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【3日間無料】【対談】五百蔵容×らいかーると:世界との差「対応力」の正体。日本サッカーはバーチャファイターに学べるか

2023.03.27

『森保JAPAN戦術レポート』発売記念企画#8

2月9日発売の『森保JAPAN戦術レポート 大国撃破へのシナリオとベスト8の壁に挑んだ記録』は、大ヒット作『アナリシス・アイ』の著者・らいかーると氏がアジア最終予選からカタールW杯本大会までの日本代表全試合を徹底分析しながら、森保ジャパン進化の軌跡と日本サッカーの現在地をたどっていく一冊だ。その刊行を記念して『森保ストラテジー サッカー最強国撃破への長き物語』の著者・五百蔵容氏との特別対談を公開!第1次政権で見えた森保一監督の戦略家としての一面から、W杯で課題として浮き彫りになった対応力との向き合い方まで幅広く日本サッカーについて語ってもらった。

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出会いのきっかけはペップ・バルサ


――実はお二人って顔を合わせるのは初めてなんですか?

五百蔵「そうなんですよ(笑)。インターネット上での交流はだいぶ前からで、きっかけは(ペップ・)グアルディオラ率いるバルセロナでした。彼らが迎えた黄金期を機にサッカーというゲームの構造への解像度が一気に高くなったんですけど、そう捉えている戦術ブロガーやマッチレビュアーの方は当時なかなかいなくて。そんな時に僕と似た見方をしていたのがらいかーるとさんで。ブログを見つけて『うんうん』と頷きながら拝読していました。それからずっと自分の試合への所感と照らし合わせながらTwitterも追っています」

らいかーると「ありがとうございます!僕が五百蔵さんを発見したのは2011-12シーズンにそのバルセロナと(マルセロ・)ビエルサ率いるアスレチック・ビルバオが初めて激突した試合で、その時に五百蔵さんのツイートが僕のタイムラインに流れてきたんです」


――ビエルサのマンツーマンとGKを使ったプレス回避で攻守にボールを取り上げる対策に苦しむバルセロナが、ロスタイムに(リオネル・)メッシの同点弾で2-2に追いつくという、今でも見応えのあった名勝負として語り継がれている一戦ですね。

らいかーると「でも僕はどこか退屈に感じていて。そこで五百蔵さんは『戦術的には展開が一様だった』って書かれていてハッとしたんですよね。戦術的攻防に変化がなかった分、ミスや個人のスーパープレーが目立つ状況になっていて、しかもその日は大雨でボールを蹴るたびに水しぶきが上がるくらいだったので、なおさらそれが見応えの正体になっていたんだろうなと。実際にメッシのゴールもミスから生まれていたので」

五百蔵「ありがとうございます(笑)。そこから相互フォローになって、初めてらいかーるとさんがリプライをくださったのが、グアルディオラが怪しくなってきた11-12シーズンのベティス対バルセロナ。あのバルサは相手が格下でも布陣を微調整する当時では非常に珍しいチームで、[4-3-3]でスタートしながらボール保持時には3バックに切り替えることが多かった。だから攻撃から守備へのトランジションで3バックから4バックへ移行するタイムラグが発生する中、3バックではハーフスペースやサイドを変えられると対応が間に合わないので、アンカーの(セルヒオ・)ブスケッツが早めに最終ラインを埋めるという約束事ができていたんですよね。ただ、そうするとバイタルエリアに誰もいなくなる瞬間が生まれるので、そこを使われてピンチに陥るというジレンマに陥っていました。でも当時のグアルディオラは(カルレス・)プジョルに死ぬ気で体を張らせて何とかする以外の解決策を持っていなかったので、ベティスもそこを戦術的に突いて2点を奪っていた。当時Twitterでそのエラーについて書いていたのは僕たちだけでしたね」

らいかーると「だから、もうお互いに10年くらい存在を認知していて、長くも薄い付き合いをしてきたんですよね。それで今回、数奇な巡り合わせで同じ森保ジャパンに関する本を出すことになって、こうして言葉を交わせる機会をいただきました」

「もっと評価されるべき」カタールW杯での鎌田と久保


――そんなお二人はそれぞれの書籍を読んで、どのような感想を持ちましたか?

