default
pixivは2022年7月28日付けでプライバシーポリシーを改定しました詳しいお知らせを見る
この作品「アフターワーク・ビフォアラブ」は「ドラロナ」「吸死【腐】」等のタグがつけられた作品です。
アフターワーク・ビフォアラブ/ずいめんの小説

アフターワーク・ビフォアラブ

61,299文字2時間3分

同居生活から始まるラブコメな吸対ドラロナ。ちゃらんぽらん上司とまっすぐバカの部下の同居が同棲にスライド移動するまでの話。
*ドラルクがダンピール設定
*ロナルドくんの本名出てます
*ありとあらゆる捏造モリモリ
*自己解釈てんこ盛り

3/19のイベントで書き下ろしを追加して頒布します。通販の告知については少々お待ちください。

2023年3月8日 07:57
1
white
horizontal

「ロナルドくん――私と一緒に暮らさないかい?」
「は?」
上司から告げられた突然の誘いに、ロナルドはぽかんと口を開いた。

新横浜警察署には職員のための食堂がある。三種類提供されている定食から選んで食事を摂ることも、弁当などを持ち込むこともでき、休憩時間を思い思いに過ごすことができる。さほど広くはないものの、職員たちの憩いの場所だった。

「いただきます」

その食堂で、ロナルドは手を合わせて夜食に手をつけた。目の前に並んでいるのはカツサンドやら焼きそばパンやら、がっつりしたスタミナ系のパンと菓子パンである。さきほど外回りに行ったばかりで腹が空いて仕方がない。
さっそく口を開けてカツサンドにかぶりつけば、ぱさついた食パンの風味と揚げ物の脂っこさ、ソースの濃い味付けが口に広がる。絶品とは言いがたいが、まあ値段相応の味と言えるだろう。ロナルドがもくもくと腹を満たしていると、彼の前の椅子を引く人物がいた。

「よっ、お疲れロナルド」

前に腰掛けたのは、新横浜警察署へと配備された同期の中でも特に親しくしている男だった。茶色いドレッドヘアーは公務員らしからぬ派手さで「モテたい」が口癖の男だが、性格はなかなかに善良な正義漢だった。彼から向けられた気さくな笑顔に、ロナルドもつられて笑みを浮かべた。

「お疲れショット。そっちも巡回そと帰りか?」
「おう。つっても駅の東だし、ほんとにただ巡回しただけだぜ」

ロナルド、ショットと呼び合っているが互いに本名ではない。"ショット"は自己紹介の際に学生時代の渾名として名乗り、"ロナルド"は……やや不本意な渾名である。配属初日にちょっとしたトラブルで遅刻ぎりぎりになり、提出必須の書類に慌てて署名することになったのだが。読めるか読めないかという程度に崩れた『木下日出男』の名前を見て、上司が発した言葉がそのまま渾名として定着してしまった。

――何これ、なんて読むの?木下……ロナルド?

それを耳にした先輩たちが「どれどれ」と署名を覗き込み、ロナルドは顔を真っ赤にして言い訳を並べる羽目になったのだ。おかげで初日のうちに先輩方と打ち解け、他部署にも波及して顔と名前を覚えてもらえたのだが、同時に署全体にもやらかした事実が知れ渡ってしまったのだ。その原因上司は「よかったじゃないか、新人のうちから認知度が高いなんて」と笑っていたのだが。

「聞いたぜ、そっちは大捕物だったんだろ?」

同期は自分の食事を掻き込みながら訊ねてくる。問いかけの形をとってはいるものの、何があったのかは既に知っているのだろう。対するロナルドは引き攣った笑みを浮かべた。

「大捕物ってほどじゃねえよ……ただの変態退治だって」

謙遜などではなく、本当にちょっとした揉め事を収めただけのつもりである。巡回中に能力を悪用していた吸血鬼を発見し、注意したところ逆上して襲いかかってきたので、返り討ちにしてVRCへ突き出した。たったそれだけのこと。しかし同期はからかうような笑みを苦笑いに変えただけだった。

「そうか?でも噂になってるぜ、"引きのロナルド"だって」

どんな不運の星のもとに生まれ落ちたのか、ロナルドは巡回に出るたびに何かと事件に遭遇する。しかもその多くが、高度な能力を変態性癖のために濫用する高等吸血鬼ときた。変態を引き寄せる男――ゆえに、"引きのロナルド"。不名誉すぎる通り名に、ロナルドはがっくりと肩を落とした。

