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婦人科部長の闘病記 Part25
原三信病院婦人科便り25 卵巣嚢腫①
原三信病院 婦人科 片岡 惠子
寒いですけど、皆様お元気ですね(念押し)。
この正月休み、1回も病院からのコールなし。人生初の経験をしております片岡です。
医師10年目まではおおよそ元旦には「病院の当直おせちをくらう」ことが習慣でした。
初詣は大晦日に事前参拝しておくのが必須で、それは今も変わらないのですが(フライング初詣)。
原三信病院どうしちゃったのかしら・・・心配。
それはそうと、いい加減皆様も女医の愚痴には飽きてきた頃でしょうから、疾患別にまとめを企画してみました。
第一弾は卵巣嚢腫について。
卵巣嚢腫と一口に言っても種類が色々千差万別です。
一般に、卵巣腫瘍=悪性もしくは境界悪性、良性も含んで卵巣に何か出来ている卵巣嚢腫=良性のみ、卵巣腫瘤=悪性がより疑わしい、と何となく日本語を使い分けています。がんやそれに準じるモノというのは形の中に固形物を多く含みます。それに比較して、良性のモノは形状が「袋の中に何か詰まっている」という見え方をするため、こういった使い分けをしています。厳密に言葉を選んでいるわけではないので、いちいち反応しなくてもいいことですが、いわゆる業界人同士でおおよそのニュアンスを伝え合うのに便利ですね。
で、私が得意専門なのは「良性の、卵巣嚢腫」です。
袋の中身によって、
- ① 脂肪、毛髪、皮膚、骨など
- ② 水や粘液などの液体
- ③ チョコレート色の液体(血液) に分けられます。
今回は①の皮様嚢腫についてお話し。
皮様嚢腫は産婦人科でよく使われる言葉ですが、他の、例えば病理の先生なんかは「奇形種」という名前を使います。
でも「奇形」って聞こえがなんとなく悪い。とその昔、産婦人科の偉い先生が思ったとか思わなかったとかで産婦人科だけがこの名前をどうも使用しているもよう。
要は「皮膚のような嚢胞」というのが名前の由来で、中身は人間の外側をくるむモノが入っています。脂肪、毛髪、皮膚、骨、歯、目など。
卵巣には未熟な細胞、つまり卵子がてんこ盛りで詰まっているため、何かしらの刺激が来ると作りやすいモノを作ってしまうようなのです。この「何かしらの刺激」が何か、なのはよく分かっていません。分かっているのは悪性じゃないけど出来やすいってことと(つまり取ってもまた再発しちゃう)、どうも出来やすい家系があるってことでしょうか。
3人姉妹全員の手術をしたこともあります。
皮様嚢腫で有名なのは手塚治虫大先生著作、ブラックジャックに出演している助手のピノコちゃんですね。
彼女はさるやんごとない身分の女性の身にできていた「できもの」で、実は双子の片割れで、ブラックジャックは切除を頼まれるわけです。「できもの」の中には「ひとそろいの人間の体のパーツ」が入っていて、彼は組み立て、体を動かすのに必要な手足をつくってピノコちゃんにする・・・という設定でした。
いや、あくまで漫画ですから。飛躍と無理はあります。
ただ実際「人間のパーツがひとそろい入っていた」という報告は世界に2例ほどあるそうな。組み立ててみてはいないと思いますが。
一般的には「比較的つくりやすいモノ=脂肪、毛髪、皮膚、歯、目(白目)」が入っていて、その他の難しいパーツは入っていないことがほとんどです。ちなみに、日本人はほとんどが黒髪。アメリカ人とベルギー人の手術の担当をしたことがあるんですけど、彼らの場合は金髪だった。どうでもいいい情報でしたね。
皮様嚢腫、私が研修医の頃(遠い目)はまだお腹をざっくり開けて手術をすることも日常茶飯事でしたが、現在はほぼ、よほどの理由がなければ腹腔鏡手術でされている施設が多いようです。閉経前の患者さんだと嚢胞(中身)の部分だけ摘出して外側の正常の卵巣部分は残す方針(=嚢腫摘出)でいきます。
この場合、問題になるのはやはり「再発」です。
嚢腫だけ摘出して、もうこの病気とはおさらばできればいいのですが、卵巣は残っているわけですからまた、そこに出来てしまう。正常な卵巣はできるだけ残そうとしますから、取り残しも多少はあるかもしれません。私の患者さんで、都合4回腹腔鏡手術を受けた人もいます。右、左、右、左と再発して、最後は音をあげちゃって両側の卵巣を摘出しましたね・・・子供さんを希望の数だけ産み終えておくと、そういう荒技も使えますけど、お若い方はそうもいきませんので、再発と向き合わないといけません。
じゃ、症状もないしそのままにしとけば、というお声もありますが(実際そうする人もいる。放置していても死ぬわけではないので)これがまた、捻れる、というやっかいな側面があります。卵巣は通常、親指の先くらいの大きさですが、卵巣嚢腫ができると大きく腫れて、場合によっては赤ちゃんの頭くらいになることもあります。卵巣って固定されておらずある程度ぷらぷらと動くので、何かの拍子に卵管ごとぐるっとねじり、まるでフィギュアスケートの回転技みたいにくるくるっと3回転、4回転しちゃうこともあります。そうなると卵巣に行くべき血の流れがせき止められて、そりゃもう、口がきけないくらい激烈な痛みが襲います。救急車です。
おおよそ、捻れてから(=捻転)36時間以内(つまり1日半くらいですね)なら卵巣も痛んでないのでまだ温存できるのですが、それを超してしまうと、まっくろのぐさぐさの状態になり、卵巣ごと摘出せざるを得なくなります。これが、卵巣嚢腫の嫌なところです。
統計を取ってみると、大きさが6~7センチを超えてくると捻れやすく、しかもねじれが戻りにくいことが分かっているので、この大きさを超えるようなら
「手術ですね」
と、なります。えへ。
捻転については②の「中身が水か粘液」でも同様です。どんなときに捻れることがあるかというと、卵巣は腸の動きに合わせてぐるぐると動くようで、捻れるのはなんと、「お腹をこわしたとき」なのだ。
お腹が急に痛くなって、内科に行って、「食あたりですね」とか言われてお薬をもらって帰ったらそのうち良くなるどころかさらに痛みがまし、口がきけなくなって救急車で運ばれ、そのうち気が利いた当直の先生がCTとか取ってくれちゃったりして、それで卵巣嚢腫が分かり、オンコールで呼ばれた婦人科のせんせがようやく到着して、ようよう手術の同意書にサインをした、と同時に手術室に直行、というのがだいたいの捻転ストーリー。手に汗握るアドベンチャー。・・・ま、必ず生還しますけど、痛い思いはあんまりしない方がいいんじゃないか、というのが私の意見です。