五百蔵「まず大前提として、この日本代表を評価するのはすごく困難なこと。実は今回もお世話になった星海社さんから、過去に『砕かれたハリルホジッチ・プラン』と『サムライブルーの勝利と敗北』を出版したご縁もあって、2年前の時点ですでに執筆のお話をいただいたんですけど、ブラックボックス過ぎて一回お断りしていた(笑)。サッカーファンの間でも『委任戦術』と揶揄されてきたように選手の自主性を尊重しながら個々とチームの成長を促すという方向性はわかるんですけど、実際の試合から得られる戦略的、戦術的な情報は限られているチームだったので、カタールW杯本大会でドイツ、スペインを破るという結果を出したものの、その過程や理由は僕ら外部の人間が点で見ても説明できない。だからどちらの本も線で捉えられるように、それこそらいかーるとさんが書かれている通り『ピッチにすべての答えが落ちている』というスタンスで、虚心坦懐に見守る努力を徹底して中長期的に検証しようとしている点はどちらの書籍も一致しています。

 その中で違いがあるとすれば視点で、らいかーるとさんはアジア最終予選からカタールW杯本大会まで1試合1試合の内容と文脈を丁寧に追いながら、その試行錯誤の中での積み重ねを紡いでいる。一方で僕は森保監督の戦略家としてのスタンスが功を奏したのではないかという仮説を立てて、その一貫性を見出すためにサンフレッチェ広島監督時代から振り返りながら、状況に応じて何を変えて何を変えていないのかを読み解こうとしています。ちょうどお互いに補い合う内容になっているので、両方買って読んでいただければ立体的に森保ジャパン第一期を振り返られるかなと」

らいかーると「あと五百蔵さんの書籍ではポジショナルプレーとは何か、現代サッカーの戦術はどのように発展してきたのかという歴史まで解説されているのはもちろん、ドイツ代表やスペイン代表のように対戦相手も徹底的に分析されている。現代サッカーを理解する上でもまさに“必読!”で、楽しく読ませていただきました」


――それこそ五百蔵さんは『森保ストラテジー』で、森保ジャパンの[5-4-1]の原型となるミシャ式の解説から始められていますよね。

五百蔵「そうですね。広島でミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)監督からチームを受け継いだ森保監督は、まず[3-4-2-1]の2シャドーの役割を見直しました。アタッカー色を弱めて守備にも参加するという、インサイドハーフに近いタスクへと修正しました。攻撃時に[4-1-5]という前がかりな配置でボールを奪われるとそのままカウンターを食らっていましたが、その頭を抑えられれば一時的に相手の攻撃を遅らせられる。その間にチームは撤退して[5-4-1]で守備ブロックを組めるようになって安定感が増しました。その反動で攻撃のバリエーションは少なくなりましたが、長所は残していて後ろから繋いで前進する。当時のJリーグはダブルボランチを採用するチームが多かったので、そこから一枚出て[4-1-5]のビルドアップを阻害してきたら、空いたところにシャドーが入って青山敏弘が入れたボールをフリックしたりしながら疑似カウンターを仕掛ける。あとはウイングバックの優位性とワントップの佐藤寿人で蹴りをつけていましたね」

らいかーると「普通は[5-4-1]で撤退するチームって、ボールを奪うと蹴っ飛ばしてワントップに収めさせたりするんですけど、当時の広島はそこから繋いでプレスを剥がして2シャドーを使いながら陣地を回復していて、世界的にも珍しかったですよね」

