断っておきますが、私の仕事は映画を作ることです。
料理も作らず飽食の限りを尽くす料理人は料理人とは言えません。だから私が映画を語るなんてもってのほかです。ひと様が作った映画についてしたり顔で講釈垂れたりとか何様だよと思うし、「そもそもそんな暇あったら映画作れ、あるいは作った映画をより良くしろ」と我が内なる声が叫ぶわけです。
だけど、結局のところ映画だけで育ってしまった人間の悪癖で、話題といえば映画のことばかり。映画のことしか語れません。しかもこれから作る映画のことについてはあまり積極的に語れません。語って聞かせたり読ませたりするよりも、出来上がった映画を観てもらいたいからです。
また、今まで自分で作ってきた映画をあれこれ補足するように語っても、どこか言い訳じみてしまうので、これまた観ていただくのが一番です。じゃあ、何の話ができるのか。
仮に歴史に名を残す映画があったとしましょう。続編も作られる、あるいはリメイク、リブート。挙げ句の果てにフランチャインズ。そもそも映画とは、独創的表現で彩られた芸術でありながら、大規模な投資で更なる利益を回収せんと策謀の限りを尽くす商品開発ともいえるのです。そんな相反する二面性をもちながら、いかなる形で名を残すか。というよりも個人の記憶に残るのか?
とはいえ、私の歴史はそんな映画というものだけで積み上がってきた。 とりわけ高校2年生の1年間で観た映画は、私にとって大きな爪痕のような影響をもたらしている。最近そう実感しているのです。
その1年に集中した作品は、ただ観るだけにとどまらず、どうやって作られたのか、果ては自分だったらこう作る、それのほうが遥かに面白いのではないかと私に考えさせたものぞろい。 ひいては今の立ち位置に私を導いてしまった映画ばかりなのです。
あの時これらの映画に出会わなかったら、今頃はもっと真っ当な人生を歩んでいたに違いない。けれども、決して後悔はしていないとだけ言えます。
そんな我が人生を壊した映画たちとの1年。 西暦1982年。昭和57年のことであります。
まずは、1月23日に観たウォルフガング・ペーターゼン監督『U・ボート』(1981)。 今年8月に81歳で亡くなった監督の、40歳でのデビュー作です。
「アメリカのような資金力はなくとも、ドイツではアイデアひとつですごい映画が生まれている!」1982年、17歳の樋口真嗣に灼きついた『U・ボート』の疾走感
『シン・ウルトラマン』も記憶に新しい樋口真嗣監督。1982年、17歳の頃に触れた20本強の作品から“爪痕”ともいうべき強烈な影響を得、映画製作の世界以外では生きられない人間へと変貌させられたのだという! 原点ともいうべきその映画たちについて、熱情を燃やしながら樋口監督が語るシリーズ連載開始。第1回は戦争ドラマの傑作『U・ボート』。
私を壊した映画たち 第1回
実はもともとテレビシリーズだった!?
しかし、その後、監督のウォルフガング・ペーターゼンはアメリカに渡ります。莫大な予算と豪華な出演者と共にダイナミックなエンタテインメント作品を次々に作っていきますが、『U・ボート』のような衝撃を受けることはありませんでした。
どうしてなんだろうか? ハリウッドが監督の個性をスポイルして平均的な作風に変化させてしまったのだろうか?
ウォルフガング・ペーターゼン監督(写真は2004年ごろ)
©Capital Pictures/amanaimages
それから程ない1985年、レーザーディスク(当時の映像ソフトの最高峰はコレでした)で、『U・ボート』のテレビシリーズ版がリリースされます。 テ、テレビシリーズ?
当時ヒットした映画はよくテレビドラマ化されていました。映画をダウンスケールして、その代わりに長い時間で掘り下げていく——まあ余程のことがない限り映画のインパクトは希釈されるけど、テレビで観られるからいいや、という代用品のような存在でした。
そういった手合いかなと思いきや、映画『U・ボート」は、もともとテレビシリーズとして企画されたものだというではありませんか! つまり我々を虜にした映画『U・ボート』は総尺313分からなるテレビドラマの総集編だったのです。
テレビドラマなのにあの規模なのか、という驚愕はひとまず置いといて、すべてのエピソードが丁寧にゆったりとくまなく描いてあります。よく言えば実直。丁寧すぎて正直退屈です。あの有無を言わさず次から次へと起こる困難をドライに積み重ね、冗長になりがちな愁嘆場を排除した禁欲的かつスピーディなコンストラクションは、総集編として全てのエピソードをくまなく紹介するための策だったのではないか?
それはまさに、ハリウッド進出以後、ペーターゼンの映画のつくりが変わってしまったように見える原因ともいえるのです。
そして1997年には監督自ら208分に再編集をしたディレクターズカット版『U・ボート』が公開されますが、それもまた最初の劇場公開版の衝撃を凌駕するものではありませんでした。 もしかしたら高2の時に観たがゆえの、単なるインプリンティングなのかもしれませんが。
とにかく、あの当時は、初めて観たドイツ映画にやられ、「ひるがえって見るにわが国はどうか? アメリカのような資金力はなくとも、ドイツではアイデアひとつでこのような素晴らしい映画が生まれているではないか!」 と、高校生の分際で知ったような大口を叩いていたなと振り返っている訳ですよ。ああ恥ずかしい…。
『U・ボート』(1981) Das Boot 上映時間:2時間29分 西ドイツ・イタリア・フランス・イギリス
監督・脚色:ウォルフガング・ペーターゼン
出演:ユルゲン・プロホノフ、ヘルベルト・グレーネマイヤー他
©Capital Pictures/amanaimages
第二次世界大戦中、主にイギリス船舶を海中から攻撃し、恐れられたドイツの潜水艦、通称“Uボート”。狭く暗く劣悪な艦内環境の中で、任務を果たし、また生還するために極限の努力を積むドイツ兵を描いた、戦争ドラマ。アカデミー賞では6部門にノミネートされるなど世界的な評価を得、ペーターゼン監督(『エアフォース・ワン』1997、『トロイ』2004)のアメリカ進出の足がかりとなった。続編テレビシリーズがWOWOWで配信中。
私を壊した映画たち
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「あいつは俺だ! アムロ・レイ14歳は、俺そのものなんだよ!」中2の樋口真嗣の選民意識と承認欲求を満たし、創作の道へと(多分)進ませた、アニメ作品の金字塔!【『機動戦士ガンダム』テレビ編】
私を壊した映画たち 第3回
「映画でここまで人間の葛藤を描けるのか!」高2の樋口真嗣を打ちのめし、池袋の街をさまよわせた『未知への飛行』。それを日本に持ち込んだ『シベ超』のマイク水野とは?
私を壊した映画たち 第2回
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