第11話 欲しがりさん

 なんとか新生活の体裁を保つ程度に荷解きが終わった頃。


「夕方になったね」

「お、おう」

「ご飯の時間だね」

「おう」


 今日の昼までは、荷解きで大変だろうと母さんたちが待たせてくれた惣菜類を主食にしていた。しかしそれも尽きてしまった。


「料理は私が担当するね」

「おう……」


 よって、これからは自炊する必要がある。


「その他の家事も私。この同棲は私の花嫁修行でもあるってお母さんたちが言ってたからね」


 ふふんと得意そうに鼻を鳴らす兎姫。


 やる気に満ち溢れているようだ。

 それはつまり、兎姫にとってのベストコンディションで花嫁修行に臨むということに他ならないのだが……


「ちなみに、兎姫さんのそれらに関する経験値はいかほどで?」

「んー、料理はここ1ヶ月くらいおばさんのお手伝いしてたよ? あと、お掃除とお洗濯は……ほとんどやったことないかも」

「お、おう……やっぱり……」


 逆に言えば今までは興味がなく、ろくにこなしてこなかったということでもある。

 現在のレベルはほとんど1に等しい。


 モチベーション的にレベル上げ効率は良さそうだが、最初こそが難関だ。

 RPGならスラ○ムにすら苦戦する。


 本当に大丈夫なんだろうか、この二人暮らし。


「俺も手伝うよ。ってもまあ俺も家事とかあんまやったことないけど」


 お互い、母さんに甘えすぎたらしい。


「ありがとうお兄ちゃん。でも今日のところは大丈夫だよ」

「そうなのか?」

「今日の料理、自信ある。やれます」


 うん、俺は不安しかない。

 母さんの手伝いをしてたと言っても、ほとんど補佐してただけみたいだしな……。


「愛情込めて作るから、楽しみにしててね」


 兎姫はそう言って自信満々でキッチンへ向かうのだった。



「お兄ちゃん見て見て」


 すぐ料理に取り掛かるのかに思えた兎姫は、数分後に俺の元へ戻ってきた。


「ん? どうした?」


 やっぱり手伝いが必要だろうか?


 むしろ手伝わせてくれと思いながら振り向くと、そこにはエプロン姿の兎姫がいた。


「じゃーん」


 にっこり笑うと、その姿を俺に見せびらかすように、その場でくるりと回って見せる。

 宙を舞う銀髪と、見慣れない兎姫の姿が相まって、俺の視線は釘付けだ。


「どうかなどうかな。かわいい? 私、かわいい?」

「お、おお……可愛いよ。似合ってる」

「新妻さんみたい?」

「そ、そうだな。それっぽい」

「えへへぇ……よかったぁ……」


 兎姫はダラシなく頬を緩ませる。


「エプロン、買ってもらったのか?」

「お母さんがね、恋人祝いにプレゼントしてくれたの」

「そっか。大事な使わないとな」

「うん。大切にする」


 それから兎姫はたっぷり10分ほどエプロン姿をもっと見て、褒めて褒めてとはしゃぎ回った。


 欲しがりさんで可愛いがすぎる。


 覚えたてのキスをするとよりいっそう新婚のような雰囲気を味わえた。


「あっ、そうだ。お兄ちゃん、私、知ってるよ。調べたんだからね」

「ん? なにを?」

「男の人は、裸エプロンが好きなんだよね」

「…………………」

 

 無垢だったはずの恋人が悪い知識を蓄え始めている。

 もしかしたらこの前の「NTR」の件で調べることを学んでしまったのかもしれない。


 そしてその検索の矢印は、ピンクな事柄一色になっているのだろう。

 恋人がどんどんエッチになっていく。


「お兄ちゃんは裸エプロン嫌い?」

「い、いや……嫌いってことはないけど……」


 男なら誰だって一度はそういう妄想もするだろう。


「なら今すぐ脱ぐね」

「い、いやいやいや!? べつにしてほしいってわけじゃないからな!?」


 そんなことされたら————断言しよう、夕食どころじゃなくなる。なんなら想像するだけでもやばい。本当ならめちゃくちゃしてほしいが、今は耐えるときだ。


「ん……じゃあまた今度。ゆっくりできるときに、だね……♡」


 ぺろっと舌を出して笑んだ兎姫はあからさまに艶やかで、思考を読まれている感じがした。


「お兄ちゃん。同棲って、楽しみなことばかり増えていくんだね♡」


 最後に熱いキスをして、兎姫は今度こそ調理を始めた。



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