五百蔵「その分2シャドーのタスクが重いので、もともと広島にはミシャ監督時代から森崎浩二のようにインサイドハーフとしての素養もあるアタッカーがいましたけど、森保監督に代わってからますますそういう選手が重宝されるようになりました。今思い返すと、徳島ヴォルティスで攻撃から守備まであらゆる中盤のタスクをこなしていた柴崎晃誠を連れてきたのも、そういう狙いがあったんだろうなと。彼はアンカーの青山の代役も務められるくらいだったので、インサイドハーフに近いタスクもお手のものでした。その傾向は日本代表を率いてからも変わらなくて、カタールW杯でもアタッカーの属性を持ちながらクラブでもボランチを任されているように中盤の仕事ができる鎌田(大地)がシャドーの一角に抜擢されましたよね。ただ、チーム全体が守勢に回ることを受け入れる戦い方にシフトしていったので、守備やトランジションのタスクが過多になってしまった。おかげでフランクフルトのようにスルーパスを出したりしてフィニッシュに絡むような決定的なプレーは影を潜めてしまいましたけど、多角的な能力を発揮しながら随所で攻撃に勢いをつけていたのは流石でした。そこはらいかーるとさんの本にも記録されているように、もっと評価されるべきでしたよね」

らいかーると「もう片方のシャドーに入っていた久保(建英)もそうですけど、本大会直前に[4-3-3]を諦める中で急に居場所を得たという文脈や、クラブでのポジションに近いとはいえタスクは全然違うという背景も踏まえると、彼らの献身性は認めるしかないですよね。特に久保はドイツ戦もスペイン戦もハーフタイムで交代させられて、片道燃料のような使われ方をしていたので」

五百蔵「森保監督が凄いのはその両面性ですよね。大会後にはカタールに連れていけない選手のことを想って心を痛めていたというエピソードも各メディアで報じられていましたけど、実際には久保をとにかく走らせ、鎌田には日本のライン間に入ってくる相手選手をとにかく背中で消させることに躊躇わなかった。現場で取材している記者の方からもこんな話を聞いたことがあります。いつも森保監督は笑顔で喋っているけど、ずっと選手は真剣な表情をしていると。情に厚い方なのは間違いないでしょうけど、そういったところにも戦略家としての顔をのぞかせている。フレンドリーだけど一線引いているぞというのを、僕たちには見えないどこかではっきりさせていて、チームに緊張感をもたらしていたんでしょう。それが現れていたんだなと思います」

インテグラルトレーニングの是非


――一方で当時の広島は撤退守備を優先していたせいか、ミドルプレスやハイプレスを得意とするチームではなかったですよね。

らいかーると「でも不思議なことにシーズン開幕戦のゼロックスでは[3-4-2-1]で何回も前からプレッシャーをかけたりしていたんですよね。ところが全然ハマらなくて序盤戦でやめてしまうという」

五百蔵「それを数シーズン繰り返していましたよね。でも、逆に日本代表ではドイツを率いるハンジ・フリックにも『日本の長所はハイプレスとカウンタープレスだからそこは注意したい』と言わせるくらい完成度高く仕込めていた。実際にミドルブロックからのプレッシングが代名詞になっていましたから。そもそも代表活動って年間で移動も含めて30~50日くらいしか時間が取れない。その中でチーム全体での戦術練習は20日できるかどうか。だから4年間で80日間くらいしか落とし込む時間がないんです。さらにはほとんどが海外組でコロナ禍もあった厳しい状況下で、まずは『いい守備からいい攻撃』『高い強度』という単語を掲げ、徐々に選手選考でデュエルができる選手に絞り込んでいきながらずっとベースとなるコンセプトを明示して、縦方向に対面そろえてプレッシングできるカルチャーを作り上げて、アジア最終予選では標準装備にしていた。そう考えるとチーム戦術の完成度、完成時期に関してはかなり気長に設定していたんじゃないかと。

