第8話 淫らな生活の始まり

「わーお」


 目の前の建物を見上げると、思わず声が漏れる。


「うちよりずいぶん立派だね」

「たしかに」


 それはなかなかに高級感漂う高層マンションだった。


「今日からここで2人暮らしか……」

「楽しみだね、お兄ちゃん」

「そうだな。大変なこともあるだろうけど、2人でなんとかしていこう」

「うん。防音完璧でエッチもやり放題……♡」

「兎姫はぜったいそれしか考えてないよな……」

「楽しみ楽しみ」


 少々呆れてしまうが、その期待があるのも事実なのであまり強く言い返せない。


 こんなことになったキッカケは、およそ1週間前。俺と兎姫が練習ではなく、本当の恋人になった翌日のことだった——。



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 休日だったのでのんびりと起床した(朝方までしていた)午前中、兎姫と揃ってリビングへ行くと、母さんと、その妹であり兎姫の母親でもある瑠姫るきさんがいた。


 話があると言われて、揃ってテーブルに座らされる。


「あなたたち、うちを出ていきなさい」

「は?」「え?」

「2人暮らしをしなさい」


 開口一番そう言われて、訳がわからない。


「ちょ、どういうことだよ!? 母さん!? 瑠姫さん!?」


 2人に呼びかける———が、瑠姫さんはニコニコしてるだけで答えてくれない。

 逆に母さんはワナワナと震えて俯くと……


「……れないのよ」

「え?」

「あんたたちのセッ○スが五月蝿すぎて眠れないのよ!!」

「…………え゛え゛!?」


 それは、なんと言いますか。


「ごめんなさいでした!!」


 まずは土下座した。


 何が声を抑えればバレないだ。

 そんな発言5分後には忘れてやりたい放題だったよ!!


 つまり盛りに盛った俺と兎姫はギシ音も喘ぎ声も気にせず垂れ流しだったわけで。


 結果、母さんは寝不足に陥り、そして当然のことご近所さんからも不審な目で見られているらしい。


「2人は付き合っているんだよね?」


 瑠姫さんがようやく口を開く。ちょっと神妙な声音だ。


「うん。愛し合ってる」


 迷いなく答える兎姫。


「そう。伊織くんは?」

「…………兎姫と交際させていただいています」


 実際に付き合い始めたのは昨夜なのだが、さすがにそれを言うのは憚られた。

 今はもう付き合っているのだからそれでいいということにしよう。


「兎姫のことが好き?」

「好きです」

「うん、ならよろしい」


 そう言って、瑠姫さんは表情を和らげた。

 少し掴みどころのないところがある人だが、笑った顔は兎姫ととてもよく似ている。


「それでね〜、姉さんの睡眠時間をこれ以上奪わないためにも、2人暮らしをして欲しいなと思うんだよ〜。ちょうど知り合いに教えてもらった、防音完備のいい部屋があってね?」


 瑠姫さんの後に母さんが続く。


「その気があるなら、2人で暮らしてみなさい。お金のことは心配しなくていいから。ただし、その他のことは2人で協力して取り組むこと。当然、セッ○スばかりしていられないわよ?」


 2人暮らしというのは正直、魅力的だ。

 というか、エッチ三昧だったことがバレていたということを知った以上、ここに住んでいたら俺が羞恥心で死ぬ。

 当たり前だが、もうこの家でエッチする気にもならないだろう。

 ご近所さんにだってもう会えない。


 そして何より……


「2人が本当に真面目に交際しているというのなら、きっとすごくいい経験になると思うわ」

「だね〜。ま、2人は元から半同棲みたいなもんだけど、それでも、同棲してから気づくことって多いだろうし」


 そう、先を見据えるならこれ以上の提案はない。


 俺は兎姫と目を合わせて、頷き合う。答えなど決まりきっていた。



「昔よく話したよね、姉さん」

「そうね」


「……? 何を?」


 2人暮らしが決定すると、母さんたちは肩の力が抜けたのか、懐かしむように語りだす。


「兎姫と伊織くんが結婚したら、素敵だなぁって。ね?」

「2人は子どもの頃からずっと、仲良しだったものね」


 そんな、まさか2人がそんなふうに思っていたなんて……。


「兎姫なんてお兄ちゃんに会いたから中学生になってもこの家に入り浸ってたようなもんだもんね〜」

「あっ、お母さん、それは内緒だよっ」

「なぁに今更恥ずかしがってるのよ〜」

「うぅ……」


 珍しくタジタジにされて縮こまる兎姫。


「ま、あの頃は子どもの好きだったけれど。今は違うんだね」


 瑠姫さんは席を立って、兎姫の前にしゃがみ込む。

 それから優しく頭を撫でた。

 

「ごめんね、いつもあんまり構ってあげられなくて」

「お母さん……?」

「でも、立派に成長してくれて嬉しいわ。これも大好きなお兄ちゃんのおかげかしら。さすがは私の子。いい男を捕まえたわね〜」


 瑠姫さんは茶化すように笑って兎姫を抱きしめた。


「いっぱい愛してもらいなさい」

「……うん」


「伊織くんも兎姫のこと、よろしくね?」

「はい」


「あ、それから、避妊は必ずすること。わかった? ふたりとも」


 俺と兎姫はもちろん、しっかりと頷いた。


 と、そんなことがあったわけで。


 その夜は2家族そろってのパーティだった。


 俺と兎姫は戸惑うことも多かったが、祝福してもらえることが嬉しくて……楽しかった。



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 エレベーターに乗って、部屋の前までやって来る。


 あらかじめ受け取っていたキーを使って、玄関の扉を開けた。


「……お邪魔します、じゃないよな。ただいま? も違う?……いやまぁ、どうでもいいか————」


 そんなことを呟きながら玄関をくぐると、


「お兄ちゃんっ」


 兎姫が抱きついてきた。

 そして流れるような手つきで股間をまさぐってくる。


「やっとエッチ、できるね」

「へ?」

「1週間もしてないんだよ? もう我慢できない……」


 モジモジと、兎姫は足を擦り合わせる。

 頬は紅潮し、息は乱れていて、完全に発情していた。


「それに、新しいお家のエッチ心地をはやく確かめなきゃ……♡」


 エッチ心地ってなに!?


 しかし、溜まっているのは事実。

 バレて以降、一度も身体を重ねていない。


「兎姫……」

「お兄ちゃん♡」


 俺が兎姫の誘惑に抗えないことなど、すでに理解していた。


「たくさんたくさん、しようね」


 新しい住処で最初にしたことは、引越し作業でも、部屋の探索でもなんでもなく……エッチ一択だった。


(母さんにも、節度を保つように言われたのにな……)


 これが終わったらちゃんとするから。絶対だから……。


 かくして、淫らすぎる新生活が始まる。

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