「勘弁してくれぇ……」
「でもいいよな。隊長にフォローしてもらえんだろ?」

弁当を取り出しながらの何気ない言葉に、ロナルドはぴたりと動きを止めた。同期が「ん?」と顔を上げ、ロナルドの表情を見てぎょっとする。普段はモデルか俳優かというほど整った男前の顔立ちは眉を吊り上げて、背後に炎を背負ったかのような修羅の形相へと変化していた。

「良くねえ……なんにも良くねえよ……!」

飲み終えた野菜ジュースのパックを握りつぶし、ロナルドは低い声で唸った。

「ロナルドくんッ!」

切羽詰まったような上司の声を聞きながら、ロナルドは脳の隅っこでぼんやりと考えていた。

――あの人、こんな必死な声も出すんだな。

ロナルドの知る限り、上司はいつも飄々としていて食えない人物だった。本部長に睨まれようが、危険度の高い吸血鬼への作戦を組むときであろうが、へらへらとした笑みを浮かべている。そうしてピンチをピンチとも思わないような態度で、しれっと事件を解決してしまうのだ。
珍しい、と思いながら銃を構え、自分の脚を掴んで逆さ吊りにしている腕へと狙いをつける。吸血鬼との戦闘中でありながら――否、戦闘中だからこそ思考は恐ろしくクリアだった。視界は広く、思考は明瞭で、身体は自然に動く。世界がほんの少しスローモーショーンになったとすら感じるほど、感覚は鋭く研ぎ澄まされていた。
引き金を引けば乾いた発砲音が響き渡り、高等吸血鬼が悲鳴をあげてロナルドを放り出す。ロナルドは三メートルほどはある高さから自然落下するも、受け身を取って地面を転がった。そして起き上がりざまに数発、吸血鬼の顔面へと麻酔弾を叩き込む。

「ぎゃあああああああっ……」

苦悶の叫び声を最後に、吸血鬼は地面に倒れ込んでいく。人間離れした巨体が無抵抗で沈めば、局所的な地震のように地鳴りが響いた。ロナルドは吸血鬼がぴくりともしないことを確認すると、振り返って「大丈夫か?」と笑いかける。

「悪い吸血鬼はやっつけたから、もう安心していいぜ」

彼の視線の先、地面に座り込んでいたお下げ髪の少女が涙目でこくこくと頷く。彼女を安心させるように頭を撫でてやっていれば、VRCへの連絡を終えた上司がロナルドの横に立っていた。

「勝手に飛び出すなと何回言えば分かるんだ、君は」

細い眉は顰められ、低い声はありありと不機嫌を表す。しかしロナルドは目に力を篭め、はっきりと上司を睨み返した。

「今のは様子見してていい状況じゃありませんでした」
「だからってきみ、イノシシじゃないんだから少しは頭を使うんだよ」

茶化した言い回しに呆れたような口調。しかし半吸血鬼ダンピール特有の金色の双眸は明らかにロナルドの浅慮を責めている。

「誰がイノシシだ……ですか!市民が襲われてるのに動かないなんて、」
「『なんのための吸対だ』って?状況を把握してから動くのがプロってもんだろ若造」

周りを見ずに突っ込んだ自覚はあるだけに、ロナルドは咄嗟に反論できず歯を食いしばった。しかし自分の行動が間違っていたとは思わない。

――人命救助が吸対の……俺の仕事だ。それ以上に優先することなんてない。

これ以上、上司と現場で言い争うこともない。ロナルドは深く息を吐くと、少女に目を合わせて「お父さんかお母さんの連絡先、分かるか?」と訊ねる。少女が頷くのを見て、彼は自身のスマートフォンを渡してやった。子どもの短い指がただたどしく画面をタップし、電話番号を打ち込んで通話を始める。

「もしもし、ママ……」

しかし母親の声を聞いた途端、緊張の糸が切れてしまったのだろう。嗚咽を漏らし始めた少女に電話を代わってもらい、ロナルドが状況を説明していく。その声は明朗だったが、青い瞳は不満を渦巻かせながら、上司――ワルド・ドラルク隊長を真っ直ぐに見つめていた。