 僕も本業がゲームシナリオライターなんですけど、世界観やキャラクター、プロットやストーリーのようなあらゆる設定を手掛けなければいけないので、もちろんスケジュールを組みますがガチガチに詰めてしまうと一つエラーが起こっただけですべてが狂ってしまう。だからあえて大枠となる最低限のラインだけ決めるんです。そうやって冗長性を残していけば想定外の事態にも対応できるので。森保ジャパンの場合はその最低限のラインとなる基準が、デュエル、プレッシング、ハイ・インテンシティだったんじゃないかと。[4-2-3-1]から[4-3-3]、そして大会中に[5-4-1]へとフォーメーションを変えてもそこは変わらないから、選手も柔軟に対応できたんでしょうね」


――実際に1月のフットボールカンファレンスでも、森保ジャパンはカタールW杯に向けて「インテンシティ」と「コンパクト」を標語に具体的な数値も提示しながら、限られた時間の中でコンセプトを浸透させてきたことが明かされていたそうですね。

らいかーると「僕も指導者界隈でいろいろな話を耳にするんですけど、森保監督は同じ練習をすることが多かったそうです。だけどインテンシティでは要求が凄く多かったと。22年1月に松岡大起と鈴木唯人が前田大然と旗手怜央の代役として急遽A代表に選ばれましたけど、彼らも強度の高い練習にまったくついていけなかったらしいので」

五百蔵「それこそ森保監督がカタールW杯後にとにかく選手を称え続けていた理由なのかもしれませんね。同じ練習を繰り返していて、しかも特別な内容ではなく海外組にとっては当たり前の内容なのによく耐えてくれたというニュアンスも含まれていた気がします。さらに、らいかーるとさんの書籍でも対談相手として登場するサッカーライターの飯尾篤史さんが『Number』で森保監督にインタビューされていましたよね。そこでコンセプトの映像を見せる時に選手の反応が『「またこれを見るのかよ」みたいな感じ』だったと表現されていて。スタッフ側による映像やアニメーションの変化についても明かされていましたが、選手に飽きさせないようにフィードバックを工夫させていたのではないかと推測しています」


――そうしてカタールW杯までにやれることをやり尽くしたように見受けられる森保ジャパンですが、敗れたコスタリカ戦とクロアチア戦では相手との対応力の差が浮き彫りになりました。実際に4強の顔ぶれを見ても、モロッコを除くクロアチア、フランス、アルゼンチンは戦術的柔軟性が高いチームでしたよね。ただ代表チームの時間軸でそれを選手に身につけさせるのは難しい。そう考えるとそもそもどういう育成を受けてきたかが違いとして表れている気がします。

五百蔵「実際に冨安(健洋)も2022年6月に帰国した時に、古巣のアビスパ福岡のアカデミー選手に指導していました。その様子をレポートしている『Number』の記事で、アーセナルで(ミケル・)アルテタに師事する中で、『戦術的な考えや理論を学べるような練習を、日本の子たちがもう少し若い時から学べれば、将来の成長に繋がると感じる』と話していた記憶があります。記事内でクロスを上げる時にも、ボールが合わなかった場合にどうやってカウンターのリスクを減らせるかが考えられているという例が挙げられていましたけど、日本では局面局面を切り取って積み上げようとしてしまうんですよね」

らいかーると「JFA(日本サッカー協会)の指導方針自体を批判する気はないんですけど、講習会でもそうやって局面ごとに切り取る練習が前提になっている傾向はありますね。攻守の4局面のうちどれかとか、その中のビルドアップやカウンタープレスのような局面の中の局面の抜き出しになっている。だからその前後がトレーニングされていなかったり、味方も相手もいるけど、ゴールが片方だけでリアリティがなかったりする。それが世界とどれくらい離れているのかは僕も気になるところです」

五百蔵「各局面で選手たちが獲得した知見をゲームとして統合化していく方法論としては、インテグラルトレーニングがありますよね。要は味方、相手、ボール、ゴールからなるゲームの構造を維持しながら、その中で鍛えたい局面や状況が頻出するように制約を加える方法で、その存在を初めて聞いたのはラグビーだったんですけど、サッカーではあまり導入が進んでいないんですかね?」

