わせて、ひろく国民の権益を擁護することをもって、その立法の趣旨をする」と解した。
2.所論最高裁判決は、「国家賠償法施行以前の事案にかかるものであって、本件に適切ではない」
判旨の学説・判例上の意義
公務員が「自己の利をはかる意図をもってする場合でも、客観的に職務執行の外観をそなえる行為をしてこれによって、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に存在賠償の責を負わしめ」るという外形標準説によることを明らかにした。広義説をとる学説に、判例上の支柱を与えたとされる
(しかしながらその理論根拠としては立法の趣旨が「ひろく国民の権益を擁護すること」にあるとの指摘する以上のことを述べるわけでははい)
判決が明らかにしてない点
・ 外形標準説を採用する理由が国民の権利保護以外の理由が述べられておらず、その射程範囲(判決のこれからの適用範囲)が不明確であること
論点
公務員が公務を装ってもっぱら自己の利益をはかる目的で他人を侵害した場合も、国家賠償法第一条にいう「公務員がその職務を行うについて」に含まれるのか
<注目>
同じ行為を公務員ではなく一般人がしたときは国家賠償法で保障されないのに、公務員がした場合は国賠法で補償されるというのは正しいのか?
判例・学説
前提
・ 公務員による行為であっても、職務とは無関係な行為による損害については公務員個人が民法上の不法行為責任を負う(国や公共団体の賠償は生じない)
・ 本来権限のない者の行為は、いかに外形が職務の執行と見えるものであっても、それは国家賠償法の関するものではない(外形標準説は事物管轄を有する公務員の職務行為との関連性を問題とする際の理論であり、公務員としての外形を有するか否かについての法理ではないから)
通説
「職務を行うについて」とは「職務執行行為自体、又はこれと関連して一体不可分の関係にあるもの、および行為者の意思にかかわらず、職務行為と牽連関係があり、客観的・外形的にみて社会通念上職務の範囲に属すると見られる行為」と広く解される
国家賠償法第一条における政府委員の説明
「その職務を行うについて」は民法44条、715条と同様、職務執行自体よりやや広く、職務執行に際してというよりやや狭く、その中間において大体職務行為と関連のある行為によって他人に損害を加えた場合を指し、結局、職権濫用、あるいは職権超脱という場合も包含する」(第一回衆議院司法委員会議録44頁)
<本判例>
外形標準説を一条の解釈でも採用することを宣言
<学説>
●外形標準説を支持
「広義説(通説)」
加害行為が職務行為自体を構成する場合はもちろん、職務遂行の手段としてなされた行為や、職務の内容と密接に関連し、職務行為に付随してなされる行為の場合をふくみ、また、客観的に職務行為の外形を有すれば足り、事実上、加害公務員が有した個人的な目的や私的な意図は問わない(乾)
・ 「古崎」被害者保護
公務員の個人責任しか認めない場合、無資力の公務員を相手にするのでは被害者救済に欠ける。(今日民法不法行為では、外形標準説が確固たる地位を築いているのに、国家賠償法の分野では、外形標準説が妥当しないとする理由が見出せない)
・
「柳瀬」違法行為の発生可能性
公務員にある職務を授ける以上はそれが違法に行使される可能性をはじめからその中に含まれている
・
「今村」危険責任の転換
制服制帽着用の巡査行為は権力の兆表を持つ事実行為なので、国はそれゆえに当然危険責任主義に基づく責任を負わなくてはならない
●反対意見
「狭義説」
それが本来の職務行為と表裏一体をなし、本来の職務行為を誤るときは必然的にその行為となる関係にあるときは、それは本来の職務行為の半面として、それについては本来の職務行為を命じた行政主体もまた責任を負うことが理由であり、且つ妥当とするため、かく定められているのであるからであって、従って職務行為を誤ったのではなく、職務と関係なくして私人としてなした行為、及び職務に関してなした行為は、すべてこれに属さない(柳瀬)
「正田」
故意または過失でも善意であることが国家公共団体の責任になる要件である。国のためにする意思を欠く場合が悪意である。この場合には公務員の行為は私人の行為となり、国家公共団体の不法行為とならない
→上意見に対する反論
現在民法不法行為では、外形標準説が確固たる地位を築いているのに、国家賠償法の分野は、外形標準説が妥当しないとする理由が見出せない(それにたいしては遠藤が民法と行政法の適用は違うと反論)また、適用しないと民法との均衡を失う。
無資力の公務員を相手にするのでは被害者救済に欠ける
●近年の学説(反対派)
・
「遠藤」…一般性に乏しい
射殺による死亡という被害者法益の重大性が責任を肯定する実質的理由である
批判:職務質問を装った財物強取だけで常に職務関連性が認められるというのは疑問
本件は「本件の事実関係の下で、きわめて巧妙な手順でよそおわれた職務行為と結果の重大性、これが行われた場所の周辺環境などの総合的判断の下で職務行為性が肯定されただけであって事例自体が特殊。一般性に乏しい
・
「宇賀」…銃の管理責任・管理瑕疵(より国家賠償責任を認める)
批判:①外形標準説の採用理由が不十分。②外形標準説の射程が不明確
①→銃砲の所持が厳格に規定され、その携帯が原則として勤務中の警察官に限定されている国においては警察官のよる銃砲管理責任には極めて大きいものがある。よって、拳銃の管理責任という観点から国家賠償法を認める余地もある。
*国民の権利保護→犯罪被害者等給付金支給法(人の生命または身体を害する犯罪行為に関しては一定の給付金が支給される)=国家賠償法で行く必要があるのか?