「あの野郎ッ……誰がイノシシだバーカ!」

確かに命令も聞かずに突出したのはロナルドも反省すべきところではある。ただ、ことは一刻を争うというときに命令待ちなどしていられなかった。ロナルドが飛び出していなければ、まだ十歳にも満たないような年頃の女の子が、変態吸血鬼によって心に消えない傷を負っていたかもしれないのだ。
だいいち、ロナルドが上司に噛みついてばかりいるのは決して反抗的だからではなく、上司がいちいち腹立たしいのが悪い。吸対設立当初から在籍しているベテランだとか、難事件をいくつも解決しているだとか、そんな伝え聞いた話ばかりで尊敬する気にはとてもなれなかった。

「おいおい、直属の上司兼バディだろ?あんま悪く言うなよな」

吸対では二人一組バディでの行動を基本としている。ネチネチと口うるさい上司がロナルドをバディにしているのは、猪突猛進ぎみな部下のお目付役だからだろう。同期の言うことはもっともなので、反論できないロナルドは自身の銀髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「くそ……なんで配置換え通んねえんだよ……!」

向こう見ずが欠点だということは理解しているし、直さなくてはいけないとも思う。だが、たとえそれが直ったとしても上司との関係は良くならないだろう。とにかく相性が悪い。だからこそ、円滑な職務遂行のためと配置換えの希望を何度も出しているというのに、就職してからそこそこ経った今も、ロナルドの上司もバディもずっと同じままだった。

「新人が入ったら、バディだけでも変えてやる……」
「だといいな。俺も後輩の女の子とかと組んでさ~、かっこよく守ってあげたりとかして、『キャ~先輩かっこいい~!』みたいな……」

同期の本気すぎる裏声と平和すぎる願望を聞いてやりながら、ロナルドはむかむかした気持ちのままパンを胃袋へ詰め込んでいく。ちなみに同期は弁当を持ち込んでおり、肉々しい茶色のおかずがぎっしりと詰め込まれていた。

「自炊続けてんの、すげーな」

ロナルドは料理ができない。できたとしてもカップ麺に湯を注いだり、レトルトカレーを温める程度だった。腹が減ってはなんとやらでとにかく量は食べるし、本人なりに栄養バランスを気にして野菜ジュースを飲んだりはしているのだが。

「最近ちょっとサボり気味だったんだけどな。やっぱ節約しないとだし」

苦笑する同期は最近、独身寮を出てアパートで一人暮らしを始めている。対するロナルドは寮住まいのままで、「そろそろ家探さないとなあ」と思いつつも重い腰を上げられずにいた。独身寮は門限があるうえ、非常時には真っ先に招集されるなど不便も多い。目の前の同期などは寮を出られる日を今か今かと待ち望んでいた。

「ロナルドは寮出たくないんだっけ?」
「出たくないっつーか……出る必要ないかなって」

ロナルドは門限があろうが休日に呼び出されようがあまり気にしない。持て余した時間に何をしていいのか分からず、筋トレしたり爪を切ったりするくらいしか暇つぶしを知らないほどだ。むしろ職場に近く、家賃の安い独身寮が最適だとすら思っていた。

 ◇

「ロナルドくん、ちょっといいかい」

オフィスに戻って早々にドラルクから手招かれ、ロナルドは背筋を正して近づいていく。休憩時間が終わるまであと十五分はあるせいか、部屋に他の隊員の姿はない。理不尽に叱られる前にと、ロナルドは急いで口を開いた。

「今日の巡回中のことなら、俺は謝罪するつもりは――」
「待った待った。そのことはもういいから」

ドラルクは血色の悪い顔に苦笑を浮かべ、ひらひらと手を振ってみせる。白い隊長服を纏う身体はポキリと折れそうなほどの痩躯だが、指の先まで枯れ枝のように細い。警察官というよりは病人のようにも見える。

「休憩時間中に人事から電話があってね。君の住んでる寮のことで」
「はい?ていうか、なんで隊長に……?」

巡回中の吸血鬼対応について説教されるわけではないと分かり、ロナルドの緊張は緩む。しかしわざわざ人事部から電話があるとは何事だろうと首を捻った。ドラルクが「君ねえ」と呆れたように軽く息を吐いた。

「スマホを携帯してないだろう?君に繋がらないからって、わざわざ隊の内線に掛け直してくれたんだよ」
「あ……えっと、お手数をおかけしました」

業務時間内であれば、ドラルク隊に掛かってくる電話には事務員のコユキが対応する。しかし休憩時間で他に電話へ出る者もなく、ドラルク自らが受話器を取ったのだろう。よく見ればドラルクのデスクにはバランス栄養食とゼリー飲料が転がっており、食堂に赴くことなく休憩を済ませていたことが窺える。ロナルドは無意識のうちに眉根を寄せていた。