らいかーると「その言葉自体は元フットサル日本代表監督のミゲル・ロドリゴが結構前に持ち込んでいます。彼の母国であるスペイン由来の指導法ですけど、その現地で学んできた指導者に話を聞くと、『日本ではピッチの大きさに対して選手の数が多過ぎる』と。インテグラルトレーニングで推奨されているようなゲーム形式の練習をやろうとすると、プレーできない選手がたくさん出てきてしまうんですよね。チームの人数が限定されているのはエリートだけなので、グラスルーツで一般化するのは難しいという結論です」

五百蔵「ハードウェアの問題もあるんですね。でも例えばラウンド16で日本の前に立ちはだかったクロアチアの選手たちは、(ルカ・)モドリッチを中心に敵味方問わずミスが起こること前提にプレーしている。だから、チームとして淀みないビルドアップが設計されているわけではないものの、よく見るとパス出した後に受け手がクリーンに受けることを前提にしていないので、予防的なポジショニングを取れている。走るコースも含めて、ふんわりとした方向付けを選んだりして、自分たちに形勢を有利に持っていく。アルゼンチンもフランスも同じで、彼らはさらにサッカーへの理解が深い。うまくいく状況やタイミングも認知できているから、そこでは一気にギアを上げる。世界との差は対応力だとよく言われますけど、グアルディオラが解像度を上げたサッカーというゲームそのものへの理解に違いがある、あるいはその解像感にキャッチアップしきれていない面はあるのかなと思います」

対応力強化のヒントは「バーチャファイター」?


――そうした対応力を身に着けるには、育成からどのような練習をしていくべきなのでしょうか?

らいかーると「『じゃあ選手が判断する余白の大きい練習をすればいいじゃん!』と思いますよね。でも、自主性が少ない日本でそれをやると判断材料が多い中で意思統一できなくて虚無になる。でも例えばミゲル・ロドリゴも言っていましたけど、週一しか練習できないならゲームだけやっていればいいと思うんです。その中でいつも同じ状況が起こらないように、ゴールのサイズや数、ボールの数を変える。人数を調整しても自然といろんなゲームになりますよね。あとはゲームをどこまでゲームと呼ぶか。味方がいない1対1でも、勝ち負けがあればゲームじゃないですか。いわゆるパスアンドコントロールも、相手を入れたり出し先を増やしたりするような工夫次第でゲームに近づけられる。そう考えると日本は世界から入ってきたいろんなメソッドが混在しているのもあってか、指導者が選手に与える情報や基準がいい意味でも悪い意味でもチームによってバラバラなので、その最低限がそろっていかないと難しいですね」

五百蔵「対応力の問題についてはゲームでも似たような歴史があって、僕はバーチャファイターというゲームのシーンにプレーヤーとしてもセガ内部の開発者(バーチャファイター1、2のPC版を制作)としても立ち合っていたのですが、当時(バーチャファイター2の最盛期)は発祥の地で一番対戦の経験値が高い日本のプレーヤーが最強だと考えられていました。でも突然、日本で行われた大会に出場してきた台湾のプレーヤーにみんなボコボコにされてしまった。当時は美学を求めるがあまり、バーチャファイター2というゲームメカニクスの中でできることの7割しかできていなくて、その分プレースタイルが攻撃的で正々堂々としたものになっていたんです。だから相手との相性が良ければ強かったんですけど、台湾のプレーヤーたちには通用しなかった。彼らはもう構え方から違ったんです。その大会以降『台湾ステップ』と呼ばれるようになったテクニックですが、常にしゃがんで小刻みにスピーディに移動する。そうすれば上段攻撃や、相手が立っていないと成立しない投げを食らわなくて済む上に、しゃがみ状態に効果的な中段攻撃が来れば立ちガードに切り替えればいい。その状態で自分に有利な間合いを取り続けることもできます。そうやってあらゆる状況で対応できるフォームを発見して活用してくる台湾のプレーヤーに、歯が立たなかった。あまりに圧倒的な差を見せつけられたので、日本のプレーヤーも素直に順応して猛烈に学び、続編が出る頃には『美学』はいったん脇に置いておいて(笑)、ゲームのメカニクスの中でできることをすべてやるのが一般化しました」