結論:被害者救済の観点から外形標準理論説を適用する必要がある場合か、否かを検討し、この説の射程を限定することも必要
@犯罪被害者等給付金支給法で十分に被害者救済ができるのか?国家賠償法と較べてどうなのか → 十分に補償されるとは言いがたいのでは?
・
「阿部」
批判:「最高裁判例は国家賠償を極めてゆるやかに認めた例」である
犯罪被害者補償制度がある今日ではこの制度で補償されるからあえて職務行為関連性を認める必要はないのではないか?理由としては、
一般に強盗で殺されたなら→犯罪被害者等給付金支給法。
警察官の拳銃の誤使用により殺害されれば国家賠償。
本件事案は前者に近いはずだから。よって先例として妥当しにくくなっている
百選―秋山さんの意見
外形理論を取るならば、「当該公務員が事物管轄を有すること、当該行為の職務との関連性の程度、時間的・場所的接近の度合い、制服着用や装備の外観等を総合的に考慮して判断」が必要だと思われる。
私見
遠藤説?
…本件最高裁判決は妥当だと思われる。
→国家賠償法の法案が作られたときにこのことは意図されていたと思われる。
→本件において犯人は無資力のため、国による被害者保護を重要視する。
→本事件の警察官の行動は確かに一般人を信じさせるに足る行動であったと思われる
という点から上告棄却は正当な判断だと思われる。
しかし、本件判例が必ずしも先例となるとは言いがたい。つまり、常に職務質問を装った財物強取だけで常に職務関連性が認められるというわけではない。その職務関連性は当該公務員が事物管轄を有すること、当該行為の職務との関連性の程度、時間的・場所的接近の度合い、制服着用や装備の外観等を総合的に考慮して判断されるべきである
参考文献
・ 民集10巻11号1502頁
・ 判例タイムズ67号282頁
・ 古崎慶長「国家賠償法」105頁、139頁
・ 遠藤博也「国家補償法 上巻」158頁
・ 宇賀克也「国家補償法」41頁
・ 安部泰隆「国家補償法」89頁
・
塩野宏「行政法Ⅱ〔第二版〕252頁
・
訟月一三巻七号八一七頁
・
訟月五巻三号四〇ニ頁
・
最判昭和五八・七・八
「職務行為を行うについて」の判例参照
職務執行性を肯定した例
・ 警察官が取材記者に対し犯罪捜査の経過等を公表することなどは、社会通念上職務執行
に付随した一体不可分の行為とみることができる
(仙台池判昭和三八・五・ニニ下民集十四巻五号一〇一一頁、千葉池判昭和四六・八・四判時六六〇号七四頁)
・ 新聞記者との雑談中の発言であっても、捜査の継続中に警察署内でなされ、かつ担当者が新聞記者が来ている事実を十分認識しながらなされた場合
(広島地呉支判昭和三四・八・一七下民集一〇巻八号位置六八六頁)
・ 公立学校の教師が学校内の非行事件の容疑者または関係者として生徒を取り調べるにあたり暴行を加えたこと
(福島地飯塚支判手話三四・一〇・九下民集一〇巻一〇号ニ一ニ一頁)
・ 公立学校の教師が、担任の地位を利用して授業時間に接触した時間に教室内で児童わいせつ行為をしたこと、およびその後謝罪に赴いた差異に右児童を殺害したこと
(広島地呉支判平成五・三・一九判時一四八〇号一ニ九頁)
職務執行性を否定した例
・ 公務員による民事・刑事法廷での証言
(大阪池判昭和四一・一〇・三一訟月十三巻六号六六九頁、東京高判昭和六一・八・六判時一ニ〇〇号四ニ頁、東京地判昭和六三・九・三〇判時一ニ八七号三一頁)
・ 公務員を装って他人宅を訪れた際の火の後始末による火災
(東京地判昭和四ニ・四・一七訟月一三巻七号八一七頁)
・ 登記官が私人間の売買を斡旋することを装って他人を欺いて金員を騙取した行為
(福島地平支判昭和三四・ニ・一〇訟月五巻三号四〇ニ頁)
・ 県立高校ラグビー部員に対し社会人チームへの参加を呼びかけ、ポジションを指定した行為も職務行為でないとした
(最判昭和五八・七・八判時一〇八九号四四頁)
参考条文
国家賠償法第一条一項
国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又
は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償
する責に任ずる。
警察法第五十七条(職員の定員)
地方警務官の定員は、都道府県警察を通じて、政令で定め、その都道府県警察ごとの階級別定員は、内閣府令で定める。
2. (組織の細目的事項)
地方警察職員の定員(警察官については、階級別定員を含む。)は、条例で定める。この場合において、警察官の定員については、政令で定める基準に従わなければならない。
警察法第五十八条
本節に定めるものの外、都道府県警察の組織は、都道府県公安委員会規則で定める。
日本国憲法第十七条
何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところに
より、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。