――こういうとこ、モヤモヤするんだよな。

ちゃらんぽらんで「ほどほどに頑張れ」が口癖のくせに、ドラルクは隊員の目に触れないところで業務を消化する。つい反抗的な態度を取ってしまいがちなロナルドは、フォローを認識するたびにいたたまれない気持ちになる。クソ上司だと憎んでも憎みきれず、消化不良の気持ちが胃に沈殿していくようだった。そんなロナルドの気分など知る由もなく、「で、寮のことなんだけど」とドラルクは話を戻す。

「君の部屋、水漏れで酷いことになったらしくてね」
「え?」

まさに青天の霹靂。ロナルドはぽかんと口を開け、固まった。現実をうまく飲み込むことができない。ドラルクは気の毒そうな表情でロナルドを見つめている。

「上の階の住人が水を出しっぱなしにしてたのが原因だって。ただ配管も老朽化してるし、一ヶ月くらいかけてまるごと修繕するって」
「い……いっかげつ?」

一ヶ月の修繕。それはつまり、ロナルドは一ヶ月も家から追い出されてしまうということだ。その間、ロナルドはいったいどこに住めばいいというのか。たいして愛着もないような部屋だが、突然の話に頭が混乱する。ただただ呆然としている彼に、ドラルクは躊躇いがちに声を掛けた。

「ロナルドくん――私と一緒に暮らさないかい?」

そして話は冒頭に戻る。

「もちろん、君が良ければだけど」とドラルクは早口で付け足した。ロナルドは混乱したまま、鯉のように口を開閉させる。水漏れの報せに続いて突然の上司からの申し出と、脳のキャパシティーを越えた出来事が続く。

「なんで?」

ようやく出てきた言葉は間抜け極まりないものだった。言った後で、仮にも上司への言葉遣いではないとロナルドは慌てる――が、ドラルクは気にした様子もなく、「そのほうが色々と得かと思ってね」と応えた。

「ホテルなんて駅の近くにしかないし、署から遠いだろう?私の家の方が近いし、設備は何かと整ってるしね」
「でも……あの、そんなご迷惑は」

ロナルドはそう言って遠慮してみせるのが精一杯だった。いくら家が惨事に見舞われたとはいえ、誰かの――それも上司の家に借りぐらしするなど、そんな迷惑を掛ける行為はとてもではないができなかった。何より、ドラルクとはそこまで気心が知れた間柄ではない。
ドラルクとて、生意気な部下を「家に泊める」と言い出すのは本意ではないはずだ。きっと同情からの申し出だろう、とロナルドは考えていた。しかし予想に反してドラルクは「頼むよ、人助けだと思って」と食い下がってくる。

「人助け?」
「今回は人災だからって、保険がぜんぜんおりなくてね。寮は修繕費用だけしか出さなくて、その間のロナルド君の宿泊費用とかは水漏れさせた本人……つまり君の上に住んでる人が負担しろって言ってるんだけど、その子新卒なんだよね」
「ああ……」

ロナルドは思わず納得の声を上げてしまった。寮ということはつまり、住んでいるのは全員同じ独身の警察官ということだ。新卒の給与が雀の涙であることは、ロナルドも身を以て知っていた。安価なビジネスホテルだとしても、一ヶ月分の宿泊費用は重くのし掛かってくる。うっかりミスの代償としてはあまりにも重すぎる罰だろう。

「ごめんね、謝罪には来させるけど」
「なんで隊長が謝るんですか……まあ、そういう事情ならいいですけど」

ロナルドが了承すると、頼んだ張本人だというのにドラルクは驚いた顔をした。しかしすぐにまた申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「被害者の君に我慢させるのは違うでしょ……まあ、こっちからお願いする立場だからさ。君が過ごしやすいようにはするよ」
「え?いえ……あの、お気遣いなく」

