725 デーガさん、クリモニアに行く
俺はデーガ。ミリーラの港町で宿屋をやりながら料理屋を経営している。俺の大切な娘のアンズがクリモニアに行ってしまった。
「はぁ」
「アンズなら大丈夫よ。クリモニアから来た子たちみんな良い子だったでしょう。それに挨拶に来てくれたティルミナさんだって、いい人だったし。それにアンズも元気そうだったでしょう?」
「そうだが、この目で見ないことには」
クマの嬢ちゃんのことを疑っているわけではない。
アンズの手紙でも楽しくやっており、店が順調なことも書かれていた。海に遊びに来たときも、店のことを話してくれた。
問題ないことは分かっている。
でも、どんな場所で仕事をしているか心配するのが親心だ。
「俺が心配しているのは、腕が落ちていないかだ」
言い訳をするように言う。
嘘ではない。俺の教えを忘れて、俺の目が届かないからと言って、手抜きをしている可能性もある。
「うちに泊まってくれる商人の人もアンズの料理は美味しかったって言っているでしょう」
「だが」
「そんなにアンズが気になるなら会いに行っておいで」
妻がそんなことを言う。
「宿もあるし、誰が料理を作るんだ」
「そんなもの、わたしとバカ息子でやるよ。何年、あんたと一緒に料理を作っていると思っているんだ。手が足らなかったら、知り合いに頼むよ」
俺は背中を押される感じにクリモニアにいるアンズのところに行くことになった。
宿が落ちついた時間になると乗り合い馬車に予約をしに行く。
クリモニアとミリーラの馬車は行き来されるようになった。二日に一本出ることになっている。
朝一で出発すれば、夕刻にはクリモニアに着くことができるので、基本、朝一に馬車が出る。
「クリモニア行きの馬車を乗りたいんだが」
「クリモニア行きですね。空いてますから、大丈夫ですよ」
「それじゃ、一番、近いので頼む」
「分かりました。クリモニアの宿の方は大丈夫ですか? 夕刻に着きます。知り合いなどがいれば、問題がないと思いますが、到着した後に宿を探すのは大変だと思います」
確かにそうだ。
すぐにアンズのところに行って、泊まるわけにもいかない。
なによりいきなり行けば迷惑がかかる。
「それで、馬車賃と一緒に宿代が一緒になったプランもあります」
うちの宿も同じものに加入している。宿の部屋をクリモニアの乗り合い馬車用にいくつか用意している。
「ただし、料金は前金になります。キャンセルなどはできませんので、代金も戻ってきません」
「問題ない。それを頼む」
「分かりました。一名様でよろしいですか?」
「ああ」
受付の女性はテキパキと処理をして、紙を渡してくれる。
「それでは当日、その紙を持って、乗り合い馬車のところにお越しください。時刻通りに出発しますので、遅刻はしないでくださいね」
「分かった」
毎日、朝早く起きて、仕事をしている。
寝坊して遅刻することはない。
出発当日、妻と息子に宿のことを任せて、乗り合い馬車のところに向かう。
まだ、日も昇っていないのに、馬車は数台用意されている。
俺は馬車に近づき、乗り合い馬車を管理している人に声をかける。
「すまない。馬車に乗りたいんだが」
「はい、紙をいいですか?」
俺は紙を出す。
「えっと、この番号は。あの馬車に乗ってください」
「分かった」
俺は紙を返してもらい、言われた馬車に乗る。
馬車には商人らしい人や旅行客らしき人が乗っていた。
ミリーラはクリモニアの領主様が言うとおりに、人が多くやってくることなった。
初めは商人が多かったが、次第に普通の観光客がやってくることになった。
俺たちが見慣れている海を見て、楽しそうにしている姿や会話をしているところを何度も見た。
俺たちにとっては、当たり前の海でも、海を一度も見たことがない者もいる。その海を一日中見て、楽しむ者もいる。
ミリーラに来た者は、俺の宿に泊まったり、他の店で食べ物を買ったり、お土産を買ったり、町にお金が落ちていく。
静かな町だったが、今では、どこも楽しい声が聞こえる。
領主様が言った通りになった。
人によっては静かな町がよかったと言う者もいるが、俺は元気な楽しい町がいいと思っている。
誰も泊まらない宿屋より、人が多く泊まって、俺の料理を食べてくれるほうが嬉しい。
だから、クリモニアの領主様には感謝している。
でも、クマの嬢ちゃんが連れて来た。あのときの男の人がクリモニアの領主様とは思いもしなかった。
後から、知ったときは驚いた。
そして、海に日が昇り始めた頃、馬車は動き出す。
観光客はその日の出を見て、「また来ようね」とか話している。
そんな言葉はミリーラで生まれ育った俺としては嬉しい言葉だ。
馬車はクリモニアの街に繋ぐトンネル。命名、ベアートンネルの中に入っていく。
トンネルの入り口はクマの置物があった。
ミリーラを救ってくれたクマの嬢ちゃんが作ったらしい。
このトンネルは偶然に発見されたことになっているが、クマの嬢ちゃんがアンズをクリモニアに連れて行くために作ったことを知っている。
本当に信じられないことをする嬢ちゃんだ。
そして、朝が早かったのか、乗っていた乗客のほとんどが眠ってしまう。