――日本のサッカーシーンでも、クロアチア戦をそうした契機として捉えられるどうかですよね。お二人の書籍は私も読みましたが、その認識を持つ上でもとても参考になりました。

五百蔵「そこ――ゲームメカニクスの理解と活用力――で勝負がつかなくなってきた時に、初めて技入力の正確性や反応速度のようなディティールが問題になってくるので。よくプロゲーマーがテレビに出ると、絵になるせいかひたすらコマンドの入力練習をしていますけど、それは最後にやること。一番重要なのはバグやミスも含めてどんなゲームなのかを把握することで、いかに練習の中でそれを網羅していくかですね」

らいかーると「だから僕もアナリティックなトレーニングをするにしても、なぜそれに取り組むのかを説明しています。日本で浸透している『止める・蹴る』も、ボールを止めてから蹴るまでの時間を早くするのが目的ですよね。そこまで説明すると選手もパパっとやってくれるけど、そうじゃないとピタッと止めることに意識が向いてしまうので。コーンドリブルやリフティングも同じで、何のためにやっているかを理解できていればいい練習になります」


――一方で昨年9月にJFAは「Japan’s Way」を発表しています。らいかーるとさんが指摘するような育成現場でのバラバラな基準を最低限そろえる指針としては役に立たないのでしょうか?

五百蔵「そもそもJapan’s Wayは『サッカーは時代によって変わっていくものだから、それに適応していかなければならない』と書いているように、イングランドの『イングランドDNA』やドイツの『我が道』とは違ってゲームの構造に焦点を当てる中で勝利に必要な能力を探求していくという問いを立てていません。むしろその中核を成しているのは、日本のサッカー社会には様々なルートがあって楽に横断できるという点。だから選手が例えばクラブだけじゃなく少年サッカー、中体連、高体連、大学サッカーとピラミッドを上がっていくうえで多様なキャリアパスが用意されている。それだけ多種多様なサッカーがあるという意味では、対応力を育みやすい環境ですよね。他の国にはない特徴でもあって、だからこそブライトンの三笘(薫)が大学で卒論を書いていたことがイングランドで話題に上がったりもする」

らいかーると「それはそうですね。現場でもプロになれると予想されていなかったような選手がJリーガーになったりしているのは、大学サッカーで22歳まで選手生命を延命できるから。J下部でユースに上がれなくて高体連から這い上がってくる子もいますし、戦略的にキャリアを考えている子もいます。例えば、自分のフィジカルじゃ高卒でプロは無理だと判断して、どういう環境ならフィジカルエリートと対抗できる能力を身に着けられるかを考えて進路を選ぶ子もいる。そういう頭のいい選手が今J1やJ2までたどり着くケースも増えてきているので、今後は日本代表にまで到達する選手も出てくると思います。ただ、その社会構造は自然と生まれたものですよね。だから日本そのものの人とお金がなくなる中で、地域移行が進められている中学校の部活は少しずつ死んできています。一応、選手はジュニアユースに逃げられますけど、そのしわ寄せは高校サッカーに行くので少しずつサッカー社会全体に影響が出てくるかなと」

五百蔵「僕はゲームシナリオの参考として社会学や歴史によくあたるんですけど、そこから現在の日本社会の成立過程も踏まえて、Japan’s Wayに書かれているような日本のサッカー社会の構造ができた理由は、端的に言えば高度経済成長期で気が遠くなるような規模の資本をため込むことができたから。ただ、その貯蓄も使い果たしてきているので前提条件が成立しなくなりつつある。だからその構造を維持したり競技性に拡張していけるよう、積み上げられる提言をしていかないといけない。そこまではJapan’s Wayにも書かれていないので、指導の基準とあわせて日本サッカーが向き合わなければならない課題かなと思います」


Photos: Getty Images

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Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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