ここまでドラルクから下手に出られたことはなく、ロナルドは戸惑いながら頷いた。

――『過ごしやすく』って言っても、上司の家ってだけで緊張するよな。

寮のトラブルに、上司からの突然の同居の申し出。さまざまなことが一度に起きたせいで、ロナルドは知恵熱を出したようにぼうっとしながら職務に励んだ。幸か不幸か、その日は外回りの業務も現場出動もなく、ロナルドは書類仕事に明け暮れることになる。一方、ドラルクは会議を山のように詰め込まれているらしくほとんど不在だった。ロナルドは誰も座っていない、窓側の席を意味もなくちらちらと見つめては書類の誤字を連発していた。

過ごしやすい家――というものが何を指すのかは人によりけりである。ある人は広い家だというかもしれないし、ある人は明るくてお洒落な家だという人もいれば、最新式の設備が整っている家だという人もいるかもしれない。
そしてドラルクの家はその全てを兼ね備えていた。

「二人だとちょっと狭いかな」
「せまい……?」

マンションの一室に招き入れられたロナルドは、ぽかんと口を開きながらリビングを見回していた。玄関から続く短い廊下には扉が4つあり、それだけでも「すごい家だ」と戦いていたというのに、広々としたリビングルームをして「ちょっと狭い」とは。ワンルームの寮暮らしだったロナルドは、自分の中の"狭い"という概念が分からなくなってくる。
きっちり定時での終業後、ロナルドは上司の車に乗せてもらっていったん寮へと帰宅した。衣服やその他の生活雑貨を取りに帰るためである。その際に確認した自室は酷い有様としか言いようがなかった――が、不幸中の幸い、ロナルドの少ない私物が水浸しになっていることはなかった。ひと安心して、ドラルクの車に当面の荷物を詰め込んだのだが、まさか高級マンションに案内されるとは思ってもみなかった。

――すげえ。やっぱり隊長ともなるといい家に住むもんなんだな。

ロナルドの頭の中では「偉い人=すごい家に住む」、という単純な図式が描かれる。素直に感心している様子の彼に、ドラルクはなんともいえない微苦笑を浮かべながらも家の中を案内していった。

「トイレはここ、洗面所はそこ。家の中にあるものは好きに使っていいよ」

ジョンのもの以外はね。その言葉に、ドラルクの肩に乗っていたアルマジロが「ヌンヌヌ、ヌヌッヌイイヌ!」と元気よく返事をした。その可愛らしい様子にロナルドの顔も思わず緩む。
アルマジロのジョンといえば、新横浜警察署で知らないものはいないアイドル兼事務員である。曲線的なボディは愛らしく、被甲目だというのに表情豊か。そして何より神がかった事務処理スキルにより唯一無二の存在となっている。ロナルドも経費関係で世話になった回数は数知れない。
そのジョンがドラルクと同居しているというのは、以前から知っていた。理由は分からないがドラルクにひどく懐いており、その吸対赴任と同時に新横浜警察署へやってきたという噂もある。ドラルクの赴任と言えば十数年前のことらしいので、ロナルドはあまり信じていないのだが。

「あの、ジョンさんはなんて?」
「『ヌンのも使っていいよ!』だってさ。それに、家の中では敬語もさん付けもいらないよ」

「え、でも」とロナルドは目を瞬かせた。警察官は厳しい縦社会で、若輩の彼も当然のものとして年功序列を心得ている。いかにジョンが可愛らしいアルマジロだとしても、組織内では先輩にあたる。それをいきなり「気にするな」と言われても「はいそうですか」とすぐに受け入れることはできない。

「オフでも畏まってたら疲れちゃうでしょ。家の中では同居人ってことで」

しかし、ドラルクもジョンも譲歩するつもりはないようだった。家主が言うなら、とロナルドはおずおずと頷く。ドラルクは満足げに目尻を緩めた。

「よろしい。では、私のことも『隊長』ではなく名前で呼びたまえ」
「わ、わかりました……ドラルク、さん?」

呼び慣れない名前に、思わず語尾が半音上がった。呼ばれた本人は一瞬だけ硬直すると、何かを仰ぐように天井を見つめる。ロナルドもつられて天井を見るが、そこには真っ白な壁があるばかりだった。

「……敬語もさん付けも、いらないからね」

絞り出されるような声音には何かの感情が篭められているが、ロナルドには推し量ることができない。同居生活は前途多難のようだった。

コメント

  • しら玉粉
    3月10日
  • かず
    3月9日
  • みっか
    3月8日
もっと見る
センシティブな内容が含まれている可能性のある作品は一覧に表示されません
人気のイラストタグ
人気の小説タグ