俺は仕事をしている時間なので大丈夫と思ったが、なにもせずに単調に揺れる馬車の中で寝てしまった。
そして、長いトンネルを抜けると、馬の休憩を挟み小休憩となる。軽く食事やトイレなどだ。
小休憩も終わると、馬車はクリモニアに向けて出発する。
そして、危険なことは何も起きず、馬車はクリモニアに到着する。
乗客のほとんどが馬車から降りるが、宿付きの馬車賃を買っている者は、そのまま乗っているように言われ、馬車が動き出す。
そして、宿屋まで、乗せてくれる。
これなら、初めてクリモニアに来ても、困らないな。
ちゃんと考えられている。
そして、御者台に座っていた人が付いて来るように言われ、宿の手配までしてくれる。
俺の宿屋も同様のことをしているが、馬車に乗って他の街に来てみると、そのありがたみが分かる。
初めての街、宿を見つけ、確保するのは一苦労するだろう。
そして、初めてのクリモニアでの料理は宿屋で出された肉料理だった。
うまかったが、仕込みの準備が足らないな。
もう少し、ちゃんとやれば、ワンランク美味しくなる。
そして、部屋に案内される。
俺の宿屋と、あまり変わらない。
ベッドと机と椅子が最低限あるだけだ。
それ以外の物があると、手間がかかるから、うちも置いていない。
部屋に物が少ないほうが掃除などもしやすい。
俺はベッドに寝る。
料理は勝ったが、ベッドの寝心地はこっちの宿のほうが上なのには認めないとダメみたいだ。
ただ、前に触ったことがある和の国の布団にはかなわない。
前に和の国の商人から布団を買わないかと言われたが、あまりの高い金額に手が出せなかった。
流石に、全ての客室に置くほどのお金はなかった。
翌日、今日の宿のことも考えて、泊まることも考えていたが、すでに俺が泊まった部屋には予約が入っており、泊まることはできなかった。
昨日のうちにしておくべきだった。
うちの宿屋でも、すぐに部屋が埋まることがあるのに、考えが至らなかった。
とりあえず、お礼を言って、宿屋を出る。
アンズの店に向かいながら、街を散策する。
いろいろな店がある。これがクリモニア。
こんな場所でアンズは働いているんだな。
店を覗きながら歩いていると、声をかけられる。
「デーガさん」
声をかけてきたのはクマの格好した女の子。俺の住む町、ミリーラを救ってくれたクマのお嬢ちゃんと、一緒にタケノコを掘ったフィナの嬢ちゃんがいた。
俺はここにいる理由を説明すると、呆れた表情をする。
来るなら、連絡がほしかったと。
クマの嬢ちゃんは、アンズが働く店に案内してくれると言ってくれる。
宿屋で教えてもらっていたが、クリモニアは広いので助かる。
最近のアンズの様子を2人に聞くが、楽しそうにやっていることは知れた。
そして、アンズの働く店にやってくる。
店の前に魚を抱えた大きなクマの置物がある。
店は俺が思っていた以上に大きく、立派だった。ここでアンズが店をやっていると思うと、嬉しく思う。
そして、店の窓からチラッと働く人が見えた。
見えたのはアンズと一緒にクリモニアに行ったセーノだった。
俺はクマの置物の陰に隠れるように、店の様子をうかがう。
そんな俺の行動にクマの嬢ちゃんとフィナ嬢ちゃんは呆れた顔で俺を見る。
俺はいろいろと言い訳をするが、嬢ちゃんたちは俺の手を引っ張って、店の中に連れて行く。
店の中に入ると、すぐにセーノが気付き、すぐにアンズを呼ばれる。
俺は諦めて、アンズに会いに来たことを話す。
アンズは少し怒っていたが、嬉しそうにも見えた。
俺たちは席に座り、食事をすることになった。
料理が来るまで、周りを見る。
客は多く、みんな美味しそうに食べている。
客の顔を見ればクリモニアの街で、アンズの料理が受け入れられているのが分かる。それが嬉しく思う。
それから、俺の宿に泊まりに来る商人とかにも出会い、アンズが作った料理が運ばれてくる。
味が落ちていないか、確かめる。
うまい。
ちゃんと作っている。下ごしらえもちゃんとしているな。
客が増えると、手間を省く料理人もいる。
アンズにはどんなに忙しくても手間を省くことはさせていない。
俺の教えを守っていることが嬉しくなる。
そして、クリモニアにいる間、このアンズの店にお世話になることになった。
アニメ公式Twitterにて、アニメ放送カウントダウンが始まりました。
よかったら、覗いてみてください。いろいろ声優さんのどのコメントやイラストを見ることができます。
クマ2期放送開始まで、あと8日です。
【お知らせ】F:NEX様より、ユナのフィギュアが発売されました。
【お知らせ】アニメ2期、2023年4月3日放送が決まりました。
【お知らせ】アニメ2期OP曲、和氣あず未さんより、キミトノミライ/Invisible stars、4/12発売予定です
【お知らせ】文庫版4~5巻 2023年3月3日発売中、アクリルスタンドプレゼントキャンペーンも行っています。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。
