第12話 愛情の料理

「さあ、どうぞ。お兄ちゃん」


 数十分後。

 テーブルには兎姫の作った献立が並べられていた。

 

 兎姫は俺の向かい側ではなく、ぴったりとくっ付くかのように隣席を陣取っている。

 胸を押し付けられて、少しドキドキした。


「えと、これは……」


 俺は少々戸惑いつつ言葉を探す。


「……おにぎり、だよな?」


 そう、テーブルには大量のおにぎり。それからお味噌汁と、きゅうりの浅漬け。


 何というべきか、それはすごくさっぱりとしたシンプルなメニューだった。

 

「おばさんがね、教えてくれたんだよ」

「おにぎりの作り方を?」

「うん、そうだけど、そうじゃなくてね」

「え……?」


 どういう意味だろう?

 そう思った直後、兎姫はいつものように柔らかく笑んで、俺の手を握った。


「自分を偽る必要はないからねって」


 優しい音色の言葉が、身体に染み入ってくる。 


「私とお兄ちゃんは小さい頃からの仲だよね。だから、普通の恋人さんに比べればお互いのことをよく知ってる。私がお料理とかへたっぴなことも、知られちゃってる。恋人になったからって今更自分をよく見せようとしても、すぐにバレちゃうよね」


 小さな頃の俺たちは、本当に兄妹のようだった。

 だから俺も、母さんや瑠姫さんには敵わないかもしれないが、その次くらいには兎姫を理解している自信がある。


「ありのままの自分で。肩肘張らず、甘えるところは甘えて、自分にできることをすればいいんだよって。おばさんは言ってくれたんだ」


「そうだな。俺もその通りだと思う」


「お兄ちゃんならそう言ってくれると思った」


 自分を偽らなきゃいけないような恋人関係にも、同棲にも、意義はない。

 それは俺もまた、1度目の恋で身を持って知ったことなのかもしれない。


「だから、まずはおにぎり。これが嘘偽りない、今の私にできる最高の料理だよ」


 再び視線を向けたおにぎりは大きさがまばらだったり、形がいびつだったり、お世辞にも見た目がいいとは言えない。

 だけど、俺にとっては、違うのだろう。


「食べて、くれますか?」


 そう問いかける兎姫は、これまでの言葉とは裏腹に不安げだ。

 やはり本当をもっと手の込んだ料理を作って食べてもらいたいとか、そういう想いがあるのだろう。

 それでも彼女は自分を曝け出して、この道を選んでくれた。


「もちろん。いただきます」


 俺は1番大きいおにぎりを手に取って頬張った。


「うん、美味い! めっちゃ美味いよ!」


 誇張のない言葉が喉の奥から一気に湧き出る。

 少し塩っけが強かったり、強く握りすぎてお米が潰れていたりするが、そんなことは関係ないんだ。

 このおにぎりからは、他の誰が作ったモノとも違う味がするから。


「ほ、ほんとう? ほんとにおいし?」 

「ああ! これならいくらでも食える!」


 言葉を体現するように俺は次から次へとおにぎりを口に放り込んでいく。それから味噌汁も、漬物も。


 そして、あっという間に自分の分を全て食べ切ってしまった。

 

「ごちそうさま。本当に美味かったよ、兎姫。ありがとな」


 兎姫の頭を撫でる。するとようやく安心したように胸を撫で下ろしてくれた。


「もぉ、お兄ちゃんたら、急いで食べすぎだよ?」

「え?」

「ほっぺにおべんと、ついてる。————ちゅ」


 そう言って兎姫はどさくさに紛れてキスをする。


「ありがとうお兄ちゃん。自分で作ったものを美味しそうに食べてもらえるのって、こんなに嬉しいものなんだね」


「お、おう……そりゃよかった」


 不意打ちのキスにドギマギしすぎて、会話の返しもままならない。


「お料理、これからもっとがんばるね」


 兎姫は新たな決意を表明するように頷いて、微笑んだ。


「あ、でも……ごめんね、お兄ちゃん」

「ん、どうした?」


 一転、兎姫は申し訳なさげに頭を下げる。


「あのね、お料理上手くなるためにはやっぱりね、失敗もしちゃうと思うから……だからね、もし本当に美味しくなかったら無理に食べなくても————」


「いいや、ぜんぶ食べるよ」


 兎姫の言葉を遮る。


「え…………で、でも……」

「兎姫さ、さっき言ってくれただろ?」


 料理を作る前、自信満々だった彼女を思い出す。


「愛情込めて作るからって」

「あ……」


 その点において、彼女の料理は間違いなく一級品だ。


「兎姫の愛情が入ってれば、俺にとっては他のどんな料理よりも美味いから。多少失敗してようがなんだろうが、ご褒美みたいなもんだな」


 自信を持ってそう言えた。



 ☆



 夕飯後、リビングで寛いでいると……


「お兄ちゃん」


 バスタオルを持った兎姫がやってくる。


「一緒におふろ、入ろ? たくさんご奉仕、したい気分なんだ……♡」


 それは大胆な恋人の、甘すぎる夜の誘いだった。



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