事故で家族を失った18歳の少女、山野光波(やまのみつは)は、ある日崖から転落し中世ヨーロッパ程度の文明レベルである異世界へと転移した。狼との死闘を経て地球との//
2020.3.8 web版完結しました! ◆カドカワBOOKSより、書籍版27巻+EX2巻+特装巻、コミカライズ版14巻+EX巻+デスマ幸腹曲1巻+アンソロジー//
★アニメ化決定! 2023年1月よりテレビ東京ほかにて放送開始!★ ■■■12月25日 書籍13巻&本編コミック9巻&外伝コミック7巻発売!■■■ ❖❖❖オーバ//
放課後の学校に残っていた人がまとめて異世界に転移することになった。 呼び出されたのは王宮で、魔王を倒してほしいと言われる。転移の際に1人1つギフトを貰い勇者//
東北の田舎町に住んでいた佐伯玲二は夏休み中に事故によりその命を散らす。……だが、気が付くと白い世界に存在しており、目の前には得体の知れない光球が。その光球は異世//
★アニメ化決定★ 2023年春放映予定 詳しくは公式をご確認ください。 ◆◇ノベルス6巻 & コミック、外伝、アンソロジー 発売中です◇◆ 通り魔から幼馴染//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
気付いたら異世界でした。そして剣になっていました……って、なんでだよ! 目覚めた場所は、魔獣ひしめく大平原。装備してくれる相手(できれば女性。イケメン勇者はお断//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
●TVアニメ、シーズン1、2ともに配信中です! ●シリーズ累計370万部突破! ●書籍1~12巻、ホビージャパン様のHJノベルスより発売中です。 ●コミカライズ//
アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。 自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//
【web版と書籍版は途中からストーリーが分岐します】 11月29日、3DアニメーションRPG『陰の実力者になりたくて!マスターオブガーデン』(カゲマス)サ//
略してセカサブ。 ――世界1位は、彼の「人生」だった。 中学も高校もろくに通わず、成人しても働かず、朝昼晩とネットゲーム。たかがネトゲに青春の全てを//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
《アニメ公式サイト》http://shieldhero-anime.jp/ ※WEB版と書籍版、アニメ版では内容に差異があります。 盾の勇者として異世界に召還さ//
あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から『賢者』と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。 世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫//
勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//
VRRPG『ソード・アンド・ソーサリス』をプレイしていた大迫聡は、そのゲーム内に封印されていた邪神を倒してしまい、呪詛を受けて死亡する。 そんな彼が目覚めた//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
●KADOKAWA/エンターブレイン様より書籍化されました。 異世界のんびり農家【書籍十五巻 2023/04/28 発売予定!】 ●コミックウォーカー様、ド//
地球の運命神と異世界ガルダルディアの主神が、ある日、賭け事をした。 運命神は賭けに負け、十の凡庸な魂を見繕い、異世界ガルダルディアの主神へ渡した。 その凡庸な魂//
仮想空間に構築された世界の一つ。鑑(かがみ)は、その世界で九賢者という術士の最高位に座していた。 ある日、徹夜の疲れから仮想空間の中で眠ってしまう。そして目を覚//
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
山田健一は35歳のサラリーマンだ。やり込み好きで普段からゲームに熱中していたが、昨今のヌルゲー仕様の時代の流れに嘆いた。 そんな中、『やり込み好きのあなたへ』と//
働き過ぎて気付けばトラックにひかれてしまう主人公、伊中雄二。 「あー、こんなに働くんじゃなかった。次はのんびり田舎で暮らすんだ……」そんな雄二の願いが通じたのか//
34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//
本条楓は、友人である白峯理沙に誘われてVRMMOをプレイすることになる。 ゲームは嫌いでは無いけれど痛いのはちょっと…いや、かなり、かなーり大嫌い。 えっ…防御//